( ^ω^)ブーンがトライアスロンに挑戦するようです1

その日は5月下旬だったにもかかわらず、陽射しがとても強かった。
会場というのはえてして暑く感じるものだ、それはアスリートなら誰もがそう感じる。

アスファルトで目玉焼きでも焼けそうな中、男たちは順次溜め池の中に体を入れていった。
池は周りの気候に反するようにとても冷たい。
心臓に悪いなと毎度のことながら思う。

水は塩水だ、口の中に入るたび塩分が水分を吸収していく。
水を口に含んでいるというのに次第に喉が渇いていく感覚、口の中はすぐにもカラカラになる。
軽く水を含んでおけばよかった……今更だ。


スタートの方式はフローティングスタート、水に浮きながらスタートの合図を待つ。
水に浮くのが慣れていない者はこの動作でも体力を消耗する。
スタート前から緊張と相重なって心臓が大きく連呼する事など珍しくも無い。


この男はその点、浮く事には慣れていた。


そして……いよいよスタートの笛が鳴った。


    プア〜


何だこの気が逸れる音は、そう思っていたらスタートが出遅れた。
あっという間に何人もの選手に飲み込まれた。

(;^ω^)「おっおっ!?」

出遅れた事に気付き慌てて泳ぎだそうとするが、人波に飲まれてそれ所で無い。

後ろから突如足を引っ張られる、思わず泳ぐテンポがズレて水中で息を吐き出しきってしまった。

慌てて息継ぎをしようものなら隣の選手の腕が自分の顔にヒットする。
息を吸いかけていた自分はそのまま水中に押し込まれ、水を飲み込んでしまう。

塩辛い。
ゴーグルから僅かに入った塩水が自分の目を痛めつける。

(;^ω^)「ぷはぁっ!!」

改めて大きく息継ぎをする。
前を見ると既にトップとは何十メートルと離れていた。

当然だ、一気に100人近い選手がスタートしようものならこうなるのは目に見えている。


これがトライアスロンだ。


気合を入れ直し、改めて泳ぎ出した。
人波を避けるように大回りをしてすぐにスピードに乗る。
一人外側から追撃を開始した。

学生時代からずっと泳いできた、体に距離感など染み付いているものだと思っていたがプールとは勝手が違った。

一人外側からぐんぐんと選手を抜いていくが、隣の選手たちから巻き起こされる波。
焦り、トップとの差による焦りにこれだけの選手と供に競技するという焦り。
初トライアスロンというプレッシャー。

(;^ω^)(腕はまだ大丈夫だお……でも今どれくらいだお……)

今回の競技はトライアスロンでいう最もメジャーなタイプであるオリンピックディスタンス。
大抵の大会はこの距離が基本となる。
スイム1.5km、バイク40km、ラン10kmからなる合計51.5kmのタイムを競う。

ショートと呼ぶ場合もあるが、トライアスロンと言うと基本はこの距離を指すのだ。
よく言われる「最後にマラソンを走る」という種目は『アイアンマン』という別名で呼ぶ場合が多い。


今回のコースは一周750mの溜め池を2周する。
まだ半周もしていない、思っている以上に進みが遅い。

(;^ω^)(でも何とかトップ集団は見えてきたお……)

大勢観客はいるが、トライアスロンのスイム競技で望みの選手を探すことは容易ではない。


トップ集団にいるか、逆に下位集団にいるか、そして泳ぎ方を知っているか。
そうでないと大抵は見つけれずに終わってしまう。

(;'A`)「ちくしょう、どれがブーンでどれがジョルジュさんなんだ……」

ドクオという青年は頑張って目を凝らして見るが、どれが誰かなど皆目見当がつかない。
ブーンと呼ばれる青年こそ大外回りで猛追をしているのだから目立つ存在であるのだが、
まさかそれが捜している男などとは思ってもいないようだ。

(;'A`)「ああ……もう遠くに行っちゃったなぁ……スゲェ」

泳いで行った集団を見て、若干興奮しながら一人ぼやいた。


遠目に見ても分かる人間の塊に水しぶき。
絶え間なく続く隊列は、まるでアリの行列のようだった。

(;^ω^)(ようやくトップが見えたお……)

ブーンと呼ばれた青年は、怒涛の快進撃で中盤の集団を抜け出していた。
自分の前にはまだ選手が6名いる、ここで飛ばしてしまうのは心配になり、ペースを保ったまま泳ぐ事にした。

呼吸は短いが安定している、腕も若干きているがまだ余裕は十分にある。
無理に焦って自分のペースを崩すことも無いだろう。


ここでようやく半周が終わっただろうか、750mの半分……325m。
まだそんなものか、もっと泳いでいるものだと思ったが……距離感などまったく無い。


(;^ω^)(結局ジョルジュさん見なかったお……)


一緒に出場したジョルジュという先輩は結局見つける事が出来なかった。
抜き去るときに一人一人チェックしたつもりでいたが、みんな一緒にしか見えなかった。
「違う、違う……」そう思っていたらいつの間にかここまで上がってきていた。


まだまだ先は長い、ブーンは気持ちを落ち着けて泳ぎ続けた。

ブーンは小学生の頃から水泳をやっていた。
小学生時代は荒削りな泳ぎだったがそれでも速く、中学生時代には泳ぎを強制して県で一桁にまで登りつめた。

しかし高校時代にはほとんどタイムが伸びず、大会のたびに10番前後の微妙な成績で終わった。
速い選手でありそこそこ名は知れ渡ったが、表彰までは行かない……まるで噛ませ犬のような存在。
アイツを抜いたら県大会に出れるぞ、そう言われていた。

実際タイムは落ちる一方だったし、ベストタイムは未だに中学のものだった。


そして大学に入ると世界が違った。
全国何番という選手が数人いた。
大学から泳ぎだす者もいる、自分は所詮その世話だった。

まじめ組と不真面目組に分かれる部内、初心者はどれだけ頑張っていても高々知れている。
不真面目組に入れられる初心者達、まじめ組に行きたかったブーン。


結局ブーンは孤立し、部活を止めた。

それから彼はずっと泳いでいなかったが、ある時を境に少しづつ泳ぎ出した。

久しぶりの泳ぎはきつかった。
腰を痛めたし、腕を上げる度ピキピキと痛んだ。
昔の自分の泳ぎを思いだすたび、悔しくて躍起になった。


そんな悔しさでどうにかなりそうな壁をブーンは突き破り、楽しく長く泳ごうとなったのは今から2年前だ。

そして1年前に大学を卒業し、印刷会社に勤めた。
ジョルジュやドクオに会ったのもこの時だ。

さらに半年ほど前、近くの温水プールで泳いでいる時にジョルジュさんと会ってトライアスロンに誘われた。


そして今に至る。

(;^ω^)「プァハッ!!」

オーバーに大きく息を吸って吐いて、ようやくブーンは1週750mを終えた。

息は荒れているが、リズムは大丈夫、腕も動いている。
このままのペースでもう750mならいけると確信した。

(;^ω^)(余裕はあるお、水泳しかないブーンはここで決めるしかないお!)

残り750mでブーンは加速した。
すぐ近くにいる一人を抜くと前には残り5人。

さらにもう少し前にいる一人にすぐに噛み付いた。
一気に来る腕への疲労、腕が効かなくなってきた分は足で誤魔化して抜いた。

前には残り4人、しかしここでブーンは再びペースを元に戻した。

(;^ω^)(思ったよりも疲労が一気に来るお……とりあえず半周はこの位置をキープして、そこからまた追い抜くお)


スイム残り距離、650m。

(;゚∀゚)(ったくよ、この集団はなんだよ……いつもにも増して出場者多かったもんな。
     しかし一周終わったってのに全然バラケやしねぇ)

ジョルジュという男はスイムは中の上といった速さだろうか。
速すぎず遅すぎず、当然そこに人は多く集まる。
いきなりペースを上げる者、逆に落ちていく者……あらゆる障害が付き纏う。

突然後ろから速いスピードで抜いていく者がいた。
腕がバチンと当たり、テンポが少しずれる。
さらにお返しとばかりに顔の真横でバタ足をされる。

(;゚∀゚)(ブハッ! 息継ぎし損なった……!
     コイツこんなに速いんならさっさと前に行ってろよ……!)

ジョルジュはすぐに腕の回転速度を上げて、何度も息継ぎを繰り返す。

(;゚∀゚)(これはやばいかも知れんな……だがブーンには負けれねぇからここで差をつけられたくない……)

色々な考えが回る中、ジョルジュは速度を少し落とした。
大きく水をかいて、のんびりとしたペースで改めて泳ぐ。

(;゚∀゚)(だからズイムは苦手なんだよ……!
     他で挽回かけなきゃいかんからな、とりあえずバタ足は使わないが得策だな)


スイム残り距離、700m。

(;^ω^)(よし、残り半周だお! 死ぬ気でぶっ飛ばすお!)

ブーンは水しぶきを上げると、腕に力を込めた。
回転速度は変わらない、ただ今まで以上に大きく水をかいた。

重い、それでも一かきで水を沢山掴んだブーンは一気に加速する。
腕の回転速度は依然変わらないも、スピードの違いは歴然だった。

さらに一人抜き去ると残りは三人、前までは差が結構あるが構わずブーンは進んだ。

(;^ω^)(追いつけるお、下手したらトップまでいけるお……!)

グッグッと腕に力を込める。

抜ける。

そう確信したとき、追う方と追われる方の精神的なアドバンテージが発生する。


スイム残り距離、250m。

(;'A`)「お、トップがきた……どうしようか、ブーンとジョルジュさん見逃さないだろうか……」

ドクオはオロオロとし始めた。
なにせ100人近い選手が一気につめかかってくるのだ、集団に紛れ込まれたら見つけれないかもしれない。

そしてそれぞれがどれくらいの順位で来るのだろうかが分からない。


選手でもないのにドクオは胸が高鳴り、同時に武者震いのような、居ても立ってもいられない歯痒さがあった。

心臓の音が次第に大きくなる。

額を何度も汗が伝った、手も握るとすぐに汗ばむ。


(;'A`)「……来るっ!」


手が震えた。


これが……トライアスロンか。

ミ,,゚Д゚彡「ペッ」

トップで来た選手は口に溜まった唾か海水か、それを吐き捨てるとスイムキャップとゴーグルを外して走る。

水泳をしていた溜め池からロードバイクが準備してあるエリアまで約20mほどある。
当然この間の移動もタイムに加算される、ゆっくりとしている暇など無い。

(;'A`)(あれは……フサギコさんか、ジョルジュさんが言っていた全国レベルのトライアスリート……)

疲れているのだろうが、大きく呼吸をしてまだまだといった様子で走っていく。
黒光りして筋骨粒々で正にトライアスリートといった感じだ。


スイムからロードバイクまでの道はカーペットのようなシートが敷かれている。
地べたを走らなくて良い様通る道を指定されていて、観客はその真横にいることができる。

目の前をトップアスリートが駆けていった。
手を伸ばせば届くようなそんな距離を。


他のどんな競技よりも選手と観客の距離が近かった。

(;^ω^)「プハァッ!!」

(;'A`)(ブーン!!)

そうこうしているとブーンが到着する。
順位はまさかの二番、ドクオは驚きと興奮が入り混じった。

初めてのトライアスロンにも拘らず、ブーンがまさかの二番手に立っているのだ。
悔しさもあり、正直に喜んであげたい気分にもなり……結局興奮という感情でしかそれは表せなかった。

(;'A`)「ブーン!」

ドクオが叫ぶとブーンはキョロキョロと周りを見たが、目が合う事無く前を通り去ってしまった。
足がヨロヨロとしている、体はだらしなく曲がっており、とてもこの先競技を続けれるのかという感じだった。

(;'A`)「……!」

一気に歯痒い感情が湧き出る。

ブーンに気付かれなかった自分が。
そして同じ舞台にいない自分が。

ブーンはドクオの声がしたので周りを見ようとしたが、焦点が合わず見つけれなかった。

しかしそれどころでは無い。
足に力が入らない。
無理も無い、さっきまで海の中にいたのだから。

地面に足が着くという不思議な感覚。
水泳の時に何度か経験したが、泳いだ直後に走った事など無かった。

腕がバラバラに動く、腰が安定しない。

(;^ω^)「ハァッ……ハッ、ハァッ……!」

少し走ると前には100台近いロードバイクが並んだ。
準備した時に大体自分のバイクの場所は覚えていたはずだが……かなり戸惑った。

一体どこにいってしまったんだ。

一人途方に暮れてキョロキョロとしていると、3位の選手がやって来てすぐにヘルメットをかぶる。
そのまま自転車を押して行ってしまう。

(;^ω^)「どうするお……どこっ、どこ……!」

('A`)「ブーンッ!!」

ドクオの声に反応すると、ドクオが自分のバイクの場所を指差してくれていた。

「ありがとう」と言う余裕も見つからない。
今は競技中なのだ、ブーンはすぐに自分のバイクの元へ行くとヘルメットをかぶった。
つづいてバイクシューズをはく。

既に次の選手も来ている、早く出発しないと……。

(;^ω^)(ドクオ……ありがとうだお)

そう思いながら、バイクのスタート位置まで頑張ってバイクを押して行く。
相手は速い、慣れ・経験が違う。

それでもブーンは躍起になって走った。

スイム→バイク、バイク→ランの間にはそれぞれ次の種目の準備をしなければならない。
それをトランジットと呼び、トランジションのバイクが設置された場所をトランジションエリアと呼ぶ。
そしてトランジットはトライアスロンの第4の種目といわれている。

それもそのはず、トランジットの時間はそれぞれスイム・バイクのタイムに加算されるのだ。


( ゚∀゚)『つまり、ブーンが実際俺よりも30秒早くスイムを終えたとしても
     オレのトランジットがオマエより40秒早かったら結果として残るスイムタイムはオレのほうが10秒早いって事だ』


ジョルジュの言葉がブーンの頭に蘇る。
つまりブーンはスイムを2位で終えたが、トランジットで既に3位の選手に抜かれている。
現段階でまだ『スイム競技』は終わっていないから、ブーンは現在3位という事だ。

(;^ω^)(4位にまではなりたく無いお……!!)

ブーンは走る、もう一人に負けないように必死に走り……3位でスイムからバイクへと移行した。


ブーン:
スイム 19'51"(3位)

バイクのスタートラインに行ってからすぐに乗車してバイクシューズをペダルに固定する。
が、その瞬間早くも4位の選手に抜かれた。
腰を浮かして力強く、一気に加速して行った。

ブーンもそれに従おうとしたがとても無理だった。


スイムとはまったく違う『地面に足が着いていない感覚』。
まるで宙にいるような……とても力が入らない。


回転のイメージでこぎ始めると、意外にもそこそこのスピードは出た。
頑張って力を込めるとスピードメーターは35km/hを指す。

(;^ω^)(お……もしかして意外に好調かお?)

しかし前の選手との距離は開いていく、一体どれだけのスピードでこいでいるというのだろうか。

とりあえず今のスピードのまま頑張らないと……そう思いながら進んでいった。

トライアスロンは魅せる競技でもある。
大抵バイクは同じコースを何周かするというものだ。

今回のレースでは一周8kmのコースを5周する。
つまり同じ場所に居ても選手の姿を5回見れるのだ。
当然その間に選手の関係などいくらでも変動するし、一周抜かしなどが重なり正確な順位はほとんど分からなくなる。

ブーンがバイクに出た直後から絶え間なく選手はスイムから上がってくる。

ドクオは緊張した表情でそれを見ていた。


ブーンへ応援が届いた嬉しさ、同時に自分に会釈すらされなかった悔しさ。


それは応援にぶつけるしかなかった。

次々にスイムからバイクへと移動していく選手、ドクオはそれを見ながらジョルジュを探した。

もうそろそろだろう。
見逃してしまったんじゃないか。
いや、そんなはずは……でも……。

いくつもの考えが交錯しながら選手達を見守った。

(;'A`)「ジョルジュさん……」

スイムから上がってすぐにスイムキャップとゴーグルを外す選手は見分け易いが、
そのまま外さずに通過して行く選手など皆同じにしか見えない。

ブーンが通過してから何分と経っている、いくらなんでも遅くはないだろうか。

(;'A`)「どうしよう、どうしよう……」

( ゚∀゚)「おい!」

(;'A`)「あ……」

見ると、ジョルジュは丁度スイムから上がってきたようだ。
恥ずかしい、まさか選手の方に見つけてもらうとは……
しかしブーンと違い、ジョルジュは意外に余裕ありそうな顔だった。

挨拶と同時に片手を出される。

思わずドクオも片手を差し出した。


ぱちん。


お互いの手で叩き合う。
そのままジョルジュは走り去っていった。

(;'A`)「が、頑張れジョルジュさん!!」

きっと届いただろう、そう信じながらすぐにバイクの並べられている場所へと向かう。
トランジットエリアは大きく一まとまりになっている、その中に応援者は入り込めないが周りにはいくらでもいられる。

ジョルジュを見つけると、すぐにその近くに行った。
近くといっても区切られているここでは10mほど離れてはいるが。

ジョルジュはブーンと違いウェットスーツを着用して泳いでいた。
それを脱ぐ分だけトランジットでのロスが大きい。

それでもテキパキと脱ぐとすぐにも準備をして次の競技へと移行する。

(;'A`)「頑張れジョルジュさん!!」

こちらを見なかったが、片手を上げてくれた。
ブーンに比べれば幾分も余裕あるようだ。

それでもブーンが出てからかなりの時間が経った。
この時間差……追いつけるのだろうか?


ジョルジュは乗車ラインを超えると、すぐにバイクへとまたがり行ってしまった。


ジョルジュ:
スイム 25'45"(23位)

(;^ω^)「お。おかしいお……」

足の調子は悪く無い、思った以上にスピードが出るくらいだ。

ただ……1kmが長い。
ペースアップをしようとしても100m程度こぐだけで足が悲鳴をあげそうになる。

どんどん選手に抜かれていく。
頑張って後ろにつこうともしたが、1分もしない間に置いて行かれた。

気付くとスピードが落ちている。

今は……29km/h。
これじゃいけない、頑張ってスピードを上げた。

(;゚ω゚)「くおおお、光る風追い越したらぁあぁッ!!」

集中してこぎ続ければ何とかペースを保つ事は出来る。
ただまだ漕ぎ出して10分程度、それでこの状態、この疲労。

どれだけ集中していろと言うんだ。

カーブのたびにペースが落ちる、向かい風になろうものならかなりの減速だ。

足に力が入らない、むしろ入れたくない。
力を入れても数分ともたないのだ、その後の激しい減速を考えるととてもペースを上げたいなどとは思わない。

現在スピードは33km/h。
これ以上は無理だ、このまま最後まで……行くしかない。

(;゚ω゚)「光る風追い越したらぁぁぁあぁぁっ!」

歌の同じフレーズばかりを口にしながら、ようやくバイクの一周目が終了した。


残り4周。


無理だ。


ブーンはその先に待っている膨大な距離に絶望さえ感じていた。

ジョルジュは快調にバイクへと移った。

風はそこまで強くない、そしてこのコースには坂が無い。
いい記録が狙えそうだと思った。

(;゚∀゚)「ブーンはかなり先だろうな……」

気がかりが一つだけあったが。

ジョルジュはブーンとの差はスイムでかなり開くだろうが、バイクで追い抜くくらいを考えていた。
これが達成できるかどうかでランへと移行する気構えが変わる。
精神的なダメージが違う。

一周回目はそれなりのペースで飛ばした、選手も数人は抜いた。
ジョルジュはそこからさらに足へ力を入れた。

ブーンとジョルジュの差、スイムで足を使ったかどうか。

ジョルジュは力強く、2周回目に入った。

ドクオは見ていて驚いた。

ブーンはジョルジュに決定的なスイムの差を見せてバイクに移った。

バイクは5周回。
初めの1周回は若干ジョルジュが近付いたか……というだけだったが、

(;'A`)「これが……」

あれだけの差も意味が無い、トライアスロンとは3種目あるのだ。
見ているドクオですらハラハラし、息が乱れてくる。
まるで自分も戦っているような錯覚に陥った。

(;'A`)(おれも……一緒に……)

同時、やはり傍観者となっている自分が悔しくなった。

そうこうしている内に3周目の選手達が来た。
ジョルジュは……ブーンが見えるだろう位置まで近付いていた。
このペースなら次の周には順位が逆転するだろう、そう思った。

そう思っても精神的にはまったく楽にはならなかった。

この体でさらにもう2周、とても行ける気がしなかった。

朦朧とする意識、集中が切れそうになると一瞬だけ蛇行してしまい慌てて持ち直す。
スピードメーターは31km/hを指している。
が、油断すると一気に27km/hまで落ちる、しかし集中力などもう残っていなかった。

スピードメーターとの戦い、そう思っているとまた抜かれた。

(;'ω`)(また抜かれたお……もうどうでもいいお、早く終わって欲しいお……)

抗う気力さえ無くしたブーンに、その抜いた相手は声をかけてきた。

(;゚∀゚)「よう、大分とへばってるじゃねーか」

(;'ω`)「!!」

ジョルジュだった。

そのまま一気に抜き去ろうとするジョルジュだったが、ブーンは必死に追いついた。
ただでさえもう嫌だと思っていたのだ、なのにここで抜かれてしまっては精神的に辛い。
もうダメになるかもしれない。

何よりもスピードメーター以外の目標が欲しかったのだ。
後2周は持たないだろう、そう思いながらも必死にブーンはジョルジュに追いついた。

(;゚∀゚)「お、来るか?」

(;゚ω゚)「うい……ッ!」

ブーンは既に呼吸を乱していっぱいいっぱいだった。
それでも頑張ってジョルジュに食いつく。

一回転一回転力を入れないと置いていかれそうになる。
残りは10km以上、果たして何千回転すればいいのだろうか。
何千回足に力を入れればいいのだろうか。


ブーンはジョルジュ以外が見えていなかった。

そのまま必死に食いついていくが、ジワジワと距離が離れていくのもどこかで感じていた。

およそ5m。
時間にすれば一秒にも満たないその距離、その距離を空けた瞬間ブーンは一気に脱力した。


もう追いつけない。


ジョルジュという最後の目標をも見失い、ブーンはとうとう完全に落ちた。
それでもまだバイクは終わらない、


(;゚∀゚)「ブーン、ようやく落ちたか……予想よりも早かったな」


そしてジョルジュは4周目を終わらせ、ラスト5周目に入った。
後を追うようにブーンも5周目に入ったが、彼はもう前を見てすらいなかった。



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