薄暗い部屋の中、炬燵の横に置かれたベッドの上で一つの影が蠢いている。



 ※ ※ ※

  『定期検査とかいうの、別にどうということはなかったお』

  『ツンのメモリーかなんかをチェックして実験成功』

  『なーんか拍子抜けだおねー』


    『あれからクーの、セクサロイドのこと、ネットに書いてみたんだよ』

    『そしたらものの数分でレスが削除されてたんだ』

    『通りでセクサロイドの情報が出回らないわけだよ』


『定期検査なんてなかったぜー』

『多分俺があいつ閉めだしたこと知ってたんだろうなー』

『国の情報網は怖いぜったく』




 ※ ※ ※

コタツの上の求人広告を眺める。

俺はとりあえずまたバイトを始めることにした。
もちろん前のコンビニではないが、
バイトをしていることが俺の日常だと気がついた。
そしてその日常にデレが溶け込んだ時、
その時が俺とデレの一区切りだと考えたのだ。

('A`)「しかしまあ、どうしたもんかのう」

ひょっとするとバイトより就職しちゃったりした方がいいとか、そういう感じだろうか。
しかし今の就職氷河期の時代、
大学を出ていない俺が容易く就職できるとも思えない。

ζ(゚ー゚*ζ「お夕飯、何がいいかな?」

('A`)「ん?…………んー?」

残念ながら何が食いたいかと突然訊かれてもパッと答えられない。



ζ(゚ー゚*ζ「じゃがいもニンジン玉ねぎ、あと冷凍の豚肉牛肉があるんだけど」

('A`)「ふむ、じゃあ肉じゃがで」

ζ(゚ー゚*ζ「おっ!嫁入り必須料理ナンバーワンが来たね!」

デレがむふんとどや顔をする。

('A`)「ほほうその顔、学習済みというわけだな」

ζ(゚ー゚*ζ「立ち読みの力を舐めない方がいいよ!」

デレは読んできた本の内容を全て記憶したのだろう。
これもデジタル万引きと言うのだろうか、いやまさかな。

('A`)「でもまあ昼飯食ったばかりだから一休みすると良い」

ζ(゚ー゚*ζ「じゃあお言葉に甘えて」

いそいそコタツへ入ってきて極楽気分な表情を浮かべる。
その様が妙に可笑しくてニヤニヤしてしまった。



('A`)「前から気になってたんだけど、あったかい?」

我ながら空気の読めない発言だと思う。
しかしデレはそのままごく自然に答える。

ζ(´ー`*ζ「やっぱりあったかくはないけど」

ζ(´ー`*ζ「なんか、あったかい感じがするんだよねぇ」

気分の問題だろうか。

ζ(゚ー゚*ζ「おりゃっ」

デレがコタツの中に手を突っ込み、俺はふくらはぎをぎゅっと握られた。
やばい、と思った時にはもう遅く、足の裏にむず痒い感覚が。

('∀`)「ぶはっ!や、やめwwwwwww」





ピンポン、とチャイムが鳴った。










('A`)はセクサロイドを愛するようです

  さいしゅうび「俺とデレ」
 











ζ(゚ー゚*ζ「あら」

('∀`)「?誰だ」

訪問者の少ないこの家のドアチャイムが珍しく仕事をした。
新聞勧誘だろうか、それとも宗教勧誘だろうか。
どっちにしろかるーくあしらってやる。

('A`)「はい、どちら様ですか」

受話器越しに対応する。

『厚生労働局の者です、セクサロイドの定期検査を行いたいのですが』

ああ、そういえば一週間後に検査があるとか書いてあったっけ。
もう一週間とは、早いものだ。

('A`)「はい、ちょっと待ってください」

と、何故かドアの鍵が開く音がした。



o川*゚ー゚)o「お邪魔しまーす」

(-@∀@)「あ、こら、先輩、勝手に入っちゃ駄目ですって!」

o川*゚ー゚)o「なんでさ、別にいいんじゃないの?開錠OKもらったんだし」

(-@∀@)「そういう問題じゃなくてですねぇ……」

(;'A`)「あの」

目の前で漫才のようなやり取りをするスーツ姿の男女。
これが厚労局の人間か。
随分軽い。

(-@∀@)「ああ申し訳ありませんドクオさん、私たち、厚生労働局の」

o川*゚ー゚)o「キュートでっす」

(-@∀@)「……アサピーです、よろしくお願いします」

凸凹コンビか。


二人が俺に続いて中に入ってくる。
一気にこの部屋の人口密度が上がった。

ζ(゚ー゚*ζ「初めまして」

o川*゚ー゚)o「一週間ぶりよ、まあ覚えてなくても仕方ないね」

ζ(゚ー゚*ζ「え、はい?」

(-@∀@)「ではまず色々説明していきますね」

眼鏡をかけた男、アサピーさんが鞄から書類を取りだす。

(-@∀@)「まず、一週間前に貴方の家にこの4世代β型セクサロイド」

(-@∀@)「固体名識別名"デレ"を設置したのは我々です、説明不足で申し訳ないです」

(;'A`)「え、あ、はぁ」

小難しい単語を並べられても困る。



(-@∀@)「この実験は始まって間もないため、少々不手際がございまして」

(-@∀@)「今後改善していくことを約束いたします故、ご了承ください」

('A`)「はぁ」

(-@∀@)「えー、今回の定期検査では"デレ"に搭載された小型記憶デバイスの確認」

(-@∀@)「まあ"デレ"の経験したことを見させてもらいます」

(;'A`)「うぃ?」

流石にそこははぁとは言えなかった。
記憶を確認?
俺の恥ずかしい告白とか何もかもが見られてしまうのか。

(;'A`)「……ちょっと恥ずかしいんですけど」

o川*゚ー゚)o「大丈夫よ、みーんな同じようなことしてるから」


同じようなこと?
セックスか?
しかし俺とデレはまだそんなことをしたことはないから、
まあそのあたりは大丈夫なんだけど。

o川*゚ー゚)o「んじゃま、ちょっと失礼」

ζ(゚ー゚*ζ「あ、はい」

アサピーさんが鞄からノートパソコンを取り出し、
キュートさんがそれとデレのうなじの差し込み口とをコードで繋ぐ。

(-@∀@)「まあ経験したことと言っても箇条書きに」

(-@∀@)「それもシンプルに書かれてるだけですから」

(-@∀@)「プライバシーはきちんと守られてますよ」

('A`)「はぁ」

この人は真面目そうだし、言ってることは本当なんだろう。



(-@∀@)「…………」

o川*゚ー゚)o「…………」

二人してパソコンを凝視している。
一体どんなことが書かれているんだろうか。

実験ねぇ。
デレの情報をとっているということはデレの実験なのだろう。
でもその実験の目的すらわからなかったんだから、
彼らの満足いく結果が得られたのかどうか。
料理方面の学習はかなり進んだみたいだけど。


少し経った後、彼らは声を揃えて言った。

「駄目だね、こりゃ」
「駄目ですね、これは」

意味が分からなかった。



('A`)「はぁ、駄目でしたか」

o川*゚ -゚)o「ねえあなた、どうしてこの子とセックスしなかったの?」

(;'A`)「え゙」

予想外のことを尋ねられ、変なところから声が出た。

o川*゚ -゚)o「文書にそれらしく書いてあったでしょ?」

薄い怒りの色を秘めた瞳が俺を見つめる。
正義が悪に抱くような健全な怒りではなく、ただ人が他人を嫌う時の健全でない怒り。

(;'A`)「え……っと、あの、その、まあ俺は、童貞でして」

o川*゚ -゚)o「んなことは知ってるわよ」

言い放った冷たい言葉が地味なダメージを与えてくる。
なんで知ってるんだ。



(-@∀@)「キュートさん、まずは説明です」

そう言ってアサピーさんが彼女を制し、
今回の実験について今更ながらではあるが説明を始めた。

曰く、周知の通り出生率の低下が問題になっている。
原因の一つとして、男性の性に関する自信の不足や女性への関心の低下がある。
それを解決するため国は童貞の男にセックスを経験させることを提案した。
そして人に近い、精巧なセクサロイドが造られた。
人工知能を搭載することで風俗よりも高い満足を得られるようにしたとか。

国は国民のスカイプやメッセ、それにツイッターやらなんやらのネット情報を
全て掌握していたらしい。
そしてまずは25歳以上30歳未満で現在彼女のいない男性を対象とした。

対象を絞るためにそこまでやるかと驚いた。
が、この実験は出生率を上げるという目的の一つの方法に過ぎない。
色んな理由で子どもを作れない人々への
対策をするための実験計画が、水面下で進んでいるようだ。
それらの対象者を決めるためにも大がかりな"盗聴大作戦"をしているとのこと。


つまりこの実験は、人に近いセクサロイドとセックスすることで、
自信を持ち、女性と健全な交際を始めるとっかかりを作るのが目的だった。

セックスしたか否か。

それが今の実験が成功したか、失敗したかの判断基準。

これからその可能性があるとはいえ、彼らは結果だけを求めていた、
だから俺は失敗。

o川*゚ -゚)o「で、なんでセックスしなかったの?」

この人は何故かはわからないが、もはや憎悪に近い感情を俺に持っている。
目でアサピーさんに助けを求めてみても呆れたように首を振るだけだった。
俺とキュートさんのどっちに呆れているのかは知らないが。

(;'A`)「ええと、あの、俺の信念みたいなものです」

そんなに大それたものじゃないけれど。



('A`)「健全な恋愛を経てじゃないと、と言いますか……」

o川*゚ -゚)o「この子と真っ当な恋愛をしよう、と」

未だコードで繋がれ、力なく俯いているデレを指さす。
繋がれている間はスリープモードになるらしく、
今のデレを見ると酷く違和感がある。
俺にとってデレはもはやただのアンドロイドではなかったのだから。

o川*゚ -゚)o「話はそれからだ、と」

('A`)「ええ」

そう短く返事をすると、突然キュートさんがデレとPCを繋ぐコードを引っこ抜き、
後ろ髪を掻き上げ、デレのうなじを露わにさせる。
あまりにも突然のことで、俺やデレはおろか、アサピーさんまで驚いていた。

ζ(゚ー゚;ζ「ん、え、ええ!?」

o川*゚ -゚)o「この子はセクサロイドだよ?機械だよ?人間じゃないんだよぉ?」

(-@∀@)「ちょっ、キュートさん!!」


慌ててアサピーさんが立ちあがりキュートさんを抑えようとするが、
ワンテンポ遅かった。
既にキュートさんはデレを離し、床に座っていた俺の胸倉を掴んでいたのだ。
間近にキュートさんの顔が迫る。
昨日のようなロマンチックな気分には到底ならない。

o川*゚ -゚)o「機械と、本気で恋ができると思ってンの」

(-@∀@)「キュートさん!!落ち着いてください!!」

デレは視界の隅でぺしゃりと座り込み、
状況が把握できていないのか呆然と成り行きを見ている。
俺も何が何だか分からない。

(;'A`)「き、機械、て、でも、デレは、ちゃんと人間らしい、感情、が」

ぐいぐいと押しこまれて首が締まり、息も絶え絶えに返答した。
そしてキュートさんは俺を荒々しく解放し、仁王立ちになる。
俺たちの位置関係はこの短い時間で作られた力関係を現わしているかのようだ。



o川*゚ -゚)o「教えてあげようかァ?」

(-@∀@)「ちょ、待ってください!」

o川*゚ -゚)o「"デレ"にプログラムされている思考回路、」

(-@∀@)「確かにそれを告げることは大事ですが」

o川*゚ -゚)o「それらは全部ねぇ、」

(-@∀@)「今のあなたが言っても―――」

アサピーさんはキュートさんを前から抑え、俺と距離をとらせる。
しかし制止をものともせず、俺に指を突きつけて彼女は言った。



o川*゚ー゚)o「ホンモノじゃないのよぉ?」






(;'A`)「……何が言いたい」

わかってる、わかってる、そんなことはわかってる。

o川*゚ー゚)o「いい?"デレ"はセクサロイド」

(;'A`)「……わかってる」

本当にわかってるのか、と俺の頭の冷静な部分が自問する。
そんな俺の自問を見透かしたかのようにキュートさんが嘲笑した。

今、この女は、俺を心の底から馬鹿にしている。
流石の俺も怒りが込み上げてきた。

o川*゚ー゚)o「あなたの言った人間らしい感情?」

o川*゚ー゚)o「それってもしかしてあなたを好きになるってことかしらぁ?」

(;'A`)「ッッッ!!!そうだ、でもそれだけじゃない!」

俺を好きなのかどうか、はっきりとデレの口から聞いたわけではない。
だから肯定することは俺の願望でもある。



(;'A`)「漫画のネタバレした俺を怒った!」

(;'A`)「エロ本に嫉妬した!」

(;'A`)「服を欲しがった!」 

(;'A`)「ビーフシチューをうまく作れるように頑張っていた!」

(;'A`)「俺が褒めたら満足そうに照れた!」

(;'A`)「俺に願い事を―――!」

(;'A`)「俺に怒った!俺と喜んだ!俺を慰めてくれた!!!」

(;'A`)「感情があるんだよ、デレには!!!」

俺の脳裏にはデレとの思い出が蘇っていた。
一週間と言う短い期間ではあったが、記憶が刻まれるには十分すぎる期間だった。



荒い俺の息づかいだけが部屋に響く。
そしてそれを塗りつぶす様なクスクスという笑い声。

o川*゚ー゚)o「あは、それ、全部プログラム通り動いただけなのよ?」

すうっと頭が冷えるとともに、思い出が消えていく。
俺は目の前のクソ女の話を信じたくはなかった。
だが言葉はするすると頭の中に入り、あたかもクソ女の語ることが
元々俺の考えていたことに合致するかのような錯覚に陥る。

いや、違う、錯覚では、ない。

錆びた首を回してデレを見る。
デレは何も言わず、顔をどうすればいいかわからない風に歪ませ、
ただ俺たちのやり取りを見守っている。
アサピーさんの表情からは何も読みとれなかった。
しかしクソ女の暴走を止める気はもうなさそうだ。



o川*゚ー゚)o「ネットに曝け出されたあなたの情報を分析して」

o川*゚ー゚)o「あなたが好むような女性像をインプットした疑似人格」

o川*゚ー゚)o「それが"デレ"よ」

ζ(゚ー゚;ζ「――― わ、私は、自分で考えて、行動を」

o川*゚ -゚)o「セクサロイド風情がそんな芸当できるわけがないでしょう」

ζ(゚ー゚;ζ「ッ……!」

o川*゚ -゚)o「…………ふん」

o川*゚ー゚)o「残念ねぇ、あなたが愛している"デレ"は人間じゃないの」

o川*゚ー゚)o「人間的な思考回路を持ったセクサロイド」

o川*゚ー゚)o「その思考回路は勿論あなたに都合がよくなるよう組んだもの」



o川*゚ー゚)o「私はあなたをセクサロイドにすら手を出せない」

o川*゚ー゚)o「さらに自分に好意的な人しか愛せない、」

o川*゚ー゚)o「気持ち悪いほど奥手のヘタレ野郎と判断したわ」

o川*゚ー゚)o「国の未来に必要のないレベルの、ね」

o川*゚ー゚)o「アサピー、あなたもそう判断したのよね?」

(-@∀@)「…………」

o川*゚ー゚)o「だから実験は失敗」

o川*゚ー゚)o「あなた、救いようがないわ」

o川*゚ー゚)o「楽しかった?嬉しかった?喜んだ?幸せだったぁ??」


o川*゚ー゚)o「『俺を愛してくれる人がいた』、って」




(; A )「やめ、ろ」


o川*゚ー゚)o「あれあれ?なんて顔してるの、ドクオサン?」


o川*゚ー゚)o「もしかしてこんなことも理解してなかったの?」


o川*゚ー゚)o「それとも理解できなかった、したくなかったの??」


(; A )「りかい、していた」




o川*゚ー゚)o「嘘、嘘嘘、そんなの嘘よ」


o川*゚ー゚)o「あなたはそんな当然のことを忘れちゃうくらいハマっちゃってたのよ」


(; A )「……………………」


o川*゚ー゚)o「ねぇ、一つ訊いていぃ?」


(; A )








o川*゚ー゚)o「セクサロイドと愛し合うことができるって、本気で思ってたぁ?









どすん、と心がどこかに堕ちた。


何も聞こえないのは女の猛攻が終わったのか、俺の耳が聞こえなくなったか。

アサピーさんは沈痛な表情で俺とデレを眺めている。
彼も、味方ではない。
ぼんやりぼやけたデレもまた動かない。
彼女は今、何を考え、何を思っているのか。
俺には何もわからない。

女が大きく息をつき、くしゃくしゃと頭を掻いた。

o川*゚ー゚)o「……行きましょう、アサピー」

o川*゚ー゚)o「上からの指示通り、"デレ"の重要なとこだけ回収するわよ」

o川*゚ー゚)o「本体の脱け殻は――― 私が買いとるわ」

(-@∀@)「え、でも」

o川*゚ー゚)o「どうせ廃棄なのよ?別にいいでしょ」




ζ(゚- ゚*ζ「――― あ」

デレが小さく声を出した。
ぼやけた意識が薄らクリアになる。

(. A )「……デレ、俺は、お前が、……好きだ」

これだけは伝えなければならないと思った。
これだけは訊かなければならないと思った。

( 'A )「お前は、どうだ」

離れたデレをまっすぐに視る。
しかし焦点が合っていないのか、何人ものデレが見えた。

アサピーさんが口を真一文字に結んでデレの頭に手をかける。
恐らくあそこにデレが"デレ"として重要な部分、
記憶デバイスや人工知能等があるのだろう。

デレが口を開いたが、声にはならなかった。



もう一度口を動かし、声にならなかった言葉を声にした。




ζ(゚- ゚*ζ「私は、」



ζ(゚ー゚*ζ「どっくんを、」




ζ(゚ー゚*ζ「愛してる―――」









ζ( ー *ζ「―――――― よ」






o川*゚ー゚)o「茶番は終わり」

(-@∀@)「……あなたが終わらせたんでしょう」

o川*゚ー゚)o「これにて被験者ドクオに対する実験を終了します」

o川*゚ー゚)o「ご協力ありがとうございました」

(-@∀@)「……ご協力、ありがとうございました」

o川*゚ー゚)o「……私が買いとったそのセクサロイドだけ置いていってあげる」

o川*゚ー゚)o「もっとも、それはもうラブドールと何ら変わりはないけど」

o川*゚ー゚)o「好きに使うと良いわ」

o川*゚ー゚)o「……行くわよ、アサピー」

(-@∀@)「……失礼します」




 ※ ※ ※

「……また、始末書ですね」

「……」

「どうしてあなたはそう暴走するんですか」

眼鏡の位置を直しながら男が言う。
昼間、放心状態になってしまった男の哀れな姿が脳裏にこびり付いているのだ。

「自分の理想の反応をするセクサロイドに夢中になりすぎてしまった」

「そんな人に現実を教えることは大切です」

「しかしそれにもやりかたや順序ってものがあるでしょう」

「最後のあれはささやかな優しさのつもりですか、あなたは何をしたかったのですか」

女は答えない。


彼女は家族が好きだった。
オタクと呼ばれる人種が嫌いだった。
彼女なりに国の行く末を案じてはいた。
欲求の希薄な男が嫌いだった。
子どもが好きだった。
はっきりと物を言うタイプだった。
現実を見ない人間が嫌いだった。
彼女の不妊の原因は夫にあった。

それら全ての要素が複雑に絡みあい、そして捻じれ、撚れ、拗れていった。
積もりに積もった様々な事象が吐き出された結果がこれである。

男は女がこの仕事に向いていないと感じていた。
今日で疑惑が一気に確信へと変わったのだ。
それ故に女の返答には期待していなかった。
ただやり場のない苛立ちを、
何度も見てきたあの類の現場にいて何も出来なかった自分への苛立ちを、
少しでも元凶のパートナーにぶつけたかっただけだ。

果たしてこの実験が実を結ぶのか、男にはわからなかった。



 ※ ※ ※

    『まあもうクーと会うこともないけどね』

  『実験成功だからっていきなり取り上げはキツいおねー』

『童貞支援目的のセクサロイドだったって言ってたなー?』

『お前らどうなんだ、ヤってみて自信ついたのか?』

  『さー、どうだろうお』

    『少し思うね』

    『僕を受け入れてくれる人を探してみるのもいいかもしれないって』

  『まあセックスはいいもんだおね』

  『そうだ、愛あるセックスはもっと気持ちいいかもしれんお!』

『はは、お前そればっかだなー』

    『……ドクオ?聞いてるのか?黙りこんでるけど、君はどうなったんだい?』




 ※ ※ ※

薄暗い部屋の中、炬燵の横に置かれたベッドの上で一つの影が蠢いている。

「……デレ」

男はベッドに寝かせた女性、いやセクサロイドに声をかける。
当然返事は返ってこない。

傍で、ゆっくりと彼女が着ていた、彼が買ってやった服を脱がせる。
そして服に顔をうずめた。
新品の服の匂いしかしないはずのその中に女の僅かな匂いを感じて、
彼はあの日のことを思い出していた。

公園。
手。
願い。
涙。

唇。


――― キス



思い出されるあのキスに淫靡な要素は一切含まれていないなかった。
それ故にあの夢のようなひと時に浸かることは、
これから始めようとしていることの前戯にすらならないことを理解していた。

しかし彼はこの瞬間、彼女と過ごしたあの幸せな理想から離れたくなかった。

球体間接剥き出しの裸体を見下ろす。
セクサロイドとはいえ見た目も何もかも精巧に作られた美しい体。
その柔肌に爪を立て、彼女が濡れた声を出す様を思い描く。

曝け出された彼のペニスは徐々に勃起した、してしまった。
それにローションを垂らし、自身の準備を終える。

「デレ」

もう一度名を呼び、その華奢な身体に覆いかぶさる。
セクサロイドの股間部分の割れ目にもローションを塗りたくり、
既に準備ができているペニスを沿わせる。

そしてそのまま一気に挿入した。



「う、」

ペニスは膣に呑みこまれ、今まで体験したことのない快感が体中を駆け抜けていった。

「わ」

しかし彼はその快感を享受することなく、涙を流した。

「は、はは、」

それと同時に笑っていた。

「ははははは、はははははははははははは!!!」

涙も笑いも止まらず、彼はぎこちない動作で腰を振り続けた。
彼の零した涙がセクサロイドの目元に落ち、つうっと頬を滑り落ちた。

「デレっ、デレ!デレっ!!」

名を呼ぶ。
何度も何度も、何かを払拭し、何かを確かめるように。


彼は、ドクオはある問いから逃げ続けていた。

『何故デレは俺を慕ってくれているのか?』

幾度となく様々な問いかけを自分にしてきたドクオは、
ほとんど無意識的にこの問いを避けていた。
少し考えると辿りついて欲しくない答えに辿りつくからだ。

『俺を好くよう、プログラムされているから』

一度だけそう考えたことがある。
しかしこの結論を受け止めることは、
彼から自身の手でデレの"温もり"を奪うと直感した。
故にこの問いと答えの存在をなかったことにした。

だがしかし、キュートに真正面から突きつけられた。

デレはお前を真に愛してなどいない

そしてデレからの最後の返答。
彼が最も望んだ返答だが、実際には彼をさらに混乱させた言葉。

もうドクオは逃げられなかった。



ドクオのデレに対する気持ちは最後のやり取りを経ても揺らいだままだった。

『俺は"デレ"に恋し、愛そうとしたのか?

 それとも俺を慕うようプログラムされ、いつでもセックス出来る

 "デレというセクサロイド"に恋し、愛そうとしたのか?』

彼が愛そうとしたのは誰なのか。

前者の最高の答えではなく、後者の最低の答えに導かれたら。
もし自分が"デレ"を愛そうとしていなかったと気づいたら。
正しくはそうでなかったとしても、一度でもその答えに辿りついてしまったら。

外殻は強固なれどその内側は脆い、彼が守ってきた自分の世界。
ドクオは世界が壊れることを酷く恐れた。
それが臆病、ヘタレに起因している。
一線をなかなか越えようとしなかったのもそのためだ。

しかしそれは一つの問いに対する、
たった一つの"なかったことにした答え"で破られようとしている。


少し前まで彼の中でデレは確かに一人の女性だったが、
その彼女の人格を失った、機械の体だけが残された。
問いに、"なかったことにした答え"以外の答えを導いてくれる可能性のある物は、
目の前にある人間そっくりに作られた"セクサロイド"しかなかった。
このままではゆっくりと崩壊する道しかなかった。

それ故に彼は朦朧とした頭で一線を越えようとした。

受動的に世界を壊されるより、能動的に壊すことを望んだ。
その間にも最悪の答えと最高の答えがせめぎ合い、
仕舞にはデレがいなくなったという事実が頭に残った。


それ故に哀しみ、笑うことしかできなかったのだ。

もうそれしかできなかったのだ。



さて、では。





「デレぇ、一緒だから、な」


"セクサロイド"を抱いた今の彼は。


「ずっと、」


一線を越え、己の世界を破壊した彼は。


「……ずっと、ずっと、ずっとずっと…………」


どういった答えを見つけたのだろうか?






 「デレ」







 「愛してるよ」











       ('A`)はセクサロイドを愛するようです 完





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