从'ー'从 オトナの階段を上るようです(-_-)3日目-2





もしもドクオの言うとおり、この世界が小説の中だとするならば、とモララーは考える。
しかし考えたところでどうしようもなかった。今、こうして思考するという事実さえ、
小説内における一つの心理描写の材料として扱われるだけなのかも知れないのだから。
そしてこうして考えることも、こうして考えることも。一分、一秒、一刹那の時間さえ。
最早キリが無い。モララーは考えることを止めた。

しばし沈黙して、またいつものような世間話に興じた。
いつものようにドクオがモララーの性生活に興味を示し始めた。
いつものように酔っ払ったドクオが叫び始め、店員に連れ出されていった。
それを見ているモララーは、コップに残っていた酒をいつものように一気に呷った。

そのままモララーも金を払い、店を出る。
繁華街を少し歩いて右折し、路地をのぞき込んだ。
昨日と違い、そこに中国人らしい男はいなかった。





一体いつ頃からだったろうか。自分の体感する時間、世界が繰り返し、想像の域を超えなくなってしまったのは。
会社員などそういうものだという考えが確かに存在する。しかしそれどころの話ではないのだ。
最早何もかもが意外性を失い、まるでモララーが全てを支配しきっているかのように、
あまりにも順調に、円滑に物事が進行していく。
明日は晴れるだろう、という確信があった。なぜなら今日がそうだったから。
下弦の月は明日も今日と同じ時刻に昇り、今日と同じ形で今日と同じだけの光を与えてくるのだ。

そうして考えたとき、モララーにはまるで実在感が無かった。
繰り返される日常に当てはめられた記号のような人間は、
それこそ小説の登場人物のように、何もかもが虚構であるように思えた。
だが……モララーは淡く光る街灯の下で大きくかぶりを振った。

あの中国人には昨日初めて出会ったぞ。親戚の子供も昨日本当に久々に家に来た。
それは間違いなく変化ではないのか。日常の繰り返しから脱却するための足がかりになるのではないか。
そうすれば自分にも実在感が蘇る。自分は虚構ではなく、ノンフィクションとして存在できると、モララーはそう思った。

だがそれには一方で不安も付きまとう。
ただの繰り返しだとはいえ、その中でモララーは平和に生活することができていた。
それが崩れ去ってしまったとき、同様に穏やかに暮らせるとは限らないのである。
世界が変化すれば自分自身の状況も変化するに違いなかった。

嫌な予感が脳みそにへばりついて離れなかった。なぜか、楽観視する気になれないのである。

そしてそのような消極的発想は、特に小説では実現してしまうモノなのである。
彼とてその例の外側に身を置くことはできない。



彼はいつものように自宅の扉の前に立ち、子供の声が聞こえてこないことに安堵した。
扉を開ける。玄関で靴を脱ぎながら、モララーは不審を抱いた。
しぃが出てこないのである。いくら冷え切っているとはいえ(体面上そう取り繕っているだけかも知れないが)、
主人が帰ってくれば今の方からスリッパの音をぱたぱた響かせ、出迎えるのが日常だった。昨日だって。

( ・∀・)「ただいまあ」

奥に向かってモララーは呼びかけた。しかし返事はない。テレビの音がやけに耳につく。
しばらく茫然と立ちつくしていたモララーは、テレビに混じってもう一つの、小さな音が聞こえてくるのを感じた。
何かはわからない。いや、わかっているのかもしれない。だがわからない。

彼はとみに異空間へ放り込まれたかのように、おっかなびっくりといった恰好で廊下を踏みしめ、居間へと歩いた。
居間ではやはりテレビがついていた。だが、そこにしぃの姿はない。
そこから見えるキッチンにも彼女はおらず、モララーは当然ながら不安を募らせた。

そのとき、一際高い、悲鳴のような声が響いた。
モララーはにわかに声の方角を向いた。その視線の先に、しぃの部屋へと続く扉がある。
彼ら二人の寝室は結婚当初から隔てられていた。
寝るときだけはしぃを遠ざけたいというモララーの意向であることは言うまでもない。

今、その扉は少しだけ開いている。声は中から聞こえてくるのだ。
モララーは早歩きで近づき、扉に手をかけた。
開いたその先に、モララーは有り得てはならないものを見てしまった。

男女がベッドの上に居た。
実際に現場を目撃したことのないモララーにも理解できる。あからさまに、彼らは交合しているのだ。
そしてその女性の方は、紛う事なきモララーの妻、しぃなのである。



四つん這いになったしぃに覆い被さるようにして男が腰を振っている。
室内は薄暗く、ベッドランプが輝いているだけなので、顔まで判別することはその時点ではできなかった。
一突き一声。実にリズミカルにしぃは嬌声を上げていた。
彼女たちの汗にまみれた身体が淡い光に照らされ、それは無闇に艶やかである。

さて、これ以上の明確な性描写をあえて省略する。
あらゆる表現技法を駆使して読んでいる方々を射精に導き、更には腎虚でくたばるにまで至らせるのは非常に容易だが、
ここで読むのをやめられてしまうのも、ほんの少し困るモノがある。
それにオトナ合作も今日で三日目、皆様そういう描写にはいささか食傷気味ではないだろうか。
中休みも必要であろう。

何はともあれ、彼らがセックスしているという構図に変わりはない。
そしてそのような図式を、モララーは傍観しているのだった。自分の妻が犯されている。
彼にはまるで実感が湧かなかった。現実に有り得ないだろうと決め込んでいたからである。

やがて、男の方がモララーに気付いたようだった。
ピストン運動を止めることなく、首だけを部屋の入り口に向ける。
その顔を見て、モララーは二度驚愕した。

たくわえられた顎髭、長めの髪の毛から汗が滴っている。
どちらかといえば筋肉質な体格、170センチほどの身長。三十代半ばを思わせる顔。
間違えようがなかった。自分が作ったゆえに、モララーは確信せざるをえなかった。
彼は昨日、モララー自身が作り出した小説の主人公なのである。



しぃが一際大きく切なげな声を出して腕を崩し、ベッドに顔を埋めて激しい呼吸を繰り返す。
どうやら果てたらしかった。それまでモララーが何をしていたかといえばただ眺めていただけである。
何をへたれたことをやっているかと言う人もいるかもしれないが、
彼にとって目の前の光景は二重の意味で非現実に過ぎるのだ。

さらに哀しむべきは、しぃが男に犯されることをまったくといって良いほど嫌がっていないことなのであるが、
今のモララーはそこまで頭が回らない。

ベッドからカーペットの上へ、モララー自身が作り出したその男が降り立った。
未だ興奮冷めやらぬ陰茎をむき出しにしているその姿は、
想像する限り滑稽、変態、阿呆極まりないのであるが、少なくともモララーはそのような感想を持つことができなかった。

対峙する二人。どちらも、何も口にしない。
一方は余裕を伴い、もう一方は乱れた思考回路を必死につなぎ合わせている。
唇を吊り上げ、男はにぃと野性的、獰猛な笑みを浮かべた。

(,,゚Д゚)「こういうことなんだよ、所詮な」

それだけ言って、彼は突然霧のようにその姿を段階的に失い始めた。
そしてモララーが声を発そうとしたときには、もうその姿は完全にその場から消失してしまっていた。
あとに、濃厚な男女の体液の臭いだけが充満している。
そのものの存在は失われた。だが、痕跡は明らかに虚構が発言したことを主張している。



残念ながらいつまで経っても、モララーの視覚や嗅覚、そして記憶から男の姿がかき消えることはなかった。
そして彼自身、ようやく目の前の光景を受け入れて、どうしたものだろうかとどこか冷静に考え始めた。
本能が活動していなかった。理性ばかりが先行し、しかしもしかしたらそれこそがモララーにとっての本能かもしれない。

ひょろひょろと力なく眼球が左右して、やがてしぃを捉えた。

彼女はベッドの上にへたり込み、だがその双眸はしっかりとモララーを見つめていた。
ざまあみろ、彼女がそう言ってるようにモララーには感じられた。
悲哀といった感情は彼女の中に含まれていないようだ。
歓喜、或いは開放感。出し抜いてやったというような達成感。

ほうら、やっぱりこうなったでしょ。あなたが私の相手をしてくれないからよ。
でも私はちっとも悲しくなんかないわ。逆にうれしいもの。

ようやく繋がれ始めた脳内回路が再び断絶していく。
思考が壊れ始めた。精神が崩れ始めた。心理が裏返る。声も出せない。

彼にはもう、逃避に走る以外に為す術が残されていなかった。
くるりと振り返って扉に向かう。しぃは何も喋らなかった。だが視線だけは背中にひしひしと感じられた。

扉を閉めると、まるで今見てきたことが全て嘘、虚構であるように思えた。
しかしこの世界自体が虚構かも知れず、つまり同次元で起きていることに変わりはないのだからちっとも慰めにならない。

冷え切った頭で考える。しぃは処女だったのだろうか。
それは有り得ないだろうと思う。処女のくせしてあれだけ妖艶に交媾できるはずがないのだ。

ということは彼女はモララーと出会う前に他の男とセックスしていたことになる。
もしかしたら昔の彼女はセックス好きだったのかもしれないし、そうではなかったのかもしれない。



そのまま彼は自室へ戻った。
そしていつものようにコンピューターの電源を入れる。ジリジリと小さな音を立てて起動。
習慣とは恐ろしいモノであり、その間彼はほとんど無意識状態であった。

ぼんやり光るディスプレイを半睡で眺めつつ彼は考える。
先程起きた事態にどう対処しようか。どう対処しようもない。
妻を寝取られたという事実を、他人に伝える手だてがないのである。
何せその張本人は消失してしまったうえ、彼はモララー自身が作り出した虚構の主人公なのだ。

それをそのまま主張したところで、キチガイ扱いされておしまいである。
しぃが彼を拒否すればいいのだが、あの様子を見ている限りそれにも期待できない。
離婚を企てたとして、慰謝料を払うのは自分ということになってしまうだろう。
そうなれば会社でなんと言われるか。せっかく仕事が波に乗りだしてきた時期であるというのに。

彼はモララーの、今まで抑制され続けてきたリビドーの塊なのかもしれない。
深層心理でつながっていて、彼を使うことによってたまりに溜まったストレスを発散しようとしているのか。

デスクトップにテキストファイルが数個並んでいる。
その中には勿論、昨日書いたキャラクターの設定が紛れ込んでいた。
マウスを動かし、削除しようと試みる。しかし叶わなかった。
ドラッグアンドドロップでゴミ箱に移動させても消えない。デリートキーを押しても反応しないのである。
試しにダブルクリックしてみると、すんなり開くことが出来た。

モララーは諦観する。あの存在は絶対なのだ。作り出してしまった以上、最早ねじ曲げることが出来ない。
彼は早々にパソコンの電源を切り、ベッドに潜り込む。
その夜はなかなか眠ることが出来なかった。
どういうわけか、陰茎が勃起してちっとも静まらないのである。

無理矢理眠ると、淫夢を見た。それは彼にとって地獄以外の何者でもなかった。



夜が終わる。朝を迎える。
彼は駅へ向かうまでの道程を重たい足取りで歩いていた。
本当は会社になど行ける気分ではないのだ。しかしむやみやたらと休むわけにも行かない。
何せ今が重要な時期なのだ。どうして重要な時期なのかはいまいちはっきりしないが。

今朝、しぃは何を気にする風もなく、平然と朝食の準備をしていた。
モララーに気付いたとき、彼女は微笑を浮かべて「おはよう」と言った。彼はしばらく立ち尽くしてしまった。
まさか忘れてしまっているのだろうか。女性はリアリストだとよく耳にするが、そういう問題なのだろうか。

だからといって昨日のことを、こちらから問いただすのも憚られる。
追及できるだけの材料を持ち合わせていないので、頑なに否定されてしまえばそれで終いなのだ。

幻想だったのだろうか……モララーは自分の記憶に疑いを持ち始める。
だが考えてみればそちらの方が、まだ現実的に有り得る話だ。
ドクオの話や一昨日来た親戚の子供など、種々の要素が絡み合ってかのような幻を見てしまったのかも知れない。

だが、あの時五感で得られた感触は確かに本物だった。
その仮説は、信じたいが信じられない。どうしようもない。

モララーが脳みその形を整えるようにして数度手で自分の頭を叩いた時だった。

( `ハ´)「兄さん兄さん、ちょと待つあるよ」



声が聞こえた。あの男の声だ。ハッとして、モララーは自分の意識を確かめた。
いつの間にか、彼はまたあの路地裏へとやってきていた。
おそらくまだ朝であるというのに、ビルとビルの狭間に位置するそこは薄い闇に包まれている。
そこで男が、昨夜と変わらぬ風体で座って商売をしていた。

( `ハ´)「兄さんまたここにきたな。やぱり、兄さんの心、癒し求めてるね」

( ・∀・)「……」

図星だった。だから否定はしなかった。確かに心が、衝動的に癒しを求めている。
或いは、全てを粉々に打ち砕くほどのカタルシスを。
無言を肯定と捉え、男はにんまり笑って、筵の上に置いてある薬の袋を一つ、モララーに向けて差し出した。
受け取ってみる。何も書かれていない、白い紙袋の中にいくつかの薬包紙が入っている。

( `ハ´)「祖国の森で採てきた薬草、たくさんまぜあわせてるよ。
     どんな病気も一発で治る。まぁ兄さん信じないだろうがね」

( ・∀・)「それは……例えば、幻覚症状といったものでも治るのか」

( `ハ´)「何でも治る」

男はきっぱりと言い切った。モララーは左手をポケットに突っ込み、財布を出そうか逡巡した。
男が答えを待っている。薬が答えを待っている。誰かが答えを待っている。

(;・∀・)「……幾らだ」

モララーはやがてか細い声で男に尋ねた。



( `ハ´)「一つ千円。まとめて買ってくか?」

( ・∀・)「いや、一つでいい」

財布から千円札を取り出して、震える手でそれをつきだした。
男は受け取り、穴が開くほど見つめてから大事そうにポケットにしまいこむ。
モララーも同様に、持っていた薬袋を鞄の中に、無造作に放り込んだ。
買ってしまったことに、後悔はしそうになかった。むしろ、これによって果たして救われるだろうかという方が大切だ。

( `ハ´)「それ、寝る前に一つ水と一緒に飲むといいね。飲み過ぎると、大変な事なるよ」

しばらく動けなかったモララーに、男は楽しげな表情でそう言った。大変な事。モララーは反芻する。

( ・∀・)「どんなことが起きるっていうんだ?」

( `ハ´)「試したことないからよくわからないある。
     でも、それは例えばとても恐ろしいことかもしれない。楽しいことかも知れないよ。
     もしかしたらゴジラに踏みつぶされるのかも知れない。もしかしたら妖精さんと空を飛べるかもしれないね
     もしくは、アルファベットで戦ってみるか。ひょ、ひょひょ、ひょひょひょひぃ、ひぃひひひひひ」

何が面白いのか、男は電波的な笑い声を発し始めた。
その、聞くに堪えない音波に、モララーは思わず耳を塞いだ。
だがそのうち、彼の心の底からも突発的な笑いがこみ上げてきた。
それが何故だかわからない。だが、彼はついにその衝動を抑えきることが出来なかった。

( ・∀・)「ふひょ、ひょ、ひょははははははは、く、くくく」

( `ハ´)「ひょ、ひ、ひひょひょ、ひぃひぃ、ひは、ひひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」

二人はいつまでも笑い続ける。そのうち朝が終わって昼が来る。昼が終わって夜が来る。太陽が沈む。月が昇る。


ドクオに、かの事を相談しようかと考えた。しかし諦める事にする。
いくら友人であるとはいえ、あのような、下手な小説にありそうな話を信じてはくれないだろう。
彼らは世間話に興じ、酒を飲んだ。下々に関するネタも、いつものように流した。

ドクオが酔って叫び始めた。連れ出されていく。

モララーは、酒を飲み終えてから【浪漫S区】を出た。
考える。なぜ自分はこんなに余裕たっぷりに動いているのだろう。
もしかしたら、今この瞬間にも虚構から、あの男が出てきて我妻を犯しているのかもしれないのだ。
一刻も早く帰り、妻を守る、というよりはむしろ監視しなければならないのではないか。

しかし、そんな気は一向に起きなかった。
しぃが喜んでいるという事実がある。それで夫婦関係が上手くいくならば……と考える弱気な心がある。
また、俺には関係ないという他人面も持ち合わせていた。どれが本物の感情かはよくわからない。

釈然とせぬ心持ちのままに、モララーは帰宅の途につく。
自宅までの道程では、誰とも会う事がなかった。
つまりここでは小説的なフラグ、イベントは発生しないのだな、とモララーは思った。

いつの間にか、モララーも自分が虚構の存在であるという事を自覚し始めていた。
何故だろう。今日、会社に行ったかどうかさえ曖昧であるからだろうか。
答えは出ない。彼はマンションの階段を上る。嬌声が聞こえる。



ドアを開けた。昨日よりも激しい、しぃの切なげなうめき声が響いている。
モララーにまったく遠慮しなくなったのだ。彼女の寝室へと続く扉は開放されたままだ。
何の気も無しに、モララーは部屋に入る。そこにはやはりあの男がいた。
しぃを抱き、その豊満な乳房の谷間に顔を埋めて、ピストン運動を繰り返している。

僅かに垣間見えたしぃの顔は、さながら般若の如き形相であった。
男の背中に力強く爪を立て、「あう、あう、あうあうあう」などと鼻息荒く叫んでいる。
いつもの清純そうな表情はどこへやら。今目の前にいるのは髪を振り乱した、落ち武者である。

やがて男が深々と息を吐いて腰を動きを止めた。射精したらしい。
しぃは射精と同時にキィ、と怪鳥のように鳴いて、男の背中から腰辺りまでを爪で裂いた。
皮膚が破れ、どくどくと血が垂れ流されていく。

男がまたモララーの目の前までやってきた。
そしてぐったりを仰向けに倒れているベッドの上のしぃを指さしてぼやき始める。

(,,゚Д゚)「よっぽど溜まってるのか知らんが、アレはなかなかの猛者だ」

( ・∀・)「……そうか」

やや憮然としながらも、モララーは普通に応対していた。

(,,゚Д゚)「もしかしたら異常性欲者になったかも知れんな。
     お前に相手されないあまり、溜まりに溜まった劣情が爆発してるんだ。
     ああ、いてえよ。背中いてえ」



( ・∀・)「……お前は、誰なんだ」

男の、不躾な態度にようやく辟易し、モララーは低い声を出した。

(,,゚Д゚)「あぁ?」

( ・∀・)「お前は一体誰なんだ。おれのリビドーの化身か、それともただの化け物か。
      勝手におれの妻を犯しているが、おれが黙って見過ごすと思っているのか?」

(,,゚Д゚)「そりゃあ、思っているとも。
    そうでないにしても、お前は俺に手出しする事なんか出来ないだろう?
    しかも、勝手に犯しているなんて言い方しているがとんでもない話だ。
    俺と彼女は合意の上でヤッているんだ。後ろめたい事など何も無いね」

瞬間、反射的にモララーは一歩前に進み出て、男の胸ぐらを掴もうとした。
しかし、すでに男は霧と化していたため、伸ばした腕は空を切った。
霧状の男が嘲笑している。いくら空中を掻き毟っても、捕らえる事は出来ない。

(,,゚Д゚)「そうだ、俺の名前を決めておいてくれよ。
     いつまでも「男A」じゃ格好がつかない。しぃだって、俺の名前を呼ぶときに困っているみたいだぜ」

ケラケラ笑いながら、男は消失した。
モララーはあての無くなった指を蠢かせながら、しぃを見た。
シーツに、ギコの残した血液が染みが点在している。
その傍で、しぃはゼイゼイと呼吸を繰り返しながら、譫言のようにぶつぶつと呟き続けていた。

(* ー )「よかったわ、とても、よかった、よかった……」



モララーは慌ただしく自室の扉を開けた。
そこで一呼吸つき、しかしやはり落ち着いては居られない。

(;・∀・)「な、ななな、何がよ、よかった、よ、よか、よかった、だ。
      お、おれの、おれのいる前で、あ、あんな、あんなこと、ことことことことことことこと」

叫び、喚き散らすがどうにもならない。
昨日とはまるきり心理の行き先が違っていた。
それはおそらく、しぃに直接あのような言葉を吐かれ、更には男に侮蔑されたからであろう。

ああ殺してやりたい、殴って踏みつけて焼いて炙って骨を砕いてぐちゃぐちゃにしてやりたい。
しかしそんな暗澹とした殺意とは裏腹に、出来る事と言えば自室で叫ぶ事ぐらいなのだから、
これでは玩具売り場の前でゲームをねだる幼稚園児と何も変わらない。
そんな自分に嫌気がさして、更に狂躁は加速するのだ。

そのうちに彼は思い出した。今朝、男から薬を買った事を。
探すのももどかしく、スーツケースの中身を全て床にぶちまける。
それから、小銭を拾い集める乞食のような仕草で彼は薬袋を取り上げた。

昼間買った緑茶のペットボトルが一緒に転がり出てきたので、それを使って粉薬を飲み下す。
あまりにも急いだため、口の両端から緑茶が垂れ流れて床に落ちていく。
ざらざらした感触が喉を通り、食道を過ぎていった。



何も変化がなかった。即効性では無いのかも知れないが、モララーは妙に焦っていた。
彼は激しくかぶりを振って、それからパソコンの電源を入れた。
ジリジリを小さな音を立てて起動。
日常茶飯事。日に一度はパソコンを使わなければ気が済まない。

( ・∀・)「企画……」

口に出すと同時に思い出した。そうだ、書かなければならない。
急に現実に引き戻された気がした。いや、正確には虚構そのものであるのだが、
彼にとってはむしろこちらの方が現実的に対処すべき問題へと昇華していた。

テキストファイルを開く。何を書こうかと思索する。
しかしてあのような閨事を見た直後。まともなアイデアなど浮かぶはずもない。
それどころか、デスクトップの隅に追いやった、あの男の設定が保存されているテキストファイルが、
その存在感を膨張させ、今まさにモララーに対して自己主張を始めた、ような錯覚をモララーは覚えた。

(,,゚Д゚)「名前を決めておいてくれよ」

男の台詞がまざまざと蘇る。
そうだ、おれは彼の名前を決めなければならない。そして企画を進行させなければならない。
モララーは普段の落ち着きを取り戻し始めていた。

少しばかり考えて、男の名前を「ギコ」とすることに決めた。
勿論本名ではない、代用のあだ名のようなものだ。
物語の登場人物に、何の脈絡もないあだ名をつけることは、彼の趣味でもあった。



物語はギコが繁華街をうろついている場面から始めよう。
彼はそこで、いつものように女漁りに精を出しているのだ。
その日も彼はお気に入りのホステスを見つけ、なんとかして口説き落とそうとする。
話術に長けているのは年期の為せる業だ。そもそもホステスなどというものは、少し酔わせれば大抵股を開く。
彼らはそのままホテルへ向かい、交合する。

( ・∀・)「……うん、こんなところだなあ」

これは起承転結における「起」の前段階であり、まだ何も物語になりそうなことは始まっていないのだが、
それでもモララーはこのストーリーを気に入っていた。

( ・∀・)「うん、これはすばらしいぞ、すばらしい」

自己愛とでも表現するべきだろうか。
あまりにも自画自賛したためか、彼の陰茎がやがて鎌首をもたげ始めた。
かつてないほどの性欲が、モララー全体に渦巻いていた。
このとき彼はまだスーツ姿である。ズボンに亀頭が擦れ、それが痛いのやら気持ちいいやら。

ついに彼はファスナーから怒張したペニスを右手で掴んで引っ張り出した。
そしてそのまま手首を上下し……。

男のオナニーを克明に描写して喜ぶ読者の方々はいないだろう。喜ぶ作者もいない。
ゆえにこの部分をおよそ三十行省略する。
もしも具体的に知りたい場合は、自分の下腹部についているソレを弄ってみるといい。
それが答えだ。



射精までにはほとんど時間がかからず、
彼は成年コミックも目を見張るほどの量の精液を、散弾銃の如き勢いで四方八方へと発射した。
そのとき彼が思い浮かべていたのは、紛れもなく先程の映像、しぃとギコのセックスであった。

快感の余韻がモララーの脳髄に響き渡り、しばらくは動く事が出来ない。
モララーにとって、実に十数年ぶりの自慰行為であった。
ふと我に返って、彼は青臭いにおいに顔をしかめた。

ティッシュをとり、床に飛び散った精液をぬぐっていく。
何か自分が今非常に無様な醜態をさらしているような気がして、
誰に見られているわけでもないのに、彼の陰茎は再び屹立し始めた。

彼は再び(中略)射精した。

結局、モララーはその夜合計七回ものオナニーにトライし、
いずれにおいてもAV男優三人分ほどに及ぶ精液を迸らせた。
普通、ましてや彼ほどの年齢になればそれほど事に及べば出てくる液体に赤色が混じるか、
何も出なくなるか、腎虚でイくのではなく逝ってしまうかするのだが、彼は年齢や常識の壁を乗り越え、
見事に複数回せんずりを達成してのけた。

それができたのもやはり、彼が実在する人物ではなく、虚構であるということを証明しているのだろう。

射精のしすぎで半ば天国に旅立っている頭脳で、これは薬のせいだろうかと彼は考えた。
あの薬には一種の鎮静剤のようなものが含まれていた、興奮した神経を抑える作用があるのだ。
その一方で、性欲を増幅させ、精気に満ち満ちた身体にしてしまう。

それが良いのかどうかはよくわからないが、今のモララーにとっては極上の品物であるように思える。
彼は八回目のオナニーに挑戦したが、途中で文字通り精根尽き果て、ペニスを握り締めたまま眠りこけてしまった。



それからの日常を描写する事は、誰の得にもならない。
なぜならば、ほとんど同じ毎日が繰り返されるからだ。
相変わらずモララーは【浪漫S区】に通い、帰宅してからは想像を絶するオナニー祭りを一人開催する。
ギコは相変わらず現れ、しぃの相手をしていた。

モララーに性欲が戻ったのだから、夫婦でやればいいのかもしれないが、
如何せんモララーがそこまでの精神状態に到達していない。
思春期真っ盛り、オナニーしたくてたまらないがセックスは怖くて出来ない、そんな中学二年生のようなものである。
そして彼は次第にギコに対して腹が立たなくなっていった。
薬の効果であることはほとんど間違いない。

しぃの反応加減は日々激しさを増し、最近などは絶頂の快感のあまり、
抱きついていたギコの腕の肉を噛みちぎってしまった。
しかし、ギコは一度消えてまた現れたときにはもうすっかり傷は癒え、元通りになっているので何の問題もない。
だが彼はたびたびこうボヤく。

(,,゚Д゚)「こりゃあ、いつしかアブノーマルな道に進むぜ」

そして、モララーの書く大人向け作品も順調に進んでいた。
現在、彼の作品内ではギコとのセックスの真っ最中であった女が後ろからバットで撲殺されている。
締め切りまで、まだまだ時間はたっぷりあった。

そうして、日々が過ぎていく。
変革が起きたのは、ギコが出現してからおよそ一週間あまり過ぎたころのことだった。
正確な経過日数は、誰にもわからないことであるが、そこに追求し始めるときりがなくなるので先に進める。



モララーが【浪漫S区】を出たとき、前を通り過ぎていく人物にみとめた。
ギコである。彼は何やら忙しなく、早歩きでどこかへ向かおうとしていた。

( ・∀・)「おい、お前」

(,,゚Д゚)「……ああ、やっぱりお前か。そろそろ会いそうな気はしていたよ」

そんな風に言うギコはどこか憔悴している様子だった。

( ・∀・)「お前は外を歩ける身分なのか」

(,,゚Д゚)「俺は繁華街を歩くのが好きなんでね。
    まぁもっとも、今は女の使いっ走りだからあんまり楽しくないけどな。
    ああ、あとコレはお前の服だ。借りてるぜ」

( ・∀・)「……それで、どこへ行く」

(,,゚Д゚)「どこへ行くも何もねえよ、ちっとは助けてくれ」

ここにきて、ギコが初めて泣き言らしき事をのたまった。
モララーは内心ほくそ笑み、しかし顔には出さず続きを促す。

(,,゚Д゚)「最近、しぃが俺の腕を噛みちぎったのは知ってるだろ?
     今日もまた噛まれてな。ほれ見ろ、血が出ている。
     しかも最近じゃ、一回のセックスでは我慢できなくなってしまったらしいんだな。
     それでさっき、ついにこんなことをいいやがった。『わたし、SMプレイがしてみたいわ』ってよ。
     彼女、ドMなんだとよ。それはいいとして、なんで俺がアダルトショップに行かないといけないんだよ。
     『恥ずかしいから』ってなんだよ、馬鹿女め」



( ・∀・)「おい、少しは声を落としてしゃべれよ。誰かに聞かれたらどうする」

(,,゚Д゚)「平気だよ、誰も聞いちゃいない」

確かに、ここは繁華街であるというのに近くに人の気配は一つもない。
ギコの猥語に耳を傾けている者はいないようだ。
しかし、しぃがマゾヒストであったとは。モララーの知らなかった事実である。
もっとも、今までに知りようのなかったことであるが。

(,,゚Д゚)「ああ、しかし飽きてくるぜ、そろそろ別の女を捕まえたいもんだ。
     それじゃあな、俺は行くぜ」

( ・∀・)「待て、俺も一緒に行く」

モララーの進言に、ギコは少しばかり驚いた様子だった。
だがやがて、何も言わずに歩き始めた。

大人向け作品を書くための取材だ――そんな言い訳が心の中にできている。
だが本意は別にあり、それはつまり彼自身の性欲からくる興味なのである。
場所もわきまえずに持ち上がりかけている陰茎が何よりの証拠だ。

しぃが教えてくれたというアダルトショップに行くまで、誰にも会わなかった。
そもそも、今日はしぃとギコ、そしてドクオ以外の誰かと出会っただろうか。
出会わなかった気がする。モララーのそれは確信に近かった。
仕事にも行っていない、電車にも乗っていない、【浪漫S区】で酒を飲んだ事さえ怪しい。



【TWO-SEE】という名のアダルトショップで、ギコは低温蝋燭に鞭、縄やアイマスクなどを購入した。
その金はどこから出ているのか、とモララーが尋ねると、ギコはしぃが用立ててくれた、とこともなげに答えた。
知らぬうちに、彼らの世界は急速に広がっていっているようだ。

やはり誰にも会わぬまま帰宅する。
ギコの後についてしぃの部屋に入ると、しぃは手持ちぶさたにベッドの上に座り込んで待っていた。

(*゚ー゚)「遅かったじゃない」

(,,゚Д゚)「いやあ、悪いな。途中でこいつと遭っちまったもんだから」

ギコがモララーを示すと、しぃが鋭い目で彼を睨み付けた。
しかし、モララーは特に何も思わず、言い返しもしなかった。
むしろ彼は、鬱血したイチモツをどう処理したものかと考えるのに必死なのだ。

(*゚ー゚)「まぁ、いいわ。ねえ、早くしてよ」

しぃの言葉に従って、ギコはまず縄を取り出し、彼女の身体を縛り始めた。
いきなりハードすぎやしないのだろうか。モララーは頭の片隅でそんな事を思ったが、
当のしぃは何食わぬ表情、いやむしろ若干頬を紅潮させている。
元来彼女はこのようなプレイが好きなのかも知れなかった。



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