翌日の放課後、僕らはクーさんを迎えに2年生の教室まで向かった。
川 ゚ -゚) 「やぁ君達。 待たせたね」
F組の前で待っていると、しばらくしてクーさんが出てきた。
ξ ゚听)ξ「…あれ? 今日はチェロは持ってきてないんですか?」
川 ゚ -゚) 「流石の私も教室にチェロは持ってこないさ。 私のチェロは音楽室に置いてある。 心配は無用だ」
('A`)「音楽室って……こっちのですか?」
こっちとは新校舎のことだろう。
大して設備が充実しているわけではないが、旧校舎のよりは造りがしっかりしている。
川 ゚ -゚) 「いや旧校舎だよ。 君達はそこで活動しているんだろう?」
それをあっさりとクーさんが否定する。
でも何で知っているんだろう?
川 ゚ -゚) 「実は以前から気になっていたんだよ。 旧校舎から聴こえてくる音色がね。
それで昨日、見に行ってみようと思っていたんだ。
……まさか君達から誘ってくれるとは思っていなかったけどね」
ξ ゚听)ξ「そ、そうだったんですか……」
なんだかちょっと恥ずかしかったけど、僕らの演奏を気に留めてくれる人が居たことが純粋にうれしかった。
川 ゚ -゚) 「最初に君達の演奏が聴きたいな。 もちろん私の演奏も聴いてほしい。 大した腕ではないけどね。」
( ^ω^)「はいですお!」
僕ら4人は旧校舎の音楽室に向かって歩き出した。
( ^ω^)「…………」
ξ ゚听)ξ「…………」
('A`)「…………」
川 ゚ -゚) 「……どうかな?」
クーさんが演奏を終え、止まっていた時間が動き出す。
('A`)「……ぶ、ぶらぼー」
ξ ゚听)ξ「……鳥肌たっちゃった」
クーさんが演奏してくれたのは、J.S.バッハの「無伴奏チェロ組曲」だった。
チェリストなら殆どの人がレパートリーに加えているだろうこの曲。
僕もドクオも、おそらくツンもこの曲を演奏するチェリストを何人も見たことがある。
だけどクーさんはその誰より高いところにいた。
精確で美しい指使い。 大胆さと繊細さを併せ持つ表現力。
そして何より音楽に対する情熱。
クーさんが最初の一音を奏でたその瞬間から、僕らはクーさんの世界に惹きこめられていった。
川 ゚ -゚) 「そういわれると少し照れるな」
( ^ω^)「でも本当にうまいですお」
僕らの心からの賞賛に、クーさんも少し赤くなっていた。
ξ ゚听)ξ「でもこれほどの腕を持っているのにどうしてわたし達のカルテットに?
演奏する場所ならいくらでもあったんじゃないですか?」
ツンのその問いに、クーさんは少し考えるようなしぐさを見せる。
川 ゚ -゚) 「楽しそうだったから……かな」
ξ゚听)ξ「え?」
川 ゚ -゚) 「私はきっと、君達の演奏に惹かれたんだと思う。 放課後に聴こえてくるあの楽しげな演奏にね」
クーさんは続けた。
川 ゚ -゚) 「君達はもちろん音楽が好きなんだろうが、
それ以上に仲間と一緒に音楽を作ることが好きなんじゃないかな?
君達の演奏からはそういったものを感じるんだ。 だからそれに惹かれた、そういうことだと思う」
「自分でもよくわからないけどね」と言ってクーさんは笑った。
川 ゚ -゚) 「あらためてお願いしたい。 私を君達のカルテットに入れて欲しい」
( ^ω^)「……もちろんですお!」
ボロボロの旧校舎の一番上の階の端っこ。
調律のされていない古ぼけたピアノがひとつあるだけのちっぽけな音楽室。
この日、そこで僕らはカルテットになった。
それからは毎日が一瞬で過ぎていった。
朝、音楽室に行けばツンがいて、いつものように二人で合わせる。
放課後になれば4人で集まって、曲を合わせたり、音楽の話に華を咲かせたりした。
いろいろなことがあった。
クーさんの家が音楽一家で、夏休みにみんなで演奏しにいったこと。
いつのまにかドクオとクーさんが付き合い始めていたこと。
朝、ツンより早く音楽室に行こうとしても絶対勝てなかったこと。
クーさんが実は遅刻常習犯で、進級のために朝も全員集まるようになったこと。
みんなで文化祭をサボって音楽室で合わせていたら、人が集まってきて演奏会になっていたこと。
大晦日に第九のコンサートを見に行ったこと。
その帰り道、4人で合唱したこと。
気付いたらドクオとクーさんがいなくなっていたこと。
残された僕とツンで、手をつないで帰ったこと。
僕らは間違いなく青春を謳歌していて、これからもこんな毎日が続くのだろうと本気で思っていた。
だけどそんな日々は唐突に終わりを告げた。
( ^ω^)「おいすー」
いつものように音楽室の扉を開ける。
外まで聴こえてくる「愛の挨拶」が止み、ツンが僕のほうを向いた。
ξ ゚∀゚)ξ「おはよう、ブーン」
ツンは弾んだ声で僕にあいさつする。
( ^ω^)「なんかいいことでもあったのかお?」
ξ ゚∀゚)ξ「そ、そんなことどうでもいいでしょ? さぁ早く準備しなさい! 合わせるわよ!」
僕は急かされるままに楽器を取り出す。
ツンが妙にハイテンションな理由が気になったけど、ともかくツンの隣に並んだ。
呼吸を合わせ、気持ちを合わせる。
ツンと僕で、何十回、何百回と合わせてきた「愛の挨拶」。
だけど今日の演奏は今までと違っていた。
うまく言葉にできないけど、「気持ちが篭められていた」って言うのだろうか。
演奏の間、僕らは外界から切り離され、二人だけの世界に居たんだ。
ファンタジーだって笑われるかもしれないけど、それだけの演奏ができた。
( ^ω^)「……ふぅ」
演奏が終わり、肺に留めていた空気を吐き出す。
隣のツンは目を閉じていて、演奏の余韻に浸っているようだった。
ξ )ξ「……素敵だったわ」
( ^ω^)「……僕もそう思うお」
ξ )ξ「ブーン、上手くなったわね」
( ^ω^)「マジかお!? いやぁ今のは我ながら神が降りてたとしか思えないおwww」
ξ )ξ「これなら、私がいなくなっても大丈夫かな?」
( ^ω^)「…………え?」
今……なんて?
( ^ω^)「泣いて……いるのかお?」
ふいに香る、甘いコロンの匂い。
唇に触れる、やわらかい感触。
目の前で零れ落ちる、好きな女の子の、涙。
ξ ー )ξ「さよなら」
止められた、僕の時間。
ツンは逃げ出すように、音楽室を出る。
('A`)「おいツン! お前転校するってほんとか!」
ξ )ξ「──っ!」
ツンと同時に音楽室の扉を開けたドクオの言葉を無視し、走り出す。
('A`)「おい! 待てって! ツン!」
川 ゚ -゚) 「……」
小鳥の鳴き声が聞こえる。
カーテン越しの朝の日差しと、肌を刺す冷たい空気に、僕は目を覚ました。
( ´ω`)「……夢かお」
いっそ夢ならよかったのに。
いっそ覚めなければよかったのに。
悲しみが僕の心を支配する。
一昨日の出来事が何度も頭に浮かんでくる。
ツンのヴァイオリン、ツンの感触、ツンの言葉、ツンの泣き顔。
全てが僕を縛り付けた。
僕は学校に向かった。
音楽室には行かなかった。
きっと行っても誰もいない。
今、あそこでやれることはもう無いだろうから。
放課後、隣のクラスを覗いてみたけど、ツンの姿は無い。
引越しの準備があるから、次に学校に来るのは1週間後だそうだ。
僕は気付けば音楽室の扉の前に立っていた。
いやはや、習慣というものは本当に恐ろしい。
( ^ω^)「……おいすー」
誰もいない音楽室で、僕の声がこだました。
('A`)「……よう」
川 ゚ -゚) 「……」
ピアノの前でぼーっとしていると、ドクオとクーさんがやってきた。
川 ゚ -゚) 「話を……しようか」
3人で向き合ったまま、誰も言葉を発しない。
誰も答えなんか持っていない。
ただ時間だけが過ぎていく。
('A`)「……なぁ」
ドクオが口を開く。
('A`)「これからのこと、ずっと考えてたけど、やっぱわかんねぇよ。
だけどさ、今一番辛いのって、俺らじゃねぇよな。 1人になるのはあいつなんだよな」
再びツンの泣き顔が浮かんでくる。
('A`)「だから今は、あいつを笑顔にしてやることだけ考えようぜ。 俺らのことはその後でいい」
( ^ω^)「ドクオ……」
普段は不真面目で何に対してもやる気が無いドクオ。
そんな僕の親友が見せる真剣な顔は、どんなイケメンよりもかっこよかった。
川 ゚ -゚) 「笑顔にする、か……確かに最後に見るあの子の顔が泣き顔なんて嫌だしな。
だがどうする?」
そのとき僕に名案が浮かんだ。
( ^ω^)「曲を、贈ろう」
ツンの為に、4人の為に。
( ^ω^)「僕らが僕らであり続けるための、誓いの曲を」
それから僕達は一生懸命曲を作った。
ツンの笑った顔を浮かべながら、時に合わせ、時に話し合う。
作曲の知識なんてまったく無かったけど、ツンへの想いは自然と形になっていった。
そして訪れた別れの日。
クラスで最後のあいさつを終えたツンを呼び出し、音楽室へ連れて行く。
久しぶりの、4人揃った音楽室。
ξ )ξ「これで、最後なんだね……」
ここに来るまでの間、ずっと下を向いていたツンが、震えた声でそう呟く。
ξ )ξ「ごめんね、みんなにこんな思いさせて」
ξ )ξ「わたしは遠くに行っちゃうけど、みんなはこれからも仲良しでいてね」
うつむき、ただ悲しむツン。
そんな彼女の前に楽器を持って並び、僕達は呼吸を合わせ、意識を合わせる。
ツンの口から吐き出される悲しい想いをかき消すように、音楽室は和音に包まれた。
僕の想い、ドクオの想い、クーさんの想い。
それぞれの想いがハーモニーとして溶け合い、ツンをやさしく包み込む。
僕らがツンを想って作り上げた、主旋律のないこの曲。
その曲をツンを想って奏でる。
ツンの笑顔が見たい。
ただそれだけを願って。
そんな時間が永遠に続けばいいと思ったけれど、この曲も最後の和音を唄いきった。
全ての音が止む。
人生の中で最も濃い2分17秒が終わった。
僕らは、未だ顔を上げようとしないツンに語りかける。
( ^ω^)「……この曲のタイトルは、絆。 「絆のためのカルテット」、だお」
('A`)「まぁ聴いての通り、この曲は未完成だ。 なんてったって旋律がねぇんだからな」
川 ゚ -゚) 「…そしてこの曲を完成させるのは、君だ。 ツン。
君は私達のカルテットの1stヴァイオリンなのだからな」
ツンの肩が震えている。
('A`)「ヴァイオリンがこいつ一人じゃ華がねぇからな。 ……早く帰ってこいよ」
( ^ω^)「非常に失礼な話だけどまったくもってその通りだお。 1stはツンじゃなきゃだめだお」
川 ゚ -゚) 「この曲がある限り、私達はカルテットだ。 いつまでもな」
ξ^凵O)ξ「……うん!」
僕らの記憶に残る最後のツンの顔。
それは涙でぐちゃぐちゃだったけど、これ以上は無いってぐらいの、そんな笑顔。
僕らもきっと、そんな顔をしていた。
離れていても、想いは繋がる。
僕らのカルテットは、終わらない。
─── end...
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