从'ー'从 オトナの階段を上るようです(-_-)3日目-1








僕は今から何かを書かされようとしているおそれが何であるかはわからないおなぜなら僕の頭の中にあるわけでなく
それはどこからとも無く流れ込み直接僕の手を動かそうとしているのだからそれは即ち

彼は自室のデスクチェアに仕事で困憊した身体を委ねている。
室内は適度に整頓され、そもそも装飾物と呼べるものはほとんど置かれていない。
目立つものといえばノートパソコンの置かれたデスクと天井まで届いている本棚、それにベッドぐらいである。
それはすなわち彼が多趣味ではないということを示し、
あるいはその趣味が本棚やパソコンの中で完結されることを証明している。

日付が変わろうとしている。変わった。
さっさと寝ればよいものを、彼はのろのろと手を伸ばし、パソコンの電源を入れる。
ジリジリと小さな音を立てて起動。
ウェブブラウザを立ち上げて、お気に入りのサイトをチェックする。
それは彼の日課であり、どうしても外せない行事の一つである。彼はそのサイトの古参であった。
飾り気のないシンプルなトップページに、一つの企画が立ち上がっていることが表示されていた。

『大人向けの作品を書いてみませんか?』

そこは素人たちが寄り合って小説を披露し、互いに批評するというスタイルを取ったサイトであり、
時折こうして企画が持ち上がる。
とあるジャンルの小説を一斉に書き、特に優劣を付けるわけでもなく自己満足に終始するという、
極めて保守的、平和的なイベントであった。
今回は大人向けの作品。
エロチック、アダルティ、フロイト的、表現方法は数あれ、要は官能小説、ポルノを書けと言うことだ。

ちなみにこの企画は、かのオトナ合作とは何の関係もなく、
当然ながら彼が参加しようとしている企画の作品には、
アルファベット二十三番目の文字の連続や、記号を組み合わせることによって形成された顔文字、
それを拡張し、何行にもわたって表現するアスキー・アートの類は使用されない。



しょぼしょぼする目を出来る限り見開いて、彼は参加要項をざっと眺める。
特に制約はなく、これまでどおり自由に書けばよいであろうという主旨の文言が記されている。
彼はほとんど悩むことなく、参加を表明する内容を掲示板に書き込んだ。

いよいよ眠気が極致に至り、これ以上続けていては死んでしまうと悟り、
彼は早々にブラウザを閉じて眠りにつこうとした。
そこではたと気付く。果たして自分にアダルト作品が書けるのだろうか。
一瞬、彼は遠い目をした。
そのとき彼が、離れた部屋ですやすやと休んで居るであろう妻の姿を見たのか、
或いはもっと別の深淵を見ていたのかは、彼一人だけが知るところであり、
我々には到底知ることの出来ない物事なのである。

さんざ行動主を『彼』と表現していることにさしたる意味はない。
ましてや高尚な叙述トリックが含まれているわけでもない。
ただ単純に、名前や顔を出すよりも『彼』のと表記する方がかっこいいんじゃないかなあという意図のみであり、
更に言えば、このあたりまでが一般的にプロローグと呼ばれる文章だからである。
つまり、次にはタイトルコールがなされて、その次からようやく本編がスタートするのだ。

しっかり読んでくれた方には申し訳ないが、
ここまではほとんど意味を為さない、自慰的文章の羅列に過ぎない。


     『( ^ω^)ブーンのようです





妻が身体を求めてきて止まない。

この一文を見たときにどれほどの男共が羨み、嫉妬し、現実に絶望するかなどは、大方予想がつく。
ひねくれ者ならばならば或いは、

「とんでもない醜女で……」
「リアルホルスタインで……」

などと邪推するのかもしれないが、それは間違いであると断言できる。
なぜならばここで切ない気持ちを抑えきれずにいるのはとんでもない美人、
特殊な性的嗜好を持つ人間をのぞきほぼ全員が「美しい」と太鼓判を押すような美人なのである。

スタイルがよく、出るべきところは出ている。
特にスマートでそのくせ肉感のある脚を眺めていたら、唾液腺が枯れてしまうこと必至だ。
背があまり高くないためか、どこか愛玩動物的な可愛らしさも漂わせていた。
常に地味な服装に終始しているが、それはむしろ彼女そのものの美貌と調和し、
魅力を倍増させるに他ならない。

彼女の名前はしぃと言う。ついこの間二十四になったばかりの女盛り。
最早某巨大掲示板の人間すらも文句の付けるべき場所が見あたらないであろう、
沈魚落雁の女性なのである。

さて、それほどの美人をないがしろにしている不逞の輩の名はモララー。
歳のほどは三十半ば。まだまだ男として終わってしまうには早すぎる齢。
大体、年下の女性を貰っておいて不能になるなど誰も許さない。
ただでさえしぃは、夫のために家庭を守るという、最近の馬鹿女とは距離を置いた宝石のような妻であるというのに。

彼が彼女の求めに応じないのには一つ、特殊としか言いようのない理由があるのだ。
そんな彼は今日も行きつけの居酒屋【浪漫S区】の暖簾をくぐる。
夜の帳が降りてすぐの頃合いであった。下弦の月が宵の街を照らす。


小綺麗な店内をざっと眺望して、モララーはすでに飲み始めている友人を発見した。
相手も気付いたらしく「おう」と片手を挙げてモララーを隣席へと呼び寄せた。
モララーは狭い通路をすり抜けて辿り着く。
座りながら彼は店の主人に、なれた調子で日本酒を注文した。

('A`)「よう、久しぶりだなあ」

友人――ドクオからそんな言葉をかけられる。
しかしモララーのキオクが正しければ、昨日もこの時間にドクオと会い、
同じように酒を飲んでいた。一昨日も、一昨昨日も。
ゆえに無視して、出された酒を軽く呷った。
しばらくして、ドクオが「つれねえなあ」とどこか情けない声を出す。
吐く息が酒臭い。もう随分飲んでいるようだった。

('A`)「で、どうよ。最近は」

( ・∀・)「相変わらずだ。何も変わらん」

平淡な調子でモララーは答える。実際その通りであった。
社会人であるがゆえ、サラリーマンであるがゆえ、モララーはある一定以上の達成感や苦痛、
あらゆる喜怒哀楽を味わうことが出来ない。
今になって、学生時代が如何に非日常に富んでいたのかがしみじみと実感できるのだ。
かといって、今更中世の騎士に憧れるわけでもなく、ただ日常を甘受するだけで精一杯の
肉体や精神に進化(もしくは退化)したのである。



しかし、それらはどうやらドクオの求めていた答えとは若干の差異があるようだ。
彼は首を振りながら大きなげっぷをした。

('A`)「まあいいや。あっちのほうはどうなんだよ」

( ・∀・)「あっち……とは?」

モララーが訝しげな表情を作って尋ねる。
だがドクオは「あっちだよ、あっち」と代名詞でばかりしか示さない。
それがつまり下の話であることは現実でも読み物の中でも変わることはない。
話し手が加齢臭漂う三十代とあっては尚更だ。
モララーは一つ溜息をついた。

( ・∀・)「変わらんよ」

('A`)「なんだぁ、つまんねえの。
    いつになったらお前の童貞喪失ストーリーが聞けるんだ」

( ・∀・)「諦めてしまえ」

吐き捨てるようにそう言って、今度は主人に向かって「いつもの」と少し声を張り上げた。
話をぶつ切りされたと感じたらしく、ドクオは何やらブツブツと不満らしき文言を漏らしているが、
そんな雑音をモララーは完全にシャットアウトすることにした。
このようなやり取りにうんざりするのも何度目であろうか。おそらく二桁では済まない。



ドクオもモララーと同じく三十代そこそこの、ごく普通の会社員であるのだが、
彼の場合はそもそも妻をもらってすらいないのだ。
まずは自分の身を案じろと言いたくなるが、話題を元に戻すのはモララーの本望ではない。

やがて運ばれてきた料理を箸でつつきながら、二人は中身が無い話に興じることにした。
しかしこれも毎日のイベントであるから、話のタネが尽きてしまうのも早い。

自分の身の上に何も起こらない以上、話題は政治や芸能といった世俗的なものに限られてくるし、
赤の他人の話ばかりしていて面白いはずもない。
巡り巡って、必然的に元の場所へと帰着する。

('A`)「でもなあ、あんまりほっておくとよくないぜ」

( ・∀・)「何の話だ」

('A`)「おめえの嫁さんの話に決まってるだろうが」

またその話か。しかも決まっているのか。
酔いが回ってきたせいか、咄嗟に方向転換できるような言葉が思いつかず、
モララーはぐびりと喉を鳴らして酒を飲んだだけだった。

('A`)「実際、どうすんだよ、浮気とかされたらよお」




( ・∀・)「まさか」

口では否定する。
心の中では、ずっと以前からその可能性について頭を悩ませてきた。
だがそもそも言い寄ってきたのは妻、つまりしぃの方である。
そしてモララーは結婚に際して、性行為に関しては一切行わないことをはっきりと宣言した。
しぃもそれを受け入れたはずである。

そんな諸々の理由から、いやあ浮気などありえないよ、と心の中で決めつけていた。
思いこんでいるだけ、自己防衛しているだけなのかも知れないが。

('A`)「女てぇのはなぁ、結婚するとびっくりするぐれえ変わるんだよお。
    自分の過去の発言なんて知らんふりするぜえ。
    いつ他の男にすり寄っていくかわかったもんじゃねえぞお」

完全に酔っぱらってしまっているのか、彼は次第に語気を強めた。

( ・∀・)「結婚したこともないお前に何がわかるっていうんだ」

('A`)「結婚したことのない俺でもわかるほどの常識ってことさあ。
   なあ、いいのかよお、お前の嫁さんがどこの誰ともわからねえ男に
   犯されんだぜえ。あんな、とびっきりの美人がさあ」



言っている途中から何やら感極まってきたようだ。
ついにドクオは椅子を蹴飛ばして立ち上がり、酒の入ったコップを片手に泣きながら叫びはじめた。

(;A;)「俺もあんな嫁さんが欲しかったなあ、俺もあんな嫁さんが欲しかったなあ!」

店員が慌てて飛んできて、ドクオを押さえようとする。
「うるせえぞ!」と近くにいた五十前後の男が負けない大音量で怒鳴った。
そんなやり取りを横目に、モララーはもう一杯日本酒を注文した。

(;A;)「俺もあんな嫁さんが欲しかったなあ、俺もあんな嫁さんが欲しかったなあ!」

とうとうドクオが数人の店員に取り押さえられ、店の外へ連れ出されていく。
モララーは、出された酒を一気に飲み干した。
強烈な既視感に、耐えられなかったとでも言えばいいのだろうか。

不意にモララーの目に映る景色がぐにゃりと歪んだ。
あらゆる風景が、人物が、そして自分の姿形、精神までも捻れて輪郭を不鮮明にしていく。
ついにはこの世界観さえ、      が消失し、  していく。
    書き手の          と    単なこ だ。
つまり    観の構築材料            飛ば        ある。
その        転が           そし          までに幾許かの時間を要した。



( `ハ´)「兄さん兄さんちょと待つある」

不意にぎこちない日本語が聞こえ、モララーは吃驚して左を向いた。
ビルとビルの狭間にある細く、薄暗い路地に彼は立っていた。
いつの間にこんなところへ来てしまったのだろう。彼は考える。

答えはでなかった。記憶に霞がかかっており、直前のことにだけ遡ることができないのである。
目の前で、一人の男が小汚い筵を敷いて露店を開いている。
筵の上にはいくつかの紙袋が置かれており、それ以外には何もない。

( `ハ´)「これ全部漢方ね。あんた、見たところ身体悪そうよ。
     一つどうかね」

胡座をかいている男が一つの何も書かれていない紙袋を取ってモララーに差し出した。
モララーは直立したまま紙袋を見つめる。男の、割と細い腕を見つめる。
それらは現実なのだろうか。やがてモララーは首を振った。

( ・∀・)「悪いが、自分ではどこも悪くないと信じているんでね。
      薬の世話にはならないよ」



( `ハ´)「あんたもうすぐこの薬の世話なる。それ間違いないことよ、そう決まてるね。
     だから、いまのうち買ておいても損ないね」

男は自信ありげにそう語った。まるで未来を見通しているかのように、
モララーの行き先を知っているかのように、その言葉に揺らぎは無かった。
苦い唾液が顎下腺から噴出して、モララーは慌ててそれを飲み込んだ。

( ・∀・)「……いらん」

( `ハ´)「そか」

モララーが拒否を示しても、男は笑顔を崩さなかった。
紙袋を筵の上に置いて、彼は言った。

( `ハ´)「でもあなた、またここくるね。その時きっと、ワタシの薬買うよ」

モララーは逃げるようにして露店に背を向けた。
早歩きで路地を抜け出す。溢れんばかりの光が彼を包んだ。
見慣れた風景。夜を知らない繁華街。【浪漫S区】から目と鼻の先の地点。
彼は慌てて振り返った。男はいなくなっていた。

モララーは頭を二、三度左右に激しく振った。
どうやら随分と酔っており、そのせいで幻視が起きてしまったようだ。
彼はそう信じた。そう信じざるをえず、彼は焦燥に駆られるままに帰宅することにした。



【浪漫S区】から自宅のあるマンションまでは徒歩で十分ほどの距離だ。
帰宅の途でモララーが考えることといえばやはりドクオが呪詛の如く口走っていたこと。
まさかあのしぃがいやいやそんなことがあるはずもないそうだそのとおりだおれはただしいぞうん。
そんな考えは彼の足を無闇に早く回転させ、階段を駆け上がって扉の前まで辿り着いたときには、
彼の息はすっかり上がってしまっていた。

そのとき、彼は不思議な声を、自分の家の中から聞いたのである。子供の声だった。
その奇声ともとれるハスキーボイスが鼓膜を震わせた瞬間、
モララーは勢いよく扉を開き、そして叫んだ。

(;・∀・)「※☆△▼○◎※★!!?」

どのような台詞であるか、誰にもわからない。
その声に驚いて彼の妻が慌てて出てきたのは紛れもない事実であるが。

(*;゚ー゚)「どうしたの、どうしたの? そんな大きな声を出して」

(;・∀・)「いいいいい今、今、こ、ここ子供の声、声がしたぞ!」

酔いと混乱のせいで上手く呂律が回らない。
ただものすごい剣幕であることは理解でき、それは妻をもたじろがせた。
しぃがただただ呆気に取られていると、居間の方からその声を発した張本人が駆け寄ってきたのだ。



(・∀ ・)「どーしたのー?」

背丈から判断するに、幼稚園児ぐらいだろうか。
至近距離まで接近し、汗だくのモララーをしっかりと見上げてくる。
その無垢な双眸に囚われたとき、モララーはいよいよ癲狂し、
来るなとばかりに両手を激しく振って後ずさった。

(*゚ー゚)「どうしたのよ、一体」

しぃが酒の臭いに顔をしかめ、呆れかえった視線をこちらモララーに向けている。
単純に飲んだくれておかしくなったのだろうと思っているようだ。
扉にピタリと背中をくっつけ、崩れそうな足で何とか踏ん張りながら、
モララーはふるえる指をきょとんとしている子供に向けた。

(;・∀・)「なななな、な、なんでこ、子供が、こ、ここにいるんだ」

(*゚ー゚)「え、なんでって……」

(;・∀・)「だ、誰の子だ!」



その頃になると、子供もモララーの異常な雰囲気を察したらしく、
泣き出しそうな表情になりながら、退いてしぃの脚にしがみついた。
「誰の子だ、誰の子だ!」なおもモララーは叫び続ける。
しぃの彼を見る目は完全にキチガイを見るそれになっていた。

(*゚ー゚)「落ち着いて、落ち着いて、あなたも知ってるでしょう?」

(;・∀・)「し、しし知らんぞ、お、おれはそんな、そんな子供のことなんか……」

(*゚ー゚)「知ってるはずよ。私の甥っ子だもの」

にべもなく彼女はそう答えた。
モララーは一瞬顔を組織する全ての器官を中心へ寄せ集めるようにして顔を歪め、
昇天するような、朧気な息を吐いた。それから慌てて頭の引き出しをかき回した。
その子供に関する記憶はあっさりと見つかった。
確か……名前はまたんき。苗字は斉藤、それはしぃの旧姓である。
何度となく会っているではないか。
結婚式の時にも、それ以降も何度も何度も何度も何度も。

(*゚ー゚)「預かっておいてくれって姉さんに頼まれたのよ。
     もうすぐ帰ってくると思うけど」

涙目になっている子供に向かってモララーは柔和な笑みを浮かべた。
表情筋が、メキメキと音を立てているような錯覚を感じた。



それからすぐ、モララーの義姉にあたるしぃの姉が、子供を引き取りにやってきた。
どうでもいいことであるがこの姉、かなりインパクトの強い顔面を持っている。

鼻は曲がり、目はくぼみ、そもそも顔全体が緩やかなカーブを描いている。
アスキー・アートで表すならば川*゚;ё;゚*)←こんなのである。
魔界のモンスターと言われてもなるほどそれはそうだろうなと納得できるレベルだ。

本当に姉妹かと思えるほどに醜悪であるのだが、
しぃによればそれは昔、凄惨ないじめにあって顔が変わるほど蹴られ殴られ火で炙られした故だそうだ。
真相は定かでないし、そもそもこの事実は本編と何ら関わりを持たない。
だが谷佳知と同じ人種がこの地球上には存在するのだという事実には驚愕を隠しきれないので一応記載しておく。

二人きりになり、重たい闃寂が降りかかった。
沈黙の中で二人は別々に風呂に入り、対面しつつ沈黙したまま食事を取った。
冷え込んでいるんだな、とモララーはそのとき初めて感じた。
性行為という多種ある夫婦間の交流のうちの一つが欠けているだけでこうも溝が出来てしまうものなのだろうか。

モララーが性交渉を良しとしない理由はただ一つで、単に汚らわしいと思っているからである。
人伝の話を聞いていると、それが快感を得る行為、もしくは生物の本能が為せる業とはとても思えないのだ。
ゆえに彼は自慰行為に及ぶことすらほとんどない。
思春期の頃に感じていたモヤモヤ感も三十半ばともなればすっかり順応してしまい、最近は淫夢を見ることも稀だ。

しかしそんな自分の我が儘が、今の倦怠期を作り出してしまったのである。
最近ではもうすっかり諦めてしまったらしく、
こうしてリビングに二人で居てもしぃが求めてくることは無くなってしまった。



(*゚ー゚)「それじゃあ、お休みなさい」

その声にモララーはテレビに向けていた視線を移す。
寝間着姿のしぃがそこに立ち、小さなあくびをしていた。
モララーは虚ろに「あぁ……」と返事する。それから再びテレビに目を戻そうとしたとき、
壁に貼られた一枚の紙片に気付いた。

立ち上がり、近づいてよく見てみる。
どう考えても餓鬼が描いたとしか思えない下手くそな人物画だった。

(*゚ー゚)「それ、またんきくんが描いたの、お父さんなんですって」

言われてみれば、数度見たことのある義兄に似ていなくもない。

( ・∀・)「なぜここに貼り付けているんだ。
      持ち帰らせればよかったものを」

(*゚ー゚)「だって、くれるって言ったんですもの」

嘘だ、とモララーは直感的に思った。
これは貰ったものではない、いや、もらったものだとしても、
くれるようにお願いしたのだろう。何故か。決まっている、あてつけだ。
精神的に不能である夫に対する、妻のねちっこいあてつけだ。
そうだうんそうにちがいないまちがいないぜったいにそうなんだそうだよそうにきまっているんだ。

先程の自分の醜態を忘却の彼方へ追いやって、モララーの心の中に苛立ちが湧き上がった。
そんな卑劣な手段に出るのか畜生面を向かって言えばいいものをそうやってお前はいつもそうだ。



しぃが自室に消えたのを見て、モララーも立ち上がった。
そして自分も部屋に戻って勢い強く扉を閉めた。
彼の価値観に於いて性行為などというものは最底辺に位置する。
それによって現在の寒々しい家庭があるのだと考えると、無性に苛立ってしまうのだ。

デスクチェアに座り、叩きつけるようにしてパソコンの電源スイッチを押す。
ジリジリと小さな音を立てて起動。
ディスプレイが淡く光り輝き始めてからようやく、電灯が付いていないことに気付いた。
だが立ち上がるのもわずらわしく、彼はそのままウェブブラウザを立ち上げた。

唐突に、自分が昨夜特に考えもせずに参加してしまった企画のことを思い出す。
逆に言えば今まで完全に忘れ去っていたのだが、その方が彼にとって幸福であった。

大人向け作品、官能小説の創作。
嫌っていることをどうやって書けばいいというのだろう。
そもそも実体験があるわけでも、傍で見ていた経験があるわけでもないモララーが、
如何ほどリアリティのあるものが書けるのかと言われれば甚だ疑問な部分である。

ちなみに、かのオトナ合作メンバーは限りなく真に迫った内容に挑戦するため、
参加表明から今日までの間に全員が童貞を捨て、更にあらゆるプレイを網羅することに成功している。嘘だ。

それはともかくとして、彼は書かなければならなかった。
古くからこのサイトで箸にも棒にも引っかからないような文章を投稿し続けている身分としては、
逃げ出すわけにはいかないのだ。
知名度があるわけではない、しかしそれに取って代わった矜恃というものがデカい顔で居座っている。



テキストエディタを前に彼は首を傾げた。どのようなネタを書けばいいだろう。
どれだけ考えても上手い考えは出てきそうにない。
だが、キャラクターだけは良いものをひねり出せそうだった。

要は、自分と真逆の考えの男を主人公に据えればいいのだ。
そうすればきっと物語が上手く進むであろうと、妙な自信がモララーの中に生まれた。
キャラクターがキッカケで納得できるストーリーが構成されるというのはよくあることだ。

主人公の概要をメモ帳に書き込んでいく。およそ十五分後、一人のキャラクターが虚構の中で創作された。
以下の文章に改行が用いられてないのは「特に読まなくてもいい」ということを暗に示しているのかもしれないが、
伏線をあえて見えにくくしているのかも知れない。




『170cm半ばの身長。体つきはどちらかといえば筋肉質で、それゆえに身長以上に大きく見られる場合が多い。
 ポリシーとして、常に顎髭をたくわえている。髪は男としては少し長めで、後退現象は見受けられない。
 年の程は三十半ばで独身。とはいえ相手が見つからないというわけではなく、
 一度身を固めてしまえば女遊びが出来なくなってしまうことを懸念しての判断だ。
 趣味は当然の如く女漁り、会社ではあまりその面を見せないが、最早周知の事実となっている。
 だが彼の人柄故か、それが理由で女性社員から敬遠されることはほとんどなかった。
 仕事を終えると彼は毎日のように繁華街へと足を運ぶ。
 そしてほとんど一晩中、クラブを渡り歩くのが彼の唯一と言って良い趣味なのだ。
 というよりは、そこでほとんどの金を使ってしまうので、他の趣味に興じる余裕が無いと言うべきか。
 自宅は駅近くのワンルームアパート。築何十年と経過しているため、家賃はさほどかからない。
 女を自宅へ招き入れることもない(そこまでの関係を結びたがらない)ため、寝るためだけの場所として機能している。
 女が好きということはすなわち、下の方もお盛んである。
 美人に越したことはないが、どのような女性とも出来る限り肉体関係を結ぶ。
 そうすることが彼にとっての楽しみであり、男としての矜恃であると思っている節がある。
 だが前述したようにそこから先の関係へ踏み込むことはせず、なるべくドライに終始しようと努力する。
 セックスに際してはほとんどの場合に於いて相手の要望を優先する。
 たいていの性癖に応じることができるが、スカトロその他諸々のアブノーマルすぎるプレイは好まない。
 なお、このような生活を送っているために、当然ながら先行きに不安を感じている。
 しかし、現在の中間的な甘美からなかなか逃れることが出来ずに、日々をただずるずると過ごしてしまっているのだ。』


ここまで記して、モララーは一通り満足した。
これだけ固めてしまえば、物語を作るのは容易だろう。
小説を書く際、一定以上の縛りを設けた方が筆が進むのだと、彼は考えていた。
何も全てを読者に伝える必要は無く、必要な事柄を必要な時に応じて断片化しつつ説明していけば良いのだ。

ただ、不安要素もいくつかある。
モララー自身、今までクラブに行くことは仕事上の付き合い以外では皆無であり、
ホステス等々の風俗を一般知識以上に知っているはずがなかった。

果たしてこの設定で最後まで書ききることが出来るのだろうか。
これまで、見切り発車で成功したことなど一度も無い。
だが『企画』と銘打たれた作品である以上、無様なモノを仕上げるわけにはいかないのである。

ええい、ままよ。彼は叫んだ。
プロット云々については明日以降に考えれば良い。
無駄に急いてしまうことは後悔のタネとなってしまう場合が多いし、実際彼が今までに何度も経験してきたことであった。
都合よく意識が混濁してきた。今日はこのまま眠ってしまえ。
テキストを保存し、パソコンをシャットダウンしてからモララーが立ち上がったとき、またあの不可解な目眩が襲った。

酔いとは別の、得も言われぬ浮遊感。それはどこか快感を伴っていた。
薄ぼんやりと光るディスプレイがぐにゃりと歪む。
パソコンが放つジリジリという電子音が、ぐわんぐわんと耳鳴りのように鼓膜を劈いた。
そうしてまた世界が、この世界観が溶け出していく。
一瞬その場は何もない、白色すら存在しない完全なる無となってしまっていた。



                                                
                                                            
                               

                                            

                                                  
                                      
                                                        

                                               
                                                    
                                           
                               

                                            
                                                                
                                            

                                                   
              溶けて何もかもが終                                         
       それでもなおどこかに存在                     
                                                        
                                                             
                                                              
         ゆえに      時折それは荒々しく                         



そのとき         何が起こ        記  する。
け   んことに、      をしながら          のだ。
     なことがで      あ     のかも知れないが、これ        まうのである。

   のも、        をほとんど毎日    いた。
             のそれは、つい          に衝動的     際、
      してしま    である。
以来彼は     やみ     てしまい、今日もまた、その       を甘受         る。

      れてし          戻   
つま       も装          っていたわけなのだが、
とう          てし       
そのときの彼の          じいモノなのであり、と          いものである。

そ     にはどうして                いからこそ     あるが、
        ピ と     ば           
そうす              DAT           れてしまった。

そ   がり、            揺れ  
そうすること              から解放され、       が、
何        まともに思考を         ままならない。

つい          でにDAT    が再稼働   まい、
       となっ        きは    
周囲には  の      が彼はそれ        い。
         動中である。
    ……」と彼は     らす。次の        など  たくもない。

世界観が再構築される。
彼は仕事から帰る途中だった。そこから物語は再開し、それは最早自然の摂理なのである。


彼はまた【浪漫S区】の暖簾をくぐる。太陽が沈み、月が昇りはじめる時刻。
小綺麗な店内をざっと眺望して、モララーはすでに飲み始めている友人を発見した。
相手も気付いたらしく「おう」と片手を挙げてモララーを隣席へと呼び寄せた。
モララーは狭い通路をすり抜けて辿り着く。
座りながら彼は店の主人に、なれた調子で日本酒を注文した。

('A`)「よう、久しぶりだなあ」

友人――ドクオからそんな言葉をかけられる。
しかしモララーの記憶が正しければ、昨日もこの時間にドクオと会い、
同じように酒を飲んでいた。一昨日も、一昨昨日も。
ゆえに無視して、出された酒を軽く呷った。
しばらくして、ドクオが「つれねえなあ」とどこか情けない声を出す。
吐く息が酒臭い。もう随分飲んでいるようだった。

('A`)「で、どうよ。最近は」

( ・∀・)「相変わらずだ。何も変わらん」

平淡な調子でモララーは答える。するとドクオはニタアと笑って、「そうだろうなあ」と言った。
まるでこの世の奥底まで見通しているかのような、狡猾な表情をしている。



('A`)「最近は本当に何も変わらない。
    百年前からここで飲んでいるような気さえするぜ。
    おそらく明日も、明後日も、世界が終わるまで俺たちはここで酔い潰れるんだろうさ」

( ・∀・)「……嫌だな、それは」

('A`)「ああ。まるで出来の悪い小説を読んでるみてえだ。
    作家の意志が先行して、登場人物にちっとも生気を感じない」

( ・∀・)「おれたちが小説の登場人物だとでも言いたいのか」

ドクオは何も答えなかった。知っているくせに、とでも言いたげだ。


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