ブーンがシリアルキラーになったようです。 13、因果応報3




魔物と闘う者は、その過程で自分自身も魔物になることがないよう、気をつけねばならない。 
深淵をのぞき込むとき、 その深淵もこちらを見つめているのである。


     ―――酒鬼薔薇聖斗「懲役十三年」第一節と第五節より。



僕は走っていた。
向かう先は、この街に面している湾の港にいくつもある倉庫の内の一つ。
茶髪の落とした紙の中に入っていたのは、一振りのナイフと、その倉庫を示した地図だけ。
それがただのナイフだったのなら問題は無い。
だが、それはツンのナイフだった。
今まで一緒に狩りをして見慣れていたナイフ。
それを視界に納めた瞬間、僕は居ても経っても居られずに駆け出していた。
まず間違いなく、ツンは連中―――と言っても、これ以上奴等に仲間が居ないなら黒スーツ一人だけだが―――に捕まっている。
しかし、僕はツンの捕まっているその場所に行って、どうするのだろう?
何をするつもりなのだろう?
僕はツンを助けるつもりなのだろうか?
ツンを殺したがっている僕が?
いや、ツンを殺したがっているからこそ、他人にツンが殺されるのが我慢できないのだろうか。
わからない。
わからないが、このまま何もせずにツンが殺されたりすれば、絶対に僕は後悔する。
だから走っていた。




警戒などせず、一目散に倉庫の入り口へとかける僕の耳にカツン、という足音が響いたのはそのときだった。
歩くときに出る足音ではなく、単純に相手の意識を人文に向けるためだけの、わざとらしい足音。
罠で、誰かが待ち構えているというのは分かりきっていたので、僕は驚かずに相手を見据える。
いつの間にか、倉庫の入り口から黒いスーツを纏った人影が現れていた。
黒髪黒瞳の黒ずくめの男。
あの建設途中の家屋で、僕のナイフを素手で受け止めた男だ。

「帰ってこないことを考えるに、城嶋は死んだか。」

きじま、と言うのはあの茶髪の事だろうか。
だが、僕にはそんな事はどうでもいい。
喋る男を無視して、僕は突貫。
走っている勢いをつけてナイフを突き出す。
が、あっさり男は右に移動する事であっさりとそれをかわす。
以前に、背後からの奇襲でも受け止められた事を考えれば、当然の結果だ。
しかし、僕にはこの男と正面から戦う気など無い。
まずは、倉庫に入る。
そしてツンを助ける。
それが最優先すべき事。



そう考えて、ナイフを避けて横に退いた男の脇を通り過ぎようとしたところで右の脇腹に衝撃が来た。
見れば、男の踵が僕の脇腹に食い込んでいる。
男の体と蹴りを出した足は一直線に、地面と平行、軸足と垂直になっている。
足刀蹴りだ。
衝撃に吹き飛びながらも、一瞬だけ倉庫の中が見えた。
確かに、ツンと思われる人影が転がっていた。
気絶しているのか、それとも、考えたくは無いが死んでいるのか。ツンは動かずに横たわっている。
僕はそのまま港の周辺に積んであるコンテナに激突。
痛みを我慢してすぐに起き上がるが、脇腹を走る激痛に顔をしかめる。
肋骨は折れやすい。多分、数本ヒビが入っているか、折れている。
だが、幸いにも吹き飛びながらも僕の右手はナイフを手放しては居なかった。
相手の追撃が来る前に体制を整えようと、急いでナイフを構えなおすが、予想に反して黒スーツには追撃をかけてくる様子は見られない。
男は先ほどと同じ位置に立ったままで、構えてすら居ない。

「人の話はちゃんと聞けよ。」

男がゆっくりと言葉を発した。
その声色で分かった。
男は怒っている。


仲間の死を悲しんでいるのか、ともかく男は怒っている。

「随分焦ってるな。いままで散々派手に殺してきたんだ。自分たちが殺されても文句は言えないだけの覚悟があるもんだと思ってたが・・・・・・」

男の言葉が終わるよりも速く、僕は駆け出している。
再び突進の勢いに任せてナイフを繰り出す。
男の顔を狙ったナイフは、男が顔を僅かに逸らした事であっさりと空を切る。
そして、僕の顎に男の掌底が来る。衝撃。
頭蓋骨と頚骨が引き離されるのではないかと言うほどの衝撃に、脳みそが揺らされたが、僕は無視してさらにナイフを振るう。
が、男は手刀で僕の手首の関節を打ち、受け止める。
一瞬の後には僕の手を受け止めていたはずの男の右手が、手刀で肘を曲げたままの状態から繰り出されている。
また、衝撃。手首から先だけで繰り出されたはずのそれは、とんでもない威力を持って僕の左の下あごを抉るように直撃。
再び脳が揺れる。
体がふらついたが、手さえ動けば構いやしない。
諦めずに僕はナイフを振るうが、男は余裕だ。
常に自分から仕掛ける事はせず、後の先をとって、カウンター気味の一撃を打ち込んでくる。



「まるでガキだな。あれだけ人を殺しておいて、自分たちの番になれば無茶苦茶に暴れまわる。」

なおかつ、男は接近戦のさなかに語りかけてくる。

「後先考えず、餓鬼や畜生のように出鱈目に手足を振り回し、人を殺そうとし、お前等2ちゃんねらーは人間以下の獣だな。」

男の右の拳が僕の左頬に入る。
歯が折れて、口から血が噴出したが、それでも僕は止まらない。
拳を出して、腕が伸びきって無防備になった男の右の腹目掛けてナイフを突き出す。
が、やはり手をはたかれて防がれる。
次の瞬間には僕の鳩尾に男の拳が突き刺さっている。

「げぇぇッッ」

僕の口から自分が出したとは思えないような声が漏れる。
吐き気を堪えながらも屈んだ僕の顔を、男の右足が蹴り上げた。
蹴られた勢いで顔が後ろに吹き飛び、体もそれにつられて起き上がる。
たまらずに僕は仰向けに地面に倒れこんだ。



起き上がろうとするが、散々脳みそを揺らされたせいでうまく体に力が入らない。
そして、地面に倒れ付し、奇妙に手足を動かす僕に、男が静かに告げた。

「因果応報なんだよ。」

因果応報?
なんだよそれ。
なんだよそれは。
だから大人しく殺されるってのか?
だから大人しくツンが殺されるのを見過ごせってのか?
なんなんだよそれはッッッ!!!!!!

一度動きを止めると、僕は両足を揃え、体を折り曲げて両足を自分の顔付近まで持っていく。
そして、勢いをつけて起き上がる。
男は強い。
茶髪の男よりも、ドクオよりも、そしておそらくラスカよりも強い。
だが、男は2ちゃんねらーではない。
ただ単純に、強い。


何かの格闘技が武術を学んだ結果だろう。
どれほどの心血や時間を注いで学んだのかはわからない。
ともかく、男の動きには隙が無く、全ての動作がひとつひとつ、適当に見えて流れるように行われている。
だがそれがどうした?
僕がこれからツンを助ける事と、何の関係がある?
そうだ、僕はツンを助ける。
ツンを助けてどうするのかはわからない。
それでも僕はツンを助ける。
助けたいから助ける。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!!」

気づけば僕は叫んでいた。
この男は殺す。
絶対に殺す。
ツンを助ける邪魔をした。
現在進行形で邪魔になっている。
だから殺す。
僕やツンを害する奴はみんな死ぬか、後悔すればいい。
アドレナリンで興奮した僕の脳味噌が、さらに凶暴的な思考を生む。



「吠えるな畜生が。」

怒りを押し殺した淡々とした声で男が応えると、僕が気合と共に袈裟切りに振るったナイフを、これまたあっさりと屈んでかわす。
そして、再び僕の腹に突き刺さる男の右拳。
胃のおくから何かがこみ上げてきたが、我慢する。
口の端から酸っぱいものが少し漏れたが、気にしない。
僕は両足に全身全霊を込めて踏みとどまり、男の右手に突き出した。
先ほど地面に転がってもがいていた間に掴んでいたメスを。

「っっッ!!!」

今まで冷静に見えた男の顔が少し強張る。
―――ざまあみろ。
僕は心の中で勝ち誇る。

お前は死ね。
僕より強かろうがなんだろうが死ね。
僕では殺せないなら、まずは腕から殺す。
殺されようが殺す。
絶対に殺す。



心の中で必殺を確信しつつもメスを突き出す。
そしてメスは僕の狙い通り、男の皮膚を破り、肉を裂き、腕に突き刺さった。
が、それだけだった。

「な・・・・・・・・・ッ!」

僕の喉が驚愕に震える声を絞り出す。
僕のメスは確かに男の腕に突き刺さっている。
が、軽く肉を裂いて、それ以上は進まない。
皮膚の下に鉄でも仕込んでいるのだろうか。
そう思えるほど、かえってくる手ごたえは硬い。

「肉を切らせて骨を断つ、か。それとも、ただ単に必死になってなりふり構わずに俺の腕にメス

を突き立てただけか?」

男が再び落ち着いた声色で喋る。

「どちらにしても、俺の骨はそうそう簡単には断てんぞ。」




三度、男の拳が僕の鳩尾を殴打した。
僕はその場に崩れ落ちると、嘔吐感に耐え切れずに胃の中の内容物を吐き出した。
その中に、白い小指の爪ほどの物体が見える。
僕自身の歯だ。
先ほど折れてから吐き出した覚えが無いとは思っていたが、どうやら飲み込んでいたらしい。
―――ああ、痛いなぁ、畜生。
呟こうとしたが、僕の口は吐瀉物を吐き出すだけで声を出そうとはしなかった。
痛かった。
無茶苦茶痛かった。
一通り胃の中のものを全部吐いて、落ち着いた僕の即頭部を、男の右足が蹴り飛ばした。
その衝撃に、僕はあっさりと横に転がる。
胃の奥だけでなく、頭の置くもジンジンと熱を持ったかのように痛みを発し続ける。
起き上がって今すぐにでも男に切りかかりたかったが、どうやら無理そうだ。
僕は起き上がろうとして力を失い、その場に転がる。

「もう終わりか?」

男が僕の傍らで、余裕の表情で僕を見下ろしている。


――――ああ、なんだよ。
―――――殺すなら殺せよ。

目を閉じれば、頭に浮かぶのはツンの顔。

でも、なんだ、
最後に見るなら、こんな陰気臭い野郎の顔じゃなくて、
ツンの顔が良かったな。

頭の中にツンのあの笑顔が浮かんだ。
屋上で、ツンに殺人の事を告白したときに見せた、あの笑顔。
何もかも包み込んで許してくれるような、
それでいて花が咲いたように可憐なあの笑顔。
純粋に「笑いたいから笑う」という意思しか感じられない、あの笑顔。

―――ああ、畜生、顔見たいなぁ、ツン。

その瞬間、僕の体に力が沸いた。
奇跡とは多分、こういう事を言うのだろう。
もう指一本たりとも動かす気概の無かった僕の中に、ツンの笑顔が浮かんだ瞬間だけ、体を動
かす気力が生まれた。
寝転がったままの体勢で、僕は男の顔に向けて右手のナイフを突き出す。
が、あっさり男の手に払われる。というか、寝転んだ体勢のままで男の顔に僕の手が届くはず

が無い。
それでも僕は止まらない。


僕はさらに男の腹にむけて左手のメスを振るう。
しかし、これも届かない。
男が一方後ろに下がる事で、あっさりとかわされた。
それならば、
届かないならば届くようにしてやればいい。
幸いにも、僕はまだ武器を一つ残していている。
だから僕はその武器を突き出した。
右足を軸足に一歩後ろに下がった男の、残された左足に向けて。
両手を使っても、まだ僕に残されている武器―――――

―――口の中の犬歯、前歯を使って男の左のアキレス腱を噛み千切った。


「があああああああああああああああぁあっぁぁぁッッッッ!!!!」

これまでの落ち着いた物腰からは信じられないような苦鳴が男の口から漏れた。
自分の口の中、男の足から「バン」という、何かが破裂するような音が響いた。
聞くところによると、アキレス腱が切れた時は、銃声のような音がするらしい。
しかし、僕の攻撃はまだ終わっていない。
左足に力を失って、男が左にバランスを崩しながら落ちるようにしゃがむ。
僕はその隙に、メスを放り投げた左手で地面を押し、立ち上がりざまに右手のナイフで男の顔

に切りかかる。


だが、ここで信じられないことがおきた。
男が左のアキレス腱を噛み千切られながらも、右足一本で無理やり飛びのいたのだ。
僕のナイフの切っ先は僅かに男の左目を切るに留まる。

―――浅い。

瞬間的に悟る。
僕は失敗した。
おそらく、傷は浅い。眼球を傷つけてすら居ないだろう。
まぶたと、目の上下の皮と脂肪を僅かに切っただけだ。
本当に信じられないことだが、男は右足とアキレス腱の切れた左足でなんとか立ち上がると、

僕の放り投げたメスを拾って切りかかってくる。
おそらく、怒りと痛みにわれを忘れているのだろう。
左目を血で完全に染めながらも、ただ力だけを込めて、技術も計算も無い一撃を唐竹割りに叩

き込んでくる。
十センチ程度のメスが一メートル近い太刀に見えた。
僕は目を瞑り、やがて訪れるであろう死を待った。

―――なんだよ。
―――これでおしまいかよ。
―――ツン、ごめん。助けられなかった。

僕は脳裏にツンの顔を思い描きながらも、死を待った。
だが、それは何時まで待ってもやって来なかった。
代わりに、閉じられた視界の中で金属同士がぶつかる甲高い音が聞こえた。
疑問に思い、目を開けた僕の目に飛び込んできたのは――――

――――ファー付きのコートを着込んだ男の背中だった。




「・・・・・・・・・・・・・・・ッ!!!」

僕はもう驚きと混乱が入り混じって声も出せない。
見れば、黒スーツの男も同じようで、突然の乱入者に絶句している。
乱入者は二人。
一人はファー付きのコートを着た、ファーと同じ色、同じような髪質の城嶋とか言う男よりも暗い感じのする、焼けた肌を持つ茶髪の男。間違いなく、それはラスカとの戦いの前に、僕に忠告をしたあの男だった。
もう一人は、染めたものではなく、自然な色とつやを持った長い金髪の、長身白皙で欧米系の外国人。僕はその長身白皙の男の金髪を見て、なんとなくだが狐の毛並みを連想した。

「なんだ、お前らは。」

男が静かに、しかし驚きを隠せない声色で問いただす。
アキレス腱を噛み切られた痛みと出血からだろう、なんとなく顔が青ざめている。
だが、乱入者達は答えない。
僕はこの隙になんとか起き上がるが、両足に力が入らずにふらつく。
起き上がって、ファー付きコートの男の背から移動すると、黒スーツの振るったメスをコートの男が逆手に構えたナイフで受け止めているのが分かった。
元から逆手に構えるように作られた、内側に反った片刃の鎌のような刃を持ったカランビットナイフだ。
歪曲した柄の先には丸い輪がついていて、そこに人差し指を通して握っている。
柄全体は黒く塗られているが、刃だけがテフロン加工を施されずに銀色の輝きを放っていた。
僕はそれを見て、動物の牙のようだな、と脈絡も無く思った。
コートの男の膂力は、左のアキレス腱をきられたからか、黒スーツの膂力にも引けを取っておらず、拮抗状態となっている。



「なんなんだって聞いてんだよぉぉぉおぉぉぉ、手前等はぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁッッッ!!!!」

答えない乱入者達に痺れを切らせ、男が叫ぶ。
そこになって、やっと乱入者の一人が返事を返した。

「運営。呼ぶのならそう呼ぶと良い。」

どう見ても外国人のような外見の長身白皙の男が、流暢な日本語で答えたのだ。
その表情は、どこか冷めていてつまらなそうだ。
機嫌が悪いのかとも思ったのだが、男の顔からは怒り等の感情は汲み取れない。
おそらく、その退屈そうな表情がデフォルトなのだろう。

「運営?」

黒スーツが思わず単語を繰り返して聞き返す。

「別にただ見てるだけでも良かったんだがね。フサがどうしても手を出したがっていたからな。」

長身白皙の男が無表情に言う。
フサとは、おそらくファー付きコートの男の事だろう。

「おい、おまえ。」

と、此処にきて蚊帳の外風味だった僕に、フサと呼ばれていた男が声をかけていた。
殆ど他人事で、隙を探して倉庫内に入ろうとしていた僕は心臓が止まるかと思うほど驚いた。



「ぼ、僕かお?」
「ああ、おまえだよ。あの女を助けるんだろう?だったらさっさと行け。」

フサが視線だけは黒スーツに向けながらも言った。

「なんでだお?なんで助けてくれるんだお?」
「・・・・・・俺も久しぶりに走りたくなったのさ。」
「は?」
「いいから早く行け。」

なんだかよくは分からないが、ともかくこれはチャンスだ。
僕は軽くフサに対して頭を下げながら、倉庫の入り口へと向かった。
そこで、黒スーツがフサのナイフを押し返して、倉庫の入り口をくぐろうとする僕の背へとメスを突き立てようとする。
が、フサが追いすがって再びカランビットナイフでメスを受け止める。
僕は振り返らずに倉庫の中へと足を踏み入れた。











「そんな足と目で、奴の事を気にしながら俺と戦えると思うか?」

どうにかして中に入っていった内藤へと攻撃を加えようとする日浦に向かって、フサギコが呟いた。
その左手には、何時の間にかカランビットナイフがもう一本出現している。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

日浦は半眼になってフサギコを睨む。
ここまで追い詰めて生け捕りに出来なかった内藤の事は残念だが、
目の前のフサギコはどう見ても、別の事を考えながら戦えるような相手ではない。
万全の状態ならともかく、左のアキレス腱を失った今の日浦では、苦戦しそうだ。

「フサ、逃げるようなら無理に追撃をかけなくてもいいぞ。」

フサギコの後ろに控える長身白皙の男が呟く。
それは事実上、「逃げるようなら見逃してやる」と言ってるようなものだった。
フサはそれに対して頷くと、両手のカランビットナイフを逆手に構える。
両肘と膝を曲げ、重心を低くして両手を腰の辺りまで下げる。
二本のカランビットナイフの刃が、犬の犬歯のように輝いた。





「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

日浦はアキレス腱の切れた左足を前に、右足を後ろにして構えた。
左の視界も血で塞がれているが、その気迫はフサギコに遅れをとっては居ない。
退くつもりは無いようだ。

「あの二人の事は今回は諦めるんだな。女を守ろうって男の邪魔をするなんざ、無粋にも程があるぜ。」

フサギコが、大き目の犬歯をむき出しにしてニヤリと笑う。
が、日浦はその挑発には応じず、静かに構えを取る。
その集中力に、日浦の本気を感じたのだろう、フサギコも顔を真剣なものに変える。

「合図、要るか?」

ここで、長身白皙の男が銃を掲げながら二人に尋ねた。
「ええ」と答えようとしたフサギコは、目の前の日浦の顔が凍りついていることに気づく。
彼の主人の銃は、日浦に向けられていた。

「ちょ・・・」


フサギコが何かを言う前に、男は引き金を引いていた。
”着弾音が鳴ってから”、銃声が響いた。



倉庫の床に転がるツンの体を、僕は丁寧に、壊れ物を扱うかのごとく揺らして起こした。
ツンの目がゆっくりと開かれる。

「・・・・・・・・・・・・内藤?」

僕はこれまで、自分がツンを殺したいのだと思っていた。
ずっと、このまま一緒にいれば、何時かツンを殺してしまうと思っていた。
ツンはまだ現状を把握できていないのか、怪訝そうに僕を見る。
そして、その視線を受けながら僕は思った。
僕は確信した。
僕はツンを本当に殺したがっているという事を。

「内藤、あいつ等は?黒いスーツ着た奴と茶髪の―――」
「ツン、」

状況を把握しようと質問を投げかけてくるツンの言葉を遮るように、僕はツンに呼びかけた。
僕のその真剣な表情に何かを察したのか、ツンはそれ以上問おうとしない。



「ツン、」

もう一度呼びかける。

「何?」

ツンは微笑みながら聞き返した。

「ツン、君を殺したい。」

言った瞬間、世界が止まった。
もう、僕の目にはツンしか見えていない。
僕はゆっくりとツンの心臓にナイフを突き立てた。
疲れ果てて、全身を痛みがさいなんでいたはずだが、不思議と痛みも苦しみも感じなかった。
そして僕は、最早ツンしか見えなくなった世界の中で、ナイフをツンの胸へと押し込んだ。






第十三話・完



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