『エピローグ』
あたり一面見渡す限りの草原の中、
緑の芝生が整備された一角に22人の男が絶えず動き回っている。
僕はそれを時に大空高く俯瞰して眺め、時に彼らの間近で観察する。
上下白を基調としたユニフォームを着る背番号10の選手が
ボールと共に左サイドを駆け上がる。
それに連動して彼と同じ格好の選手達が動き回り、
また彼とは違った格好の選手達が動き回る。
背番号10の選手がトップスピードでボールをまたぐと
彼に対峙していた背番号2の選手はそれにつられてバランスを崩し、
背番号10の選手はその脇をすり抜ける。
背番号2の選手が反則を犯してでもそれを止めようとするが、
その手は白いユニフォームを掴むことなく空を切る。
背番号10の選手がペナルティエリアに侵入する。
青とエンジ色のユニフォームを身にまとう選手たちは
それを許してはならなかった。
もはや彼を止めることは誰にもできず、
彼は抜け目なくシュートコースを発見すると、
足の内側を使って丁寧にボールを蹴りこんだ。
ボールがサイドネットを揺らすのを確認したところで
時が止められる。
ここは僕の世界だった。
左サイドのスペースに走り込む彼にパスが渡る時点まで
彼らの時計が巻き戻される。
ここからすべてははじまったのだ。
('A`)「後方からのロングパスだ」
背番号10の選手は、やや角度のついた後方からのロングパスを、
足の外側を使ってなめらかにトラップする。
僕は何度も時を巻き戻しては進め、
そのプレーを様々な角度から分析する。
そして僕は彼と同じポジションに立った。
後方からやや角度のついたロングパスが送られる。
僕は先ほど見たのと同じように、足の外側を使ってそれを受ける。
ボールは僕の足を弾くと転々と転がった。
僕はそのボールに走り寄るが、
背番号2の選手にあっさり取られてしまう。
('A`)「もう一度だ」
僕は7回同じことを繰り返し、
やがて満足いくトラップができたところで芝生の一帯を消去した。
僕の世界に異物が混入したからだ。
神のようなものに尋ねられた僕は、
サッカーの勉強がしたいと答えた。
/ ,' 3「勉強?」
神のようなものはそう訊き返した。
どうやらこいつは全知全能というわけではないな、と僕は思った。
('A`)「そう、勉強」
/ ,' 3「ディエゴ・マラドーナの才能が欲しいわけではなくて?」
('A`)「そんなもの、僕は欲しくない」
/ ,' 3「なるほど。ではもう少し具体的に聞こうか」
('A`)「図書館のようなものをひとつ用意してもらいたい。
そこには現在までのあらゆるサッカーの試合が録画されていて、
他にも戦術書や練習法、様々な書物や映像が並んでいる」
そして、ここで僕が身に付けた動きや知識、筋力を、
目覚めたときに還元してもらいたい、と僕は言った。
/ ,' 3「ずいぶん回りくどいことをするんだな」
半分呆れた様子で神のようなものはそう言った。
そうかもしれない、と僕は言った。
('A`)「僕の願い事はすごく回りくどいやりかたなのかもしれない。
それでも僕はなんとか自分が満足できる方法を考えて、
これ以上のものは思いつかなかったんだ」
/ ,' 3「なるほど。よくわからん」
('A`)「僕には納得が必要なんだ。
何故なら願い事は一つしかできないし、
それは二度と取り消せないからだ」
そんなもんか、と神のようなものは呟いた。
そんなもんさ、と僕は言った。
こうして僕は、僕の世界で待つことになった。
僕はプレッシングサッカーの成立について学び、
トータルフットボールの美しさを知った。
それまで僕は、オフサイドのルールさえ把握していなかったのだ。
僕は今、ここで門番のような役割を果たしている。
誰かが樹海行きの切符を買うと、
歯にソフトキャンディが張り付いたときのような異物感が
それを知らせてくれるのだ。
やがて電車が樹海に辿りつくと、僕は訪問者に挨拶をする。
そして心の中で問いかける。
('A`)「あんたは僕を解放してくれるのか?」
僕は殺されるのを待っている。
('A`)は樹海行きの切符を買うようです 完
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