ttp://vip.main.jp/end/116-top.htmlを読み直してたら、ふと思い付いた続編。

 この話は意図的に難読漢字や当て字、普段使われない熟語やらを好き放題盛り込み、
一文を長くしています。ので、人によってはクドいと感じられる文章がふんだんに使用されています。
ふりがなを振ったり、メール欄に注釈を入れたりするので、そちらを参照して下さい。
 ただし、一度ふりがなを振ったものには以降振りません。あしからず。

〜前回を読んでない人のためのあらすじ〜
 ツンは人じゃなくて隠(おぬ)でした。隠は人からはあまり好かれてはいません。そしてブーンとツンは
相思相愛だけど子供の頃に離れ離れになってしまいました。
 大人になってブーンはしぃと結婚しました。そこでブーンは隠の研究者であるショボンに紹介され、
謎の女性と出会いました。諸々の事情でブーンとしぃは離婚しました。そしてブーンとツンは再開を
果たしました。


   ( ^ω^)ブーンと鬼のツンξ゚听)ξ のようです


 季節は巡り、庭先に積もる落ち葉の風に擦れる音に晩秋の訪(おとな)いを感じ乍(なが)ら、
男と女が二人肩を寄せ合い、互いの存在を確かめ合っていた。
 決して明るい道許(ばか)りではなかったが、彼等は今確かに幸せの陽だまりに居た。

 あの出来事から早三月。ブーンはツンと再婚し、今では片時も離れることはない。戸籍の無い
ツンとの婚姻は形だけのものであったが、二人は其(そ)れでも十分に満足していた。
 ブーンを誘って看板を設けたショボンは、気を利かせたのかブーンの家から立ち去っていった。
併(しか)し立ち去ったとは云(い)え遠くに行ったわけではなく、あろうことか事務所を隣に立ち上げて
しまった。今では度々酒も酌み交わす仲である。
 しぃは依然として行方を眩ませた儘(まま)であったが、つい先日葉書が一葉届いた。内容は
謝罪と祝詞(しゅうし)であった。依然見たしぃの字よりも幾分か綺麗になっていた其(そ)の字を見て
ブーンは少し複雑な心中であったが、何より無事であることが判り安心した。

 だが村の暮らしにも馴染み、二人の愛が益々深まりつつあった霜降(そうこう)の候(こう)。
肌寒く不安になる季節に、今其の陽だまりへ影が差し始めようとしていた。


※訪い=訪れ ※祝詞=祝いの言葉 ※霜降の候=霜の降り始める頃



 ('、`*川「ツンちゃん、ちょっと好(い)いかしら?」
ξ゚听)ξ「あら、伊藤の小母さん。こんにちは」
 ('、`*川「このあいだ親戚からおうどんが届いてね、此(こ)れお裾分けにと思って」
ξ゚听)ξ「わぁ、小母さん有難う。今度家からも何かお返しをしなくちゃ」
 ('、`*川「いいのよ、まだいっぱいあって家じゃあ食べきれないの。それより、昨日の事なんだけど――」

 今ではツンも随分と此(こ)の村に馴染んでいた。元々、此の村自体が僻地(へきち)にしては開放的
であり、また良家の娘の様なツンの礼儀正しさや気配りの細かさも其れを助けていた。但(ただ)し、
ツンが隠であると云うことは公にはしなかった。

 対してブーンは、其の様な良妻を貰ったことを祝福されつつも、やはりしぃとの交友が有った
者からは疎まれることが少なくはなかった。併しブーンは其れを以ってもツンを娶(めと)った事に対して
後悔する様なことは一度たりとも無かった。



(´・ω・`)「やぁ。未熟な果実の芳香に誘われて、また来てしまいましたよ」
( ^ω^)「いい加減其れも聞き飽きたお。ツンはもう廿(はたち)だと何度云ったら分かるんだお」
(´・ω・`)「いやなに、いつもの挨拶ですよ」
( ^ω^)「其の挨拶で何度ツンに叩(ぶ)たれたことか」

 年下の嫁を貰うこと自体此処(ここ)等では少しも不自然なことではないのだが、ショボンには
其れが度を行き過ぎると変態として認識される様であった。幼少の頃子を貰い受け、年頃を見て
婚姻をする、などと云う風習も以っての外と激しく非難されたこともあった。

ξ゚听)ξ「あなた、呼びましたか?」
(´・ω・`)「おや、此れは麗しの奥方。今日は昨日にも増してまた一段とお美しい」

 またいつもの様にショボンがツンの機嫌を取りにいく。此れだけを見るとショボンがただ
気障(きざ)な奴と云うだけだが、此れもどうやら計算の内らしかった。こう煽ててはツンを何時間も
捕まえて毎度色々な話を聞き出すのだ。



ξ゚听)ξ「駄目です。今日はお買い物があるから話はまた今度お願い」
(´・ω・`)「……君は随分と強(したた)かに為(な)ったね」
( ^ω^)「そうなんだお。この間なんか僕が蒲団で寝ていたら、いきなりこう、がばっと……」
(´・ω・`)「へぇ、興味深い。其の話詳しく聞かせて貰いましょうか」
ξ#゚听)ξ「あなた! ……ちょっと来て下さいますか」
( ;^ω^)「お上より招集がかかった故、此れにて失礼……」

 奥の間に引き摺(ず)られていくブーンを見乍ら、ショボンは右手に持っていた煙管(きせる)に
煙草を詰め炭火で火を点けると、其れを咥えてゆっくりと目を閉じた。

 煙草を呑むほど暮らしに余裕がある者は少ない中、ショボンは取り分け風変わりな煙管を
持っていた。雁首(がんくび)から吸い口までが一繋ぎになっており、普通の物よりも幾許か長く、
一尺よりも更に二三寸はあろうかと云う代物であった。
 材質は金属で無ければ竹でもない。斑に黄みを帯びつつも嫋(たお)やかに白く伸びる其の煙管は、
綺麗に磨き上げられていてまるで宝石の様な光沢を帯びていたが、どうやら動物の骨で出来て
いるらしかった。


※一尺=約30 cm、一寸=約3 cm ※嫋やか=しとやかで上品である様



 ふわふわと漂ってくる枯れ草の匂いに煙草の匂いを混ぜ乍ら、ショボンは、ふぅ、と紫煙を
吐き出した。そして呆れる程の平安を感じ乍ら一度煙管をまじまじと見詰めた後、染みの出来た
天井を見上げた。
 そうして見上げること幾許(そこばく)、行きとは対照的に萎(しお)れたツンを引き連れてブーンが
戻ってきた。

(´・ω・`)「早かったですね」
( ^ω^)「ちょっと不測の事態があったお」
ξ;゚听)ξ「はいあなた」

 するとどういう訳か、ブーンの左首筋より僅かに濃赤色をした血の滴るのが見えた。ツンは其の
傷口に優しく綿布を当て、申し訳なさそうに傷口とブーンの顔とを交互に見た。


※幾許=いくらか



(´・ω・`)「此れはまた……奥方、相当恨みが深いと見える……」
ξ;゚听)ξ「その、私そんなつもりは……」
( ^ω^)「気にせんで好いお。ただ、今度からはちゃんと爪を切って呉(く)れお」
ξ;゚听)ξ「ごめんなさい。私ももうこんなに伸びているとは思わなくて……」

 話から察するにどうやら伸びた爪が引っかかってしまった様だが、果たして其れはどういう事かと
ショボンは首を傾げた。そうも長くなる程に爪を放置する癖など彼女に有っただろうか。

(´・ω・`)「あれかな、君があまり色々と苦労を掛けるからじゃないのかい?」
( ^ω^)「いや、僕はどちらかと云われれば苦労を掛けられる……」
ξ゚听)ξ「あら? 鋏みが無いわ。どこかで爪を磨ごうかしら、ねぇあなた」
( ^ω^)「……ショボン、早急に研究家として何か助言を」
(´・ω・`)「……残念です」

 あぁ、併しこういう遣り取りも楽しいなぁとショボンは再び心の中で笑った。



(´・ω・`)「そうだ。取るに足らないことだとは思いますが、念の為切った爪をいただけませんか?」
ξ゚听)ξ「爪を?」
( ^ω^)「まったく、君の研究への熱意にはどこか狂気染みたものを感じるお」
(´・ω・`)「勿論、厭(いや)なら厭で結構ですが」
ξ゚听)ξ「別に此の儘捨てる物ですもの。好きにして下さって結構です」
(´・ω・`)「有難う御座います」

 そう言ってショボンは受け取った爪の欠片を懐から取り出した小さな巾着袋に仕舞い、再び
其の懐へと戻した。

( ^ω^)「そんなに面白いのかお?」
(´・ω・`)「面白い……と云うのはちょっと違いますね」
( ^ω^)「と、云うと?」
(´・ω・`)「君には説明する必要も無いでしょう」
( ^ω^)「ん?」

 今度は笑うことなく、ショボンはブーンの家を後にした。一度開いた扉の向こうからは朔風(さくふう)が、
すっと居間に差し込んで来た。其れは晩秋の事。


※朔風=北風



 時は更に進み、村には終(つい)に初雪が降った。思い起こされるは嘗(かつ)ての孤独の日々である。

( ^ω^)「終に冬が来たお……」
ξ゚听)ξ「そうね……」

 炉辺に座り乍ら窓から深々(しんしん)と降り積もる雪を見ていたツンは、一度立ち上がりブーンの
横に座り直すと、ゆっくりと体重を預けて目を瞑った。

ξ--)ξ「……大丈夫。私はもう一人でないのですから」
( ^ω^)「……」

 何も言わずブーンはツンを抱き寄せ、優しく其の頭を撫ぜた。パチパチと囲炉裏の炭の弾ける
音だけが、今はゆっくりと彼等の時を進めていた。




 更に雪は降り積もり、新雪は人々の足跡を刻み、其処に確かな瞬間があったことを記録していった。
降り積もる雪は只管に不偏(ふへん)であった。縦令(たとい)其の瞬間が如何に残酷なものだとしても、だ。

 早めの黄昏(たそがれ)に包まれ人々がぼんやりと見分けが付かなくなる様を眺め乍ら、
ブーンはかんじきの雪を踏み締める感触を味わっていた。『誰(た)そ彼(かれ)』とは古人も中々
洒落た事を考えるものだと感嘆しつつ、寒さに耐えかね袖を一振りし、ブーンは家を目の前に
し乍らもショボンの家へと上がった。

(´・ω・`)「おや、何用で?」
( ^ω^)「いやなに、大した用じゃないお」

 黴臭い本の匂いに、至るところに染付いた煙草の匂い。其れ等が混ざり怪しげな香りと為っている
此の屋敷に長居しようとは思わぬが、其れでも未だ躰が暖を求めていたので、ブーンは適当な話を
振った。


※不偏=かたよらず公正であること ※縦令=仮に



( ^ω^)「ショボン、最近はどうだお?」
(´・ω・`)「最近、ですか」

 ふぅ、と口から紫煙を吐き出し、ショボンは頭(かぶり)を振る。

(´・ω・`)「さっぱりですね。果てには便利屋か何かと勘違いした者が、迷い犬探しを依頼してくる
      始末ですよ」
( ^ω^)「はは、君の其の好奇心ならば、其の儘便利屋にでも為った方が好いのではないかお?」
(´・ω・`)「冗談を」

 ショボンは笑っていたが、ブーンにしてみれば、そうでもせんと此の男は孰(いず)れ餓死して
しまうのではないかと云う不安があった。

(´・ω・`)「併し、迷い犬など探して何になるのでしょうか?」
( ^ω^)「何とは……其れは迷い子を探す理由に変わらんだろうに」
(´・ω・`)「犬と子が同等なのですか?」
( ^ω^)「同等と云うのは少し云い過ぎかも知れんが、ここでは犬はとても大切にされてるお」
(´・ω・`)「野犬を捕って喰らったりは?」
( ^ω^)「薬になると云う話は聞いたことがあるけれども……此処では逆に其れが禁忌とされているお」
(´・ω・`)「成る程……中々興味深い話ですね」

 近くにあった紙切れを掴むと、ショボンは其れに目を通し何度か浅く頷いた。其れ限(き)り目線を
呉れなくなったのを潮時だと感じ、ブーンは一言云ってショボンの家を後にした。




( ^ω^)「今帰ったお」
ξ゚听)ξ「お帰りなさい」

 いつもの様に出迎えて呉れるツンを見乍ら、ブーンは其の様子に少しの違和感を覚えた。

( ^ω^)「……? ツン、こんな時に野良仕事かお?」
ξ゚听)ξ「え? どうして?」
( ^ω^)「着物の裾が濡れているし、それに頬がいつにも増して紅くなっているお」

 はっとした様子で頬に両の手を当てると、ツンは一層顔を紅くして困った様な顔をする。

ξ*゚听)ξ「もう、いやだ。今晩は美味しいお野菜であなたを驚かせようと思っていたのに。
       雪の下に埋まった野菜はとっても甘いのですよ」
( ^ω^)「それは楽しみだお。それじゃあ早速飯にするお」
ξ゚听)ξ「はい。今日は煮物にしてみました。すぐに出しますから待っていて下さい」
( ^ω^)「……煮物?」
ξ゚听)ξ「ええ。煮物はお嫌いでしたか?」
( ^ω^)「……いや、まさか」



 其の晩に食卓へ出された大根の煮物は絶品で、ブーンは此れを絶賛しツンは其れに対し
頬を紅らめては、照れ隠しに俯いて手を振った。
 そうしてゆらゆらと二つに纏められた髪が揺れるのを見乍ら、ブーンは甘い大根の味を
口の中で暫し堪能していた。

( ^ω^)「旨いお」
ξ゚听)ξ「好かった」
( ^ω^)「うん……旨い、お」
ξ゚听)ξ「……どうしたの、あなた」

 ただ旨いを繰り返すブーンを不思議に思い、ツンはそう尋ねた。其れに対しブーンは幾許かの
間を取り、箸を箸置に置くと俯き乍ら呟き始めた。



( ^ω^)「いや……君とこうして旨いご飯を食べているのだなと、改めて思っていたんだお」
ξ゚听)ξ「……」
( ^ω^)「……今でも、僕は不安で一杯なんだお。若しかして今此の目の前の君は、僕が見ている
      幻ではないのか、朝に目が覚めれば消えてしまうのではないかと。毎朝、毎晩……」

 小さく背を丸め怯える様に語るブーンを見て、ツンは其の傍らに座るとブーンの手を取り、其れを
自らの頬に当てた。其の頬はしっとりと絹の様で、そして温かく、ブーンは思わずツンの顔に目が
釘付けになってしまった。

ξ゚听)ξ「……私は、貴方に会うまでずっと貴方の幻を見ていました。併しやはり今こうして見る貴方は、
      幻よりも遥かに、私の心を安らかにします。縦令……縦令貴方が見ている私が幻だとしても、
      貴方を思う私は、確かに此処に存在します。だから、どうか安心して下さい」
( ^ω^)「……済まん。手間を掛けさせるお」

 眉間に皺を寄せ目を伏せるブーンを見て、ツンは優しく微笑んだ。そうして二人はまた食事は始めた。
雪の下から出てきた大根は、時間が経っても甘やかであった。




 翌日、ブーンは仕事に退屈しショボンの家へと来ていた。名目上は昼休みらしいが、其の匙加減は
全てブーンの一存によるものである。
 併しブーンが来ても相変わらずショボンは一人乳鉢だの薬匙(やくさじ)だのを相手に何かをする
許りで、ブーンなど全く相手にもしなかったのだが。

( ^ω^)「なぁ、ショボン」
(´・ω・`)「何ですか?」

 視線を向けることなくショボンは答え、作業を続ける。

( ^ω^)「其の、研究とやらはそんなに面白いのかお?」
(´・ω・`)「其の問には以前答えた憶えがありますね」
( ^ω^)「僕は君を見る度に思うんだお」
(´・ω・`)「其れは、何故」
( ^ω^)「何故と問われても、そこまで打ち込む様を見せ付けられては、何か途轍もない魅力が
      あるのではと思わざるを得ないお」
(´・ω・`)「成る程。そこまで私に興味があったのですか」

 そう言うとショボンは手に持っていた物を置き、ずい、と近寄りブーンを見つめ頷いた。其の様子に
身震いし、ブーンは顔を背け、手を翳した。



( ;^ω^)「止せ。近寄るなお」
(´・ω・`)「ハハハ、いや、冗談です。なに、私とて流石に衆道(しゅうどう)に興味などありませんよ。
      何よりそう云うのは大抵相手が少年だ。君は……なぁ」
( ^ω^)「はん、歳を食っていて好かったお」

 其の言葉に再びショボンは目を細めて笑い、うんうんと呟くと、箪笥の上に飾ってある時計の
針を煙管で差してブーンに云った。

(´・ω・`)「ところで君、そろそろこんな所で油を売っていないで仕事に戻ったらどうだい」
( ^ω^)「然(さ)こそ云え、中々此の躰が云うことを聞かなくて」
(´・ω・`)「……併し、此処にはよくあの子たちも来るのですよ」
( ^ω^)「あの子たちとは、若しやあの三人組かお」

 ブーンが云うところの三人組とは、ギコ、ジョルジュ、ちんぽっぽ、と奇天烈な名前の三人組で、
此の村の村長の子と云うことになっている。


※衆道=男色



 なっている、と云うのは、此の内ギコ、ちんぽっぽは孤児(みなしご)であったものを村長が引き取った
為である。なので、年長のギコを差し置いて嫡子(ちゃくし)は唯一血の繋がっているジョルジュとなる。
 古い慣わしに縛られて、ジョルジュに其れ相応の器が有るかの判断をせず血の繋がりだけを重視
することは愚鈍だと云う声もあるが、何分当の村長が高齢である為其れを判断出来る迄の時間が無く、
又やはり何を差し置いても自分の子と云うものは可愛いらしい。それも晩年の子ならば尚更の様だ。

(´・ω・`)「ええ、君と違って働き者の子たちですよ」
( ^ω^)「莫迦(ばか)な、あの三人組が此の様に陰気な場所に? ある筈がないお」

 そう話していた矢先、壊れん許りの音を上げて戸が開いた。見ると寝癖も其の儘に口を半開きに
してブーンを見るギコの姿があった。そうかと思うと彼はいきなり後ろを向き、大声を張り上げた。

 (,,゚Д゚)「おい、旦那がまたこんな所で怠けているぞ!」
( ;^ω^)「な、しまった……」

 ブーンとて好んで此の場所を休憩に利用したわけではない。いつもなら山に行って川辺やら
大木の木陰やらにて昼寝をするのだが、どうもツンが其れを快く思っていないらしく、近頃は
三人組をして見張りをさせているのだ。



 今日は隠れ家として敢えてショボンの家を選んだにも拘(かかわ)らず、どうも子供の行動範囲
と云うのは広いらしい。そのようなことをブーンが考えていると、外から更に溌剌(はつらつ)とした
声が聞こえてくる。

  ( ゚∀゚)「ツン姉ちゃんに云い付けに行こうぜ!」
(*‘ω‘ *)「ぽっぽ!」
 ( ;^ω^)「な、待てお!」
  (,,゚Д゚)「おっと、通せんぼだ。ブーンの旦那」

 引き止めんと立ち上がったブーンの前に、其の躰を大きく広げ(とは云え、其の身の丈四尺三寸
許りでは隙間だらけであるが)ギコが立ち塞がった。
 其の得意げな様子にブーンは諦めを付け、さてどうしたら好いものかと頭の中で言葉を捏(こ)ね回し
始めた。だが、唯の一言も考え付かぬ内に、二人の子を引き連れたツンが現れてしまった。

ξ゚听)ξ「あら、あなた。奇遇……ですね」

 何故大の男が真昼の村で此の様に汗を掻かねばならぬのかとブーンは静かに嘆いた。
射抜く様な眼差しは、幼い頃遭遇した山の主の様に鋭く、吐き出された言葉は喉元に押し
付けられた抜き身の様に冷たかった。



( ;^ω^)「ツン、先ずは話し合おう。そうだ、この間欲しがっていた髪飾りはどうだお。あれをやろう。
      きっと君に似合う筈だお」
ξ゚听)ξ「ええ、頂きましょう。それで、あなた。どうして此の様な所にお出でで?」
( ;^ω^)「な、まだ足りんと云うのかお! いや、併し……あぁ、待て!」

 静かに歩み寄るツンの姿にブーンは錯乱し、尻餅をついて後退る。其れを静かに見守る子たちを、
ショボンは自らと共にそっと家の外へと運んだ。

(´・ω・`)「君達は帰りなさい。今夜悪い夢を見るよ」
 ( ゚∀゚)「承知!」
  (,,゚Д゚)「次どこ行く?」
(*‘ω‘ *)「ぽっぽ!」

 元気に山の方へと駆けていく彼等の背を眺め、ショボンは晴れ渡る大空を見上げた。其の後
頭を一掻きすると、其処に何かが乗っているのに気付いた。

(´・ω・`)「……羽根? ハハハ、彼も全身の毛を毟(むし)られなければ好いが」

 背に縋(すが)る様な悲鳴に目を閉じ、手に持っていた黒い羽根を捨てると、ショボンは火の
点いていない煙管を加え歩き出した。そして何とは無しに笑った。




 明くる日、再びブーンはショボンの家に行き、将棋を打っていた。とは云え将棋は御負(おま)け
の様なもので、本懐は前日が大変であったと云う愚痴を零(こぼ)すことであった。

(´・ω・`)「其れも此れも、君が真面目に働けば全て丸く収まることじゃないか」
( ^ω^)「まぁ……そう云われてしまえば、僕はただ黙るしか出来んお」

 ショボンの指した一手に、ブーンは閉口し腕を組んだ。うんうんと唸り乍ら盤を見詰めるブーンを
見て、ショボンは長くなりそうだと溜息を吐いた。

(´・ω・`)「そうだ、この間の犬の話、わかりましたよ」

 其の言葉に思考中のブーンがだらしなく相槌を打った。が、直後何の話かと思い直し顔を上げた。

( ^ω^)「犬の話? ……そのようなもの、いつ話をしたお」
(´・ω・`)「ほら、禁忌がどうのと云っていた話です。あれが僕は凄く気になって」
( ^ω^)「……あぁ。君は本当に物好きな奴だお」

 首に手を当て頭をぐるりと回すと、ブーンは大きく欠伸をした。そして再び視線を盤に戻すと
彼(あ)れや此れやと云い訳をし乍ら駒を進めた。



(´・ω・`)「何故犬を喰らうことが禁忌か、考えたことがありますか?」
( ^ω^)「……いや、其れが当たり前として生きてきたらそのような事を一々考える筈がないお」
(´・ω・`)「歴史に関する色々な話や書物からするに、どうやら其れは鬼が関係するらしいです」

 ショボンの飛車がブーンの歩を取り、パチン、と乾いた音が響いた。

(´・ω・`)「鬼と云うのものは、犬を喰う……らしいのです」
( ^ω^)「犬を?」

 いつの間にか前のめりに為っていたブーンは、一度床に手を付いて姿勢を直した。

(´・ω・`)「ええ。ですから、犬を喰らうと云うことは、即ち鬼と同等であると云う印象があるのでしょう。
      人を襲う鬼が忌み嫌われているなら、犬を喰らうことが禁忌となったのも頷けます」
( ^ω^)「……ふむ」
(´・ω・`)「おそらく薬になると云うのも、鬼の屈強な様から其の様に連想したのでしょう」

 と、そこまで大人しく相槌を打ってきたブーンだが、持ち駒の歩を手に取りくるくると玩(もてあそ)ぶと
頷き、さも自信のある一手だと云った風に指して云った。



( ^ω^)「だがな、其れ等は君の推測に過ぎんお」
(´・ω・`)「……まあ、結論はそうなりますね。併し――」
( ^ω^)「併しまあ君も暇な奴だ。今は今。其れで好いじゃないか」
(´・ω・`)「……」

 其の言葉を受けショボンは黙った。とは云え本人はとても納得した様ではなかったが、静かに
駒を進めると其れ限り同じ話題を出すことは無かった。

(´・ω・`)「……王手です」
( ;^ω^)「な……待つお! いつの間にそんなところに!」
(´・ω・`)「戦に待った無しですよ」
( ;^ω^)「むむむ……さっきは好い手だと思ったんだが……」

 唸り首を捻るブーンを見てショボンは再び溜息一つ。そうして度々溜息を交え乍ら陽の傾く迄
将棋を指す音がショボンの家に鳴り続けた。




( ^ω^)「今帰ったお」

 其の言葉に呼び出されたかの様にツンが奥から姿を現すと、「おかえりなさい」と微笑みブーン
から上着を受け取った。
 併し上着を受け取る其の手が妙に紅く、また厨(くりや)から香ってくる煮付けの匂いに、ブーンは
ツンの奴めまた畑に行ったのかと顔をしかめた。

( ^ω^)「また今日も寒い中畑に行ってきたのかお?」
ξ゚听)ξ「ええ、此の間とっても気に入ってらしたから」
( ^ω^)「確かにあれは旨かったお。でも此れ限りにして欲しいお。僕はツンの手が其の様に
      為るのがどうにも我慢できないお」
ξ゚听)ξ「……わかりました。あなたがそう言うのなら」
( ^ω^)「嬉しいお」

 唐突に其の従順な様に愛おしさを感じ、ブーンは口付けをしようとツンに近付いた。


※厨=台所



ξ゚听)ξ「あなた」

 併し其の唇は触れることなく、ツンに制止されてしまった。嘗(かつ)て此の様に静止された経験が
無かったブーンは、二三度瞬きをし首を捻った。

( ^ω^)「どうしたんだお?」
ξ゚听)ξ「ごめんなさい。その、お昼に臭いのする物を食べたから……」
( ^ω^)「でもそんなに臭いはしないお?」
ξ゚听)ξ「それでも口を付けるとなると……」
( ^ω^)「……わかったお」

 初な事を言うものだとブーンは微笑ましく思った。此れも彼女の魅力であると思い、其の儘躰を
離すことにした。

( ^ω^)「せめて抱きつく位はいいかお?」
ξ゚听)ξ「駄目です」
(´・ω・`)「……いやはや、此れは目に毒だ」
( ;^ω^)「え? ショボン……」
(´・ω・`)「おや、お邪魔でしたかな?」



 いつの間にやら土間まで上がり込んでいたショボンの、其の煙管を片手に若気(にやけ)る様に、
ブーンは具合が悪くなり音を立てて其の場に座った。

( ^ω^)「ふん……先ほど会った許りだろうに。して、御用の趣(おもむき)は? ん?」
(´・ω・`)「そう邪険にしないで下さい。食事が終わったら是非家に来て貰えないだろうかと思いまして」
( ^ω^)「あぁ、解った解った。どうせまた君の研究成果とやらを聞かされるんだお。それならば今
      直ぐに済ませてしまおう。併し、一々こうも大袈裟に烽火(のろし)を上げんでもよかろうに」
(´・ω・`)「ん? ……あぁ、いや、失敬、失敬」

 ふわふわと口から紫煙を吐き出しショボンが笑い乍ら家を出て行ったのを確認すると、ブーンは
傍にあった茶を乱暴に一飲みし、其の儘立ち上がってツンに一瞥を投げてから家を後にした。


※若気る=男が女々しく色めいた様子をする。




(´・ω・`)「お待ち申し上げておりました」
( ^ω^)「……止せお、気持ちの悪い。最近特に君は若気男になったお」

 態(わざ)と普段とは違う口調で喋るショボンがそうブーンに戒められると、ショボンは口から紫煙を
吐き出し、床を見詰めて呟いた。

(´・ω・`)「……嬉しいのですよ。ああしてあの子が大きく為っていくのを見ていられると云うことが」
( ^ω^)「それは……まぁ、僕とて同じ気持ちではあるお」

 コン、と煙管を煙草盆の灰吹きの縁に叩き付けると、ショボンは綴じられてもいない紙の束を
ブーンの前に置いた。厚さからするに百と迄は行かぬものの、一度に目を通すには億劫になる
程の枚数であった。



(´・ω・`)「暫(しばら)く前に僕が爪を頂いたのを覚えていますか」
( ^ω^)「爪……あぁ、あれかお」
(´・ω・`)「あれを調べてみたところ、興味深いことが分かりました」

 そう云ってショボンは紙の束を捲(めく)り始め、やがて目当てのものを見つけたかと思うと
其れを読み始めた。

(´・ω・`)「……ふむ。そうそう、あの爪、強度が平均に比べ突出して高いのです」
( ^ω^)「強度が高いと云うと……硬いと云う事かお?」
(´・ω・`)「ええ、其れは驚くほどに」
( ^ω^)「とは云え君、其れはツンが挟みで切ったものだお。そんなに硬いわけがないお」
(´・ω・`)「其れが僕も引っかかっているのです」

 やおら立ち上がりショボンは奥の方へと下がると、彫刻刀を片手に戻ってきた。



(´・ω・`)「例えば此れで爪を切ってみましょう」

 床に置いた平たい石の上に小さな三日月形の爪を置くと、ショボンは爪目掛けて彫刻刀を振り
下ろした。刃先が石を叩く甲高い音に、ブーンは驚きのあまり目を見開いた。

( ;^ω^)「君、一体そんなに力をいれて、床板でも壊す積(つも)りなのかお」
(´・ω・`)「見て下さい」

 ブーンの言葉を気にも留めずショボンは彫刻刀の先をブーンに突きつけた。爪をつけた儘の刃は、
初めは彫刻刀が爪に刺さっているものだとブーンに思わせたが、事実は其の逆であった。
 ぽろりと爪が床に落ちた後、ブーンの見ていた刃先は、はっきりと窪んでいたのである。欠けた
わけでもなく、滑らかに窪んでいたのである。

( ^ω^)「此れは……どういうことだお」
(´・ω・`)「何をどうしても切れないのです。挙句には釘の代わりに板に打ち込むことさえ出来ました」
( ^ω^)「……そうかお。いや、併し君、だからどうだと云うんだお」
(´・ω・`)「……詰(つま)り、人ならざる強さを持つ爪を彼女は持っている、と云うことです」

 其の云い回しにブーンは敏感な反応を示した。彼はツンを特別扱いすることを何より嫌っていたのだ。
ショボンに研究と云う名目で彼女のことを調べられるのも、実の所不本意であった。



( ^ω^)「……それなら何か、君は今改めて彼女を隠だと理解した、と」
(´・ω・`)「違います」

 言下にはっきりとそう否定すると、ショボンは少しの間を置き、ブーンの目を正面から見た。

(´・ω・`)「隠の其れは全く人と同じなのです。然(しか)れば認め難いことですが、彼女は既に
      隠の道から外れつつあるのかも知れません」
( ^ω^)「……隠の道から外れるとは?」
(´・ω・`)「外道の行き着く先は……鬼(おに)です。君も其の名を聞いたことがあるでしょう」
( ^ω^)「鬼とは……あの、鬼かお」
(´・ω・`)「ええ。其の昔恐れられた隠。其れこそ隠の外道、鬼であり、今尚語り継がれる物の怪の
      正体です」

 本の読み過ぎだろうと一笑に伏してしまおうかとも思ったブーンだが、併しショボンの表情は
真剣で其れが俄に彼の心を掻き立てた。



( ^ω^)「併し、ツンが外道とは到底思えないお」
(´・ω・`)「……因果応報と云う言葉があります」
( ^ω^)「……いや、併しだな……」
(´・ω・`)「今事実として彼女が外道に落ちつつあるとしたら、必ず其れ相応の行為が過去に
      行われているのです」

 そこで突然ブーンが床に拳を叩き付けた。

( #^ω^)「君に説教をされに来たのではないお! 其の様なもの、あるわけがないお!
       いい加減酔狂にも程があるお!」
(´・ω・`)「……いや、勿論、僕とて同じ思いではあります」

 突如烈火の如く怒ったブーンだが、部屋の静けさに加え、落ち着いたショボンの視線に冷静さを
取り戻すと、一度目を伏せ溜息を吐いた。

( ^ω^)「……済まん。ちょっと頭を冷やしてくるお」
(´・ω・`)「いえ、些(いささ)か僕も口が過ぎました」

 其の儘ショボンに背を向け、ブーンは深々と降り積もる雪の世界へ逃げるようにして出て行った。




 ショボンの家を後にしたブーンは、未だ衰えの知らぬ降雪を見上げると、もう一度溜息を吐いた。
鼻から冷涼な風を吸い目線を下ろすと、ふとひっそりと佇む人影が近くにあるのに気付いた。

 ('、`*川「……」
( ^ω^)「君……」

 寂寥(せきりょう)とした雪景色に佇んでいた彼女は、併しブーンの言葉に返事をすることも無く、
背を向け遠ざかろうとした。
 彼女はしぃの従姉に当たる人で、此処等では名の知れた商家である伊藤家に三年ほど前嫁いで
来た人である。ツンとは普段より仲が好いが、件(くだん)の一件以来ブーンとは一度も言葉を交わした
ことは無かった。

( ^ω^)「その……待つお」
 ('、`*川「……」

 背を向けた儘静かに彼女は立ち止まったが、併し相変わらず言葉は無かった。
 だが何時までも其の様にしておくのはやはり居心地が悪い。加えてブーンにはどうしても彼女に
云いたいことがあった。


※寂寥=ひっそりとして物寂しいさま



( ^ω^)「……こちらを向いて呉れないかお」
 ('、`*川「……厭です」
( ^ω^)「……」

 す、と縦に伸びた其の後姿があまりに凛としていてブーンは二の句が継げずにいた。併し其の
着物に描かれた雪持ち笹は、何か物云いたげに其処に在り続けていた。

( ^ω^)「……何と云って好いか、僕には分からんお。ただ……ツンとああして貰えて、本当に
      有難く思っているお。本当に……申し訳ないお」

 云って、握り締めた拳をぶら下げた儘、ブーンは不恰好に頭を下げた。
 雪が降る音など今まで無いと思っていたが、併し此の時確かに雪の落ち往く音がブーンには
聞こえていた。紗(さ)、紗、と蕭(しめ)やかに降る雪の一片々々にまで何かを非難されている様な
感覚を覚えていたのだ。


※紗=擬声語として使用。当て字 ※蕭やか=ひっそりと静かなさま



 ('、`*川「男が其の様な見っともない姿をしてはいけません。顔を上げて下さい」
( ^ω^)「……済まん」

 顔を上げたブーンの前に居た其の人は、雪女郎(ゆきじょろう)の様に白く、雪がとても好く似合う
人であった。そしてやはり雪女郎の様に、其の様を眺めるだけで凍えてしまう様な人であった。

 ('、`*川「……話は聞いています」
( ^ω^)「話?」
 ('、`*川「貴方が頭を下げることではありません」
( ^ω^)「……」
 ('、`*川「ですが、私の心にはどうしても割り切れない部分が残ってしまうのです」
( ^ω^)「いや、尤(もっと)もだお」
 ('、`*川「何故其の様な態度を取るのですか……其の様な腑抜に為るならば何故っ!」
( ^ω^)「……済まん」
 ('、`*川「……失礼します」

 いつの間にか耳の奥に聞こえていた雪の音は消えていた。併し乍ら雪持ち笹は、暫し其の重みに
耐え続けねばならぬ様であった。

 いつになれば心に降る雪が融け安息の時が訪うのだろうかと、其れを眺める男もやはり身に
降り積もる雪が唯そっと融け往くのを想う許りであったのだが。


※雪女郎=雪女




 家に入り肩に積もる雪を払っていると、ふと勝手口の戸の締まる音がした。

( ^ω^)「……ツン?」

 今更外に何用があったのだろうと不思議に思ったが、さして気にすることも無くブーンは其の儘
中へと上がる。

( ^ω^)「ツン、今帰っ……ん?」

 見ると中は蛻(もぬけ)の殻で、夕食の仕度は済んでいる様であったが、肝心のツンが何処にも
見当たらなかった。すると先程の音はツンが外へ出た為のものなのかと思い、ブーンは其の場に
座りツンを待つことにした。

 だが待てど暮らせどツンの帰る気配は無い。流石にどうしたものかと勝手口の方へ回ると、
やはり其処にツンの履物は無かった。
 若しや何事かあったのかとブーンは心配になり、自らの履物を出して勝手口から外へと出た。



 先程から降り続けていた雪はやはり今も尚其の様子を変えず、併し空の色は昏(くら)く変わり果て、
顔を出していた月に雲が掛かる様を見るに、辺りはもう直ぐ闇に包まれてしまうだろうと思われた。
 仄(ほの)暗い足許を見詰めると、ブーンは其処に薄らと雪の被さった足跡を見つけた。一方向
にのみ伸び往く其れはツンが何処かへ行った儘であることを示していた。其れに幾許かの不安を
感じ、ブーンは足跡を辿り始めた。

 家の外はやはり静かで、自らの雪を踏む音のみが世界の中に響いていた。足跡は真直ぐ畑に
伸びていたが、目を凝らせども畑に人影は無い。強いて挙げるならば雪山の様なものが見える
程度だ。

( ^ω^)「ツン!」

 やがて不安からブーンはツンの名を呼んだ。足跡が在るならば其処に人が居て然り。そう思って
上げた声は、だが予想に反して妙な音色の応答を受けた。



――琳(りん)

 確かに聞こえた冬には冷たすぎる其の音は、金属で出来た楽器の音の様でもあり、風の吹き
荒ぶ音の様にも聞こえた。音は短く、併し尾を引き、耳を掠めて往く。

( ^ω^)「ツン!」

 其の音を確かめる様に、ブーンは再びツンの名を呼んだ。

――琳

 するとまた甲高い音が何処かから聞こえてきた。其れは間違いなく自然ではない何かに因って
出された音であり、そしてツンの名に反応したものであった。
 ブーンは何か薄ら寒いものを感じ乍ら音の聞こえた方へと歩を進めた。

 近づくに連れ大きくなってきた物が一つ在った。其れは先程雪山だと思っていた塊である。
此の空を包む昏冥(こんめい)は確かに其れを隠していたと云うのに、此の身に纏う大気は音を伝え、
此の地に降る雪は其の塊を隠し切れずにいた。


※琳=擬声語として使用。当て字 ※昏冥=暗くてはっきりしない様



( ;^ω^)「ツン……」
ξ゚听)ξ「……あなた……どうしたの? 其の様な顔をして」

 其処には雪の上に正座するツンの怪しげな姿があった。未だ振り続ける雪の重みに前髪が
垂れ、其の目の奥を窺うことは出来ない。併しツンは笑っている様であった。其れは極めて
日常的で穏やかな笑みと、そして声色。だが其れこそが不自然に他ならなかった。此の状況に
其の色。其れは日常を装いつつも、裏面に鬼を飼う気色。

( ^ω^)「ツン……其処を退いて呉れないかお」
ξ゚听)ξ「何故ですか? さあ、お腹も空きましたでしょう。早く帰りませんか?」
( ^ω^)「……其の後ろの掘り返した跡のある雪は、そして君の其の手は、何なんだお」

 普通に考えるならば其れは野菜を掘り返した跡である。併し乍らツンは野菜を一つも持たず、
そして其の手は血の巡りだけでは説明できぬ朱色を帯びていたのだ。



ξ゚听)ξ「何事もありません。野菜を探してあちらこちらを掘り返してみたのですが、結局
       見つからず、終いには手があかがりで此の様になってしまったのです」
( ^ω^)「ではツンはもう帰れ。僕は此処に残るお」
ξ゚听)ξ「いえ、あなたを差し置いて先には帰れません」

 結末の見えぬ押し問答を打ち破ろうとブーンは、やおらツンに近づくと其の手を掴み無理矢理
彼女を立たせた。そしてツンを押さえた儘ブーンは足で其の場を掘り始めた。

ξ;゚听)ξ「止め……止めて下さい!」
( ^ω^)「……」

 必死に邪魔をしようと暴れるツンを無視し、ブーンはただ其処に何があるのかを確かめようと
掘り続けた。併し其の直後、掴んでいた筈のツンの手が突然離れ、ブーンは途轍もない衝撃に
襲われると、もんどり打って立っていた場所から随分と離れた所へ転がっていった。

( ;^ω^)「痛……一体……ツン?」

 腰元を暴れる鈍痛に耐え乍らブーンはゆっくりと立ち上がり、未だ呆然と立ち尽くすツンの
姿を見た。


※あかがり=あかぎれ



ξ゚听)ξ「いや……止めて……」

 其の瞳はブーンを見ている様であったが、言葉は何処か其れよりも遠くに発せられている
様であった。そして直後、ブーンは奇妙な光景を見た。

( ^ω^)「……ツン?」

 ゆらゆらとツンの髪が風に揺れたかと思うと、其れ等はまるで浮力を得たかの様に漂い始め、
すっかりと暮れてしまった夜闇の中で、月明かりよりも淡くぼんやりと輝き始めたのだ。更には、
焦点のまるで合わぬ瞳の黒が、今まで見たことも無い艶やかな金色に侵され始めていた。

( ;^ω^)「ツン!」
ξ゚听)ξ「……」

 ブーンは直ぐに駆け出すと思い切りツンの両肩を掴み、揺さぶった。ツンが何か物の怪の類に
取り憑かれたかの様な光景を見て、ブーンは其れを必死に追い出そうとしたのだ。



( ;^ω^)「ツン! おい、ツン!」
ξ゚听)ξ「……え?」

 途端、物の怪が去っていったのか其の眼に生気が宿り、其の髪もツンに従いサラサラと風に
靡(なび)くだけに為っていた。

――琳

 不意に聞こえた其れは風に乗って耳に飛び込んできた鈴の音であった。鈴の音はあの不自然な
雪の上を跳ね、ブーンに其の存在を知らしめた。其れは首輪に繋がれた鈴。そして首輪が繋ぐは
何とも知れぬ動物の遺骸(ゆいがい)。ほぼ其の原型は留めておらず、ブーンには其れが何かの
判断は付かなかったが、併し其れが何かによって喰らわれていると云うことだけははっきりと分かった。

( ;^ω^)「ツン……」
ξ゚听)ξ「……いや……違う……」

 時と云うものは何故斯くも残酷なものなのだろうか。どうして此の地に降る雪は、ただ降り積もる
だけで好しとして呉れぬのだろうか。



( ;^ω^)「君は……君がやはり……」
ξ゚听)ξ「あなた……その……」
( ;^ω^)「……」

 風が止み、辺りは静かに雪が降るだけになった。そしてゆっくりと、ツンの口が開かれた。

ξ゚听)ξ「……其れは、犬です」
( ;^ω^)「……」
ξ゚听)ξ「御免なさい……。全て、私の仕業……なのです。私が、其の犬を喰らったのです」
( ;^ω^)「く、喰らった? ……莫迦な……どうしてだお……」
ξ゚听)ξ「今日だけではありません。昨日も一昨日も……私は犬を食らっていました」
( ;^ω^)「どうして……どうして其の様な……」   
ξ;;)ξ「……あぁ、私は、やはり化生(けしょう)なのです。私は、なんとも浅ましい化生の……あぁ!」

 嘆き崩れるツンに、呆然と立ち尽くすブーン。庭先に降る雪は確かに時を進めてはいたが、
徒(いたず)らに彼等を冷やす許りで、決して悲劇を覆い隠すことは無かった。



――冬が暮れ、浩々(こうこう)として静かな雪天(せってん)を窓から眺めては、牡丹雪の降る様に
春の訪いを予感していた。芽吹きの季節は如何な不安をも掻き消す程の生命に満ち溢れており、
やがて春が来た頃に彼等はまた二人、桜の下に愛を誓い合う筈であった。

 其れは永遠に変わらぬと思われた幾重にも重なる暮らしの一片(ひとひら)。矮小な存在にさえ
有為転変(ういてんぺん)を忘却せしむる程の甘い花蜜の香。

 併し乍ら早すぎる変異は、雪解けも待たずに忍び寄ってきていたのだ。そして芽吹いた冬の芽は
雪の許で確実に成長し、彼等からそっと春の芽吹きを奪い始めていたのだ。


※浩々=果てしなく広々としている  ※有為転変≒諸行無常





 其れからの日々、ツンは度々我を忘れて暴れるようになった。初めは数秒許りであったものが
いつしか数分、数時間、一晩と長くなっていき、次第にブーンの手には負えなくなっていった。

 そして終にはツンの変化が村に知られるようになり、ツンが隠であると噂が立つ様になった。
誰かがツンを隠であると云ったわけではない。其々の心にツンへの疑念が湧き、其れが昔からの
云い伝えと合致し、結果として村の者殆どが暗黙の内にツンを隠であると認めてしまったのだ。
 其の様な村人の意思に後押しされる様にして、終に村長がブーンを呼び出した。理由は云う迄も
無くツンの事であり、此の村から出て行って欲しいと云うものであった。

( ^ω^)「併し、僕は未だ解決策は別にあると思いますお。そう、例えば――」
   ('A`)「ならん」

 先程から幾らか案を出してはいるのだが、村長にはブーンの話を最後まで聞く様子は無く
どうにも決意は揺るがぬ様であった。



( ;^ω^)「どうして。ツンは此の村の一員だお」
   ('A`)「わかっている」
( ;^ω^)「なれば!」
   ('A`)「……なれば他の者もまた此の村の一員。ブーン、儂は誰一人として傷付けたくは無い」
( ^ω^)「ツンは未だ人を襲ってないお」
   ('A`)「未だ、な」
( ^ω^)「……」
   ('A`)「ブーン、人は弱い。それも儂の様な爺ならば尚更だ」
( ^ω^)「でも……」
   ('A`)「君達が悪いんじゃない。……頼む、弱い儂等の為に、此処を離れては呉れまいか」
( ^ω^)「……頼む、なんて……」

 出て行って呉れと頭を下げられることは、ブーンにとって非常に衝撃的なことであった。
優しい拒絶は罪悪感に憎しみを生み出せず、ただ悔しさの流れる儘にするしか出来なかった。

   ('A`)「今直ぐに……とは云わん。何か人手が居るなら云って貰って構わない」
(  ω )「……解ったお。心遣い感謝しますお」

 膝に両手をつき一礼して立ち上がると、ブーンは其の儘村長に背を向け其の場を後にした。
手を掛けた戸には、夕陽の色がじわりと染みていた。



  (,,゚Д゚)「旦那! 話はもう終わったのか?」
( ^ω^)「……ギコ」

 外へ出るなり、木の枝を片手に持ったギコが目を輝かせて話しかけてきた。其の後ろでは
ジョルジュとちんぽっぽがツンと共に遊んでいるのが見え、ブーンは息が詰まりそうになるのを
感じ乍らも、ギコに向かって微笑んだ。

( ^ω^)「こってり絞られたお」
 (,,゚Д゚)「此れだからブーンの旦那は仕方ねぇ。此れじゃあ御内儀(おないぎ)さんが可哀想だ」
 ( ゚∀゚)「安心しな! ブーンが駄目でもツン姉ちゃんは俺がきちんと面倒見るからよ!」
(*‘ω‘ *)「ぽっぽ!」
ξ゚听)ξ「あら、有難う」
( ^ω^)「ジョルジュ、お前はもう少し年長者を敬うお」
 ( ゚∀゚)「歳だけじゃ敬えないってもんさ」


※御内儀=他人の奥さんを敬う言い方



 ふん、とジョルジュが鼻を鳴らしたところで、家の中から村長の三人を呼ぶ声がした。其れに従い
逃げる様にジョルジュが家の中へと飛び込んだ。
 其れを見ていたちんぽっぽは、ジョルジュの態度によって空気が悪くなると思ったのか、困った顔で
ブーンとツンの顔を何度も交互に見た後ブーンの傍に駆け寄ると、一所懸命天に向かって広げた
片手を伸ばした。

(*‘ω‘ *)「ぽっぽ!」
( ^ω^)「なんだお?」
(*‘ω‘ *)「ぽっぽ!」

 小さく飛び跳ね乍ら先程から彼女が同じ言葉を繰り返すのは、多くの言葉を話すことが出来ない
からである。元々言葉を覚えるのが苦手なのではなく、どうやら途中で言葉を失ったらしい。其の
原因は推し量るのも野暮と云うものであるが、併し彼女には其れを補って余りある快活さがあった。



( ^ω^)「ははあ……ちんぽっぽは僕の事をちゃんと敬って呉れると云うことかお?」
(*‘ω‘ *)「ぽっぽ!」
( ^ω^)「嬉しいお。ちんぽっぽからもジョルジュによく云い聞かせてやって欲しいお」
(*‘ω‘ *)「ぽっぽ!」

 任せとけと云わん許りに大きく頷くと、ちんぽっぽは元気よく家の中へと駆けて行った。
そして始終(しじゅう)を見守っていたギコが最後に、静かにブーンに近寄ってきた。

  (,,゚Д゚)「それじゃあ旦那、お気を付けて。ジョルジュに云われっぱなしにならねぇ為にも、ここは
      一つ明日から心を入れ替えて頑張って下さい」
( ^ω^)「あ……あぁ、承知したお」

 矮躯(わいく)を折り曲げ一礼すると、ギコも静かに家の中へと入っていった。ちんぽっぽよりも
一二寸低い身の丈は、ジョルジュに比べれば更に三四寸足りぬものだが、やはり年長者は経た
歳の数だけ其れなりに礼節を知っている。或いは自分が纏め役でありたいと云う心からなのだろうか。


※矮躯=背丈の低い体



 ブーンはそうしている内に、我知らず過去にあの子等と戯れあった日々を想い始めていた。
併しツンの顔が視界に入るや否や、其れ等を振り払い、今度は気持ちを切り替える為に
短く息を吐いた。

ξ゚听)ξ「それじゃあ、帰りましょう。色々と此れからの準備もありますし」
( ^ω^)「……此れから、とは?」
ξ゚听)ξ「私は直(じき)此処を離れなくてはなりませんでしょう?」
( ^ω^)「……聞いていたのかお」
ξ゚听)ξ「いえ、聞かずとも分かります。それに誰に咎められずとも、其れに甘んじていては
      いけないと云うものです」
( ^ω^)「……」
ξ゚听)ξ「長い間、本当にお世話になりました」
( ^ω^)「ツン?」
ξ゚听)ξ「幾許の心残りもありますが、また元の生活に戻るだけと考えれば、思い出の数だけ
      前よりも私は幸せです」

 斜陽を背に微笑むツンの姿は、此れ迄に無いほど心許なく見えた。此の儘日が沈んで
しまったら果たして明日は来るのだろうかと、そう思わせる程に。



( ^ω^)「何を、云っているんだお……」
ξ゚听)ξ「言葉の通りです」
( ^ω^)「ツン……」

 其の時全てが自分から消え失せ往く様な錯覚にブーンは恐怖した。併し其の不安に抗う為、
ブーンは強い口調でツンに云った。

( ^ω^)「本当に此処を離れる積りなのかお」
ξ゚听)ξ「……はい」
( ^ω^)「……それならばツン。二度と其の顔を僕に見せないと約束するお」
ξ゚听)ξ「……はい。約束……しましょう」

 俄に曇るツンの表情を見てブーンは表情を和らげると、ツンの肩にぽん、と手を置いた。



( ^ω^)「じゃあさっさと引越しの準備をしに帰るお。いやなに、僕も一度静かなところでのんびり
      過ごしたいと思っていたところだお」
ξ゚听)ξ「……はい?」
( ^ω^)「君の悪い癖だお。心の中は悲しい癖に無理矢理笑う。其の様な偽りの顔、僕に二度と
      見せるなお。僕には何も力になれないのかと、寂しい気持ちになるお」
ξ゚听)ξ「あ――」

 西日の射したツンの顔が更に紅く染まり、気付けば彼女は驚いた顔の儘ほろほろと涙を流していた。
そして終には滔々(とうとう)と涙に暮れてしまった彼女は其の後、陽がすっかり沈んでしまってもブーンの
胸の内から離れることは無かった。


※滔々=とどまることなく流れるさま




 引越しの準備は万事恙(つつが)無く進んでいた。村の者には全て事情は伝わっており、あの子等
にはツンの療養の為の転地であると伝えた。渋い顔をしていた彼等も、ツンの事を思い不平を口に
することは無かった。

 新居は山の奥深く。人も稀々(まれまれ)で子等の近寄れぬ所にあった小屋に、幾らか手を加えて
住む事になった。決して住み心地がいいとは云えぬ環境であったが、二人にはあまり関係が無い様
であった。まるで幼い頃に返った様だと笑いさえしたのだ。

 其の様な日々の中でブーンは自ら吐いた嘘である療養と云う言葉に、また自ら納得していた。
若しや人里離れて暮らしていれば、本当にいつかツンは治るのではないか。何も心配せず暮らして
いたあの日々が戻るのではないか。此の頃になるとブーンは毎日の様にそう思っていた。


※稀々=ごくまれなこと



 そして、いざ引越しを明後日に控えた晩。村長が折角だから宴を開こうと云ったのをブーンは
断り、ツンと二人静かに家で過ごしていた。
 静かな夜は否応無しに此れ迄の生活を振り返らせ、また此れからの生活に想いを向かわせる。
一言も交わされる言葉は無く、併し沈黙は身を刺す様に辛かった。

( ^ω^)「……今日は、明日に備えてもう寝るお」
ξ゚听)ξ「はい」

 残り少ない我が家での夜だと云うのに、たった其れだけの言葉を残して二人は蒲団の中へと
潜っていった。



 ブーンは蒲団の中で此れからの事について考えていた。
 やはり不安はあった。此れから先、ツンが鬼と為った儘戻らなくなることが無いとも限らない。
其の時一体自分はどうすれば好いのだろうか。思う気持ちだけでは彼女を救うことが出来ない。
手を伸ばせば届く位置に居る彼女だが、全身で彼女を包み込んだとしても救うことが出来ぬのだ。

( ^ω^)(……いかんお)

 暗闇は心を不安にさせる。外から与えられる刺激が少なくなると、自然と内なる刺激を求めて
考え事に嵌(はま)ってしまう。ブーンは纏わり付く厭な思考を振り払う様に寝返りを打った。

 其の寝返りを打った先、目の前に疎(おろ)見える白い塊があった。目を凝らしてみると、其れは
折り曲げられた膝であり、白を辿り見上げた先には寝衣(しんい)よりも尚白いツンの細面(ほそおもて)
があった。


※疎見える=ぼんやりと見える ※寝衣=寝間着



 視線の合わぬ儘にツンはやおら三つ指をつくと、深くそして緩やかに音も立てず頭を下げた。
其の姿は、寝衣姿だと云うのに宛(さなが)ら豪奢な振袖を着ているかの様な荘厳さを纏っており、
思わずブーンは、ぐっと息を飲んだ。
 やがて静々(しずしず)と顔を上げたツンの表情は、眉から目、頬、口の端に至るまでが其れ迄
人に感じたことの無い美を感じさせ、其の放つ気高さにブーンは思わず茫(ぼう)としてしまう。

( ^ω^)「……夜更けに其の様に改まって、どうしたんだお」
ξ゚听)ξ「……」

 ツンの瞳は暗夜と同じ深い黒色にも拘らず、まるで夜の入り江に流れ着いた二つの黒真珠の様に
決して周りに溶けることなく其の輪郭を保ち、又しっとりと濡れた儘ブーンを見詰めていた。


※荘厳=重々しく、おごそかで気高い様 ※茫と=ぼうっと



ξ゚听)ξ「私は幸せでした」
( ^ω^)「……何」
ξ゚听)ξ「貴方様に添わせて戴くことが出来て、本当に幸せでした」
( ^ω^)「……ツン? 一体どういうことだお」

 暗闇の中を惑う二対の瞳は、併し言葉とは裏腹に其の意する所を理解していた。今其の口から
放たれるは確認の儀であり、そうあってはならぬと云う儚い人の想いを留める錆びた鎹(かすがい)
である。

ξ゚听)ξ「本当に……」
( ^ω^)「……止めるお」
ξ;;)ξ「本当に幸せでした」
( ;^ω^)「ツン!」

 見るとツンの髪はゆらゆらと白く仄輝き、其れに呼応するかの様に涙に濡れる瞳は、水へ油が
混ざっていくが如く、深い黒色が粘稠(ねんちゅう)な金色に侵されていく。


※粘稠=粘り気があり、密度が濃いさま



ξ;;)ξ「……あァ……ァァ……」
( ;^ω^)「ツン!」
ξ;;)ξ「!」

 呼号一声。ブーンは乱暴にツンの肩を掴み、二三度揺さぶると其の儘躰をきつく抱きしめた。
明らかに変異が始まっていた。今彼女が鬼に為ったとして、次戻るのはいつなのだろうか。否(いや)、
果たして戻るのだろうか。其の様な不安がブーンを掻き立てる。

( ;^ω^)「往くな。もう僕を置いて往かないで呉れお。そんなに何度も僕は……」
ξ゚听)ξ「ブー……ン……」

 そしてやおら其れに応える様にブーンの背中へと回されたツンの手であったが、本人の意思とは
逆様(さかさま)にいつの間にか伸びていた鋭利な爪を以って其の肉を傷付けていく。
 併し、縦令着物に赤い染みが滲もうともブーンが苦痛や不平に声を漏らすことは無かった。


※呼号=大声で呼ぶこと



( ^ω^)「……ツン」
ξ゚听)ξ「ブーン……あァ……御免なさい」
( ^ω^)「大丈夫だお。だから、もっと躰を預けて欲しいお。何があっても絶対に離さないお」

 其の名を呼ぶほどに、ブーンは心の中でツンに対する愛情が膨れ上がっていくのを感じていた。
そして其れは抑えられぬ衝動となり、よりツンを抱きしめる手に力が篭る。併し其れと同時に背を刺す
痛みもまた大きくなっては、じっとりと着物が張り付くのを感じ、どうしたものかと遣り切れぬ思いで
頭がおかしく為りそうであった。

ξ゚听)ξ「ブーン……お願い……離さ……ないで」
( ^ω^)「ツン、大丈夫だお。僕はここに居るお」

 言葉は併し儚く、錆びし鎹は頼りなく、其処に心を繋ぎ安心せしむる程の力は到底無かった。
其れを二人は何より緊々(ひしひし)と感じており、其の身を取巻く不安を如何にして消さんと
思い乍らもただ抱き合っていた。



 暫時(ざんじ)して、今までブーンが抱きしめていた柔らかな躰が、其の熱を残してゆるゆると離れた。
するとツンは不意に其の身を纏っていた寝巻きの前を開(はだ)けさせ、鋭利な犬歯を覗かせ乍ら云った。

ξ゚听)ξ「最後の、我が儘です……私が、私が消えてしまう前に……どうか……」

 言葉尻を浮かせた儘視線を向けるツンの其の肌は、仄明かりの下でも絹の如く滑(すべ)やかに見え、
また熱を帯びて紅く色付いた様は扇情的な魅力に満ちていた。光と影、山と谷。其の滑らかな起伏の
一つ一つにブーンの目を惹き付けて止まぬ艶があった。

 然れども尚、其の視線に対し面映(おもはゆ)さを微塵も感じていないかの如く見詰め続けるツンの
眼差しに、ブーンは其の真意を一瞬計り兼ねた。


※面映さ=決まりが悪い様、照れくさい様



( ^ω^)「……」
ξ゚听)ξ「……」

 だがブーンは其れを確かめようなどとはしなかった。ただ心の赴く儘に、右手をツンの頬に当て
其の唇から覗く犬歯を親指の腹で優しく撫ぜると、其の儘ゆっくりと唇を重ねた。

 一度唇を重ねてからは、其の柔らかな感触に思考が侵され、ただ快楽へと転がり落ちていく。
 夜を乱れる吐息の中で、重ねられた唇は其の後何度も離れては付き、離れては付きを繰り返し、
互いが其の内側にある何かを欲し続けた。やがて口内から誘い出されたかの様に舌が現れ、
うねり、絡み合い、真赤な唇を粘つく唾液でしとどに濡らし乍ら、其処彼処(そこかしこ)を暴れまわる。

 そうして舌から送られてくる刺激に頭が慣れてきた頃、二人は口を離しもう一度見詰めあった。
 ツンの其の斑に金色の混ざる潤んだ瞳や、てらてらと艶めく犬歯、それに何かを堪える様な
其の悲痛な面持ちに、ブーンは不謹慎だとは知りつつ、此の上ない色気を感じていた。
 短く漏れる熱を帯びた甘やかな吐息も、しがみ付く様に袖を掴む其の仕草も、呼吸をする度
上下する肩から鎖骨にかけての動きも、どれも全てがブーンを捕らえて離さなかった。


※しとど=ひどくぬれるさま



( ^ω^)「……縦令、君が鬼に為ったとしても」
ξ゚听)ξ「……?」
( ^ω^)「其れで僕は君が消えてしまったなんて思うことは無いお」
ξ゚听)ξ「……でも、私は……」

 言葉の続きを待たずにブーンは再びツンに其の唇を寄せた。其の様な強引な口封じもツンは
抵抗することなくゆっくりと目を閉じ受け入れた。そしてブーンは其の儘ゆっくり褥(しとね)へと
ツンを倒すと、覆い被さった儘一度口を離しツンの顔を見つめた。
 やがて閉じられていたツンの瞳が開き、視線の絡み合うこと幾許。ブーンはツンに微笑みかけ、
ゆっくりと頭を撫ぜた。そしてツンが再度目を閉じたのを確認すると、瞼に軽く口付けをした。

( ^ω^)「だから……最後などと云わないで欲しいお」
ξ゚听)ξ「……はい」

 そうして鬼も眠る妖しい夜に、雪原の花は月を見上げた。朝雲暮雨(ちょううんぼう)と為りては
何時々々迄もと夢見る花の、夜は更けていく――。


※朝雲暮雨=男女の交わりを表す





 やがて満月が彼は誰(かわたれ)に朧付いた頃、やけに静かで底寒い空気にブーンは目を覚ました。

( ^ω^)「……?」

 其れは本当に静かな、まるで時間が止まってしまったかの様な静寂。寝惚け眼と云う様に
寝惚け耳とやらがあるのなら其の仕業に違いないが、やはりどれだけ経っても音一つ聞こえない。
 若しくは本当に耳がおかしく為ってしまったのかと立ち上がると、衣擦れの音が聞こえた。
爪先を動かせば褥に擦れる音もした。
 それでは一体此の静けさは何なのかとブーンは辺りをもう一度眺め回した。

( ^ω^)「……ん?」

 耳だけでなく、其れは目にも静かであった。家具がひっそりと並ぶだけの部屋。敷いてある蒲団。
動きのまるで無い世界には、確かに先程まで在ったものが無かった。


※彼は誰=たそがれの朝版 ※朧付く=ぼんやりと曖昧になる ※底寒い=身体のしんまで冷えるように寒い



( ^ω^)「ツン?」

 途端に静寂は音も無く騒ぎ始める。時間は転がり落ちる様に動き始め、寒さが躰の心まで
染み渡る。足を持ち上げ枕を返す。部屋の中央まで歩き、改めて眺め回す。
 やがて時間はブーンを置き去りにした儘何処かへと走り去っていく。冷たさと不安だけが
背筋を纏わりつき、四肢への血巡りを鈍らせる。

( ;^ω^)「ツン!」

 ブーンは直ぐ様家を飛び出し辺りを眺めた。窒息しそうな程静かな雪景色。其の先に見たことの
ある寝衣を見つけ、ブーンは駆け出し其の腕を掴まえた。

ξ;゚听)ξ「わ!」

 突然の出来事に一驚を喫したツンの声にブーンは確信したのだが、同時にえも云われぬ違和感を
覚え、ぞくりとした。



( ^ω^)「……ツン? 驚かすなお。てっきり居なくなったかと思ったお」
ξ゚听)ξ「?」
( ^ω^)「どうしたんだお? そんなにじろじろと僕の顔を見て」
ξ゚听)ξ「ブーン?」
( ^ω^)「そうだお。僕以外に誰が居るんだお」
ξ゚听)ξ「いつ、あいにきてくれたの?」
( ^ω^)「……ん?」
ξ゚听)ξ「ここ、そんなかんたんにこられないんだよ?」
( ;^ω^)「……ツン?」

 違和感が全身を包み、不安が心臓をざらつく舌で嘗め上げた。



ξ*゚听)ξ「あ、ブーン、あまざけもってきてくれた?」
( ;^ω^)「いきなりどうしたんだお。冗談は止めて欲しいお」
ξ#゚听)ξ「あまざけまたわすれたの?」
( ;^ω^)「ツン、君の其の口調、まるで……」
ξ(゚、゚#ξ「もうブーンなんてきらい! しらない!」
( ;^ω^)「……嘘だお。嘘……嘘だお!」

 頭は事実を処理していたが、併し其の理由を掴めずに理解がまるで出来ていなかった。
夢でもまだ此れより整合性があると云うものだ。ブーンは思わず其の肩へ乱暴に手を伸ばす。

ξ;><)ξ「いやだ! いたい! はなして!」
 ( ;^ω^)「悪い冗談は止めるお! 君はもう廿に成るんだお! 恥ずかしくないのかお!」
ξ;><)ξ「しらない! やだ、ブーンきらい!」
 ( ;^ω^)「嘘だ……お……」

 其の体躯も立派なツンは、中身を出会った頃のものへと逆戻りさせていた。其れはまるで
平和であったあの頃に戻りたいと云うブーンの懐古心を嘲笑うかの様な、残酷な出来事であった。




(´・ω・`)「此の様なことがあるんですね……」

 壁を手で何度も叩き乍らはしゃぐツンを見てショボンは暫し呆然としていたが、不意にそう漏らした。
朝一番、ショボンの家の戸を叩き一頻り騒ぎ立てたブーンは、今では随分と大人しくなっていた。

( ^ω^)「ショボン、君は此れに心当たりはないのかお?」
(´・ω・`)「残念乍ら、此れは隠し事無しに僕の知るところではありません」
ξ゚听)ξ「ブーン! ひまー!」
( ;^ω^)「あーあー、壁を掘ったら駄目だお! しょぼくれおじさんに怒られるお!」
(´・ω・`)「誰がしょぼくれですか……」

 ショボンは立ち上がり近くにあった本棚に並ぶ書物の背表紙を横にずっと指でなぞっていったが、
其れを何段繰り返してもどうやら目当ての物には出会えなかったらしく、煙管に煙草の葉を詰めると
どっかと座り火を点け、其れを銜えると苦々しい表情で紫煙を吐いた。

ξ゚听)ξ「くも」

 ツンが指差した紫煙は尾を引き乍らゆるゆると昇り、天井にぶつかると音もなく其の儘曖昧に
なっていった。結局指差した先には煙すら許さぬ堅牢に組まれた天井板がただ在るだけであった。



(´・ω・`)「それにしてもだ。君は此のツンに覚えがあるのですか?」
( ^ω^)「あるお。僕は幼い頃にもツンと出会っているんだお。其れは前に話した筈かと……」
(´・ω・`)「併し、其れにしては……幼過ぎはしませんか?」
( ^ω^)「……幼過ぎる?」

 ブーンはそう云われ、今一度過去の記憶を掘り返していた。過去に見たツンはやはり無邪気に
はしゃぎ、怒り、喜び、悲しんでいた。一体それでは何を以ってショボンは幼いと云っているのだろうか。

( ^ω^)「恐らく今は急な出来事で面食らっているだけだお」
(´・ω・`)「そう、ですか」

 燃え尽きた煙草の葉を捨てると、ショボンは新たに葉を詰めることなく煙管を玩び乍ら溜息を吐いた。

(´・ω・`)「君、此の様に為ってもやはり引越しはするのかい?」
( ^ω^)「勿論。其れは僕とツンが決めたことだお。今更変える必要も無いお」
ξ゚听)ξ「ねえねえ、ブーン」

 一人遊びに飽きたツンが二人の会話に興味を示したのか、胡坐(あぐら)を掻くブーンの膝の上に
乗ると、円らな瞳でブーンを見上げこう問うた。



ξ゚听)ξ「なんで、おひっこしするの?」

 途端、眼の奥でぐらりと揺れが起こったかの様な錯覚に陥ったブーンは、其れを悟られまいと
考える仕草と混同させ目頭を押さえると、落ち着いたのを確認してから口を開いた。

( ^ω^)「村長さんに迷惑を掛けるからだお」
ξ゚听)ξ「どうしてめいわくなの?」
( ^ω^)「其れは……」
ξ゚听)ξ「ブーン、そんちょうさんに、いじめられてるの?」
( ^ω^)「そんなことないお」
ξ゚听)ξ「じゃあブーンは、しあわせなの?」

 此れ以上無く答えにくい質問であった。全く理論的な段階を踏んでいない質問の筈であるのに、
其れは正に現状を踏まえた上でブーンに対して問われていた。

( ^ω^)「……ツン、暫くショボンと遊んでいて呉れお」

 堪らずブーンはツンを置いて、其の場を後にしてしまった。




 一人、家に戻りブーンはひんやりと冷たい床に躰を預けた。其の儘天井を見上げ何も考えることなく、
ただ茫と木目を数えたりしていた。
 幸せかと問われて、ブーンは即座に幸せだと云えなかった。ツンと居られることが幸せではないのか
と問われれば、首を横に振るだろう。今居るツンが、ツンでないのかと問われても首を横に振るだろう。
 詰まりはこう云うことだ。ツンが居るだけで幸せだと、ブーンは云い切ることが出来なかっただけなのだ。

 此れから先始まる二人だけの暮らしを前に、ブーンは気付いてしまった。其れはやがて心を蝕む
不安と為り、天井の木目も何処まで数えたのか分からなくなってしまった。

( ^ω^)「どうしたら好いんだお……」

 終には口から弱音が零れてしまったが、其れに答える音は無く、ただ反響する音を拒む様に
ブーンは両手で頭を抱えて丸くなった。



 家に差し込む光も乏しくなった頃、ブーンは大仰に床を叩くと腹の底から叫んだ。仄暗い静寂を
ビリビリと意味も無い大声が引き裂き、ブーンは腹の底が少し許り熱を持ったのを感じた。

( ^ω^)「……ふう」

 悩んでも解決策は出なかった。併し結論は出た。今は唯ツンと居る一日を大事にしよう、と。
其れならば今こうしている時間のなんと無駄なことか。ブーンは飛び起き、乱暴に戸を開けると
其の儘の勢いでショボンの家へ飛び込んだ。

( ^ω^)「ショボン! 世話を掛けたお!」
(´・ω・`)「ん? あぁ、君か」

 履物を脱ぎ捨て、炉辺で読書をする彼の元へ駆け寄ると、ブーンは辺りを見回した。

( ^ω^)「ツンは何処だお?」
(´・ω・`)「ん? 君の所じゃないのかい?」
( ^ω^)「どういうことだお?」

 ばたん、と本を閉じるとショボンは首を捻りブーンの顔を眺めた。



(´・ω・`)「あの子なら先程ブーンが何たらと云って飛び出していきましたよ」
( ^ω^)「……何? 何故止めなかったんだお!」
(´・ω・`)「止めるも何も、『家に行くのかい』と訊いたら『うん』と返事をしたんですよ?」
( ^ω^)「家に行くと?」
(´・ω・`)「えぇ」

 自分の家以外に態々行く様な家が在っただろうかとブーンは考えた。他に家と云えば明日
越す家だろうか。それとも考え難いことではあるが元居たツンの家、即ち隠の住処の事だろうか。

(´・ω・`)「何やら穏やかではない様ですね。僕も探しに行きましょうか」
( ^ω^)「あぁ、助かるお」

 交わす言葉もそこそこに二人は外へと飛び出した。一層冷えた外気に晒されて、ブーンの心は
冷え冷えとした不安にぐらついていた。此の頃、好くない予感許りが現実に為るのだ。



(´・ω・`)「とりあえず此処等一帯を探してみましょう。未だそう遠くへは行っていない筈です」
( ^ω^)「じゃあ僕はこっちを探してくるお」

 頷き合い二手に分かれた後、ブーンは目を皿の様にしてツンを探し回った。身を切る様な
寒気が頬を撫ぜていくが、雪が降っていないだけ増しだと云えた。
 とは云え、足許には踏めば音がする程度の雪が既に降り積もっていた。息が上がり速度を
緩めると、ぎゅ、ぎゅ、と雪の踏み締める音が聞こえる。其れに気付いたブーンは、立ち止まり
耳を澄ましたが、ただ自らの乱れた気息のみが煩いだけで無駄に終わった。

 そうして走り続け、幾つか角を曲がったときの事であった。遠くの方で動く小さな人影が確かに
確認できたのだ。其れが縦令ツンでなくとも何かを見ていたなら手掛りが掴めるかも知れぬと
ブーンは駆けた。
 其の人影は近づく程に明瞭になり、やがて其れがツンであると判った。



 併しブーンの足は其の速度を増すことは無く、それどころか徐々に減速し、終には立ち止まって
しまった。彼は近づきたくなかったのだ。ツンにではなく、事実に。

( ;^ω^)「……ツン」
ξ゚听)ξ「あ、ブーン」

 破顔一笑、ツンが立ち止まったブーン目掛けて駆け寄ってきた。其の手に何かを引き摺り乍ら。

( ;^ω^)「ツン、其れは……」

 其の手が掴んでいたのは人であった。長い間襟を掴み引き摺ったのか、其の着物は大分乱れていた。
そして不自然なまでの力の抜け具合は、其の人の死を予感させた。


※破顔一笑=顔をほころばせて、にっこりと笑う



ξ゚听)ξ「ねぇ、ブーン。このひとが、わたしたちの、じゃまなんだよね?」

 云って掴んでいた襟を持ち上げ、手首を捻り其の顔を見せた。眉間にシワを寄せ蒼白の顔をした其の
人は、此の村の長であった。
 惨い。そう思わざるを得ぬ程に血に塗れた姿であった。

ξ゚听)ξ「ね?」

 併し、着物の至る所を血に染め上げて尚、彼女は笑っていた。其の所得顔(ところえがお)はまるで
童子の様に曇り無く、彼女は鬼や人と云うものとは関係無しに、彼女が彼女たる何かを何処かに
落としてしまった様だと感じられる程に晴れやか過ぎた。


※所得顔=満足そうなさま



ξ゚听)ξ「ブーン、これでわたしたち、しあわせにくらせるね」
( ;^ω^)「……莫迦な」

 ツンの顔をしてツンの声で喋る彼女は、果してツンであろうか。

――縦令鬼に為ったとしても

 自らの言葉は髄に張り付き、萎えそうになる信念に活を入れ、併し一方では云い知れぬ不安を
助長する。此れが鬼なのかと、ブーンは心の沈み往かんとするのをただ堪え続けていた。

 其処へ唐突に一人の人物が現れた。見慣れた其の顔であったが、やはり此の光景を前にして
尋常ならざるものを感じたのか、いつもの力の抜けた顔はどこかへ消えてしまっていた。

(;´・ω・`)「……君達、一体何事だ」
( ;^ω^)「……」



 未だ亡骸の襟を掴むツンと、立ち尽くすブーン。其の最初の目撃者がショボンとなったのは
彼等にとっては不幸中の幸いと云うべきか。ショボンは右の手で自らの髪を乱暴に掴み唸ると、
懐から煙管を取り出し、其れをブーンに向かって差し口元を歪めた。

(;´・ω・`)「君は早く何とかして其の子を連れて来い。僕の家だ。早くし給え」
( ;^ω^)「……分かったお」
(;´・ω・`)「ああ、其の人も運んでくるんだ。兎に角、早くだ」

 慌しく駆けていくショボンの背を茫と眺め乍ら、ブーンは袖を引くツンの声をただ聞いていた。

ξ゚听)ξ「ねえ、ブーンほめてくれる? ねぇ、ブーン?」
( ;^ω^)「……なんと……云う……」

 立て直した心が足許から瓦解していくのをブーンは感じていた。




 幸いなる哉(かな)、村長の流血は収まっており、道案内を残すことなくショボンの家へ着くことが
出来た。それでも現場には真白な雪を血で赤黒く侵した跡は残っているだろうが、今の彼等には
其れをどうすることも出来なかった。
 若しやまだ助かるのではと、二人は村長に手を施そうとしたのだが、着物を脱がせた所で既に
手遅れだと云うことが判る程に損傷が酷かった。寧ろ顔を判別出来たのが奇跡とも云えた。

 遺骸は其の後、綺麗にしてから着替え等をさせようとしたのだが、何分損傷が激しかった為
下手に手を加えることが出来ず、今はただ大きい布を掛けただけになっている。其れを複雑な
面持ちで眺め乍ら、ブーンが奥の間から姿を現した。

(´・ω・`)「彼女はどうしましたか?」
( ^ω^)「奥で眠っているお」
(´・ω・`)「そうですか……」

 胡坐を掻き視線を床に戻したショボンを凝(じ)っと見詰めると、ブーンは視線を逸らしやや離れた場所に
腰を据えた。


※幸いなる哉=運のよいことに



 ショボンはと云えば、時々火の点いた儘煙管を手に茫と考え事をしては、ふと思い出したかの様に
口に銜え、また考えに耽る。其の様なことの繰り返しをして時間を過ごしていた。
 隙間から寒風が吹いて来たのを感じ、ブーンは短く身震いをした。其れを見たショボンが何かを
云おうと口を開きかけたが、チラリと物云わぬ大布を見て、口をへの字に曲げた。

 停止していた。生きている二人は今停止していた。有意な意見を練ることも無く、過去に立ち返り
嘆くことも無く、ただ二人は停止していた。併し取巻く世界は音を立てて時を刻み続け、彼等を
急き立てる。時々其れを感じては、彼等は咳をしたり、煙管を銜えたりするのだ。

(´・ω・`)「……ん、あぁ。君」

 咳払いをしてショボンがブーンに呼びかけた。



( ^ω^)「……なんだお」
(´・ω・`)「僕の中で結論が出たよ」

 時間による絶え間ない責め苦を受け続け、ショボンは屈したのか神妙な面持ちでブーンの方へと
向き直った。

(´・ω・`)「今こそ君に全てを話すべきだと、そう考えました」
( ^ω^)「……何?」
(´・ω・`)「過去に僕が何を体験したか、今の君は知らなければならない」

 コォン、と煙管の灰を落とす音が辺りに響いた。其れを合図に、再び夜は動き始めた。




(´・ω・`)「僕は嘗(かつ)て妻を持っていました」
( ^ω^)「君が? ……其れは初耳だお」
(´・ω・`)「其の名をデレと云い、それは目も眩む様な玉容(ぎょくよう)の持ち主でした」
( ^ω^)「……其の名、何処かで聞き覚えのあるような……」
(´・ω・`)「昔にあの子、ツンが騙(かた)った名です」
( ^ω^)「……ああ。其の様なこともあったお。なれば君もあの時は大いに驚いたろうに」

 内心驚きを隠していたのかと当時を振り返り、ブーンは薄く笑った。

(´・ω・`)「ええ、それはもうひっくり返りそうになりました。何せ彼女は本当にデレにそっくりでしたから」
( ^ω^)「それは……また凄い偶然が重なったものだお」
(´・ω・`)「まさか、偶然な筈が無い。彼女はデレの一人娘なんですから」

 袖の内で腕を掻いていたブーンの手がピタリと止まった。


※玉容=玉のように美しい容貌



( ^ω^)「……ん、今なんと?」
(´・ω・`)「彼女は、ツンはデレの一人娘だと」
( ;^ω^)「待て。莫迦な事を云うなお。其れだと君は僕の……」
(´・ω・`)「老後は、頼んだよ、君」
( ;^ω^)「なんと……。本当なのかお?」
(´・ω・`)「話を戻しましょう。全てを聞き終えてから、また判断して下さい」
( ^ω^)「……わかったお」
(´・ω・`)「……僕の故郷は此の村とは随分離れたところにあるのですが、其処で僕はデレと
      出会いました。今は昔の事……そう、妙に寝付きの悪い晩でした――」

 ショボンは煙草の葉を丸め乍ら視線を床に落とし、滔々と語り始めた。




 ――夜中に喉が渇いてしまった僕は、暗闇に怯え乍ら井戸まで水を飲みに行ったのです。
年の頃は……幾つでしたでしょうか。まあ、若いと云うよりは、幼かった……と云うところです。
 そうしてやっと井戸に辿り着いた時、月明かりの許ひっそりと佇む先客が居たのです。

ζ(゚−゚ζ『……』

 其れがデレとの出会いでした。其の時の彼女の姿を今でも僕は忘れることが出来ません。
 真白な顔に紅く光る双眸は、当時僕の眼には恐怖が入り混じりつつも其の美しさがただ
映りました。怖いけれども美しい。怖いからこそ美しい。そんなところでしょうか。天女と云う
ものがいるならば、きっと此の様な近寄りがたい美を兼ね備えているに違いない、そう幼心に
思いもしました。

 其の時は僕が茫としている間に彼女が居なくなってしまい何も無かったのですが、暫くして僕は
再び其の井戸で彼女と出会いました。
 とは云え其れは全くの偶然ではなく、実のところ僕はあの時より毎日夜が来ては親の目を盗み、
井戸の前にただ立ち尽くすと云うことを繰り返していたものですから、必定でしょう。併し、今考え
直してみると既に僕は彼女に足駄(あしだ)を履いて首っ丈であった様です。


※足駄を履いて首っ丈=異性に夢中であるさま ※必定=そうなると決まっていること



 (´・ω・`)『あの……こんばんは』
ζ(゚−゚ζ『……』

 恥ずかし乍ら僕が此の瞬間に絞り出せた声は、ただ此の一声のみでした。待ってみたは好い
ものの、実際に会ってみると何をしていいのか全く分からなくなってしまったのです。
 すると幸いなことに、棒立ちの僕に彼女が矢継ぎ早に質問をしてきました。

ζ(゚−゚ζ『汝(なれ)、名は』
 (´・ω・`)『……ショボン』
ζ(゚−゚ζ『齢は』
 (´・ω・`)『十と六歳です』
ζ(゚−゚ζ『女を知っているか?』
 (´・ω・`)『……えっと、女の人の知り合いですか?』
ζ(゚−゚ζ『……まあよい』

 そう云うと彼女は僕の目の前で着ているものを、するりするりと脱いだかと思うと、僕に近寄り
徐に――



( ^ω^)「待つお」
(´・ω・`)「なんですか?」
( ^ω^)「君、まさかとは思うけれども、僕をからかってるのかお?」
(´・ω・`)「此れが僕の作り話だとしたら、もう少し骨のある男にしますね。とにかく最後まで聞いて
      みて下さい」
( ^ω^)「……まあ、そこまで云うのならば。併し、そこら辺の出来事の詳細はあまり聞きたくないお」
(´・ω・`)「……分かりました」

 ――ともかく、僕は彼女に立場のあべこべな強姦とも云える行為を受けました。とは云え正直な
ところ僕には其れが怖い行為だとは感じられず、寧ろ夢心地の様であり、また彼女に対して自分が
欲せられていると云う思いを感じていました。

 併し、事が終り気付くと既に彼女は姿を消していました。夢心地にあらず、正に夢であったのでは
ないかと思える程の静かな夜に、僕は一人彼女を追想していました。



 其れから再び彼女に会えない日々が続きました。幾星霜にも年を経たかの様な毎日に涙し、
暮れる僕を置いた儘時は過ぎて往きました。そしてある日、突如僕の居た村が何者かによって
襲われました。本当に、何の前触れも無く。

 雷鳴が轟き、突風が吹き荒ぶ。終末が訪れたと人々が叫び逃げ惑う中、僕はただ怯えて家に
閉じ篭っていました。其の時に限って両親は遠方に出向いていた為、縋るものも無く震えていた
のです。

 其の時、突如轟音が辺りに響き渡り、身を伏せた僕の背をどこからともなく撫ぜる風が吹いて
来るのを感じました。何かと思い顔を上げると、壁が裂け、戸は吹き飛び、屋根は妖雲渦巻く空へと
変わっていました。
 そして唖然とする僕の目の前に一羽の烏(からす)が現れました。砂塵を螺旋に巻き上げ、らしからぬ
軌道でゆったりと目の前に降り立つ姿は、僕に若しや三本足を持っていやしないかと観察せしめた
位に堂々たるものでした。

 此の天変地異は恐らく目の前の烏による仕業だろうと、其の時はっきりと理解し、そして目を瞑り
再度地面に伏せた記憶は今でも思い出すだけで動悸がします。



 併し其れ以上に私を震え上がらせたのが、突然其の烏に何処からともなく一撃を喰らわせた
デレの姿でした。何をどうしたのかは分かりませんでしたが、烏は遠くへと飛ばされ、僕があれほど
焦がれたデレの背中が目の前にあったのです。

 会えた事への歓喜か、命の遣り取りへの恐怖か、僕はただ胸の高鳴るのを感じる許りで口を
開くことさえ忘れていました。そして振り返り僕を見たデレの瞳は、やはりあの時と同じ高潔さを
感じさせる緋色でした。否、付け加えるならば、其の時の僕には幾分妖艶なものに見えたのですが。

ζ(゚−゚ζ『無事か』
 (´・ω・`)『は、はい。あの、この間は……』
ζ(゚−゚ζ『後にしろ。鴉(からす)が目を覚ます』

 彼女は言下に僕を担ぎ上げ跳躍しました。其の人離れも甚だしい跳躍は軽々と家の壁を越え、
隣家の屋根へと着地すると、先程まで居た我が家に身の毛も弥立(よだ)つほどの凄まじい落雷が
起こりました。


※言下に=言い終わるか終わらないかで



 其れから先は僕自身よく憶えていません。ただいつか落ちてしまうのではないかという恐怖と闘い乍ら
気が付けば見知らぬ小屋の前に降ろされていたのです。そして降ろされるや否や、とんでもない一言を
突きつけられました。

ζ(゚−゚ζ『汝を今より我が夫とする』
(;´・ω・`)『……え? あの、夫って……結婚するってことですか?』
ζ(゚−゚ζ『二度と云わせるな』

 好い意味でも悪い意味でも、眩暈がしました。あぁ、失敬。本当に眩暈がしたのは次の彼女の言葉を
聞いてからでした。

ζ(゚−゚ζ『稚児(ややこ)が出来てしまったのだ、もう腹を括れ』
(;´・ω・`)『……え? え?』
ζ(゚−゚ζ『此の児を父無し児(ててなしご)にさせるのか?』
(;´・ω・`)『急に……云われても』
ζ(゚−゚ζ『ふん……やはり効果は有るものなのか』

 此の様な卦体(けたい)な出来事から、僕はデレと共に暮らす様になりました。


※稚児=赤ちゃん ※卦体=奇妙な、不思議な



 其の暮らしの中で僕は色々な話を聞きました。デレが隠であること。人とは違う異界に住んでいること。
其の守り神である鴉とやらに背いたこと。併し其の鴉とやらも実際の烏と云うよりは、形の無い思念が
存在として集合したものであり、時に人の死体等を利用して其の形を変えることもあるので、気を付けねば
ならぬと云うこと。
 実際に村人を装って家に襲い掛かってきたこともありました。其の時は場所を確かめただけのようで、
大事には至らなかったのですが。

 そうして沢山の事を聞く内に僕の中に妙な連帯感が生まれ、そして同時に彼女と共に在りたいと云う
想いが芽生え始めました。

 とは云え彼女との暮らしには骨が折れました。身の危険がどうのと云うわけでなく、彼女自身に
些か高慢なところがありましたし。



 (´・ω・`)『デレさん。其処の本を取って呉れますか?』
ζ(゚−゚ζ『ショボン、夫が妻に“デレさん”などと……情け無いとは思わぬのか。腹の児に示しがつかぬ』
(;´・ω・`)『わかったよ。……デレ、本を取って』
ζ(゚−゚ζ『なんだ其の不遜な態度は。思い上がれとは云っておらぬぞ』
(;´・ω・`)『……取って下さい』
ζ(゚−゚ζ『断る。腹が重い』

( ^ω^)「――要は、尻に敷かれっぱなしであったのかお」
(´・ω・`)「無理も無いですよ。あの頃僕は殆んど女性との関わりを経験していなかったのですから。
      強く云われるだけで僕は萎縮してしまっていたのですよ。腹に児も居た分、其の関係は
      顕著でしたね」

 薄く笑うとショボンは再び話を始めた。



 ――ツンが生まれた時も、それはそれは驚かされました。日に日に大きくなっていた腹と共に
ある日忽然と消えたかと思うと、五日してから平然とした顔で帰ってきて僕にこう云ったのです。

ζ(゚−゚ζ『児を産んできた』

 さも大したことではなかったと云わん許りに振舞う彼女の腕の中には、確かに白い衣に包まれた
緑児(みどりご)が居たのです。

(;´・ω・`)『心配したんですよ! それに児を産んだって……いや、そもそも――』
ζ(゚−゚ζ『煩い、此の子が起きてしまう』
(;´・ω・`)『……何故何も云って呉れなかったんですか。あなたに色々と事情があるのは分かります。
      けれども、何か云って呉れれば僕も手伝えることがあったかも知れないのに』
ζ(゚−゚ζ『察しろ』
(;´・ω・`)『だから、其れは分かってますけど――』
ζ(゚−゚ζ『違う。私はお前にだけは見られたくなかったのだ』
(;´・ω・`)『え……どうして……』
ζ(゚−゚ζ『……二度と云わせるな』

 今になってみれば其の言葉の意味も少しは分かるものですが、当時は全く分からず、少しずつ
僕は彼女に対する不満を募らせていました。


※緑児=嬰児、乳児



 そして何日も経たないある日、些細なことから口論になってしまい、僕は思わずデレに対して不満を
ぶつけてしまったのです。

 (´・ω・`)『もういい……君は一体何がしたいんだ』
ζ(゚−゚ζ『何がも何も無い』
 (´・ω・`)『人攫いの真似事までして、僕をからかっているんですか? 其の子だって本当に――』
ζ(゚−゚ζ『ショボン』
 (´・ω・`)『……』
ζ(゚−゚ζ『其の先は決して云うな。其れ位の分別は有るだろう』

 凝(じ)、と睨(ね)めつけるデレの眼光は鋭く、僕は一度怯みました。其の間アァと声を上げた子に
視線を移すと、其の子はデレを見上げて小さな手を伸ばしていました。其れを見て僕は自らの感情を
抑えられず、云ってはならない言葉を吐いてしまったのです。



 (´・ω・`)『其の子は本当に……僕の子、なんですか?』
ζ(゚−゚ζ『……』

 酷い沈黙でした。此の世の全て、森羅万象が息を潜めたかの様な沈黙は、其の儘僕を窒息させんと
しているかの様でした。
 言葉は口にして始めて力を持つものです。そして時に其れは遥かに自分の思惑を超えてあらゆる
ものに作用します。僕は此の時自分で云った言葉の余りの残酷さに自ら殺されてしまいそうでした。

 ですが、彼女は莞爾(かんじ)として笑ったのです。其れが僕の見た最初のデレの笑顔で、出来るならば
此の瞬間以外で見たかったと思うほどに美麗な其れは、併し翻って諦観している様にも見えました。

ζ(゚−゚ζ『……隠は家族と云うものを作らない。其れは以前話したな』
 (´・ω・`)『……はい』
ζ(゚−゚ζ『隠には必要の無いものだと、そう私も思っていた。此れで代々不自由なく血が受け継がれて
      いるのだからと』

 其の言葉を切っ掛けに、普段寡黙なデレが滔々と語り始めました。


※莞爾=にっこりとほほえむさま



ζ(゚−゚ζ『併し、私がある日気紛れに人の家を覗いたときに見た家族は、とても楽しそうであった』
 (´・ω・`)『……』
ζ(゚−゚ζ『……皆、笑顔であった。子が戯れ合い笑うのを見て父親が笑い、笑う夫を見て妻が笑う。
      そして笑う親を見て子が笑うのだ。真に其れは楽しそうであったのだ。其の姿を知らぬ私が
      少し許り憧れを抱いてしまうほどに』
 (´・ω・`)『デレ……』
ζ(゚−゚ζ『やはり隠に家族と云うものは要らない様だ。今其れを解せた』

 先程と変わらぬ笑顔は、時を経て随分と其の印象を変えていました。笑顔は其れだけでは笑顔に
ならず、デレのらしからぬ多弁な様は笑顔をより空しいものにしていました。

ζ(゚−゚ζ『此の子は私が一人で育てよう。案ずるな、此の子が二度と汝の前に現れぬよう人の世は
      奈落であると云い聞かせて育てよう。もう此の様な隠も出ることはあるまい』
 (´・ω・`)『デレ、其れは――』
ζ(゚−゚ζ『戯れに付き合わせてしまったな。許せ』

 其の言葉が宙に浮いている間に、家の中を一陣の風が吹き、気付けば忽如(こつじょ)として彼女の
影は消散していました。


※忽如=突如。忽然



 一方的に捲くし立てられた挙句に姿を消された僕は、風が止んだ後も暫く茫と一人佇んでいました。
心の奥で喜怒哀楽の全てが綯(な)い交ぜになったものが暴れまわり、最後に残ったのは悔恨の唯
一念でした。

 そして僕はデレと暮らした家を離れ、何処へともなく歩き出しました。虚ろな頭でどれだけ歩いたのかは
定かではありません。幾日も蹌々踉々(そうそうろうろう)と歩き、躰も衰弱して来た頃に誰かに出会い、
村に連れて行かれ、其処で両親と再会したときになってやっと僕は夢から覚めた様な気分になりました。
 あの全てが夢で、今僕は現実に帰って来た。ならば此の心の動きも徒労其の物で、全て忘れて
しまって明日を生きるべきだと。


※蹌々踉々=よろめきながら歩く様




 其れから七年の月日が流れ、当時の僕と云えば仕事を転々とし乍ら口を糊している状態でした。
暫く一箇所で同じ仕事をしていると、其処に飽きとはまた違う終わりへの焦燥感の様なものが
僕の胸に去来して、其処を離れさせるのです。
 結局のところ七年経ってもやはり僕はデレを忘れられずに居ました。デレとの子も既に七つ。
走り回る子供を見かけては、若しや近くにデレは居ないかと辺りを見回すのも癖になっていました。
其れと、もう一つ。隠について聞き回るのも癖になっていました。

 各地を回って分かったのですが、どうやら隠の云い伝えは広く分布している様で、其の呼び名も
内容も様々でした。其の中でも一番多かったものが「鬼」で、乱暴狼藉を働いては人々を困らせる
と云うものでした。

 僕としては幾ら其れを聞いてもまるで誇張されたものであると一笑に付していたのですが、一方で
あの時彼女が鴉に加えた一撃を僕は忘れたわけではありませんでした。
 併し彼女が人に危害を加えるならば、真先に害されて然るべきは此の僕であると思っていましたし、
隠と鬼はやはり別のものである、とそう思っていました。


※口を糊する=やっと生活をする ※乱暴狼藉=荒々しい行いをしてあばれること



( ^ω^)「――併し、事実は違った」
(´・ω・`)「其の通りです。やはり隠と鬼は表裏一体。其れに気付いたのは皮肉にもデレとの別れの
      日でした」
( ^ω^)「別れの日と云うと……まさか、君は」
(´・ω・`)「そうです。もう一度僕はデレと再開を果たします。併し、其れは其の儘終(つい)の別れへと
      なってしまったのです」
( ^ω^)「……聞かせてもらうお」
(´・ω・`)「わかりました」


※終の別れ=死別




 時は大禍時(おおまがとき)。ぼんやりと沈み行く陽を眺め乍ら山の中腹で団子を食べていた
ときの事です。目の前の草叢(くさむら)から息も絶え絶えに一人の童女が飛び出してきたのです。

 竹串を銜(くわ)えた儘茫と其の子を見ていると、どうにも初めて会った気がしない。後に語りますが、
其の子がデレの娘、ツンでした。息を切らして尚、気品を損なわない其の容姿はやはり僕が心奪われた
デレの娘と云うところでしょうか。……いや、失敬。

(´・ω・`)『お腹が空いているのかい?』

 てっきり団子を狙ってきたものだと許り思っていた僕は、まだ手をつけてない団子を其の子に
差し出しました。すると其の子はまるで団子には目も呉れず、差し出した手の首を掴むと勢いよく
引っ張り、走り出したのです。


※大禍時=夕方の薄暗い時



 果たして童女に手を引かれ、行きつく先では鬼が出るか蛇が出るか。ふむ、此れは云い得て妙ですね。
奇(く)しくも出たのは鬼であったとは。
 草叢を抜けた先、手を引かれ辿り着いた場所に居たのは、膝を突き苦しそうに息を荒げるデレと、
其れを見下ろす様に梢に止まる鴉でした。其の光景に僕は声を掛けるでもなく、ただ呆然と立ち尽くす
許りでした。

    鴉 『全テヲ宥恕(ユウジョ)シテヤロウト云ッテイルノダ。大人シクシタラドウダ』
ζ(゚−゚ζ『耳障りな音だ。四百年掛かって碌(ろく)に言葉も話せぬか』
    鴉 『黙レ。我無シニ正気モ保テヌ木偶(デク)ノ分際ガ』
ζ(゚−゚ζ『そう云えば、其の木偶に伸(の)された奴も、随分と煩い奴であったな』

 デレの言葉に鴉は一度大きく翼を広げ前傾姿勢になりました。飛び掛かるのではと僕は思ったの
ですが、併し羽ばたき梢を離れた鴉は更に空高くへと舞い上がり、其の天辺(てっぺん)へ静かに
止まりました。
 途端に躰が得も云われぬ悪寒に包まれ、空の色がどんよりと曇っていくのが目に見えました。


※宥恕=寛大な心で許す ※伸す=うちのめす



    鴉 『好カロウ。汝ヲ今、桎梏(シッコク)ヨリ解放シテヤロウ』
ζ(゚−゚ζ『……桎梏?』
    鴉 『今此処ニ汝ヲ縛ル隠ノ桎梏ヲ解キ、鬼ノ面ヲ引キ出ソウ』
ζ(゚−゚ζ『世迷言を。そうなれば汝とて無事では済むまいに』
    鴉 『而(シコウ)シテ呼ブハ山ノ神。鬼ヲ捧グハ是理ノ当然ナリ』
ζ(゚−゚ζ『山ノ神? 我が鬼眼、貴様を殺す其の日まで閉じることは無いぞ』

 高圧的に吐き捨てて尚、一歩も引かないデレの横顔は膝を突いていても凛々しく見えたものですが、
其の顔が不意にこちらに向いた瞬間、まるで螺子が切れた絡繰(からく)り人形の様に其の色を失くし、
目を開いた儘凍り付いてしまったのです。

 其の表情たるや、まるで背を矢に射抜かれた騎馬武者の様でした。其の視線の先、今まで息を
潜めていたツンが、わっと駆け出しデレにしがみ付いた途端に、デレの顔から固さが消えました。
其れは童女には柔和な表情に見えたでしょうが、既に其の表情を過去に見たことがある僕には、
其れが直ぐに諦観の表情であると判りました。


※桎梏=自由を制限するもの ※而して=そして



ζ(゚−゚ζ『……ツン、どうして云い付けを破った? しかも人を連れてくるとは一体どのような所思(しょし)
       をもっての事だ?』

 そこで僕はやっと其の子がツンであると、把握したわけです。併し当のツンはと云えば押し黙った儘
デレの袖を掴み俯いていました。

ζ(゚−゚ζ『……好いか? ツン。もう二度と人と関わるな。其れだけは今ここに約束して呉れ』

 声は低く、併し決して乱暴なものではなく、優しくも厳しく戒める母の声音でデレはツンに説きました。
やがて注意していなければ判らないほど僅かにツンが頷いたのを見て、デレは微笑みました。
 そしてツンの矮躯に手を回し抱かんとしたのですが、其の手は空を抱き、其の儘行き場を失った
腕は己の躰を静かに抱くより他に出来ませんでした。何故ならばツンは消え失せていたのです。


※所思=考え



    鴉 『怨ミニ報ユルニ徳ヲ以テス。我乍ラ……』
ζ(゚−゚ζ『……黙れ』
    鴉 『好イ好イ、感涙ニ咽ブガ好イ』
ζ(゚−゚ζ『黙れ、下郎が……反吐が出る』

 殺気立っていく二人とは対照的に、僕は何が起こったのかと理解に努めるのに精一杯でした。
併し乍ら、先程までデレの傍に居たツンが突如消え失せ、そしてデレが静かに色を作(な)しつつ
あるのを見ると、何か悪い予感に寒気を感じました。

    鴉 『分ヲ弁エロ、鬼ヨ。貴様ノ可愛イ子ハ我ガ手中ゾ』
ζ(゚−゚ζ『……殺してみよ』
    鴉 『……何?』
ζ(゚−゚ζ『汝、今迄に鬼を封じたことはあるか?』

 すると地を這う様な声を発するデレがいつの間にか、夕陽には決して混じらぬ薄い衣の様な青白い
光をゆらゆらと其の身に纏っていたのです。時が違えば其れは天女の衣にも見間違えたでしょう。
併し乍ら其れが禍々しく見えたのは、辺りを取巻く不穏な空気に因るところに他なりませんでした。


※色を作す=怒って顔色を変える



ζ(゚−゚ζ『否、訊く迄も無い。貴様が産まれて四百余年、其の様な隠は居ない』
    鴉 『我ハ勝(すぐ)レタル統治者ナレバ其モ亦(また)然リ』
ζ(゚−゚ζ『……空(うつ)けが。目に物見せて呉れる』

 そう吐き捨てると、デレは膝を突いていたのが嘘かの様にすっくと立ち上がり鴉を見据えると、
突如其の姿を消しました。
 そして間を置かず空から轟音。見ると先程まで鴉が止まっていた大木が見事に折れ、隣の木に
凭(もた)れ掛かろうとしていました。
 何が起こったのか全く分からずただ狼狽える僕を置き去りにして、何処からとも知れず彼等の
会話だけが聞こえてきました。

ζ(゚−゚ζ『先代はそこまで腑抜けでは無かったぞ!』
    鴉 『逆上(ノボ)セタカ! 苟(イヤシク)モ我ヲ倒シタトテ何ガ残ル!』
ζ(゚−゚ζ『何も残らぬ。此の身を縛ル鎖も、忌々シイ監視の目もナ!』
    鴉 『隠ガ何故隠タルカ、鬼ガ何故封ゼラルルカ。貴様ハ失念シタカ!』
ζ(゚−゚ζ『何故私が其レに従わなくてはナラヌ。何故其レは延々と変えられることナク続いたのダ。
      貴様ハ唯見テイタダケノ空ケ者ダ!』


※苟も=仮にも



 デレの語気が荒々しく、また其の声質も奇異なものへと変化した瞬間、辺りが一瞬光ったかと思うと
再び轟音が地を裂きました。此れは比喩でもなんでもなく、目の前の大地が乾いた粘土の様に裂けた
のです。
 唖然とする僕の視線の向こう、其の地割れの先に、仄光るデレの姿がありました。デレは此方を
向いて直立不動でしたが、僕を見ている風ではありませんでした。そして何より驚いたのが其の目の
色でした。

 虹彩はいつか見た緋色に間違いなかったのですが、其の内、瞳孔が琥珀色に変わっていたのです。
其の異質な眼光が若し此方を見たならと、相手がデレであるにも拘らず僕は震えを禁じ得ませんでした。

ζ(゚−゚ζ『鴉! 我ガ子ヲ返セ!』
    鴉 『鬼ガ我ニ楯突(たてつ)クト云ウノカ。我ハ鬼ヲ封ズル者ゾ!』

 依然として何処に居るかは分からない鴉でしたが、併しデレ目掛けて次々に辻風(つじかぜ)が舞い乱れ、
岩が飛び、木が倒れる様を見るに、何か鴉にも途轍もない力があることは解りました。
 併し見ている限り其れはデレの命を脅かす程のものではなく、程なく勝負の雌雄は決し、其の軍配は
デレに上がるだろう。そう思っていました。現に鴉の声音は次第に力無いものと為っていましたし。


※辻風=つむじかぜ



 が、勝負はここで僕と云う男の存在に因って急展開を迎えます。

 固唾を呑んで勝負の行く末を見守っていた僕の頭上を長い影が蔽ったのです。何事かと見上げると、
其れは今にも僕を下敷きにせんとする巨木でした。此の様に激しい戦いが行われているのだから
其の迸(とばし)りを食うのは予想が出来た筈でした。此れが出来なかったことが僕の一つ目の失敗でした。
 そして二つ目にして最大の失敗が、此の時逃げることを忘れ声を上げてしまったことです。困難や
危機を前にして声を張り上げるだけでは不幸は襲い掛かるのを止めません。僕の前に降りかかった
危機は声を上げることによって回避することが出来ましたが、併しやはり不幸は回避できませんでした。
 回りくどいことを云っていますね。申し訳ないです。併し、此の時の事を思い出すと何故か頭が混乱して
しまうのです。

(;´・ω・`)『……』
ζ(゚−゚ζ『……何と、云うことだ』

 あれほど遠くに居たデレが、今僕の目の前で巨木を支えて立っていました。それも差し向かいで。
詰まるところ、倒れてきた巨木は僕が声を上げることで駆けつけたデレに依って食い止められたのです。
 体験者の僕にとっては其の瞬間がとても長く感じられました。まるで飛び掛ろうとする獣の、
其の脚の溜めの様に、時間が次の瞬間へ進む前に一度止まったのです。


※迸り=巻き添え



 其の後、跳ね除けられる巨木がデレの手を離れた瞬間、鎌鼬(かまいたち)がデレの顔面を掠めて
飛んで来て、あろうことか巨木と共にデレの右腕までもが離れてしまったのです。
 そして痛みに加え、其の傷口から溢れた血潮が眼にかかったことにより、デレは思わず目を瞑って
しまったのです。

ζ(-、-;ζ『ッ!』

 一瞬の出来事でした。併し僕が其の出来事を見間違いか否か判断するよりも早く、鴉は叫んだのです。

    鴉 『鬼ノ眼ハ封ゼラレタ! 山ノ神ヨ、今此処ニ山ノ安寧(あんねい)ヲ紊乱(ぶんらん)スル鬼ヲ
       差シ出ソウ! 現レヨ! 山ノ神ヨ!』

 耳障りな声だと僕は其の時始めて思いました。一瞬にして右腕を失い、苦悶の表情で蹲ろうとする
デレを見乍らも、併し僕は何をして好いか全く分からず、ただ目の前の光景が現実であるかどうかの
判断に追われていました。


※安寧=平穏無事なこと ※紊乱=秩序、風紀などが乱れること



 そして、突如躰を引き裂かれん許りの激しい地鳴りが起きました。時間にして四五秒程度でしょうか。
併し其の僅かの間にデレはいつの間にか地面に大の字になっていました。一目見るに決して其の姿は
自発的なものではなく、宛ら磔刑(たっけい)を受ける下手人の様でした。

(;´・ω・`)『デレ!』

 慌てて僕はデレに駆け寄ったのですが、デレは其の様な僕を見ることもなく、また起き上がろうと
することもなく、ただ空の上を見詰めていました。其の眼の色は朱を帯びようとも先程と変わらず
でしたが、併し其の眼差しは随分と弱々しいものでした。

(;´・ω・`)『デレ! 大丈夫ですか?』
ζ(゚−゚ζ『ショボン? ……まさかな、死に行く幻でも見ているのか』
(;´・ω・`)『……』
ζ(゚−゚ζ『まったく……此の期に及んで其の様な顔をするな』

 平然と僕に答えるデレは、僕の記憶の儘何事にも動じぬデレの儘でした。何と声を掛けたら
好いか。腕はやはりデレの躰から途切れていましたが、出血は不思議なことに既に止まって
いるようでした。


※磔刑=はりつけの刑



(;´・ω・`)『とにかく傷の手当てをしましょう。今すぐ町へ降りて……』
ζ(゚−゚ζ『……無駄だ。後ろを見よ』

 云われる儘に振り向いた其処に、森の木々よりも、否、其の奥に連なる山々よりも巨大なものが
静かに横たわっていたのです。其の容姿は何とも形容し難いものでした。見たときは紅く仄光る
粘液であったのですが、時に其れは透き通り、併しそう思ったときには透き通っておらず、時に
深みの有る臙脂(えんじ)色になり、併しそう思ったときには其の色も僅かに分かる程度の鴇(とき)色
をしている。其の様な奇怪な現象の塊が其れであったのです。

/ ,' 3 『鬼よ。其の命、貰い受けに来たぞ』

 柔らかな声は辺り一帯から湧き出る様にして耳へと飛び込み、躰中から力を奪い去っていくのを
感じました。未だ全てを把握したわけではなかった僕でしたが、目の前の強大な存在と、其れに今
掻き消さんとされるデレの存在があることは理解できました。



(´・ω・`)『何故デレを連れて行こうとするのですか!』
 / ,' 3 『……私は呼び出されたまでだ。山の安寧を望む者の声を聞くのみ』
(´・ω・`)『ですが!』
ζ(゚−゚ζ『ショボン』

 声を荒げ反論せんとする僕でしたが、デレに名を呼ばれ思わず言葉を飲み込んでしまいました。

ζ(゚−゚ζ『……ショボン、もうよい。鴉を殺しでもせん限り、山ノ神は帰らぬ』

 其の時のデレの表情は僕にとって耐え難いものでした。柔らかく、そして儚い其の表情を見て、
僕の中のデレが揺らめき、消え去っていきそうになりました。



(´・ω・`)『好いものか! 僕は絶対にデレを渡さない。此れから僕はあの日の罪を、君に対して
      償なっていかなければならぬのです』
 / ,' 3 『さすればどうする。お前が鬼を屠(ほふ)るか』
(´・ω・`)『何故僕が彼女を屠る必要があるのですか』
 / ,' 3 『好いか。鬼は鬼だ。死人が死人の運命を避けられぬ様、鬼も鬼の運命に従うしかないのだ』
(#´・ω・`)『彼女を愚弄するな!』
 / ,' 3 『……何と云われようと最早手遅れだ。鬼を見よ』

 苛立ちを胸に抱え乍らも僕は云われる儘にデレの方を見ました。すると彼女の足先から臍の辺り
迄が山ノ神と同じ色、質感を持った粘液に塗れていたのです。併し其れ以上に僕を驚かせたのは
其の粘液が彼女を消化していたことです。
 どろどろと彼女を足先から飲み込んでいる其の粘液は僅かに透けていたのですが、其の奥、
其処に有る筈の彼女の膝から足先にかけてが全く見当たらないのです。



(;´・ω・`)『デレ!』

 慌てて駆け寄り其れを退けようとしてみたのですが、幾等掴めどもまるで追いつかず、気付けば
更に其れはデレの躰を這い上がり次々にデレを消化していっているのです。

(;´・ω・`)『何故! 何故!』

 狂乱し、未だ残るデレの躰をしっかと其の手に掴んだのですが、確かに掴んでいる筈の掌は
併し何もデレの存在を伝えては来ませんでした。眼では掴んでいるのに、掌では掴んでいない。
其の様に奇妙な感覚に、僕は更に心の中を掻き乱されました。
 併し取り乱す僕とは対照的に当のデレは酷く落ち着いた様子で僕に視線を向けてきました。

ζ(゚−゚ζ『……ショボン』
(;´・ω・`)『デレ……僕は……』
ζ(゚−゚ζ『……もうよい、ショボン。畢竟(ひっきょう)するに、之は鬼が得る天命だ。……併し、
      罰を与うる天在るならば、どうかあの子だけは幸せにと、そう願いたいものだ……』


※畢竟=色んな経過を経ても最終的には、結局



 そう云って再び天を仰ぐデレの顔を見て、僕の心は躰から完全に乖離し指一本ぴくりとも
動かなくなってしまいました。デレの其の表情は、終ぞ見たことの無い表情であったのです。

ζ(゚−゚ζ『ショボン……何を泣いているのだ』
(´;ω;`)『泣いてるのはデレだって同じじゃないですか』
ζ(゚−゚ζ『……私が?』

 頬に一筋の涙を流し乍らデレはきょとんとした顔で僕を見て、瞬きをすること数回。右、左、と
首を動かさずに視線を泳がせ、再び視線を僕の方へ向けました。

ζ(゚−゚ζ『そうか、私は泣いているのか』
(´;ω;`)『……』
ζ(゚−゚ζ『ショボン』
(´;ω;`)『なんですか?』
ζ(゚−゚ζ『好いものだな。家族と云うのは』

 即座に僕は其れを否定しようとしました。デレは未だ『家族』を何一つとして享受していない。
更に好いと思えるものが数え切れぬ程ある筈だ、と。



(´;ω;`)「デレ――」

 併し其の瞬間には既にデレは目の前から消え失せていました。後に残ったのは露に濡れた青草と、
切り離されたデレの一部のみでした。

(´;ω;`)「……デレ、僕は……」

 静かな空間で一人、僕はデレの温もりを求めて其れを拾い上げると胸に掻き抱きました。
そうしてデレの声や表情を思い出すこと幾許。今となってみると我乍ら正気の沙汰とは思えませんが、
僕は其れを持ち帰りました。気持ち悪いと思って戴いても構いません。当時の僕は其れでしか
心の均衡を保てなかったのですから。

 其れから後、僕は唯々隠の研究に没頭しました。隠は鬼に為り得る、其れを抑制する者が居る。
鬼に為った者は山ノ神の元へ。色々な事が分かり始めました。

 そしていつの間にか月日は流れ、噂に流される儘に辿り着いた村で君と出会った――




(´・ω・`)「以上が僕の体験した全て。隠であるツンの母、鬼に為ったデレについてのことです」

 しん、と静まり返った空気は、ブーンに何か言葉を求めていた。併しいきなり其の様なことを
聞かされて何を話せばよいと云うのか、ブーンは未だ其の言葉が見つからなかった。

(´・ω・`)「一つ、はっきりさせておきましょう。ブーン、君が見たツンの瞳は金色でしたか?」
( ^ω^)「……お。金色に近い、琥珀色であったお」
(´・ω・`)「其れは、内側でしたか。それとも外側でしたか?」
( ^ω^)「外側だお」
(´・ω・`)「やはりそこに関係があるのか……」

 低く呟きショボンは質問を続けた。

(´・ω・`)「それで、彼女は今何を為出(しで)かしましたか」
( ^ω^)「人を……殺したお」
(´・ω・`)「此れから先、其の様な事態が絶対に起こらないようすることが、君には出来ますか?」
( ^ω^)「……」

 未来の事柄に対して絶対を保証できる者など居るわけがない。ショボンも其れを把握し乍ら
此の質問をしたのだが、其れ以上にブーンは未来に自信が無かった。特に今の鬼の話を聞けば
尚の事であった。



(´・ω・`)「無言、ですか。……ならば僕は鑑みるに結論をこう下します。山ノ神を呼ぶべきだ、と」
( ;^ω^)「なっ! 莫迦なことを云うなお! ツンは、君の娘なのだろう? 手放したくないと、
      そうは思わないのかお!」
(´・ω・`)「……血の池で溺れる我が子を見、其の存在を確かめることで自らの心を満たす。
      其の様なことは僕には出来ません」
( ;^ω^)「ならば助ければ好いお!」
(´・ω・`)「……物事を研究したとして、必ず幸せな答えが出てくるとは限らないのです」
( ;^ω^)「何を……」
(´・ω・`)「大昔から在る習慣は改善されていないのではなく、改善する余地が無かったのです」
( ;^ω^)「君は、ツンに死ねと……死ねと云うのかお」
(´・ω・`)「……僕は人様を殺してしまった娘の親として、責任を取らなければいけません」

 云って、ショボンは懐から折り畳まれた薬包紙を静かに取り出した。



(´・ω・`)「或いは、今の大人しい儘の彼女ならば山ノ神を呼ばずとも……」
(#^ω^)「君は――!」

 其の言葉にブーンは憤激し、勢いよく立ち上がるとショボンの手に有った包みを叩き落した。

(#^ω^)「君は一体何の為に今まで研究をしていたのだお! 此の子を、ツンを救う為では
      なかったのかお!」

 一方でショボンは床に落ちた包みを茫と見詰め乍ら、視線を向けずに呟いた。

(´・ω・`)「……此の子は孰れ正気を失います」
( ^ω^)「……何?」

 ショボンは包みを拾い上げ汚れを払い落とすと、再び懐に仕舞いブーンへ視線を向けた。



(´・ω・`)「其の時、君はツンに殺されるでしょう。そしてツンはあらゆる者をも殺すでしょう。
      其れを一体誰が望むと云うのですか?」
( ^ω^)「併し、何故正気を失うと云い切れるのだお。現に今ツンはとても大人しいお」
(´・ω・`)「ええ、此の状態が続けば其れは其れで好いでしょう。併し、ツンが再び鬼に為らない
      と云う確証は無く、また鬼に為ったとして其れを解決する術が君には有るのですか?」
( ^ω^)「だが為ると云う確証も無いお」
(´・ω・`)「君らしい危弁だ。為ることに確証は要りません」
(#^ω^)「だからと云って今大人しい彼女をどうにかするのは間違っているお!」
(´・ω・`)「鬼に為ってからでは遅いと、先程から僕は何度も云っている筈ですが」

 ショボンの冷静な態度にブーンの顔は怒りで見る見る赤くなっていった。ブーンも云われている
ことが正論であると頭では分かっているのだが、だからこそ余計に腹立たしくもあった。

 詰まり、自らの感情は道理から外れており、ツンを救う手立てがまるで義に適わないと云うことを
示していたからである。



(#^ω^)「僕は――」
     「――夜分遅くに済まん。少し尋ねたいことがあるんだが」

 尚も抗おうとした其の瞬間、突然第三者の声が飛び込んできた。其れは戸の向こう、外からの
声であった。ショボンはブーンに目配せをして戸に近寄ると、咳払いを一つした。

(´・ω・`)「今は、取り込んでいます。明日の朝にはならないでしょうか」
     「あぁ、あんたの話は明日の朝でもいいだろう。併し其処に居る二人は今直ぐに引き渡して
      貰えんと、あんたもどう為るか分からんぞ」

 低い男の声は怒りを帯びている様にも聞こえた。男が何を望んでいるかは容易に分かった。
恐らくは先のツンの凶行を目撃したのだろう。となると踏み切るのに時間が掛かったのは手当たり
次第に人を集め、今捕縛する積りなのだろう。そう考えた途端にブーンにはまるで家を取巻く人の
息遣いが聞こえてくるようであった。



(´・ω・`)「……見られていたのか」
( ;^ω^)「ショボン……」
(´・ω・`)「君は其の子を連れて逃げなさい。ほら、君達の履物だ」
( ;^ω^)「併し逃げると云っても……」
ξ゚听)ξ「ねぇブーン、行こ」
( ^ω^)「……ツン?」

 いつの間にか奥の間から姿を現していたツンがブーンの袖を引っ張っていた。

( ^ω^)「ツン、行こうにも皆が囲んで通せんぼしてるんだお。僕が出て行って話をしてくるお。
      だから――」

 そこまで云った時、ブーンは急に頭の上から何か巨大なものによって抑え付けられたかの様な
激しい圧迫感を受けた。地面に埋まったのではないかと云う予想が瞬時頭を駆けたが、気付くと
其れとは逆にブーンは屋根の上に居た。
 そして次に襲ってきた感覚はふわふわと落ち着かない浮遊感であった。併し其の全ての理由は至極
簡単であった。単にツンがブーンを担いだ儘天井を破り、屋根の上に飛び上がったのである。



( ;^ω^)「ツン、一体何をどうして!」
ξ゚听)ξ「ツン、いしあたま」

 いつの間にか頭に木っ端を被っていたツンは、短く答えると断続的に跳躍し乍ら屋根を渡って行く。
隠の夫は代々担がれる運命にあるのかと皮肉を心中で唱え乍らも、ブーンは移ろい行く景色を唯
目で追っていた。

 暫くして立ち止まったツンは、後ろを振り返ると方向を直角に変えて跳躍、地面へと降りた。
腹にツンの肩がめり込んだブーンは短く身を悶えたが、いつまでも乗っているわけにはいかぬと、
直ぐに地面に降りた。すると何を思ったか、ツンが気色も優れぬブーンの背中に飛び付いた。

ξ゚听)ξ「こんどは、ブーンのばん」
( ;^ω^)「……まったく、何が何やら」

 ブーンは腹に響く痛みが引くのを暫く待っていたかったが、近づいてくる怒号を背に感じると
直ぐ様ツンを背負って走り出した。



ξ゚听)ξ「いけー」

 腹の痛みを感じつつ走り乍ら、併しブーンは不思議と幸せを感じていた。
 状況は悪(あ)し。此の先に待っているのはまるで悲劇しかないと予想出来る。併し今此の瞬間、
ツンを背に走り、ツンの喜ぶ声が耳朶を擽(くすぐ)っている此の瞬間は、確かに幸せであると
ブーンは感じていた。

( ^ω^)「ツン、もっと速くするかお?」
ξ*゚听)ξ「うん! はやく!」
( ^ω^)「確(しっか)り掴まっているんだお! ほら、ブーン!」
ξ*゚听)ξ「わー!」

 ずっと走り続けられたなら。そう思わずには居られなかった。




 どれだけ走っただろうか。いつの間にか追っ手の声は聞こえなくなっていた。其れに気付き
走ることを止めると、背に乗るツンの立てる寝息が聞こえてきた。
 寝息が聞こえる程に静かな村の外れは、まるで此の世に二人だけになってしまった様に
感ぜられ心の休まる思いもしたが、併し同時に何処か心悲(うらがな)しい思いが滲んできた。

 だがブーンは決して後ろを振り向くことなく歩き続けた。勿論、今はそうするより他なかったからだ。
そうして前を見て歩き続けたブーンだが、ふと前方に仄暗い人影を見つけ立ち止まった。人影は、
声を上げるでもなく、腕を広げるでもなく、ただ静かに見詰めるだけで彼の行く手を阻んでいる様で
あった。

 ('、`*川「……」
( ^ω^)「……」

 此の様な夜更けに村の外れに居ると云うことは、彼女もブーンを探している一人なのだろうか。
ブーンは探る様にして言葉を吐く。



( ^ω^)「夜更けに一人、かお」
 ('、`*川「……えぇ」

 其れ限りまたお互いに黙ってしまう。先程までは気付かなかったが吐息は目に見えて白く、ブーンは
いつの日であったかこうして二人向かい合った日を思い出していた。

( ^ω^)「結局、君には最後まで許してもらえなかったお」
 ('、`*川「……」
( ^ω^)「出来るなら、一度しぃとも会って一言謝りたかったお。併し、もう其れも叶わなそうだお」
 ('、`*川「えぇ、そうですね」
( ^ω^)「……それじゃあ、僕は此れで失礼するお。風邪を引かぬよう早く帰るんだお」

 話が稚児(ややこ)しく為る前にと、そう云ってブーンが横を通り過ぎんとした将(まさ)に其の時、
視線一つ動かさず彼女が呟いた。


※将に=今にも



('、`*川「私が今あなたを見つけたと声を上げることは簡単です」

 ぴたり、とブーンの歩が止まった。やはり彼女も全ての事情を把握している一人であったのだ。
今すぐ駆け出そうか、或いは其れと無く説得してからの方が安全だろうか。ブーンは俄に思考を
巡らせた。

 ('、`*川「ですが私は簡単で済ませる積りはありません」
( ^ω^)「……どういうことだお」
 ('、`*川「今あなたに鉛の楔を打って、私の中の怨恨の区切りとします」
( ^ω^)「……」

 びゅう、と北風が地面の粉雪を巻き上げた。位置を入れ替えて再び相向き合った二人。
はためく着物の裾と袖を軽く押さえ乍ら、ゆっくりと、唇の動き一つ一つに注意する様に、
彼女は云った。



('、`*川「しぃは、死にました」

 舞い上がった粉雪が、はらはらと二人の間に降り、やがて辺りは寂寞(せきばく)として音も無くなった。
背中から全身を包み込まんとする寒気が走ると、心臓が一回大きく跳ねる。ブーンは目眩を起したが、
倒れまいと地面の在り処を必死で足の裏で確かめ、踏み留まった。

( ;^ω^)「いつの……ことだお」
 ('、`*川「未だ雪の降る前、秋の中頃です」
( ;^ω^)「そんな……随分と前の事じゃないかお……」
 ('、`*川「服毒自殺でした。気付いた時には、既に……」
( ;^ω^)「いや併し、しぃは僕に葉書を寄越しているお。此れでは辻褄が……」

 ふと、ブーンの中に残っていた違和感が芽を出した。しぃにしては綺麗であったあの字は、果たして
しぃのものであったのか。こんなにも短期間で字が綺麗に為るなどと云うこと自体おかしくないか。


※寂寞=ひっそりとしてさびしいこと



( ;^ω^)「まさか……あの葉書は……」
 ('、`*川「私が書きました。……あなたが、しぃを忘れない様に」

 途端ブーンの中で保っていた平常な心が崩れ落ちた。しぃの笑顔と共に無尽蔵に罪悪感が
湧き出てくるのを感じていた。胸を締め上げる痛みが呼吸を縛り上げ、見た筈の無いしぃの
亡骸が瞼の裏に浮かんでは消える。

( ;^ω^)「僕は……」
 ('、`*川「さようなら。あなたは、お元気で」

 そう云い残して可憐な復讐者は姿を消した。
 自らの選択に何か間違いがあったのか。ツンと幸せに為ることは許されることではないのか。
今、自分は非道を歩んでいるのか。ブーンは此れからの行いに対して一切の自信を失ってしまった。




ξ-听)ξ「……ん、ブーン」
( ^ω^)「……おはよう」
ξ゚听)ξ「おはよう」

 ツンが目を覚ました時、二人は山の雑木林に居た。ただ静かな風が吹くだけで、追っ手は
撒いた様であった。

ξ゚听)ξ「こわいひとたちは?」
( ^ω^)「もう声も聞こえないし大丈夫だお」
ξ゚听)ξ「ふーん」

 ブーンは今のところは大丈夫だろうと踏んでいたが、併し此の先どうするかは未だ五里霧中と
云ったところであった。
 引っ越す予定であった家にももう行けないだろう。なれば違う集落へ、いや、もっと規模の大きい
町へ姿を眩ませるのが好いか。其の様なことを考えていた。


※五里霧中=物事の判断がつかず、どうしたらいいか迷うこと



ξ゚听)ξ「ブーン、おなかすいた」
( ^ω^)「……そう云えば。ごめんお、もう少し待って呉れたら食べさせてあげるお」
ξ゚听)ξ「わかった」

 語調に似合わず聞き分けが好いなとブーンは思ったが、既にツンは廿であったではないかと思い
直した。そこでふと、ブーンはある質問を投げかけてみた。

( ^ω^)「ツンは何歳だお?」

 ツン自身、今の自分はどういった状態にあると認識しているのかが気になったのだ。質問を受け
ツンは二つ下げた髪をゆら、と揺らして首を傾げると、人差し指を立ててブーンの唇に添えた。

ξ゚听)ξ「め」

 そして短くそう云った。

( ^ω^)「め?」
ξ゚听)ξ「じょせいに、としをきくのは、しつれいですよ」
( ^ω^)「……此れは、失礼しましたお」

 何処で其の様な言葉を覚えたか。いや、彼女はそもそも廿なのだから当然か。ブーンの頭の中を
ぐるぐると思考が巡り、結局は謎が増えただけになってしまった。



( ^ω^)「よし、それじゃあそろそろ行くお」
ξ゚听)ξ「ごはん?」
( ^ω^)「そうだお。ご飯は歩いてきて呉れないお」

 そう云ってブーンはツンの手を引いて歩き出そうとした。ところが、どういうことかツンがまるで
足に根が生えた様に動かない。何事かとブーンが振り向くと、ツンは口角を落とした真剣な
顔つきで辺りの気配を探る様に真直ぐ何処かを見ていた。

ξ゚听)ξ「……待って」
( ^ω^)「どうしたんだお?」

 併しブーンには其れがどういうことなのか理解できない。少なからず逃げ果(おお)せたと云う
意識が、今置かれている状況に対しての危機感を薄れさせていたのだろう。果して其れは
村の者か、はたまた山賊か。兎に角ブーンは自らに迫る兇刃(きょうじん)に気付かなかったのだ。



( ^ω^)「……え?」

 背を走る細く冷たい感触に、ブーンは初め何か金属の棒で背を撫ぜられたのだと思った。
着物を着ているのにおかしいなあ、と。そうして振り向いてみると何者かが刀を手に自分の方を
向いているではないか。

ξ;゚听)ξ「ブーン!」

 ツンの声を聞き、ブーンは背に走った冷たい感触が俄に熱く為るのを感じた。焼ける様な
熱さだ。そして其れは次第に激しい疼痛(とうつう)へと変わっていき、ブーンは堪らず声を上げる。

( ;^ω^)「う……あ……ぁぁあああああ!」

 蹲り、後に転げ回る。兇漢を前にしても、無防備な姿を晒すしかない程に其の痛みは強烈であった。
そして、ニ撃目。今度はブーンの腹に蹴りが入った。


※疼痛=ズキズキする痛み



( ;^ω^)「ぐっ!」

 続け様に三、四、五、と同じ箇所へ蹴りが入った。時に其れは場所が逸れ、胸骨、肋骨に当たる。
併し当のブーンはと云うと、背と腹に襲い来る痛みに耐え乍らも、一方で此れからのツンの安否を
心配していた。

ξ#゚听)ξ「やめて!」

 『大声を上げるな』、『逃げろ』と、叫ぼうと思えども声が出ないことにブーンは焦燥した。若し矛先が
ツンに向かったらと考えると、其れだけで自分の痛みなど考えていられなくなるのだ。

ξ゚听)ξ「なんで……」
( ;^ω^)「ぐ! ツ……ツン……が! あ!」
ξ゚听)ξ「どうしていじめるの……」

 併し、確固たる思いとは裏腹に、ブーンは段々と意識が遠のいていくのを感じていた。霞む視界
の中聞こえる音は、兇漢の土を踏む音と自分の腹が蹴られる度に出る音の繰り返しのみであった。



ξ゚听)ξ「……だめだよ……わたしだめだよ。……ブーン、ごめんね」
( ;´ω`)「……ツ、ン……逃げっ! う!」

 繰り返される暴行にブーンは激しく嘔吐した。併しそれでも暴行は止まない。胃の中身を
吐き出した途端にブーンの躰から力が抜け、意識が闇と混濁していく。

ξ゚听)ξ「……いま、たすけるよ」

 落ち行く意識の中、ブーンは獣が哮るのを聞いた。




 ブーンは奇妙な感覚の中に漂っていた。両手は地面についている。併し、首から先だけが
其れよりもずっと下、暗闇の底に沈んでいる。腕は重く、足も上がりそうに無い。地面に伏せて
いると思うのだが、まるで甲冑を着ている様に全身が重い。辺りは暗く、所々に白く細かい点が
ちらついている。併し、眼は開いていない。

ξ )ξ『ごめんなさい』

 ツンの声が響いた。ブーンは其れをただ認識するだけで返事はしない。確かにツンの外形が見える
気がするのだが、はっきりとしない。

ξ )ξ『ありがとう』

 再度声が響いた。声は泣いていた。悲しみを真直ぐに表現していた。其れを聞いてブーンは
「あぁ、よかった」と、安心した。未だ自分は役に立てる、其の様な気がしたのだ。
 さぁ其の涙を今拭いてやろう、と重い腕をブーンは伸ばした。併し其れと共にツンがどんどんと
遠ざかって行く。

ξ )ξ『サヨウナラ』

 呟く様にして放たれた言葉を残しツンは遠ざかっていく。ブーンは其れを追いかけようとする。
併し立ち上がれない。おかしいと思いもう一度眼を凝らしてみると、彼には足が無かった。
消え失せた其の足は、遠ざかるツンの、其の真赤な口に銜えられていた。




(´・ω・`)「……目が覚めましたか」
( ^ω^)「……ん?」

 一転して眩しい光にブーンが目を開くと、其処は見知らぬ民家の様であった。併し先程知り合いの
声が聞こえた気がしたなと横を向くと、確かに其処にはショボンが居た。そしてブーンは自分が蒲団の
中で仰向けに寝ていることに気付いた。

(´・ω・`)「よく生きていましたね。躰中酷いことに為っていますよ」
( ^ω^)「此処は……」
(´・ω・`)「空家の様です。今何か食べる物を持って来ましょう」

 ショボンが立ち上がり何処かへと歩いていった。ブーンは其の足音を聞き乍ら、眼球だけを
動かして、ぐるりと辺りを見回した。
 空家だとショボンは云ったが、其れにしては掃除が行き届いており、まるでそうは見えなかった。
ブーンは少し間躊躇ったが、意を決して敷蒲団に手を突き、やおら上半身を起こしてみると、
先程のショボンの言葉が大袈裟だと思える程に躰は痛みを伴わなかった。



(´・ω・`)「君、怪我人は大人しくしていないと駄目だ」
( ^ω^)「併し、ほら、此の通り全く平気なんだお」

 そう云って右腕を振り回したところで、ブーンは急に頭が後ろに引っ張られるのを感じた。ゆっくりと
糸か何かで引かれる様にブーンは倒れ、抵抗することも出来ず再び目覚めた時の体勢に戻った。

( ^ω^)「……お?」
(´・ω・`)「貧血ですね。安静にしてなさい」

 躰の力がすっかりと抜けたのを感じ乍ら、ブーンはショボンの声を漫然と聞いていた。そして急に
世界がぐらぐらと揺れ始めた。揺れは収まるどころか次第に勢いを増し、終いには天井が引っ繰り
返って蒲団が宙を暴れまわった。
 掛け蒲団が落ちない様にとブーンは其の両手で捕まえていたのだが、世界はいつの間にか
ぐるぐると独楽(こま)の様に回転を始め、存在を忘れていた胃が自己主張を始めた。



( ;-ω-)「あぁ、あぁぁ……うぅ……」

 目を閉じ落ち着きを取り戻そうとするが、回転は止まらない。次第に筋肉痛を起こしたかの様に
痛み出した胃がどくどくと拍動し、其れはやがて食道を伝い喉の奥にまで達した。そしてブーンは
嘔吐した。

 流動物が内壁に擦れる水っぽい音を聞き乍ら、ブーンはぐるぐると回る世界では果して嘔吐物までも
舞ってしまわぬかと心配をした。
 一頻り中身が出た後も胃は痙攣を繰り返し、さらに悪いことには、其の痙攣が引き金となったのか
急にブーンの全身を激しい疼痛が襲い始めたのだ。

( ;-ω-)「あぁぁぁ! はぁぁ! あぁ……う……」

 時には痛みのあまり脱力した声を上げ、また時には周期的に襲いかかる吐き気に黙る。蒲団を
握る手に幾等力を入れても回転は止まらない。落ち、上り、吐き、唸り。ブーンは、いつ終わるとも
知れぬ責め苦に耐え続けた。




 ブーンが落ち着きを取り戻し一休みした頃、辺りは真赤な夕暮れに包まれていた。昔、子供の頃は
夕陽は暖かな橙色だと感じてものだが、今は刺す様な赤色に見えるものだとブーンは溜息を吐いた。
 併し心を揺らす程に赤い其の真朱(しんしゅ)色は、差す光の帯がまるで一級の反物の様に見える
程に品位が感ぜられ、ブーンは或る人物を思い出した。

( ^ω^)「……」

 心の中に滲み出る様に彼女の顔が浮かんできたが、ブーンは突然叫ぶ様なことはしなかった。
まるで、悪夢がひたひたと悟られぬ様に近づいているのに気付き乍らも、其れをさも知らぬと云った
風に装いショボンを呼んだ。

( ^ω^)「ショボン、居るかお」

 返事が無い。怖気が背を包み、ブーンは身震いをした。何かがひたひた、ひたひた、と近づいて来る。



( ^ω^)「ショボン」
      「あぁ、起きたのですか。今行きます」

 返事が聞こえた。焦ってはいけないものだとブーンは簡単に深呼吸をした。斜陽が心を冷やす。

(´・ω・`)「気分はどうですか?」
( ^ω^)「良好だお。君には本当に世話をかけたお」
(´・ω・`)「いえ、気にしないで下さい」

 あぁ、そうだ。此の頃好くない予感許りが当たるのだ。意思とは関係無しにブーンの心がそう呟いた。

( ^ω^)「……その、なんだ」
(´・ω・`)「はい」

 ブーンは言葉を出そうと思った。聞き出そうと思った。併しひたひたと近づいてきた何かはもう
ブーンの背を包み、後ろからゆっくりと首を絞めて其れを邪魔するのだ。



( ^ω^)「あぁ、いや……」
(´・ω・`)「……あの子、ですか」

 だのに目の前の男が其れを助けたのを受けて、ブーンは途方もなく絶望してしまったのだ。
聞きたくない。そう思ったのだが、併しやはり言葉が出ない。もう首を絞める陰は消えているのに。

( ^ω^)「……」
(´・ω・`)「……いや、君には有りの儘を云おう」

 其の言葉が既にブーンの心を凍えさせた。あぁ、悲しみがやってくる匂いがする、と。

(´・ω・`)「あの子は鬼に為りました。最早手がつけられない状態で、今も暴れ回っています」
( ^ω^)「……」
(´・ω・`)「此の家も、元は住んでいた者が居た。だが鬼が暴れ始めたからか、出て行ってしまった様です」

 結末を聞いて、併しブーンはやはり言葉を出すことが出来なかった。
 手を伸ばせば彼女が居た。苦しみ乍らも今迄は隣に彼女が居た。併し、今を以って其の手から
彼女の温もりが逃げていったのをブーンは感じたのだ。離れてしまった、と。



( ^ω^)「併し……僕が……」
(´・ω・`)「君、ここまで待ったんだ。もう厭とは云わせんよ」

 ブーンの呟きを殺し、ショボンはぴしゃり、と云い放った。其の眼は何時にも増して真剣其の物で
今にも行動に移してしまいそうな程の決意が宿っていた。
 其の様なショボンの様子にブーンは気圧されつつ、ショボンに語りかける。

( ^ω^)「……呼ぶのかお」
(´・ω・`)「ええ。今彼女は山の方へ行っている様です。それならば舞台としても悪くない」
( ^ω^)「……」

 確かにブーンとて仕方無いとは思っていた。ここ迄来たのならもう自分にはどうすることも出来ない。

 淡い夢は今弾け、其の散りたるを見てただ涙する。人である自分には其の程度しか出来ないと
彼は分かっているのだ。併し分かっていても、人であるが故、其の散り行く一片に手を伸ばさずには
居れぬのだ。



( ^ω^)「……どうしてもかお」
(´・ω・`)「……呼ぶに当たり必要なことが有ります」

 ブーンの呟きを再び意に介さずショボンは発言した。其れにブーンはまた黙ってしまう。

(´・ω・`)「必要なこと、其れは両の目を潰すことです。さすれば山ノ神は現れるのです」
( ;^ω^)「き、君! 何もそこまですることは無いのではないかお!」
(´・ω・`)「安心してください、人の僕に呼べる山ノ神は青。鴉の呼んだ紅ほどの力はありません」
( ;^ω^)「そんな色などどうでも好い! 君は今両目を潰すと云ったのか!」
(´・ω・`)「ええ。併し彼女は鬼です。両の目くらい放っておけば直ぐに治癒するでしょう」

 云われ、其の瞬間安心してしまったブーンは愚かな自分を恥じた。此れから亡き者にしようとする
過程において、其の安否を気遣う言葉の何と皮肉なことか。ブーンは自分でもおかしいと思うくらい
唐突に激怒し、ショボンに飛び掛った。頭の中では愚かだと分かっているのに、血が沸くのだ。



( #^ω^)「君に……君に僕の気持ちが解るものか!」
 (´・ω・`)「解りますよ。僕だって以前隠を妻に持った身だ」
( #^ω^)「なれば何故其の様な事が云える! 貴様こそが悪鬼だ! 此の外道め!」
 (´・ω・`)「……君に鬼が殺せるのか!」

 バァン、と床を平手で打つと、ショボンが声を張り上げた。併し其れ式が何だと云わん許りに
ブーンも同じく床に拳を叩きつけると、一層激しく怒鳴りつけた。

( #^ω^)「殺せるわけがないお! 殺さず、僕はツンと此の世を往く!」
 (´・ω・`)「甘えるな! 云うた筈だ。隠と共に暮らす生活、辛いものになるのは目に見えていると」
( #^ω^)「何を以って生活か! 一人で生きて、何が共に暮らす生活か!」
 (´・ω・`)「黙れ! ……どうしてもと云うのならば僕を斃(たお)せ。そして自分に仇なす者全てを斃せ!」
( ^ω^)「何を……」
 (´・ω・`)「其の先に幸せがあると云うならば、そうし給え。僕はもう知らん」

 感情的に為っている今ならば全てが危弁に聞こえる筈のブーンでさえも、其の意見に対抗する気は
起きなかった。幸せに為る方法など、あれば云われずとも実行していた筈だ。
 ブーンは言葉に詰まり、暗澹(あんたん)たる思いに引き摺られそうになった。併しそれでも耳の奥に
残る彼女の声は、未だブーンの名を呼んでいた。


※暗澹=見通しが暗く、希望が無いさま



( ^ω^)「……如何な」
(´・ω・`)「……ん?」
( ^ω^)「如何な理由であれ……僕がツンを見捨てる訳にはいかないんだお」
(´・ω・`)「然(さ)れば、僕を斃すのか」
( ^ω^)「……」

 俯き、黙るブーン。どうしようもないのだ。分かっている筈なのに、抗わずには居られぬのだ。

(´・ω・`)「……もう好きにし給え」

 吐き捨ててショボンが何処かへ行ってしまった。其の遠ざかる足音を耳に、ブーンは悔しさから
ぎりぎり、と強く歯噛みした。後に唇が細かく震え、膝に水滴がぽたぽたと落ちた。悲しみの涙ではない。
ただ悔しく、そして怒りにも似た感情が溢れていたのだ。そして其の感情が流す涙は、熱くブーンの
胸を焼き続けた。




 不意にあぁと声が漏れた。其れは誰でもなくブーンの出した声である。彼は床に肢体を投げ出し、
虚ろな心持で天井を見上げていた。部屋に有った洋灯も点けずに深い藍色の空間を茫と眺め、
彼はゆっくりと目を瞑った。

 辺りは静まり返り、鐘の音が尾を引いた様な静寂が耳に痛い。鬼が暴れているなどと、まるで
戯言(たわごと)の様ではないか、と思い乍らブーンは更に意識を内へ内へと潜らせていく。

 あぁ、僕は此の儘雪の様に融けて往きたい。日の光も届かぬ底に積もりては、真暗な冬を過ごし、
何も知らぬ儘に春には融け往く。僕も雪の様に此の儘融けて往きたい。静かにブーンは、そう呟いた。


※洋灯=ランプ



 其の様な意識も朧な彼の耳に、快活な音が飛び込んできた。ドン、ドン、と歯切れの好い音は、
どうやら誰かが戸を叩いている音の様であった。
 目を開けて、重い躰を起こすとブーンは茫と其の音がする方を見ていた。明かりも無い家の戸を
叩き続ける者は何処ぞの酔漢かと思い乍らも、一方で若しやまた自分の命を狙う者ではないか
とも思い、寒気がした。

 併し、其れならば其れで好いだろう。最早此の空虚を抱えて生きて行ける程の気力は失われた、と
ブーンはよろよろと立ち上がり、戸を開けた。

 ( ゚∀゚)「おいブーン、開けるのおせぇぞ!」
( ^ω^)「……?」

 意外なことに外に立っていたのはジョルジュであった。ブーンは何故彼がここに居るのかと疑問に
思い乍らも、とりあえずとジョルジュを家に上げ、洋灯を点けた。

 ジョルジュは我が物顔で座布団を引っ張り出すと其れに座り、ブーンにも向かいに座るよう指示した。
すっかり気力の失せていたブーンだったが邪険にすることも無く、其れに従う様にゆっくりと腰を下ろした。



 ( ゚∀゚)「あのおっさんに訊いて此処まで来た。俺が来たのは他でもない。一つ確かめたい事が
      有って来たんだ」
( ^ω^)「……」
 ( ゚∀゚)「爺ちゃんが死んだ。だが、あいつは老衰なんかじゃくたばらねぇ。誰かに遣られたんだ」
( ^ω^)「……知っているお」

 此れ程に小さな子供にまで責められるのだなと、ブーンは思った。もう何も知りたくない、何も
確かめたくない、早く終わらないものか、と溜息を吐く。

 ( ゚∀゚)「村の奴らの話だけじゃ今一つ納得できないんだ。ブーン、訊いていいか?」
( ^ω^)「好きにするお」
 ( ゚∀゚)「爺ちゃんを遣ったのは、ツン姉ちゃん、なのか?」

 はっきりと臆せず発言をするジョルジュの姿を見て、ブーンは感嘆した。此の子は立派な大人に為る。
少なくとも自分よりは公明正大な大人に為るだろう、と考えたのだ。
 併し、村を治めるならば村の言葉に耳を傾けるべきなのだとも考えた。そしてブーンは自分が既に
仲間ではないのだと伝える為に、ここで一つジョルジュに嘘を吐くことにした。悪意の捌け口が鬼では
此の子も救われまいと。



( ^ω^)「……ツンが? そんなもの勿論嘘だお」
 ( ゚∀゚)「だよな! なんだよやっぱりか。幾ら爺ちゃんが年寄りだからってツン姉ちゃんに負ける
      わけないもんな! いやぁ好かった。あいつら寄って集ってまったく……」
( ^ω^)「僕が……殺したお」
 ( ゚∀゚)「……え?」

 ジョルジュの大きく開いた口は、口角を上げた儘ぴくりとも動かなくなった。其の表情を崩す為に
もう一度ブーンはゆっくりと云った。

( ^ω^)「君のお爺さんは、僕が、殺したお」
 ( ゚∀゚)「……」

 口角が下がった。次いで口が閉じ、眼球が下を向き、大きく左右に動いた。明らかに動揺する
ジョルジュを見乍らブーンは、破滅する身に於いてはどうして此れもまた心地好いことだなと下劣な
ことを考えていた。



( ^ω^)「僕が憎いかお?」
 ( ゚∀゚)「……」
( ^ω^)「もう君で好い。憎いならば、僕を殺して呉れお」

 そう云って手近なところに有った小刀一本、ジョルジュの前に差し出しブーンは微笑んだ。今此処で
死ぬのならばそれで好い。ツンがどうなったなど最早知りたくもないと、ジョルジュに全てを託した。

 併し、結局ジョルジュは小刀を手に取らなかった。それどころかあっけらかんとしてこう云ったのだ。

( ゚∀゚)「そうか」

 此れにはブーンも目を丸くした。身内を殺した者を前に「そうか」の一言で済ませる者が此の世に
居るものかと。併し言葉を失うブーンを前にジョルジュは更に言葉を続けた。



 ( ゚∀゚)「まあ、ブーンにも色々あったんだろ? 其れを訊くのはきっと野暮ってもんだ。少し驚いたけどな」
( ^ω^)「……」
 ( ゚∀゚)「爺ちゃん、前から何時死んでもおかしくないとか云ってたしよ。まあ仕方ない」
( ^ω^)「そう……なのかお?」
 ( ゚∀゚)「俺の顔見れたからいつ死んでも好い、とか毎日の様に云ってたもん。其れが偶々(たまたま)
      此の間だったってだけだ。仕方ないな。まあそんなところだ」
( ^ω^)「……」

 す、とジョルジュの顔が引き締まっていくのをブーンは感じた。目に見える表情の変化は泣き出す
兆候かとも思われたが、ジョルジュは無風の水面の様な静かな表情の儘であった。
 本人は気付いていないだろうが、仕方ないと連呼する其の言動は、傍目から見れば無理があるもの
の様であった。併し、其れだけ彼も大人に為ったと云う事なのだろうかとブーンは追及するのを止めた。



( ^ω^)「……あの二人も来ているのかお?」
 ( ゚∀゚)「いや、来てないし教えてない。暫くは隠しておこうと思う。あいつら二度目だし」
( ^ω^)「あ……あぁ」
 ( ゚∀゚)「ま、俺がまとめて面倒見てやるってもんさ」

 表情は笑顔に変わっていた。そして声色は溌剌としていた。其れを見てブーンは悟られぬ様に
溜息を吐く。

 ( ゚∀゚)「よし、そうだな。なんか手伝えることとか無いか?」
( ^ω^)「手伝えること?」
 ( ゚∀゚)「いや、なんか色々大変なんだろ? 俺が手貸してやるよ」
( ^ω^)「……いや、悪いけど何も無いお。ジョルジュは早く村に帰ったほうがいいお」
 ( ゚∀゚)「辛気臭ぇなあ、なんでもあるだろ。早くして呉れよ」
( ^ω^)「……じゃあ家に置いてきた上着でも取って来て貰えるかお?」
 ( ゚∀゚)「承知!」

 床の抜けそうな音を立て乍ら駆けて行き、ジョルジュは家を飛び出していった。ブーンは其の
後姿を見送ると、また大きく溜息を吐き、そして呟いた。



( ^ω^)「……自分でするしか……ない、かお」

 そしてやおら立ち上がり部屋を物色し始めた。小刀でも好いと云えば好いのだが、若しや他に
打って付けの物は無いかと思ったのだ。
 程無くして埃の被った木箱の中から色褪せた布に包まれた一振りを発見した。ブーンは其れを手に
取るや否や、腹を抱えて笑った。

( ^ω^)「はは、は、はははははははははは! あぁ、あぁ、あははははははは!」

 此れならば確かに失敗などする筈も無い。それに長過ぎるのが却って好いではないか。自分は
死ぬ其の時まで手に負えぬものに翻弄され続ける滑稽者(おどけもの)なのだ、と。

( ^ω^)「はは……は……」

 笑いが治まるとブーンはまた無表情に戻り、刀一本持ってに外へ出た。其の目的は一つ。
其の手に持つ一振りで自害する為だ。家を出たのはブーンの最後の良心とでも云えようか。
とは云え、彼自身は無意識の行動であったのだが。


※滑稽者=たわけもの、おろかもの




 足跡で汚れた雪を踏み乍ら歩くブーンの表情は、此れから死のうと云う者にしては奇妙な程
穏やかであった。死を前にしてブーンは特別何かを考えると云うことをしていなかったのだ。茫と
ただ心の決まる場所を探して歩いているだけで、其処に死に対する感情は一切無い。
 ただ何とは無しに、しぃに謝る為の口と手位は其の儘にしておこうか、などと考えたりしていた。
併し乍ら未だ其の方法すらも決めていないのである。

 冷たい冬の空気を吸うと躰の心まで冷えていき、ブーンは心の動きが鈍くなっていったのを感じた。
何をも認めぬ儘、何をも考えぬ儘、不確定の儘で、耳に残るツンの温かい声を抱いた儘終りにしたい。
其の思いを胸にブーンは立ち止まると、刀を杖の様にして両手で地面に突き、ひんやりと冷たい
柄頭(つかがしら)に額を乗せ、其の儘暫く此の世の静寂を聴いていた。



 静寂は音も無く、されど耳に積もる追懐の情は心をより一層冷やしていった。今ならば痛みも
感じぬかも知れない。そう思うとブーンは顔を上げ、凝と真白な雪に刺さる一振りを眺めていた。
キラキラと光る青貝散らしの鞘はいつか見た綺羅星をブーンに思い出させた。

( ^ω^)「何を今更になって……」

 眉を顰(ひそ)め背筋を正すと、ブーンは思いを断ち切る様に右手で確(しか)と其の鞘を握った。
そして左手に持ち替えると鍔元を握り、親指に力を込め鍔を押し上げた。
 瞬間、白銀の刀身に吸い込まれる様にして目を奪われたブーンだが、臆してはならぬと右手を
柄に確と掛ける。

( ^ω^)「……」

 右手は前へ、左手は後ろへ。両手が離れ刀身が其の姿を現すほどに、ブーンは心臓の高鳴るのを
感じていた。俄に背中の傷が痛み出す。

 そして愈々(いよいよ)抜けきらんとした将に其の時、ブーンの耳に絶叫が飛び込んできた。



      「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
( ^ω^)「……今の声は……ジョルジュ?」

 途端ブーンの中に様子を見に行かねばならぬと云う思いが生まれた。併し将に死なんとする
自分に何が関係あろうかと、再び意識を戻そうとする。だがブーンの手は引き抜かれつつあった
刀身を既に鞘に戻していた。

( ^ω^)「……莫迦めが。何と情け無い男だお」

 優柔な自分の性格に呆れ乍らもブーンは声のする方へ駆け出した。


 走り出して直ぐ、角を曲がった先にジョルジュが道の真中で背を向け地面に蹲っているのを
ブーンは見つけた。若しや何者かに襲われたのではないかと思っていたのだが、周りには
人一人居ない。

( ^ω^)「……ジョルジュ?」

 併しまるで止まない叫び声。何かがあったならばもっと他の言葉を発しても好いだろうにと
思う程に同じ叫びの繰り返しであった。転んで怪我でもしたのかと歩み寄ろうとするブーン。
併し直後に彼は其の真実を知る。



「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! ひっ! ぁぁぁあああ! ……ぃちゃん! 爺ちゃん!」

 ぴたりとブーンの歩みが止まった。必死に祖父を呼ぶ其の声は、泣き声であった。

( ;^ω^)「ジョル……ジュ……」

 ジョルジュは泣いていた。其の小さな躰をぶるぶると震わせて、一所懸命泣いていたのだ。
しゃくり上げる声は聞いているだけで胸が詰まり、恐らくはぼろぼろと零れる涙が其の顔面の
全てを濡らしているに違いなかった。

「爺ちゃん! 爺ちゃああああん! うあああああああああああん! ひっ……あ……ぁあああ!」

 土下座する様に地面に伏せ、途方もない悲しみと絶望に蹂躙される儘に只管叫んでいた。
唯でさえ小さい躰を丸めて、ジョルジュは誰からも慰められること無く、ただ孤独に耐えていた。



 大切な家族との別れが辛くない筈が無い。それでもジョルジュは耐えていたのだ。必死に
耐えて、ブーンに気を遣わせまいと泣かずにいたのだ。此れ程にも小さな子が、微塵も声を
上げることなく、だ。そして一人になった今、児に帰り、泣いたのだ。
 ジョルジュは強かった。大切な者を突然失っても気丈であり続けた。其の姿を知り、ブーンは
静かに涙し、そして自らを深く恥じた。

 ――まるで自分は赤子の様だ。童子にも劣る腑抜が、今罪無き児に悲劇を齎(もたら)したのだ。
併し其の矮躯には重過ぎる筈の悲劇を、其の児は此の腑抜を前にして立派に耐えて見せたのだ。
 其れに対してただ繰言(くりごと)を並べるだけの、此の自分の浅ましさ。どうして此の世に斯程(かほど)
情けない男が居ようか。


※繰言=泣き事や不平などを、くどくどと言うこと。 ※斯程=これほど



 そう考えると、強く握る拳を震わせブーンは静かにジョルジュに深謝した。併し声を掛けることなく
ブーンはジョルジュに背を向け歩み出す。確と大地を踏み締め、視線は前へ向けて。

( ^ω^)「……会いに行こう、ツンに。そして会ったならば、ツンは僕が……」

 ぎゅっと刀を握り締めブーンは肚を決めた。そしてブーンは其れ限り後ろを振り返ることなく
走り出した。

( ^ω^)「ツン、済まなかったお。あの時の言葉、僕はここに今も変わらず思い続けているお」

 冷え冷えとしていたブーンの躰は、いつしかじんわりと熱を帯び始めていた。


※深謝=心から感謝すること。心からわびること。




 何処とも知れぬ場所ではあったが、山を目指すのならばそこにさしたる支障は無かった。
ただ遠くに見える山肌を目指し走れば好いだけなのだ。ブーンは兎に角走った。

 時折、泥濘(でいねい)に足を取られ転びそうになり乍らも、ブーンは休むことなく駆けていた。
いつもなら苦しさに足を止めてしまうのだが、今はどうしてか走り続けることが出来た。
 心地よい疲労を抱えた四肢は熱(ほて)り、冷たい夜気に晒された眼は冴え、流れ行く景色が
其の意味を失っていく。次いで時間の感覚が失せ、ふと走っていることすらも忘れそうになる。
そうした幻の中で、ただ想い人の姿を追いかけようとする心の儘に、彼は身を委ねていた。

 其の様な彼が正気を取り戻したのが、道の傾斜が足に辛くなって来た頃であった。辺りを
見回して始めて其の異様さに気が付いた。
 既に辺りに民家は無く、木々の立ち並ぶ許りの林であったのだが、其の木々がまるで台風と
雷が同時にやってきたのかの様に裂け、或いは折れ、現実とはかけ離れた悲惨な景色を
作り出していた。


※泥濘=ぬかるみ



( ;^ω^)「……」

 やはりそう云う事なのだろうかと怯えそうになる心をどうにか奮い立たせ、ブーンはここからは
一歩ずつゆっくりと歩いていった。

 前に進むほどに、新たに明らかになってくる光景はブーンを苦しめさせた。
 例えば道の脇にあった空き地に、腰辺りまで堆く積み上がり腐臭を放つ鳥や野犬の屍骸を
見つけた。例えば道中(みちなか)に、ばったりと倒れる男と人を見つけた。人と云ったのは、
其の特徴が人とまでしか判らなかった為である。
 其の様な光景を見る度に、彼は涙の流れ出ようとするのを必死に堪えた。其の一つ一つが
重ね合わさる程に、彼女が人から遠ざかっていくのを感じたのだ。

 仄暗い山道は、他に何が潜んでいるのかと不安にさせる底の知れなさがあった。嘗て山で
遊んでいたブーンだが、過去には体験しなかった山に対する漠然とした恐怖を今肌に感じていた。

 而して後、彼は終に大きな恐怖を目の前にして立ち止まってしまった。其処に、居たのだ。



( ^ω^)「……」

 其れを見た途端、思わずブーンは踵を返そうとした。併し既(すんで)の所で背中を向けようと
するのを止めた。今此処で逃げてしまっては意味が無いのだと、何度も自分に云い聞かせ乍ら
確と前を向き、其の両の眼に彼女を捉えた。

――捉えた其の姿は最早彼女の面影も朧な、鬼であった。

( ;^ω^)「……あぁ……」

 鬼。其の言葉も存在も知られ乍ら、併しこうして対峙した者の話を聞くことは無い。何故ならば
其の全てが悉く鬼に殺されてしまうのである。

 異界の者の証とも呼べる全身に纏う青白い光は寒々と揺れ動き、静やかな威圧で近づいた者に
其の自由を亡失させる。
 金色に獲物を狙う瞳は琥珀よりも尚深く透き通り、奥に燻る緋色の殺意は視線を交わさずとも
其の質量を以って命と云う命に俗世からの乖離を予感させる。
 そして口元から今か今かと待ちきれぬ様に飛び出す歯牙に、筋張った両手から伸びる猛禽の如き
鉤爪は、見た者に切り裂かれた後を想像させる程の凶暴さを誇示し、果てには裂かずとも其の
振り下ろす圧によって人を喪神させる程の力を持つ。

 人とはまるで異質な空気を纏う其の化生の名こそ、鬼。万物を鏖殺(おうさつ)して尚、微塵の変化をも
受け入れぬ不条理の極である。


※喪神=気を失う ※鏖殺=皆殺し



( ;^ω^)「……ツン」

 併し此の男と云えば、鬼を目の前にして出た最初の言葉が其れであった。微かに抱いていたのだ。
名を呼べば彼女が応えて呉れると云う希望を。よく見れば其の見目形は鬼と為れど、併しツンの容貌を
残しているではないかと。

ξ゚听)ξ「……」
( ;^ω^)「……ツン」

 二つ。ブーンは彼女の名を呼んだ。すると如何だろうか、ツンは其の声を聞いたのかブーンに
向かってゆっくりと歩き始めた。

( ;^ω^)「……」

 ゆっくり、ゆっくりと其の距離の縮まるのをブーンは感じていた。不安と期待と焦りと恐怖が綯い
交ぜになったものがブーンの心を締め上げる。ゆっくり、ゆっくり、ツンは距離を縮める。

ξ゚听)ξ「……」

 依然無表情のツン。笑うか、泣くか、怒るか。表情の変化は未だ訪れない。其の変化を見落とすまいと
ブーンは目を凝らす。

 ザ、と音がした。何の音か。地を蹴る音だ。ツンは居るか。居ない。居た。跳んでいた。鉤爪が見えた。
彼女に、表情は無かった。

 ブーンは瞬間手に持っていた刀をも抛り、身を縮こまらせた。駄目か。其の様なことを瞬間思い、
目を瞑った。



 併し次の瞬間に聞こえた音は肉を裂く音でもなく、骨を砕く音でもなかった。ザザァ、と地面と履物の
擦れる音が、僅かにしただけであった。其の音にブーンは怖々と目を開く。

(´・ω・`)「無事ですか?」

 其処にはツンの振り下ろした手を、右手に握った煙管で受け止めているショボンが居た。疾風の如き
速さの一撃であった筈だが、煙管は折れることなく、また左手を添えていたとは云えショボンが受け
止めているという事実がブーンには信じられなかった。

 其れを見たツンが目を丸くし、跳躍して後ろへ下がった。併し下がって尚、牙を剥き威嚇する姿を見て
ブーンは思わず、あぁ、と声を漏らした。

(´・ω・`)「……下がっていて下さい」

 其の声がして幾許。ツンが再び姿勢を変え飛び掛って来た。



 ショボンは襲い来るツン目掛けて、いつの間にか左手に握っていた砂を投げ付けると同時に踏み込み、
一糸の迷いも無く、喫煙するときとは逆に向こうへと吸い口を向けた右手の煙管で突きを繰り出した。
 併し其の一撃は鉤爪に弾かれ、在らぬ方向へと向かう。そして空いた胴へツンの右手が迫った。
其れに気付いたショボンは地を蹴り、脇腹を掠める風を感じ乍ら無理矢理躰を捻り側方に跳ぶと、
地面を転がり其の勢いが死なぬ内に跳ね、距離を開けた。

( ;^ω^)「ショボン!」

 併しショボンが離れるよりも早くツンは接近し、体勢を戻す隙を与えることも無くショボンの顔に
鉤爪を振り下ろした。
 咄嗟に防ごうと出された煙管も、併し不完全な体勢では其の勢いを殺しきれずに、ショボンは
反射的に左腕で顔を庇ってしまった。鋭利であり乍ら鈍器で殴られたかの様な衝撃を受け、
簡単に切り裂かれた病葉(わくらば)の様な腕を見て、他人事乍らブーンは肝が冷えるのを感じた。


※病葉=虫や病気で変色した葉



 併し其の直後に切り裂いた当人のツンが、ゆらと後ろにたじろぎ、そして叫び声を上げた。

ξ#゚听)ξ「亞阿唖ァ阿亞ァア唖亞亞ア阿ァ亞!」

 まるで意味を成さない言葉を、腹の底へ響く様な声でツンが哮(たけ)る。見ると其の腹から
ポタリポタリと血が滴っているのが分かった。どうやらショボンは左腕を引き裂かれたにも拘らず、
ツンに一撃を食らわせたらしかった。
 だが同時にブーンは目の前が闇よりも尚、昏く為っていくのを感じた。

( ;^ω^)「ショボン! もう止めろ! 止めて呉れお!」

 掠れる様な叫び声を上げるも、併し其の声などまるで聞こえんと云った風にショボンは笑った。

(´・ω・`)「……そう云えば、君には未だ此れは話していなかったね」

 視線はツンに向けて、併し其の言葉は二人に向かって同時に投げかけられている様にも思われた。
ショボンは切られた左腕を高々と月に向かって突き上げると、其の腕に痛みを感じていないことを
示すかの様に滴る血を振り払った。



(´・ω・`)「鬼を喰らった者は幾許の鬼の力を得ることが出来るのだ」

 云い、ショボンはブーンが先程抛った物であろう一振りを手に取った。そして抜刀すると鞘を捨て、
持った右手を一本突き出す様に構え、高らかに叫んだ。

(´・ω・`)「此の煙管は骨より出来ている。其れは他でも無く御前の母のものだ、鬼よ。そうだ、御前の
      母を己(おれ)は喰らったのだ! どうだ、己が憎いか! 鬼よ!」

 一刹那、静寂が辺りを支配したかと思うと、突如空を裂く様な咆哮。其の意を理解したか、自らの
腹を刺された怒りか、鬼は哭いていた。

(´・ω・`)「……夜鳴きの煩い子だ」

 ショボンは呟き刀を上段に構えると、ジリジリと摺足で間合いを詰めていく。一方ツンは歯牙を剥き、
目を剥き、態とらしく肩を聳(そび)やかしてショボンを睨み付ける。其の姿は正に獣其の物であった。


※聳やかす=高くする



 威圧するように距離を詰め行くショボンであったが、ツンは動かなかった。唯ショボンの顔を睨み付け
唸る許りで、次にどのような行動を起こすかがまるで知れない。

(´・ω・`)「……っ!」

 先に仕掛けたのはショボンだった。地を蹴ると、一息にツン目掛けて跳躍。其の人離れ甚だしい
脚力に任せて刀を振るった。振るわれた後刀身は衝撃に震え、辺りに透き通った音を響かせる。

ξ゚听)ξ「……ァ」

 併しツンは其の一撃が振るわれても尚動いてはいなかった。動く必要が無かったのである。
ツン目掛けて繰り出された一撃は、鉤爪に阻まれ傷一つ付けるに能(あた)わなかったのだ。

(´・ω・`)「ふ!」

 だが阻まれて尚ショボンは引かず、咄嗟に刀から手を離すと其の勢いの儘身を捻り、確と地を
踏み締め後ろ回し蹴りを繰り出した。


※能う=できる



 ツンの左眼窩(がんか)目掛けて蹴りが放たれる。併しツンは其れを読んでいたのか、身を反らすと
其の儘後方宙返りをし、復もショボンの攻撃は不発に終わる。

ξ#゚听)ξ「亞亞!」

 瞬間完全にツンに背を向けてしまったショボンは慌てて身を屈めようとするが、ツンは着地すると
同地に其の足の溜めを前面へ飛び掛る力へと変え、跳躍。其の儘追い掛けるようにして
ショボン目掛けて鉤爪を振るった。

(;´・ω・`)「ぐっ! は……ぁ!」

 背中に一撃を喰らい、ショボンは受身も碌に取れず其の儘地へ叩き付けられた。背にどっぷりと
血を付け乍らも、追撃を免れる為にショボンは素早く体勢を立て直す。

ξ゚听)ξ「……」

 併しツンにはまるで其の意思が無いのか、先程受けた刀を抛ると、ショボンが其の体勢を立て直す
のを凝っと見ていた。



(;´・ω・`)「……只では済まさない、と云った所かな」

 呟きつつも其の意を理解出来ぬ儘、ショボンは刀を拾い上げる。

 (´・ω・`)「固いね。まるで普通に立ち向かっても歯が立たないよ。あぁ、背が痛い」
ξ゚听)ξ「……」

 云ってショボンは再び構えを取った。併し次なる構えは上段でも中段でも、況(ま)してや下段でも
ない。左手は遊ばせた儘、右手のみで刀を持ち、真直ぐと突き出したのだ。

(´・ω・`)「此れも、もう要らないな」

 懐から煙管を取り出すと、ショボンは見せ付けるようにして掲げた後、其れを後ろへと抛った。

ξ#゚听)ξ「……」
 (´・ω・`)「気に障った……かな?」

 左足を引き、刀を持った手を幾許か曲げると、ショボンはツンの顔を見据えた。両者どちらも
微動だにせず、ただ風が吹くのみに時が流れていく。

 変則的な構えを取っているショボンであるが、其の思惑は刺突をせんとするものだった。
下手に刀を振り回しても自らに勝機が無いことを悟り、唯ツンの眼を潰すことのみを念頭に、
此の構えを取った。
 其の眼さえ潰してしまえば此方の価値なのだ、とショボンは口元を僅かに吊り上げた。

 そうして対峙すること幾許。不意に風に乗って一本の黒い羽根が舞って来た。月明かりを浴び
夜を舞う羽根は次第に勢いを失い、力尽きるようにして地面へ落ちていく。

 其れを合図に、地を蹴る音がした。



ξ#゚听)ξ「ァ阿!」

 先に踏み込んだのはツンであった。叫号(きょうごう)と共にショボン目掛けて地を蹴り、一直線に
向かっていく。其れに対しショボンは構えた儘微動だにしない。

 やがて状況は切迫。月光を静かに反射していたショボンの刀が闇を裂き光芒一閃(こうぼういっせん)、
ツンの顔目掛けて放たれた。目も絢な白刃の反照(はんしょう)は確かにツンの右眼を貫いた。
 やったか。そうショボンが安堵したのも束の間、併しツンの目は光を失わず、ショボンへ袈裟懸けに
其の鋭利な鉤爪が振り下ろされた。

(;´・ω・`)「ぐ……」
ξメ听)ξ「亞……阿ァ」

 其の儘ショボンは押し倒され、上と下で力比べをする形になった。信じられないことに右眼に刀を
刺された儘のツンがジリジリとショボンを圧して行く。左手で押さえてはいるものの、肩には右の爪が
ぐいぐいと食い込み、刀は左の爪に掴まれ、ショボンは眼前に迫る鬼の形相に恐怖を感じていた。


※叫号=大声でさけぶこと ※光芒=尾を引くように見える光の筋 ※反照=照り返し



(;´・ω・`)「流石は至純(しじゅん)の鬼と云ったところか。参ったよ」
ξメ听)ξ「アァ……」
(;´・ω・`)「併し、何故鬼は人を欲したのだろうね」
ξメ听)ξ「……」
(;´・ω・`)「考えてみれば人が混ざっては至純とはいかない。君は何故生まれたんだろうね」
ξ#メ听)ξ「阿……」

 徐々に右眼を突き刺していた刀がツンによって引き抜かれていく。此れが完全に引き抜かれれば
ショボンは両手を押さえつけられた儘ツンの歯牙に掛かることだろう。ショボンは顔面に滴り落ちて来る
血液の温かさを感じ乍ら思いを巡らせていた。

(;´・ω・`)「僕は、君は、何故……」
ξ#メ听)ξ「阿ァァ!」

 将に引き抜かれんとした時、不意に刃が甲高い音を立てて折れた。其処に生まれた僅かな隙に
ツンは一撃を喰らわせんと其の右の手を振り上げたが、対してショボンは左手で剣指を作り、
其の儘引くことなくツンの左眼を突き刺した。

ξ;メ-)ξ「ッ!」

 そして此の瞬間、鬼の眼が二つ閉じられた。ショボンは此の時を待っていた。否、出来るなら
彼も此の時など来なければいいと思っていた一人なのかも知れないが。
 どちらにしろ、ショボンは言霊を吐いた。其れは、山ノ神を呼ぶ言霊。


※至純=この上なく純粋なこと



(´・ω・`)「鬼の眼は封ぜられた! 山ノ神よ、今此処に山の安寧を紊乱する鬼を差し出そう! 
      山ノ神よ、鬼の眼は封ぜられた! 現れよ!」

 言霊を吐いて瞬刻。森も動物も風も土も、全てが時間を止められたかの様に静止した。
連続よりも遥かに永い停止の中で、人は笑い或いは叫び、鬼は戦慄(わなな)いた。

 そして、烏が唖唖(ああ)と鳴いた。

ξ;メ-)ξ「――ッ!」

 引き攣った声だけを残し、ツンは地面に背中から叩き付けられた。撥音(ばちおと)の様な響きが
辺りに木霊し、森が俄に騒ぎ始めた。


※唖唖=カラスの鳴き声 ※撥音=バチで弾き鳴らす音



 風が叫び、森が鳴く。月は隠れ、地は黙る。而して後、其れはゆっくりと姿を現した。

 / ,' 3 「鬼よ。其の命、貰い受けに来たぞ」

 夜天を仰ぐ彼等の目に映ったのは、紅く仄光る巨大な存在であった。此れが山ノ神かと呆ける
ブーンであったが、併し其れを予見している筈のショボンさえもどういうことか、天を仰いだ儘
呆けていた。

(;´・ω・`)「……違う」

 其の声音は明らかに怯えていた。鬼を目の前にしても果敢に立ち向かった彼が、今自ら呼んだものに
恐怖していた。



(;´・ω・`)「そんな……まさか……」
( ^ω^)「ショボン、君は此の期に及んで何を……」
(;´・ω・`)「嘘だ……嘘に違いない。そんな筈がない。何を莫迦げたことを考えているんだ。僕は……」
( ;^ω^)「どうしたんだお? ……ショボン、君、其の手は……」
(;´・ω・`)「え?」

 ブーンが指差した先、ショボンの両の手に何時の間にか黒い羽が沢山乗っていた。否、乗って
いるのではなく、其れ等は生えていた。手は疎(おろ)か腕にかけてまで、びっしりと黒い羽が生えて
いたのだ。

(;´・ω・`)「違う! 違うぞ! 僕には記憶がある! デレと過ごした日々の記憶があるんだ! 
      両親だって居る! 僕の両親は――」

 天を仰いだ儘一息に叫ぶと、ショボンは唐突に黙ると涙を流した。其の涙も頬から生える羽に
隠れてしまったが。

(´・ω・`)「僕の両親は……どんな顔をしていたんだ?」

 気付けば体は折り畳まれる様に縮み、其の体躯には大きくなった着物がするりと脱げると、
既にショボンは全身を黒い羽毛に包まれていた。



(´・ω・`)「僕は……あの時……死んで?」
( ;^ω^)「……」

 其の姿は正に烏其の物であった。何が起こったか解からないと云った風のブーンを置き去りに、
ショボンは崩れる様に地面に倒れた。

ξ;メ-)ξ「ァ! 亞ァ!」

 そして一方では叫び、藻掻くツンの足元にドロドロとした粘液が迫っていた。其れに気付くや否や
ブーンはツンに駆け寄り、近くに落ちていた刃の折れた刀を手に取り粘液を散らそうと振り回し始めた。

( ;^ω^)「くそっ、近寄るなお! ツンに、近寄るなお!」

 併し幾ら散らしたところで粘液の出るのが収まるわけもなく、また収まったとしてツンを解放すれば
ブーンは殺される身である。
 だがそうせずには居られなかった。縦令此の後直ぐに命を落とすとしても、今抵抗をせずに死ぬ
ことは決してしたくなかったのだ。



(;´・ω・`)「ブーン!」

 不意にショボンの声が響いた。其の声色も前のものより幾許か変質していたが、其の抑揚は
未だショボンの様であった。声の方をブーンが見ると、羽ばたき自分に向かって来ているショボンの
姿があった。
 そうして近づいてきたショボンがブーンの傍らに着地すると、突如として落雷が起こった。
落雷は地を裂き、辺りの粘液を何処かへとやってしまった。併し未だ其の存在も顕(あらわ)な
山ノ神を見るに、直ぐに復ツンを取り込もうとする粘液が湧くのは目に見えていた。

(;´・ω・`)「ブーン、お願いだ! 僕を殺して呉れ!」
( ;^ω^)「な、何を云っているんだお!」
(;´・ω・`)「僕は、僕はショボンだ! 決して鴉なんかではないんだ!」
( ;^ω^)「落ち着けお!」
(;´・ω・`)「頼む! 頭がおかしくなりそうだ! 殺して呉れ!」

 気付けば狂乱するショボンに呼応する様に、辺りは荒れ始めていた。辻風が舞い、霰(あられ)が
降り、雷鳴が轟き、木が燃える。加えて正体の掴めぬ不気味な粘液が地を這い、背にはツンの
空を裂く様な悲鳴が聞こえてくる。そしてショボンの殺して呉れと懇願する声。其の光景はブーンには
まるで地獄図の様に感じられた。



( ;^ω^)「気を確かに持てお! 好いか、どの様な形(なり)でも君はショボンだ! ツンの父親だ!」
(;´・ω・`)「僕は! 此の手は!」
( ;^ω^)「ショボン!」
(;´・ω・`)「僕はショボンなのか! なぁ、ブーン! 教えてくれ!」
( ;^ω^)「云うまでもない! 君はショボンだ! 君自身よく解っている筈だ!」
(;´・ω・`)「あぁ、駄目だ……駄目だよ、君。僕には、此の躰を一生知らぬ振りして生きていくなんて……
      そんなことは無理だ」
( ;^ω^)「今こうして話しているのは君ではないか!」
(;´・ω・`)「そんなもの……誰に保証が出来ようか。僕の頭が狂ってしまえば、あぁ、お終いだ」
( ^ω^)「僕が保証するお」
(;´・ω・`)「それじゃあ此の躰は何だって云うんだ! ショボンの躰は畜生だったと云うのか!」
( ^ω^)「形が何だと云うんだお。君は毎朝自分の姿を見ては自分であると確認しているのかお」
(;´・ω・`)「危弁を弄するな!」
( ^ω^)「危弁などでは無いお!」

 慌てふためくショボンを一喝すると、ブーンは云い聞かせる様にして捲くし立てる。



( ^ω^)「好いか、其の姿形など所詮は他人との係わりに於ける産物だお。そんなもの、変わらずとも
      少し態度を変えるだけで『君は君でなくなった』と云われる始末。自分が自分であると云う
      他人の評価が欲しいのならば僕が呉れてやるお! 其れで満足せんのなら、君はショボンで
      あると云うことを行動で示せば好い! ショボンがショボンたる為に相応しい行動をしたならば、
      君はやはりショボンであるお」
(´・ω・`)「……ショボンたる為に……」

 すると其の時、不意に此れ迄の嵐が嘘の様に静まり返った。目紛(まぐ)るしく変化する景色に翻弄され乍らも、
ブーンは凝っとショボンの顔を見た。

( ^ω^)「……ショボン?」
(´・ω・`)「……あぁ、そうか。そう云うことか……ならば若しやあの時の彼女も……」
( ^ω^)「……何が、だお」
(´・ω・`)「済まない……ツン、本当に済まなかった……」
( ^ω^)「ショボン!」
(´・ω・`)「……僕は……ショボンは、ツンの父親だ」
( ^ω^)「……」
(´・ω・`)「なれば僕は娘の幸せを願うのだろう」

 ショボンの視線の先、其処に磔にされた鬼が、いつの間にかツンに戻っていた。其の体躯のしなやかさも、
其のふっくらとした顔つきも、全てが在りし日のツンの儘であった。



( ^ω^)「此れは……」
(´・ω・`)「……」
( ^ω^)「君は……いや……」

 何かを云おうとして、併し口を噤んだブーンの云わんとした言葉を理解したのか、やがてショボンが
ゆっくりと語り始めた。

(´・ω・`)「ブーン、此の力を鑑みるに僕は確かに鴉の様だ。併し今の言動、そして其の元となる心は
      ショボンのものだ」
( ^ω^)「ショボン……」
(´・ω・`)「僕はショボンだ。だから君、僕を殺せ」
( ;^ω^)「……な……どうしてだお! 君が君であるならば其れで好いではないか」
(´・ω・`)「僕を殺さねば山ノ神は退かん。ツンの幸せが来ないのだ。僕に僕として、ショボンとして
      死なせて呉れ」
( ;^ω^)「……莫迦な」

 其の言葉にブーンは頭痛を感じ、眉間の辺りに指を添えた。あまりにも考えることが多すぎるのだ。
併しショボンはまるで気にせず話を続ける。



(´・ω・`)「……それに、だ。……僕の中から鴉が増えようとしている」
( ^ω^)「……何?」
(´・ω・`)「今肌に感じて解せた。鴉は移るのではなく、増えるのだ。僕の中に多くを占める何かが
      今外に出ようとしているのを感じる。縦令僕が残っても増えた鴉がツンを狙うかも知れん」
( ^ω^)「……」
(´・ω・`)「頼む」
( ^ω^)「僕に……君を殺せと?」
(´・ω・`)「ああ」
( ;^ω^)「……」

 其れを聞いてブーンは閉口した。結局先ほどと主張は何等(なんら)変わっていないではないかと。
ブーンは大いに悩み、大いに嘆いた。今こうしている間もツンの許には其の存在を亡き者にしようとする
粘液が迫っているのだ。併し乍ら、其の代わりに目の前の男を殺すなどと云う選択をしろと云うのだろうか。



 併し目の前の男は既に死することを決している様であった。自分が如何な道徳を説いたところで、
此の男の自尊心を傷付けるだけなのではないか。仕方の無いことなのかも知れない。と、そこまで
考えてブーンは穏やかな顔つきのツンを再び見た。そして意を決した。

( ^ω^)「……わかったお」

 ブーンは頷き、辺りを見回した。すると丁度好い事にショボンの煙管が落ちているのを見つけた。
ブーンは其れを拾うと暫し見詰め、後にショボンの顔を見た。其れを受けショボンが頷いた。

 ゆらり、と煙管が持ち上げられた。其れを見てショボンは目を閉じる。一瞬間全てが停止した様な
併し乍ら穏やかな時が訪れた。そして煙管はゆっくりと下ろされ、ずぶり、と深く肉を突いた。間違いなく
命を奪う一撃であった。



(´・ω・`)「……君、何を」
( ^ω^)「……」

 但(ただ)、付け加えるならば、奪われた命はショボンのものではなかった。煙管はブーンの胸に
深々と刺さり其の白を真赤に染め上げていたのだ。

( ;^ω^)「……ぐ、ぶ!」
(;´・ω・`)「何をしているんだ!」

 びちゃり、とブーンが地面に褐色の血を吐いた。そして尚も止まる気配の無い出血に其の手が
濡れているのを見て彼は微笑んだ。

( ;^ω^)「……考えてもみるお。君が居なくなったとして、此の先誰がツンを支えていくんだお」
(;´・ω・`)「何を云う! 君が死んでしまっては……」
( ;^ω^)「あのようなことを云って何だが……やはり僕は……鬼でない彼女が好いのだ。ハハハ……」
(;´・ω・`)「君は……まさか……」

 其の言葉に答えるが如くブーンは紅を差した様に真赤な口元を綻ばせた。そして其の手を差し出し、
何も持たぬショボンに云った。



( ^ω^)「さあ、ショボン。其れを……寄越すお」
(;´・ω・`)「君は……其の意味を解っているのか!」
( ^ω^)「併し君……最早手遅れだお」
(;´・ω・`)「……」

 暫し黙ったショボンは其の後頷きブーンに近寄った。そして青白いブーンの顔を凝っと見つめ、問うた。

(´・ω・`)「一つ……一つ訊かせて呉れ。君は、自分が人でなくなってしまうことに恐怖しないのか?」
( ^ω^)「何、ツンは隠だ。……僕が人でなくなったからと云って……大したことはないお」
(´・ω・`)「君でなくなってしまってもか?」
( ^ω^)「今、君は……ショボンは、立派に彼女を救おうと……しているお」
(´・ω・`)「……有難う」

 其の声を聞くと、息も絶え絶えなブーンは地面に膝を突き、ばたりと倒れた。死に際と云うのは
動(やや)もすれば惨めに泣き叫ぶものであるが、彼の死に顔は実に晴れやかであった。

 其れを見届けるとショボンはブーンに向けて両の翼をゆっくりと広げ、高らかに啼いた。啼いて後、
ショボンは漸次(ぜんじ)体から力の抜けていくのを感じたが、それでも微動だにしなかった。自分が
自分たる為に、又恥じることの無い清らかな決意を示す為に、決して其の翼を畳まなかった。


※動もすれば=とかくなりがちである ※漸次=次第に



 そうして全身の力が抜けきったのを感じると、ショボンは安らかに眠る二人を見た後、山ノ神を見上げ、
最後は天を仰ぎ呟いた。

(´・ω・`)「……こんな夜は、喉が渇く。君もそうだろ? なぁ、デレ」

 答えは無く、迅雷が天を裂いた。瞬間稲光に照らされた山は、併し再び暗闇に包まれる。其処に
最早山ノ神の姿は無かった。

 而して後、寂寥とした景色に雪が降り始める。音も無く、ただ深々と降る泡雪が全てを覆い、白く
染め上げていく。其の皎白(こうはく)な世界には既に誰の影も無い。雪華(せっか)咲き誇る山の夜が、
ただ蕭々(しょうしょう)と更けていく許りであった。


※皎白=真っ白 ※雪華=雪を花に喩えたもの ※蕭々=物寂しいさま



 遠くから鳥の地鳴きが聞こえた。気付けばどうやら眠っていたらしい。僕は手許に広げたままの
本を閉じ、本棚へと仕舞った。何度見たか分からない夢は、自然と溜め息へその姿を変えた。

 あれからもう何年が経っただろうか。必死に駆けてきた僕は、しかし未だに立ち止まることなく
研究に没頭していた。
 かつて彼がそうしてきた様に、今僕もこうして資料を集めては一日中物思いに耽るばかりだ。
ああは為るまいと思っていたのだが、今となっては彼の気持ちが痛いほどよく解った。

 「さて、と……そろそろご飯の時間だお」

 独り言ち、体に染み入る様な入相(いりあい)の鐘を聞きながら、僕は書庫を後にしようと戸に
手を伸ばす。すると力を込めずして不意に扉が開かれ、眼前に夕陽(せきよう)を帯びた小さな
人影が現れた。


※地鳴き=平常の鳥の鳴き声 ※入相の鐘=夕暮れに突く鐘の音
※旭陽=朝日 ※尽瘁=自分を省みず全力を尽くすこと


 「おとーさん、ご飯」
 「……わかった、今行くお」

 人影は斜陽を背に、しかしその顔はまるで旭陽(きょくよう)の様に輝いていた。そうだ、彼女には
未だこれからの未来がある。受けるべき幸福がある。叶えるべき夢がある。そして育むべき愛がある。
だから僕はこの身の限り尽瘁(じんすい)しよう。

 「おとーさんどうしたの? 背中の羽、下がってるよ?」
 「……なんでもないお。さ、お母さんが怒る前に早く行くお」

 次は、この子の為に――



−終−






215 名前: ◆HGGslycgr6 :2007/07/30(月) 00:43:56.18 ID:LwNyU65f0
 やっぱこれ分かりにくいよなぁ。
とにかく全く自重しないで書いたから、読みにくいといわれれば頭を下げるしか無いと言うか……。

 いや、なんというかそろそろブーン系をこうして書く時間も作れなくなりそうだったから
最後に心残りだったことを色々好き放題やりたかったんだ。
 ともあれ、最後まで読んでくれたことは本当に嬉しいです。ありがとう。本当に。


216 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/30(月) 00:49:59.67 ID:zu/zdN6cO
>>215
戦闘シーンもその一つか?


217 名前:<以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/30(月) 00:51:14.42 ID:LwNyU65f0
>>216
そう。ぶっちゃけ若干浮いてたしょ?


218 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/30(月) 00:54:33.80 ID:zu/zdN6cO
>>217
うん。明らかに雰囲気違ってた。
どうしても描いてみたかったのかなぁ、なんて思ってた。

時間が取れなくなるってことは、とうとう自分の夢を実現するのか?


219 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/30(月) 00:59:50.56 ID:LwNyU65f0
>>218
未だ絵も全然描けないし曲作りも納得いかない。夢なんて全然遠いよ。
なんて語ってたらまた別スレが沸騰しそうだな。自重しようか。


220 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/30(月) 01:04:31.90 ID:zu/zdN6cO
>>219
では。いつかまたひょっこり現れるのを、勝手に期待しております。


乙でした。




221 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/07/30(月) 01:08:05.31 ID:PX5/Plke0
うぃ
あなたの作品は大好きだ

これはまだ読んでないんだけどね

最後に…オレも心残りないよう頑張ろうと思った





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