【エピローグ】
「なぁ、知ってるか?」
「何を?」
男の問いかけに、女は『聞かせて』という意味を込めてそう返した。
女の乗った車いすを押しながら、男は語り始める。
「この街の都市伝説なんだけどな。
不思議な公園の話」
「へぇ、どんなの?」
「何でも、そこには一組の男女しか入れないんだとよ。
んで、出られなくなっちゃう訳だが……無事脱出すると二人には愛が芽生えているとかなんとか」
「ホラーなんだか、ロマンチックなんだか、はっきりしないね」
「……そう言われれば……そうかもなぁ……」
男は淡白な答えに満足いかないのか、やや残念そうに零した。
「でも私は信じるよ、その話」
「お、まじか?」
「きっと、そこにはベンチがあってね、二人はそこで語り合うんだよ!
ここを出てもずっと一緒だよ……なんて言っちゃったりしてさ!」
「お前がそんな妄想するなんて珍しい……暑さで頭がおかしくなったか?」
「……別に良いじゃん、私は、本当にそういうことがあるって知ってるんだもん」
「怒るなよー、冗談だって、俺も信じてる信じてる!」
「絶対嘘だ……」
拗ねた様子を見せる女と、それを調子よくなだめようとする男。
この二人の関係は、こんな風に続いているらしい。
「……あ、ちょっと待って『お兄ちゃん』」
「どうした?」
兄は言われるがまま車椅子を止める。
妹はどこか虚空を見つめたまま、視線を動かそうとしない。
「ここで待っててくれないかな、行きたい所があるんだ」
「俺が一緒じゃダメなのか?」
「うん……どうしても、私一人で行かないと」
あまり我儘を言うタイプではないだったので、妹の発言に兄は少し驚かされた。
何かとても大事なことがある。 そういった風だった。
「わかった……でもすぐ帰ってこいよ?」
「ありがとう! お兄ちゃん!!」
妹はお礼を言うなり精一杯の力で車椅子を漕ぎだした。
心配になった兄は、ずっとその背中を見つめ続ける。
そして、風が吹いた。
目にゴミが入ったらしく、目を擦る。
すると、先までそこにいた筈の妹がいなくなった。
少し周囲を見渡してみるが、どこにも姿は見えない。
不思議に思うも、帰ってくるといった妹を信じ、兄はその場で待つことにしたのだった。
少し車椅子を漕ぐと、そこには公園があった。
どこの道から来たのか、何故か思い出せない。
唯、行き慣れた道であるかのように、すんなりと辿り着くことが出来た。
その場所の名前は美府公園。
目的地には当然、中心にあるベンチ。
病院で目を覚ました時から、ずっと行かなければならないと思っていた。
あれから何か月もリハビリを続けていたため、もう遠い過去のように感じる。
しかし、あの日々を忘れられるはずもなく、今日この場所にやってきた。
ここにいる、一人の男に会う為に。
そして、男はさも当然のようにそこにいて、いつものような朗らかな笑みを浮かべた。
ほっとする気持ちと同時、言葉がどんどんと溢れ出して来た。
「久しぶり……だね」
「久しぶりだお、会いたかったお」
「待ってたかな?」
「今朝、目覚めたら急にここに来れるような気がして、ずっといたんだお。
でもいつも待たせてたから……今度は僕が待っててもいい気がするお」
「私の事、覚えててくれてたんだね」
「当たり前だお、忘れたくても忘れられないって言ったお。
それに、君の事が好きだって気持ちだって、ずっと色あせないお?」
「私も! ……私も、大好きだよ」
「ははは、嬉しいお」
「ジョルジュ……家族とはうまくやれてるかお?」
「うん! お兄ちゃんってば、私に会うなり大泣きしちゃってさ!
自分のせいでごめんごめんって……全然そんなことないのにね。
今なんてシスコンになっちゃって、毎日付きまとわれて困ってるんだから!」
「んー、なんかジョルジュらしいお」
「……ねぇ、違和感ない?」
「うん……こんな対面方式、今までなかったお」
「私達はやっぱり、ね?」
「このベンチで二人、座りながら……だお」
「じゃあさ……」
(*;ー;)「となり……座ってもいいかな?」
( ;ω;)「もちろん……だお」
見上げれば青空、流れる雲に、輝く太陽。
風にざわめく木々が薫る。
真夏に一足早く、じりじりと燃えるような天気の今日は猛暑日。
それはそう、あの夏、あの日、あの時と同じ―――
―――( ^ω^)猛暑のようです
――――おしまい
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