ブーンがシリアルキラー(連続殺人鬼)になったようです。  プロローグ 「無垢世界」






「人の世の旅路の半ば、ふと気がつくと、 俺は真っ直ぐな道を見失い、暗い森に迷い込んでいた。」

     ―――酒鬼薔薇聖斗「懲役十三年」最後の一節より。



「綺麗ね。」

ツンが、僕の握る血まみれのナイフを見てそう呟いた。
ナイフはまだらに透明度の高い、澄んだ赤い血がかかっていて、刃の銀色とも相まって確かに綺麗だった。
月明かりに照らされて鈍く光るナイフの刀身にも、なんとなく風情があるように見えた。

「綺麗ね。」

ツンがもう一度、今度ははっきりと言った。
僕は静かに頷いた。
僕の目の前には死体が転がっている。
ツンが路地裏まで連れてきて、僕が殺した男だ。
くだらないことを期待して、ツンに促されるままに路地裏に入ってきた男の心臓を、寝かせたナイフで一突き。
軽いもんだった。


「私ね、動脈の血って好きよ。だって澄んでいて、薄くて綺麗なんだもの。」

ツンが僕の隣に座って言葉を紡ぐ。
男を連れてきたツンの、死体を見下ろす目には何の感情も篭ってはいない。
僕は彼女の言葉を聞きながらも黙々と作業をこなす。
死体をバラバラにして、物にしていく作業を。
筋肉の筋に合わせて綺麗に肉を削いでいく。
途中、動脈から溢れた血や黄色い油が溢れてくるが、ビニール手袋をしているので気にならない。
血液を送り出す心臓が止まっているため、血管を切っても血が飛び散るなんてことは無いが、やはり溢れてくる人の血を見ていると気分が悪くなる。
血自体はそれほど気持ちの悪いものではないけれど、血と油が混じると、ナイフを肉から放すたびにそれが糸を引いて、気持ち悪い。
そんな事を考えながらも、僕の手は止まる事無く、丁寧に死体を解体していく。
あっと言う間に死体から両手が綺麗に無くなった。


「でも静脈の血は嫌い。色が濃くて、黒ずんでて気持ち悪い。」

彼女は僕によって少しずつ無くなっていく死体の肉を眺めながら言葉を続けた。
僕のナイフを握る腕も手馴れたもので、ナイフが血と油に塗れて切れ味が鈍ってくると、素早く死体の服で刀身を拭う。
刃から血が完全に拭われると、再び僕は作業に戻るべく、死体の腹を十字に割いた。
腹の筋肉を裂くには、かなりの力が必要なため、ナイフを両手で握る。
切り開いた瞬間、むわっとあたりに広がる血臭。
鉄のような、錆びのような臭いも駿河、魚のように生臭い臭いも混じっているような気もする。

「内藤の死体を解体する時の手つきって、すごい好き。まるで機械みたいに、淡々とさばいていくもの。」

僕は彼女に褒められて、少し頬を赤く染める。
それを隠すかのように死体を解体する作業に没頭する。
僕の心情を見抜いたかのように、ツンが小さく笑った。
そして僕はさらに頬を染めるのだった。


何を隠そう、僕が殺した死体をバラバラにするのは、僕のその手つきに見入る彼女の目が、誕生日のプレゼントを待つ子供のように純粋な光を宿しているからだ。
正直この作業は面倒だが、彼女が喜んでくれるなら僕はいくらでも死体をバラバラにする。
僕が頬を染めている間にも、まるでそこだけ僕の意識から独立した器官であるかのように、僕の手は作業を続ける。
開いた腹からこぼれ出てくる腸を綺麗に掻き出すと、僕はさらに死体の首を切り、足もバラバラに解体する。
はらわたが無くなって、腹の中に奇妙なスペースを残す男の姿は、どこか滑稽で僕等の笑いを誘った。
僕とツンの口から自然な笑いが漏れる。
すると、横合いからツンの腕が伸びてきて、男の切り取った頭を腹の中にできた空洞に入れた。

「赤ちゃんみたいね。」

そう言うと、彼女は悪戯っぽい笑顔を見せた。
赤い唇の奥から、雪のように白い歯が除く。
成るほど、確かにこの死体の姿は、胎児を子宮に宿した母親の姿にも見えなくはない。
僕は彼女のそんな悪戯めいた行動に苦笑しつつもナイフについた血を死体の服で拭い、フェルトでできたケースにしまった。



「もう、いいの?」
「あんまり時間をかけると見つかるかもしれないお。」
「それもそうね。次行きましょ、次。」
「一回に一人までだお。あんまり目立つのはよくないお。」
「あら、殺したのは内藤で、私はまだ一人も殺してないわよ?」
「・・・・・・・・・。」
「ここのところ、内藤ばっかりでずるいわ。」

「わかったお。」

ツンのお願いを無下にはできない。
結局、反対して見せても最後に折れるのは僕の方だ。
僕等はどちらとも無く死体を背にして歩き出した。

「寒く・・・なってきたわね・・・。」

ツンが呟いた。
僕とツンの手は自然に繋がれていた。
彼女の、白く色素の薄い手はひんやりとして冷たかったが、僕にはそれが何よりも暖かく感じた。



「ねえ、あれがいいわ。」

暫く深夜の大通りを歩くと、彼女は僕の顔を見ながら路地裏の奥を指差した。
ツンの指の先には、地べたに座り込む一人の男が居た。
路地裏の奥深く、詰まれたダンボールが遮蔽物になっていて、遮蔽物からはみ出す形になっている男の顔と足先しか見えない。
男の虚ろな視線と、断続的に痙攣している足から察するに、ヤク中かヤバい病気の持ち主かのどちらかだろう。

「じゃあ、今度は僕は見てるだけだから、ツンの好きにするといいお。」

僕がそう言うと、こちらを向いていた彼女はにっこりと笑った。
花の咲いたような、可憐な笑みだった。
握った彼女の手から、低いけれど確かな温もりを感じた。
つられて僕も笑った。
幸せだった。





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