優勝の余韻覚めやらぬニュー速スタジアム。
毒田の劇的優勝決定サヨナラ打から一夜が明けた。
時刻は午後五時半。10月の風が容赦なく観客に吹きすさぶ。
('A`)「……」
今日はいわゆる消化試合。
試合開始前の応援合戦も昨日ほどの熱気は感じない。
レフトスタンドにはレールウェイズの優勝を信じてチケットを買っていたファン。
ライトスタンドには未だ歓喜でうずうずしているヴィッパーズファン。
両者の激突はなく、今日はのびやかな空気で野球が楽しめそうだ。
('A`)「ふぃー……」
ベンチの中で伸びをする。
昨日多少酒は飲んだが今日には残っていない。
まあそもそもまだビールかけをしていないのだから当たり前だが。
( ´∀`)「まだ試合が残っていますから」
監督の鶴の一声でビールかけは今日行われることになった。
( ゚∀゚)「毒田センパイ」
と、そんなことを考えていると向こうから長岡が歩いてきた。
長岡はヴィッパーズの面々に会釈をし、俺の隣に座る。
('A`)「やめろやめろセンパイなんて。首位打者様からセンパイなんておこがましいよ」
手を大げさに振り回しながら嫌みったらしく長岡に言う。
しかし長岡は気にしていない様子だ。
( ゚∀゚)「そんなこと言わないでくださいよ。センパイはずっとセンパイですから」
('A`)「……へっ」
( ゚∀゚)「それに昨日はすごかったじゃないですか」
('A`)「……別にすごかねーよ」
照れ隠しに帽子を目深に被りなおして対応する。
巷では『天才』と称されている長岡に誉められるのは悪い気はしない。
( ゚∀゚)「ま、これで俺の今年のシーズンは終わりですよ」
('A`)「まだ1試合残ってるだろ?」
疲れたなーと伸びをする長岡に言う。
まだシーズンは終わっていない。今から試合が始まるのだ。
そう言うと長岡はニヤリと笑う。
( ゚∀゚)「いやあ、今日はどうがんばっても主役にはなれませんから」
('A`)「……なるほど」
俺も、納得した。
『お待たせいたしました。
ヴィッパーズ対レールウェイズのスターティングメンバーを発表します。』
聞き慣れたウグイス嬢の声がスタジアムに響く。
観客がいよいよ始まる試合に心を踊らせる。
『レールウェイズ、1番ショート、長岡。背番号7』
長岡の名前に場内が湧く。
しかし今日はどうがんばっても主役にはなれない。
長岡も俺も。
その後もメンバー紹介は滞りなく進む。
そして、今度はヴィッパーズが紹介される番だ。
『ヴィッパーズ、1番セカンド、毒田。背番号37』
ビジターチームにはない、オーロラビジョンを使った派手な演出。
厳ついフォントの文字とともに俺の顔が場内に映し出される。
('A`)
('A`)「俺はもうちょっとキリッとしてると思うんだけどな」
(K‘ー`)(ねーよ)
そして2番川島、3番ガイエルと名前が呼ばれていく。
さあ、次だ。
『4番』
ウグイス嬢のその言葉に、騒がしかった場内がピンと静まる。
その次に呼ばれる名前は誰もがわかっていた。
『ライト』
「おかえり」のプラカードを上げるファン。
イップスに泣き、引退を決意した三冠王。
『諸本。背番号、3』
最強の4番が、428日振りに一軍の4番に返り咲いた瞬間だった。
(´・ω・`)「やっべーやっべ泣きそう」
J( ゚_ゝ゚)し「腹痛か?」
( ・∀・)「……」
俺は実際にはベンチを諸本さんと共にしたことはない。
俺がヴィッパーズに入団した時点で諸本さんはイップスに苦しんでいたからだ。
('A`)「……」
しかし、男1人がいるだけでベンチの雰囲気はこうも変わるのか。
消化試合にも関わらず張り詰めた心地のいい緊張感。
本当に首位を争うときに諸本さんがいたらどんな空気になっていただろう。
それぞれの守備位置につく俺たち。
もはやすっかり慣れたヴィッパーズのセカンドにつく。
と、その瞬間。場内が大音声に包まれた。
「「「もろもと!! もろもと!!」」」
太鼓やラッパに合わせ起こる諸本コール。
ライトの守備についた諸本さんに送られるそれはライトからだけではない。
本来はビジターファン、つまりレールウェイズファンが多いレフトからも送られていた。
('A`)「……すごいですね」
大歓声に負けないように、ショートの茂等さんに囁く。
茂等さんはあまり興味なさげに呟いた。
( ・∀・)「ま、最後の輝きだよな」
その言いぐさに少しムッとする。
('A`)「そんな言い方……」
( ・∀・)「だから」
('A`)「?」
( ・∀・)「飾ってやらんとな」
('A`)「……はい」
諸本さんが手を挙げるとさらに場内が湧く。
やはり諸本さんは愛されているのだな、となんとなく思った。
('A`)「……よし」
自分の仕事であるセカンドの守備に集中する。
勝とう。諸本さんの最後を飾ろう。
しかしやはり引退寸前の男を4番に据えて勝つのは難しい。
諸本は3打席のうち2打席をチャンスで迎える。しかしいずれも三振。
あとの1打席も凡退に倒れる。
(´・ω・`)
しかし、その顔は穏やかだ。
諸本が凡退してベンチに帰るときも暖かい声援に包まれている。
(´・ω・`)
('A`)「……!」
諸本さんが俺の横を通ったとき、確かに見た。
諸本さんの頬が、汗ではない水分で濡れているのを。
123 456 789 RH
RW 000 031 00 47
V 000 100 0 14
RW 大矢‐カイニン
V 鈴木・松田・海崎‐比木
本塁打
8回の裏。
3点ビハインドの攻撃。
ピッチャーは昨日絶好調だったジョーンズだ。
そして、バッターは1番の俺から。
(’e’)「UWA〜」
('A`)「空気読めよ空気読めよ空気読めよ空気読めよ」
思慮の浅いアメ公野郎は真剣勝負を挑んでくる。
160キロも出してくる。まったく、やれやれだ。
(#'A`)「空気読めって言ってるだろうが――!!」
(’e’)「UWA〜」
俺は甘く入ったストレートを振り抜く。
空気を読まないからこんなことになるのだ。
(K‘ー`)「よしっ!」
そして川島が続きノーアウトランナー一塁二塁。
J( ゚_ゝ゚)し「チャンスで決めるのがワシや!!」
ガイエルが三振で迎えるバッターは――4番。
『4番ライト、諸本』
場内が湧く。
三冠王が、三冠王らしい姿を見せてくれることをみんな望んでいるのだ。
ファンも、俺たちも。
(´・ω・`)「まったく……大変な期待だな……」
(’e’)「……」
(´・ω・`)「……ん?」
(’e’)「……」
ジョーンズは右腕を前に突き出している。
握りを諸本に見せているのだ。その握りは――ジョーンズ得意のストレート。
('A`)「……空気読めるんじゃん」
( ゚∀゚)「面白いですねえ」
俺たちもこの時ばかりは一観客として見守る。
諸本さんはあっけにとられた表情をしたが、すぐに凛々しい顔に戻った。
(´・ω・`)「粋なことしてくれるじゃないの」
(’e’)「UWA〜」
ジョーンズが上背だけの独特なフォームで投げる。
真ん中へのストレート。
あくまで真っ向勝負がしたいらしい。
(´・ω・`)「!」
諸本はその球威に思わず見送る。
二軍のピッチャーとは比べものにならないスピード。
諸本はすっかり衰えた自分に、自虐的に笑った。
2球目もストレートを空振り。
追い込まれた。恐らくジョーンズは3球勝負をしてくるだろう。
得意のストレートで。
(´・ω・`)「球種はわかっている……コースもわかっている」
(’e’)「……」
(´・ω・`)「なら、打てないわけないじゃないか」
(’e’)「……UWA〜」
(´・ω・`)「勝負だ」
(’e’)「UWA〜!!」
ジョーンズも、諸本の熱意に答えようと渾身の力で投げる。
恐らく、160キロ台のストレート。
(´・ω・`)「……」
やはり、真ん中のコース。
自分がイップスに悩んだインコースではない。
(#´・ω・`)「っ……おらぁっ!!」
野球人生の全てをこの一振りにこめる。
ボールを、捉える。
――ことは、できなかった。
ボールは乾いた音とともに、キャッチャーのミットに収まった。
(’e’)「……」
ペコリと頭を下げ、諸本に敬意を表するジョーンズ。
それを受けて諸本も深く深く頭を下げる。
(´ーωー`)「……」
自分の現役実質最後の打席。
ジョーンズに、チームメイトに、ファンに、グラウンドに、家族に。
深く深く、頭を下げた。
『5番ファースト、宝』
( ^Д^) 「……」
諸本の後を受け、4番に座った宝。
今日は諸本が帰ってきたため5番だ。
(´・ω・`)「……」
( ^Д^) 「……」
諸本さんがベンチに帰ろうとする。
何か言うべきなのだろうが、言葉が見つからない。
( ^Д^) 「諸本さん……」
(´・ω・`)「わかってるよ」
父親のような優しい言葉。
すれ違いざまに背中をポンと、叩かれる。
自分の誇りの背番号、5。
(´・ω・`)『お前は5番をつけたらどうだ?』
当時頭角を現し始め、球団から一桁背番号を選んでもいいと言われたオフ。
諸本さんに飲みに連れて行ってもらったとき、言われた言葉だ。
( ^Д^) 「……」
(´・ω・`)「……がんばれよ」
そう言ってベンチに帰る諸本。
その背中には背番号3が輝いている。
( ^Д^) 「……ずるいなあ」
ヘルメットを目深に被る。
カクテルライトが、なぜか滲んでいた。
結局、もう諸本さんに打席が回ってくることはなかった。
三冠王の引退試合。
4打数0安打3三振。
往年の諸本とは、程遠い内容だった。
試合表
123 456 789 RH
RW 000 031 001 59
V 000 100 030 46
RW 大矢・ジョーンズ・バルケン‐カイニン
V 鈴木・松田・海崎‐比木
本塁打 宝32
勝 ジョーンズ 2勝7敗1S
S バルケン 1敗35S
負 海崎 1勝4敗
試合が終わったあとのスタジアム。
いつもならファンは我先にと家路を急ぐだろう。
だが、今日は違う。4万人のファンは、未だ帰らない。
('A`)「……」
マウンドとホームベースの間にマイクとステージが用意される。
俺たち選手は誰に言われるでもなくベンチの前に整列した。
(´・ω・`)「……」
諸本さんが気恥ずかしそうにしながらステージに上がる。
ふ、と一息ついて話し始めた。
(´・ω・`)「今日はキィイイィイィイィイィイィン」
ハウリング。
(´・ω・`)「……」
(´・ω・`)「きょキィイィィイイイィイィイィン」
慌てて球団職員の方が飛んでくる。
ひょうきんな諸本にふさわしいとファンは湧いていた。
:(* ∀ ):「ふふふ……」
(;'A`)「……」
ここにも笑いをこらえられていない36歳がいるが。
(´・ω・`)「あー、あー」
諸本がマイクの調子を確認する。
ちゃんと声が出ることを確かめて今度こそ話し始める。
(´・ω・`)「えー、今日はこんな時間まで残っていただいてありがとうございます」
メガホンが音を立てる。
さざ波のような歓声が上がる。
(´・ω・`)「えー、バッターはいバッター方がいいと言いますが」
途端に場内が静まり返る。
しかしこれも諸本さんの代名詞だ。お立ち台でのダジャレ。
三冠王を取った時にはダジャレが追いつかないほどだったらしい。
(´・ω・`)「今日は、威張らずに話をさせていただきたいと思います」
(´・ω・`)「えー、今僕が思っていることを叫びたいと思います」
('A`)「……」
(K‘ー`)「……」
( ^Д^) 「……」
場内が静まり返る。
今この場にいる人間は諸本の一挙一動に集中している。
(´ーωー`)「……」
すうーっと、息を吸い込む。
そして、吐き出した。
(#´・ω・`)「まだまだやりたい!!」
(#´・ω・`)「しかし! 自分の体は!」
( ・∀・)「……」
(#´・ω・`)「プロとして野球をすることを許してくれませんでした!」
('A`)「……」
場内は静まったままだ。
誰もが諸本の叫びを聴き逃すまいとしている。
(´・ω・`)「……」
少しクールダウンする諸本。
しかし諸本の魂の叫びは続く。
(´・ω・`)「……しかし、プロとしてではなく」
J( ゚_ゝ゚)し「……」
(´・ω・`)「一野球人として」
从 ゚∀从「……」
(´・ω・`)「野球の素晴らしさを、未来のプロに伝えるために」
( ФωФ)「……」
(´・ω・`)「……これからも、精進していきたいと思います」
(´・ω・`)「……この球場に来ている、子どもたち!」
从'ー'从「……」
(´・ω・`)「そして、ニュースなどのテレビでこれを見ている、子どもたち!」
( ゚∀゚)「……」
(´・ω・`)「野球は楽しいぞ! 野球って、いいもんだぞ!!」
観客席から、拍手が起こる。
メガホンを使ったものではなく、みんなが自らの手で行う、拍手。
ライトスタンドの片隅から始まったそれは、瞬く間に球場全体を包み込む。
(´・ω・`)「14年間、早いものでした! 共に戦った、チームメイト!」
( ・∀・)「……」
(´・ω・`)「応援してくださった、ファンの方々!」
拍手がまたも球場を包む。
(´・ω・`)「……そして、今日来ている、妻と、娘」
ζ(゚ー゚*ζ「……」
*(‘‘)*「……」
(´・ω・`)「……迷惑かけて、済まなかった」
(´・ω・`)「それでは、老兵はただ消え去るのみと言います。
今まで、ありがとうございました!!」
その瞬間、ライトからもレフトからも、内野席からも一斉に諸本コールが立ち上がった。
ラッパと太鼓で諸本の応援歌が流される。
それを、バックネット裏で聴き、見る怜とヘリカル。
ζ( ー *ζ「……」
*(‘‘)*「パパ……」
その時、ヘリカルは母である怜の異変に気づいた。
自分が見たことのなかった、母の姿。
*(‘‘)*「ママ……」
「泣いてるの?」
両軍の選手が諸本の所に集まる。
ヴィッパーズ・レールウェイズ関係なくその目は1人の偉大な男を送り出さんとしている。
(;´・ω・`)「待て待て、恥ずかしいからいいって」
( ・∀・)「捕らえろガイエル」
J( ゚_ゝ゚)し「イェッサー!!」
そうしてガイエルの肩に担がれる諸本。
胴上げから逃げだそうとするが、これでもう逃げられない。
諸本の体が宙に浮く。
掛け声は、ファンも一緒に出す。
(*'A`)「わっーしょい!!」
(*´・ω・`)「……」
1回。
( ゚∀゚)「わっーしょい!!」
(*´ーωー`)「……」
2回。
( ・∀・)「わっーしょいっと――!!」
(*´ーωー`)「……ありがとう」
3回。
背番号と同じ3回、宙を舞った。
諸本信彦36歳、職業野球。
1人の偉大な男の最後は、偉大な選手たちの胴上げによって締めくくられる。
球場には、いつまでもいつまでも、諸本コールが鳴り響いていた。
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