('A`)ドクオが夢を紡ぐようです (http://yutori.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1217773920/)
1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/03(日) 23:32:00.68 ID:AvMP+8JE0
まとめ様。
ttp://vipmain.sakura.ne.jp/518-top.html

絵スレで絵描いてくれた方、有難う御座いました。
がっつり保存させて頂きました。
良い燃料になりました。

2 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/03(日) 23:32:35.98 ID:i+KwejC5O
支援

3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/03(日) 23:33:17.86 ID:AvMP+8JE0
オープニングテーマ:改革がない!

マルクスとマルサスは違う人 どうか気をつけて
マルクスの親父 資本論でマルサス叩き
存外君ら仲悪い
名前だけ格好良い ビルトインスタビライザー
ホワイトカラーエグゼンプションと並ぶ格好良さ

発動せよ神の見えざる手 ケインジアンよ立ち上がれ
スポイルズシステムにより集え 我が思想を共にする者よ
レスリスバーガーレタス抜きで あとスマイル下さい


4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/03(日) 23:34:10.92 ID:Gye1nzsHO
ひさびさきたな
期待支援

5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/03(日) 23:34:19.89 ID:AvMP+8JE0

第6話『ニートじゃないもん!ぎりぎり大学生だもん!』

从 ゚∀从 「ついに追い詰めたぜ歯車王。まさか日本銀行で印刷機に変型しているとはな!」

|::━◎┥「ふふふ。やっと私を探り出しましたかハイン。遅すぎですよ。印刷機としての快感を覚え始めちゃったじゃないですか」

从 ゚∀从 「そのまま印刷機として減価償却されまくって一生を過ごせばいいじゃねーか」

|::━◎┥「いや、それはちょっと……。職業的に使い捨てみたいなところありますし……」

从 ゚∀从 「怪人の分際で何真面目に将来設計考えてんだよ。そう言うのは社会に貢献してからにしろ」

|::━◎┥「怪人だって生きているのです。出来れば失業保険のある仕事につきたいのです」

从 ゚∀从 「失業保険より世界征服を気にしろよ。お前らのアイデンティティそれしかねーじゃんかよ」

|::━◎┥「……今時、世界征服とか……」

从#゚∀从 「なんだよ世界征服悪いかよ!!こっちはなぁ!!こつこつ目指してるんだよ!!地道に株とか買ってんだよ!!
      中国株に手を出して痛い目見たよ!!悪いか!?悪いか!?あぁ!?」

|::━◎┥「あなたが世界征服を目指してどうするんですか」

从 ゚∀从 「目標はでっかく!!エンゲル係数はちっちゃくだ!!」

|::━◎┥「ヒロインがエンゲル係数を気にするとかどーなんですか?それ」

从 ゚∀从 「うるせぇ!どいつもこいつもバカバカ値上げしやがって!!ヒーローだって腹が減るんだよ!!
     内容量減らされるとムカつくんだよ!!」

6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/03(日) 23:35:01.96 ID:AvMP+8JE0

|::━◎┥「ヒロインだって消費者、ですか……そうなのです」
     投資家のエサにされる原油!小麦!格差は広がり、底辺はより底辺へ!」

从;゚∀从 「まぁ……なぁ」

|::━◎┥「私は、ここで本当の好景気を作り出します」

从 ゚∀从 「はぁ?」

|::━◎┥「いくら景気が上向いたと言っても、内需が拡大しなければ意味がないんですよ?わかりますか?」

从 ゚∀从 「はん。だからって日本銀行で印刷機になってどうするつもりだ?」

|::━◎┥「決まってるでしょう!作るんですよ!お金を!現金を!紙幣を!
      作って、作って、作りまくるんです!
      そしてばら撒くのです!
      ニートに!
      フリーターに!
      低学歴に!
      ワーキングプアに!
      後期高齢者医療制度で切り捨てられた老人に!
      この国の内需を拡大させて、本当の好景気を作り出すのですよ!」

7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/03(日) 23:36:13.12 ID:AvMP+8JE0


从 ゚∀从 「この馬鹿が!!」

|::━◎┥「馬鹿はどちらですか!
      派遣規制を緩めたのはどなたですか!?
      後期高齢者医療制度を作ったのはどなたですか!?
      暫定税率がなくならないのは何故ですか!?
      最早、我々が動くしか国民の生活の安定はあり得ないのです!」

从 ゚∀从 「黙れ」

ジャババババババババババ!!!

|::━◎┥「ちょ!!!やめろ!!ガソリンはやめろ!!まくな!!まくなぁああああ!!
      うぉぃ!?何だそのジッポ!!やめろ!!やめっ!!ちょ!!ちょぉおーー!!」

从 ゚∀从 「はん。歯車王!!お前はハンガリーの兄弟の話を知っているか!?」

|::━◎┥「いや、知ってるけど……」

从#゚∀从 「知ってんじゃねーよ!」


('(゚∀゚∩『視聴者!もとい読者の皆様には解説するよ!!
      特別ゲストは五話で大活躍の流石兄弟だよ!!』

8 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/03(日) 23:36:56.16 ID:AvMP+8JE0


(兄 ´_ゝ`)「と言うわけで、父者の遺産がここにあるわけだが。俺はこの遺産をよりニーソックスが好きな方が受け継ぐべきだと思う」

(´<_` 弟)「常識的に考えて山分けだろう。それか一分でも遅く生まれた方が総取りでいいと思う」

(兄#´_ゝ`)「ふざけんな。山分けで行くぞ」

(´<_` 弟)「おk把握した」



(兄 ´_ゝ`)「そんなわけで金が手に入ったわけだが。これはもう酒を買うしかないに決まっているな」

(´<_` 弟)「さてどうしたものか……。この国の将来も不安だしとりあえず貯めておくか」

(兄*´_ゝ`)「酒うめぇwww 頑張れめっちゃ頑張れ俺の肝臓www」

(´<_` 弟)「兄者はちゃんと働いているかな……。心配だ。
        ずさんな性格だから部屋の掃除もまともにしていないんじゃないだろうか……」

(兄 ´_ゝ`)「むぅ……。部屋が酒瓶だらけだ……汚いな……。よし」

(´<_` 弟)「遺産も合わせて蓄えも大分多くなってきたな。これで俺の将来も安泰だな」

(兄*´_ゝ`)「中に水を入れて叩いて遊ぶか。これだけあれば何か一曲くらい演奏出来るだろう」

9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/03(日) 23:37:05.38 ID:K130XCOe0
支援

10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/03(日) 23:38:15.17 ID:NlT0PXhq0
おおぅよりによってこの時間に見つけてしまうとは・・・

支援

11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/03(日) 23:38:38.39 ID:AvMP+8JE0


('(゚∀゚∩『そんな事してる間にハイパーインフレが来たよ!!
      インフレって言うのはお金の価値が駄々下がりしちゃう事だよ!!
      ベビーカーいっぱいのお金でパンを買うとかそんなわけのわからないレベルのインフレだよ!!』

(´<_`;弟)「俺の蓄え全部合わせて買えるのが……たったこれっぽっちのパンだと……?」

(兄*´_ゝ`)「なんだか酒瓶がとんでもない値段で売れるな。うむ。頑張って笑点のテーマを演奏出来るようになっただけある」

('(゚∀゚∩『そんな感じで真面目な弟の蓄えは紙くず同然の価値になり、
      反対に酒飲みの兄の酒瓶が高値で売れて左団扇になったって言う、
      救いも糞もない話だよ!!』

从 ゚∀从 「そんなわけでなぁ!!貨幣の量を増やしたところでインフレが起こるだけで別に国民生活は豊かにならねーんだよ!!
      それどころか金の価値が変わる事によって世の中大混乱だぜ!!」

|::━◎┥「っく……。しかし今我が組織は酷い資金難!ここで私が紙幣を印刷しなければ……!」

从#゚∀从 「結局それが目的じゃねーか!こうしてやる!!食らえ!!」

|::━◎┥「だからライターはやめろぉお!!!」

ドカーン!!

从 ゚∀从 「今日も悪を討ち取ったぜ!!流石美しい私!!」

12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/03(日) 23:39:41.49 ID:AvMP+8JE0


('(゚∀゚∩『ニュースを読むよ!!本日未明、日本銀行が世界征服を企む悪の組織、有限会社【アンニュイ】と
      世界秩序を重んじる正義の組織、株式会社【血祭り】の戦闘行為により大破した模様だよ!!
      復旧費用はおおよそ2000億円が見込まれているよ!!』

从;゚∀从「2000億円て……お前……」


('(゚∀゚∩『次回予告だよ!!』

从 ゚∀从 「世の中にはなぁ!!二種類の人間がいるんだよ!!私と、私以外だ!!」

从 ゚∀从 「……え、私人間か……?」

从#゚∀从「焼き払えぇええ!!」

从 ゚∀从 「大きくなったら、幼女になりたい」





貞子は、繰り返し何度も見たその映像を、豪奢なベッドで無表情に見つめていた。
彼女の冷め切った瞳とは反対に、壁にかけられた大きな液晶テレビは鮮やかにそれを映し出す。
その鮮やかさが、今、自分のいる、赤と黒で統一されたセンスの悪いホテルの部屋に、妙に浮いて感じられて、
なんだか、とてもとても、いかがわしいモノに感じられた。

13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/03(日) 23:40:15.81 ID:PWfXeXQL0
支援

14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/03(日) 23:40:24.21 ID:AvMP+8JE0


だから彼女は、自分の肩が次回予告が終わる頃にはすっかり冷えてしまった事も、
一緒のベッドで、本をめくっている筈のジョルジュの腕が自分に伸びて、そして触れる直前でひたと止まり、
再び本をめくる作業に戻ったことも、気がつかなかった。

川д川「この回……地味」

やっとテレビから視線を離した時に、呟いたその言葉は、
けしてベッドの彼に向けて言った言葉ではなかった。
彼はコトが終わったあとは、あまり彼女に構う事のない人間であったし、
彼女もそれを十分に受け入れていたからだ。

( ゚∀゚)「確かにね。でも、この回は脚本家の先生がオリテキタ回らしいから、
     外ではそーゆー事言わないでね」

しかし、彼はごく自然なトーンで彼女の呟きに応えた。
貞子は驚きに一瞬身体を震わせたが、それを悟らせぬように彼に向き直る。
不自然に長い髪が彼女の首筋をはらはらと伝いシーツと彼女の間に新しい道を作る。

15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/03(日) 23:42:07.21 ID:AvMP+8JE0

川д川「オリテキタ……?」

( ゚∀゚)「よーするに自信作って事よ。でもその先生オリテキタ回ほどこける事で有名だから」

川д川「そうなんですか……。確かに、ハインの派手なアクションを期待している視聴者には、受けないかもしれませんね……」

( ゚∀゚)「そーねー。このオチなんかは俺好きだけどね。貞子はどうなの?このハインはやり辛かった?」

川д川「えっと、内容……と言うよりは、歯車王の方が上手だったので、引っ張って貰えてやりやすかったですね」

( ゚∀゚)「なるほどねー。歯車王かぁ。ああ、ワカッテマス君ね。彼、いいよね。声も評判も。また何かで使いたいなぁ」

川д川「はい。私も是非、ご一緒したいです……」

( ゚∀゚)「え?何。妬けちゃうなぁ。俺みたいなオジサンにはもう興味ないですか?」

川д川「いえ…っ!そう言う意味じゃなくって……」

( ゚∀゚)「っはは。冗談だよ。貞子も、こんなところでまでオベッカ使わなくてもいいのに。
     何?他の相手にもそーやって健気にしてるの?」

川д川「他の……相手?」

( ゚∀゚)「いるんでしょ?こーゆー営業してる相手他にも。全く声優さんは大変だねぇ」

川д川「営業……?」

16 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/03(日) 23:42:29.68 ID:MQGMVl/t0
支援

17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/03(日) 23:43:19.46 ID:AvMP+8JE0

テレビは既に天気と波の高さを全国に伝える番組になっていた。
美人のアナウンサーが無表情に日本地図を背に淡々と雲を操っている。
貞子は、残念ながら賢かったので、アナウンサーの声に紛れた彼のその言葉も、
疑問符をつけて投げ返す頃には、すっかり何もかも納得してしまっていた。

だからその疑問符は、彼女の精一杯の抵抗であったと言える。

( ゚∀゚)「え、何々?別にそこまでとぼけなくてもいいよ。こっちも分かってるんだし」

川д川「ジョルジュさんだけです……。私」

( ゚∀゚)「何それ?事務所の方針?」

彼の声に若干嘲笑うようなトーンが混じる。
二人の男女が裸でベッドの中にいる。
しかしこの男は今、世界中で誰よりも貞子の近くに居るが、ぴったりとくっついている訳じゃない。
冷たく、ざらりとした感触の丈夫な壁が、二人の間には確かに存在していた。
それはジョルジュが望んだ壁であり、貞子の作る不自然な沈黙の分だけ、より強固になる。

絶望が、貞子の喉元から腹にかけて、黒い大きな渦となって、
彼女の内部から、彼女を冷たく硬くしていくのが分かった。

川д川「………。」


18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/03(日) 23:44:09.86 ID:PWfXeXQL0
支援

19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/03(日) 23:44:27.94 ID:AvMP+8JE0

( ゚∀゚)「まあいいや。ところでさ。『女子院生のラマダン』って知ってる?ラノベなんだけど」

川д川「知りません……」

( ゚∀゚)「ああ、そう。まあ、そんなもんだよね。今度さ。アニメ化するんだよ」

川д川「そうですか……それなら原作読んでみます」

( ゚∀゚)「ん。あとで買ってあげるよ。そんなに冊数出てないからすぐ読み終わると思うよ」

川д川「ありがとうございます……」

また、買い与えられるらしい。
ジョルジュは貞子に買い与えるのが面白いらしく、
今までも、画集や漫画や小説、あるいは下着やアダルトグッズまで、
それほど高価ではないが様々なものを、貞子に施していた。

( ゚∀゚)「面白いっちゃ面白いけど、まあ駄作だね。売れ方もそこそこだし。
     変なファンがついてるらしいからアニメ化だって」

川д川「でもそこからメジャーになるかもしれませんし……。アニメが面白かったら」

( ゚∀゚)「面白くするよ。仕事だもん」

さらりと言いのけるジョルジュに、貞子は不覚にも頬が紅潮するのが自覚できた。
彼は確かに有能だった。アニメ監督として失敗した仕事は今まで一つもなかったし、
今回の『経済ヴィーナスハイン様』のヒットで、狭い業界でその地位は更に確かなものとなった。

20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/03(日) 23:45:48.93 ID:AvMP+8JE0

( ゚∀゚)「んで、超面白くするからさ。ラマたんやらない?」

川д川「もしかして主役ですか?」

( ゚∀゚)「そう。一応オーディションやるけどね。
     でも、原作者もさーたんでGOサイン出してるから問題ないと思う」

珍しい事ではない。
彼女が彼にこのような申し出を受けるのは二度目だった。
一度目は、もちろんハイン様の事で、その時はオーディションに是非にと誘われた。
そして彼女はそれを、単なるきっかけとして認識し、主役の座は自分の実力で勝ち取ったものだと、
ほんの数分前までは確かに信じていた。

川д川「オーディションで私より良い人が現れたらどうするつもりですか?」

( ゚∀゚)「現れないよ。視聴者もさーたんのラマたん望んでるっしょ。
     貞子のハイン様、相当評判良いよ?あーゆーざっくざく言う役は嵌ってるかもね。
     ラマたんもそんな感じだから多分良い感じだと思う」

川д川「ありがとうございます……」

しかしその褒め言葉は、彼女の心には届かない。
毎日のように番組名で検索をかけてチェックしている、ネットで彼女を褒め称える言葉も、
今は色を失い形を失い、破片だけが彼女の頭の片隅にバラバラと広がっている。

21 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/03(日) 23:47:40.87 ID:/wF4QPeGO
支援

22 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/03(日) 23:47:43.13 ID:AvMP+8JE0

『枕営業』

彼女が、互いの好意を擦り合ったと信じた儀式が、
下賎な価値に汚されて、憧憬の道端に放り投げられるのを感じた。

放り投げたのは貞子自身で、
汚くなったそれを再び抱きしめて、慈しんでやる気はない。

( ゚∀゚)「どうしたの?テンション低いね?」

仕事を与えてやったのだから感謝しろ、と言外に彼が要求している。
しかし、貞子はあえてそれに逆らい、ベッドから降りると何も身に纏わぬまま身体を伸ばした。

( ゚∀゚)「貞子さぁ。身体の線綺麗だよね。特に胸」

川д川「ありがとうございます」

学生時代、男子生徒からはジロジロと不躾な視線を浴びせられ、
女子生徒からは生意気だと言われ押しのけられ蹴られた胸だ。

( ゚∀゚)「顔も可愛いのに。どーしてそんな髪してんの?
     綺麗にしてもっと前に出てったらファンも増えるよ?」

艶の少ない、あまり手入れをされていない髪の毛に隠された貞子の顔は、
確かに決して不細工ではなかった。

23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/03(日) 23:48:36.86 ID:AvMP+8JE0

しかし、その豊か過ぎる黒髪が彼女の全てを隠していた。
幼い頃、彼女の親は彼女の外見には頓着しなかった。
だから、幼い頃彼女は、伸びてきた髪を自分の手で切っていた。
髪が散らかって怒られる事がないように、
また他の人に咎められる事のないように、
人気のない夜に、近所の公園に赴き、
街灯の光を頼りに、小さな小さな文房具の鋏で、
自分の髪を切り裂いていく。

だが、その髪型を、ある日小学校で男のようだと笑われた。
それ以来、髪の毛は切っていない。

順調に伸びた髪は、彼女の顔を隠していった。
髪の毛が彼女を世界から隠したように、
世界もまた彼女から隠された。
髪の毛の隙間から窺うおぼろな視界では、
人の目をまともに見ずに済んだ。

その所為で学生時代はろくに友達も出来なかった。
更にその髪の毛でも隠しきれなかった胸で、周りの不況を買った。

その後高校を卒業し、養成所に進むと貞子は埋没した。
彼女の髪型を問題としない、個性の強い人間が多かったからだ。
しかし今まで人付き合いの経験のない貞子は、そこでも孤立した。
それは彼女の、突出した才能の所為もあったかもしれない。
実力重視で、極めて門の狭い世界だ。
皆、彼女を遠巻きにした。


24 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/03(日) 23:51:05.26 ID:AvMP+8JE0

川д川「私、人前に出られません……。
    自信、ありませんから……」

( ゚∀゚)「ふぅん。勿体無いなぁ。事務所からは何も言われないの?」

散々言われている。
マネージャーに美容院に連れて行かれたことは一度や二度ではない。
その度に店の前で大泣きをして駄々を捏ね、散々周りに迷惑をかけ、どうにか長い髪を守っている。
ならばせめて前髪を分けてくれと、可愛らしい髪留めやらピンやらを買ってきた事もあったが、
今更、世界と自分を遮断する大事な壁を、取っ払う事など彼女には考えられなかった。

川д川「別に……。それよりもここ、防音のホテルでしたよね?歌ってもいいですか?」

( ゚∀゚)「え?」

彼の答えを待つ事なく、彼女はアカペラで歌い始めた。

−夢見たものは
 ひとつの幸福−

( ゚∀゚)「何それ?裏声?合唱の曲?」

貞子は続ける。

−ねがつたものは
 ひとつの愛−


25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/03(日) 23:52:03.87 ID:AvMP+8JE0

ジョルジュは、歌い続ける貞子に尋ねるのを諦め、
彼女の歌を聴くためにベッドに座り直した。

−山なみのあちらにも しづかな村がある
 明るい日曜日の 青い空がある
 日傘をさした 田舎の娘らが 
 着飾って 唄をうたつてゐる−

彼女が歌うのをやめたのを確認すると、ジョルジュは軽い拍手を送った。
恐縮したように貞子は会釈を返す。

( ゚∀゚)「何の歌?」

川д川「合唱曲です。高校時代にクラスで歌った事があって……。
    本当は4パート必要なんですけど……」

( ゚∀゚)「ふぅん。綺麗だね。貞子、普通に歌うのも上手いけど裏声も上手なんだね。知らなかった」

川д川「そんな……。歌は自信ありません」

それどころか、
演技も自信ありません。
顔も自信ありません。
声も自信ありません。

頭の中に自分を卑下する言葉が次々と浮かぶ。

26 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/03(日) 23:53:08.82 ID:AvMP+8JE0

それなのに、
声を出す事に、
こんなにも飢えていて、
ごめんなさい。

皮肉な笑いが、彼女の内側から沸きあがって来た。
彼女はそれを喉元に押し留めて彼に言う。

川д川「ジョルジュさん……」

( ゚∀゚)「ん?」

川д川「ラマたんのオーディション、私、全力を尽くしますから」

真面目だねぇ、と。
呆れた声でジョルジュは言った。

昔は、自分の心をどこか遠くに運んでくれる、読書が好きだった。
やがてその文字を口に出してみると、その感覚はますます強まった。

人と、情愛を上手く重ねる事は出来なかったけれど、
声を出して何かを紡ぐと、そこに新しい世界が生まれた。

とても幸福な事に、その世界に今、他人を引っ張り込む仕事をしている。
彼に感じた、恋慕も、飢えも、その快楽に比べたら何て事はない。

27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/03(日) 23:55:51.07 ID:pYdoc9bn0
支援

28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/03(日) 23:56:28.14 ID:AvMP+8JE0


そう、何て事はないのだと、
賢い彼女は、思うことにした。


だって、カーテンすら締め切った部屋で歌った愛は、
思いの他、心地よかったのだ。




( <●><●>) 「すいません。お話はありがたいんですが」

( ゚∋゚)「これ言うの何度目かわかんないけどさ。考えてみる気にもならない?」

そこはファミリーレストランの事務所だった。
ウェイターの制服に身を包んだワカッテマスは、
スーツをラフに着崩したクックルと和やかではない雰囲気で言葉を交わしている。
クックルはこのファミリーレストランの店長で、
ワカッテマスよりは年下だがこの店の最高責任者であった。

( <●><●>) 「申し訳ないです。他にも仕事があるので、シフト希望出せないのはきついです」

( ゚∋゚)「なんだっけ?役者だっけ?君もいい年なんだしさぁ。
     いつまでも夢見てないで、親御さん安心させてあげる気はないの?」

( <●><●>) 「店長、休憩終わるんで失礼します」

( ゚∋゚)「あ、ちょっと……っ!」

29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/03(日) 23:57:31.74 ID:AvMP+8JE0

ワカッテマスはくるりと背を向けると、レストランのホールに向かった。
クックルは話し足りない様子で彼の背中を見送り、そしてため息を一つ吐いた。
一方ワカッテマスは、自分にしか聞こえない声で、ぼそりと悪態をつく。

( <●><●>) 「人手が足りないのはワカッテマス……」

ほんの昨年入社したばかりの正社員が一人、激務に根を上げて退職したのが先月。
更に数日前、恋愛関係のイザコザでベテランを含めたバイト3人に同時に辞められた。

絶望的に人手が足りないのだ。

バイト経験が長く、最早社員の仕事もある程度把握しているワカッテマスを正社員に迎え入れられれば、
店の都合でシフトを決める事が出来る人数が一人増える上、社員として一から教育する手間も省ける。

別にクックルは、ワカッテマスの両親を安心させるために申し出ているわけではない。
もっとも、ワカッテマスは高校卒業時に声優を目指すと言って上京したきり、実家とは一度も連絡を取っていなかった。

( <●><●>) 「休憩終わりました」

( ノAヽ)「お帰りなさい。ああ、ワカッテマスさん午後からはホールなんですね。助かります。
       今日の語尾は『もふ』でお願いします」

( <●><●>) 「私がヤバい方に回されてるのはワカッテマス。語尾把握しました。また言い辛いのが来ましたね」

( ノAヽ)「ええ。新人が多い時は『にゃ』か『にょ』にしとけってあれだけ店長に言ってるんですけどね。
       どうしても『もふ』の気分だって聞かなくて……」

バイト仲間が大げさに顔をしかめた時に、呼び出しチャイムがキッチン内に響いた。

30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/03(日) 23:58:16.35 ID:AvMP+8JE0

( <●><●>) 「行って来ますもふ」

( ノAヽ)「お願いしますもふ」

ワカッテマスはベテランバイト同士でしか分かり合えない憂鬱を感じながら、
チャイムを鳴らしたテーブルに向かった。
彼のシフトは、今日はあと6時間ほど残っていた。

( <●><●>) 「失礼しますもふ。大変お待たせいたしましたもふ」

('A`)「じゃあ、これ約束の……。ハイン様6話のデータ入ってるから」

( ´_ゝ`)「おぉおおお!!ありがとうソウルブラザー!!6話はどうだ?いつも通り面白いか?」

('A`)「うーん……。それが正直地味なんだよね。敵役の声優も無名だし……」

(´<_` )「歯車王か?俺は良いと思うぞ?」

客は雑談に夢中でこちらに気付いている様子がない。
その会話の内容にワカッテマスの鼓動は一瞬跳ね上がるが、
顔には全く出すことなく、ワカッテマスは再度声をかける。

( <●><●>) 「お客様。失礼致しますもふ」

(´<_`;)「あ、すいません。今日の語尾は『もふ』なんですね。シフト入ってなくて良かった……」

( <●><●>) 「弟者君。来てたのはワカッテマスもふ。今からシフトに入ってくれるんですねもふ。」

31 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/03(日) 23:59:00.59 ID:i+KwejC5O
支援

32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/03(日) 23:59:56.21 ID:AvMP+8JE0

(´<_` )「嫌です。今日炎上シフトじゃないですか。ホールに新人三人同時に入ってるの知ってるんですよ」

('A`)「あれ?弟者ここでバイトしてるの?」

(´<_` )「ああ、学校から近いからな。時給も悪くない」

( ´_ゝ`)「弟者がバイトしてるお陰で安く食えるんだ。感謝しろよ」

(´<_`#)「黙れただ飯食らい。兄者もいい加減バイトしろ」

( <●><●>) 「ご注文はお決まりでしょうかもふ」

(´<_` )「ワカッテマスさん。今日キッチンに店長入ってます?」

( <●><●>) 「店長は裏ですもふ。キッチンに入ってないのはワカッテマスもふ」

(´<_` )「ふむ。なら『餓死したくない気持ちで作ったハンバーグセット』で」

( <●><●>) 「店長がいない時は2割り増しで大きくなるのはワカッテマスもふ」

('A`)「あ、じゃあ俺もそれで」

( ´_ゝ`)「俺は『マンゴーとカスタネット夢の競演パフェ』で」

(´<_` )「飯を食え兄者」

(;´_ゝ`)「だってマンゴーとカスタネットが……っ!!」

(´<_` )「ワカッテマスさん、こいつのは適当で良いです。なんか余ってるやつで」

33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/03(日) 23:59:58.03 ID:A3sL9sGR0
弟者がにゃっていってたのはコレだったのかww支援

34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:00:56.24 ID:1oLo5P+F0

( <●><●>) 「畏まりましたもふ。少々お待ち下さいもふ。メニューお下げしてよろしいですかもふ」

(´<_` )「はい。大丈夫です。頑張って下さいね」

( <●><●>) 「ありがとう。あと私は6話、悪くないと思いますよ」

(´<_`;)「え。アニメとか見てるんですか」

( <●><●>) 「意外なのはワカッテマス」

('A`)「うーん……。そう言えば歯車王の声になんとなく似てません?」

( <●><●>) 「……気のせいですよ」

ワカッテマスのシフトはあと、5時間と55分ほど残っていた。

それから『気まぐれ牝牛の生殺しハンバーグ』を運ぶ途中にふと、
今月はまだ、声優としての仕事を一度もしていない事に彼は気がついたが、
それは忙しくなるにつれ、段々とどうでも良くなっていった。

とにかくホールを回さなくては。
お客様を、お待たせしてはいけない。




( ノAヽ)「ワカッテマスさん。お疲れ様でした」

( <●><●>)「ノーネ君。お疲れ様でした。何とか乗り切る事が出来ましたね」

35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:01:17.57 ID:KchNMG0P0
ノーネとはまた珍しい

36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:01:40.48 ID:1oLo5P+F0

( ノAヽ)「ええ。クレーム2つ同時に入った時はどうしようかと思いましたが、無事終わって何よりです」

( <●><●>) 「はい。それじゃあ、私は帰らせて頂くのです」

( ノAヽ)「あの!!ワカッテマスさん?」

( <●><●>) 「何ですか?」

( ノAヽ)「その…えっと、これから一緒に、カラオケ行きませんか?」

( <●><●>) 「え?」

( ノAヽ)「なんか、今ね。自分、歌わないと死にそうなんです」

もし暇があれば、とノーネは続けて。こちらをじっと見つめている。
ワカッテマスは、今月は一度も声の仕事をしていない事を、再度思い出す。

( <●><●>) 「いいですね。行きましょう」

( ノ∀ヽ)「本当ですか!?良かった。実は駄目元で誘ったんですよ。ワカッテマスさんいつも忙しそうだから」

( <●><●>) 「忙しそうな振りをしているだけですよ」

どんなに忙しくオーディションに出向いても、
役を勝ち取る事が出来なければそれは徒労に過ぎない。

( ノ∀ヽ)「あはは。面白いこと言いますね。
       それじゃあ、早速行きましょう?
       自分、割引券持ってるんで」

37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:02:48.39 ID:1oLo5P+F0

( <●><●>) 「ええ」

ノーネが嬉しげに鞄を背負いなおしてワカッテマスを急かす。
ワカッテマスは、誰かと一緒にカラオケに行くのは実に数ヶ月ぶりだった。



個室に案内された途端、ノーネは曲を入れる事なくじっと自分の膝を見つめていたから、
ワカッテマスはその時点で、歌う事をおおよそ8割程あきらめた。

( <●><●>) 「歌わないんですか?」

せめてもの足掻きにそう尋ねるが、ノーネはワカッテマスが予想した通りの返事を返す。

( ノAヽ)「実は……ワカッテマスさんに相談があるんです」

( <●><●>) 「あなたがそう言うのはワカッテマス……」

( ノAヽ)「話を聞いてもらえますか?」

逃げられない個室に連れ込んでおいてその理屈はないだろう、と。
フードメニューを眺めながらワカッテマスは思う。

( <●><●>) 「私でよければ……」

( ノ∀ヽ)「良かった!ごめんなさい。自分、他に相談出来そうな人思いつかなくって…」

38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:03:49.17 ID:1oLo5P+F0

この時、ワカッテマスが心の底から感じたのは、
お願いだからバイトを辞めるとは言い出さないでくれ、と、ただそれだけだった。

( ノAヽ)「あの……自分、実は声優の養成所に行こうと思ってるんですよ」

( ;<●><●>)「ぶほぉ!?」

彼は噴出す。
まだ飲み物が来ていなくて良かった。むやみに汚さずに済んだ。
しかし何故ばれたのだ。誰にも言っていないはずなのに。
と、そこまで考えた時点で、ノーネが、ずいと迫ってくる。

( ノAヽ)「それで……あの、一緒に声優目指しませんか!?」

( ;<●><●>) 「そう来るのはワカッテマス!!!!」

大嘘だった。

そして彼の大声に誘われたのか、店員がドリンクを持って入室して来る。
オレンジジュースとウーロン茶を置いて爽やかな笑顔を残して部屋を去る店員。
残された気まずい沈黙と手付かずのリモコンとマイク。

(;<●><●>) 「歌っても、いいですか?」

( ノAヽ)「え?」

( <●><●>) 「カラオケなので、歌いますよ?私」

( ノAヽ)「あの……相談……」

39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:04:42.22 ID:3/7eK+KZ0
支援

40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:05:12.37 ID:B3XEApHKO
相変わらず面白いな支援

41 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:05:28.96 ID:1oLo5P+F0

( <●><●>) 「声優を目指すなど死んでもやめなさい」

タッチパネル式のリモコンで曲を選びながら屹然とした声で言い放つ。
今まで28年生きてきて、初めて自分の経験が人様の役に立ったと思った瞬間だった。

( <●><●>) 「ろくな事になりませんよ?」

(;ノAヽ)「厳しいってわかってます!!でも!!」

1曲、2曲、3曲。ワカッテマスは次々に曲を入れる。
それらは全て、女性ボーカルのアニメソングだった。
空気を読まない前奏が大音量で始まる。
もちろんそれは原曲キーだった。

( <●><●>) 「私、マイク使わない主義なんです」

( ノAヽ)「はぁ……」

( <●><●>) 「どうして声優になりたいんですか?」

( ノAヽ)「えっと…その……憧れで」

( <●><●>) 「甘い!!」

曲はもう歌パートに入っていた。
画面に流れ続ける歌詞を無視して会話は進む。

否、進んでいない。

42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:06:45.97 ID:KchNMG0P0
支援


43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:07:28.54 ID:mfnMrcqu0
支援

44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:07:36.48 ID:1oLo5P+F0

( <●><●>) 「拙者親方と申すは御立会の内に御存知の御方も御座りましょうが、御江戸を発って二十里上方、相州小田原一色町を御過ぎなされて、青物町を上りへ御出でなさるれば、欄干橋虎屋藤右衛門、只今では剃髪致して圓斎と名乗りまする。
元朝より大晦日まで御手に入れまする此の薬は、昔、珍の国の唐人外郎と云う人、我が朝へ来たり。
帝へ参内の折から此の薬を深く込め置き、用ゆる時は一粒ずつ冠の隙間より取り出だす。依ってその名を帝より「透頂香」と賜る。
即ち文字には頂き・透く・香と書いて透頂香と申す。
只今では此の薬、殊の外、世上に広まり、方々に偽看板を出だし、イヤ小田原の、灰俵の、さん俵の、炭俵のと色々に申せども、平仮名を以って「ういろう」と記せしは親方圓斎ばかり。
もしや御立会の内に、熱海か塔ノ沢へ湯治に御出でなさるるか、又は伊勢御参宮の折からは、必ず門違いなされまするな。
御上りなれば右の方、御下りなれば左側、八方が八つ棟、面が三つ棟、玉堂造、破風には菊に桐の薹の御紋を御赦免あって、系図正しき薬で御座る。
イヤ最前より家名の自慢ばかり申しても、御存知無い方には正真の胡椒の丸呑み、白河夜船、されば一粒食べ掛けて、その気味合いを御目に掛けましょう。
先ず此の薬を斯様に一粒舌の上に乗せまして、腹内へ納めますると、イヤどうも言えぬわ、胃・心・肺・肝が健やかに成りて、薫風喉より来たり、口中微涼を生ずるが如し。
魚・鳥・茸・麺類の食い合わせ、その他万病即効在る事神の如し。
さて此の薬、第一の奇妙には、舌の廻る事が銭ごまが裸足で逃げる。ヒョッと舌が廻り出すと矢も盾も堪らぬじゃ。
そりゃそりゃそらそりゃ、廻って来たわ、廻って来るわ。
アワヤ喉、サタラナ舌にカ牙サ歯音、ハマの二つは唇の軽重。
開合爽やかに、アカサタナハマヤラワ、オコソトノホモヨロヲ。
一つへぎへぎ、へぎ干し・はじかみ、盆豆・盆米・盆牛蒡、摘蓼・摘豆・摘山椒。 書写山の社僧正、小米の生噛み、小米の生噛み、こん小米のこ生噛み。 繻子・緋繻子、繻子・繻珍。
親も嘉兵衛、子も嘉兵衛、親嘉兵衛・子嘉兵衛、子嘉兵衛・親嘉兵衛。
古栗の木の古切り口。 雨合羽か番合羽か。
貴様が脚絆も革脚絆、我等が脚絆も革脚絆。
尻革袴のしっ綻びを、三針針長にちょと縫うて、縫うてちょとぶん出せ。
河原撫子・野石竹。 野良如来、野良如来、三野良如来に六野良如来。 一寸先の御小仏に御蹴躓きゃるな、細溝にどじょにょろり。
京の生鱈、奈良生真名鰹、ちょと四五貫目。
御茶立ちょ、茶立ちょ、ちゃっと立ちょ。茶立ちょ、青竹茶筅で御茶ちゃっと立ちゃ。
来るは来るは何が来る、高野の山の御柿小僧、狸百匹、箸百膳、天目百杯、棒八百本。
武具、馬具、武具馬具、三武具馬具、合わせて武具馬具、六武具馬具。
菊、栗、菊栗、三菊栗、合わせて菊栗、六菊栗。 麦、塵、麦塵、三麦塵、合わせて麦塵、六麦塵。
あの長押の長薙刀は誰が長薙刀ぞ。
向こうの胡麻殻は荏の胡麻殻か真胡麻殻か、あれこそ本の真胡麻殻。
がらぴぃがらぴぃ風車。
起きゃがれ子法師、起きゃがれ小法師、昨夜も溢してまた溢した。

45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:08:31.46 ID:1oLo5P+F0

たぁぷぽぽ、たぁぷぽぽ、ちりからちりから、つったっぽ、たっぽたっぽ一丁蛸。
落ちたら煮て食お、煮ても焼いても食われぬ物は、五徳・鉄灸、金熊童子に、石熊・石持・虎熊・虎鱚。
中でも東寺の羅生門には、茨木童子が腕栗五合掴んでおむしゃる、彼の頼光の膝元去らず。
鮒・金柑・椎茸・定めて後段な、蕎麦切り・素麺、饂飩か愚鈍な小新発知。
小棚の小下の小桶に小味噌が小有るぞ、小杓子小持って小掬って小寄こせ。
おっと合点だ、心得田圃の川崎・神奈川・程ヶ谷・戸塚は走って行けば、灸を擦り剥く三里ばかりか、藤沢・平塚・大磯がしや、小磯の宿を七つ起きして、早天早々、相州小田原、透頂香。
隠れ御座らぬ貴賎群衆の、花の御江戸の花ういろう。
アレあの花を見て、御心を御和らぎやと言う、産子・這子に至るまで、此の外郎の御評判、御存じ無いとは申されまいまいつぶり、
角出せ棒出せぼうぼう眉に、臼杵擂鉢ばちばちぐわらぐわらぐわらと、羽目を外して今日御出での何れも様に、上げねばならぬ、売らねばならぬと、息せい引っ張り、東方世界の薬の元締、薬師如来も照覧あれと、ホホ敬って外郎はいらっしゃいませぬか」

(;ノAヽ)「ワカッテマスさん!?」

( <●><●>) 「外郎売りです。声優を目指すなら一度は口に出す事になるのはワカッテマス。
       ……ほら、虚しいでしょう?」

(;ノAヽ)「はい?」

( <●><●>) 「夢とは、虚しいものなのです」

(;ノAヽ)「………」

BGMと化していた空オーケストラがサビへと突入する。
ワカッテマスは、ハイトーンで歌いだした。

( <●><●>) 「一万年と二千年前から愛してるぅうううう♪」

46 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:10:08.51 ID:1oLo5P+F0

(;ノAヽ)「自分……声優、諦めます……」

( <●><●>) 「一億とぉおお二千年経っても愛してるぅううう♪」

( ノAヽ)「自分も、曲入れますね……」

( <●><●>) 「そうです。カラオケは歌うところなのはワカッテマス」

ノーネもタッチパネル式のリモコンを手に取る。
重ねて予約される曲は全てオタク向けの選曲だった。
ワカッテマスも歌うのを中断すると、
内戦電話を手に取って、酒とつまみを注文する。

( ノAヽ)「自分ね。さーたんに会いたかったんですよ」

( <●><●>) 「もしかして貞子さんですか?ハイン様の」

(*ノAヽ)「やっぱり分かりますか?そうなんですよぅ。ハイン様ですっかりファンになっちゃって……。
       彼女、絶対表には出てこないじゃないですか。それで、自分もいつまでもフリーターなんかやってないでですね。
       こう、声優として一花咲かせればさーたんに会えるかなって……」

ワカッテマスは収録の時に顔を合わせた貞子の事を思い出す。
鬱陶しく髪を伸ばした彼女は、終始自信がなさそうに、おどおどとしていたが、
マイクの前に立つ時だけは、背筋が伸び、驚くほど澄んだ声を出すのだ。

横に立つワカッテマスは、そんな貞子に大いに刺激される事となった。
自然と気合が入り、おかげで歯車王は自分でも満足のいく出来となった事には素直に感謝している。

47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:10:22.66 ID:N9QGfOyc0
支援

48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:11:13.96 ID:1oLo5P+F0

しかし、彼女に関する不名誉な噂も同時に頭をもたげた。
曰く、『ハイン様』はアニメ監督との枕営業により勝ち得た仕事だと。

正直、声優の仕事は枕をしてまで手に入れる程、ギャラを貰えるわけではない。
リスクに対してリターンが少なすぎる、と言うのがワカッテマスの認識だったが、
単なる噂に過ぎないと一笑に付すには、信憑性の高すぎる話でもあった。

何故なら、他ならぬワカッテマス自身が、
収録の後に連れ立って、ホテル街の駅に降りる二人を見てしまったからである。

電車の中でまず貞子を見かけ、声をかけようと思った瞬間に隣に居た監督にも気がついた。
これはどうしたものかと思案しているうちに二人はその駅で降りてしまった。

この事は誰にも言っていない。きっと誰かに漏らした瞬間に業界中に広まるだろう。

また、こうも考える。成人した男女だ。
口さがない人間の噂など関係なく、純粋な気持ちで肉体関係を結んでいるに過ぎないのかもしれない。

あるいは、その駅で降りたのは全く別の理由であり、
噂されているような事実は何一つない可能性だってもちろんあるし、
あれはワカッテマスの見間違いではない、とは証明出来ない事柄でもある。

( <●><●>) 「さーたん……ですか」

疑惑が、ワカッテマスの頭の中で渦巻いている。
だがこのような話は、人気の出てきた女性声優になら、多かれ少なかれ誰にでも付きまとう事である。
それがどうしてこんなにも気になってしまうのだろう。
自分で疑惑の現場を目撃したから? 


49 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:12:01.88 ID:1oLo5P+F0

いや、違う。

それ以上に、彼女に声優としての才能と、
強烈な嫉妬を、感じているからだった。

( ノAヽ)「あの、もしかして、ワカッテマスさんも声優を目指したこと、あるんですか…?」

( <●><●>) 「はい。一度や二度じゃありませんよ」

ノーネが、何ともいえない気の毒そうな顔でワカッテマスを見る。

( ノAヽ)「そうですか。結局声優になれなくて、フリーターを続けているんですね」

( <●><●>) 「そう思われるのはワカッテマス……」

実は明日、新たなオーディションを控えている事を、ワカッテマスはノーネに伝える事はなかった。
自分が声優と呼ばれる立場である事を、声優と言う仕事に夢を見ているノーネに教える事はないだろうと判断したためだ。

その日は二度の延長を重ねておおよそ五時間、男二人のオタ曲カラオケ大会は続いた。


50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:12:50.92 ID:1oLo5P+F0



そこは、太陽を隠したほの暗い海の上だった。
ワカッテマスは最初、ゆらゆらと揺れる足元に地震を疑い、
自らの住むアパートの老朽化に恐怖と、一種の諦めを覚えた。
しかし徐々に目が暗さに慣れてくると、
彼は優しい波の揺りかごの上に自分が立っている事に気付く。
何故かその足は海の中に沈んでいく事なく、水面に留まっている。

( <●><●>) 「これが夢なのはワカッテマス……」

日の入りの直前か直後であろうか。
遥か水平線では太陽の存在を予感させる弱弱しい光が、
彼が見渡せる中の、ほんの少しの空を薄紅色に染めていた。

−つひに自由は彼らのものだ
 彼ら空で恋をして
 雲を彼らの臥所とする
 つひに自由は彼らのものだ−

その時ワカッテマスは、静寂を埋める波の音の隙間に、
確かに、小さな小さなその歌声を聞いた。

('A`)「どうも…」

その貧相な男は突然現れた。
ワカッテマスが歌声の元を探すため、
ぐるりと首を巡らせて、そして戻す瞬間には、
男はワカッテマスの正面に立っていた。

51 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:13:51.69 ID:1oLo5P+F0

( <●><●>) 「あれ…?あなた、どこかでお会いした事……」

−つひに自由は彼らのものだ
 太陽を東の壁にかけ
 海が夜明けの食堂だ
 つひに自由は彼らのものだ−

そこまで問いかけた時点で、ワカッテマスは歌声の正体に気がついた。
声をかけてきた貧相な男がその腕に抱えている、西瓜程の大きさの真っ黒な球体。
その曖昧な物体から、澄んだ女性の歌声が辺りに響いていた。

('A`)「俺は夢の案内人。この不確かで儚い世界の唯一の道しるべになりましゅぅぁ」

( <●><●>) 「噛んだのはワカッテマス」

(;'A`)「噛んでないもん!」

−つひに自由は彼らのものだ
 太陽を西の窓にかけ
 海が日暮れの舞踏室だ
 つひに自由は彼らのものだ−

男が噛もうとも歌声は続く。
そしてワカッテマスも、男が声を荒げた瞬間に、男の事を思い出す。

( <●><●>) 「あなたが弟者君と一緒にうちの店に来てたのはワカッテマス」

52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:13:52.59 ID:6wdyJQ5Q0
しえ

53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:14:30.91 ID:1oLo5P+F0

('A`)「早速バレた……。なんか、もういいや……」

(;<●><●>) 「え!?ちょっと!」

男は憔悴し切った様子で、足元の水を二度三度かかとで弄ぶと、
霧が、風に紛れるように、消えてしまった。
しかし、歌声が波音に紛れる事がはない。
その真っ黒い球体は、男が消えると硬い水音を立ててワカッテマスの足元に落下する。

−つひに自由は彼らのものだ
 彼ら自身が彼らの故郷
 彼ら自信が彼らの墳墓
 つひに自由は彼らのものだ−

ワカッテマスは恐る恐る、その歌声に手を伸ばす。
触れるとそれは、よくよく知った感触だった。
反射的に襲ってきた嫌悪感に、思わず体が固まる。

( <●><●>) 「髪の毛……の固まり……?」

−つひに自由は彼らのものだ 
 一つの星をすみかとし
 一つの言葉でことたりる
 つひに自由は彼らのものだ−

水面に、無様に波で遊ぶその髪の毛が、
存在を主張するように歌声を張り上げる。
その禍々しい物体は、殊更に美しい声で、
ワカッテマスを戸惑わせる。

54 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:15:51.06 ID:1oLo5P+F0

( <●><●>) 「鴎、ですね……。三好達治ですか」

よくよく聞くとその歌は、ワカッテマスの知っている曲だった。
有名な合唱曲で、本来ならば、男声、女声合わせて4パートで歌われる曲だが、
歌声は、たった一人で旋律だけを追いかけている。

−つひに自由は彼らのものだ 
 朝やけを朝の歌とし
 夕やけを夕べの歌とす
 つひに自由は彼らのものだ −

それで歌は、終わりらしい。
髪の毛は、沈黙した。

その時になって、ワカッテマスは気がついた。
遥かな水平線から太陽が覗いている。
夜が、明けたらしい。

まどろみを醒ます朝焼けの光に、
髪の毛が徐々に小さくなっていく。
否、どうやら徐々に絡み合った髪の毛がほぐれて、
波に浚われているらしかった。

光を粒にしては空に返す波の間に、
うごめく黒い髪の毛が見える。
男に抱えられている時は、西瓜ほどあった髪の毛の塊が、
もう、ほんの魚の目玉ほどしかない。

55 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:17:01.34 ID:B3XEApHKO
レス長すぎて携帯から見れなくなったw
支援

PCかファイルシーク通すか

56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:17:26.52 ID:1oLo5P+F0

( <●><●>) 「もう、歌わないのですか?」

ワカッテマスが問いかける間に、
髪の毛は、すっかりほどけてしまっていた。

ワカッテマスの足の周りには、
波と共に、数本の髪の毛が絡みついていた。



妙な夢を見た。
早朝。閉じた瞼の向こうに、朝の光を感じた貞子は、
夢の余韻が消えぬよう、目を開けずに暫しベッドで動かないでいた。

夢の中で、彼女は真っ黒な繭の中に居た。
耳を澄ますと大好きな波の音が聞こえる。
繭は柔らかく貞子をいたわり、揺り篭のように優しく揺れた。
この場所は、きっと貞子の全てを許すものだけで出来ている。
嬉しい。とても嬉しくなって、貞子は歌い出す。

それは、いつだって貞子の背に見えない翼を与えた自由の歌。
その脆弱な翼は、貞子を寂しさから解き放って高い高い空へと導く。
空には、寂しさなどはない。そこには、誇り高き孤独だけがあった。
真夜中に、川原へと赴いてその歌を歌ったのは、
高校時代、彼女の耳にクラスメイトにより強制的にピアスの穴が空けられたその日だった。

そうやって彼女の世界は、
彼女の現実が鈍く光を失うだに、
色鮮やかに透き通って行く。

57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:19:22.47 ID:1oLo5P+F0

夢の終わりは、あまりにも呆気ないモノだった。
貞子が歌い終わってしまうと、
真っ暗で、何も見えなかった繭の中に徐々に光が差し込んできた。
繭の、至るところに隙間が出来ている。

それと同時に繭の中には、明け方の空の色をした水が白い泡で飾りながら、
徐々に流れ込んでは、貞子の身体を溶かしていった。

もうすっかり繭もほぐれてしまって、
このままでは貞子も、完全に溶かされてしまう。

貞子は、
彼女の細く長い四肢が、
火のついた蝋燭のように、
溶け切ってしまった時に、
誰かの声を聞いた気がした。

その瞬間に目が覚めた。

刹那。
僅かに残った夢の香りを必死に嗅ぎ取ろうとしていた貞子を現実に戻すべく、
有名なクラシックの曲に設定された携帯のアラームが鳴る。

貞子は反射的に充電器と繋がったままの携帯を手に取りその音楽を止めると、
今日の予定を頭の中で反芻しながらベッドを降りて洗面所に向かった。

58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:20:35.98 ID:1oLo5P+F0

川д川「オーディション……頑張らなきゃ」

ジョルジュに買い与えられたあの日から、原作の小説は何度も何度も読み返した。
雑誌にしか掲載されていない作者のインタビューなども探し出して全て読み漁った。

そんな事をしなくても、自分が主役の座を勝ち取るだろう事は貞子は理解していたが、
彼女はその努力をせずにはいられなかった。

そもそも『経済ヴィーナスハイン様』の役が決まった時も、
彼女は同じように努力をした。経済の勉強をするためには大学にまで赴いて講義を聴いた。

歯を磨きながら、頭の中で主人公を躍らせる。
どうすれば彼女が、私の世界で魅力的に羽ばたいてくれるのだろうか――




( <●><●>) 「貞子さん。お久しぶりですね」

オーディション開始20分前。
声優数十人がひしめいている控え室で、ワカッテマスは貞子の姿を認めると迷うことなく声をかけた。

川д川「あ……ワカッテマスさん」

貞子はビクリと肩を震わせてそれに応える。
二人ともその手には、課題台詞の印刷された紙が握られていた。

( <●><●>) 「貞子さんもこのオーディションに参加されてたんですね。また、競演出来ると嬉しいです」

59 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:22:16.52 ID:1oLo5P+F0

貞子の顔にかかっている髪の毛の所為でワカッテマスは彼女の表情を窺う事は出来ない。
声をかけたのは迷惑だったろうか、という考えが頭に浮かぶ。

川д川「私も……ワカッテマスさんと、またご一緒したいです。歯車王……素敵でした」

( <●><●>) 「ありがとうございます。私も貞子さんのハイン様は素晴らしかったと思いますよ。お互い、頑張りましょう」

川д川「はい」

( <●><●>) 「それじゃあ、また」

社交辞令の応酬のような会話だったが、それは心から思っている事であった。
ワカッテマスは自分のモチベーションが上がるのを感じて、もう何十分も前に頭に叩き込んだ課題台詞の紙に再度視線を落とす。

控え室の緊張は否が応でも高まり、誰かを蹴落とすための静かな闘争心が部屋を満たし始める。
心臓がより一層熱く血を全身に送り出すのを感じた。

自分はプロだと、落ち着かない心臓に言い聞かせる。
ふと、貞子もこのように緊張しているのだろうかと気になり、ちらと彼女を盗み見るが、
彼女の表情はやはり、厚い髪の毛に隠されており、ワカッテマスにそれを計る事が出来なかった。




( ノAヽ)「ワカッテマスさん知ってますか?あの『女子院生のラマダン』がアニメ化するらしいですよ!」

一人暮らし用の折りたたみ式の小さな卓袱台の一角に腰掛けたノーネは、
ワカッテマスが10分で作ったパスタをすすりながら嬉しげに語りかけた。

60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:22:55.75 ID:847cSgL90
支援

61 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:23:23.02 ID:1oLo5P+F0

( <●><●>) 「それよりも何故私があなたの夕食を作らなくてはいけないんですか」

( ノ∀ヽ)「超美味いですよこのパスタ!それにしてもワカッテマスさんの部屋は綺麗ですね。
       自分の部屋とは大違いです」

( <●><●>) 「ノーネ君。バイト中はよく店の掃除してるじゃないですか」

( ノAヽ)「やだなぁ。あれはボサっと突っ立ってると店長がうるさいからに決まってるじゃないですか」

( <●><●>) 「体のいいサボりだったのはワカッテマス……」

ワカッテマス自身もパスタを食べながら、ノーネと会話を交わす。
オーディションを終えて帰路に着くワカッテマスにメールが届いたのがつい一時間ほど前。

曰く、今からお邪魔して良いですか。

同じ職場で何年も働き続けた友であったが、彼がワカッテマスの家に来たのが今日が始めてだった。
コンビニのアイスを片手に颯爽と現れた彼は、自分とワカッテマスさんの仲じゃないですかと、
意味不明な事を言いながら易々とワカッテマスの自室に侵入を果たしたのだ。

( ノAヽ)「それでそれで!話戻りますけどあのラマダンがアニメ化ですよアニメ化!
       作者のブログで書かれた情報なので確かですよ!」

( <●><●>) 「はぁ……。その小説のファンなのですか?」

( ノ∀ヽ)「ええ。もちろんです!ラマたんのお腹を空かせながら一生懸命お祈りするのは可愛すぎですから!
       おかげで自分、ラマダンについて色々覚えちゃいましたよ〜」

( <●><●>) 「イスラム教の友達が出来た時、役に立つのはワカッテマス……」

62 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:24:10.11 ID:1oLo5P+F0

( ノ∀ヽ)「更にですね!!主役の声優はあのさーたんって噂があるんですよ!!
       主にネットでなんですけどね!!なんと言うかこう、作者がブログでそう匂わせるような表現がね!
       あぁー!もう楽しみ過ぎですね!!来期かなぁ。その次かなぁ。」

( <●><●>) 「え?声優はまだ決まってないんじゃ……」

( ノ∀ヽ)「あれ?!なんだワカッテマスさん、しっかりチェックしてるんじゃないですか!」

くだんのライトノベルの魅力を語り続けるノーネを他所に、
ワカッテマスは頭に浮かんだ、ある仮説を吟味する。

ジョルジュと貞子の噂。
オーディションに現れた貞子。
原作者がブログで匂わせた、貞子の主役抜擢。

( <●><●>) 「まさか、貞子さんが……」

( ノ∀ヽ)「貞子さん、だなんて随分マニアックな呼び方してるんですねぇワカッテマスさん」

パスタの乗っていたノーネの皿が空になったのを認め、ワカッテマスは言った。

( <●><●>) 「ノーネ君。アイスを食べていいからちょっと黙りなさい」

( ノAヽ)「酷い!あれ、自分が買ってきたアイスですよ!!」

文句を言いながら大人しく冷蔵庫にアイスを取りに行くノーネを尻目に、
いかがわしいホテル街の駅で降り立った貞子とジョルジュの後姿を思い出す。

63 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:24:56.55 ID:KchNMG0P0
支援支援

64 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:25:20.26 ID:1oLo5P+F0

『枕営業』

( <●><●>) 「………ふむ」

そして同時に浮かぶのは、今日の貞子の姿だった。
主役候補の、全ての声優の演技を聞けたわけではないが、
運良く聞く事の出来た貞子の『ラマたん』は、
他に比べ抜きん出ているように、ワカッテマスには思えた。

思うに、貞子の演技には強烈な『色』がある。
貞子がひとたび演じると、もう他の声優では考えられない、
そのキャラを、貞子の『色』で鮮やかに彩ってしまうような、
そんな魅力が、彼女には感じらた。

( <●><●>) 「あれだけの実力がありながら何故……」

( ノAヽ)「ワカッテマスさーん!バニラ味は自分食べちゃいますからねー」

( <●><●>) 「あれ?両方バニラ味じゃありませんでしたか?」

( ノAヽ)「やだなぁ。かたっぽはミルク味ですよ」

( <●><●>) 「……ほぼ一緒なのはワカッテマス」

65 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:26:12.02 ID:1oLo5P+F0



ホテルの個室に入室するなり、ジョルジュは貞子を後ろから抱きすくめた。
貞子がされるがままになっているのを見ると、
服の上から胸を揉みしだきながら、耳元で囁く。

( ゚∀゚)「おめでとう。ラマたん、決まったよ?」

川д川「ありがとうござい…ます…」

ジョルジュの腕の中で身体をくねらせながら貞子は答える。

( ゚∀゚)「事務所に連絡行くのはまだ先だけど、今日は前祝い…ね?」

川д川「…ん…はい」

オーディションがなくとも手に入れられる役など、祝う必要があるのか。
ジョルジュの手は優しい。上手く髪の毛を掻き分け、貞子に触れる。
胸元のボタンは既に外され、彼の指先はキャミソールとブラの中に易々と進入を果たしている。
胸の突起を弄ばれながら貞子は、今日の夢を思い出していた。

彼の手は、あの海と一緒だ。
髪の毛の隙間から、光と共に進入して来て、
貞子を、炎に踊るガラスのように、
跡形もなく溶かしてしまう。

( ゚∀゚)「ベッド、行こうか」

川д川「………」

66 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:30:35.43 ID:mfnMrcqu0
支援

67 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:31:14.86 ID:L91ZLnSx0
支援

68 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:31:24.07 ID:5mNMH8X20
しえん

69 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:39:23.75 ID:5mNMH8X20
さるった?
支援

70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:39:46.07 ID:847cSgL90
猿?支援

71 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:40:47.27 ID:5mNMH8X20
支援

72 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:40:57.46 ID:B3XEApHKO
待ってるよ支援

73 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:41:28.52 ID:5mNMH8X20
支援

74 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:41:51.37 ID:GH6cTpyvO
支援

75 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:42:37.88 ID:1oLo5P+F0
すいませんさるってました。
再開します。

76 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:43:21.30 ID:1oLo5P+F0





そこは、灰色の森だった。
地面は、真っ白なリノリウム。
生い茂る木々は、豊かに電線のつるを伸ばした、ねずみ色の電柱。

見上げると、縦横無尽に張り巡らされた黒い電線のために、
ここが室内なのか、屋外なのかも判然としなかった。

目の前には、男が一人。
電柱の一本に、体重を預けながらこちらを窺っている。

( <●><●>) 「また不可解な夢を……」

('A`)「どうも。また会いましたね」

( <●><●>) 「今日は、髪の毛マリモは持ってないんですか?」

('A`)「ん。その代わり、ほら。」

男は人差し指を頭上に向ける。
釣られて見上げると、髪の毛のような電線が絡まりあっている。

( <●><●>) 「なるほど……」

77 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:43:36.64 ID:5mNMH8X20
ktkr支援

78 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:44:33.15 ID:5mNMH8X20
支援

79 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:44:39.81 ID:GH6cTpyvO
支援

80 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:44:52.97 ID:1oLo5P+F0

('A`)「これはサービス」

男に手渡されたのは真っ白の紙コップだった。
否、その紙コップには底に黒く細い糸が伸びていた。
その糸は、地面にだらりと垂れ下がっており、
糸の先端は、この灰色の森の遥かにあるようだった。

( <●><●>) 「糸電話……ですか。懐かしい」

試しに耳に当てると、驚くほどクリアな音質で、その声が聞こえた。

「こんばんは。皆様今日もお聞き頂いて有難う御座います。
 『さーたんのダウナー系ハイテンションラジオ』の時間です」

( <●><●>)「貞子さん。あなただったのは、ワカッテマス」

それは、ワカッテマスのよく知る声だった。
糸は地面に垂れ下がり、床をずるずると這っているにも関わらず、
まるで目の前で喋っているかのように、彼女の声が聞こえる。

「今日のテーマはずばり『人には言えない事』。
 あなたの秘密を今夜、さーたんにこっそり教えて下さいね。」

見渡すと、男はもう消えていた。
ワカッテマスは糸電話に繋がった糸を辿る為、灰色の森を歩き始める。

( <●><●>) 「この糸は……髪の毛ですね」

81 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:45:12.40 ID:5mNMH8X20
支援

82 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:45:35.18 ID:1oLo5P+F0

「それじゃあ、早速、番組に届いたお葉書を読んでいきましょう。
 まずは一通目。ドクオさんからのお葉書です。
 『僕は、他人の夢を繋げる事が出来ます。
  さーたんの夢も、僕が繋げました。
  どうか、さーたんが幸せになれるよう、祈ってます』」

( <●><●>) 「………」

ぺた、ぺた、ぺたと。
ワカッテマスは裸足で、リノリウムの床を進む。
糸は、そこかしこに生えている電柱によって直線である事を放棄しているため、
自分がどの方向に向かっているのかも、最早わからなくなっていた。

「あは、あは、は、あはははははははは!!
 中二病!!中二病のお便りですね!!
 この番組は、中二病の皆様も応援してますよ!
 いつか、ドクオさんの邪気眼が発動するといいですね」

ワカッテマスは、つい先ほど紙コップを渡してくれた彼を思い出す。

「ちなみにこのわたくし、さーたんの言えない事は、そうですね〜。
 ハイン様の役は枕営業で勝ち取った事かな?
 それと、今度から収録の始まるラマたんも、もちろん枕ですよ?」

耳に紙コップを当てながら、ワカッテマスは呟いた。

( <●><●>) 「ええ。そんな事はワカッテマス」

83 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:46:18.16 ID:1oLo5P+F0

 「長岡監督には本当に感謝しなくちゃ駄目ですね。
  こんな駄目声優を主役に抜擢して頂いたんですから。」

ぺた。ぺた。ぺた。
頭上数メートルの電線が、
風に、ざわざわと揺れた気がした。

「あはははははははははは!
 ねぇ本当に全く!!酷い笑い話だと思いませんか?
 こんな駄目声優の私がですよ!!」

( <●><●>) 「貞子さん、君が、駄目声優なんかじゃないのはワカッテマス」

「あはは。はは。ははは……嘘ですね!」

( <●><●>) 「………」

「嘘!嘘!みぃんな嘘!!
 私は駄目な人間です!!
 声優としても、女としても、誰にも、誰にも…っ!
 私には、若い女の体だけがあって…」

( <●><●>) 「私は、声優としての貴女を、尊敬しています」

刹那。ワカッテマスのすぐ横に、派手な音を立てて黒い雨が叩き付けられる。
それは、切れた電線だった。バチバチと音を立てながら、電柱から垂れ下がっている。

「ジョルジュ監督も同じ事を仰いましたよ?
 オーディションでも!ベッドの上でも!!」

84 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:46:20.97 ID:GH6cTpyvO
支援

85 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:46:23.45 ID:5mNMH8X20
支援

86 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:47:01.29 ID:5mNMH8X20
支援

87 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:47:49.30 ID:1oLo5P+F0

( <●><●>) 「監督が何を思っているかなど、知りません」

バチン!バチン!バチン!
次々とワカッテマスの周りに電線が叩きつけられる。
しかし、不思議な事に、それらは一つもワカッテマスには当たらない。
切れた電線は、彼の周りをゆらゆらと揺れる。

「あなたはいい!あなたは自分の実力で仕事を手に入れた!」

( <●><●>) 「…私がオーディションで何度落ちたと思ってるんですか?」

「それでもあなたは認められている!」

( <●><●>) 「当たり前です!私がこの世界に何年いると思ってるんですか!」

ワカッテマスが、思わず怒鳴りつけると、
先ほどから五月蝿かった頭上の電線が静まり、
そして、紙コップから聞こえた貞子の声も沈黙をする。

( #<●><●>) 「貞子さん!あなた何歳ですか?
       デビューから売れっ子一直線のあなたには分からないでしょう?
       私が月に何時間バイトしてると思ってるんですか?
       オーディション終わってからバイトに向かうあの気持ち、
       貴女わからないでしょう!?」

「………ぁぅ…」

88 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:48:48.35 ID:1oLo5P+F0

( #<●><●>)「それでも!!そうやって!!この仕事にしがみ付いてる見苦しさの塊みたいなこの私が!
        たかだかデビュー数年の、たかだか深夜アニメが当たっただけの、たかだか枕声優のあなたを!!」

「ぅ、ぅぅぅ……」



( #<●><●>)「同じ声優として、尊敬してるっつってるんですよ!!」



「ぅぁあああん!!」


紙コップから、まるで子どものような泣き声が聞こえた。
ワカッテマスは、何度か深呼吸をすると、落ち着いた声で、紙コップに話しかける。

( <●><●>) 「ここに、いるのはワカッテマス」

そうして彼はゆっくりと、
紙コップに、口付けをする。

次の瞬間、酷く人工的な、まばゆい光があたりを支配したかと思うと、
そこに、貞子がいた。

川д川「な…な、な…」

( <●><●>) 「どうも。オーディションぶりです。貞子さん」

89 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:48:50.57 ID:5mNMH8X20
支援

90 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:48:59.93 ID:GH6cTpyvO
支援

91 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:49:00.73 ID:L91ZLnSx0
相変わらずおもしろいな支援

92 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:49:24.21 ID:5mNMH8X20
支援

93 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:49:24.99 ID:3/7eK+KZ0
支援

94 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:51:25.30 ID:RrlBzC6t0
支援

95 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:51:50.51 ID:1oLo5P+F0

川д川「ぅ、ぅー、うー…」

貞子は、口を開けて、何かを必死に喋ろうとしているが、
それが言葉になる事はなく、うめき声として外に出る。

( <●><●>) 「落ち着いて下さい。貞子さん。これは、夢なのはワカッテマス」

川д川「ゆ、め……?」

( <●><●>) 「そうです。夢です。だから私は、容赦なく恥ずかしい事を言います」

川д川「………」

( <●><●>) 「貴女は、声優として誇りを持って下さい。
       私は、同じ声優として、貴女に嫉妬します」

川д川「でも…私…枕で……」

( <●><●>) 「私が尊敬したのは、『ハイン様』としての声優のあなたです」

川д川「あ、ぅ、ぅ、ぅうううう」

貞子が、ぺたりとうずくまり、身体を小刻みに震わせる。
リノリウムの床に、いくつかの雫が落ちた。

川д川「ワカッテマスさん……」

涙声で、貞子は問いかける。

96 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:52:37.65 ID:5mNMH8X20
支援

97 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:52:48.94 ID:1oLo5P+F0

( <●><●>) 「何でしょう?」

川д川「どうして、キス、したんですか……?」

( <●><●>) 「どうしてって……」

貞子は、うずくまったまま、顔だけをワカッテマスに向けた。
髪の毛に隠れた瞳が、ワカッテマスを見据える。


( <●><●>) 「お約束だから……」


ワカッテマスはその時。世界が崩れる音を聞いた。
地面は突如グラグラと揺れ始め、ワカッテマスは思わず膝をつく。
電線が再び、派手な音を立てて乱れ飛び、白い床を焦がした。
揺れに耐えられなかった電柱はゆっくりと倒れ、
リノリウムの床を容赦なくへこませる。

そしてワカッテマスは、
その混沌とした状況で、
貧相な男の飛び蹴りを顔に食らった。

(#'A`)「さーたんに……!!さーたんに謝れこの糞がぁああ!!」

 ) <●><●>) 「ぶふぉっ!!」

完璧に不意打ちだったその飛び蹴りに、
ワカッテマスは受身も取れずにその場に転がる。

98 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:52:51.89 ID:GH6cTpyvO
支援

99 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:53:54.91 ID:5mNMH8X20
ドクオKYwwwwwww

100 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:54:25.56 ID:KchNMG0P0
いいなぁ支援

101 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:54:45.22 ID:1oLo5P+F0

ワカッテマスが白い床を醜く、のた打ち回るだに、
地震が止まり、この空間が落ち着くのがわかった。

(#'A`)「お前…!お前っ!お前っ!!言うに事欠いてお約束とか…っ!!」

川д川「あぁっ!!やめっ!!やめて下さい!!」

(#'A`)「このっ!!このっ!!さーたんに謝れ!!さーたんに謝れ!!
     さーたんはこんなに可愛いのに!!さーたんはこんなに可愛くて健気なのに!!」

転がったワカッテマスは、男に手の平でわき腹をぺちぺちと叩かれる。
見かねた貞子が立ち上がり男をなだめた。

川д川「あ、あの…やめて下さい……私……私は……」

(;'A`)「さーたん!だってこの男がっ!!俺の大好きなさーたんに……」

川д川「えっと、えっと……」

( <●><●>) 「ドクオさん……」

(#'A`)「なんだよ」

( <●><●>) 「あなたは多分、ちょっと黙った方がいい」

ワカッテマスは転がったまま、身体を回転させてドクオに足払いをかける。
その勢いを利用したまま立ち上がり、貞子を前にして彼女を見下ろす。

(;'A`)「おぶふぅっ!」

102 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:56:10.71 ID:L91ZLnSx0
ドクオwww

103 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:56:16.32 ID:5mNMH8X20
支援

104 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:57:09.82 ID:9Xdb6eZB0
よわいさすがドクオよわい

105 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:57:21.57 ID:GH6cTpyvO
支援

106 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:57:35.95 ID:1oLo5P+F0

川д川「あ。あの…えっと…」

( <●><●>) 「貞子さん」

川д川「はい」

( <●><●>) 「あなたには、才能がある」

川д川「………」

( <●><●>) 「声を、出しましょう。私たちには、それしかありません」

川д川「私は…」

( <●><●>) 「例え、枕営業で勝ち得た役だとしても、実力と、誇りを持ってやり遂げるのなら、
       私はこれからもあなたを尊敬します」

その時ワカッテマスは、そこらじゅうに垂れ下がった電線が、
再びぱちぱちと不快な音を立てるのを聞いた。

川д川「ちが…私は……そんなんじゃ……」

( <●><●>) 「どんな形であっても、また競演出来るのを待っています」

瞬間。切れた電線の先から、一際大きな音を立てて、
青い電気がほとばしった。

川;д川「違う!!
     私は枕営業なんかしていない!!」

107 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:58:33.21 ID:1oLo5P+F0

貞子は、髪を振り乱して、叫んだ。

( <●><●>) 「貞子……さん?」

川;д川「私はっ!!私は彼が好きだったんだ!
     私は彼が好きだったんだ!!
     私は彼が好きなんだ!!
     こんな私に、触れてくれた彼が!!
     こんな私を、可愛いと言ってくれた彼が!!
     こんな、私に……」

('A`)「俺も俺も貞子さんがへぶらぁっ!!」

何か言いかけたドクオをワカッテマスが回し蹴りで黙らせる。

川;д川「こんな私に、好きだと言ってくれたんだ!!」

( <●><●>) 「貞子さん」

川д川「………」

貞子は、吼えるだけ吼えると、その場に座り込んで俯いてしまった。
ワカッテマスは顎に手をやり、少し考えてから、彼女に声をかける。

( <●><●>) 「あなたは監督が、『こんな私を』好きだと言ってくれたから、好きなんですか?」

貞子が勢い良く顔を上げる。
その動きに髪の毛がついて来れずに、彼女の顔が露になった。

108 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 00:59:14.03 ID:5mNMH8X20
支援

109 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 01:00:08.39 ID:1oLo5P+F0

川;д;川「違う!!私はっ!!」

貞子は、彼が飲み会の席で初めて肩に触れてくれた時の事を、今でも覚えている。
疎まれるばかりだった自分にも、そんな風に触れてくれる人間がいたのが、嬉しかった。

だけど、貞子が心底、彼を愛しく思ったのは、
彼が、作品を作り出す、その姿だった。

−オモシロクスルヨ?シゴトダモン−

川;д;川「う、ぁ、あ、ああぁあああああ!!」

彼女が酷く悲しかった。のは、彼が貞子を好いてくれなかったからではない。

彼に、貞子の声を、認めてもらえなかった、気がしたからだ。

( <●><●>) 「謝罪します。無神経な事を言いました。
       君が、ちゃんと人を好きになったのは、ワカッテマス」

川д川「ぅ…う…うぅ…」

( <●><●>) 「だけど貞子さん。我々は、声を出しましょう。
       残念ながら、それしかありません」

川д川「一生、誰にも、愛されなくても……?」


110 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 01:00:34.23 ID:GH6cTpyvO
支援

111 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 01:00:36.61 ID:5mNMH8X20
支援

112 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 01:00:43.47 ID:B3XEApHKO
ドクオwww介入し過ぎだろw支援

113 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 01:01:28.55 ID:1oLo5P+F0

('A`)「俺は愛してます!!さーたんを死ぬほどあいくぇるぶっ!!」

再び何か言いかけたドクオをワカッテマスがドロップキックで黙らせる。

( <●><●>) 「そんな事を考えるのはおよしなさい。虚しいですよ?」

川д川「虚しい……」

( <●><●>) 「ええ。そしてあなたは素敵です。貞子さん。だから大丈夫」

川д川「素敵……ですか?」

( <●><●>) 「私は、人間として尊敬出来ない人を、声優として尊敬出来ませんから」

川д川「えっと、えっと………」

( <●><●>) 「また、現場でお会い出来るといいですね」

その時、ワカッテマスは、たくさんの電線が切れたおかげで、
最初には見えなかった、頭上の様子が見て取れる事に気がついた。

この灰色の森の空には、
真っ青な満月が、白々と顔を出していた。



114 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 01:03:07.40 ID:5mNMH8X20
しえん

115 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 01:03:29.20 ID:1oLo5P+F0



( ゚∀゚)「えっと、辞退したいって、ラマたんを?何で?」

川д川「私が、声優だからです」

そこは、カラオケボックスの個室だった。
貞子がジョルジュをメールで呼び出したのだ。
貞子がジョルジュに対して何かを要求するのはこれが始めてで、
ジョルジュがすんなりとそれに応じて現れた事は、彼女にとっては意外だった。

( ゚∀゚)「それは参ったなぁ……」

川д川「事務所にはまだオーディションの結果を通知してないんですよね?
    でしたら、本来のオーディションの結果を反映させて下さい」

( ゚∀゚)「え、あ、ちょっとちょっと待って!
     オーディションでもぶっち切りで貞子に決まったんだって!!
     それを今更、変更となると俺も相当骨が折れるよ?」

川д川「だけど、私は!!」

( ゚∀゚)「あのね。勘違いして貰っちゃ困るけど」

言いかけた貞子をジョルジュが制する。

( ゚∀゚)「俺は、俺の仕事にね。誇り持ってるの」

川д川「………。」

116 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 01:04:25.44 ID:1oLo5P+F0

( ゚∀゚)「だから、高々寝たくらいの事で、いくらなんでも主役には抜擢しないよ?
     そりゃ、貞子は胸がでかくって、反応が可愛くって、俺のお気に入りには違いないけど。
     俺はね、貞子の仕事を信頼してるから、この役を任せたいと思ったの」

貞子は、自分の体が熱くなるのを感じた。
あの不思議な夢の事を思い出す。

( ゚∀゚)「だから、とりあえずラマたんは辞退なんかしないでよ?ね。お願い?」

川д川「……でも」

ジョルジュは、煙草に火をつけると罰の悪そうな顔で煙を吐き出した。

( ゚∀゚)「あーあーあー……。もしかして貞子。俺のこと好きだった?」

貞子は答えない。
しかし、その沈黙が答えとなった。

( ゚∀゚)「あー……。それは、ごめんね?
     もう、その、やめよっか?」

川д川「はい……」

貞子の小刻みに震える肩に、煙草を消したジョルジュは手を伸ばすか否かを迷ったが、
結局彼は、二本目の煙草に火をつけた。

( ゚∀゚)「うん。貞子は、いいおっぱいだし、いい女だよ。
     だから、そんな髪の毛に隠れてないで、もっと前に出ておいで」

117 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 01:05:30.90 ID:L91ZLnSx0
ジョルジュいい奴だった

118 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 01:05:38.02 ID:5mNMH8X20
ジョルジュいい男ダナー

119 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 01:05:39.29 ID:GH6cTpyvO
支援

120 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 01:06:05.11 ID:9Xdb6eZB0
割とシリアスな場面のはずなのにジョルジュがいるとワロテしまう

121 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 01:07:17.90 ID:1oLo5P+F0

川д川「……ジョルジュさん」

( ゚∀゚)「ん?」

川д川「ありがとう、ございました……」

( ゚∀゚)「ん。こちらこそ。
     いい仕事、期待してるから」

川д川「全力を、尽くします……」

そうしてジョルジュがそのカラオケの個室から出て行った後、
貞子は、苦しくて、嬉しくて、寂しくて、人を好きになった自分が愛しくて、
俯いたまま、静かに涙を流した。

滲んだ視界の中で彼女が思ったのは、
歯車王の彼と、もう一度競演したい、と言う事だった。

彼女の視界の隅で、彼が乱暴に消した煙草から、
細く白い煙が上がっていた。

122 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 01:07:35.75 ID:5mNMH8X20
支援

123 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 01:07:46.87 ID:1oLo5P+F0
('A`)ドクオが夢を紡ぐようです 第六話 了

124 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 01:08:45.12 ID:5mNMH8X20
乙!
この話本当に大好きです!

125 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 01:09:12.41 ID:73EqaymVO


126 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 01:09:21.77 ID:L91ZLnSx0

いつもほんとにいい話をありがとう
大好きだ

127 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 01:09:44.77 ID:IpI67ZnV0


128 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 01:10:14.72 ID:9Xdb6eZB0
よしこれで安心して寝れる、>>1

129 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 01:10:15.76 ID:B3XEApHKO

面白かった
先が読めない期待感がある

130 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 01:10:18.06 ID:1oLo5P+F0
ふぅ。
さるった時はどうなる事かと思いましたが、
無事投下が終わって何よりです。

支援して頂いた方、読んで頂いた方、
有難う御座いました。

131 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 01:10:57.69 ID:RrlBzC6t0


132 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 01:12:28.98 ID:KchNMG0P0
やっぱりキャラも、精神描写も
たまらんいいな……乙!次回もwktk

133 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 01:15:49.34 ID:mfnMrcqu0
乙でした!

134 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 01:16:17.11 ID:3/7eK+KZ0
乙っした

135 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 01:16:22.75 ID:5S/x4+b6O
乙!

136 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 01:18:08.91 ID:m9jU6+U1O
乙かれちゃーん

137 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/08/04(月) 01:32:09.87 ID:g1Vidw0y0
乙でした


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