エピローグ「無垢世界2」





世界中に向かって、僕は君を愛していると叫びたい

       ―――レイモンド・フェルナンデス
          恋人のマーサ・ベックと共に二十人前後の女性を殺した連続殺人犯。
          上の一節は、彼等が処刑される二時間前にマーサに送った手紙より。
 


「成るほど、これはお前の言うとおりにしておいて正解だったな。面白い事になっている。」

倉庫の入り口をくぐった、長身白皙で、金髪の男が嬉しそうにそう言った。
話しかけられた、男の後ろにつづくフサギコは、憮然とした表情のまま返事をしない。

「そうむくれるな。お前の戦いに手を出したのは悪かったと思ってる。とりあえず見てみろ、これ

は完全に想定の範囲外だ。」

不機嫌そうにしながらも、彼の主が退屈そうなもの以外の表情を見せるのは滅多に無い事な

ので、フサギコは倉庫の中を覗き込む。

「これは・・・・・・・・・・・・。」

フサギコが中の状態を見て絶句する。
倉庫内には、二つの死体が転がっていた。



「入るなよ。見るだけだ。できれば、このままそっとしておいてやりたい。」

長身白皙の男が静かに言うと、二つの死体に近づいていく。
フサギコには、彼が言葉の通り彼らを誰にも触れさせずにそっとしておくために力を使うのだと
いう事がわかった。
そして、彼の主にはその程度の力の行使は造作も無い事も。

「・・・・・・・・・・・・・・・なんで、」

フサギコは思わず呟く。

「死んでるってのに、なんでそんなに幸せそうなんだよ。」

声が静かに響く。
それを聞いた彼の主、長身白皙の男の目が細められた。
慈しんでいるのだ、二人の死体を。
二人の結末を。
お互いの心臓に、もつれ合うように微笑みながら刃を突き立てている二人を。















「ツン、君を殺したい。」

言った瞬間、世界が止まった。
僕はもうツンしか見ていないし、おそらくツンも僕しか見ていない。
口に出してみてあらためて確認する。
僕はツンを愛してる。
愛してるから殺す。
殺したいほど愛してるし、愛したいほど殺してる。

「知ってたよ。」

ツンは、あの時の屋上で見せたような笑いで答えた。
僕も微笑み返す。

「きっと内藤と私は似たもの同士なんだよ。私も、内藤を殺したい。」

そのツンの台詞に、僕は安堵感を覚える。
ああ、僕がツンを殺したくてしかたがなかったように、ツンも僕を殺したがってくれていた。
僕とツンは、同じ感覚を共有していた。
そのことが、無性に嬉しい。



「なんか、口に出して言ってみたら、今まで我慢してたのが馬鹿みたいに思えてきたお。」

僕が囁くように、微笑みながらツンに言った。

「じゃあ、内藤」
「ツン、」

もう言葉は要らない。
それでも僕らは言葉をつむぐ。

『君を(あんたを)、殺したい。』

ツンはクリスマスに僕がプレゼントしたメスを取り出して僕の心臓に突き立てた。
それをツンに渡した時の事を思い出して、僕の口元が自然と綻ぶ。
そして僕も、自分の右手に握ったナイフをツンの心臓に突き刺した。
ツンが僕の全てを受け入れるように、包み込むように柔らかに微笑む。
口の奥から血が漏れてきたが、僕も必死に微笑み返す。
僕はしっかり笑えているだろうか?
今の僕は、ツンのように透明に笑えているだろうか?
そんな思考で脳内が埋め尽くされたが、ツンの笑顔を眺めていたら吹き飛んだ。


僕らはこれから死ぬだろう。
でも僕らは寂しくなんか無い。
僕らはひとりでは無いから。
僕らは今、確かにこれ以上ないほど強固に結ばれたから。
僕らは今、お互いの心臓に突き刺さったメスとナイフで、完全に一つに繋がったから。
僕らは寂しくなんかなかった。
僕は何時の間にか自分の思考の中に暖かい物が生まれている事に気がついた。
ツンの事を考えると、それはもっと暖かになり、やがて僕に高揚感をもたらす。
胸に突き刺さった痛みに比例して大きくなっていくが、不安はない。
胸の痛みは、僕らの繋がっている証だから。
僕らの結びつきから生まれる感情。
ならばそれを―――

―――僕は暫定的に愛と呼ぼう。

そうだ、愛だ。
それは確かに愛だった。
酷くいびつで、禍々しくて、醜くて、物騒で、馬鹿馬鹿しくて、そしてただひたすらにどこまでも真

っ直ぐで。
世界中の人間が眉をひそめて嫌悪するような、当人達以外は誰にも理解できないような、それ
はそういうものだった。
それでもそれは愛だった。
紛れもない愛だった。

僕は頭の中で色々と考えたが、何を考えても最終的にはツンの笑顔に行き着いた。
僕は微笑みながらも、
そして、直ぐに脳内を幸福感が埋め尽くして―――








―――幸福の絶頂の中で僕らは息絶えた。






『ブーンがシリアルキラーになったようです』・完



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