【第25話:全てを知る時】
早朝、夜に冷めた大地が、ようやく温まって来る頃。
内藤は寝不足の体を引き摺り、美府公園へと足を踏み入れた。
それはもちろん少女に会いに来る為である。
普段の彼なら、こんな時間にはまだいないだろうと考えている筈。
だが、今の彼は間違いなく少女がいると確信している。
(*゚ー゚)「や、今日は早いね」
( ^ω^)「……おはようだお、しぃちゃん」
そして、その予想は現実となっていた。
いつもの様に、内藤が来るまでは本を読んでいる。
内藤に気付くと、本を閉じて嬉しそうに笑顔で語りかけてくる。
その様子を日頃楽しみにしていたのに、今日はそうならないで欲しいと心の底から願っていた。
それでも、少女はまるで変わらぬ笑顔を内藤に向けるのだ。
いつも、いつだって変わらない、その笑顔を。
(*゚ー゚)「ちょっとお疲れ気味?」
( ^ω^)「うん……昨日は中々寝れなくて」
(*゚ー゚)「へっへー、実は私も胸がドキドキして眠れなかったんだー」
( ^ω^)「しぃちゃんも、かお?」
(*゚ー゚)「そだよー、だって、ねぇ?」
そこまで聞いて内藤はようやく思い出した。
昨日、自分がしぃに告白をしたという事を。
少女の緩みきった頬や、浮かれた態度が心苦しかった。
間違いなく昨日の自分達は幸福で、本来なら今はその幸せに浸かっているはずなのだ。
だというのに、内藤の心は嵐が過ぎ去った後の様に荒れていた。
幸せな気持ちなんて、根こそぎ吹き飛ばされていってしまっていたのだ。
(*゚ー゚)「……ねぇ、本当に辛そうだけど大丈夫? 一回家に帰った方が良いんじゃ」
( ^ω^)「―――しぃちゃん、僕は昨日色々な事を考えたんだお」
少女の言葉を遮るように言った。
あえて視線は合わせず、強く言葉を吐き出した。
しぃもまた、内藤の様子が自分の考えとは違う異変を持っている事に気付いた。
は、花束さんが見れない……だと……。
まじごめんなさい、もしかしたら伏線抜けとか出るかもしれません。
( ^ω^)「嘘だって思いたかったんだお、そんなことがあり得る筈ないんだって。
でも、もしかしたらって気持ちが膨らんで、そうなんじゃないかって疑念で一杯になって。
どうしようもなくなって……気付いたら朝になってたお」
(*゚ー゚)「……どうしたの、やっぱり変―――」
( ^ω^)「聞きたいことがあるんだお、どうしても、君の口から、直接。
しぃちゃんは何で、この場所にいるんだお?」
(*゚ー゚)「何でって……それは、この場所が好きで、ブーン君が来てくれるからで……」
困ったような表情を浮かべて答えを返す少女の瞳が、今の内藤には痛く感じた。
不快な思いを与えているのは確かで、それでも問いを重ねることを止めるのは出来ない。
真実を知ると、決めてしまったから。
( ^ω^)「しぃちゃんはいつだって、ここにいたお、僕が来たときには必ずいたお。
そして、僕が来てない時だって、いつもここにいた筈なんだお」
(*゚ー゚)「…………」
そこまで言われて、ようやくしぃは内藤の言いたいことの全容を把握した。
この先紡がれる言葉が、二人の関係を破壊することまで、それを知っていて尚語ろうとする内藤の決意も、全て。
( ^ω^)「でも、それはおかしいんだお。
だってしぃちゃんは、しぃちゃんは……」
このまま何も知らない振りをして過ごすのが良いのではないかという考えはもちろんあった。
真実に目を覆ったまましぃと接していくのも、一つの選択肢ではあった。
そうしたのならば、とても幸せな日常を手に入れられたことだろう。
正確な返事は未だ貰っていないものの、思いが通じ合っているのはつい先日確認したばかりで、
これからより一層厚みを増した幸せに包まれて、その内永遠の愛を誓うという妄想も膨らんでいた。
しかし、それが本当に幸せなのかに疑問を抱いてしまった。
見たくないものに蓋をして、真実に逃げて脅えて暮らすのが正しいとは思えなくなった。
更に言うのであれば、その様な状態で、しぃを真剣に愛せる自信が無くなってしまった。
だから、真実を知り、かつ乗り越えるという道を内藤は選んだ。
正確に言うならば、それ以外の道では、自身が正常でいられなくなるので、選ばざるを得なかった。
その道へ、もう引き返せないその道へと、踏み込むため、今一度呼吸を整える。
( ^ω^)「有り得ないんだお。
しぃちゃんは……『ジョルジュの妹』のしぃちゃんは……。
一年前にトラックに撥ねられて……そのまま……」
そして、枯れそうな声だったとしても、言い上げた。
迷いを断ち切るように、決別の意味合いを持つともとれる言葉を吐きだした。
吹き抜けた風。
木々がざわついていた。
(*゚ー゚)「……なんだ、ばれちゃったんだ」
( ^ω^)「じゃあ、やっぱり」
(*゚ー゚)「そうだよ、私はお兄ちゃん、長岡ジョルジュの妹。
普通ならこんなこと言っても信じてもらえないけど、ブーン君は違うんだね」
( ^ω^)「……うん、だってしぃちゃんは、あまりにも……」
(*゚ー゚)「おかしいって? 普通の人間っぽくないって?
それはそうだよね、いつもどんな時でもこの場所に居続けるなんて、普通は出来ないもんね」
『普通』を強調するのは、自身が異常であると理解してるからなのだろう。
強がりか、開き直りか、何にせよ無理をしているのは確かだった。
(*゚ー゚)「私が事故に遭ったっていうのは知ってるんだ?」
( ^ω^)「……うん」
(*゚ー゚)「それを知ってるなら話は早いね、私はさ、気がついたらここにいたんだ」
笑みを浮かべて、悪戯めいて話す姿は、いつもと変わりなかった。
ただ、心の持ちようからか、どうにも違って見えてしまう。
(*゚ー゚)「なんとなくだけどね、ああ、死んじゃったのかなーって思ったんだ。
思い出せるのはトラックが目の前に迫ってきたとこまでだしさ。
でも、こんなに普通なら生きてるのとは何にも変わらないと思うでしょ?」
(*゚ー゚)「でも違った、私の体は結局普通じゃなかった。
この公園から出られないんだ、入口まで行って、気付くと何故かここにいる。
逃げられない、私はこのベンチに囚われた」
それは絶望の日々だったというのが、表情から見て取れた。
どこか影を感じ、言葉も重い。
(*゚ー゚)「そんな時、ブーン君が現れた。
嬉しかったなぁ、だってこの場所には誰も来てくれないんだもん。
話し相手になってくれて、これからも来てくれる約束をしてくれて……あはは、救われたっていうのかな」
( ^ω^)「…………」
(*゚ー゚)「ねぇブーン君、私のことが好きなんだよね?」
(;^ω^)「えっ、あっ、それは、その……」
返答に困った。
内藤が好きだったのは、あくまで少し変わりものだけど、平凡な女子高生であるしぃなのである。
幽霊の類に近いような、人外の存在を愛してると言うには、少し戸惑いがあった。
しかし、それでも―――
( ^ω^)「―――うん、僕はしぃちゃんのことが大好きだお」
この気持ちは嘘じゃない。
例え何があろうとも、絶対に曲がらない想いだったのだ。
それを聞いて、しぃは本当に嬉しそうに微笑んだ。
(*゚ー゚)「じゃあ、ずっと一緒にいれくれるよね?」
そして、強く、華奢な腕からは考えられない程の力で内藤の腕を掴んだ。
思わず振りほどくと、逃がさないとでも言わんばかりに、またぎゅうと掴まれる。
(*゚ー゚)「なんで逃げるの? ずっとずっと、ここで一緒にいようよ?
私のことが好きなんだよね? それなら他の所に行こうだなんて考えないよね?
……ねぇ、ブーン君?」
(;^ω^)「ぼ、僕は……」
やはり違うのだろうか。
内藤の知っているしぃと、今全てを曝け出したしぃは違う存在なのだろうか。
そんな迷いが生まれた。
圧迫された腕は感覚を失っていき、鈍い痺れが走り始めている。
ほんの僅かに恐怖を感じたのだって、嘘ではない。
(;^ω^)「す、少しだけ考えさせてほしいお!」
(*゚ー゚)「んー?」
(;^ω^)「ずっと一緒にいたいのは山々だけど……色々けじめをつけないといけないことがあるんだお!
だから、ちょっと考えさせてほしいというか……」
(*゚ー゚)「しょうがないなぁ、ブーン君はちょっと情けない所があるもんね。
……良いよ、少しだけ、少しだけだよ? 考える時間をあげる」
( ^ω^)「……ありがとうだお」
しぃの手が離れ、ようやく自由を取り戻す。
笑顔を絶やさない少女が、どこか不気味に思えた。
内藤は、一先ず水飲み場まで行くことにした。
それは、公園の敷地内で最もベンチに離れた場所に位置しているからである。
少しでも遠くに行きたかった。 しかし、公園からは出られないような、そんな気がしていた。
水を補給しながら、心を落ち着かせる。
本当は、自分の中で結論はついていた。
どうすればいいのかだなんて、そんなもの答えは一つしかない。
ただ言えることは、思った以上に自信がしぃを愛しすぎていたことだった。
ずっと一緒にいたいという、どこか狂気に満ちた言葉を、肯定したい想いがあった。
しかし、それでは幸せにはなれない。
しぃを救う方法は、もっと別の、正しいものがある。
視線を感じる。
まるで監視しているかのように、しぃは内藤を見続けているのだろう。
きっと、それは不安だったからなのだ。
こんな場所で、一人っきりで居続けて、脅える気持ちが少しだけ異変をもたらした。
( ^ω^)「……もう大丈夫だお、しぃちゃん」
そう呟いて、元いたベンチへと歩き出した。
【第25話:おしまい】
【最終話:夏の終わり】
(*゚ー゚)「えへへ、もうずーっと放さないからね……」
腕をからませ、首を内藤の肩に乗せるしぃ。
傍から見ればむつまじい恋人なのだが、実際はそうもいかない。
( ^ω^)「しぃちゃん、僕もずっと一緒に居たいお」
(*゚ー゚)「そうだよね!
だって、ブーン君は私が好きだし、だから――」
( ^ω^)「――でも、そうはいかないんだお」
(*゚ー゚)「……どうして?」
不思議そうに、そしてあからさまに不機嫌だという口調でしぃは返した。
それでも内藤は淡々と言葉を紡ぐ。
( ^ω^)「君は、生きてるんだお」
(*゚ー゚)「……え?」
( ^ω^)「病院で、昏睡状態のまま目を覚まさないでいる。
トラックで轢かれたけど、本当は死んでなんていなかったんだお」
(*゚ー゚)「…………」
( ^ω^)「体の方は、もう大分前に完治してるってジョルジュが言ってたお。
後は意識を取り戻せれば良いんだけど……何故だか原因不明の仮死状態に陥っている」
( ^ω^)「きっと、それは……君の魂がここにいるからだと思うんだお。
戻りたいと願えば、もしかしたら戻れるんじゃないかって……僕はそう思うお」
(*゚ー゚)「……ふぅん」
反応は、内藤が思っていた以上に小さなものだった。
驚きのあまり、といった訳でもなく、唯単に興味がないというような。
( ^ω^)「……元の体に戻りたくないのかお?」
(*゚ー゚)「少しはね、そう思うかな」
( ^ω^)「……少し?」
(*゚ー゚)「だって、元に戻ったら……」
( ^ω^)「何か、困ることでもあるのかお_?」
(*゚ー゚)「……私はさ、自分の体に戻ったとして……ブーン君のことを忘れちゃったりしないかな?」
( ^ω^)「あ……」
(*゚ー゚)「こんな有り得ないはずの体験をして、その記憶が残るだなんて確証は持てないよね?
ううん、それどころか記憶が無くなっちゃう可能性の方が高い。
もっと言うなら、今私が見ているのは全部夢なのかもしれないよね?」
(;^ω^)「ぼ、僕は夢なんかじゃ……」
(*゚ー゚)「ブーン君がそう言ったって、それが本当だって証拠がある訳じゃない。
嘘じゃないって信じたい心が見せた、幻の言葉なのかもしれないんだもん」
(;^ω^)「で、でも、ジョルジュは! 家族だって心配してるし……!!」
(*゚ー゚)「私は酷い子なんだよ、家族のことよりも自分のことを優先したいんだ。
ブーン君のこと、忘れたくないよ、離れたくないよ、どうすればいいの?」
その思いつめた表情と、大きな想いの乗せられた言葉を、誰に否定することが出来るだろうか。
ましてや、自分を好いているからこその問題なのだ。
内藤には、とても答えが出せそうにはなかった。
(*゚ー゚)「……本当はね、ちょっと前から本当の自分が生きてるって気が付いてたんだ」
( ^ω^)「……え?」
(*゚ー゚)「目を閉じると、誰かが呼んでいる気がするの。
それはきっと本当の私、体が戻ってきてほしいって呼んでるんだ、ふらふらしてるこの私を」
(*゚ー゚)「でも聞こえない振りをしていた。
今が楽しくて、幸せで……このままでいたいなぁって思っちゃった。
それこそ、元の生活に戻るのが嫌なくらい」
(*゚ー゚)「ねぇ、ブーン君、告白の返事だけど、やっぱり私は貴方が好き。
もしも好きって言ってくれた時の気持ちが変わってないなら、私と一緒にいよう?
この公園の、このベンチでずっとずっと……ね?」
ふと、今存在している場所が、現実ではないような錯覚にとらわれた。
いや実際そうなのかもしれない。 この返事次第ではもう戻れなくなるのだろう。
深く、後悔しないように考える。
答えを出すのは難しい。
だが、今出来る事は為さなければならない。
彼女の想いを否定はしない。
自分の気持ちに嘘はつかない。
唯、自分出来ることだけを考えた結果がこれだった。
( ^ω^)「しぃちゃん、大好きだお」
(*゚ー゚)「え?―――」
何か、言おうとしたしぃの口を塞いだ。
自身の唇を使った―――口付けで。
(*゚ー゚)「……えと」
( ^ω^)「しぃちゃん、僕はここにいるお。
確かに存在しているし、夢なんかじゃないんだお。
このキスが、温もりがその為の証明になると思うんだお」
(*゚ー゚)「…………」
( ^ω^)「それに、例え君が僕を忘れてしまったとしても、僕は君を覚えているお。
いや二人が互いを忘れてしまったとしても、きっと僕たちは愛し合うんだお。
ここに二人でいることが、運命なんだから」
支離滅裂な言葉になったって構わなかった。
しぃを不安にさせたくない。 しぃに信じてほしい。
それだけを考えて、それだけの為に今ここに存在している気がしていた。
(* ー )「随分、変なこと言うんだね……」
( ^ω^)「そうかお?」
(* ー )「そうだよ、そうなれば良いって希望を全部連ねてるだけじゃん……」
でも、としぃは続けた。
(*;ー:)「本当に…本当にそうなれば良いよね……」
( ^ω^)「……お!」
(*;ー:)「運命なんてさ、良く分かんないけど……。
ブーン君と一緒になるのが運命だって言うなら、信じてもいいよね……」
( ^ω^)「もちろんだお!」
(*;ー:)「絶対、絶対私のこと忘れないでね?」
( ^ω^)「忘れたくても、忘れらんないお」
(*;ー:)「また会ったら、その時も好きだって言ってね?」
( ^ω^)「しぃちゃんも言ってくれると嬉しいお」
(*;ー:)「アイスも奢ってね?」
( ^ω^)「何でも買ってあげるお!」
(*;ー:)「……ずっとずっと一緒に居てね?」
( ^ω^)「ずっとずっと……ずっーーーーと一緒だお!」
(*;ー:)「……ありがとう、私なんだか頑張れる気がする」
( ^ω^)「大丈夫だお、しぃちゃんは僕よりずっと良い子だから」
(*;ー:)「だよね、ブーン君頼りないもんね」
(;^ω^)「う……人にそう言われるとちょっぴり傷ついたり」
(*;ー:)「でも……優しくて、頑張る時は頑張れて、面白くて……。
ちょっぴりドジで、一緒にいると楽しくて、幸せな気分になれて……。
私はそんなブーン君が大好きだったから、これはホントの本当だから」
( ^ω^)「うん……」
しぃは、こぼれおちる涙を腕で拭った。
それでも涙は溢れ出てきたけど、流れる前に、顔をこちらに向けて。
『絶対、また会おうね!
―――約束だよ!!』
今までで一番の笑顔を見せてくれた。
可愛くて、愛しい少女の、最高の贈り物だった。
( ^ω^)「……お?」
そこはいつも美府公園に行く前に通うコンビニの前だった。
何故、こんなところにいるのか見当もつかない。
呆然と立ちすくむ。
暫くそうした後、ようやく記憶が戻ってくる。
少女の――泣きながら笑うしぃの姿が脳裏に浮かんだ。
(;^ω^)「しぃちゃん!」
叫び、公園に向かおうとする。
しかし、何故だか道がわからなかった。
というより、今までどうやってあの場所へ行っていたのかが思い出せない。
細道を使用していた気がしたが、そこに道などはなく、見覚えのない雑貨屋が存在していた。
その時、一陣の風が通り抜ける。
暑さも一瞬で掻き消され、身震いが体に訪れた。
秋の訪れを予感させる。
夏はどこかへと消え去る前に異変を残していく。
まるで少女が夏に攫われたかのようだった。
【最終話:おしまい】
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