ミセ*//д/)リ「やめて、これ以上は入らないよぉ……」
 
(゚、゚トソン「まだ全然余裕じゃないですか」
 
私の渾身のボケも軽くスルーし、目の前の彼女は鞄にどんどん教科書を詰め込んで行く。
薄型軽量化の時代に逆行するかのごとく、私の学生鞄はパンパンに膨れ上がっていった。
 
(゚、゚トソン「こんな所ですかね」
 
ミセ;゚д゚)リ「何、これ? 重ッ!」
 
本日の授業、6時間分の教科書とノート、それに筆記用具が詰め込まれた鞄は、とてもじゃないがか弱い女性が持つ代物ではない。
持ってはみたものの、あまりの重さに手を放し手しまった。
鞄は重力に引かれ、重々しい音を立てて私の部屋の絨毯の上に着地する。
 
しかし、彼女はそんな事は意に介さず、あろう事か片手で鞄を抱え、再び私の方に差し出す。
 
(゚、゚トソン「どうぞ」
 
ミセ;゚ー゚)リ「いやいや、無理無理……」
 

 
どう考えても有り得ない厚さに重さだ。
明らかに授業に必要ないものも入ってるとしか思えない。
 
(゚、゚トソン「6時間分ともなればこのくらいが普通ですよ」
 
ミセ;゚ー゚)リ「そうかなぁ……?」
 
やんわりと手元に押し付けられる鞄を、眺めながら私はぼやく。
 
ミセ*゚ー゚)リ「やっぱ無理。私、箸より重いもの持った事ないし?」
 
(゚、゚トソン「……あなたはカレーは好きですか?」
 
わずかな沈黙の後、彼女は急によくわからないことを聞いてくる。
カレーって、あのカレー?
ライスとか福神漬けとか付いてくる。
 
そう聞くと彼女はそうだと頷き、返答を求める。
 
ミセ*゚ー゚)リ「うん、好きだよ。辛目の方が好き」
 

 
(゚、゚トソン「では、食べ方はインド風ですか?」
 
ミセ;゚ー゚)リ「インド風?」
 
(゚、゚トソン「こう、手づかみで……」
 
ミセ;゚ー゚)リ「いや、普通にスプーン使うよ?」
 
(゚、゚トソン「金属の?」
 
ミセ*゚ー゚)リ「うん、金属の」
 
(゚、゚トソン「では、箸より重いものは持った事ありますよね」
 
ミセ*゚ー゚)リ「……」
 
何の話かと思ったらこいつは……。
この数十分でだいぶ掴めては来たが、何とも回りくどい性格だ。
口論じゃ絶対敵わない相手だと思う。
というより、出来れば舌戦には持ち込みたくないタイプだ。
 
 
上手く乗せられた私は、観念して押し付けられる鞄をしっかりと掴む。
 
ミセ;゚д゚)リ「重ッ! 手ぇ千切れるよ、これ?」
 
(゚、゚トソン「人間は意外と丈夫ですから、大丈夫ですよ。それよりほら、急がないと遅刻ですよ?」
 
ミセ;゚ー゚)リ「元々行く気ないんだけど……」
 
(゚、゚トソン「いいから行きましょう」
 
ミセ;゚ー゚)リ「うわっと──!?」
 
そう言って彼女は強引に私の空いた手を引っ張る。
落ち着いた物腰の割には強引な性格だ。
 
ミセ;゚ー゚)リ「わかったから、手を放してよ。ちゃんと行くからさ!」
 
私は、引きずられるままに私の世界から引っ張り出された。
 
 




  ミセ*゚ー゚)リ神様inサイダーのようです(゚、゚トソン


 
ミセ;-д-)リ「ういーッす」
 
カラカラと乾いた音を立て、教室の後ろの扉が開く。
今時ない木造りの年代物だが、これはこれで味があると思う。
冬場は風が吹き込んで寒いみたいだけどね。
 
('、`*川「おや、珍しい」
 
/ ゚、。 /「引きこもりが朝からご登校か……」
 
ミセ*゚ー゚)リ「……えーっと、どちらさんでしたっけ?」
 
振られたからにはボケて返す。
いつも通りの態度で、一年から同じクラスのペニサスとダイオードにひらひらと手を振って返す。
 
きょろきょろと辺りを見回し自分の席を探していると、ダイオードが無言である場所を指差してくれた。
窓際の一番後ろ、いなくても目立たぬ自分の席に座ると、2人がゆっくりと歩み寄ってくる。
 
('、`*川「で、どういった風の吹き回し?」
 
ミセ;゚ー゚)リ「来たくて来たわけじゃねえんスけどね……」
 

 
あまり交友関係の広くない私にとって、数少ない普通に話せる相手である2人は、約3ヶ月あまりのブランクを
おいても普通に接してくれるようだ。
 
/ ゚、。 /「というと……あれか……」
 
ダイオードが言いかけた瞬間、教室の前のドアが勢いよく開き、歯切れの良い挨拶が教室に響く。
彼女は花の刺さった花瓶を教卓におくと、その目の前の席に腰掛けた。
 
ミセ;゚ー゚)リ「あれだねぇ……」
 
こちらの視線に気付いたのか、ゆっくりと彼女はこちらを振り向く。
私の姿がそこにあるのを確認して満足したのか、軽く頷いて再び正面に向き直る。
既に机の上にはノートが広げられている。
 
('、`*川「ん? どういう話?」
 
ミセ;-д-)リ「まあ、話せば長いようで一言なんだけどね……」
 
私はペニサスの問いに一言で答えた。
引きこもりの家に委員長が迎えに来ただけだと。
 

 
・・・・
・・・
 
世界の果てから何かが聞こえてくる。
平穏な安らぎを壊す破滅の旋律。
 
ミセ*-、-)リ「……」
 
そんな大袈裟なものではないが、夜型の人間をこんな朝っぱらから起こそうとする非常識な輩は許されざるべき存在だ。
無視を決め込もうかと思ったけれど、一向にチャイムは鳴り止まない。
 
決してリズミカルというわけではないが、一定のペースで鳴り続ける硬質の音は何だか気持ちが悪い。
 
ミセ*う、-)リ「……るさいなぁ」
 
私は渋々ベッドから這い出し、眠い目を擦りながら安眠を妨げる外敵を排除しに玄関へ向かった。
 
ミセ*-д-)リ「新聞なら間に合ってますよー!」
 

 
(゚、゚トソン「おはようございます、冨山さん」
 
ミセ*-д-)リ「んあ?」
 
ドアを開け、頭ごなしに追い払おうとした相手から返って来たのは涼やかな挨拶の言葉だった。
未だ開かない目を擦りつつ相手を確認する。
年の頃は私と同じぐらい、というかその制服は本来自分が通っているはずの学校のものだと気付く。
 
ミセ;う、゚)リ「どちら様?」
 
(゚、゚トソン「はじめまして、都村トソンと申します」
 
自己紹介されたところで、全く聞き覚えの無い名前だ。
はじめましてと言っている以上、恐らく初対面なのだからそれも当然だろうが。
 
私は、そのまっすぐにこちらを見つめる視線に促されるまま口を開く。
 
ミセ;゚ー゚)リ「……はじめまして、冨山ミセリです。えっと……」
 
聞きたい事はいくつもあるが、何をどう聞くべきか悩む前に向こうの方から用件を切り出してくる。
 

 
(゚、゚トソン「あなたをお迎えに参りました」
 
言葉の響きだけを取れば非日常へ誘う夢物語の始まりにも聞こえなくもないが、実際はその真逆だろう。
この状況から判断して、迎えられる先は恐らく学校。
既に俗世から隔絶された悠々自適な生活を送っている私を日常を引きずり出そうというのだろうか。
 
ミセ;゚ー゚)リ「迎えにって……何でその、初対面の人が?」
 
(゚、゚トソン「クラス委員なので」
 
理由は至極明快で、単純に先生から頼まれたから、だそうだ。
納得のいく答えではあるが、たったそれだけの理由でわざわざこんな早朝からご苦労な事だと思う。
 
(゚、゚トソン「クラス委員ですから」
 
同じ答えを繰り返す目の前の委員長さんは、確かに委員長然とした容姿をしている。
揃った前髪、癖のない、首の後ろ辺りで揃えられた後ろ髪はおかっぱ頭にも見える。
 
眼鏡の下の少しきつそうな目付き、緩まない口元、何も知らない私があだ名をつけるとしたら委員長であることは
まず間違いはないだろう。
 

 
ミセ*゚ー゚)リ「デコは出てた方がポイントが高かったな……」
 
(゚、゚トソン「デコ? ポイント?」
 
いつの間にか漏れていた呟きが聞こえたのか、委員長は怪訝そうな目を私に向ける。
何でもないと片手を振り、私は用件はわかったと部屋に戻ろうとした。
 
(゚、゚トソン「お邪魔します」
 
ミセ;゚ー゚)リ「何で付いてくんの?」
 
(゚、゚トソン「あなたはわかったとは仰りましたが、学校に行くとは仰りませんでしたので」
 
くそう、よく聞いてたね。
このまま鍵閉めてまた寝ようかと思ってたのに。
 
折角迎えに来てもらって何だが、私は学校に行く気はない。
てか、誰か来たぐらいでそんな簡単に学校に行くなら、3ヶ月も引きこもっていないだろう。
 
私には私の理由があり、引きこもっていたのだから。
 

 
(゚、゚トソン「さあ、着替えて学校に用意をしてください。遅刻しますよ」
 
ミセ;゚ー゚)リ「いや、私は学校に行く気は……」
 
(゚、゚トソン「はいはい、文句は後で聞きますから、ほら、用意をしてください」
 
ミセ;゚ー゚)リ「いや、だから──って引っ張らないでよ……意外と力強いな!?」
 
(゚、゚トソン「部屋は……汚いですね。ちゃんと掃除はした方が」
 
ミセ;゚ー゚)リ「ここは私の部屋じゃないもん」
 
(゚、゚トソン「では2階ですね。しかし、この部屋を汚したのもあなたなのでは?」
 
ミセ;゚ー゚)リ「うん、まあ、そうだけど──って階段で引っ張るの止めて!? 足、当たってるから! 痛いってば!」
 
・・・・
・・・
 

 
ミセ*-д-)リb「てな感じで、見た目委員長さんは意外と強引な方でしたよ」
 
('、`*川「あんたが大人しく学校来れば良いだけじゃないの」
 
ミセ*゚ー゚)リ「行く、行かないは私の自由でしょ?」
 
取り付く島もないペニサスに、私は不満のじと目を向けるが、反対側のダイオードに軽く頭を小突かれた。
 
/ ゚、。 /「席がある以上、来なければ学校は何らかの対処が必要になる」
 
無関係のやつに面倒をかけさせるなとダイオードは言う。
そう思うならお前が来ればいいじゃんと言いそうになったが、多分この2人が来ても私を学校に引っ張り出すことは
無理だっただろう。
 
私が学校に来ない理由を知っている2人には。
 
正確には、学校に来ない建前の理由だが。
 
そんな話をしている内に予鈴が鳴った。
もうすぐ朝のホームルームが始まる。
2人はまた後でと言い残して自分の席に戻った。
 

 
また後で、というのはまた後でこの話をするという意味ではない。
単に後でまた話そうというだけだろう。
 
私達は別に友達というわけでもない。
誤解のない様に言っておくが、仲が悪いとかそういう話ではない。
 
単に学校では話すというだけの間柄だ。
1年の頃は帰りに一緒に遊びに行くこともあったが、連絡先の交換とかはやってない。
 
どこまでを友達というか曖昧な定義だが、少なくとも私には友達と呼べる人間はいないんじゃないかと思う。
 
もし2人が、私のことを友達だと思っていたのなら甚だ失礼な考えだと思うが。
しかし、それはあの2人が良いやつなだけのことだとも思う。
 
いつの間にか教室には初老の男が入って来ていた。
あれが担任なのだろうけど、全く見覚えはない。
 
(∵)
 
ミセ*-ー-)リ(まあ、学年上がってから1度も来てなかったんだから当然か……)
 
私は、教卓から目を背け、窓の外の青い空をただ眺めていた。
 
・・・・
・・・
 

 
ミセ;-д-)リ「やっっっっと終わったぁ……」
 
大きく伸びをして、そのまま机に突っ伏す。
6時間びっしり詰まった授業は、3ヶ月のブランクを埋めるリハビリとしては重過ぎた。
 
帰りのホームルームも終わり、後は帰宅するだけなのだが、疲れ切った身体は立ち上がることを拒否している。
 
('、`*川「はい、お疲れさん……と言ってあげたいとこだけど」
 
/ ゚、。 /「普通に授業受けただけだからな」
 
確かに体育の授業があったわけでもなく、これと言って移動するような授業もなかったが、こちとら3ヶ月ぶりの学校なのだ。
途中で帰らなかっただけでも賞賛に値するだろう。
 
しかし、久しぶりだというのに先生からの呼び出し、ありがたいお話なんかはなかった。
いい加減な話だが、まあ放って置いてくれるならこちらはその方が助かるというものだ。
 
ミセ*゚ー゚)リ「よし、帰ろ」
 
少し休んで幾分回復した私は、空の鞄を担ぎ上げ、席を立つ。
 

 
ミセ*゚ー゚)リ「久しぶりにどっか寄ってく?」
 
('、`*川「あんたと行くと、なんだかんだでいつの間にかおごらされてるのよね」
 
/ ゚、。 /「うむ……それに……」
 
うんざりとした表情を向けるペニサスに、それに頷くダイオード。
別段おごれと強要してるつもりはないのだが、そんなイメージが付いていたとは初耳だ。
まあ、確かによくおごってもらってた覚えはあるな。
 
そんなことを考えつつ、ダイオードが指差した方を見てると教室の後ろの扉が勢いよく開けられ、見覚えのある顔が
こちらに向かって来る。
何で外にいたかは知らないけど、多分委員長だから先生に呼ばれでもしてたのだろうと勝手に判断する。
 
(゚、゚トソン「忘れ物ですよ?」
 
ミセ;゚д゚)リ「ちょ、何すんのさ?」
 
間近に来た途端、私から鞄を取り上げ、机の中に大事に閉まっておいた教科書類を次々と放り込んでいく。
 
(゚、゚トソン「何って、教科書は持って帰らないと勉強できないじゃないですか?」
 

 
ミセ;゚д゚)リ「しないからいいよ!」
 
('、`*川「いや、しろよ」
 
ミセ;゚ー゚)リ「勉強は学校の授業で十分でしょ? だったら忘れないように学校に置いておく方が良くない?」
 
/ ゚、。 /「良くないな」
 
ペニサスとダイオードが口を挟んでくるが、こいつらは多分面白がってるだけだろう。
自分達だって、全部の教科書は持って帰ってないはずだ。
そんなことを話していたら、瞬く間に私の鞄は今朝同様パンパンに膨れ上がっていた。
 
(゚、゚トソン「はい、どうぞ」
 
ミセ;゚д゚)リ「重ッ! だから手が千切れるってば!?」
 
文句を言う私を完全に無視し、委員長は私を押しやるように教室から出る。
ちゃんとペニサス達には挨拶をしてたみたいだけど、よく考えたら何で私は押しやられてるの?
 
ミセ;゚ー゚)リ「帰りは別に時間制限ないんだし、1人で帰れるよ?」
 
こんな重い荷物を持ったままでどこかに遊びに行く気はしない。
元々1人でどこかに行く気もなかったけども。
 

 
(゚、゚トソン「少し気になったことがありますので」
 
ミセ;゚ー゚)リ「気になったこと?」
 
鸚鵡返しに聞き返す私に委員長は行ってから話しますと宣言し、すたすたと歩いていく。
当然のごとく足は私の家の方に向いている。
 
それにしても、私と同じくらい膨れ上がった鞄を抱えてよくもあんな早く歩けるものだと感心する。
 
ミセ;゚ー゚)リ「ちょっと待ってよ。歩くの早いってば」
 
(゚、゚トソン「だらしないですね。置いていきますよ?」
 
そう言いつつも少し歩調を緩める委員長。
仕方なく歩調を速める私。
 
よくよく考えたら、置いて行かれようが私がいないと家には入れないんだし、別に家に来てもらう必要もないんだしで
委員長に合わせる必要もなかったのだが、なんとなくそのペースに釣られてしまった。
 
・・・・
・・・
 

 
ミセ;-д-)リ「やっっっっと着いたぁ……」
 
私は玄関を上がった直後に膝を着き、鞄を落とすように下ろす。
委員長はごく当たり前の様にお邪魔しますと言って玄関の隅に鞄を下ろし、すたすたとリビングの方へ歩いていく。
 
ミセ;-ー-)リ「……んで、気になったことって?」
 
床に突っ伏したまま、委員長に声をかける。
しかし返事はなく、代わりに聞こえてくるのはばたばたと人が動き回る音だ。
 
ミセ;゚ー゚)リ「何を……」
 
私は渋々立ち上がり、リビングに向かう。
そこには聞こえた通り忙しなく動き回る委員長の姿がある。
 
(゚、゚トソン「掃除はまめにすべきですよ?」
 
ミセ;゚ー゚)リ「えっと……何を……?」
 
再度口をつく同じ質問に、委員長は掃除ですと見たままを答える。
呆気に取られる私を気にすることもなく、委員長はテキパキと作業をこなしていく。
あれよという間に綺麗になっていく部屋に、委員長の手際の良さに驚かされる。
 

 
(゚、゚トソン「洗濯機は向こうですかね?」
 
ミセ;゚ー゚)リ「あ、私がやります、はい」
 
既に委員長を止めるという選択肢は私の中から消えていた。
止めても無駄、論争を仕掛けても勝てそうにもないというのが1つと、よくよく考えたらとても有難いことなんじゃないかと
思ってしまったのが1つ。
 
朝から色々ありすぎて、思考範囲を超越してしまったせいでもあるが。
どうにも委員長のペースに振り回されている。
 
それから小1時間もかからず、リビングやキッチンなど1階の掃除は終了した。
昨日までと同じ部屋とは思えないほどの変わりようだ。
委員長が何でいきなり掃除しだしたのかの理由はともかく、この件は感謝すべきであろう。
 
(゚、゚;トソン「こんな所ですかね」
 
ミセ*゚ー゚)リ「うん、十分すぎるくらいかと。サンキュー」
 
2階は私の部屋ぐらいしか使ってなく、その私の部屋もそれなりに片付いてるのでやらなくても大丈夫だ。
私がそう言うと、確かに、ここに比べれば私の部屋は随分と片付いていたと委員長は言う。
 
朝に観察していたらしい。
目敏いことだ。
 

 
私は額に汗を浮かべて室内を確認している委員長に目を向ける。
あの重い鞄を持って平然と歩く委員長でも汗ぐらいはかくようだ。
当たり前の話だが。
 
それだけ真面目に掃除をしてくれたということか。
 
ミセ*゚ー゚)リ「取り敢えずそこ座っててよ。飲み物ぐらい出すからさ」
 
(゚、゚;トソン「いえ、私は……」
 
もう帰ろうかと言いかける委員長に真新しいタオルを放り投げ、自分はキッチンに向かう。
委員長は少し悩んでたようだが、大人しくリビングのソファーに腰掛けた。
 
ミセ:゚ー゚)リ(……って、何か飲み物あったっけ?)
 
適当に一人暮らしの身の上だ。
飲み物はペットボトルの飲料を必要な時に買って来ている。
買い置きはない。
 
流石に水道水は失礼だろうと冷蔵庫を開ける。
 

 
ミセ*゚−゚)リ「あ……これがあったか……」
 
ほとんど空っぽの中に1本だけ缶ジュースが入っていた。
何の変哲もない、普通にどこにでも売ってそうな缶ジュース。
私はそれを取り出し、コップを2つ用意する。
 
氷は入れず、変わりに1つずつガラスの玉、いわゆるビー玉を入れジュースを注いだ。
 
ミセ*゚ー゚)リ「お待たせ」
 
(゚、゚トソン「わざわざありがとうございます」
 
いちいち律儀にお礼を述べ、恭しくコップを受け取る委員長。
こちらのお礼に対してお礼を言われるとお礼の言い合いになると思うのだが。
 
タオルは使ってもらえたようだが、洗って返すと言われそうなので釘を刺しておく。
 
ミセ*゚ー゚)リ「いや、どうせ他も洗濯するしね」
 
(゚、゚トソン「しかし……」
 

 
朝からペース争いに惨敗している私は、主導権を取り戻すべく強引に事を進めることにした。
委員長の傍らに畳んであったタオルを掴み上げ、洗濯機の方へ走る。
 
ミセ*゚ー゚)リ「それ、飲んでてよ」
 
(゚、゚トソン「あ……」
 
何か言ってたようだが、既に部屋を出た私の耳には聞き取ることは出来なかった。
聞くつもりはなかったし、気にせずタオルを洗濯籠に放り込み、リビングに戻る。
委員長は諦めたのか、大人しくソファーに座ったままだ。
 
しかし、コップの中身は減っている様子がなかった。
 
ミセ*゚ー゚)リ「飲まないの?」
 
(゚、゚トソン「あ、いえ……」
 
ミセ*゚ー゚)リ「嫌いだった、サイダー?」
 
(゚、゚トソン「いえ、そうではないのですが……これは?」
 

 
委員長はコップの中、泡が大量についたビー玉を指差す。
透明のそれは見様によっては氷にも見えなくないが、浮かばない、傾ければ転がるその様子で間違い様はないだろう。
 
まあ、何でそんなものを入れる必要があったのかと委員長が疑問に思うのは当然だ。
 
ミセ*゚ー゚)リ「ん? ビー玉?」
 
(゚、゚トソン「やはりビー玉なのですか。そうです、ビー玉です」
 
ミセ*゚ー゚)リ「ちゃんと洗ってあるやつだから綺麗だよ」
 
(゚、゚トソン「それは良かった。しかし、何の意味が?」
 
綺麗は綺麗ですがと委員長は言う。
綺麗だと思ってくれたことは、ほんの少し嬉しかったが別に綺麗だから入れているわけでもない。
 
これといって意味があるわけでもない。
普通の人にとっては。
 
でも、私には意味がある。
 
私と、私の大切だったあの人には。
 

 
 
「これはね、神様なの」
 
 
 
あの日、あの人が言った言葉。
 
 
どちらかといえば苦し紛れの言葉だったのかもしれない。
 
幼かった私でも、それはないだろと反射的に思ってしまった。
 
 
何の変哲もない、ただのガラスの玉。
透き通る液体の中で、泡に塗れて沈んでいる。
 
本当は何の意味もないはずの、でも私には大切な事。
 
あの人との想い出。
 
 
そして──
 

 
(゚、゚トソン「かみさま?」
 
目の前には不思議そうな顔をした委員長の姿がある。
記憶の中の顔は消え、現実の中の顔が覆い被さる。
その表情にほとんど変化はないのに、不思議と見分けられた。
 
いや、別に不思議じゃないか。
 
私は自分のコップを手に取り、委員長の眼前で揺らして見せた。
 
ミセ*゚ー゚)リ「そ、神様。いわゆるゴッド?」
 
納得のいかない表情のまま、委員長は曖昧に頷く。
私の田舎の方の風習だとか、はたまた私がかわいそうな人だとかで納得しようとしたのかもしれない。
 
ミセ*-ー-)リ「大した話じゃないよ。私のお母さんが、勝手にそう呼んでただけだから」
 
(゚、゚トソン「御母様が……?」
 
委員長はそう言いかけたが、一瞬はっとした表情を見せ、すぐさますまなそうに変わる。
ああ、どうやら聞いてはいるみたいね。
 

 
まあ、先生辺りならうちの家庭の事情も知ってて当然か。
そういう事情も察していたからこそ、掃除までやってくれたのかもしれないな。
 
(゚、゚;トソン「すみません、その……」
 
ミセ*゚ー゚)リ「ああ、気にしないで。もうだいぶ前の話だしね」
 
今は何も気にせず、日々適当に過ごしてますからと、へらへらと笑いながら空いた方の手を振って見せた。
なおもすまなそうな顔をする委員長だが、本当に気にしないで欲しい。
 
いつまでも死んだ人に引きずられるほど暇じゃないのだ。
暇を持て余していただろう引きこりが言うなって話ではあるけども。
 
(゚、゚;トソン「……」
 
私の笑顔に、かける言葉を捜しているのか委員長は何かを言いかけては口をつぐむ。
誤解はしないで欲しいのだが、私は両親との仲が悪かったわけでもないし、悲しんでないわけでもない。
 
しかし、時間は経ったのだ。
生きるためには割り切ることも必要なのだ。
 

 
ミセ*゚ー゚)リ「あんま気にしないでよ。私が気にしてないんだから」
 
ともかく、このサイダーのお話だ。
私は笑い話のような昔話を始める。
 
私がまだ小さい頃、世の中にはビー玉が入った飲み物があるらしいとどこからか聞いてきて、それを飲みたいとお母さんにねだったのだ。
今考えればそんなもの、誰だってラムネだってわかる話だ。
でも、どちらかといえば世間知らずでぽやっとしていたお母さんはそれがわからなかったらしい。
 
ネットで調べるなんて発想はないし、そもそもそんなに普及してなかった。
普及してたとしても確実に使いこなせなさそうなお母さんだったけど。
お父さんは帰りが遅かったし、誰かに聞くことも出来なかったようだ。
 
とにかくお母さんは私の、透明な泡の出る飲み物といううろ覚えの伝聞知識を元に、この飲み物を編み出した。
編み出したと言っても、コップに入れたサイダーにビー玉を入れただけなんだけど。
 
ミセ*-ー-)リ「頼んでおいてなんだけどさ、子供心にもこれに何の意味があるのかわからなくってさー」
 
(゚、゚トソン「……」
 
これと、ビー玉を指差す。
黙って私の話を聞く委員長に説明を続ける。
 

 
ラムネだったら、蓋だったりとかの意味はわかるんだけど、これは流石に何の意味もない。
何せ間違ってるのだから。
 
でも、お母さんは言った。
 
これは、神様なのだと。
 
お母さんは何か意味があってこんな飲み物があるのだろうと思ったのか、それとも違ってるとわかってて子供を納得させるための
ウソをついたのか私にはわからない。
 
ただ、あの時の笑顔を思い出すと、ひょっとして本気でそう思ってたのかもしれないと考えたりもする。
 
何でビー玉が神様なのか、わざわざサイダーに入れる必要があるのかとか突っ込みどころは山ほどだけど、
その笑顔で全て飲み込んでしまえる。
 
そんなお母さんが、これはあなたを見守ってくれる神様だと言ったのだ。
 
それだけで、私には十分だった。
 
 
それだけで、十分だったはずなのに──
 

 
ミセ*゚ー゚)リ「そんなお話。お母さんのことを想い出す機会を作ってくれたと思えば、本当に神様かもねと思ってなくもない」
 
本当だけど全ては告げず、私は話を締めくくる。
そんな理由で私もこれが神様だと思っていると。
 
(゚、゚トソン「そんな事が……」
 
ミセ*゚ー゚)リ「そんな真面目な顔しなくても」
 
関係ない人にとっては、はっきり言って笑い話みたいなものだ。
おっちょこちょいな母を笑って気軽に聞いてくれてよかったのに、委員長はやはり真面目な顔で首を振る。
 
(゚、゚トソン「良いお話でした」
 
ミセ*゚ー゚)リ
 
(゚、゚トソン「素敵な御母様だったんですね」
 
それはどうかなーと思わなくもないが、まあ、良いお母さんだったよ。
私は好きだった。
 

 
そんな私の気持ちに気付いたのか、委員長は笑っているようだった。
無表情にしか見えないけど、きっと笑っている。
 
私が嬉しいのが、委員長も嬉しいのだろうか。
今更わかりきった話しだけど、こいつも良いやつなんだろうな。
わざわざ先生に言われたぐらいで朝起こしに来て、一人暮らしで苦労してると思って掃除してくれたり。
 
少々おせっかいが過ぎると思わなくもないけども。
 
ミセ*゚ー゚)リ「まあ、それはいいや」
 
私は話を切り、サイダーを飲むように促す。
今の話を聞いたら飲みにくいのかもしれないが、神様まで飲めとは言わないし。
 
私は、委員長がサイダーを口に運ぶのを見て自分のコップをテーブルに置く。
そしてそのまま、意識をコップの中のビー玉だけに集中させる。
 
(゚、゚トソン「冨山さん?」
 
急に押し黙った私に、訝しげな視線を向ける委員長。
私はそれを聞き流し、さらに意識を集中させる。
 

 
流れるイメージが頭の中に見える。
 
ミセ*゚−゚)リ(何を…………空気……いや、天気でいいか……)
 
(゚、゚トソン「あの、冨山さん?」
 
ミセ*゚ー゚)リ「ミセリ」
 
(゚、゚トソン「え?」
 
ミセ*゚ー゚)リ「ミセリでいいよ」
 
(゚、゚トソン「あ、はい、ミセリさん」
 
ミセ*゚ー゚)リ「さんもいらないって」
 
再び声をかけてきた委員長に読み終えた私は答える。
最初は何のことかわからなかった上に、わかったらわかったで無作法過ぎるとか言って渋った委員長だが、名前で呼ばれる方が
好きなのだと説明すると何とか納得してくれたようだ。
 
ミセ*゚ー゚)リ「んで、話は変わるけど……」
 
(゚、゚トソン「はい」
 

 
ミセ*゚ー゚)リ「今日、洗濯物外に干して来た?」
 
(゚、゚;トソン「洗濯物?」
 
何の脈絡もないと思ったであろう質問に狼狽する委員長。
だいぶ無表情が崩れてきたようだ。
こちらのペースに持ち込めたのは喜ばしいことだが、一応意味のある質問なんだけどね。
 
ミセ*゚ー゚)リ「そ、洗濯物」
 
再度質問を重ねると、委員長は頷く。
天気が良かったので、昨晩洗濯した物を朝ちゃんと外に干してから私の家に来たそうだ。
うん、えらいねえ。
 
ミセ*゚ー゚)リ「そっか、じゃあ、今からすぐ帰った方が良いね」
 
(゚、゚;トソン「はい?」
 
ミセ*゚ー゚)リ「もうすぐ、そうだな……1時間もしない内に雨になると思うから」
 
(゚、゚;トソン「雨ですか?」
 

 
今朝の天気予報では、今日一日快晴だと聞いていたという委員長。
私は見てなかったが、時には天気予報も間違うこともあるのだろう。
 
私が自信満々でそう言うと、委員長は不思議なものを見る目で私を見た。
 
ミセ*゚ー゚)リ「洗濯物、濡れちゃっていいの?」
 
(゚、゚;トソン「それは困りますが……」
 
渋る委員長。
ひょっとしてさっさと追い出そうとしてるとでも思われたのだろうか。
そういうつもりはないのだが、そう言ったところで何の説得力もない言葉なのは私自身も良くわかってる。
 
ミセ*゚ー゚)リ「まあ、騙されたと思って私を信じてみてよ」
 
どうせ明日も来るんでしょ、と私は続ける。
 
(゚、゚トソン「あなたがちゃんと学校に行くのなら来ませんが」
 
ミセ*゚ー゚)リ「来なきゃ多分寝てるね」
 
行く気もないし、生活習慣的にそうすぐに朝に起きられるようになるとは思えない。
そんな私の言葉に、委員長は深くため息をついた。
 

 
(゚、゚トソン「出来れば、ちゃんと御自分で学校に行って欲しいものですが」
 
ミセ*゚ー゚)リ「私がちゃんと行くって言っても、明日は来たんじゃない?」
 
(゚、゚トソン「……ですね。わかりました、御馳走様でした」
 
少し考えた後、納得した表情を見せて委員長は言った。
ビー玉だけが残ったコップを手に持ち、流しに運んで行こうとしたが、私はそれを奪い取る。
 
ミセ*゚ー゚)リ「そのくらいやるってば。今日はありがとね」
 
そう言って私は深々と頭を下げた。
ポーズではなく、掃除をしてくれたことには本当に感謝してる。
 
お母さんを褒めてくれたことにも。
 
(゚、゚トソン「クラス委員ですから」
 
今朝方と同じ言葉を、同じような素っ気無い口調で返す委員長。
そのまま早足で玄関に向かい、置いてあったあの重い鞄を手に取った。
 
そしてそのまま、また明日とそそくさと出て行ってしまった。
 
 
ミセ;゚ー゚)リ「あれ、何かやっちゃったかな?」
 
微妙に不機嫌そうに表情を歪めて委員長は去っていった。
何が気に障ったのか考える内に、ふと別の可能性に思い当たった。
何かを堪えたような、固く結ばれた口。
 
あれは不機嫌だったわけではなく……
 
ミセ;゚ー゚)リ「……ひょっとして照れてた?」
 
そう考えると、私は自然に噴出してしまっていた。
今日は朝から散々引っ掻き回されたけど、最後には五分に持ち込めたかもしれない。
 
ミセ*-ー-)リ「やれやれ……明日も大変そうだねぇ……」
 
そういう私の口元には、苦いながらも笑みが浮かんでいるらしい。
両手に持ったコップの中では、神様が乾いた音を立て転がっていた。
 
 
 
           〜 前編 終わり 〜
 

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