三







 人通りの無い道を星空なんか見上げながら歩いていると、僕は昔を思い出さずに入られ
なかった。とは言っても今隣に居るのは夜空に負けない位青白い顔のこの男だけであったが。

(´・ω・`)「冷えますね」
( ^ω^)「そうですかお?」

 大した冷え込みではない気がするのだが、その言葉は必要なのだろうか。僕は回りくどい
この男の喋りに苛立ちを感じた。





( ^ω^)「それで、なんでしょうか?」
(´・ω・`)「先ずは私の疑問点から」
( ^ω^)「疑問点?」
(´・ω・`)「えぇ、貴方が会った隠、具合が悪くなったといいましたよね?」

 人の悲しい思い出に踏み込むときはもう少し丁寧に訪問して欲しいものだと思いながらも、
僕は丁寧に答える。

( ^ω^)「お。段々こっちの世界に中てられたようで、みるみる元気がなくなっていったお」
(´・ω・`)「……こっちの世界とは?」
( ^ω^)「僕達の暮らしている世界ですお」
(´・ω・`)「では隠は別な世界に棲んでいる、と?」
( ^ω^)「一種の結界のようなものを張った隠れ里ではないか、と僕は考えますお」
(´・ω・`)「なるほど。その点では同意見です。では貴方はその結界の外に出て川辺で遊んで
      いたから具合が悪くなった、と」
( ^ω^)「お」





(´・ω・`)「それがおかしいんです」
( ^ω^)「おかしい?」
(´・ω・`)「隠も昔はこちらの世界でずっと暮らしていたものが居たのです」
( ^ω^)「それは確かに聞いたことがあるような……」
(´・ω・`)「だからこの世界に中てられるといった事は起こらない筈なんです。それに彼女の
      口振りからするに、川辺は安全領域だ。まるで辻褄が合わないのですよ」

確かにこちらの世界に来るだけで具合が悪くなるのなら退治する必要など無かったはずだ。

( ^ω^)「……では何故?」
(´・ω・`)「それは……わかりません」

解ってから言って欲しいものだと、僕はやや大袈裟に溜息を吐いた。





(´・ω・`)「次に、『川が凍ってしまう』という彼女の発言です」
( ^ω^)「それは、確かに僕も考えたことがありますお」

 あの別れの日、確かにツンは消えたのだが川が凍るなんてことはなく、今でも山へ行けば
元気に魚が泳いでいるくらいだ。

( ^ω^)「全然川なんて凍ってなかったお」
(´・ω・`)「いえ、注目すべきはそこではないんです」
( ^ω^)「?」
(´・ω・`)「話を聞く限り、その川辺の近くに隠の棲む場所と私達の住む場所を繋ぐ何かがあると
      考えるのが自然です」
( ^ω^)「……確かに」
(´・ω・`)「とすると、この発言は行き来するための通路が塞がってしまう、と言うことになります」
( ^ω^)「お」

 それくらいは僕にだって予想は付いていた。あれから何度も山へ行っているがツンには会って
いないし、そもそもまた会えるのならばあんなに悲しんだりはしない。





(´・ω・`)「時期がおかしいのです」
( ^ω^)「……時期?」
(´・ω・`)「えぇ、これは私がこれまでに集めた、過去に隠と出会った人の話をまとめた物ですが……」

 そう言ってショボンはいつか広げて見ていた日焼けの酷い本を取り出し、パラパラとめくると
ある頁を開き、僕に向かって見せてきた。

(´・ω・`)「ここに、『冬の訪れと共に外界との連絡は断たれ、春の訪れと共にそれは再び繋がる』
      とあります」
( ^ω^)「冬?」
(´・ω・`)「えぇ、冬です。さて、貴方が隠と別れた時、季節は冬でしたか?」

 僕がツンと別れた時。そう聞かれて僕は当時を振り返ってみたが、少なくとも冬ではなかった
はずだ。寒風に震えていたような記憶は無い。





( ^ω^)「……違ったと思いますお」
(´・ω・`)「えぇ、私も話を聞く限りそうだろうなとは思っていました。そして春が訪れても彼女が
      現れることは無かった」
( ^ω^)「……お」
(´・ω・`)「つまり何らかの事情でこの周期が乱れ、その隠は姿を消し、そのままこちらに
      来られなくなった」
( ^ω^)「そう……なりますかお?」

難しい言葉が出てきたせいか内容が上手く把握出来ずに、僕は中途半端な返事をした。





(´・ω・`)「えぇ、これは事実に即したほぼ間違いの無い考えです」
( ^ω^)「と、言うことは……僕はもうツンには……」
(´・ω・`)「……6割6分です」
( ^ω^)「は?」

 いきなりそんなことを言われても、主語が無いので言われた本人としてはさっぱりだ。
僕はその言葉の意味を知ろうと質問を投げかけようとする。するとそれを察したのかショボンが
説明を付け足す。

(´・ω・`)「貴方がその隠と会える確率です」
( ^ω^)「え?」

 一体どういうことだろうか。あれだけ絶望的な条件を並べておきながら6割6分会えるとは
如何なものだろうか。





(´・ω・`)「……いえ、表現を間違えました。今日会った彼女が、貴方の出会った隠である
     可能性。それが6割6分です」
( ^ω^)「彼女……デレさん、ですかお?」
(´・ω・`)「えぇ、結論から言ってあの旅の方、彼女は私が思うに6割6分貴方が出会った
      隠です。それに彼女は10割デレさんではありません」

 研究者が6割6分で結論を出していいものかと僕は一瞬眉間にシワを寄せたが、その話が
秘める魅力に負けて文句が出てこなかった。彼女がツンである。それが僕の頭の中を支配
していくばかりで文句を練る暇など無いのだ。
 しかしながら彼女の素振りを見る限り、まるでツンとは思えないのが引っかかった。





( ^ω^)「デレさんではない?」
(´・ω・`)「えぇ。……それはまた別な機会に説明するとして、今は彼女が貴方と出会った
      隠である可能性の元となる根拠を説明しましょう」
( ^ω^)「……それはどのような?」
(´・ω・`)「彼女が吐いている嘘です」
( ^ω^)「嘘?」
(´・ω・`)「と、言ってもこれは私の思い過ごしの可能性もありますが」

 回りくどい。どうしてこうも学者と言うのは回りくどいものか。
僕は続きを催促する意を込めて彼の目をじっと見た。





(´・ω・`)「彼女が何故酒を買いに来ているか、お話はありましたか?」
( ^ω^)「何でも母親の為に良い酒を探しに来ているとか」
(´・ω・`)「……ふむ、そうでしたか。では、良い酒はどれかと聞かれましたか?」
( ^ω^)「……いえ?」
(´・ω・`)「さて、実は私も酒屋の位置を聞かれただけで、酒の勧めを問われはしなかったのです。
      てっきり自分のためかと思い、酒を嗜まれるのですか、と聞いてみても首を横に振る
      だけでした」

 この男は何を言っているんだ。
酒の話なんかより今はツンである証拠を教えてくれといっているのに。





( ^ω^)「彼女なりに決めてあるのでしょう。母親の好みの酒などもあるでしょうし」
(´・ω・`)「酒を呑めない彼女が、ですか? しかも決まっているならば酒屋の位置ではなく、
      その酒がある酒屋があるか、を私なら聞きますが」
( ^ω^)「……きっと酒屋の主人に聞くつもりだったのでしょう」
(´・ω・`)「したらば何故彼女はいつ亡くなるか判らない母親を放って、貴方の家に泊まる
      ことにしたのでしょう? 母親のため遥々遠方まで来るような、彼女が」
( ^ω^)「……だから、それが何だと?」

 関係ない話をされた上に、自分の意見を否定され僕は少し語気が荒くなった。
しかも僕だけでなく彼女までもが馬鹿にされているようで不愉快だった。

(´・ω・`)「えぇ、つまり、彼女は酒を買いに来たのではなかった、と言うことです」
( ^ω^)「……結構なご推理ですお」

 酒を買いに来たと嘘をつく者全てが隠になったのでは堪らない。やはり学者は少しばかり
変なところがあるのだなと僕はその話について考えることを止めた。





(´・ω・`)「申し訳ないです。私のように凝り固まった頭の人間は1つ1つ順を追って説明
      しなければ気が済まない性質なんです」
( ^ω^)「そうですかお。それじゃあ僕は妻が心配なもので、これにて……」

 これ以上付き合っていられない、と僕は軽く会釈をして踵を返す。隠だ隠だと僕をかき回して
遊ぶとはなんと見下げた男か。僕は現実を生きると決めたのだ。それに彼女がツンならば
あんな態度をとるわけが無い。

(´・ω・`)「主人。貴方は、山でしか隠に会ってないと言った。さて、久方ぶりに自由を手に
      入れた隠、彼女は、貴方に会いたいと思ったときどうやって会うことが出来ましょうか」

しつこく背中に問いかけてくる男に苛立ちを感じ、僕はもう一度強く言うために振り返る。

(#^ω^)「知らん! 里の者にでも聞けばいいお!」

 しかしショボンは怯むどころか眉1つ動かさず、待っていましたと言わんばかりにこちらを
見据えて口を開いた。





(´・ω・`)「だから私に聞いたのですよ。酒屋の場所を」
(#^ω^)「酒屋の場所など聞いても――」

 その瞬間、網膜の裏側よりももっと奥、頭蓋の裏に張り付いていた映像が稲妻のような閃光
と共に鮮明に再生された。

――甘酒を貰いによく酒蔵に遊びに行くんだお。今度ツンにも甘酒持ってきてあげるお
――うん!

(;^ω^)「――!」

 全身を何かが駆け巡り、その通った場所全てに鳥肌が立った。そして気付けば僕は
走り出していた。ショボンに別れの挨拶も済ませぬままに、今歩いてきた道を兎に角急いで
駆け戻っていた。彼女と、もう一度彼女をツンとして話をするために。







(;^ω^)「ツン!」

 家の戸を開けるなり僕は叫び、履物を脱ぎ散らかしつんのめりながらも居間へと転がり込んだ。
そこかここかと視線を移し彼女の姿を探す。しかし見つからない。どこに居るのか。もう寝たのか。
 すると僕の声を聞きつけたのか寝室の襖が、すっ、と静かに開かれた。

(*゚ー゚)「どうしたの?」
(;^ω^)「あ……しぃ……」

しぃの顔を見て僕は落胆し、その後直ぐにそれを後悔した。しかし、しぃには申し訳ないと
思えども今は彼女を探すことの方に夢中だった。

(;^ω^)「彼女を見なかったかお?」
(*゚ー゚)「彼女って……デレちゃん?」
(;^ω^)「デレでもツンでも何でもいいお! 彼女はどこだお!」
(*゚ー゚)「彼女なら客間の方へ案内したけれども……」
( ^ω^)「そ、そうかお!」

 それを聞いて直ぐに客間へ向かおうとしたのだが、袖が何かに引っかかって進むことが
出来ない。何かと視線を移すと、しぃが僕の袖を掴んだままこちらを見ていた。





(*゚ー゚)「……ねぇ……彼女は、ツンなの?」
(;^ω^)「いや、それは今から確かめようと……」
(*゚ー゚)「……」
(;^ω^)「……」

 2人の間に重い沈黙が流れる。僕だって彼女の気持ちがわかるが、彼女だって僕の気持ちは
わかっているはずだ。僕は袖を掴むしぃの手を握ると、目を見詰めて放すようにと無言で訴えた。

(*゚−゚)「……そんな目で見ないで……わかってるから……」
( ^ω^)「……」
(*゚−゚)「ごめんなさい……本当に、最初は罪滅ぼしのつもりだったの……」
( ^ω^)「……罪滅ぼし?」

 どうも僕の考えていることと、しぃの考えていることにズレがあるようだった。しかし、しぃの
悲愴な面持ちに僕はそれを訂正することが出来ない。





(*゚−゚)「彼女を見た時は本当に驚いた、ツンにそっくりで。それで私はせめてあの時の罪滅ぼし
     にって、彼女を泊めることに賛成したの」
( ^ω^)「……」

 罪滅ぼしとは僕にツンとの離別を促したことに対してだろうか。僕は客間の彼女にこの話が
聞こえていないかを気にしつつも耳を傾けた。

(*゚−゚)「でも……私、気付いたらまた……彼女に……盛ってしまって」
( ^ω^)「……盛るって」
(*゚−゚)「彼女の椀に……一服、野草を煎じた毒を……」
(;^ω^)「……」

 徐々に姿の見えない悪夢のようなものが形を成していくのを僕は感じていた。毒を盛るとは
一体どういうことだろうか。そしてそれ以上に気になることもある。





(;^ω^)「しぃ……『また』って……どういうことだお」

 目が渇く。喉が渇く。気管から肺臓の隅までが乾きながらも、掌はじっとりと汗ばんで、全身を
目まぐるしく血液が駆け巡る。

(*;−;)「……ごめんなさい……あの時、彼女が体調を崩したのは、私が食べ物に毒を盛ったから、
     なの。隠に貴方を取られたくなくて……ごめんなさい……でも私、本当に今日はそんな
     つもりは……」

 ぽろり、ぽろり、と涙を溢し始めたしぃだったが、僕にそれを気にする余裕など無い。一体何が
起こったのか、まだ把握仕切れない。





(;^ω^)「しぃ、ちゃんと説明を……」
(*;−;)「……ごめんなさい……私……本当に最低……あぁ……」

 段々と頭の整理が付くにしたがってその内容が見えてくる。つまり、しぃはツンの具合が悪いのを
見て離別を促したのではなく、離別を促すために具合を悪くしたと言うことか。
 そこまで考えてぐらぐらと今までの思い出が揺れ動き、その色、形が変異していくのを僕は感じた。

( ^ω^)「……しぃ、毒を盛ったのかお? ツンに、本当にそんなことをしたのかお?」

 違うと言って欲しい。しかし、しぃを信じようとすればするほど今までの出来事がそれを否定
しようと浮かんでくる。そしてそれは僕に憎悪を抱かせる。裏切られたという失意と、僕だけでなく
大切な人までも陥れたしぃに対する怒りが混ざり合い、体は空しさから脱力しているのに
心は憤懣とし、非常に不安定な状態へと向かっていく。





(*;−;)「ごめんなさい……ごめんなさい……」
( ^ω^)「……ごめんなさいじゃわからないお。本当なのかどうかを聞いているんだお」
(*;−;)「ごめんなさい……本当に……ごめんなさい……」

 話が出来ない苛立ちが募り、僕はしぃの両肩を鷲掴みにして対面した。それを避けるように
顔を伏せ泣きじゃくるしぃに、更に僕は腹が立ち左手で顎を掴み強引にこちらを向かせた。
それに驚いたのか、しゃくっていた泣き声が止まった。目を大きく見開き睫毛で押さえられる
だけの涙を溜めたしぃを、僕は眉を顰めながら見詰める。

( ^ω^)「しぃ、何でそんなことをしたんだお」
(*゚−゚)「……あの仔は……隠の仔なのよ? 貴方が隠の仔に……誑かされ……」
( ^ω^)「……隠の子?」
(*゚−゚)「だから……」
( ^ω^)「……何言ってるんだお、ツンは隠の子で僕は人の子だお。だからどうしたんだお」

 気持ちが高ぶっていくのが判った。頭の中は沸騰し、どうやって目の前に居る者を説き伏せようかと
次々と台詞が過剰に生産されていく。





(#^ω^)「たったそれだけで……何もしていないツンを、肩書きだけでお前は殺そうとしたのかお!」
(*゚−゚)「それだけ……なんて、わけじゃ……」
(#^ω^)「ツンは、僕は、しぃを信用して……それをお前は!」
(*゚−゚)「だから! ……今日は、繰り返すまいと私は……」
(#^ω^)「遁辞を弄するな! それ以上僕の前で醜態を晒してみろ、怒罵だけでは済まさんお!」

 そう叫び、僕は嫌悪感からしぃを突き放すと、客間へと足を運んだ。先ずは彼女に謝ろう。
勿論しぃも共に謝罪させるつもりだ。

(*゚−゚)「……嘘よ」
( ^ω^)「……お?」
(*゚−゚)「彼女は帰ったわ」

 その言葉の通り客間には誰の姿も無かった。僕もここまで虚仮にされたものかと、怒りよりも
残念な気持ちで一杯になった。

( ^ω^)「……馬鹿にしているのかお?」
(*;−;)「帰ったといえば貴方は探しに行ってしまうもの。……お願い、ここに居て……下さい」
( ^ω^)「……お前とは離縁だお」

 僕はそう吐き捨てて家を出る。背中越しに聞こえる悲鳴にも似た泣き声を振り切り、僕は
暗闇の中あの山を目指して走り出した。
 兎に角彼女に会わなければ。ツンだと言う確証は相変わらず無いが、きっと彼女はツンだ。
希望的観測かも知れないが、僕はそう感じていた。




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