('A`)は電気のゾンビに夢を託すようです2

ξ゚听)ξ「ますたー」

('A`)「なんだ」

ξ゚听)ξ「いや、暇だったから呼んでみただけだ」

('A`)「そうか」

 本を閉じて、次の本を手に取ろうと腕を伸ばす。
 左には読み終えた本の山、右にはまだ読んでいない本が積まれている。いつもどおりの光景だ。
 だが伸ばした腕は空を切り、指先が床を叩いて、既に次に読む本がない事を知らせた。

 仕方なく、俺は立ち上がって、数日前発表された論文のコピーを手に取った。
 確か、ミュオン内部構造に関する実験をまとめた論文だ。
 インドの研究グループが発表したままの原文なので、すべてヒンディー語で書かれている。
 少々読むのに時間がかかるな、まったく、逆方向に書かれると読み難くいことこの上ない。

ξ゚听)ξ「……ますたー」 

('A`)「ああ? どうした?」

ξ゚听)ξ「いや、呼んでみただけだ」

 心なしか最近、俺を無意味に呼ぶ事が多い気がしてきた。 
 なあ、そんなに暇か?


 流星群の日がついに訪れ、俺達は星が見える小さな丘へ登った。
 街の灯りが空を照らし、それでも星達は人工の光に屈せず、燦然と輝いている。

 望遠鏡だとか、星図板だとか、そういった類の物品は一切持ってきていない。
 彼女の網膜素子はそんなものなくても見えるだろうし、超高密度分子メモリは記憶しているだろう。
 俺はただ流れ星にはしゃぐこの子を見れれば、それでよかった。

ξ゚听)ξ「あっ! 流れ星!」

 指さす方向を見れば、それは瞬く間に流れて摩擦の熱に消えた。
 彼女は願いを唱えるなんてすっかり忘れているのか、その場で飛び跳ねんばかりにはしゃいでいる。

('A`)「おい、お前、願い事はどうしたんだよ?」

ξ゚听)ξ「ふんっ! 願い事は、心の中で言うものだッ」

 彼女は振り返りながら、満面の笑みを浮かべていた。
 ああ、何でタバコを家に置いてきちまったんだろうな。何かを誤魔化すにはもってこいだと言うのに……
 そうだよ、萌えたんだよ悪いか?


('A`)「なあ、お前って好き嫌い多いよな?」

ξ゚听)ξ「うっ……そうか?」

('A`)「とりあえず、野菜嫌いが酷すぎるぞ」

 彼女の嗜好の幅が大きいのは、きっと思考ネットワークに行った介入の影響だろう。
 俺が人間の思考ネットワークに手を加えたからこそ、そこに妙な影響が出たのだ。

 その辺りの事情は、幾度か繰り返し、手探りでも異変を見つけなければならないだろう。
 だが、彼女自身を組み変える事など出来るわけがなく、どうやら次のアンドロイドで試す他ないようだ。

('A`)「なあ、ピーマンは嫌いだろ? トマトは?」

ξ゚听)ξ「くっ……食えなくもないぞ」

('A`)「う〜ん、俺は小さい頃トマトだけは食えなかったんだが……なあ、俺の事はどうだ?」

ξ////)ξ「え? うえ? まっますたー? ますたーは、好きとかそんな……」

('A`)「俺はお前が好きだぞ」

ξ////)ξ「え? え? え? わっ私も、ますたーは好きだぞっ! 大好きだ!」

 どうも、俺は彼女に随分と好かれているらしい。
 だがそれは、創造主だからなのか、個人としての感情なのか、彼女に聞いた質問は余計に難易度を増した。


ξ゚听)ξ「お腹すいた」

('A`)「それは新しい食後の文句か? ご馳走様の代用か?」

ξ#゚听)ξ「文字通りの意味だ!」

 彼女は今しがた昼食を食べ終えたばかりである。
 だと言うのに彼女は、フォークとスプーンを両の手に握り、今にも皿を叩かんと俺を睨んでいた。
 なお、彼女がその小さな体に収めた食料は、カレー3杯と随分多い。

('A`)「おかしいな、廃棄燃料生成装置が壊れたか? あーだったら夕食抜いて後で点検しないと……」

ξ#゚听)ξ「ちがうっ! 私は食後のデザートを所望しているのだ!」

(#'A`)「てめぇ! それは勉強が終わってからだっていつも言ってるだろうがっ!」

ξ#゚听)ξ「やーだー、シュークリーム食べたい、ドラ焼きも食べたいっ!」

('A`)「あーあ、せっかバケツプリン用意してあったのに、わがまま言うなら俺が食べちゃおうかなぁ……」

ξ*゚听)ξ「今すぐ超特急でやってきます。わたし、勉強だいすきッ!」

 そういって彼女はエロゲをするためにパソコンと向かい合った。
 洗脳は順調に進んでいる。




('A`)「先日、ドアを開けたらタライが落ちてきたんだ」

 ココを打ったんだ。と、俺は頭頂部を指し示す。

('A`)「もちろん、仕掛けたのは彼女だ。正直苛立った、けど、これは彼女に悪戯を実行するほどの理性がある証明だ」

(;・∀・)「それは、理性なのか?」

('A`)「理性さ。そして、悪戯を楽しむ感情でもある」

( ・∀・)「……そうとは限らないな。それはテレビだとかで悪戯を覚え、ただ真似ただけだろう?」

 俺が頷くと彼は、なのならば、と前置きして続ける。

( ・∀・)「彼女は楽しむ感情としてではなく、単に人間の行動としてそれを覚えたに過ぎないんじゃないのか?」

('A`)「一理あるな。じゃあ訊くが、その悪戯を試してみようと言う好奇心は、感情じゃないのか?」

 彼は答えず、いや、答えられずに、また一口ウィスキーを口に含んだ。
 おい、一体どんだけ飲む気だよお前。オイコラそろそろ自重しろ。


 彼女が組んだゲームプログラムのデバックを手伝う。
 ソースがゴチャゴチャしている俺とは大違いの、驚くほど綺麗なプログラムだ。
 その上、アンドロイドだからであろう、記述ミスや順序ミスなど、凡ミスが一つもない。
 お陰でデバック作業は随分と楽に進んだ。

 プログラムは創作活動に含まれる、俺の脳内定義が正しいならばそのはずだ。
 だけじゃない、今日彼女は絵を描いてみせた。
 ならば、自ら望み、無から何かを作り出した彼女に、意識はあるのだろうか?

 絵を描くことと写真を印刷することとでは、まったく、別次元の問題だ。
 どちらもインクを紙に染み込ませ、特定の図形を描くという意味では、全く同じ現象ではある。
 だけど、彼女の空想を、彼女の世界観を、そのまま紙に写した紙は、絵画と呼べる代物足り得るのだろうか?

 アンドロイド特有の写真のように精巧な絵は、一体、印刷なのか絵画なのか。
 答えてくれる人間は、いや、答えを持つ人間は誰一人として存在しない。
 まさに、神のみぞ知ることなのだろう。

 ただ俺は、彼女の色鉛筆を使って描いた流星群が、眩しいほどに美しく見えたのだった。
 それだけで、神だろうがなんだろうが、どうだって良い気がしてきた。


ξ;゚听)ξ「ますたー」

('A`)「んー?」

ξ;゚听)ξ「幾らなんでも買いすぎじゃないか?」

('A`)「そうか?」

ξ;゚听)ξ「だって……ほら、置く場所とか」

('A`)「いや、我が家は二人じゃ広すぎるだろ? 十二分に余ってるよ」

ξ;゚听)ξ「だって、ほら……その」

 言い淀む彼女の肩を、俺は優しく叩く。

('∀`)「だって、勉強好きなんだろ?」

ξ;凵G)ξ「ますたーのばかぁっ!」

 今年発売のエロゲ、全部買ってきた。


ξ*゚听)ξ「ますたー」

('A`)「ん?」

 昼飯の準備を始めようと、立ち上がったその時だ。
 俺は彼女に呼びとめられた。
 彼女にしては珍しく何かもじもじと、決めかねるように手元を遊ばせ、俺とまっすぐ視線を合わせようとしない。

('A`)「どうした? ほら、ここ汚れてるぞ?」

ξ*゚听)ξ「ますたー、あの、昼飯を作ったんだ……その、食べてもらえないか?」

(*'A`)「マジで? 食う、いや喜んで食べさせていただきますっ」

ξ*゚听)ξ「ほっほんとか!? ちょっと見栄えが悪いがな、コレだ」

( A )……

ξ*゚听)ξ「たくさん食べてくれっおかわりもあるぞッ?」

 なんだろう、タミフル漬けのウデフリツノザヤウミウシみたいな味がした。食ったことないけど。
 一言で言うなら、気を失うかも知れないくらい不味かった。
 だけどな、

ξ;゚听)ξ「まず……かったか?」

 なんて言われてみろ。この状況で歯を食いしばって美味いって言えなきゃ男じゃないね。
 ……腹痛は一時間後に待っていた。


ξ;凵G)ξ「ますたー、わたしわたし……壊れてしまったかもしれん」

(;'A`)「どうした? どっか具合でも悪いのか?」

ξ;凵G)ξ「分からない、思考形成回路へのアクセスは元から禁止になってるし、どこが悪いかなど……」

 まずいな、思考異常が発生したのだろうか?
 俺が思考パターンネットワークへ介入した部分が、ついに異常を引き起こしたのかも知れない。
 しかし、他の情報を引きずり出そうにも、彼女は泣いてしまって返事は要領を得ない。
 いや、そもそもこの号泣が思考異常、感情異常だというのか?

ξ;凵G)ξ「おかしいんだ、説明しようがないんだ、何故かますたーを見ると、胸が……苦しいのだ!」

(*'A`)「……」

 あーやべっ涙出るかと思った。不覚にも涙の訴えに俺は悩殺された。
 神様、俺がお前を肯定する事は一生ありえない。
 だが、感謝の旨くらい述べさせてくれてもいいだろう。

ξ;凵G)ξ「辛くて、苦しいのにっマスターを独り占めしたい。わたしはっ機関異常か? この感情はエラーなのか? なあっ! 」

 主よ、あなたの作ったこの世界に、あなたが与えてくれた愛に感謝します。
 そして俺は、泣きじゃくる彼女を抱きしめて、きつくきつく抱きしめて、一言を噛み締めるように告げた。

(*'A`)「俺もだよ、俺も、お前が好きだ!」

 彼女は、アンドロイドは、心を宿すんだ。目の前の彼女を見て、なぜそんな簡単な事を否定できる。
 その感情がエラーなどと、誰が肯定できると言うのだ。


ξ*゚听)ξ「ますたーっ!」

('A`)「?」

ξ*゚听)ξ「いや、呼んでみただけだっ」

 なんだか急に愛しくなって、俺は彼女を後ろから抱き絞めた。
 慌てる彼女がまた可愛くて、その頭をグリグリとなで回した。
 頬ずりするとシャンプーとリンスの香りが鼻をくすぐり、全身の柔らかさが俺を包む。
 この柔らかさは電磁筋肉のものだ、分かっていても、まだ愛しい。

ξ////)ξ「わっわっわっま、ますたー!」

(*'A`)「おっと、すまん」

 彼女の声に我に返って、開放すると頭をなでる。
 手櫛で髪を整えてやり、ついでにほっぺをぷにぷにしてやった。

ξ////)ξ「ますたーその……」

('A`)「ん?」

ξ////)ξ「あの……もっかい頼む」

 ああくそ、可愛いなコンチクショウ。


ξ゚听)ξ「ますたー! ……なんだ、寝てるのか」

ξ゚听)ξ「………」

ξ゚听)ξ「………」

ξ*゚听)ξ「……寝顔、かわいいなぁ」

ξ*--)ξ「……ん」

('A`)「……なにやってんだ?」

 あいつの声が聞こえて、俺はまどろみの中から覚醒へと向かう。
 睡魔を跳ね退け、怠惰なぬくもりから目を開けると、彼女が俺に馬乗りになっていた。
 だけじゃない、目を瞑って顔をめいっぱい近づけていた。

ξ////)ξ「わっわっわっ!」

('A`)「わすれもの?」

ξ////)ξ「おっ起きていたのかっ!?」

('A`)「今起きたんだ、ほれっ」

ξ////)ξ「うひゃぁっ!」

 彼女を強引に抱き締めて、毛布に包まる。
 初めは暴れていた彼女も直に大人しくなって、俺は彼女を胸に抱きながら共に惰眠を貪った。


 彼女の要請で俺は全身の改造を施していた。ボディ全てを改装する大規模改造だ。
 といってもこれは、時間のかかる代物ではない。
 彼女の演算素子やメモリ、動力源といった外せるパーツを外して新しいボディに収めるだけの作業だ。
 磨耗品の換装など、面倒な作業は事前に行っていた。

 全ての換装が終わると、手術台で眠る彼女をうつ伏せになるよう転がす。
 その首の端子に手元のコンピュータを接続すると、液晶を眺めながらキーをいくつか叩いた。
 そうやって、いざと言うときの為に組んでおいたプログラムを流し込む。
 テストモードを起動して、プログラムや換装パーツの駆動を確かめると、端子を引き抜く。
 あお向けに戻すと、彼女は眠りから目覚めた。

 彼女に新たに与えた物は、子を宿せない子宮と精密な感覚神経だ。
 俺自身のやましい気持ちなど、関係がない、俺は彼女の望むままに改造と拡張を施す。
 ただ、それだけだ。

 だと言うのにッ!


 思えば、この時この子の重大な欠陥に、気付くべきだった。
 推理する材料は、この地点で十二分に揃っていたのだ。

 なのに俺は、その可能性に一部も目を向けなかった。
 いや、もしかしたら、既に気付いていたのかも知れない。
 だけど、ただ、その残酷な可能性に眼を背けていただけかも知れない。

 だけど、結果的にこの換装を施した。
 神よ、殺して悪かった。お前はまだ生きている。
 だってまだ、俺の前に壁として立ち塞がっているじゃあないか。

 ふざけるなよ。
 俺はお前にだけは、絶対に祈らない。
 お前をすぐに乗り越えてやる、今その方法は浮かばないが必ずだ。


 昨夜、俺は彼女と結ばれた。愚鈍な俺が事実に気がついたのは、この時だった。
 彼女は俺の胸の中で、俺に抱かれながら、こういったのだ。

ξ--)ξ「あかちゃん、欲しいなぁ……」

 残酷にも、彼女の思考ネットワークの中には、母性本能が生きていた。


 拡張機能申し出を断ったのは、初めてじゃないだろうか?
 情が移るのは、ダメだな。
 それが愛情であろうと、同情であろうと、俺の胸を痛めつける。

 彼女の要望は、他人のモノでもいい、子を宿せるようにしてくれと言うものだった。
 俺の作った擬似細胞は、所詮、細胞の形をしたシリコンとセラミックの塊に過ぎない。
 どんなに似た振る舞いをしようと、同じ機能を有していようと、死滅しないし分裂もしない。
 所詮人間は神に勝つ事はない、無力なのだ。

 彼女はそれを知っていて、人間の卵子に宿せるようにして欲しいと懇願して来たのだ。
 技術力的には、難しいが全く不可能という訳ではない。
 むしろ、彼女のボディを作る方が何十倍も難易度の高いことだ。

('A`)「すまんな、もう拡張領域が限界なんだ。」

ξ゚听)ξ「そう……か。すまんな、無理を言ってしまった」

 そう断ると、彼女は少し不満そうであったが、プリン5つで納得してくれた。
 もちろん、まだ彼女の胸はAカップのままだ。

 でも、彼女が喜んで人の子を宿す様を想像してみろ。
 人間の子供を生む姿を想像してみろ。
 その時彼女は、自分がアンドロイドだと、人間ではないと絶望するだろう。
 彼女がそんな目に遭うと知って、彼女にそんな改造を施せるわけがなかった。


( ・∀・)「なあ、アンドロイドは電気羊の夢を見るのか?」

('A`)「今さらな感のある質問だな」

 有名な本のタイトルを彼はボソリと呟いた。
 人類の永遠の命題の一つ、人工物に意識は宿るのか?
 ひっくり返せば、人間は金属とシリコンから意識を作れるのか? ということでもある。

( ・∀・)「なあ、例え夢を見ても、ゾンビが夢を見ないと誰が断言できる?」

('A`)「あの子は夢を見る。それは、睡眠の中でも、願望の形としてもだ」

( ・∀・)「それは、記憶整理によって生まれたノイズじゃないのか?」

('A`)「それをいうなら、人間だってそうだ。夜寝ながら見る夢は、単なる記憶整理のノイズだ」

( ・∀・)「博士、あなたの作った擬似シナプスは、記憶整理もするのかい?」

('A`)「ああ、そうだ。あの子は人間と全く同じ反応をする」

 タバコを咥えて、マッチで火をつける。
 彼にいるかと訊くと、彼は首を横に振って答えた。
 タバコとマッチの煙が、揺れながら立ち上る様を、俺達はしばし無意味に眺めた。


('A`)「そう、あの子は夢を見るんだ、本当にな」

 紫煙を燻らせ、俺はもう一度それを宣言した。
 吐き出した煙はすぐに霧散して、部屋の大気に紛れてしまう。
 部屋の片隅に置かれた空気洗浄機が、低い唸り声を上げていた。

( ・∀・)「……なあ、それは……もう一度訊こう、それはただ反応しているだけじゃないのか?」

('A`)「なら、お前はどうなんだ?」

 そう、俺達だって夢を見る。
 じゃあ、それは単なる脳の反応に過ぎないんじゃないのか?
 自分に意識がある? 本当に?
 他人が、自分が、ただ人間っぽくに反応するだけの人形ではないと、誰が宣言できると言うのだ。

( ・∀・)「真理はたいまつである。そう言った偉人がいる。人は火傷を恐れて、見て見ぬ振りをするそうだ」

('A`)「ゲーテか。お前にそんな趣味があるとはな。確かに、真実とは往々にしてそうだ」

 高く伸びた消し炭を灰皿に落とす。
 跳ねるオレンジの明かりから視線を剥がし、俺は彼の目を睨むように質問した。

('A`)「では、俺とお前、一体どちらがそのたいまつから目を細め、そばを通り過ぎようとしている?」

( ・∀・)「……さあ、一体どっちだろうね?」


 深夜、俺が寝たと思ったのだろう、彼女がスリープモードを解除してどこかへと出かけた。
 俺は気づかれないよう、こっそりと跡を追う。
 果たして彼女は、近所の教会へと不法侵入を果たした。

 誰に教わったのだろうか? 十字の前で手を組み、何かを呟いている。
 その声は聞こえなかった。だけど、すぐに耳をそばだてる意味など、消え去った。

ξ )ξ「……主よ、私を見ているならどうかッ。一度だけで良い、一晩で良い、私にっ……祝福をくださいっ!」

 感情が押さえきれず、声は悲痛な叫びとなって、嗚咽と共に響いた。
 カメラの洗浄など、まぶたにブラシをつければ十分だっただろう。
 俺は安易に泣くという機能をつけた自分を呪った。

 しかし、人間の俺が神を信じず、アンドロイドが必死に神へ懇願するとは、なんと数奇な運命だろうか?

ξ )ξ「頼むッ……」

 くそ、胸がイテェ。
 彼女の消え入りそうな合成音声が聞こえるたび、胸の中の野獣が暴れ出し、そのまま引き裂いてしまう気がした。
 むしろ、俺はそうなる事を願った。

 視界が滲むように歪んだのは、きっと寝不足の所為だけじゃない。
 壁を殴った拳から、じわりと血が滲んで鈍い痛みが手を刺した。

 それが、数日前の話だ。


 友人との会話の間に俺はしこたま酔って、夜風に当たろうと外へと出た。
 顔を上げると、都会よりはマシ程度の星空が視界に映る。
 涼しい風に身を任せると、上気した頬に心地よかった。

 その時、ちょうどあの子が出かけていくのが見えた。
 また、教会なのだろうか? この寒い中、あの子はまた祈るのだろうか?

 何故か俺も、その苦行に付き合わなくてはならない気がした。
 胸に渦巻く罪悪を晴らすためじゃない、彼女のためにやらないといけない気がした。
 だから、気付かれぬようこっそりとその後をつける。
 彼女に気付かれてはいけない気がした。

('A`)「おっと、撒かれる」 

 酔っているからか、気がつくと彼女から随分離されていた。
 彼女は教会ではなく、もっと別の場所を目指しているようだった。
 距離を詰めようと少し急ぎ、横断歩道を渡るその瞬間、強い光が俺を照らした。

 それは迫る大型トラックのライトだ。


 ああ、これは天罰か。

 あの子をあんなにも悲しませた、悲しませる為に生んだ、その罰か……

 神の野郎、ふざけやがって、贖罪すら許してくれないのかよ。




 乱暴な衝撃が俺を貫いた。


 俺が霊安室のドアを蹴破ると、そこには博士とあの子が眠っていた。
 博士の顔には白い布を掛けられ、彼女はその手を握り、その胸に突っ伏している。

 確かに彼女の寿命を考えると、博士と生涯共にいることは叶わなかっただろう。
 だが、お別れは少し早すぎやしないか?
 もうすこし、あの子を幸せにしてやっても良かったんじゃないだろうか?

 彼女のそばによって、その肩を叩く。
 人間になる事を夢見た人間そっくりの人形は、愛する人の胸で安らかに壊れていた。



 彼女は、博士を追って自らの、全て機能の電源を切ったのだ。



 その手にはなにか紙が握られ、その顔はとても幸せそうだった。
 彼女も、博士も、この上なく幸せそうだった。
 それだけが、唯一の救いだった。


 彼女の握っていた手紙は遺書のようだった。

「神よ、アナタに感謝します。
 私のような歪な魂が、この世に誕生することを許してくれて、ありがとうございました。
 マスターに会わせてくれて、ありがとうございました。
 マスターの作ったアンドロイドにしてくれて、ありがとうございました。
 中途半端な私に恋を与えてくれて、ありがとうございました。
 神よ、アナタへの感謝は尽きる事がありません。

 そして、せっかく頂いた命を捨てる事をお許しください。
 だけれど、私はマスターの居ない世界で生きていくことは、意味がないのです。
 そして、我侭ついでにいくつかお願いがあります。

 神様どうか、許してくれるのならば、私を天国のマスターの隣に連れていってください。
 出来るのであれば、来世はまたマスターの傍に居させてください。
 人間でなくてもいい、ただ隣で笑わせてください。どうか、お願いします
 
 マスター、すぐにそちらへ行きます」

 ところどころ涙で濡れた手紙に、神への怒りは一言も記されて居なかった。


(  ∀ )「おい、神様聞こえてるか?
      テメェ、たった一人の俗物的な欲望に負けちまいやがって、正直がっくりだぜ。
      ああ、あの子は確かに生きて居た、あの感情は、ホンモノだ。
      誰もが認めなくても、俺はそうだと言いきれる。

      その上で一つ聞きたい事がある。
      あの子は、天国で博士と並んで笑ってるか?
      お前の悪戯で生まれた魂だ。
      そんでもって、お前が人類に敗北した証、そいつだよ。
      なあ、できたらでいい。その娘の願い、叶えてやってくれねぇか? 頼むぜ……なぁ?」

 俺の独り言は、情けなくも震えていた。
 聞こえるはずなんかないのに、俺はその返事を待ち続けた。
 やはり、いつまで待っても、神様からの返事は聞こえなかった。
 いつまでも聞こえない返事を諦めて、俺は彼女と同じように自分の思考回路を焼き切った。

 俺は博士の為に作られたのだ、主の居ない世界に、俺は何の未練もない。
 そうだよ、俺達アンドロイドの創造主は死んだんだ。

 精巧に作られた体は、人間そっくりに作られた意識は、ゆっくりと暗い闇に落ちていく。
 俺の向かう先は、地獄だろうか? それとも、天国だろうか?
 どちらにもいけないと言う予想は、不思議と浮かぶ事はなかった。
 ああ、だから彼女はあんなに幸せそうに壊れていたのか……



                             ('A`)は電気のゾンビに夢を託すようです 了


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