四





 山へと駆けていく道の途中、再び僕はショボンを見かけて話しかけた。

(;^ω^)「ショボン、彼女を見なかったかお!?」
(´・ω・`)「家には居なかったのですか?」
(;^ω^)「それがもう出て行った後で……」
(´・ω・`)「不味いな……」

そう言ってショボンは口元を抑え、なにやら考え始める。





(;^ω^)「……マズいってどういうことだお?」
(´・ω・`)「今回彼女が出てくるまでに9年掛かっています。それと同じようにそれから先暫く
      行き来できる季節が続けば良い。しかし、間髪入れずにまた繋がりが絶たれたと
      したらば……次もまた9年、いやもしかしたらそれ以上……」
(;^ω^)「それ以上って……」
(´・ω・`)「10年、20年、蓋し今生の別れ……」

さらりと言ってのけるその態度に、逆に真実味を感じ僕は震えた。

(;^ω^)「そんな……」
(´・ω・`)「別れが嫌ならば兎に角彼女を山に近づけては駄目です。今すぐに探し出して
      捕まえてください。ただ……」
(;^ω^)「……ただ?」
(´・ω・`)「人は異質を見分ける力に長けています。隠と共に暮らす生活、辛い物になるのは
      火を見るより明らかです。今の生活を続けるならば、このまま家に帰ったほうが良い。
      それに隠というのは――」

 最後まで聞かずに僕は走り出していた。今の生活などさっき捨ててきたばかりだ。僕には
もう戻り守るものが無い。ならば、と僕は彼女を捕まえるため走り出していた。

(´・ω・`)「……一応は止めたよ」







 夜気を感じながら山へと足を踏み入れた僕はそのままあの川へと走り出す。僕達がいつも
笑顔ではしゃいでいた川辺、また涙を堪え別れを告げたあの川辺へ。

(;^ω^)「ツン! どこだお!」

 しかし叫べど見回せど彼女の気配の一片すらも感じられない。もしや既に向こう側へ行って
しまったのかと頭の天辺から血の気が引くのを感じながらも、僕は必死に叫び、駆けずる。

(;^ω^)「ツン! ツっ――ぐ!」

 砂利の上を構わず疾走した為か僕はつんのめり、顔面を強かゴツゴツした石だらけの地面に
打ちつけた。鼻の奥がぐっと詰まり、口の中には細かな砂が無数に入り込んだ。それを唾と共に
脇へ吐き捨てると、僕は再び走り出した。





 上流へ上流へと駆けて行く僕だっだが、やがてこの先に彼女が本当にいるのだろうかと言う
不安に駆られ始める。頭の中でまるで想像が出来ないのだ。
浮かぶのは暗闇の中行き止まりを前にしてただ呆然と息を切らし座り込む自分ばかりで、
彼女の笑顔がまるで浮かんでこない。

(;^ω^)「ふぅ……ツン! ツン!」

それを払い除けるように僕は必死に叫んだ。先ずは必死になれ。僕はもう後悔だけはしたくない。

 ふと違和感から触った唇がぷっくりと腫れていた。手に付いた水気が幾ら拭っても取れないと
思ったら、拭っていた膝から出血をしていた。けれども僕には全く関係なかった。今までの罪の
報いを受けているようで、心地良ささえ感じていた。






 僕の予感は的中した。誰も居なかったのだ。これ以上川が無いと言うのに彼女はどこにも
居なかったのだ。何故居ない。もしや彼女はツンではなく本当に旅の人でこんなところなど
通ることもなく家路についたのか。そんな考えが浮かんでくる。

(;^ω^)「ツン……ツン……」

 それでも僕はじっとしていることが出来ず、再びゆっくりと今来た道を引き返し始める。
一歩一歩砂利を踏み締めながら僕は川面に映る月を眺め、それをいつか見たツンの
後頭部と重ねていた。
 だがその月が振り返ることは、なかった。





 気付くと僕はまたあの川辺に居た。もう戻って来たのかと思いながら僕はゆっくりと腰を下ろす。
やはり居なかった。川辺だけ探して言うのもなんだが、彼女はもうどこにも居ないという絶望感が
僕の心をどんどんと食んで行き、その痛みから僕は涙を流し始める。

( ;ω;)「……」

 声もなく、只涙を流した。悲しみが止まらないのだ。最初から会えない悲しみよりも、目の前に
居たのに気付けなかった悲しみと言うのは相当大きいようだ。そんな僕の鼻の先を、柔らかい
微風が撫ぜた。否、それは布だった。

ξ゚听)ξ「大丈夫ですか?」

そしてそれは宿望の権化だった。





(;^ω^)「ツン!」
ξ;゚听)ξ「えっ!」

 僕は無心で彼女を逃がすまいとその手首を掴み、続いて肩に手を掛ける。やっと捕まえた。
もう死んでも放さない。絶対に放したくはない。

ξ;゚听)ξ「あ、あの……私……」
(;^ω^)「ツン! もうそんな小芝居どうだって良いんだお! 全部わかってるんだお!」
ξ;゚听)ξ「わかってるって言われても……私がわからないんですけど」
(;^ω^)「何なんだお……何なんだお!」
ξ;゚听)ξ「と、とりあえず落ち着いてください」
(;^ω^)「落ち着いてる場合なんかじゃないお……」

 いつまで経っても終りの見えない問答に、僕は歯痒さを感じつつも一体どうしたら良いものかと
思慮に暮れる。





ξ;゚听)ξ「兎に角、放してくれませんか?」
(;^ω^)「嫌だお」
ξ;゚听)ξ「え、え〜……じゃあずっとこのままなんですか?」
(;^ω^)「ツンだって認めて僕と山を降りるまでだお」
ξ;゚听)ξ「もう、誰ですかそれ」

 本当に彼女はツンじゃないのか。残りの3割4分に当たってしまったのか。それとも何か、
彼女は記憶でも失ってしまったと言うのか。僕の頭は混乱し、今現在何が確かかさえ
朧になっていく。

(;^ω^)「誰なんだお……」
ξ;゚听)ξ「私はデレです。もう忘れちゃったんですか?」
(;^ω^)「僕は……」

 ただあの男の話に浮かれていた馬鹿だったのか。まともな思考が出来ない僕はどうすることも
出来ず、その手を離してしまった。あれだけ強固だった意志が、萎えてしまったのだ。





ξ;゚听)ξ「もう……御礼もせずに失礼したことは承知の上ですけど、これはあんまりです」
(;^ω^)「いや、その……」
ξ゚听)ξ「兎に角、早く奥様の所に帰ったほうがいいんじゃないですか?」
( ^ω^)「……しぃとはもう終わったお」
ξ゚听)ξ「え?」
( ^ω^)「縁切りをしたお。もう、会うことも無いお……」

 突風が2人の間を吹き抜けた。パタパタと揺れる髪を気にすることなくこちらを見つめる彼女の目が
戸惑いに揺れていた。

( ^ω^)「い、いや、別に責任を感じることじゃないお。もっと別な理由があって……」
ξ゚听)ξ「……そう、ですか」

 ゆらゆらと覚束無い足取りで川辺へと歩いていく彼女。その後姿を見ながら僕は儚さを
感じていた。此の世は、なんて脆いものかなと。





ξ゚听)ξ「……よいしょっと」

 辺にしゃがみ込んだ彼女は両の手で水を掬うと、それを上に持ち上げ掬い取った水を再び
川へと零した。その行動の意味が図れず僕はただそれを見守った。

ξ゚听)ξ「サカナは、手では取れないんですね」
( ^ω^)「?」

 振り返った彼女の目はあの日の紅色を浮かべていた。あの日見たツンの目の輝きを、
彼女はしていたのだ。

( ^ω^)「……ツン?」
ξ゚听)ξ「酷いですね」
( ^ω^)「?」
ξ゚听)ξ「あんなに幸せそうな様子を見せて、さよならの時になってそんなことを云うなんて
       随分と意地悪に……いえ、貴方はあの頃より意地悪な御方でした」
(;^ω^)「……ツン」

 今度こそ自信を持って言えた。彼女はツンだ、もう間違えようが無い。ならば何故あのような
素振りを見せた。何故今になってこのようなことを口走っている。





( ^ω^)「何故、他人の振りをしたんだお。……そんなに僕が憎かったのかお?」
ξ゚听)ξ「……御二人の、その幸せそうな顔を見て、どうして名乗り出ることが出来ましょうか」
( ^ω^)「関係ないお……そんなもの――」
ξ゚听)ξ「愛する人の幸せを、どうして壊せましょうか!」
(;^ω^)「……ツン」

言葉が無い。尻込みをしているわけでもないのに、言葉が浮かばないのだ。

ξ゚听)ξ「別れてより幾星霜……幾らでも考える時間はありました。体の不調の原因も疾うに
      把握していました」
(;^ω^)「……」
ξ゚听)ξ「そして今日、私はやはり人とは相容れぬ存在だと、悟りました」

 どうしたらいい。引き止めればいいのか、立ち去ればいいのか。判断の付かない僕は、ただ
立ち尽くし彼女の表情を窺うしか出来ない。





ξ゚听)ξ「でも、私はツンではありません」
( ^ω^)「?」
ξ゚听)ξ「私はデレです。だから……私達の別れは、寂しくないはずです」
( ^ω^)「……ツン?」
ξ゚听)ξ「数時間だけの付き合いの私達の別れに悲しみはありません。そう、しましせんか?」

 笑っていた。月光を背に彼女は笑っていたのだ。それがあまりに綺麗で僕はそれを承知
しそうになる。しかし納得できるわけがないのだ。

( ^ω^)「……嫌だお」
ξ゚听)ξ「……」
( ^ω^)「僕はツンが好きだお。離れたくないお。ずっと一緒に居たいお」
ξ゚听)ξ「……もう、遅いんです」

 びゅう、と北風が僕らを撫ぜていった。冷たいその風に僕は既視感を覚える。予感は不安を生み、
不安は妄想を作り上げていく。

(;^ω^)「……ツン?」
ξ゚听)ξ「もう、お別れです」

妄想は現実となり僕に襲い掛かってきた。





(;^ω^)「何、言ってるんだお……」
ξ゚听)ξ「もうすぐ冬が訪れます」
(;^ω^)「……冬って」
ξ゚听)ξ「もう直ぐ私は此方より去る運命にあります」
(;^ω^)「何故……」

何故別れる必要があるのか。忌み嫌いあっている仲であるわけでもないのに、何故。

(;^ω^)「今から急いで離れるお!」
ξ゚听)ξ「もう……間に合いません」
(;^ω^)「やってみないとわからないお!」
ξ゚听)ξ「止めてください……」
(;^ω^)「別れることを何とも思わないのかお!」
ξ゚听)ξ「止めてください!」
(;^ω^)「ッ!」





ξ゚听)ξ「別れるのが辛くない筈がないです……こんなにも、待ち焦がれていたのに!」
(;^ω^)「だったら――」
ξ゚听)ξ「だから!」

一呼吸置いて、彼女は悲しそうに呟いた。

ξ゚听)ξ「だから……他人のまま、さよなら……しましょう」
( ^ω^)「……嫌だお」

だが僕は受け入れない。

(;^ω^)「嫌だお! そんなの! そんなの悲し過ぎるお!」
ξ゚听)ξ「……半日とは云え、お世話に……なりました」
(;^ω^)「嫌だお! 行くなお! ツン!」

 必死な僕とは対照的に彼女は、にっこりと微笑んだ。月光を乱反射し、煌く水晶の様な
大粒の涙を浮かべて。

ξ゚听)ξ「さようなら……私、忘れません」
(;^ω^)「ツn――」





――居ない。まただ、この頭にぽっかりと穴が開いたような感覚。誰も居ない。風も無い。
そして、ツンが居ない。

(#^ω^)「何故だお!」

 静寂を引き裂くように僕は叫んだ。あの日泣いた僕は、今日叫んでいた。世の理不尽に
嬲られ、全てを奪われ、僕は叫んでいた。川辺に走り、そのまま川の中へ飛び込む。
滅茶苦茶だ、訳がわからない。川底に額を叩き付けた。2回、3回、4回、5回――。

( ;ω;)「ぶはっ!」

 水面から顔を上げ、ぼやけた視界の中で僕は光を求めて辺りを眺め回す。
すると月明かりの元に見つけた光は、くすんだ朱色。細長く伸びるその光は、いつか僕が
彼女に渡したあの髪留めだった。
手を伸ばしそれを手に取り確かめると、僕の頬を冷たい水が滴り、ぴちゃん、と川面に
音を立てて、落ちた。



 しん、と静かな家に、僕は1人で座っている。静かだと言うだけで感じる広さがここまで
違うものかと、ここ3日間ずっと同じことを考えていた。
 何もする気が起きなかった。大きな別れが僕に残した物は無く、ただ全てを奪いつくされた
気がしていた。髪留めを握ったまま、僕は寝床で食事も摂らず、ずっと黄土色の壁を見ていた。

(´・ω・`)「大丈夫ですか?」

 その声に僕はゆっくりと右を向く。そう言えば昨日からこの男が家に来ていたような気もする。
何故来たのかは覚えていない。

(´・ω・`)「……気持ちはわかりますが、そうしていても何も変わりはしませんよ」

 何を言っているのだ。僕の悲しみを知っての事か。この体中の温もりを全て奪われたような
脱力感を知っての事か。しかし僕に反論をするような気力は無い。代わりに僕はゆっくりと呟く。

( ^ω^)「不幸と言うのは……いつ来るか、判らないものですお」
(´・ω・`)「……」







(´・ω・`)「僕と一緒に隠の研究をしませんか?」
( ^ω^)「……隠の?」

 既にあれから2週間が経っていた。普通の生活が出来るくらいに回復した僕にショボンが
そう持ちかけてきたのだ。

(´・ω・`)「いつ会えるか判らない彼女を只待つより、その方が幾らか有益だとは思いませんか?」
( ^ω^)「……そうかも知れませんお」

 確かに彼の言うとおりだ。仕組みを調べることが出来れば、こうしてただ手を拱いているだけの
生活から脱却することが出来る。
 ただ、本当は忘れればいいのかも知れないとも思う。しかし今の僕には到底そんなことは
出来ないのだ。

(´・ω・`)「実は既に外に看板を掲げたのですがね」
( ^ω^)「勝手に何をしているんだお」

 そう言って僕は笑った。久々に腹の筋肉を使った気がする。それが僕の全身に活気を
送ったのか、僕は急に体が軽くなったのを感じた。



       エピローグ





(´・ω・`)「看板を上げれば旅の人からも情報を集められますからね」

 いつの間にか我が家を乗っ取られてしまったが、1人で住むには広すぎると感じていたので
丁度良い。そう思いながら僕は大きく伸びをした。

     「すみませーん」
(´・ω・`)「噂をすれば、客のようですね」
( ^ω^)「忙しくなりそうだお」

 僕は力強く立ち上がり、髪留めを懐に仕舞った。今度は僕が会いに行く番だ。そう心の中で
呟き、戸口へと向かう。そして隙間から漏れる日光を浴びながら、僕は意味も無く笑った。

( ^ω^)「どうしましたかお?」
      「その……落し物をしまして」
( ^ω^)「……お?」

――その涙声に聞き覚えがあった。





      「私……大事な……髪留めを……お……落とし……」

瞬間、涙が溢れた。こんなことが起こり得るのか。これは幻聴か。返事を、返事をしなければ。

( ;ω;)「かっ……ぁみどめ! っはぁ! ぁあ! かみっ……どめ……」

 思ったように声が出ないんだ。目の前に彼女が居るのに戸に手が届かないんだ。
涙で世界が歪んで、把手が全然見えないんだ。

ξ;;)ξ「ブーン!」
( ;ω;)「ツン!」

 僕達は抱き合った。今までの年月を埋めるように、ギュッと。涙でびしょ濡れの顔を
乱暴に重ね合わせては、また抱き合う。いっそこのまま潰れて1つになってしまえば良い。
そうすればもう離れ離れになって悲しむことも無いんだから。ずっとずっと、このままで
居れば良い。

(´・ω・`)「ふぅ……参ったな。幸せもまた、いつ来るかわからないってことかな。ねぇ、デレ……」



−終−




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