660 名前: ◆CnIkSHJTGA Mail: 投稿日: 08/03/15(土) 00:14:06 ID: p8b2braX0
姉さんの三回忌は、何の滞りもなく終わった。
淡々と進んでいったその単純作業に、何か意味があるとは僕には到底思えなかった。
親戚たちの会話には、姉さんのこと以上に、僕の母さんのことが挙がっていた。
僕の母さんは今入院している。もう、長くないらしい。
(-@д@)「なあ、茶を出すからちょっと手伝ってくれ」
「うん……わかった」
( -@)「台所に湯飲みがおいてある。あ……湯を沸かしてなかったな」
あんなに大きく頼もしかった父さんの背中が、この二年で丸く、小さくなった。
僕の家族は、再生しようが無いほど、バラバラになっていた。
学校が終わると、病院に行くというのが日課になっていた。
近道をする為に、いつも通っている商店街を抜ける。
その時、新しい花屋が出来ているのを見つけた。
はっと思いついた僕は、アネモネの花を買いに花屋に寄った。
母さんが、好きな花だったから。
川%д川「いらっしゃい。誰かへのプレゼントかしら?」
「あ……母さんに、アネモネの花を……」
川%д川「わかった。ちょっと包んでくるね」
店長だろうか。僕の母さんと同い年くらいの人がいた。
一瞬顔の火傷に反応してしまったけど、気付かれただろうか。
きっとまた来るだろうから、嫌われていなければ良いけど。
アネモネの花束をもって、病室の入り口を抜けた。受付の横を通り、階段を目指す。
途中すれ違ったおじいさんが、僕が手に持っているアネモネを見て、顔をしかめた。
ひょっとしたら、アネモネはあんまり縁起が良くないのかもしれない。
アネモネの花言葉は、何だったろうか。
でもそんなの気にしていられない。
僕の母さんが好きなんだから、それでいいじゃないか。
看護師の人が僕に気が付くと、軽く会釈をしてくれた。僕も慌てて頭を下げる。
毎日病院に通っているので、ここで働く人は大体僕のことを知っている。
僕の母さんのことも。母さんの病気のことも。
母さんの病室は個室で、他に誰もいないから、気兼ねなく毎日来ることが出来る。
病室の扉をノックすると、中から母さんの声が返ってきた。
声だけ聞くと昔と変わらない。
扉を開け中に入る。
母さんは上半身を起こして、僕の方をじっと見ていた。
('、`*川「どなたですか?」
母さんはもう、僕のことを覚えていない。
よくわからないけど、そういう病気なんだ。
以前病院の先生から、病気のことを説明してもらった。
でも高校生の僕には、よくわからない病気だった。
たぶん父さんも完全に理解している訳ではない。
わかったことは、脳がどんどん病気に冒されていって、いずれ死ぬということだけだ。
「花を持ってきたよ。アネモネ、好きだよね」
('、`*川「あらあ嬉しいわあ。どうもありがとう」
母さんは子供のようにニコニコしている。やつれた頬が、痛々しかった。
僕は花瓶に水を入れ、束になったアネモネを入れて、窓際に飾る。
カーテンは全開になっていて、太陽の光がとても眩しく、目がくらんだ。
('、`*川「いい天気ですねえ」
「うん。そうだね」
殺風景な病室から見える青空が、妙に儚く、切ない色に見えた。
母さんのいる方から、ガタガタと引き出しを漁る音が聞こえた。
振り返ると、ベッド横に置いてある机の引き出しから、紙を一枚取り出しているのが見えた。
その紙には見覚えがある。
('、`*川「これ見て下さいな。うちの娘がコンクールで優勝したときの表彰状です」
僕の姉さんが中学生の時とった、読書感想文のコンクールの表彰状だった。
最優秀賞という字が大きく書かれた紙の下の方に、ハインという名前が楷書で書かれている。
母さんは僕や父さん以外にも、病室に訪れる人みんなに、姉さんの話をしていくそうだ。
どんどん記憶を失っていく中で、姉さんの記憶だけが鮮明なものとして残っていた。
「五万円分の図書券をもらったんだよね。姉さん、こんなの使い切れないってぼやいてた」
('、`*川「うちの娘は本当に出来た子でねえ。最近見ないけど、元気にしてるのかしら」
姉さんは本当に良く出来た人だった。
勉強は学校でトップだったらしいし、
部活でやっていたソフトテニスでは県二位という成績を残している。
優しくて裏表の無い性格で、友達も多かった。
何もかも、僕とはまるで正反対だった。
('、`*川「あの子は本当に優しくてねえ。
私が熱を出した時とか、おかゆを作ってくれて……。
おいしかったわあ。おかゆ」
どうして姉さんが死んで、僕が生きているんだろう。
どうして母さんは姉さんしか覚えていないんだろう。
あ、そうか。
('、`*川「誕生日には毎年アネモネの花をもらってるのよ。
あら不思議、花瓶にアネモネが挿してあるわ。誰がやってくれたのかしら」
母さんの中では、姉さんは生きているんだ。
死んでいるのは、僕の方なんだ――。
病院を出ると、病室で見ていたような青空はなく、分厚い雲が空を覆っていた。
この雲が世界中を覆ってしまえばいいのに。光が無ければ、影も消える。
生まれた時からずっと日陰を歩いてきた。
姉さんという光が生み出した影の中で、僕はずっと息をひそめて生きてきたんだ。
光は消えて、影も消えた。
影の中にいた僕は、誰にも気づかれることなく、消えていった。
家に着く頃には外は暗くなっていた。冷たい風が体から体温を奪う。
玄関のドアを開けると、中は真っ暗で、まだ父さんが帰っていないのだとわかった。
二階にある自分の部屋に入り、カバンを床に投げ出しパソコンの電源をつける。
インターネットに接続し、アネモネの花言葉を検索する。
『悲哀』『薄れゆく希望』『見放される』
真っ先に出てきたそれらの言葉を見て、それ以上調べるのをやめた。
ふと携帯の電源を落としたままになっていることに気がついた。
病院に入るとき電源をOFFにしてから、戻すのを忘れていたらしい。
電源をつけ、新着メール問い合わせをすると、父さんからメールが来ていた。
今日は遅くなるから、一人で適当に食べてくれ、とのこと。
姉さんが死に、母さんが病気になってから、家に帰るのが遅い日が多くなった。
そして遅く帰ってきた日は、例外なくべろべろに酔っていた。
大人はずるい。そうやって酒に逃げることが出来るからだ。
僕にはどこにも、逃げる場所が無い。
光が無いと、影も出来ないから。
文化祭が近いので、学校の雰囲気も慌ただしい。
僕はまだ一年生なので、仕事は無いだろうとタカをくくっていたが、違うようだ。
ちゃんと一年から、きっちりと仕事を回された。
ξ^竸)ξ「まだ役員が決まってない人いますか?」
HRの時間を使い、文化祭で何を担当するか決めている。
総合担当の文化祭委員や、出し物担当のステージ係。
いろんな役職があるが、僕は体を小さくしてただ会議を見守っていた。
友達同士で役に就く人が多いみたいだ。友達が少ない僕は、そんな事出来ないけど。
ξ^竸)ξ「――え。ねえ」
「……あ、僕?」
会議の進行役、クラス委員の内藤さんが僕を見ている。
どうやら僕以外の人の役職が決まってしまったらしい。
ξ^竸)ξ「あと一つしか残ってないけど……」
「あ、それでいいよ」
ξ^竸)ξ「本当に?」
「うん」
みんなから注目されるのが嫌だから、さっさと決めて欲しかった。
でも黒板に書かれている事を、もっとよく見ておけばよかったと、この直後後悔する。
ξ^竸)ξ「じゃあ、女装コンテストお願いね」
「え?」
ξ^竸)ξ「今日の放課後から、それぞれの役に分かれて仕事をします。
三年生の人の指示によくしたがって下さい」
「……」
元々、文化祭に何かを期待していた訳じゃない。
でもそんな事は関係なく、気が滅入った。
放課後になり、それぞれの役職で分かれて行動し始める。
この文化祭では、学年が違うクラスが一つのチームとなり、準備を行うことになっている。
その中で役職ごとに分かれるから、先輩たちと会議をする訳だ。
僕の女装コンテストは一クラスにつき一人。
だから一つの教室で、全てのチームが集まるらしい。
指定された、多目的ルームへと急ぐ。
教室には、既に他の人は集まっていたようだ。
僕が席についた瞬間、会議は始まった。
決まったことは、カツラや化粧道具は三年生が用意するという事。
ただし服は各自で準備、という事だ。
会議が終わると、それぞれのチーム毎で集まる事になった。
三年生と二年生の人に、簡単な自己紹介を済ませる。
驚くことに、三年生の人が既にカツラを準備していた。
僕はショートカットの髪の束を手渡され、再び気落ちした。
次の日、土曜日だったので、僕は昼前に起きた。
父さんの姿はなく、冷めたチャーハンだけがテーブルに乗っていた。
土日が休みということを常識だと思うな、というのが、父さんの口癖。
何も予定が無いので、ベッドにふんぞり返り、漫画を取り出す。
その時、ふと昨日の会議を思いだした。
女装用の衣装は、各自で用意する事――。
ため息をつきながら、ベッドから体を起こす。
先輩がかなり張り切ってたから、早めに準備をしよう。
自分の部屋を出て、姉さんの部屋に入った。
洋服ダンスの中に、まだ姉さんの私服が残っているはずだ。
故人に失礼だとか、そんなお行儀の良い考えは無かった。
僕は背が小さく、痩せているので、サイズの心配は無かった。
スカートやワンピース等があったが、僕は姉さんの高校の制服を選んだ。
それなら、コーディネートの必要が無いからだ。
学ランを脱ぎ、セーラー服へ袖を通す。
今父さんが帰ってきたら、まずいことになるな。
カバンからカツラを取りだし、頭に着けた。
ワンタッチで着けられるもので、一人で簡単に出来た。
自分の姿を確認する為に、洗面所へ行く。
絶句したのは、鏡の中の人物を見てからだった。
从;゚∀从「――」
胸が苦しくなるほど、心臓の鼓動が高まった。
何度見返しても、鏡に映っていたのは、僕の姉さんだった。
そう言えば、母さんや姉さんの友達に、二人は似ていると何度も言われた。
確かに女顔ではあるけど、姉さんは否定していたし、僕自身そう思わなかった。
でも違ったんだ。僕と姉さんは、うり二つだったんだ。
从;゚∀从「……」
一つの考えが頭に浮かぶ。そう、この姿なら。
再び動悸が激しくなる。例えそれが成功しても、何も変わらない。
でも、もしも……もしもそれが、母さんの為になるなら――。
女装して街を歩くことになるなんて思わなかった。
人の視線が怖く、最初はびくびくしていた。
でも誰も僕に気がつかない。この女装はそれほど完璧なんだ。
病院に行く前に、昨日の花屋へ寄った。
もう一度、アネモネをプレゼントするんだ。
川%д川「いらっしゃい」
从 ゚∀从「あ、あの……アネモネを下さい」
川%д川「うん。包むから、ちょっと待ってて」
良かった。僕の事はばれていないみたい。
はっきり言って、通報されてもおかしくない格好だから、内心はドキドキだ。
川%д川「はい、出来たわ」
从 ゚∀从「ど、どうも」
川%д川「二回目だと、慣れちゃった?」
从;゚∀从「え?」
川%д川「どうもありがとう。良かったら、また来て下さい」
从;゚∀从「は、はい……」
二回目って言った。僕のこと、覚えてたのかもしれない。
でも何も言わなかった。僕が男って事、知っているはずなのに。
考えても仕方ない。これは、あの人の勘違いだということにしよう。
女装した高校生を見て、あんなに平然としてられる訳ないだろうし。
商店街を抜けると、急に太陽の光を浴びたので、目がくらんだ。
背の低いビルの向こうに、水彩絵の具をこぼしたような青空が顔を見せていた。
いつ見ても、この空は不快な眩しさを放っている。
まるで、暗い闇の底にいる僕を、あざ笑うかのように。
病院の入り口をくぐり、階段を上り、いつもの病室の前に出る。
マジックで書かれた名札がかけられている病室。もう見慣れたものだ。
ノックをする。いつもの母の声。何も、変わらないのか……?
そう思い扉を開けたが、僕を見る母の目は、今まで見たこと無いくらい輝いていた。
('、`*川「ハイン……! ハイン! 来てくれたのね!」
从 ゚∀从「あ……母さん……」
('、`*川「さあ、こっちに来て座りなさい。学校はどうしたの? 今日は休みなの?」
僕は迷った。まさか、こんなにあっさり成功するなんて、思ってなかったからだ。
どうする。言うべきか。僕は、姉さんじゃないと。
でもこんなに嬉しそうな母さんを見るのは、病気になってから初めてだった。
僕に母さんから笑顔を奪う権利なんて、あるのだろうか。
从 ゚∀从「今日は……創立記念日で休みだから」
('、`*川「あらそう。良かったわねえ。
貴方が来るのを知ってたら、メロン食べずに取っておいたのに!」
痩けて肉がそぎ落ちた顔で、母さんは満面の笑みを浮かべる。
こんなに笑ってくれるなんて、何だか僕の方まで嬉しくなってしまった。
从 ゚∀从「あの、これ買ってきたよ」
('、`*川「やだ、アネモネじゃない! ありがとうハイン。
これね、この前も誰かが持ってきてくれたのよ」
从 ゚∀从「あ……そうなんだ」
('、`*川「本当にありがとう。そこら辺に置いておいて。
そうそう、聞いてよハイン。あのね、母さん昨日ね……」
饒舌になった母は、止まることなく話し続けた。
僕はときどき相づちをうちながら話を聞いていた。
注射が下手な看護師や、まずい入院食のこと。
それでもやはり、一番多いのは姉さんとの思い出話だった。
姉さんが生まれた日から、十七歳で亡くなるまで、一つ一つの思い出話を母さんは語った。
ただ、姉さんが死んだことについては一言も話さなかった。
その部分の記憶が無いから、今の僕を姉さんと思いこんでいるのかもしれない。
小一時間ほど経ったとき、病室をノックする音が聞こえた。
入ってきたのは、検診にきた担当の医師だった。
(´・ω・`)「ん……君は……」
先生が言い切る前に、母さんが先に僕を紹介した。
('、`*川「先生、ほら、いつも話している私の娘です。どうです、美人でしょう?」
先生は姉さんが死んだという話を知っている。
母さんが病気にかかったのは、姉さんが死んだことによるストレスが大きく関わっていると前に説明を受けた。
それにもちろん、僕とは顔見知りな訳で。
頭の良い先生が、僕の事を見抜けないはずが無かった。
(´・ω・`)「娘さん、ですか」
('、`*川「ええ」
从;゚∀从「……」
先生が僕の方を見る。僕は無意識に訴えるような視線を投げかけていた。
一瞬だけ、先生が小さく頷いたような気がした。
(´・ω・`)「……ええ、写真で見た通りですね」
('、`*川「でしょう!」
先生は僕の意図を汲み取り、母さんの話に合わせてくれた。
この時既に、自分の正体を明かすという選択肢は、僕の中で消滅していた。
いや、消滅したのは僕自身か。
(´・ω・`)「はい。検診終わりです。何かありましたら、ナースコールで。それじゃ」
先生は僕をちらっと一瞥し、少し会釈しただけで部屋を出て行った。
全てを委ねる、ということなのだろうか。
从 ゚∀从「母さん。お昼がまだだから、ご飯食べてくるよ。
食べ終わったら、また来るから」
('、`*川「うん、そうね。ご飯食べないと元気出ないもんね。
お母さんも頑張るから!」
病室の扉を閉め切るまで、笑顔で手を振り続ける母が見えていた。
僕は姉さんじゃない。それはわかってる。
姉さんの代わりにはなれない。それもわかってる。
それでも、最期の時まで、僕は姉さんのふりをし続けよう。
母さんの記憶の中で生き続けているのは、他の誰でもない、僕の姉さんだけなんだから。
本当の僕は、もう死んでいるのだから。
家に帰ったのは、日が暮れてからだった。
僕の姿を見て、父さんはぎょっとした表情を浮かべていた。
家族でなければ、間違えてしまいそうになるほど、僕は姉さんとそっくりなんだから。
(-@д@)「それ、何なんだ」
从 ゚∀从「……文化祭の衣装。女装コンクールに出る事になって……」
(-@д@)「じゃあ今まで学校にいたのか? その格好で」
从 ゚∀从「違う……母さんに会いにいっていた」
(;-@д@)「何だって……?」
父さんには、昼間のことを全て話した。
これから母さんの前では姉さんに成りきるつもりだということも。
最初は猛烈に反対された。久々に見る怒りの顔だった。
その格好は、死者に対しての冒涜だと言われた。
でも、僕はもう死んでると言ったら、父さんはそれ以上何も言わなくなった。
母さんは父さんのことも覚えていなかった。
僕たち親子は、もう死んでいるのだ。
夕食を食べ終わった後、食器を洗う父さんの背中が、今日は一段と小さかった。
それからも毎日、学校帰りに病院に寄った。
担当の先生が他の医者や看護師に僕のことを話しておいてくれたらしく、僕の正体がばれることは無かった。
僕と話している時の母さんは、病気が回復しているのではないかと疑う程元気に笑う。
そんな母さんを見ていると、僕の方も病気のことなど忘れるくらい楽しかった。
そろそろ文化祭が始まる頃だ。
僕は準備さえしておけば、あとは当日働くだけなので、暇になっている。
放課後、忙しそうに準備を始めるクラスメイトを尻目に、一人帰宅しようとした時だった。
担任のナオ先生に肩を掴まれた。
从 ゚ -゚)「帰るのか?」
「あ……はい」
从 ゚ -゚)「文化祭の準備はどうしたんだ」
「僕は、もう全部終わったので……」
从 ゚ -゚)「……そうか」
無理矢理仕事を押しつけられるのかと思った。
ナオ先生はまだ若いのに凄く厳しい。
从 ゚ -゚)「じゃあ今日はさようなら。
でも暇なときは、他の班の手伝いもするんだぞ」
「……」
意外なほど、先生はあっさりとしていた。
暇なとき、か。僕の母さんの事を知っているから、気を遣ってくれたんだろう。
ナオ先生は凄く厳しい。でも優しくて、凛々しくて、知的で、美人だ。
きっと自分に凄く自信があるんだと思う。
从 ゚ -゚)「あ、待って」
「?」
从 ゚ -゚)「体調、良く無さそうだな。大丈夫か?」
「……」
ナオ先生みたいな人は卑怯だ。
才能があって、それでいて優しいだなんて。
勝ち負けで無いとは思うけれど、何一つ僕が勝てる事が無い。
まるで姉さんみたいだ。あまりにも眩しくて、傍にいられない。
光に飲み込まれて、消えてしまいそうになるから。
もう……僕は消えたんだろうけど。
「先生……」
从 ゚ -゚)「うん?」
「僕は……誰なんでしょうか」
先生の目つきが変わったのが、すぐに分かった。
僕は突然怖くなり、その場から早足で逃げ出した。
一時は回復したのかと思った病気も、確実に進行していたようだ。
ある日病室に行くと、虚ろな目で横たわる母さんがいた。
('、`*川「……ハイン」
从;゚∀从「あ、駄目! そのまま寝てていいから」
('、`*川「うん……ごめんね」
口元には、常に呼吸器をつけている状態だ。
口数が減り、姉さんの話すらあまりしなくなった。
それでも頭のどこかで姉さんが生き続けているらしく、ふと思い出したように語り出す。
完全に姉さんの記憶が消えたら、僕が姉さんのふりをする必要が無くなるのだが。
そのとき僕は、一体誰なんだろうか。
母さんの中の姉さんが死んだら、僕はこの世から完全に消滅するんじゃないだろうか。
それでもいいかと、最近思えてきた。
この世界には、あまりにも辛いことが多いから。
ある日学校にいるときに、病院の方から連絡が来た。
母さんの容態が急変したという報せだった。
早すぎる。こんな事、想像もしてなかった。
まだ全然大丈夫だと思っていた。
だって昨日まで、つい昨日まで、笑いながら話してたのに――。
从;゚ -゚)「外でお父さんが待ってる。早く行きなさい」
「は、はい……」
从;゚ -゚)「それと……」
从 ゚ -゚)「君は君だ。君のお母さんの息子だ。それを、忘れないように」
「……はい」
僕は僕じゃない。僕は母さんの中の、姉さんなんだ。
最後まで、最期まで、そうあり続けるべきなんだ。
でも、その時僕は、涙をこらえる事が出来なかった。
学校の外に父さんが仕事で使うバンが止めてあり、それに乗り込んだ。
青い顔をした父さんが、震える手でハンドルを握っているのを見て、僕は何も言えなかった。
空は明るく、快晴だ。なんでこんなに天気が良いんだ。
こんな最低の日に、どうして。
病院につくと、入り口で先生が待っていた。
父さんは開口一番母さんの容態のことを聞いた。
先生は病室で説明すると言って、僕らはそれに従った。
はやる気持ちを抑えて、先生と一緒に母さんがいる病室へ向かう。
ベッドには、呼吸器をつけて静かに横たわる母さんの姿があった。
先生が父さんに何か言っていたが、僕はそれをあまり聞いてはいなかった。
「母さん……」
('、` 川「……」
ついに母さんは、喋ることさえ忘れてしまった。
母さんの脳を冒している病気は、記憶のみならず、母さんが培ってきた人格さえ破壊したのか。
もう僕が姉さんの真似をしても、意味は無いのだ。
先生が喋らなくなると、部屋に静寂が訪れた。
父さんは声を殺して泣いていた。
それを見て、ようやく自分も泣いているということに気がついた。
悲しみに満ちた病室で、電子的な機械音だけが、時を刻んでいた。
それからずっと、母さんの傍にいた。
先生や看護師の人たちが代わる代わる病室に来たが、それに対応する気力を僕も父さんも持っていなかった。
僕らは一言も喋らないまま、夜が明けてしまった。
さっきまで看護師の人がいたが、今病室にいるのは僕と父さんだけだ。
締め切ったカーテンから、外の光が漏れている。
母さんの意識があったなら、言葉が喋れたなら、きっとカーテンを開けてと要求するだろう。
(-@д@)「……ん」
そのとき、カーテンの隙間から差し込んでいた一筋の光が、眠っている母さんの顔にすーっと伸びてきた。
僕と父さんは、まるで魅入られたかのように、光の動きを目で追っていた。
光は迷うことなく、母さんを目指して一直線に進んでいく。
それが母さんの顔の上まで来たとき、奇跡が起こった。
「……!」
(;-@д@)「な――」
眠っているはずの母さんが、ゆっくりとまぶたを起こし、僕たちを見たのだ。
僕と父さんは声にならない悲鳴を上げて、椅子から立ち上がった。
母さんは呼吸器をつけたまま、懸命に口を動かし何かを喋ろうとしていた。
すぐに父さんが駆け寄り、母さんの呼吸器をそっとずらし、耳を近づけた。
僕も父さんに続いて母さんの口元に耳を近づける。
その時祈るような気持ちだったのは、きっと父さんも同じだったんだろうと思う。
('、`;川「あなた……」
(;-@д@)「……お、お前……!」
小さく、か細い声で、それでも確かに母さんは、そう言った。
父さんが必死に嗚咽を我慢しているのがわかった。
母さんは、父さんのことを覚えていたのだ。
最後の最後まで、父さんを忘れてはいなかったのだ。
('、`*川「それに……」
母さんは苦しそうに呻いた。まだ何か喋ろうとしている。
僕も父さんも、何も言わずに母さんの言葉を待った。
それは永遠とも思える時間だった。
('、`;川「……」
765 名前: ◆CnIkSHJTGA Mail: 投稿日: 08/03/15(土) 00:54:35 ID: p8b2braX0
「……」
('、`;川「ツー……ちゃん」
(;゚∀゚)「――」
死んだはずの、男の名前だった。
母さんは、僕のことも忘れてはいなかった。
消滅したはずの僕が、輪郭を取り戻していく。
僕は影に消えてなんかいなかった。
僕は、生きている。僕は、僕だったんだ。
('、`;川「う――」
(;-@д@)「お、おい!」
慌ててナースコールを鳴らす。
すぐに足音が聞こえだし、医者と看護師が駆け込んできた。
途端に母さんが咳き込み、心電図が乱れる。
僕と父さんは母さんの手をしっかり握り、最期の時を待った。
全て、終わった。
母さんは安らかな顔で逝ってしまった。 まるで生きているようだった。
まだ体温を感じるその体に、死が訪れたという実感は沸かなかった。
母さんのいる病室を後にし、僕たちは医務室へ連れてこられた。
先生に深く頭を下げ、僕たちは泣きながら挨拶を交わした。
その後、親戚へ連絡しなければならないため、部屋から出ようとした僕たちを、先生は呼び止めた。
(´・ω・`)「これは……ペニサスさんから口止めされていたことなのですが……」
それを聞いたとき、枯れ果てたと思っていた涙が、再び流れ始めた。
母さんは嘘をついていた。
本当は、僕の正体を知っていて、わざと知らないふりをしていたのだ。
母さんは先生にこう言ったらしい。
あの子が私を励まそうとしてる。だからもうしばらく、騙されたふりをしようと思う、と。
思ったより病気の進行が早く、言い出せないまま危篤状態になってしまった。
それでも母さんは、最後の力を振り絞って、僕の存在を教えてくれた。
嘘をついていたのは、僕ではなく、母さんの方だった。
(´・ω・`)「君がハインさんとして病室を訪れた日。
あの日から、奇跡的にあなた方の記憶が戻ってきたのです。
よく思い出話を聞かせられました。
ちょっと支離滅裂でしたけど、私がメモに書き取ってあります」
先生は机の上から、何枚かの二つの紙の束を僕たちに差し出した。
僕が受け取った紙には、小学生の時ガラスを割った事。
中学校のテストで名前を書き忘れ、あやうく零点になりかけた事。
凄く些細なことでさえ、そこには書かれていた。
(´・ω・`)「私から、記憶が戻ったことを話した方がいいと勧めました。
ですが、ペニサスさんはそれをしませんでした。
あの子の気持ちを無駄にしたくないから……と。
結果的に、あなた方に伝えられないままでしたが……」
先生がすまなそうにうなだれると、僕と父さんは顔を見合わせて笑った。
(-@∀@)「いえ、ちゃんと間に合いました。ありがとうございました」
父さんの声に、以前の力強さが戻っていた。僕の家族はバラバラになどなっていなかった。
心のどこかで繋がっていた固い絆は、不治の病でさえも断ち切ることは出来なかったんだ。
(*゚∀゚)「……」
病院から出ると、空は眩しいほどの青空だった。
鮮やかな青色に、もう不快感は感じなかった。
――世界で一番やさしい嘘 終