('A`)ドクオが夢を紡ぐようです




踊るように風に舞う、軽い栗色の髪が欲しかった。
世界の全てを映し出すような、大きな瞳が欲しかった。
ハイヒールを履くのに躊躇しないでもいい、平均以下の身長が欲しかった。
楽しい時には頬を緩めて、寂しい時には顔を歪める、そんな器用さが欲しかった。

誰かに、シロツメクサの花冠をかぶせて貰える様な、愛らしさが欲しかった。


川 ゚ -゚) 「ここじゃないのか…?おい。杉浦」

( ФωФ)「はいお嬢様。間違いございません。確かにこのアパートの二階201号室かと…」

川 ゚ -゚) 「その情報は確かなのか?」

( ФωФ)「はい。我輩自ら調べましたので間違いはないかと…。
       しかし幾分最後に確認したのが2年ほど前になりますので、
       その間に引越した可能性も御座いますね」

川 ゚ -゚) 「それを早く言わんか。何故来る前に確認しない」

(;ФωФ)「や、だってそれはお嬢様が昨日突然訪問すると言い出されたのでそんな暇は…」

川 ゚ -゚) 「ふむ…。言われればそうだな。すまない」

(;ФωФ)「いえ…」




川 ゚ -゚) 「しかしこれは…。このアパートは彼どころか人っ子一人住んでないんじゃないのか?
      そもそも人の気配がまるでしないぞ?」

( ФωФ)「そうで御座いますね…」


私が踏み込んだその部屋はいくらかの家財道具が残ってはいたものも、
少なくともここ数ヶ月は人の出入りは全く感じられない荒れようだった。
部屋中にうっすらと積もった埃は家主の不在を象徴しており、天井の一部は剥がされ梁が剥き出しですらあった。

私は手近にあった箪笥の引き出しを開ける。
後ろで杉浦が情けない声を上げたような気がしたが気にせず引き出しの中を漁る。
そこには、ところどころ虫に食われた色褪せた服が数着あっただけだった。
他にも置いてあった戸棚の中を確認したり、
押入れの中身をひっくり返したりしてみたが、
この部屋には彼の手がかりになりそうなものは何もなかった。



(;ФωФ)「ああ、お嬢様そんな勝手に…」

川 ゚ -゚) 「目ぼしい物は何もないな…」

(;ФωФ)「お願いですからそんな盗人のような事を仰らないで下さい…。
       だから鍵を使うの嫌だったのですよ」

川 ゚ -゚) 「ふん。他人の家の鍵を所持しておいてどちらが盗人だ」

(;ФωФ)「それは…。お嬢様が昔、彼の行方を調べさせた時点で、
       いつかは必要になるかもしれないと思いましたので…」

川 ゚ -゚) 「ほら、今必要になってるじゃないか。
      安心しろ。お前は有能だ」

(;ФωФ)「お嬢様…」

川 ゚ -゚) 「ふむ…。ここに私が求めるものは何もないようだな。
      行くぞ杉浦。周辺住民に聞き込みだ」




(;ФωФ)「は?聞き込み?」

川 ゚ -゚) 「ああ。彼の行方を追わねばなるまい。
     幸いにも小さなアパートだから一軒一軒尋ねてもそう時間はかからないだろう」

(;ФωФ)「お嬢様がですか!?そんな危険な真似を!?」

川 ゚ -゚) 「危険危険て。杉浦。私は小さな子どもじゃないのだから自分の安全くらい自分で守れる。
      ほら。早く行くぞ。ここは埃っぽくて不快だからな」

(;ФωФ)「ちょっ…!待って下さいお嬢様…」


なにやら文句を垂れている杉浦を無視して私は部屋を出る。
ざっと見たところ二階建ての、この小さなアパートには部屋は10もないようだった。


川 ゚ -゚) 「とりあえず隣の部屋から聞き込みを始めるか。降りるぞ。杉浦。」

(;ФωФ)「聞き込みなら我輩がやりますから、どうかお嬢様はホテルに戻られて下さい!」

川 ゚ -゚)「お前こそホテルに戻ったらどうだ杉浦。私は確かにお前に彼の居場所を聞きはしたが、
     別に東京までついて来いとは一言も言ってないぞ。
     大体お前いくらうちに住み込みで働いてると言っても休暇中だろう?
     ホテル代と食事代くらいは出してやれるが休日手当ては出さんぞ?」




(;ФωФ)「だってお嬢様一人でこんな長距離出歩かれた事ないじゃないですか!
       旦那様が知られたら何と仰られるか…」

川 ゚ -゚) 「父は関係ない。そもそも私を何歳だと思ってる?四捨五入したらもう30だぞ?
     いくら未婚だからと言って父もお前も私を心配し過ぎるのだ。全く…」

(;ФωФ)「だって…お嬢様、我輩がいないと買い物も満足に出来ないじゃないですか…」

川 ゚ -゚) 「買い物くらい出来るさ。この前だって白桃ゼリーとアポロを買って食べたぞ」

(;ФωФ)「お嬢様いつも万札出してお釣り貰うの忘れて帰ってくるじゃないですか。
       毎回毎回念のため我輩がコンビニに確認に行ってるんですよ?
       可哀想にコンビニ店員、ネコババしときゃいいのにレジで真っ青になってたんですから…」

川 ゚ -゚) 「む…」

( ФωФ)「ホテルの手配だって結局は我輩がやりましたし…。
       思い付きで旅行されるのは結構ですが、危ない事はしないで頂きたいものですね」

川 ゚ -゚) 「杉浦」

( ФωФ)「はい?」

川 ゚ -゚) 「お前、屋敷に帰れ。あとは私一人でやる」

( ФωФ)「無理です」

川 ゚ -゚) 「無理じゃない。一人で出来る!」




( ФωФ)「いえ。我輩がお嬢様を一人残すのが無理です。
       さ、聞き込みされるのでしょう?
       我輩がやりますからお嬢様は後ろで見てて下さいね」

川#゚ -゚) 「………っけ」

( ФωФ)「またそのような子どもっぽい事を仰って…」

杉浦は曖昧に微笑んだあと、彼の隣の部屋、202号室のチャイムを押した。
私は無理やり杉浦と扉の前に割り込む。
後ろで見ててたまるか。

(;ФωФ)「あぁ…」

しかし住人が不在なのか、はたまた誰も入居してないのか、
チャイム連打も虚しく反応はゼロだった。
後ろで杉浦がはしたないだの教養が感じられないだの文句を言うが無視を決める。

(;ФωФ)「いらっしゃらないようですね」

川 ゚ -゚) 「次だ。次」

こうして次々とチャイム連打を重ねて行ったがどこも反応はまるでなかった。
ついに二階の反対側の角部屋まで到達する。

川 ゚ -゚) 「二階はここで最後だな」

( ФωФ)「そうで御座いますね」




しかし、その部屋はドアにイノシシが力の限り突進したような跡が残っており、どことなく荒んだ空気がただよっている。
とても人が住んでいるようには思えなかった。

川 ゚ -゚) 「まぁ、一応。一応な」

もう若干指が痛くなっているが私はチャイムを連打する。
うん。こんなに立派にチャイムを連打するなんて、私社会に溶け込んでるな。
杉浦もチャイムを連打するたびに今まではブツブツと文句を言っていたが、
今回は何も言わなかった。きっと、文句を言う事に疲れたのか、住人などいないと思っているのだろう。
そして、連打が段々と337拍子のリズムになって来たあたりで、

内側から扉が開いた。

('A`)「あの、俺、実は熱心なゾロアスター教の信者で自分はザラスシュトラの生まれ変わりだと信じてるので、
    宗教の勧誘なら…」

川;゚ -゚) 「う、うわぁああああああああああああああ!!」

(;ФωФ)「に゛ゃぁあああああああああああああああ!!」

(;'A`)「は?え?何!?」




川;゚ -゚) 「ひ、人だ!人がいたぞ杉浦!どうなっている!」

(;ФωФ)「お嬢様とりあえず我輩の後ろに隠れてください!危険人物やもしれませぬ!」

(;'A`)「mjd!?危険人物どこですか!?そこの美人なお嬢さんとりあえず中へ!」

( ФωФ)「なりません!地雷も確認せずに踏み込むなど!我輩が行きます!!」

川 ゚ -゚) 「よし!では先頭は任せた杉浦!靴は脱げよ!」

(;'A`)「あ、汚いところですけどどうぞ!」

(;ФωФ)「いえいえこちらこそ土産も用意せずに申し訳ない」

(;'A`)「いやそんなお気になさらず!あ、でもちょっと待って下さい!
     オナカップとかエロ本とか隠して来ますんで!」

男はそう言うとバタバタと部屋の中に戻って行った。




川 ゚ -゚) 「杉浦!オナカップって何だ!?」

( ФωФ)「お稲荷さん簡単製造カップの略で御座いますよお嬢様。
       一般家庭に広く普及しております」

川 ゚ -゚) 「何故隠す必要があるのだ」

( ФωФ)「昔から稲荷神社にあやかって、神聖なお稲荷さんを作る姿やその道具は
       人に見せないのが慣わしなので御座います」

川 ゚ -゚) 「ふぅん…稲荷寿司にそんな事情があったとは」

(;'A`)「お待たせしました!どうぞ!」

( ФωФ)「ではお邪魔させて頂きます。お嬢様、玄関がとんでもなく狭いですが驚かないように。
       それと男性の一人暮らしの部屋は往々にして変な匂いがする事が御座いますが、
       どうしても我慢出来ないようでしたら、そうっと退室して下さって結構ですよ」

川 ゚ -゚) 「わかった。大丈夫だ。変な匂いってロマネスクの部屋のみたいなアレか?」

(;ФωФ)「アレって何ですかアレって!わ、我輩の部屋は消臭剤もファブリーズもばっちりですよお嬢様!!」

('A`)「俺の部屋も変な匂いしませんよ!極めてフローラルです!!フローラル!」

(;ФωФ)「我輩の部屋だって漂う塩素の香りですよ!ほら!清潔清潔!」




川 ゚ -゚) 「お邪魔するぞ。む?玄関はどこだ…?」

('A`)「あぁああ!そこ廊下です!!玄関過ぎてますよお嬢さん!!」

(;ФωФ)「ほらぁ!だから玄関狭いって言ったじゃないですか!
       我輩絶対やると思ったんですからお嬢様!!」

('A`)「はい!そこで脱ぐんです靴!!そうです!そのとおりです!よく出来ました流石お嬢さんです!!」

( ФωФ)「そこの家主!早くスリッパを用意するのだ!まさかお嬢様にこのような汚い床を靴下で歩かせるつもりか!?」

(;'A`)「すすす、スリッパ…えっと…お、俺今すぐ新しい靴下買ってくるので帰る時に履き替えて下さいお嬢さん!
    ついでに履き替えた古い靴下は俺に下さい!!是非とも譲って下さい!
    あ、それとも俺がおみ足をお舐め致しましょうか!?誠心誠意舐めさせて頂きますが!」

川 ゚ -゚) 「いや、大丈夫だ。先ほどは悪かったな。土足で上がってしまって…。出来れば案内して欲しいのだが…駄目か?」

(;'A`)「滅相もございません!そのまま奥にお進み下さい!!コタツがありますので適当にくつろいで下さいませ!」

( ФωФ)「では我輩もお邪魔させて頂きます」

その部屋は先ほどの彼の部屋よりも数段狭かった。
間取りは同じはずなのだが部屋中に物が広がっており、どうにも雑然とした印象を受ける。
しかし、見慣れない珍しい小物が多く飾られており私には新鮮に感じられた。
とりあえずコタツに座ると後から入ってきた杉浦が私の斜め後ろ。そして家主が私の向かいに腰を下ろした。




川 ゚ -゚) 「突然訪問して悪かったな」

('A`)「いえいえ。お嬢さんみたいな綺麗な方なら大歓迎ですよ。
    最近は宗教の勧誘も可愛い女の子はまともに来てくれなくて…」

川 ゚ -゚) 「宗教の勧誘…?私の家にはそんなもの一度も来た事がないぞ…?
      本当に存在するのかそんなもの」

( ФωФ)「お嬢様、宗教の勧誘は古くから存在しております。
       日本ではフランシスコ・ザビエルなどがメジャーですね」

川 ゚ -゚) 「なるほど。家にザビエルが来るのか。それは怖いな」

(;'A`)「あの…それで…何しにうちにいらっしゃったんですか?」

川 ゚ -゚) 「おおそうだ。忘れるところだった。えぇと…」

( ФωФ)「このような場合は自己紹介からするものですよお嬢様」

川 ゚ -゚) 「ああなるほど。家主。私の名前はクーと言う。
      後ろに居るのは杉浦。うちの使用人だ。
      今日は探し人をしていてな。何か手がかりがないかと思って尋ねたのだ」

('A`)「あ、俺はドクオと申します。
    黒髪ロングストレートとかど真ん中です。
    すげぇ可愛いんでちょっとツインテールにしてみませんか?」

川 ゚ -゚) 「は?ツインテール」




('A`)「何でも御座いません申し訳御座いませんクー様」

川 ゚ -゚) 「ふむ…?それでお前、早速だが内藤ホライゾンと言う男を知らないか?
      少なくとも二年前まではここのアパートに住んでいた筈なんだが」

('A`)「内藤…ホライゾン…」

川 ゚ -゚) 「うむ。どうやら部屋を引き払っていたようでな。
      どこに行ったのか同じアパートの住人なら聞いていないかと思って」

( ФωФ)「…何かご存知ですか?」

('A`)「…ええ」

川 ゚ -゚) 「何!?奴が今どこに居るのかわかるか!?」

( ФωФ)「お嬢様…少し落ち着かれて下さい」

('A`)「ブーン…いえ、内藤ホライゾンさんは現在、残念ながら…」

川 ゚ -゚) 「え?」

残念ながら?
何が残念なのだ?
行方を知らない事がか?

( ФωФ)「………」




川 ゚ -゚) 「なぁ、すまない。ちょっと…聞こえなくて…もう一度…」

ドクオは困惑したような顔で私を見た。

('A`)「ですので、内藤ホライゾンさんは…」

え?

何だ?

やっぱり聞こえないんだ。
もう一度言ってくれ。
杉浦?杉浦は聞こえたか?
もしお前に聞こえていたのなら、
私にわかりやすく説明してくれないか?

よく、聞こえないんだ。





( ФωФ)「−−−」

('A`)「−−−」

杉浦。だから、説明してくれてと…。
お願いだ。私を抜いて話を進めないでくれないか?
私もいるんだ。
私も。

なぁ。

なぁ!


( ФωФ)「お嬢様、大丈夫で御座いますか?」


川 ;゚ -゚)「え…?杉浦…なぁ、説明してくれないか?
      どういう事だか…ちょっと…わからなくて…」

( ФωФ)「お嬢様。大丈夫で御座いますか?」

川 ;゚ -゚)「大丈夫…大丈夫だ…ただ、なぁ、ちょっと、よく聞こえなくて…」

( ФωФ)「はい。大丈夫で御座いますよお嬢様。
       時間はたっぷり御座いますから。
       今日はとりあえず、もうホテルに戻りましょう?
       我輩、タクシー呼びますから」




('A`)「だだだ、大丈夫ですかクー様。顔、真っ青ですけど…。
    何か飲みますか?そう言えば俺飲み物も何も出さずに…」

( ФωФ)「助かります。何か冷たい飲み物を頂けますか?
       我輩、タクシーを呼んで参ります故」

('A`)「あ、はい。ちょっと待ってて下さい。
    確かミネラルウォーターが残ってた筈…」

川;゚ -゚)「いや、気遣いは無用だ…。おい!杉浦!行くぞ!」

( ФωФ)「お嬢様。もう少し休まれて下さい」

川;゚ -゚) 「いい…ホテルに戻る…」

( ФωФ)「どちらにしろタクシーが来るまで間があります。
       それとも外の空気を吸われますか?」

川;゚ -゚) 「ああ、ああ、そうさせて貰う」

('A`)「あぁ、すいません。俺何の気遣いも出来ませんで…」

( ФωФ)「いえいえ。こちらこそ貴重な情報を有難う御座いました。
       もし他にも詳しい事をご存知でしたら、こちらまでご連絡頂けると助かります」

そう言うと杉浦はドクオに名刺を渡した。
ドクオが慣れない手つきでそれを受け取る。




('A`)「あの…」

( ФωФ)「はい?」

('A`)「ちっちゃくて…こう、髪がくるくるした…ツンさん…?て、方、ご存知ですか?」

川;゚ -゚)「…っ!?」

( ФωФ)「…その情報は内藤さんからお聞きに?」

(;'A`)「あ、ああ、はい。そうです。以前に聞いた事があって…。
     それで、彼女は、元気ですか?俺も気になってて…」

( ФωФ)「そうですか。お気遣いありがとうございます。
       ツン様はクー様の妹に当たられる方です。
       使用人であった内藤さんとは仲が良くてあられました。
       現在もお元気でいらっしゃいますよ」

('A`)「そうですか…。それなら…良かった」

( ФωФ)「ええ。それでは我々はこれで失礼させて頂きます。
       本当にありがとうございましたドクオさん
       お嬢様、行きましょう?立てますか?」

川;゚ -゚)「あ、あぁ…大丈夫だ…」

私はコタツに手をついて立ち上がる。
しっかりと立ち上がったつもりだったのだが、
気がついたら杉浦に支えられていた。




( ФωФ)「行きましょう?お嬢様」

川;゚ -゚) 「あぁ…」

('A`)「お気をつけてクー様。あ、ロマネスクさんも」

川;゚ -゚) 「面倒をかけたな…」

(;'A`)「いえっ滅相も御座いません!」

( ФωФ)「それでは」




それから、どうやってホテルまで行ったのかはよく覚えていない。




杉浦が手配したホテルは二部屋からなる洋室だった。
部屋全体は落ち着いた色でまとまっていたが、
普段、純和風の家に住む私には少し落ち着かなかった。

( ФωФ)「手狭ですが我慢されて下さいね。
       スイートだとセキュリティが厳しいので別室の我輩が邪魔出来ないんですよ。
       ご気分はどうですか?お嬢様。顔色は少しマシになったようですが…」

洋服のままでベッドに寝転がる私に杉浦が声をかける。




川 ゚ -゚) 「大丈夫だ…。大丈夫…」

( ФωФ)「それは良かった。何か飲みたいものは御座いますか?
       ルームサービスを取りましょう。
       出来れば何か食べて下さると安心なのですが…。
       お嬢様、昼食も召し上がっていないんですから。」

川 ゚ -゚) 「ああ…。私は水でいい…。お前は…何か食べろ。
      空腹だろうに…」

( ФωФ)「いえ。我輩は大丈夫です。
       水、持って参りますね」

杉浦は私に背を向け水を取りに行った。
どうして私はこんなところで水など欲しているのだろう。
水なんかより、ずっとずっと大切な用事があるのに…。

( ФωФ)「お嬢様、ほら、少し起き上がって下さい。水ですよ」

私は言われるまま起き上がり水を受け取った。
一口飲み干すと私の体内に涼やかな風が吹いた。

川 ゚ -゚) 「あぁ…ありがとう…」

( ФωФ)「今日はもう休まれて下さいねお嬢様。
       我輩。お嬢様が休まれるまでついていますから」

川 ゚ -゚) 「杉浦…。なぁ、私、今日、ドクオの言う事がよく…聞こえなかったんだ…」




( ФωФ)「はい。大丈夫ですよお嬢様。我輩が聞いておりましたから」

川 ゚ -゚) 「そうか。ありがとう。なぁ、内藤は?内藤は何処に行ったんだ?
      あそこにいないのなら…また探さねばなるまい…」

( ФωФ)「お嬢様。内藤ホライゾンは亡くなられておりました」

川 ゚ -゚) 「え?」

杉浦?お前、今何を言った?

( ФωФ)「内藤ホライゾンは亡くなりました。もう何処にもおりません」

内藤ホライゾンは、もう何処にも いない? 
いないって何だ?
どういう意味だ?

あれ?

川 ゚ -゚) 「…それは、つまり、内藤は、ツンと結婚をしにうちに戻ってくる事は、ないと言う事か?」

( ФωФ)「そうなりますね」

川 ゚ -゚) 「…彼は…若く…健康だったはずだ…。何故、いなくなる?事故か?病気か…?」




( ФωФ)「ドクオさんもそこまではご存知ないそうです。
       ただ、死亡した場所が病院ではなかったため、
       警察がドクオさんの家にも事情聴取に訪ねられて、
       そこで初めて知ったのだと仰っておりました」

川 ゚ -゚) 「そう…そうか…」

( ФωФ)「はい。我輩がわかっているのはここまでです。お嬢様」

川 ゚ -゚) 「杉浦…頼まれてくれるか…?」

( ФωФ)「はい。詳しい事情で御座いますね。わかりました」

川;゚ -゚) 「頼…む。私は、これでは、あの子に…。ツンに、何て言っていいか…」

( ФωФ)「ツン様には我輩から説明致しましょうか?」

川 ゚ -゚) 「いや…いい…。私の役目だ…。私の…」

( ФωФ)「お嬢様。泣いておられますよ?」

川 ゚ -゚) 「え!?」

慌てて目元に手を当て確かめると、確かに液体が指に触れた。

川 ゚ -゚) 「そうか…私…泣いているのか…。久しぶりだな…」

( ФωФ)「お嬢様。我輩、やっぱり昼飯を食べて参ります故、
       一時間ほど外出して参ります。」




川 ゚ -゚) 「…ああ。気をつけろよ」

( ФωФ)「お嬢様も何かありましたらすぐ連絡を。
       外出は我輩が戻るまで、我慢して下さいね」

川 ゚ -゚) 「わかった」

( ФωФ)「行って参ります」

川 ゚ -゚) 「ああ」

( ФωФ)「お嬢様」

川 ゚ -゚) 「何だ?」

( ФωФ)「きっちり一時間で戻ります」

川 ゚ -゚) 「…わかった」




それが杉浦が私に与えた時間だ。

その間に、私は、

もっと上手に泣かなければならないのだろう。




考えよう。
今日、私が失ったもの。
内藤。
内藤ホライゾン。
ブーン。
あのにやけ顔。
妙な喋り方。
妙に不味いお茶。
だらしない体型。

大事な大事な私の妹の、
幸せな、花婿。

川 ゚ -゚) 「…ツンに、何て言おうか…」

もし、親が認めないのなら、駆け落ちだってさせるつもりだった。
時間が無かったのだ。
モナー君とツンとの結婚の準備はこれから着々と進んで行くのだろう。
三ヵ月後には結納。来春には結婚だと聞いた。
だから一刻でも早く連れ帰って、籍を入れさせるつもりだった。

例え無理やりにでも。

幸せに、なって欲しかった。
大事な大事な、私の、
たった一人の、妹なのだから。

川 ゚ -゚) 「………」






偽善者め。



私は頭まで布団を被る。
暗闇に隠して貰おう。
後ろめたい時はいつだって、
闇の手に抱いて貰うのだ。

内藤。

恨むぞ。

勝手に死にくさりおって。

お前には、何としてもツンと結婚して貰う必要があったのだ。



他でもない、私のために。






そんなにたくさんの時間はいらない。
私が失った、
私の幸せのために、
私が泣く必要はない。

川 ゚ -゚) 「内藤…」

内藤ホライゾン。

恨ませろ。



( ФωФ)「お嬢様。ただいま戻りました」

本当に杉浦は3600秒で戻ってきた。
馬鹿な奴だと思う。

川 ゚ -゚) 「おかえり。きちんと食べたか?」

( ФωФ)「はい。おかげさまで。お嬢様は食欲は?」




川 ゚ -゚) 「いや…気分は良くなったが食欲は沸かないな」

( ФωФ)「そうですか…。何かさっぱりした物だったら食べられそうですか?
       我輩、買ってまいりますよ?ゼリーとかプリンとか桃缶とか」

川 ゚ -゚) 「全く…風邪を引いた子どもじゃないんだから…。
     心配をかけてすまないな」

( ФωФ)「いえ。心配をするのが我輩の仕事ですから」

川 ゚ -゚) 「それは随分割に合わん仕事だな…」

( ФωФ)「相応の代価は頂いておりますよ。
       さて、お嬢様とりあえず今日は泊まるとして、
       明日にはお屋敷に戻られましょうね?」

川 ゚ -゚) 「いや、残る」

(;ФωФ)「そう言うと思いましたよ…。
       内藤の詳細なら我輩が調べますから、お嬢様は戻られて下さい」

川 ゚ -゚) 「東京でやり残した事があるんだ」




( ФωФ)「観光ですか?」

川 ゚ -゚) 「そうだ。観光だ」

(;ФωФ)「は!?冗談でしょう!?」

川 ゚ -゚) 「いや、明日はねずみーらんどに行こう」

(;ФωФ)「はぁ…」

川 ゚ -゚) 「ふん。相変わらず反応の面白くない奴だな。冗談だ。
      明日は新都(にいと)大学に行く」

(;ФωФ)「えぇ!?」

川 ゚ -゚) 「妹の婚約者に会いに行こう」

(;ФωФ)「モナー様にで御座いますか?」

川 ゚ -゚) 「あぁ、今日中に電話でアポを取っておいてくれ。
      こちらから出向く。時間は30分程度で十分だ。
      何。相手は社会人ではないんだ。どうにかなるだろう」

( ФωФ)「はぁ…わかりました」

川 ゚ -゚) 「よし、今日はもう休む。お前も部屋に戻っていいぞ杉浦」

( ФωФ)「…いえ。我輩はもう少しここに」




川 ゚ -゚) 「何だ?何かあるのか?」

( ФωФ)「お嬢様が寝つかれるまで、ここにおります」

川 ゚ -゚) 「馬鹿か。まだ夕方だぞ。お前はいつまでこの部屋にいるつもりだ」

(;ФωФ)「え…えっと…」

川 ゚ -゚) 「いいから早く部屋に戻ってモナー君に連絡を取っておいてくれ。
      私はもう少し一人になりたいんだ」

( ФωФ)「新都大学へはタクシーを手配してよろしいですか?」

川 ゚ -゚) 「いや、電車で行く」

( ФωФ)「わかりました。そのように」

川 ゚ -゚) 「お前は少しお洒落をしろよ。折角のデートなんだからな」

(;ФωФ)「我輩はそのような服は持ち合わせておりません…」

川 ゚ -゚) 「仕方ないな…。では私の服を貸してやろう」

(;ФωФ)「サイズが合いませんお嬢様…」




川 ゚ -゚) 「冗談だ。それじゃあ、一人にしてくれ」

(;ФωФ)「………」

杉浦は困ったような顔をして、その場から動こうとはしなかった。
その愚直な態度に私は少しの苛立ちといくらかの安堵を感じる。

川 ゚ -゚) 「わかった…。じゃあ、せめて座ってくれ。
      私は休むぞ。うるさくするなよ」

( ФωФ)「はい。そのように」

そう言うと杉浦は馬鹿正直にその場に正座した。

川 ゚ -゚) 「…ソファに座れよ」

( ФωФ)「いえ。ここで」

川 ゚ -゚) 「…馬鹿が」

( ФωФ)「馬鹿では御座いません。
       モナー様への連絡は
       今日中に終わらせておきます故」

川 ゚ -゚) 「私は思うんだ。
      お前が居るから私はいつまで経っても世間知らずと呼ばれるのではないのか?」

( ФωФ)「いいえ。お嬢様が世間知らずなのは、
       お嬢様が世間に興味がない故で御座います」




川 ゚ -゚) 「人を世捨て人のように言ってくれるな」

( ФωФ)「はい。いっそ世なぞ捨ててしまえばよいのです。お嬢様」

川 ゚ -゚) 「ふん。私に出家でもいろと?」

( ФωФ)「いいえ。お嬢様はもっとご自分の世界に生きられて下さい」

川 ゚ -゚) 「芸術家のような事を言うんだな」

( ФωФ)「お嬢様」

川 ゚ -゚)「何だ?」

( ФωФ)「例え悲しみ方が分からなくても、悲しんでいない事にはなりません。
       お嬢様は自分が冷酷な人間だとでも思われているのですか?」

川 ゚ -゚) 「………」

( ФωФ)「我輩。一時間をとても後悔しています。
       あれ以上、泣けなかったのですね。お嬢様」

杉浦が立ち上がって私を見つめた。
それはいつもの困った顔だった。




( ФωФ)「やはり我輩。用事を済ませに行って参ります。」

川 ゚ -゚) 「ああ。頼む」

( ФωФ)「仰せのままに」

そして杉浦は部屋を出て行った。
私は布団を堅く握り締めていた事に気がついて、
その汗ばんだ手をじっと見つめる。

杉浦はまた、3600秒で戻ってくるのだろうか。
いや、そもそも戻ってくるのだろうか。

もちろん、待っているわけではない。
耳の中に静寂がヌルヌルと侵入してきて
私の脳を圧迫しているような気がした。

いつかこの静寂に潰されて、
私は心ごとぺしゃんになってしまうのだろう。

目を瞑る。

誰だって、暗闇をこんなに近くに飼い慣らしているのに、
どうしてそれを恐れる事が出来る?

静寂の方が恐ろしいに決まっているじゃないか。




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