扉の向こうが、どこなのかはわかっている。
黒板の前のデレが、こちらを振り返り、笑う。
ζ(゚ー゚*ζ「遅かったねー」
(-_-)「うん…」
ζ(゚ー゚*ζ「来てくれて、良かった…」
(-_-)「もう詩は書かないの?」
ζ(゚ー゚*ζ「うん。そんな事よりも。ね」
デレがこちらに一歩近づく。
(-_-)「うん?」
ζ(゚ー゚*ζ「えっち、しよう?」
スカートのホックに手をかけるデレ。
彼女の足元にスカートがはらりと落ちる。
まだ自分が少女であると主張するような、
極端に肉付きの少ない細い脚。
セーラー服は丈の短い服なので、
へそと上品なレースをまとった淡い桃色の下着が露出される。
(-_-)「しない」
ζ(゚、゚*ζ「ぶー」
(-_-)「服、着て」
ζ(゚、゚*ζ「ヒッキーは女の子に興味はないんですか?」
デレはぶつぶつと文句を言いながら、
床に落ちたスカートを拾い、緩慢な動作で身に着けた。
(-_-)「女にも男にも、興味なんてなかったら良かったのにと思うよ」
ζ(゚ー゚*ζ「ヒッキー男にも興味あるの!?」
(-_-)「…多分、デレが想像してるような興味じゃない。
だけどね。きっと興味があるから学校に行けなくなったんだよ。
興味なんてなかったら、学校が怖い理由なんてないはずだ。
だから、いつまでたっても、二十歳になってもこんな夢を見る」
ζ(゚ー゚*ζ「学校が、怖い?」
(-_-)「うん。人が、怖いんだ…」
ζ(゚ー゚*ζ「デレの事も、怖い?」
(-_-)「高校に入って、僕がほとんど学校に行かなくなって、
デレが、僕の知らないところで、僕の知らない事を覚えていくのが
たまらなく怖い時はあったよ。
でも、そんなモノは僕の嫉妬でしかないから。
それはわかっているから…」
ζ(゚ー゚*ζ「デレは、ずっとずっと変わってないよ?」
(-_-)「変わってないように見える宇宙だって膨張している。
とても遠いんだ。そんなものわかるはずがない」
ζ(゚ー゚*ζ「遠くないよ」
(-_-)「届かない」
ζ(゚ー゚*ζ「ここだって、宇宙だもん」
(-_-)「………そうだね」
ζ(゚ー゚*ζ「ん」
違う。
本当は、ここは宇宙なんかじゃなくて、
社会不適合者の、欲にまみれた夢の中なんだ。
だけど、デレが笑ってくれたから。
それでいいと、思った。
30時間以上覚醒していた後の睡眠だから、
少し、疲れていたのかもしれない。
(-_-)「ノート出して。数学を教えてあげるよ」
ζ(゚ー゚*ζ「えへへー」
(-_-)「だから後で、僕にも国語を教えて?」
ζ(゚ー゚*ζ「うん!」
そうして僕が黒板を使ってデレに証明の解き方を教えた後、
デレは優しい声で小説を音読してくれた。
(-_-)「僕、こうやってちゃんと小説を味わうのって初めてかもしれない…」
ζ(゚ー゚*ζ「ふふっ。ヒッキーは国語とか社会の時間でもノートが数式でぎっしりになってたよね」
(-_-)「うん…。僕、他にも何か本を読んでみようかな。
お勧め、ある?」
ζ(゚ー゚*ζ「どんなのが読みたいかな?」
(-_-)「………えっと、なんかね…えっと…
……やさしいの…」
その言葉が自分の口から出た時に、
僕はとてつもない恥ずかしさに襲われたのだけど、
デレは穏やかに笑ってくれた。
ζ(゚ー゚*ζ「それなら、『あのときの王子くん』なんてどうかな。
ヒッキーパソコン持ってるよね?ウェブで読めるよ」
『あのときの王子くん』
デレが柔らかな文字が僕の黒板に刻まれた。
目が覚めた時には、不思議と不快感はなかった。
その代わりに、酷く浮き足立ったような、
例えるならば、ずっとわからなかった問題の解法を突然思いついたのだけれど、
手元に紙がなくて具体的な計算が出来ずに落ち着かなくて、
それでも頭の中で数字を広げるだけ広げて、ワクワクしているような、
そんな、しばらく忘れていたような気持ちが、
こんな僕の中に、確かに存在していた。
僕はパソコンの電源を点け立ち上がりを待つ。
以前のような、焦りも苛立ちも感じていなかった。
(-_-)「あ、の、と、き、の、お、う、じ、く、ん…」
(-_-)「あった…」
そのページは、すぐさま一番上にヒットした。
僕はその事実がなにやら当然のことのように思えたので、
怖くもなかったし、不気味にも感じなかった。
(-_-)「サンテグジュペリ、アントワーヌ、ド…」
(-_-)「あ…」
(-_-)「星の王子様だ…」
星の王子様なら僕にも聞き覚えがあったし、
挿絵も何度か見たことがある気がした。
(-_-)「新訳なんだ…」
それはどうやら児童を意識して書かれているらしく、
本文はひらがなだらけで少し読み辛かったが、
ほとんど本を読んだことのない僕には丁度いいのだろう。
途中、星の数を数え続ける実業家が登場した。
(-_-)「『このひと、ちょっとへりくつこねてる。』…」
星は、一番最初に星を数えた自分のものだと主張する実業家に、
王子くんはそう心の中で毒づく場面で、
僕は夢に出てきた、口を尖らせたデレのことを思い出す。
王子くんは、最後に実業家に言う。
(-_-)「『でも、きみは星のためにはなってません……』」
僕はそれをその日、
四度ほど読み返して、
少し泣いた。
彼は、今度は360度、
見える限りに広がる無数の扉の前に立っていた。
('A`)「どの扉にする?」
(-_-)「ここ」
僕は目の前の扉のノブに手をかける。
('A`)「よし、じゃあ、チャンスを…」
(-_-)「いらない」
('A`)「え?」
僕は、その扉を開いた。
そこは、僕が数度だけ通った高校の教室だった。
僕は見渡す。教卓の裏に、頭を抱えて丸くなっているデレを見つけた。
見ると制服はところどころ引き裂かれ、露出した手足には痛々しいアザが見て取れた。
(-_-)「ごめんねデレ。
やっと見つけた。
僕は最初から、自分の選んだ扉を信じれば良かったんだ」
ζ( − *ζ「ヒッキー…」
(-_-)「モンティ・ホール問題だったんだ…。
確率だけで言うのならば、扉を変えた方が有利になるんだ
ああ、今証明して見せようか?」
ζ( ー *ζ「ヒッキー、ちょっとへりくつこねてる…」
(-_-)「うん。僕は屁理屈ばっかりだ…
教えて。どうしたの?」
ζ( ー *ζ「高校に入って、ヒッキーが学校に来なくなって
デレも、ヒッキーの部屋に行かなくなったでしょう?
あれはね。ヒッキーがどうでもよくなったんじゃなくて、
ヒッキーばかり、逃げてずるいから、行かなくなったの…」
(-_-)「デレ…」
ζ( ー *ζ「ねぇ、ヒッキー…」
ζ(゚−゚*ζ「デレもね。人が、怖いよ…」
(-_-)「うん、そう…。怖いね…。
きっと、人が怖くない人間なんて、いないんだ…」
ζ(゚ー゚*ζ「うん。でも、やっと来てくれたんだね…。学校」
(-_-)「随分待たせた。ごめんね。ごめん…。
僕が学校に行ってなかったから、
助けてあげられなかった…」
ζ(゚ー゚*ζ「大丈夫。大丈夫だよ。今、来てくれたから…」
(-_-)「うん…。ねぇデレ?デレの髪の色も、
黄金色の麦の穂の色と一緒なんだよ…。
王子くんの髪の色」
ζ(゚ー゚*ζ「狐は、小麦畑を見るたびに王子くんを思い出して風の音を聞くんだよ?
ねぇ、どうしてそんなに優しい事を書けるのが人間なのに、
たかだか、あの先輩に気に入られただとか、髪の色が気に食わないだとかで
憎んだり、嫌ったり、敵になったり、制服をぐちゃぐちゃにしたり、
殴ったりするのも、人間なんだろう?」
(-_-)「わからない…」
ζ(゚ー゚*ζ「うん…」
(-_-)「わからないけど…、人間は、好きだよ…」
僕はチョークを手に取る。
すっかり馴染んだ僕の黒板より大きな黒板に、
一本の数式を書いてみせた。
『N=R*×fp×ne×fl×fi×fc×L』
ζ(゚ー゚*ζ「何これ?アルファベットばっかり…」
(-_-)「ドレイクの方程式だよ。
正しく数字を代入出来れば、
僕らが宇宙人と接触出来るか、わかるんだ」
ζ(゚ー゚*ζ「宇宙人?」
(-_-)「そう。宇宙人。王子くんだ。
僕は人間が、きっと好きだから、宇宙人も好きになれる。
宇宙人のことも、わからないから…。
僕が数字を好きなのは、理解できるからじゃない。
世界中の誰も解く事の出来ていない問題。
世界中の誰も見つけることすら出来ていない数式。
数字のわからないところだって、大好きなんだ…」
ζ(゚ー゚*ζ「デレのことも、好き?」
(-_-)「うん…好きだよ」
ζ(゚ー゚*ζ「良かった…。デレもヒッキーのこと、好きだよ?
人間って…凄いね」
(-_-)「凄いんだ…。人間は、凄い。凄くて、弱い。
だから僕は、自分が人間である事実にくらくらする」
その時デレが、ほんの少し寂しそうにした気がした。
ζ(゚ー゚*ζ「どうして、学校に来てくれないの?」
(-_-)「デレ!?」
思わず声が大きくなる。
以前、同じ事を言ったデレが融けてしまったから、
またあんなふうにドロドロになってしまうではないかと思った。
ζ(゚ー゚*ζ「ねぇ、学校に来てよ?」
だけどデレは今度は融けなかった。
彼女は確かにここに居た。
ここは、社会不適合者の後悔と嫉妬にまみれた
薄汚い夢の中には違いのだけれど、
デレは、もう遠くなかった。
僕は思う。
僕とデレが会わない間に、デレが細胞分裂をいくらか繰り返して、
すっかり全身が違う細胞になってしまったとしても、デレはデレだ。
もしかしたら吟遊詩人かもしれない。
それもデレだ。
もしかしたら宇宙かもしれない。
それもデレだ。
もしかしたら黄金色の麦の穂かもしれない。
それも多分デレだ。
だけれども、デレは汚くなんてない。
僕の知らないところで、僕の知らない事を覚えて、
例えそれがどんなに、世間に後ろ指を指されるような事であったとしても、
今僕の目の前にいるデレは、汚くなんてなってはいない。
デレは、こんなにも変わっていないのだから、
デレは、こんなにも変わらずに、僕が学校へ来るのを、
黙って待っていてくれたのだから。
(-_-)「僕、行く…よ。学校に」
ζ(゚ー゚*ζ「本当!?」
(-_-)「うん。そして、きっと、僕は、
数字になるための事をしようと、思う…」
ζ(゚ー゚*ζ「数字になるための事?」
(-_-)「そう…。モンティ・ホール問題だ…。
僕は、僕のために、数字を使おうと思ったから…。
だから、デレを助けに来られなかったんだと思う…。
これからは、もっと勉強して、数字のためになる事をする…」
ζ(゚ー゚*ζ「そっか…。良かった…」
(-_-)「うん…。ごめん。こんな夢の中でも、デレに会えて良かった…ほんとに…」
ζ(゚ー゚*ζ「また、ね…?ヒッキー」
(-_-)「うん。…また」
不意に、チャイムが高らかに鳴った。
放課後はもうお終い。あとはおうちに帰って明日また学校においで、と。
急かされるような音だった。
ζ(゚ー゚*ζ「だーかーらー!デレの髪は小麦畑色なんです!」
( ・∀・)「小麦畑色って何ですか。普通小麦色でしょうが。それにそれは金髪って言うんですよ?」
ζ(゚ー゚*ζ「違うんですー!小麦畑色なんですー!」
そこは大学の食堂だった。
割と大きい大学なので、デレと遭遇するのはあまり期待していなかったのだが、
初日から見つける事が出来たのは本当に僥倖だと思う。
ただ、デレは窓際の一番端の席に男と向かい合って座っていた。
うん。まぁ、デレは可愛いから…仕方ない。
(-_-)「あの…」
ζ(゚ー゚*ζ「小麦畑色なの!風に揺れてそよぐんですよー!」
( ・∀・)「小麦小麦って、君はビールあんまり好きじゃないでしょうが」
ζ(゚ー゚*ζ「違うんですー!ビールじゃないの!パンの小麦なのー!」
( ・∀・)「知りませんよそんなの」
(-_-)「………」
その時、デレが急に首をぐりんと動かしこちらを向く。
ふわふわの、小麦畑色の髪の毛が揺れる。
ζ(゚ー゚*ζ「ヒッキーだーーーーー!!」
(-_-)「ヒッキーです」
( ・∀・)「ん?誰?知り合いですか?」
そして男も、こちらに視線を寄越す。
(-_-)「えっと…」
ζ(゚ー゚*ζ「幼馴染ですよー!ヒッキーは凄いんですよ!
宇宙人と交信するんですよ!モララーさん」
( ・∀・)「それは病気です」
(-_-)「待ってデレ!僕がいつ宇宙人と交信したの!?」
( ・∀・)「ふむぅ…。そこの細くて白い少年。良い病院紹介しますか?」
(-_-)「いりません。正常です」
( ・∀・)「まぁ、困ったことがあったらいつでもどうぞ。手広くやってますんで」
ζ(゚ー゚*ζ「それで、ヒッキーはどうしたの!?何で大学にいるんですか!?」
(-_-)「えっと、大学、行こうと思って…。
受験には間に合わなかったら、とりあえず聴講生として…。
あと、ここの数学の教授にメールを出したら、
研究生として迎えて貰えるかもしれないって言われたから、
後で、研究室にも…」
( ・∀・)「ほほぅ。学問に目覚めたわけですね。少年。良いことです」
ζ(゚ー゚*ζ「そっかぁ…良かったねぇ…」
(-_-)「うん…。学校に、来たよ…デレ」
ζ(゚ー゚*ζ「うん。また、数学教えてね?」
(-_-)「うん…」
( ・∀・)「………ああ、おじさん妬いちゃうなぁ…。
少年、お昼は食べたんですか?
ここの学食で良かったら僕が奢りますよ?」
(-_-)「あ、いえ。大丈夫です…」
( ・∀・)「おやおや学問に勤しむ少年は貧困と相場は決まってるものです。
遠慮は無用ですよ?」
ζ(゚ー゚*ζ「え!?ヒッキー貧乏なの?デレの家から送ってきた米、あげようか?」
(-_-)「いや、えと、お金はあんまり困ってないから…大丈夫」
ζ(゚ー゚*ζ「ヒッキーバイトしてるの?」
(-_-)「してない…けど…」
( ・∀・)「親御さんの仕送りですか?」
(-_-)「いえ…仕送りは僕が親に…えっと…株を…ちょっと…」
( ・∀・)「ほう!トレーダーですか!それで生活出来るとは中々ですね。
ちなみに月おいくらぐらいのプラスを出されているんですか?」
(-_-)「それって…初対面の方に言う事なんですか…?」
ζ(゚ー゚*ζ「じゃあ、デレに教えてー」
(-_-)「………」
( ・∀・)「彼女に言うとたかられますよ?」
僕は少し悩んだ末、モララーさんに耳打ちをする。
(;・∀・)「なっ………」
( ・∀・)「デレ、たかりなさい」
ζ(゚ー゚*ζ「デレ今日の晩御飯はねずみーしーのレストランで食べたいなぁ〜」
(;-_-)「ひ、人ごみは勘弁して欲しいなぁ…」
ζ(゚ー゚*ζ「えへへー」
(-_-)「ん…」
( ・∀・)「ああほらほらそんなに見つめあわない若人ども。
デレ、そろそろ3講目が始まる時間じゃないですか?」
ζ(゚ー゚*ζ「あっ!ほんとだー!モララーさんご馳走様でしたー!
ヒッキー行こう?」
(-_-)「え?え?」
ζ(゚ー゚*ζ「ほらぁ!早く!」
デレは僕の腕を取って走り出す。
ちょ、ちょっと待って…。
引きこもり、走らせ…ないで…。
(;-_-)「はぁ…はぁ…」
ζ(゚ー゚*ζ「ふふ…」
(-_-)「ん?」
ζ(゚ー゚*ζ「楽しいね?」
(-_-)「うん…」
デレは、笑った。
笑ってくれた。
そうだ。
デレが、笑ってくれたから、
それで、いい。
もし、そのとき、ひとりの子どもがきみたちのところへ来て、からからとわらって、こがね色のかみで、しつもんしてもこたえてくれなかったら、それがだれだか、わかるはずです。
『あのときの王子くん』より
('A`)ドクオが夢を紡ぐようです 第三話 了
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