会うは別れの始めなり。

出会いがあれば別れがある。

それは必然のことで、避けられないこと。

僕らは出会いと別れを繰り返し、成長と呼ばれる過程を繰り返す。

僕らはそれを受け入れる。

そこに寂莫たるものを感じつつも、僕はそれを受け入れる。

新しい出会いが、古い別れを塗り替えてくれることを信じて。

別れた人達が、きっと幸せになれると信じて。

それが人の、大人のあり方なんだと納得して。

僕は前に進むために今を置いて行く。






 ── ( ^ω^)僕らは別れを告げるようです ──
 ── 3月22日 ──





 



( ^ω^)「あと大きいのはテレビぐらいかお?」

今となっては骨董品といっても差し支えのないかもしれないブラウン管テレビに目を向ける。
サイズも14型と小さく、テレビ台なんて洒落たものもないので、カラーボックスの上に乗せてある。

カラーボックスに詰まっていた漫画や小説の類は既に段ボール箱に詰めた。
残っているのはこのテレビとカラーボックスだけだ。

もう来年にはアナログ放送は見ることが出来なくなる。
ならばいっそのこと捨ててしまおうかと思ったが、1人暮らしを始めた時からずっと共に暮らしている相棒のようなものだ。
何となく、捨てるには忍びなく感じてしまった。

('A`)「おーい、あとデカいの何がある?」

玄関の方からドクオの声が聞こえてくる。

( ^ω^)「お、あとテレビとカラーボックスがあるからもって行くお」

僕はすぐに返事をして、テレビの方に向かう。
掴む所すらついていないので、少々埃っぽいテレビを上から底面に手を入れる。



 
(;^ω^)「一応埃は払ったつもりだったけど……結構染み付いてるおね」

あとで水拭きした方がいいかもしれない。
僕はそう思いながら両腕に力を入れた。

(;^ω^)「お?」

コトンという軽い音がした。
テレビから何か部品が外れたのかと思ったが、もともとシンプルな作りだし、そんなことはないようだ。
僕は一旦テレビを足元に下ろし、カラーボックスの方に戻る。

( ^ω^)「何も……お?」

カラーボックスと壁の間に、何か小さな板のようなものが挟まっている。
先の音はこれとテレビのコンセントが当った音かもしれない。

( ^ω^)「……」

僕はカラーボックスを傾け、それに手を伸ばす。
それが何か予期していたが、予想通りだったことに僕は何ともいえないため息をついていた。



 

【( ^ω^)ξ゚ー゚)ξ】


2人並んで笑顔でフレームに収まっている写真。

( ^ω^)「……」

木製の写真立てに収められた写真の中の2人は、満面の笑顔だ。
もう2年以上も前になるだろうか。

( ^ω^)(幸せそうに笑ってるおね……)

僕と彼女であったツンの写真。
場所はどこかの動物園だったと思う。
貧乏な学生であった僕らは、それほど頻繁に出かける機会もなかったので、こういう写真はあまり撮っていない。

しかし、後にも先にもこんな風に満面の笑顔でツンがフレームに納まったのはこれ1枚だけかもしれない。
いつもどこか居心地の悪そうな表情でレンズを睨んでたのを覚えている。

けど、僕にはそれが彼女の照れ隠しだということは知っていた。

そのくらいには僕は彼女のことを理解していたのだ。



 
('A`)「おい、ブーン、テレビ……何やってんだ?」

(;^ω^)「お……これはその……」

いつまでたっても荷物が来ないことに業を煮やしたのか、部屋に上がりこんできたドクオが、僕の手の中からさっと写真を
抜き取った。

('A`)「……」

(;^ω^)「……」

('A`)「……お前さ」

(;^ω^)「お、これはもう処分するとこだったんだお!」

まずいタイミングで見つかったものだ。
これでは僕がまだツンに未練たらたらだと思われてしまう。

いやまあ、実際に未練はあるんだけど。



 
('A`)「……別に捨てる必要はないだろ?」

(;^ω^)「お?」

そう言ってドクオは僕の手の中に写真立てを戻す。
写真の面を上にして、眩しい笑顔が僕の目に映るように。

( ^ω^)「けどこれは……」

('A`)「終わったもの、か?」

間髪入れず答えたドクオに、僕は無言で頷く。
それはもう何度も話したことで、言わずともドクオもわかってるはずのことだ。

【( ^ω^)ξ゚ー゚)ξ】

笑顔で並ぶ2人の姿は過去のもので、もう見ることの出来ないものなのだ。

( ^ω^)「……」

もうお仕舞にする。
僕らが、僕とツンがそう決めたのだから。



 
理由は至極簡単なことだ。
大学を卒業し、この春から物理的に距離が離れるから。

僕は実家に戻り、地元の小さな企業に就職する。
彼女は進学し、天文学の勉強を続ける。

僕の地元はここからずっと南の方で、彼女の進む大学院はここからずっと北の方と、見事なまでに距離が広がるのだ。

遠距離恋愛という手もあったが、お互いのことを考えた結果、僕らは半年ほど前に綺麗さっぱりお仕舞いにした。
お互いのこれからの為に、2人で話し合ってそう決めたのだ。

( ^ω^)「……」

('A`)「……」

無言で写真を眺める僕に、ドクオが意味ありげな視線を向けてくる。
重ね重ねマズったかもしれない。
僕の今の様子は、明らかに未練たらたらだ。



 
('A`)「本当にいいのか?」

( ^ω^)「いいんだお」

思えば僕らの別れに最後まで反対していたのはドクオだった。
少々気が強いが誰が見ても美人だと言うであろうツンと、気は弱く、どう贔屓目に見ても並みの壁を突破できない顔の
僕がツンと付き合えるようになったのも、ドクオが応援してくれたお陰もある。

ドクオはいつも気弱な僕を後押してくれていた。
大学に入って初めて出来た友達で、ここが地元だというドクオは色々と不案内な僕を助けてくれた。
今日だって、こうやって引越しを手伝ってくれている。

('A`)「けど……」

( ^ω^)「いいんだお。……ありがとだお」

本当にいいやつだ。
僕は実家に戻ってもきっとドクオのことは忘れない。
いつかまた、会いに来ようと思っている。

惜しむらくは、在学中にドクオにも彼女を作ってあげたかったのだが、本人の高い理想と低い顔面偏差値のお陰で今日の
今日までその夢は叶わなかった。



 
( ^ω^)「僕らのことはいいから、自分のことをがんばれお」

僕は少しだけ意地の悪い笑みを浮かべて見せた。
ドクオに彼女は出来なかったが、最近奇跡的にツン以外の女友達が出来た。
この4年間の惨状を考えれば本当に奇跡と言わざるを得ない。

しかもその女性は、ドクオの理想に叶い、なおかつ今のところ嫌われていないようだ。

('A`)「うるせーな……」

ドクオはばつが悪そうに顔を背ける。
人の恋路には散々口出ししてきたくせに、自分のこととなると妙に奥ゆかしくなる。

僕は再びからかうような笑顔を見せて、引越し作業の続きに戻る。
手の中にあった写真立てから写真を外し、写真立てはゴミ袋に放り込んだ。


【( ^ω^)ξ゚ー゚)ξ】


( ^ω^)「……」



 
( ^ω^)「終わったんだお……」

写真を2つに折り、さっきとは別のゴミ袋に放り投げる。
しかし写真は弧を描きゴミ袋の口を外して畳に落ちた。

( ^ω^)「お……」

('A`)「だから、捨てる必要もないだろ?」

( ^ω^)「持っておく理由もないお」

('A`)「……嫌いになったわけじゃねーんだし、写真ぐらいいいだろうが」

その写真をドクオが拾い、壁に掛けていた僕のシャツの胸ポケットに乱暴に押し込んだ。

( ^ω^)「……」

何か言おうと思ったが、あとで捨てるだけだと思い返し、何も言わないことにした。



 
(´・ω・`)「お待たせー」

( ^ω^)「……」

('A`)「……」

そんな空気を全く意に介さぬような、陽気な声がほぼ空っぽに近い部屋に響き渡る。
よく聞き知った声で、呼んだのは僕、正確にはドクオではあるが、約束の時間からすれば随分遅いご到着だ。

('A`)「おい、ショボン?」

(´・ω・`)「何かな、ドクオ?」

('A`)「俺は2時っつったよな?」

(´・ω・`)「そうだったけ?」

('A`)「そうだったんだよ」

(´・ω・`)「うん、それで?」



 
(#'A`)「今何時かわかるか?」

(´・ω・`)「さあ、僕は時計を持ち歩かない主義だからね」

( ^ω^)「2人とも、その辺にしとくお」

一触即発の空気を割り、間に入る。
ショボンが時間にルーズなのはこの4年間で身を持って知っているし、それが几帳面なドクオと度々ぶつかりあって
面白いことになるのも毎度のことだ。

(#'A`)「あ?」

( ^ω^)「ショボン、これ頼むお、下のトラックまで」

僕は尚も何か言いたげなドクオを制し、先のテレビをショボンに渡す。

(´・ω・`)「オッケー、何かで包まなくていいのかい?」

( ^ω^)「毛布を貸してもらえることになってるお」

ショボンはわかったと返事をして、そのまま部屋を出た。
ドクオの視線が背中に痛いが、僕は苦笑いでそれに応じた。



 
( ^ω^)「いつものことだお」

('A`)「そうだけど、それでいいわけじゃねーだろ?」

不満げなドクオに僕は苦笑いのまま、手伝ってもらえるだけありがたいのだとなだめる。
色々節約して、2階のこの部屋から階下に下ろす作業は自前でやることになっていた。

大して大きい荷物はないので1人でも十分だったのだが、ドクオが手伝うと申し出てくれた。
ショボンはドクオが呼んだので、僕が直接頼んだわけではない。

('A`)「全くあいつは……今時携帯も持ってねーし、連絡も取りづれーんだよ」

ドクオの愚痴は収まる様子を見せないが、作業を進める手は止まらずに動いてくれている。

ショボンとは小学校からの同級生だというドクオは、僕よりショボンの性格を熟知している。
毎度毎度、同じようなことを腹を立てても仕方がないと思うのだが、それもまた性格故かもしれない。

(´・ω・`)「次はどれ? ほら、ドクオ、もたもたしてないでさっさと終わらせようよ」

(#'A`)「……」

(;^ω^)「おー……」

これからはこの掛け合いも傍で見れなくなるのだ。
僕は少し寂しく思いながらも、荷物が壊れないことを祈りながら作業を続ける。



・・・・
・・・

('A`)「これで全部かな?」

( ^ω^)「お……そうだおね」

それから10分程度で、全ての荷物は運び終わった。

( ^ω^)「……」

がらんとした白い部屋に傾きかけた日が差し、淡いオレンジに染め上げる。

不思議なものだ。
この部屋に入居する時も見たはずなのに、あの時と今では全く違ったもののように感じられる。

( ^ω^)「この部屋、こんなに広かったんだおね……」

('A`)「そうだな……」

あるべき場所にあるはずのものがない部屋は、違和感と同時に何だか物寂しさを覚えた。
白い壁、小さな窓、高い天井。
猫の額ほどの大きさのベランダも、エアコンの室外機があるだけだ。



 
僕のものは全て持ち出すか処分した。
残していくものは何もない。

いや……

( ^ω^)「想い出だけは残していくのかもしれんね」

いつの間にか傍らにいたはずのドクオの姿がない。
気をきかせて1人にしてくれたのだろう。
この部屋に別れを言う時間をくれたのだ。

( ^ω^)「世話になったお」

僕は軽く頭を下げ、起こした勢いでそのまま高い天井を見上げる。
何度となく見上げた天井だが、これで見るのも最後だ。

( ^ω^)「……行くかお」

僕は壁に引っ掛けてあった上着を手にする。
この洋服掛けは入居した時からあったものなのでそのまま残すものだ。



 
( ^ω^)「お?」

上着を着込んだところで、胸ポケットの写真に気付いた。
先ほどドクオが押し込んだものだ。

僕は2つ折りのそれを取り出した。

( ^ω^)「……」

これも残していく想い出だろうか。
それとも、持ち出してまた使う荷物なのか。

( ^ω^)「……」

僕はそれを元のように胸ポケットに押し込み、部屋を出た。

扉を閉め、プラスティックのカバーがかけられたネームプレートから内藤と書いた紙を抜き取る。
それをくしゃくしゃに丸めてズボンのポケットに押し込み、代わりに鍵を取り出す。

( ^ω^)「お……閉めなくてもよかったんだっけ」

この後、ドクオが簡単な掃除をして、鍵を大家さんに返してくれることになっている。
最後までドクオに世話になりっぱなしだが、折角の親友の好意だ、甘えることにしたのだ。



 
( ^ω^)「まあ、いいお」

僕は鍵を差込み、左に回した。
かちりという乾いた音がして、鍵がかかる。
これで鍵を開けた回数と占めた回数は同じ数になっただろうか。

( ^ω^)「そんじゃ、バイバイだお」

僕は閉まったドアに目を向け、別れの言葉を述べる。
“201”というナンバープレートが見える。
2階の階段を上がったすぐ、そこそこの景色と騒音が入り混じった、良くも悪くもない部屋。

目を閉じれば色々な想い出が浮かぶ。
ドクオやショボン、それにツン。
皆と過ごした忘れられない時間。

ここは僕にとってとても大切な場所だった。

部屋に、そして想い出に別れを告げ、僕は階段を下りる。



 
( ^ω^)「すみません、お持たせしましたお」

(,,゚Д゚)「ああ、大丈夫、大丈夫、予定の時間はもう少し残ってるからね」

トラックの運転手、ギコという名前の人だが、僕はこの人に荷物と一緒に実家まで乗せてもらう手筈になっている。
金のない学生の引越しということで、色々と手を尽くした結果だ。
旅費が浮くのは素直に助かる。

( ^ω^)「ドクオ、頼むお」

('A`)「ああ、任せろ」

僕はドクオに部屋の儀を手渡す。
言うべき礼の言葉は沢山あるが、それら1つ1つをわざわざ言うのも野暮というものだろう。

( ^ω^)「それじゃあ、行くお。色々ありがとだお」

('A`)「気にすんなって。元気でやれよ」

ドクオが右手を差し出す。
僕はその華奢だが頼りになる手を強く握り返した。



 
(´・ω・`)「どうせ僕らはこの町にずっといるからさ、いつでも遊びにおいでよ」

同じようにショボンも右手を差し出してきた。
僕は笑ってそれに応じる。

( ^ω^)「あんまりドクオに世話ばっかやかせんなお」

(´・ω・`)「それは約束できないな」

(#'A`)「おい、こら……」

ドクオは一瞬怒った素振りを見せ、ショボンを小突く。
ショボンが肩をすくめておどけると、ドクオも苦いながらも笑みを見せていた。

( ^ω^)「お、そうだお……」

僕は左手にはめていた腕時計を外し、ショボンに手渡す。

(´・ω・`)「これは?」

( ^ω^)「餞別だお」



 
餞別という言葉は逆な気がするが、僕の言葉にショボンより先にドクオが反応する。

('A`)「いいのか? お前それ、かなり気に入ってただろうが」

( ^ω^)「構わないお」

確かに、ドクオの言葉通り僕はこの時計を気に入ってた。
今日日時計は携帯電話で代用できるし、そちらの方が多機能で使い勝手が良かったりするけど、僕はこの時計を
使い続けていた。

別に誰かからプレゼントされたとかいうわけでもなく、単に初めてのバイトの給料で背伸びして買った、僕なりの
お洒落のつもりのものだった。

お洒落とはいえ、丈夫で機能的なものを選んだので、サークル活動の時にも存分に役に立ってくれたものだ。

( ^ω^)「アラームも付いてるから、それでちゃんと時間を守れるようになれお」

(´・ω・`)「うーん……君の手垢の染み付いた時計ね……何か感染りそう」

(#^ω^)「……」



 
(´・ω・`)「冗談だよ。……ありがたく使わせてもらうよ」

ショボンはそう言って、早速左手に時計をはめてくれた。
シルバーの時計は西日を反射し、淡い光を放っている。

( ^ω^)「ドクオには向こうに着いたら地元の名産品でも送るお」

('A`)「気にすんなって」

それから数語言葉を交わし、僕はトラックの助手席に乗り込んだ。

( ^ω^)「そんじゃ……」

(´・ω・`)「うん、またね」

( ^ω^)「……ドクオ?」

ドクオは何も言わず、僕を見ていた。
いや、何かを言おうとしては言い淀んでいると言った方が正しいかもしれない。

( ^ω^)「ドクオ」

僕は少し強めにドクオに呼びかけた。
ドクオはその言葉に促されるように口を開く。



 
('A`)「……なあ、お前さ」

( ^ω^)「……」

('A`)「お互いのため、そう言ったよな?」

( ^ω^)「言ったお」

お互いのため。
相手のことを大切に思うからこそ、僕らは別れるという決断をしたのだ。

('A`)「じゃあさ、お前自身のためだったらどうなんだよ?」

( ^ω^)「僕自身……?」

僕はツンのことを思えばこそ、別れるという選択肢を選んだ。
そのままの関係でいれば、しっかり者のツンは頼りないところの多々ある僕のことを、離れた場所からずっと心配しながら
暮らす羽目になる。

それに意外と寂しがりやな面があるツンを、僕は傍にいて慰めてあげられない。
それだったらいっそ、僕と別れて心配を減らすなり新しく良い人を作るなりした方がツンのためなのだ。

だから……



 
( ^ω^)「僕自身……」

ドクオに突き付けられた言葉を再び呟く。
僕にとってはツンが一番大切で、僕自身のことは二の次だった。
だから僕は別れると決めたのに。

僕自身……

僕の身勝手が許されるのならきっと僕は……

('A`)「悪い。最後に余計なこと言ったな」

( ^ω^)「いや……」

('A`)「でもさ、自分の気持ちも大切にしてくれよ? お前はお人好し過ぎるんだからさ」

( ^ω^)「わかったお。ありがとだお」

僕の左手が自然に自分の胸に当てられていた。
上着の胸ポケット。
自分自身の気持ち。

でも、少し遅かった。

全ては終わってしまったのだから。



 
( ^ω^)「それじゃ、またねだお」

('A`)「ああ、またな」

僕は笑顔で2人に手を振る。
2人も笑顔で手を振り返してくれる。

僕を乗せたトラックはゆっくりと走り出す。
僕と荷物を乗せたトラックは、親友と想い出を背に走り出す。

僕は2人の姿が見えなくなるまで手を振り続けていた。
2人と、201号室が見えなくなるまでずっと。



 ── ( ^ω^)は別れを告げるようです 終 ──




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