(´・ω・`)ようこそバーボンハウスヘ、のようです 1話





薄暗くもどこか柔らかい灯りと、重厚感に溢れる木製のカウンター。
その向こう側に、僕はいる。

背後には酒棚を。
お世辞にも広いとは言えない空間で、ただ黙々と、グラスを磨く。

ここはバー、バーボンハウス。

多くの――とは言えないかも知れないが、それでも日々疲れたお客様がやってくる。

僕の仕事はそんなお客様に、癒しを感じるお酒を提供する事だ。


さて、そろそろ開店時間だ。
今日はどんなお客様が来るのだろう。


……とは言っても、開店時間にお客様が来るだなんて事は、この店には滅多にないんだけどね。



どれくらい時間が流れただろうか、不意にバーのドアが、微かな軋みと共に開かれた。

ようやくお客様がいらしたようだ。
僕は磨いていたグラスをそっと置いて、笑顔と共に口を開く。

(´・ω・`)「いらっしゃいませ。ようこそバーボンハウスへ」

( ^ω^)「……」

ξ゚听)ξ 「……」

お客様は、男女の二人組だった。
別に珍しいことでもない。
カップルでお越しになられるお客様は、それこそ幾らでもいる。

だが彼らは、そう言ったカップル達とはどこか毛色が違うようだった。

何と言うか、お互いが近寄ろうとしているようでもあり、反発し合ってるようでもある。
何か喧嘩でもしたカップルなのか。

あるいは、まだカップルになりきれていない、青々しい二人なのか、どちらかだろう。

(´・ω・`)「何になさいましょう。強さなどは……」

( ^ω^)「……あまりお酒は詳しくないんですお。適当に、お勧めを御願いしますお。多少強くても問題ありませんお」

ξ゚听)ξ「私も同じので」


時間帯から見るに、食事はもう済まされているだろう。
ならばオーソドックスに、マティーニにしておこうか。

ジンとベルモットを酒棚から取り出し、氷を詰めたミキシンググラスに注ぐ。
流れるような動作でステア――バースプーンを使って酒をかき混ぜ、カクテルグラスに注ぎ込んだ。

まずは一杯だけ、女性の方に差し出した。

(´・ω・`)「マティーニです」

ξ゚听)ξ「あら? 私だけ? 同じ物って頼んだ筈だけど……」

(´・ω・`)「えぇ、彼の方にも、マティーニを差し出しますよ」

言いながら、僕は同じような手順でマティーニを作る。

出来上がったグラスを、男性に差し出す。

(´・ω・`)「マティーニですね」

( ^ω^)「ありがとうですお。それじゃツン……乾杯だお」

女性の方はツンと言うのですか。
忘れないようにしなければ。

彼らは小さくグラスを乾杯すると、似たような動作で一口酒を飲んだ。



( ^ω^)「おっ、おいしいですお」

ξ゚听)ξ「ホントね」

お褒めの言葉に、僕は二人に小さく微笑みを返した。
次にやってくるであろう言葉に対する、楽しみも込めて。

( ^ω^)「このキレのある味わいが……」

ξ゚听)ξ「この仄かな甘みが……」

そこまで言って、二人はお互いを見やった。
僕は笑顔を絶やさぬままに、二人に提案する。

(´・ω・`)「交換して、飲んでみたらいかがですか?」

二人は戸惑いながら、お酒を交換した。
そして、そっと口に運ぶ。

( ^ω^)「あれ? ほんとに甘いお……?」

ξ゚听)ξ「あら? 何か違う……」

二人は不思議そうにしている。


(´・ω・`)「そちらの、ツンさんのマティーニはスイートベルモットを使ったのですよ。女性ですし、甘口の方がよろしいかと」

ξ゚听)ξ「あら、そうだったの。ありがと。……でも、甘いものが好きなのは、こっちのブーンの方なのよ。ホラ、体型とかそれっぽいでしょ?」

確かに言われてみれば、ブーンと呼ばれた男性は何と言うか、とても太ましい方だった。
とは言え肯定する訳にもいかず、僕は曖昧な苦笑いを浮かべて誤魔化した。

(;^ω^)「相変わらずツンは手厳しいお……。でもその通りだし、これは僕がもらってもいいかお? そのマティーニも、ツンにピッタリだと思うお」

ξ#゚听)ξ「……それは私がいっつもキレてるって意味かしら?」

(;^ω^)「いやまさかだお。ただ、甘くは無いけどどこか爽やかな優しさがあって、綺麗な味のマティーニだったんだお」

確かに彼のマティーニにはレモンピールを掛けて、更にステアの回数も1、2回多くしてあった。
水っぽくならない程度に、角の無い味を目指したが、どうやら成功だったらしい。

しかし、彼女のような美人と僕のカクテルを重ねていただけるとは、まったく嬉しい事だ。

ξ゚听)ξ「……ばーか、そう言うセリフは、言う奴の顔を選ぶもんよ」

だが、なるほど。
確かに彼女は手厳しいようだ。
こんな所に二人で来ている以上まんざらでは無いだろうに。


やがて時が経って、二人は程よく酔い、店を出る事になった。
あれからもブーンさんは、何度か好意を表すような言葉を述べていた。
だが、どうにもツンさんはなびかずに、その度に軽く受け流していた。

そのくせ口が過ぎて彼がへこんでしまったような時は、慌てて、とても必死にフォローを入れるのだ。

まったく、見ているこちらがもどかしくなるような二人だった。

(´・ω・`)「……実は、ツンさんだけに飲んで欲しいカクテルがあるんですよ。少しだけ、お時間頂けませんか?」

ドアに向かう二人に、声を掛ける。
ツンさんが、静かに振り返った。

その所作さえ美しく見える。
本当に、美しい輝きを孕んだカクテルのような女性だ。
女性を酒に比喩する僕は、ちょっと感覚がズレているのかもしれない。

ξ゚听)ξ「……構いませんよ。ごめんブーン、先帰ってて」

( ^ω^)「……分かったお」

ブーンさんには申し訳ないが、これは僕の性分みたいなものなのだ。
ツンさんの了承を得るなり、僕は幾つかの酒を取り出し、ミキシンググラスに注いだ。

シェリーとベルモットに、オレンジビターズを一振り。

淡く黄緑色に輝く液体を、彼女に差し出した。


ξ゚听)ξ「……飲みやすくて、美味しいわ。でも、何でこれを?」

(´・ω・`)「……そのカクテルは、名前を『バンブー』と言います」

ξ゚听)ξ「バンブー……竹ね。確かにそんな色をしているわ」

納得する彼女に、僕は首を横に振る。

(´・ω・`)「それだけではありません。バンブーはアルコール度も低く、すっきりとした辛口でとても飲みやすいんです」

ξ゚听)ξ「へぇ……、確かに言われてみれば」

(´・ω・`)「でしょう? ……これは竹に因んで、とても『素直』なカクテルなんですよ」

ξ゚听)ξ「……竹に因んで?」

(´・ω・`)「竹は縦に割ると、すぱっと綺麗に割れてくれます。だからですね」

あぁなるほど、と言わんばかりに、彼女が大きく二回頷いた。


(´・ω・`)「……人もお酒も、素直なのは良い事ですよね」

ξ゚听)ξ「……っ!」

僕が意図的に零した言葉に、彼女はグラスを持つ手に、明らかに力を込めた。
引っ掛けるつもりだろうか。
それも、仕方ないだろう。失礼を働いたのは僕の方だ。

ξ#゚听)ξ「……」

しかし、彼女は寸でのところで思いとどまったらしい。
覚悟してはいたが、やはり助かるに越した事は無い。

ξ゚听)ξ「……分かってるわよ。それぐらい。でも、どうしても素直になれないのよ。
     何て言うか、肝心な時になると頭が沸騰しちゃいそうな位恥ずかしくて、それで……」

(´・ω・`)「その気持ち、分かります。私もその手の事には、随分と奥手でして」

ξ゚听)ξ「あら? さっきの言葉は一体なんだったのかしら?」

(´・ω・`)「カウンター越しだからこそ、の言葉でしたね。それに、岡目八目と言う言葉がありますし」

何それ、とツンさんが笑った。
そしてグラスに残ったバンブーを一気に呷ると、すっと席を立ち上がった。

ξ゚听)ξ「ありがとう、バーテンダーさん。きっと、また来ますね」


彼女は御代を置くと、そう言ってドアへと歩んでいく。

(´・ω・`)「えぇ、お待ちしております。お客様」

遠ざかる彼女に聞こえるように、僕はそう言った。


やがて来た時と同じように微かな軋みを立てて、ドアが開けられる。
ツンさんはカクテルシャンゼリゼのように美麗な髪の毛を僅かに揺らしながら、店を後にした。


分厚いドアのせいで分からなかったが、どうやら外では雨が降っているようだった。
これでは、客足もかなり減ってしまうだろう。

そう思い、僕は再び悠長に、グラスを磨き始めた。


――数日後。

店内に、微かな軋みが響く。
僕は反射的に磨いていたグラスを置き、ドアの方に顔を向けた。

(´・ω・`)「いらっしゃいませ。ブーンさんにツンさん」

入り口には、数日前に見たばかりの顔があった。
薄暗い店の中でも、ブーンさんの体型と特徴的な笑顔。
ツンさんの美しい立ち姿や髪の色は、しっかりと捉える事が出来た。

( ^ω^)「おっ、よく覚えてますおね」

当然だ。
バーテンダーがサービス業である事は勿論、
お客様はバーに様々な物を持ち込んでくるのだ。

愚痴や希望、見栄や矜持。
それらを語る為に。

そんな時に、語るべき相手が自分の名を覚えていなかったら、どう思うだろう。
だから、絶対に忘れてはいけない。
一度の対面で覚えなければならないのだ。


(´・ω・`)「今日は、何にしましょう」

( ^ω^)「やっぱり、お勧めで御願いしますお」

(´・ω・`)「分かりました」

さて、今度は何にすべきか。
時間的には、やはり食事を済ませているようだ。

まずは一杯目、あまり甘口の物は、次の酒を不味くする。
ソルティドッグ辺りで、どうだろうか。

何を作るかを決めると、僕は酒棚から必要な物を取り出していく。
と言っても、ソルティドッグはウォッカとグレープジュースだけの、簡単な物なのだが。

( ^ω^)「ツン……話って、何だお?」

材料を混ぜていると、ブーンさんがそんな事を言った。

どうやら、勝負時らしい。
僕は黙って、カクテルグラスを前に押し出した。

ξ゚听)ξ「……」

しかしいつまで経っても、ツンさんは口を開かない。
たまにちびりちびりとカクテルを口に含んで、結局彼女は一杯飲み干してしまった。


僕はやはり無言のまま、グラスを引き下げた。
長い長い時間が経ち、重い重い沈黙だけが場を包んでいく。

話がある。
そう言うだけでも、彼女には相当な勇気が必要だったに違いない。
だったら、ここは僕の役目だ。

ありったけの勇気を振り絞って。
それでも足りなかったお客様に。

グラス一杯分の勇気を差し上げるのは、バーテンダーの仕事に、他ならないじゃないか。

(´・ω・`)「お客様。実は今日も、一つ飲んで頂きたいカクテルがございます」

ξ゚听)ξ「……へ? あ、あぁ、別にいいけど。今度は何てカクテルなの?」



(´・ω・`)「……『ブラッディ・メアリー』です」


材料を整えながら、僕は答える。

ξ゚听)ξ「血塗れメアリー……」

(´・ω・`)「えぇ、イングランドで異教徒を迫害した女王、メアリー一世の名に因んで付けられました」

ブラッディ・メアリーはとても簡単なカクテルだ。
ウォッカとトマトジュースをかき混ぜるだけでいい。

だけど今回は、少し違う手法をとろうと思う。
と言っても、一つ手順を付け足し、少々レシピを変えるだけだ。

まずウォッカだけをよく冷やしたシェイカーに注ぎ、シェイクした。
十分にシェイクを終えたら、後は従来の手法通りにブラッディ・メアリーを作る。

そして出来上がったカクテルに、塩とウスターソースを僅かに付け足した。

(´・ω・`)「どうぞ、ブラッディ・メアリーです」

ξ゚听)ξ「ん……。美味しいけど……なんかカクテルって感じがしないわね。本当に、ただのトマトジュースみたい」

その通りだ。
このブラッディ・メアリーは、お酒らしくない味が一つの売りなのだから


ツンさんは順調な勢いで、グラスを傾けていく。

(´・ω・`)「……このカクテルの名は女王に因んで付けられたと言いましたが、僕はもっと、別の解釈が出来るとも思うんです」

ξ゚听)ξ「へぇ、どんな?」

(´・ω・`)「……このカクテルは、何故だか分かりませんが、よく男性から女性に送られるのですよ」

まぁ、僕は本当の理由も知っているのだが、それはここでは伏せておこう。

(´・ω・`)「童話や神話と言うのは、これまた何故なのか、東洋にも西洋にも似たようなものが出てくるらしいです。
      そして、こんな迷信があるのですよ。『美しい女性の血液は、それを浴びた者を美しくする』と」

お二人が、ごくりと生唾を飲んだ。
       
(´・ω・`)「日本では空洞の竹を女性に突き刺して、血の溜め池が作られたとか。
      西洋で有名なアイアンメイデンは、名の通り処女の血を集める為のものです。」

区切りのいい所で小さく一息吐いて。僕は更に続ける。

(´・ω・`)「だからブラッディ・メアリーには、より貴女が美しくなりますように。
      そんな意味が込められているのかも、知れません。
      まぁ、少し血なまぐさい話ではありますけどね」


軽く笑った後、僕は手を差し出しグラスを指す。

(´・ω・`)「……ツンさんも、それを飲んでみたらいかがですか? 更なる美しさは、更なる勇気をくれるかもしれませんよ?」

ξ゚听)ξ「……っ」

僕の言葉に彼女は一瞬戸惑うも、すぐにグラスに残った液体を一気に飲み干した。
やれやれ豪快な事だ。

ξ゚听)ξ「……ねぇ、ブーン?」

俯き気味だった顔を上げて、彼を見る。
ただそれだけの動作で――ツンさんはくらりと、まるで立ちくらみのように上体を前に倒れこませた。

ξ*゚听)ξ「あ……あれ?」

(;^ω^)「だ、大丈夫かお!?」

慌てて、ブーンさんが彼女を介抱する。

二人の顔が、とても近くなる。


いけ、ツンさん。


ξ*゚听)ξ「……あのね、ブーン。私……その……ずっと昔からアンタの事が……」

彼女は、そこで一旦俯いてしまった。
だけど、


好きだったの。


告白の言葉を彼女は確かに言い、彼は確かに聞いたのだ。
僕には聞こえないような小さな声で。
それでも口の動きを見て、僕にはそれが分かった。

( ^ω^)「……僕もだお。ツン、大好きだお」

やがて彼が答え、暫くの間、三人しかいないバーには優しい沈黙が流れた。

これを破るのはどこか心苦しい物がある。
だが、生まれたばかりのカップルに祝福をするのも、やはりバーテンダーの仕事だ。

(´・ω・`)「おめでとうございます、お客様。お祝いとして、一つ捧げたいカクテルがあるのですが……。もちろん私のおごりです」

( ^ω^)「ありがとうございますお。……でも、ツンはもうかなり酔ってるみたいだし、申し訳ないんですが……」

(´・ω・`)「ふふ、大丈夫ですよ」

言うや否や、僕は材料をカウンターに並べる。


(´・ω・`)「レモンジュース、砂糖、卵、ジンジャーエール。
      スライスレモンにチェリー。材料はこれだけです」

( ^ω^)「おっ……? それじゃただの……」

(´・ω・`)「えぇ、ただ混ぜるだけでは、ミックスジュースに過ぎません。
      ですが、氷を選び、シェイクの方法と時間を考え、心を込める事で……」

二つのグラスにカクテルを注ぎながら、僕は言う。

(´・ω・`)「ラバーズドリームと言う、一杯のノンアルコールカクテルが出来上がるんです」

ツンさんの方には、甘みを抑え、酸味と炭酸を強めたラバーズドリームを注がせてもらった。
酔い覚ましとしても、いける一杯だ。

( ^ω^)「恋人達の夢……、素敵な名前ですおね」

ξ*゚听)ξ「ホントね。ブーン……乾杯」

二人は軽く、グラスを鳴らす。
小さな小気味いい音が、僕にはまるで祝福の鐘のように聞こえた。


しかくして二人は帰り、僕は再びグラスを磨き始めた。
『血』に染まったグラスを洗い流しながら、僕は心中でツンさんに謝った。

何せブラッディ・メアリーを男性が女性に進めるのは、
簡単に飲めてしまう口当たりに比べ、アルコール度が高い。
つまり簡単に酔わせてしまえるのが理由なのだから。

ウォッカを先にシェイクしたは、空気と混ぜる事で、アルコールの角を殺す事が目的だ。
塩とウスターソースを加えたのも、よりトマトジュースさを前面に出し、また味を複雑に変化させる為だ。

そうする事で、ウォッカが多量に入っていても、簡単に飲む事が出来る。

(´・ω・`)「それをあんな風に飲んじゃ……そりゃ酔いもするよね」

まぁ、嘘も方便と言う。
結果として、また一組のカップルが出来上がったのだから、それでいいだろう。


ここはバー、バーボンハウス。

多くの――とは言えないかも知れないが、それでも日々疲れたお客様がやってくる。

僕の仕事はそんなお客様に、癒しを感じるお酒を提供する事だ。


入り口のドアがまた、軋みと共に開かれる。

僕は笑顔を作り、入り口の方を向いて言う。

(´・ω・`)「いらっしゃいませ、ようこそバーボンハウスへ」





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