── ('A`)僕らは別れを告げるようです ──
   ── 3月21日 ──





('A`)「ありがとうございましたー」

本日三人目のお客さんが去っていく。
時間に換算したくない来客数だが、何かしら買ってくれているのがせめてもの救いか。

('A`)「しかし……」

俺は客を送り出した場所からそのまま反対側に目を向ける。
商店街の中心に向かうその道は、シャッター街と化したかのごとく静かなものだ。

ぽつぽつと開いてはいるものの、おおよそ活気というものが感じられない。

('A`)「まあ、他人様のことを言えた義理じゃないんだがな……」

この辺りは大学近辺ということもあり、学生の町という雰囲気がある。
そうなると小売よりは出来合いのもの売る店や定食屋の方が流行りそうなものだが、最近の不況の影響か、自炊する
学生は格段に増えている。

しかし、そうなるとより安い店に学生の足は向くわけで、郊外の大型店や、町中でも安さを売りにしているスーパーに
客を取られているのが現状だ。





 
うちを始めとした、古くからの小さな個人商店にとっては苦しい時代といえる。

('A`)「かといって今更コンビニにしたところでな……」

都心部ならまだしも、こんなところでコンビニがそう何件も必要になるわけがない。
それにコンビにでは先に上げた価格的な理由で勝負にならない。

('A`)「何とかしねーとな……」

俺は先ほど売れた大根を並べ直し、スペースを埋める。
その他、商品に不足はないか確認するが、流石に来客数3じゃ不足も何もあったものではないだろう。

('A`)「……」

俺は再び店から通りに出て辺りを見回す。
夕方の買い物時にはまだ早い時間だが、それでも人通りは少なすぎると感じる。

俺は店の方を振り返り、その全体を視界に納める。



 
鬱田青果店。

元は白かったはずの看板に飾り気のない黒で大きくそう書かれた、俺がこの春から継ぐことを決めた店。
その名が示す通り、所狭しと野菜が並ぶごくありふれた八百屋の姿がそこにある。

('A`)「ありふれてるんだよな……」

品揃えが少ないわけでもない
多いわけでもないが。

品物の質が悪いわけではない。
良いわけでもないが。

良くも悪くも、普通の人がイメージする八百屋のそれだ。

('A`)「そもそも、八百屋で買い物する人間自体が減ってるんだよな……」

今は大概、1件で何でも揃うスーパーなどで買う客がほとんどだろう。
商店街を複数の店に寄りながら買い物をしていく主婦の姿を見るのは稀だ。
それどちらかといえば昔からの付き合いやら近所付き合いやら慣習的なものに起因するのだろう。



 
この店が自分の代になっても、昔からの付き合いで来てくれる客も少しはいる。
しかし、それだけに頼って暮らして行くのは到底無理がある。

('A`)「何とかしねーとな……」

俺は再び看板に目を向け、同じ言葉を呟く。
先代、といってもまだ引退したわけではないが、両親は今商店街の会合とやらに出かけている。

商店街自体も今俺が思っているような問題意識は持ち合わせているらしく、ここの所そういう会合が多くなったと
聞いた覚えはある。

具体的な案は何も決まっていないようだが。
出たところで、年寄りの古臭いアイデアに頼れるかといえばそれもまた疑問ではある。

('A`)「何とかしねーとな……」

本日何度目となるかわからない同じ呟きが俺の口から漏れた。
店を継ぐことを決めた以上、俺自身が何とかせねばと思う。

しかし、大学まで行って実家の八百屋を継ぐと言う話もどうなのかと、我ながら思いはする。
この状況を見れば、店は店で両親にやってもらい、自分は外に出て稼いで来た方が現実的だ。



 
両親に継いでくれと頼み込まれたわけでもない。
親父の体調を考えれば、継いで欲しいとは思っていただろうがそんなことを口にされたこともない。
それどころか、さしてやりたいことのなかった俺のわがまま、大学にまで通わせてくれた。

大学での4年間、色々なことがあった。
そのほとんどが、数人の友人との思い出ばかりではあるが、そいつらと付き合う内に俺は俺で漠然とだが自分の
やりたいことが見えて来た。

そいつらといた時間の大切さ、この場所の大切さ。
自分が何故この町を離れずにいたか、他ならぬ自分の自身の思いが答えを教えてくれた。

俺は自分の好きな場所、生まれ育ったこの場所で大切な人達と、家族とこの店をやりたい。
それが俺の答えだった。

('A`)「どうするかねえ……」

やるべきことは当然売り上げを伸ばすことだ。
食っていくためには、稼がにゃならん。

では売り上げを伸ばすためにはまずどうしたらいいか。
買ってもらうためには何より客に来てもらう必要がある。



 
('A`)「とは言っても、この商店街の集客力に期待出来るわけもないしな……」

やはりこの店だけで何とかすることを考える方が賢明だろう。

一店だけで賄うとするなら、品揃えを増やすという手もある。
そうすれば、スーパーやコンビニのような感覚で利用してもらうことも出来るかもしれない。
しかしそれは同時に、商店街の他の店の領分を侵すことにもなる。

俺だけなら構わないのだが、近所付き合いを考えると、両親が肩身の狭い思いをするのは避けたい。

となると、やはりこの野菜、果物といった八百屋が扱える範囲のもので勝負するしかない。

その点から考えると、価格、そして質といったところか。
両立させるのがベストだが、どちらに重きを置くかは決めておいた方が良いかもしれない。

('A`)「質だろな」

どちらにするかは悩むまでもなく、単純な消去法で決まる。
価格で勝負するなら、薄利多売でやっていく必要があるのに対して、この店では狭すぎるからだ。

そうなると、必然的に質で勝負するしかないのだ。



 
('A`)「質ねえ……」

質で勝負すると考えた時、いくつかの手段が思い付きはする。
有機農法や生産農家記載の顔の見える品物など、高品質、安全性などを前面に押し出したものだ。

だが、それは今の時代、それほど珍しいものでもない。
それこそ大型店やスーパーでも取り扱っているようなありふれたものだ。

('A`)「他にないものといえば……」

俺は先ほど売れた大根の方へ目を向ける。
そういえばその前の客も買っていった。
季節的なものもあり、値段も手ごろということを差し引いても売れている。

('A`)「確かに他にないものではあるが……」

他にない付加価値、それはこれがこの町で取れた地のものということだ。
それとわかるようにダンボールに書いた値札にそのことを明記している。



 
('A`)「地のものねえ……」

路線としては十分ありだと思う。
他にはない特色、この町ならではのものだ。
しかし、さして特徴もない、競合は同じ町の店という問題もあり、何よりこれは……

('A`)「あいつの家のだしな……」

俺は頭を振り、こめかみを押さえる。
大根自体に罪はないはないが、問題点はいくつもある。

('A`)「何とかしねーとな……」


「確かにその顔は何とかした方がいいな」


もう何度目か数えるのも億劫になった呟きの合間を縫って、背後から涼しげな声が響く。
遠慮会釈も愛想もない、よく通るその声の持ち主に俺は先程からの仏頂面のまま返事をする。

('A`)「……顔の話じゃねーよ。いらっしゃい」

川 ゚ -゚)「客商売でその不景気な顔は止めた方が良いというアドバイスのつもりだったのだがな」



 
セミロングの髪を掻き上げ、悪びれずに言う。
毎度のことだがどう考えても後輩の取る態度とは思えない。

('A`)「あのなあ、クー、いい加減先輩を敬うことを覚えろよ?」

俺より3つ下の後輩は、俺の諭すような口調に悪びれることなく答える。

川 ゚ -゚)「敬ってるさ、ちゃんとな」

('A`)「どの辺がだよ……」

全体的に、と変わらぬ口調でクーは答える。
俺達が所属するサイクリングサークルの後輩なのだが、こいつは当初からずっとこんな風だ。

もっとも、ツンやブーンにはちゃんと敬語で話すところを見るに、当人が主張する程度にはわきまえているのかもしれない。
ツンやブーンが真面目だということや、俺がそういうことを気にしないことなどわかってやっているのだろう。
勘は良過ぎるくらい、いいやつだ。

当然、ショボンには俺以上にひどい態度で接している。

('A`)「まあ、いいや。どうせお前との付き合いもあと数日だ。で、何の用だ?」
  _,
川 ゚ -゚)「八百屋に用と言えば、買い物に決まってるだろうが」



 
クーは眉をひそめ、先程よりなお不機嫌そうな口調で用向きを告げる。
愛想に関しては他人のことは言えないだろうと思うが、言ったところで素直に聞くようなやつではない。

川 ゚ -゚)「で、その不景気な面の原因はなんだ?」

('A`)「あ?」

店内に戻り、注文を待ち構えた俺にクーは聞いてくる。
野菜はどうしたと返しそうになったが、どうせ客もいなくて暇だ。
少しぐらいだべっていても大丈夫だろう。

川 ゚ -゚)「やはりあれか? ブーン先輩たちのことか?」

クーは俺が答えるより早く、勝手に決め付けるような口調で言う。
その自信に満ちた目に、今は全然違うことを考えていたとは言い辛いので、俺は曖昧に頷いた。
実際、それも今の俺の悩みの内の1つであることには代わりはない。

川 ゚ -゚)「ただでさえ友達のいないドクオにとって、2人も友達が居なくなるのは死活問題だしな」

('A`)「うるせー」



 
川 ゚ -゚)「残った友達はショボンだけか」

('A`)「止めろ……それは考えないようにしてんだよ」

俺達はブーンとツンの、そして俺たち自身の想い出を語り合った。
そのほとんどが、たわいもないバカ話で、俺がこの町を好きだと思える理由になったものだ。

川 ゚ -゚)「ブーン先輩は全くしょうがないよな。だのにどうしてツン先輩と別れるなんて」

('A`)「あいつらが決めたことなんだよ」

そういえばこいつは俺以上にあの2人が別れることに反対していたよな。
あの時はまだこいつがサークルに入って半年も経ってなかったというのに、いつの間にか数年来の既知のような
馴染み方をしていた。

('A`)「あいつらが決めたことだ。俺らが何か言うべき話じゃない」

川 ゚ -゚)「全く納得してない顔で言うなよ」

('A`)「……理屈はわかってるつもりだ」



 
川 ゚ -゚)「気持ちは納得いかないと」

羨ましいほど自由に物を言うクーに、俺はただ苦笑いを浮かべるしか出来なかった。

わかってる。
ブーンの気持ちも、ツンの気持ちも。

そして俺の気持ちも、わかってはいるのだ。

それでも……

('A`)「あいつらはお互いのことを思って別れると決めたんだ」

川 ゚ -゚)「それだよ」

突然クーは語気を強め、俺の方を指差す。

('A`)「どれだ?」

川 ゚ -゚)「その“お互いのため”ってやつだよ」



 
('A`)「ん? 何かおかしいか? 離れ離れになることを考えれば……」

川 ゚ -゚)「理屈はいいんだ、理屈は」

クーは苛立たしげに俺の言葉を遮る。
普段はあまり感情を浮かばせることのない涼しげな目に、明らかな怒りの色が見て取れる。

川 ゚ -゚)「お互い悲しむ結果になることが、本当にお互いのためなのか?」

('A`)「それは……」

クーの言っていることはわかる。
俺だってそれは何度も考えたことだ。
しかし……

('A`)「そうでもしなきゃ、あいつらはお互いを潰すことになるってわかってるんだよ」

川 ゚ -゚)「……」

クーの無言の視線が俺に突き刺さる。
それは本心なのかとその目が問う。



 
期せずして、同じ答えを導き出した2人の顔が思い出される。
やさしい笑顔で、悲しい心を隠した2人の顔が。

('A`)「そりゃあな、俺だって完全に納得したわけじゃない」

俺は観念して、クーに本心を漏らす。
とはいえ、既に俺の胸のうちなんざクーにはお見通しだったのだろう。

クーは少し意地の悪い笑みを浮かべて、1つ頷く。

川 ゚ -゚)「私とて、2人が至った結論の真っ当さは理解しているさ」

('A`)「けど、納得は出来ない」

クーはまた頷く。
その点は俺も全く同じ思いなのだ。

正しい結論だが、正しくない。
上手く言えないが、俺はそう思っている。



 
川 ゚ -゚)「お互いのため、そういえば聞こえはいい」

お互いのため、ブーンとツンが口にしたその言葉は、本心から出たものだ。
相手のためを思うからこそ、別れるという答えを口にしたのだ。

川 ゚ -゚)「けどな、自分のためを思えばどうなんだ?」

('A`)「自分のため……?」

俺はクーの言葉をそのまま口にしていた。

自分のため。

相手のためを思えばこそ、2人は別れた。
自分のためを思えば、2人はどうしただろう。

誰よりも大切な人を、ブーンは、そしてツンは、手放すことが出来るだろうか?

俺は首を振り、考えるまでもなく導き出された答えを口にする。

('A`)「……別れたくはないだろうな」

川 ゚ー゚)「ああ、そうだ。きっと別れない」



 
クーは我が意を得たとばかりに笑顔を見せる。
こいつの表情がこうも変わるのは初めて見た気がする。

川 ゚ -゚)「今からでも遅くない。自分のためを考えろと先輩達に伝えるべきじゃないか?」

('A`)「しかしな……」

そのことを伝え、2人が考えを変えたとして、それがもたらすものは困難な道だ。
それがわかってるからこそ、2人は別れを選び、俺らはそれを受け入れたのだ。

川 ゚ -゚)「私は、2人に苦労してもらっても構わないと思っている」

('A`)「おいおい……」

クーは最後まで聞けと俺を制し、言葉を続ける。

川 ゚ -゚)「最初は苦労するかもしれない。でも、2人ならきっと乗り越えられる」

それは理想論で、ドラマ化漫画の見過ぎだ。
そう茶化そうとした口は、開かれることはなかった。
クーの目は真剣そのもので、心からそう思っているのが俺にはわかった。



 
川 ゚ -゚)「一緒にいれば、2人でがんばることも出来る」

('A`)「……」

川 ゚ -゚)「でも、別れてしまえばそれさえも出来ないんだ」

('A`)「……」

それは理想論だと、笑い飛ばすことも簡単で、普段の俺ならきっとそうしたと思う。
しかし、俺はあいつらのことを知っている。
あいつらなら、きっとクーが言うように、そばにいれば何とかなると思えてしまう。

俺は、改めてクーの方を見る。
そこにはいつものクールな面持ちはなく、向ける対象を間違った睨み付けるような眼差しがある。

いや、俺にも腹を立てているのかもしれない。
良くないと思いつつも親友でありながら2人の別れを受け入れた俺を。

('A`)「それをお前が言ってやればいいんじゃないか?」

そこまであいつらのことを思っているお前が言うべきだと俺はクーに言った。
その思いがどういう思いなのか、どちらに向けられているのかは、考えるまでもないことだ。



 
川 - -)「私が言っても、謝られるだけだ」

後輩に心配をかけてごめんと、謝る2人の姿が目に浮かぶ。
どんなに思っていようが、付き合いの短い私の言葉は、2人の言葉を覆すには足りないと言う。

川 ゚ -゚)「だが、お前なら、お前の言葉なら届くだろ?」

('A`)「……」

俺はクーの視線をそのまま見詰め返す。

川 ゚ -゚)「……」

('A`)「……言ったところで、何も変わらないかも知れんぞ?」

川 ゚ -゚)「何もしないよりはいい」

('A`)「……」

川 ゚ -゚)「確かに、変わらないかもしれない。でも、何もしなければ、何も変わらない」

クーは視線をそらさず、はっきりとそう言った。
不言実行、というには喋りすぎだが、こいつはこれまでも己が正しいと思うことに対しては躊躇いなく行動に移してきた。



 
それが本当に正しいのかはさておき、まっすぐな姿勢でまっすぐにぶつかって来るこいつが、俺には眩しかった。
ずっと、眩しかったのだ。

('A`)「……」

川 ゚ -゚)「……」

('A`)「……そうだな」

俺は観念して頷いた。
少しだけ、クーの視線が和らぐ。

正しくはないのかもしれない。
クー自体も、自分のこれまでの行動が独善であるということを理解した上で敢えてその道を選ぶんでいる節が見られる。

それを若さ故の特権だと思うほど、俺はこいつと年は離れていないはずなのに。
そう思った時には言葉が自然に俺の口を吐いていた。

('A`)「年をとるとさ……」

川 ゚ -゚)「うん?」



 
('A`)「何で相手の答えまで推し量って自分で決めようとするんだろうな」

川 ゚ -゚)「……」

珍しく、呆気に取られた表情でクーが固まっている。
打てば響く普段のような返しもなく、ただ俺のことを見詰めていた。

('A`)「何だよ?」

川 ゚ -゚)「……」

('A`)「……悪い、聞かなかったことにしてくれ」

妙な空気に居心地の悪さを感じ、俺は左手を軽く振って発言を取り消そうとした。
しかし、それにはすぐさまクーが反応する。

川 ゚ー゚)「……いや、聞いた。そして覚えたよ」

('A`)「何だよ、急にニヤニヤしやがって」

川 ゚ー゚)「いや、お前がそういう風に自分のことを話すのは珍しいと思ってな」

('A`)「……そうか?」



 
言われてみればそうかもしれない。
どちらかと言えば聞き役でまとめ役というのが俺の立ち位置だった。
決断力のなさから、サークルの部長はツンにお願いすることになったが。

自分自身の相談、家業を継ぐ時の相談なんかはしたと思うが、よく考えたらその辺はブーン達にしたのであって、
クーにはしていない。
進路の話を大学に入ったばかりの1年生にするのもどうかと思うので、当たり前といえば当たり前のことだ。

そんなクーだったが、いつの間にか悩みを話せるぐらいには近しくなっていたのかもしれない。
そう思えることが俺には少し嬉しかった。

川 ゚ -゚)「お前も人並みに悩むのだな」

('A`)「……当たり前だ。こう見えても悩み多き男なんだよ」

浮かび上がった思いを隠すべく、肩をすくめ、おどけてみせたがクーは鼻で笑う。
どうせくだらない悩みだろうとクーは言う。

そうかもしれない。
先の話と同じく、俺は何もやらずにただ考えていただけで、自分で問題を難しくし、答えを決めていた。

やってみれば意外と答えは簡単なのかもしれない。
その逆で、実は難しいのかもしれない。



 
でも、どちらにせよやらずに決め付けるよりはいいだろう。
それが別の何かに繋がる可能性もある。

考える俺を余所に、クーは意地が悪いようでどこか嬉しそうな笑みを浮かべている。
俺もきっといつも通りの仏頂面で、親しい人間が見れば笑みとわかるそれを浮かべていたのだろう。

川 ゚ -゚)「まあ、いいや。取り敢えず大根1本な」

('A`)「……何がだ?」
  _,
川 ゚ -゚)「何がだ? じゃないだろ? 私が何しにここに来たと思ってるんだ?」

眉をひそめ、呆れた様子で言うクーに、俺はようやくその意味を理解した。
八百屋に来て大根1本と言うのだから、答えは考えるまでもない。

しかしまた大根か。

('A`)「毎度あり。250円な」

川 ゚ -゚)「まけろ」

即座にふざけたことを言ってくるクーだが、いい加減慣れたものだ。
俺は即座に返事をする。



 
('A`)「240円」

川 ゚ -゚)「200円」

('A`)「230円」

川 ゚ -゚)「200円」

('A`)「220円」

川 ゚ -゚)「200円」

('A`)「210円」

川 ゚ -゚)「200円」

全く譲る気配のないクーに、毎度のこととはいえ感心する。
今度家電を新調する時は買い物に付き合ってもらおうかと思っている。

('A`)「お前なぁ……」

川 ゚ -゚)「相変わらず狭量だな。スパッとまけろよ」



 
('A`)「200……」

諦めてクーの提示額を飲もうとしたが、最後の一言で気が変わった。
狭量の俺はささやかな抵抗を試みる。

('A`)「201円」
  _,
川 ゚ -゚)「お前……」

俺は無言で右手を差し出す。
クーはなおも何か言いたげではあったが、大きなため息とともに俺の手に3枚の硬貨を叩き付けた。

('A`)「毎度」

代金を受け取り、大根を新聞紙に包もうとするがクーはそれを制し、俺の手から大根を抜き取った。

('A`)「包まなくていいのか?」

川 ゚ -゚)「いらんよ。どうせこのまま食うんだし」

('A`)「このまま? 今日中に食っちまうってことか?」



 
川 ゚ -゚)「いや、このままだよ」

そう言ってクーは大根にかぶりつく。
洗ってはいるものの、味も何もついてていない生の大根に。

(;'A`)「流石にそれはないわ」

川 ゚ -゚)「何故だ? 生でも食えるだろ?」

鮮度の話を言えばそれは食べられる。
しかし、皮すら剥かずにそのまま大根をアイスか何かのように食うやつは初めて見た。

川 ゚ -゚)「そんなものはお前の勝手な常識に過ぎん」

何もつけずともこの大根は美味いと、人差し指を突き付け、堂々たる姿勢でそう宣言するクー。

どちらかと言えば味がどうこうよりも、見た目の部分でどうなのかと思ったのだが、本人がいいならいいのだろう。
俺は諦めてクーに話を合わせるように頷いた。

川 ゚ -゚)「わかればいい」

('A`)「はいはい、わかりましたわかりました」



  _,
川 ゚ -゚)「本当にわかったのか?」

('A`)「わかってるさ」

俺はクーの方は見ずに頷く。

川 ゚ -゚)「ふむ……ならば最後に1つだけ」

('A`)「何だ?」

川 ゚ -゚)「お前もたまにはやらずに悩むより、やってみてから悩めよ」

振り向いた俺の目に、大根を小脇に挟み、上方を指差すクーの姿か映る。
その指が指す先には、鬱田青果店の看板がある。

('A`)「……お前」

川 ゚∀゚)「フハハハハ、悩め若人よ」

芝居がかった尊大な哄笑と共に、大根をかじりながらクーは去って行く。
俺はその背をただ見送っていた。



 
('A`)「何が若人だよ……お前の方が若いだろうが……」

クーの姿が見えなくなって、俺はようやくそう呟いた。

('A`)「……不思議なやつだ」

あいつは俺の悩みに気付いていたのだろうか。

この道を選ぶ時に、ブーン達には相談こそしたものの、決めてからは心配を掛けぬよう、極力隠してきたはずだ。
それ以前にクーには相談した覚えはないのだが、勘のいいあいつのことだ、断片情報からでも察しているのだろう。

('A`)「やってみてから悩めか……」

随分乱暴な意見だ。
あいつの言葉は、時に理想論過ぎる気がする。

まるでそれが必ず叶うかのように、失敗をまるで恐れずに。




('A`)「若いな……」

何にせよ、こちらを気にかけてくれていたことには感謝すべきかもしれない。

('A`)「後輩に心配されるのも情けない話だがな」

俺は手の中の3枚の硬貨を小銭入れのざるの中へ放り込んだ。
重い2つの音と少し遅れて乾いた音が響く。

自由になった右手を大きく広げ、空にかざす。
まだ高い日が澄んだ青空に眩しく輝いている。

('A`)「……やってみるかな」

俺は大きく息を吸い込み、人気のない通りに向かって呼び込みを始めた。



 ── ('A`)は別れを告げるようです 終 ──




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