('A`)は樹海行きの切符を買うようです            

                    
  『第八話』    


         まずルールを説明するわ、とツンは言った。
    
    ξ゚听)ξ「これからあたしたちは殺し合う。
          あんたが勝てばあたしは解放されあんたは願いを叶えられ、
          あたしが勝てばあんたはただ目覚めることになる。
          そしてもう二度と『樹海』に来ることはない」
    
     僕たちの立つ一帯はいつのまにか激しく隆起していて、
    穏やかな風の吹く草原はどこにも見当たらなくなっている。
    
     逃げることはできないの、とツンは言う。
    
    ξ゚听)ξ「あんたとあたしは同じ条件で戦う。
         同じレベル、同じステータス、同じ装備でね。
         それらはあんたが基準になっていて、
         それはあたしを見ればわかるわね」
    
     待てよ、と僕は叫んだ。
    
    ('A`)「なんなんだよこれ! わけわかんねーよ!
       今までのはいったい何だったんだ!」
    
    ξ゚听)ξ「今までのはレシピ作りよ。
          あたしもあんたと同じようにレシピを作られたわ。
          そしてあたしはそのレシピ通りに今から戦うの」
    
     自殺できないようにね、とツンは言った。
    
    
    ξ゚听)ξ「レシピといえば料理の手順を連想するでしょうけど、
          "recipe"の原義はちょっぴり違う。
          『その通りにすれば必ずそうなるもの』みたいな感じかしら。
          あんたのレシピはこの戦いの後に完成される。
          それが書き換えられるのは、
          唯一ここで誰かと戦って勝った場合だけ。
          そして破棄されるのは負けた場合だけよ。
          勝った場合、あんたは
          あんたのレシピを持ってここで待つことになる」
    
     解放されるのをよ、とツンは言う。
    
    ξ゚听)ξ「質問はある?」
    
     僕の口は言葉を発するのを忘れてしまったようだった。
    
     でははじめましょう、とツンは言った。
    
    
    ・1ターン目
    
    ■■■■■
    ■■ツ■■
    ■□□□■
    ■□□□■
    ■□□□■
    ■□□□■
    ■□□□■
    ■□□□■
    ■■ド ■■
    ■■■■■
    
    
    ドクオ                  ツン
    
    
    Eバールのようなもの+1    Eバールのようなもの+1
    Eタングステンシールド+1    Eタングステンシールド+1
    E1本の木の矢           E1本の木の矢
     ミミタブシールド          ミミタブシールド
     お手当て草             お手当て草
     火ー吹き草             火ー吹き草
     わかってますの巻物       わかってますの巻物
     タッパー(3)            タッパー(3)
      →大きなうまい棒         →大きなうまい棒
     足踏みスイッチ          足踏みスイッチ
    
    
     僕の耳はツンの言ったことを受け入れ、
    僕の脳はツンの言ったことを解読したにもかかわらず、
    僕の心には何も伝わってきていなかった。
    
     僕が呆けたようにツンに歩み寄ると、
    彼女から放たれた木の矢が僕の腹部に突き立った。
    
    『ツンの攻撃! ドクオに12ポイントのダメージ!』
    
    ('A`)「くそ…本気なのか!」
    
     うめくような声を出し、僕は木の矢を無理やり引っこ抜く。
    僕の腹部から抜けた木の矢は僕の手の中で消え去った。
    
     ジクジクと12ポイント分の痛みが僕の腹部を這いまわっている。
    
    「本気なのよ」
    
     その痛みは僕にそう伝えていた。
    
    
    ・2ターン目
    
    ■■■■■
    ■■ツ■■
    ■□□□■
    ■□□□■
    ■□□□■
    ■□□□■
    ■□□□■
    ■■ド ■■
    ■■■■■
    ■■■■■
    
    
    ドクオ                  ツン
    
    
    Eバールのようなもの+1    Eバールのようなもの+1
    Eタングステンシールド+1    Eタングステンシールド+1
    E1本の木の矢
     ミミタブシールド          ミミタブシールド
     お手当て草             お手当て草
     火ー吹き草             火ー吹き草
     わかってますの巻物       わかってますの巻物
     タッパー(3)            タッパー(3)
      →大きなうまい棒         →大きなうまい棒
     足踏みスイッチ          足踏みスイッチ
    
    
     僕たちが『行動』を終えると、
    一歩進んだ僕の背後のスペースが奈落へと崩れ落ちた。
    
    ('A`)「後退のネジは外して来いって?」
    
    ξ゚听)ξ「そうよ。来なさい」
    
     僕は渇く喉に唾液を送り、無理やり飲み込んだ。
    砂のような味がする。
    
    「知り合いを犠牲にするのは気が引けるもんだけど、
     それでもあたしは解放されたら幸せよ」
    
     そんなことを言われたな、と僕は思い出していた。
    
    ('A`)「知り合いを犠牲にするのは、僕の方なのか」
    
     僕はそう呟いた。自分の願い事を叶えるために、だ。
    そしてツンは誰かに殺されるのを待っている。
    
    ('A`)「僕にできるのか?」
    
     僕は自問自答した。
    できるわけがない、という答えが返ってくる。
    
    ('A`)「じゃあ、誰かにそれをやらせるのか?」
    
     絶対嫌だ、という答えが返ってくる。
    いったいどうすれば良いのだろう。
    
    
    ('A`)「どっちにしても、僕は後悔するんだな」
    
     後悔するわよ、とツンに言われたことを思い出した。
    確かに後悔するな、と僕は苦笑いを浮かべる。
    なんせもう後悔しはじめている。
    世の中には、知らない方が幸せなことや
    関わらない方が幸せなことなどいくらでもあるのだ。
    
     それではどちらの方がマシなのだろう。
    僕はそれを考えた。
    ツンはいずれ殺されなければならないし、殺されるのを待っている。
    しかし僕はツンを殺したくないし、誰にも殺されて欲しくない。
    
    ('A`)「僕はツンに永遠にここにいろと言っているのか?」
    
     そうだ、と僕は思った。
    それが僕にとって一番心地よい選択である。
    
     しかし、それではだめなのだ。
    
    ('A`)「ツン! お前は解放して欲しいんだな!」
    
     僕は肺に挑むようにありったけの声を出した。
    そうよ、とツンから答えが返ってくる。
    
    ξ゚听)ξ「あんたも自分が言ったことに責任持ちなさい!」
    
     心を決め、僕はツンに向かって木の矢を放つ。
    ツンは斜め前に移動しそれを回避した。
    
    
    ・3ターン目
    
    ■■■■■
    ■■■■■
    ■■■ツ■
    ■□□□■
    ■□□□■
    ■□□□■
    ■□□□■
    ■■ド ■■
    ■■■■■
    ■■■■■
    
    
    ドクオ                  ツン
    
    
    Eバールのようなもの+1    Eバールのようなもの+1
    Eタングステンシールド+1    Eタングステンシールド+1
    
     ミミタブシールド          ミミタブシールド
     お手当て草             お手当て草
     火ー吹き草             火ー吹き草
     わかってますの巻物       わかってますの巻物
     タッパー(3)            タッパー(3)
      →大きなうまい棒         →大きなうまい棒
     足踏みスイッチ          足踏みスイッチ
    
    
    ('A`)「なッ!」
    
     木の矢が避けられたことに僕は驚いていた。
    そして思い当たる。
    これはデザインされた通りに動く敵たちとの戦いではなく、
    僕と同じように何度も死にながら探検を繰り返し、
    やがて『樹海』を突破し前任者を殺したツンとの戦いなのだ。
    
     そして、僕たちと同様『樹海』を突破した者を
    彼女は4人連続で殺しているのだ。
    
    ('A`)「こんな安直な攻めが通用するわけがなかったんだ!」
    
     僕は奥歯を噛み締める。
    
     改めて考えると、
    僕が安易に食らった12ポイントのダメージはいかにも大きかった。
    装備が同じで持ち物も同じである以上、
    1ポイントのダメージの差は何かしらの方法で
    相手を出し抜かない限り埋められない。
    
     つまり、と僕は結論づける。
    
    ('A`)「このまま接近して殴り合いになったら僕の負けだ」
    
     僕が軸をあわせようと斜め前に歩を進めると、
    ツンの口から火が吐き出されるのが見えた。
    
    『ツンは火ー吹き草を飲んだ! ドクオに25ポイントのダメージ!』
    
    
    ・4ターン目
    
    ■■■■■
    ■■■■■
    ■■■ツ■
    ■□□□■
    ■□□□■
    ■□□□■
    ■■■ド ■
    ■■■■■
    ■■■■■
    ■■■■■
    
    
    ドクオ                  ツン
    
    
    Eバールのようなもの+1    Eバールのようなもの+1
    Eタングステンシールド+1    Eタングステンシールド+1
    
     ミミタブシールド          ミミタブシールド
     お手当て草             お手当て草
     火ー吹き草
     わかってますの巻物       わかってますの巻物
     タッパー(3)            タッパー(3)
      →大きなうまい棒         →大きなうまい棒
     足踏みスイッチ          足踏みスイッチ
    
    
    ('A`)「やられた!」
    
     お前は馬鹿か、と僕は何度も自分を罵倒した。
    しかし、僕が自分を呪ったところで状況は何ら変わらない。
    
     僕は状況を確認した。
    木の矢と火ー吹き草のダメージのせいで、
    僕は37ポイントものビハインドを背負っている。
    僕には遠距離攻撃の手段として火ー吹き草があるけれど、
    木の矢を避けたときのように斜めに進まれれば
    僕の吐く火はツンには当たらない。
    
     遠距離攻撃の手段をなくしたツンは、
    ただジグザグと近寄り肉弾戦に持ち込めば良いのだ。
    
    ('A`)「絶望的だ」
    
     状況を分析すればするほど僕に勝ち目はないように思われた。
    
     僕にできることはなんとかして確実に火ー吹き草を
    ツンに当て、ツンの空振りか僕の会心の一撃を期待し
    肉弾戦にもちこむことのみである。
    
    
    ('A`)「どれだけ可能性が小さかろうが、
       僕はそれに賭けるしかない」
    
     そう思った。
    なんとか最善手を打ちつづけ、あちらの失着を期待するより他にない。
    情けないことだけれど、可能性が小さいということは
    ゼロではないということでもある。
    
    ('A`)「もっとも、
       それも僕が勝手に言ってるだけかもしれないけどな」
    
     僕はそう呟いたが、同時にこう考えもした。
    僕が無い知恵絞って考えたとして、それで負けるなら
    それはそれでしょうがないじゃないか、と。
    
    ('A`)「つまり、目の前だけ見てれば良いんだ。
       僕は考え得る最善の行動をとる。
       その結果までは僕の知ったことではない」
    
     そう思わなければ心が折れてしまいそうだった。
    
     ツンに遠距離攻撃の手段はもはやない。
    火を吐くか?
    そう考えもしたけれど、僕は今のうちに回復しておくことにした。
    
    『ツンはミミタブシールドを装備した!』
    『ドクオはお手当て草を飲んだ! 25ポイント回復した!』
    
    
    ・5ターン目
    
    ■■■■■
    ■■■■■
    ■■■ツ■
    ■□□□■
    ■□□□■
    ■□□□■
    ■■■ド ■
    ■■■■■
    ■■■■■
    ■■■■■
    
    
    ドクオ                  ツン
    
    
    Eバールのようなもの+1    Eバールのようなもの+1
    Eタングステンシールド+1    Eミミタブシールド
    
     ミミタブシールド          タングステンシールド+1
                         お手当て草
     火ー吹き草
     わかってますの巻物       わかってますの巻物
     タッパー(3)            タッパー(3)
      →大きなうまい棒         →大きなうまい棒
     足踏みスイッチ          足踏みスイッチ
    
    
     完全に後手後手に回っているな、と僕はため息をついた。
    
    ('A`)「おそらくツンは十分な実験をこなしているに違いない」
    
     つまり、タングステンシールドとミミタブシールドの
    守備力の違いによるダメージの差、
    そしてミミタブシールドの特殊能力による
    火のダメージの軽減を把握しているのだろう。
    
     僕はツンと隣接するまでに火ー吹き草を飲まなければならない。
    隣接してからでは遠距離攻撃の意味がないからだ。
    
     それをわかっているからツンはミミタブシールドに装備を替えている。
    火ー吹き草は通常25ポイントのダメージを与えられるが、
    そのダメージはミミタブシールドによって半減される。
    
     おまけに彼女がどう動くか読み切らなければ、
    その半減したダメージさえ与えられない。
    
    ('A`)「おそらくツンは斜め前に移動することだろう」
    
     受けるダメージはゼロにするのが望ましいからだ。
    つまり、僕も斜め前に移動しツンと『行動』1回分をおいてて対峙し、
    次のターンに彼女が前方3方向のいずれに移動するか予測して
    そこに火を吐く必要があるというわけだ。
    
    
     ツンのこれからの行動は手にとるように読めるのに、
    僕にはそれに抗う術がないように思われる。
    僕は自分の無力さがもどかしかった。
    
    ('A`)「この戦いは、1ターン目が勝負だったんだ」
    
     そう思った。
    1ターン目に僕が火ー吹き草を飲んでいれば、
    僕は逆にアドバンテージをもった形でツンと対峙していたことだろう。
    
    ('A`)「しかし、それは現実的ではない」
    
     1ターン目から火ー吹き草を飲むのはギャンブル性が大きすぎる。
    相手が斜め前に進んだ場合、
    最大の遠距離攻撃の手段を失う結果になるからだ。
    
     つまり、と僕は考える。
    
    ('A`)「木の矢を打つくらいが妥当なところだった。
       僕は何も考えず、ただそれを食らったわけだ」
    
     ツンは『妥当なところ』を冷静に実行した。
    僕にはそれができなかった。
    それが勝負を分けるんだ、と僕は呟いた。
    
     詰みの形を作られながらも決して投了しない子供のように、
    僕は斜め前に一歩進む。
    僕はツンと『行動』1回分の距離を隔てて対峙した。

    
    
    ・6ターン目
    
    ■■■■■
    ■■■■■
    ■■■■■
    ■■ツ■■
    ■□□□■
    ■■ド ■■
    ■■■■■
    ■■■■■
    ■■■■■
    ■■■■■
    
    
    ドクオ                  ツン
    
    
    Eバールのようなもの+1    Eバールのようなもの+1
    Eタングステンシールド+1    Eミミタブシールド
    
     ミミタブシールド          タングステンシールド+1
                         お手当て草
     火ー吹き草
     わかってますの巻物       わかってますの巻物
     タッパー(3)            タッパー(3)
      →大きなうまい棒         →大きなうまい棒
     足踏みスイッチ          足踏みスイッチ
    
    
     何かの拍子に落ちてしまいそうなほどに狭められた足場の上、
    吹き上げてくる風がツンの髪を揺らしている。
    
     僕たちはしばらく無言で向き合っていた。
    
    ('A`)「もうすぐ終わる」
    
     僕がそう呟くと、ツンは静かに頷いた。
    
    ('A`)「ツンの考えでは、
       僕がここから逆転することはあり得るのかな」
    
    ξ゚听)ξ「はっきり言って、ないわね。
          この戦いは互いの装備が同じである以上、
          いかに遠距離の攻防を制するかがキモなのよ」
    
     僕はツンの言葉にどこか引っかかりのようなものを感じていた。
    それが何なのかわからず黙りこむ。
    
     あんたはがんばったわ、とツンは僕を慰めた。
    
    ξ゚听)ξ「あたしは『樹海』であらゆる実験を繰り返した。
          そして完全な理論を組み立て、対人戦も経験している。
          そんなあたしに勝てる筈がないのよ」
    
     奇跡でも起こらない限りね、とツンは言う。
    
    
     僕は目を瞑り、思考の海に飛び込んだ。
    考えろ考えろマクガイバー。
    僕は自分にそう言い聞かせ、深く深く進んでいく。
    
     僕は自分の状況、ツンの状況、
    そしてこれまでのツンの行動を思い浮かべ、考える。
    
    ('A`)「本当にそうか?」
    
     やがて思考の海から引き上げると、
    僕はツンの目を見て問いかけた。
    
    ('A`)「完全な理論なんてものはこの世には存在しない。
       もしツンがそれを完全な理論だと思っているなら、
       それはただの思考停止に他ならない」
    
     僕が彼女にそう言うと、ツンは僕を睨みつけた。
    
    ξ゚听)ξ「だったらそれを証明してみせなさい」
    
    ('A`)「もちろんだ」
    
     奇跡を起こしてやるよ、と僕は言った。
    
    
     ツンはあらゆる実験を繰り返したと言っていた。
    そしてツンのレシピはその経験に基づいて作られたものである。
    つまり、ツンはきちんと期待値計算をできているのだろう。
    
    ('A`)「あのときの僕のような判断ミスなどしないのだ」
    
     僕はそう考えた。
    
     まず、3分の1の確率だ。
    これに成功すれば僕の勝利は確定する。
    
     しかし、成功しなかったとしても、
    これまでのツンの行動と今の状況を考えるに
    僕の勝率は5割を下回らないことだろう。
    
     僕の計算ではそうだった。
    奇跡の起こる確率にしては高すぎる。
    
    ('A`)「僕はツンを殺す。そして解放する」
    
     僕は自分の意志を確認すると、正面に向かって右手を振り払う。
    ツンは斜めに進み、攻撃に当たることなく僕と隣接した。
    
    
    ・7ターン目
    
    ■■■■■
    ■■■■■
    ■■■■■
    ■■■■■
    ■ツ■■■
    ■■ド ■■
    ■■■■■
    ■■■■■
    ■■■■■
    ■■■■■
    
    
    ドクオ                  ツン
    
    
    Eバールのようなもの+1    Eバールのようなもの+1
    Eタングステンシールド+1    Eミミタブシールド
    
     ミミタブシールド          タングステンシールド+1
                         お手当て草
     火ー吹き草
     わかってますの巻物       わかってますの巻物
     タッパー(3)            タッパー(3)
      →大きなうまい棒         →大きなうまい棒
     足踏みスイッチ          足踏みスイッチ
    
    
    ξ゚听)ξ「残念だったわね。
         3割バッターは7割凡退するのよ。
         それがあんたの言う奇跡だったのかしら」
    
    ('A`)「もちろん違う。
       奇跡というより、ツンの理論の穴だな。
       この状況においてそれは、
       すでに塞がらない大きさになっている」
    
    ξ゚听)ξ「どこに穴があるっていうのよ!」
    
     落ち着けよ、と僕は言った。
    自分の理論に対する自信とプライドがそうさせるのだろうが、
    ツンは興奮しすぎている。
    
    ('A`)「実験は十分に行ったんだよな?」
    
    ξ゚听)ξ「もちろんよ! 期待値計算もすべてできてるわ」
    
     ツンの穴はそれだよ、と僕は言った。
    
    ('A`)「条件付き確率と期待値計算だ。
       数学なんて大嫌いだ」
    
    
     僕はラスボスーンとの戦いを振り返る。
    
     僕がタングステンシールドを装備しているとき、
    ラスボスーンの攻撃によって受けるダメージは14ポイントだった。
    火によるダメージは20ポイントだ。
    
     そしてミミタブシールドを装備しているとき、
    攻撃によって受けるダメージは22ポイント、
    火によるダメージは10ポイントだった。
    
     つまり、それぞれ2分の1の確率で行われるとすると、
    タングステンシールド装備時に受けるダメージの期待値は17ポイント、
    ミミタブシールド装備時に受けるダメージの期待値は16ポイントとなり
    ミミタブシールドを装備することが賢い選択となる。
    
     今の僕たちの状況を考えると、
    火ー吹き草によるダメージは通常25ポイントなので、
    盾の守備力によるダメージの差が8ポイントである以上、
    同じ理由でミミタブシールドを装備することが賢い選択となる。
    
    ('A`)「ツンは僕に遠距離攻撃を2度ともベストな形で成功している。
       それに対して僕は1度も成功させられていない。
       もはや僕たちは隣接しているのだから、
       計算上僕に勝ち目はない」
    
    
    ξ゚听)ξ「それでもあんたは勝てるって言うの?」
    
    ('A`)「"Exactly"」
    
     その通りでございます、と僕は言った。
    
    ('A`)「ツンが僕に勝てるとしたら、
       それは僕が火ー吹き草を飲むまで接近しないことだった。
       あるいはタングステンシールドのままで
       突っ込んでくれば良かったんだ。
       そうすれば木の矢12ポイントの差は僕には埋められない」
    
     ツンのレシピは完全な勝利を求めすぎている。
    勝利条件は相手のHPをゼロにすることであって、
    それさえ満たせば他はどうでも良いのだ。
    
     ツンは僕の言葉で気づいたようで、
    自分の左手に握られているミミタブシールドを睨みつけた。
    
    ('A`)「僕は簡単に心変わりする不安定な人間だ。
       僕の行う行動は、同様に確からしいとは限らない」
    
     覚悟はいいか? 俺はできてる。
    僕はツンにそう言うと、バールのようなものを握る右手に力を込めた。
    
    『ツンの攻撃! ドクオに15ポイントのダメージ!』
    『ドクオの攻撃! ツンに23ポイントのダメージ!』
    
    
    ・8ターン目
    
    ■■■■■
    ■■■■■
    ■■■■■
    ■■■■■
    ■ツ■■■
    ■■ド ■■
    ■■■■■
    ■■■■■
    ■■■■■
    ■■■■■
    
    
    ドクオ                  ツン
    
    
    Eバールのようなもの+1    Eバールのようなもの+1
    Eタングステンシールド+1    Eミミタブシールド
    
     ミミタブシールド          タングステンシールド+1
                         お手当て草
     火ー吹き草
     わかってますの巻物       わかってますの巻物
     タッパー(3)            タッパー(3)
      →大きなうまい棒         →大きなうまい棒
     足踏みスイッチ          足踏みスイッチ
    
    
     とめどなく吹き上げてくる風の中、
    僕とツンはわずかばかりの足場の上にいる。
    女の子たちがブーツを履くような季節になっているにもかかわらず、
    僕はツンを解放させられていなかった。
    
     しかし、それももうじき終わる。
    僕は大きくひとつ息を吐く。
    
     仮に今のターンでツンが装備を
    タングステンシールドに変更するようなことがあったなら、
    僕が火ー吹き草をいつ飲むかの駆け引きに突入していた。
    ツンがタングステンシールドを装備している間に火を吐ければ
    僕の勝ち、僕が火を吐くタイミングでミミタブシールドを装備できれば
    ツンの勝ちとなっていた筈だった。
    
     しかし、ツンのレシピの完全さは、そんな駆け引きの余地を許さない。
    そしてだからこそ、彼女はそれに縛られるのだ。
    
     ツンはその大きな目を真っ赤にし、そこに涙を浮かべていた。
    唇を噛みしめ僕を睨みつけている。
    
    ('A`)「悔しいのか?」
    
     僕は彼女にそう訊いた。
    
    
     ツンは僕の問いかけに答えない。
    
    ξ゚听)ξ「悔しいわ」
    
     ツンはやがて、猫が毛玉を吐き出すようにそう言った。
    
    ξ゚听)ξ「悔しい。すごく悔しい。
         あたしが今あんたに対して感謝するべきだっていうことは
         誰よりわかってるんだけど、
         そんなことはどうでも良いくらいに悔しいわ」
    
     あたしの理論は完全だった筈なのに、とツンは目を閉じ、
    そこから涙が溢れるのをこらえている。
    
    ('A`)「あるいは完全な理論だったのかもしれない。
       ただ、必ずしも最善の行動が最良の結果を生むとは限らないんだ」
    
     科学の悲劇は美しい仮定が
    醜い現実によって打ち砕かれるところにある。
    僕はそんな言葉を思い出していた。
    ツンは優秀な科学者になる素質をもっているに違いない。
    僕にはどうやらなさそうだ。
    
     僕はツンに向かって右手を振った。
    
    『ツンの攻撃! ドクオに15ポイントのダメージ!』
    『ドクオの攻撃! ツンに23ポイントのダメージ!』
    
    
    ・9ターン目
    
    ■■■■■
    ■■■■■
    ■■■■■
    ■■■■■
    ■ツ■■■
    ■■ド ■■
    ■■■■■
    ■■■■■
    ■■■■■
    ■■■■■
    
    ドクオ                  ツン
    
    
    Eバールのようなもの+1    Eバールのようなもの+1
    Eタングステンシールド+1    Eミミタブシールド
    
     ミミタブシールド          タングステンシールド+1
                         お手当て草
     火ー吹き草
     わかってますの巻物       わかってますの巻物
     タッパー(3)            タッパー(3)
      →大きなうまい棒         →大きなうまい棒
     足踏みスイッチ          足踏みスイッチ
    
    
     詰みだよ、と僕は言った。
    
    ('A`)「これでもう、装備変更を行ったところで駆け引きの要素は
       生じなくなった」
    
     おそらくはね、とツンは頷く。
    大きくひとつ息を吐くと、だいぶ落ち着いたようだった。
    
    ξ゚听)ξ「あんたはクラックよ」
    
     そして彼女はそう言った。
    
    ('A`)「クラック?」
    
    ξ゚听)ξ「"crack"、『叩き割る』。
         凍りついた局面を打ち砕いてしまうような名選手のことを、
         サッカーにおいてはそう呼ぶの」
    
    ('A`)「打ち砕けたのかな」
    
     おそらくはね、とツンは微笑んだ。
    
    ξ゚ー゚)ξ「終わらせてちょうだい」
    
     僕は頷いた。
    
    『ツンはお手当て草を飲んだ! 25ポイント回復した!』
    『ドクオの攻撃! ツンに23ポイントのダメージ!』
    
    
    ・10ターン目
    
    ■■■■■
    ■■■■■
    ■■■■■
    ■■■■■
    ■ツ■■■
    ■■ド ■■
    ■■■■■
    ■■■■■
    ■■■■■
    ■■■■■
    
    
    
    ドクオ                  ツン
    
    
    Eバールのようなもの+1    Eバールのようなもの+1
    Eタングステンシールド+1    Eミミタブシールド
    
     ミミタブシールド          タングステンシールド+1
    
     火ー吹き草
     わかってますの巻物       わかってますの巻物
     タッパー(3)            タッパー(3)
      →大きなうまい棒         →大きなうまい棒
     足踏みスイッチ          足踏みスイッチ
    
    
     あたしのレシピは実にデキが良い、とツンは愉快そうに言った。
    
    ξ゚ー゚)ξ「とっても冷静。もう勝ち目はないのにね」
    
    ('A`)「そうだね。このまま2回殴ればツンは死ぬ。
       僕はわずか1ポイントを残して生き長らえることになる」
    
     相討ちになったらどうなってたのかな、と僕は訊いた。
    
    ξ゚听)ξ「相討ちはあたしの勝ちよ。
         引き分けだったらチャンピオンベルトは移動しないでしょ」
    
    ('A`)「チャンピオンなんだ?」
    
    ξ゚听)ξ「4回防衛のね」
    
    ('A`)「ベテランだな」
    
    ξ゚听)ξ「同じ条件で戦うんだから、
         2分の1で負けそうなもんなんだけどね」
    
     あたしのレシピはとってもデキが良かったの。
    ツンは誇らしげにそう言った。
    
    『ツンの攻撃! ドクオに15ポイントのダメージ!』
    『ドクオの攻撃! ツンに23ポイントのダメージ!』
    
    
    ・11ターン目
    
    ■■■■■
    ■■■■■
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    ■ツ■■■
    ■■ド ■■
    ■■■■■
    ■■■■■
    ■■■■■
    ■■■■■
    
    
    
    ドクオ                  ツン
    
    
    Eバールのようなもの+1    Eバールのようなもの+1
    Eタングステンシールド+1    Eミミタブシールド
    
     ミミタブシールド          タングステンシールド+1
    
     火ー吹き草
     わかってますの巻物       わかってますの巻物
     タッパー(3)            タッパー(3)
      →大きなうまい棒         →大きなうまい棒
     足踏みスイッチ          足踏みスイッチ
    
    
    ξ゚听)ξ「何か言い残したことはある?」
    
     ツンは僕にそう訊いた。
    僕はそれを聞いた瞬間、思わず吹きだしてしまった。
    
    ('A`)「そういうのは、普通、殺す側が訊くものだと思うけど」
    
     そうね、とツンは笑った。
    
    ξ゚ー゚)ξ「でも、あらゆるものには例外が存在するじゃない?
         完全な理論にも穴はあるんだし」
    
    ('A`)「確かにね」
    
    ξ゚听)ξ「で、あるの?」
    
    ('A`)「うん。実はある」
    
     訊きたいことと言いたいことが1つずつ残ってる。
    僕はツンにそう言った。
    
    ('A`)「どっちが先が良い?」
    
    ξ゚听)ξ「じゃ、先に言ってちょうだい。
         そのあと訊かれたら答えるわ」
    
     僕は頷き、深呼吸して口を開いた。
    
    ('A`)「僕はどうやら、ツンのことが好きみたいだ」
    
    
     そう、とツンはニヤついた。
    
    ξ゚ー゚)ξ「言っちゃうんだ?」
    
    ('A`)「うん。言っちゃうんだ」
    
    ξ゚ー゚)ξ「あたしはブーンの恋人なのに?」
    
    ('A`)「そして僕はブーンの友達なのにね」
    
     トラブルを起こしたいわけじゃないんだ、と僕は言った。
    
    ('A`)「僕はブーンの友達をやめるつもりはないし、
       ツンを奪いたいわけじゃない。
       ただツンのことが好きなんだ。それを言っておきたかった。
       そうすることによって、
       僕はふんぎりのようなものをつけられると思うんだ」
    
     都合の良いことに、ツンの記憶は消されるらしいしね。
    僕は彼女にそう言った。
    
     奈落から吹き上げる風が僕たちのことを撫でている。
    ツンはなおもニヤついていた。
    
    ξ゚ー゚)ξ「そういうのってさ、ちょっとズルいと思わない?」
    
     あたしはズルいのは嫌いだな、といたずらっぽくツンは笑う。
    
    
    ('A`)「うん。僕はズルいんだ。
       ズルいし、自分勝手だ。完全な理論も覆す。
       なにしろ僕には納得が必要だからね。文句ある?」
    
     ないわ、とツンは言った。
    
    ξ゚ー゚)ξ「納得はすべてに優先するって
         あの人も言ってるらしいしね」
    
     ていうかあの人っていったい誰なのよ。
    ツンがそう訊いたので、僕は少しだけ回転使いの話をした。
    
    ξ゚听)ξ「で、訊きたいことは何?」
    
    ('A`)「うん。つまらないことかもしれないけど良いかな」
    
    ξ゚听)ξ「何今更遠慮してんのよ。馬鹿じゃないの?」
    
     そうだね、と僕は言った。
    僕は馬鹿なのかもしれない。
    なんせ、おそらく小学校低学年のときから今の今まで
    こんなつまらないことを気にしているのだ。
    
    
    ('A`)「攻撃的なポジションの選手は
       ドリブルができないとだめだと思う?」
    
     しばらく時間を置いた後、僕はツンにそう訊いた。
    
     そんなことを訊かれるとは思ってもいなかったのだろう。
    虚をつかれたような表情で、ツンはまじまじと僕の顔を見つめている。
    
     やがて僕を眺めることに飽きてしまうと、
    あんた馬鹿なんじゃないの、と本当に馬鹿にした様子でツンは言った。
    
    ξ゚听)ξ「そんなわけないじゃない。誰がそんなこと決めたのよ」
    
     ツンの口調には憤りのようなものさえ感じられて、
    それがいっそう僕を爽やかな気分にさせてくれる。
    
     だよね、と僕は何度も頷いた。
    
    ξ゚听)ξ「じゃ、そろそろ終わりにしましょ。
         あんたは慣れてるかもしれないけどね、
         あたしは死にそうなほどの痛みにずっと耐えてんのよ」
    
     そうだね、と僕は言った。
    
    
    ξ゚听)ξ「じゃ、またね」
    
     また今度。ツンは何でもないことのようにそう言った。
    その口調はいかにも軽く、僕は微笑まざるを得なかった。
    
     僕は大きくひとつ息を吐く。
    
    『ツンの攻撃! ドクオに15ポイントのダメージ!』
    『ドクオの攻撃! ツンに23ポイントのダメージ!
     ツンをやっつけた!』
    
     その場に崩れ落ちたツンの体が光の粒子となって消えていく。
    
     僕はそれに触れようと手を伸ばしたが、
    それらはあまりに早く風の中に散ってしまう。
    
    ('A`)「…遠いよ」
    
     雲ひとつない青空の下、僕はひとり呟いた。
    
              『ツンを撲殺』エピローグへつづく
        
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