从'ー'从 オトナの階段を上るようです(-_-)4日目





 ニューソク県VIP市。
自然がまだ色濃くその姿を残す美しい都市として、地方ではその名をよく知られています。

 そんな街の、中心部からは少し離れた郊外。
深い緑に包まれた小高い丘の上にひっそりとそびえる、小さな学校がありました。

 私立ヘリカル女学園。
半世紀に渡る歴史を持つ、この小さな学校では、
およそ五百人の穢れも知らぬ乙女たちが、勉学に、部活にと日々励んでいます。

 果てしなく高い十一月の秋空の下、
そんな学園の一室で、二人の生徒がなにやら口論をしていました。

 一人はどちらかといえば小柄で、校内だというのに白衣に身を包んでおり、
もう一人はどちらかといえば長身で、厚い冬服をカッチリと着こみ、
律儀にも膝下二十センチほどの長いスカートを履いています。




 白衣の少女の口からは、アインシュタインがどうのとか、相対性理論がどうのとか、
そんな難しい言葉が、湯水のように次から次へと溢れてきますが、
相対する凛とした雰囲気を持つ少女は、そんな彼女のことを、どこか冷めた様な目で見ています。

从 ゚∀从「……と、まあ、世の中には失敗しない人間などいないし、それは天才だって例外じゃない。
      むしろ、失敗は成功の母という言葉もあるように、天才にこそ失敗は付き物なんだ」

川 ゚ -゚)「ほほう、なるほど。
     それじゃあ、とりあえずその成功の母とやらの犠牲となった実験器具たちを弁償していただこうか」

 ガラス片を派手に散らばし、薄黒い煙を上げている実験器具を指差し、
真顔で冷静にそう一言だけ返した彼女に、
白衣の少女は背中を曲げて両手をすり合わせ、上目遣いで請うようして言います。

从;゚∀从「……ごめんクーちゃん、ほんま堪忍やて。
      今月ピンチなんだよ、再来月はスマブラXが出るからWiiも買わなきゃいけないし……」

川#゚ -゚)「……今までは目を瞑ってやっていたが、
     たった半年で、科学部の一年半分の部費を食い潰すとは何事だ!
     こう毎日のように学校の備品を破壊するのでは、これ以上は私も我慢しかねるぞ、ハイン!」

从;゚∀从「悪気はなかった。反省してる、もうしないから……」

川 ゚ -゚)「そのセリフは前回も聞いた。そのとき私はこう言った筈だ。『もう次は無い』とな」




 クーと呼ばれた少女は、一度歪めた口を真一文字に結び直すと、端整な顔を崩すことなく、
白衣の少女――ハインに向かって一歩、また一歩とにじり寄っていきます。
そのポーカーフェイスの裏で、怒りの炎が静かに燃えているのは、想像に難くありません。
むしろ、表情の乏しさによって感情が完全には見え切れないことが、
相手に対して与える恐怖を、さらに増幅させます。

 その気迫に圧倒されて、ハインは後ずさりますが、
部屋の隅へと追い詰められ、とうとう逃げ場を失い、
やがてその場に、へたへたとお尻から座り込んでしまいました。

从;゚∀从「ごめんなさい……前の処女でも後ろの処女でもお口の処女でも好きなのを差し上げますから、どうか命だけは……」

川 ゚ -゚)「そういう冗談は止せと、何度言ったらわかる?」

 傍から見れば彼女らの関係は、宛ら狼と、それに追い詰められた赤頭巾のようですが、
実質は、銭形平次と追い詰められた盗人というところでしょうか。

 『箸より重いものを持ったことがありません』とでも主張しそうな、
その真白い細腕のどこにそんな力があるのか、
クーは白衣の襟をぐいと掴み、ハインの身体を自分の近くに引き寄せました。



 右手を胸の辺りに持ってくると、それに合わせてハインの顔も、クーの眼前へと引き寄せられます。

从;゚∀从「く、くー……」

 一度目を合わせると、ハインはその視線を、クーの眼から離すことが出来なくなりました。
それどころか、どういうわけか動悸が高まり、足元ががくがくと震えているような錯覚まで覚えます。

 わけのわからない恐怖に囚われ、彼女の真ん丸い瞳が、俄かにその形を歪めました。

川;゚ -゚)「……っ」

 クーははっと我に返ったように、右手の力を緩めました。
それによって支えられていたハインの身体は崩れ、彼女は壁にだらんと、力なくもたれかかりました。

 やりすぎてしまったか。
心の中で少し反省しながら、クーは後ろを向き、
先ほどの凄みのあるそれと比べれば、幾分弱々しい口調で、背後のハインに言います。

川 ゚ -゚)「……とにかく、今回は部費から差っ引いておくが……、
     次に何かをやらかしたら、今度は前の処女も後ろの処女も無いものだと思え」

从;゚∀从「は……はひ……」

 そのまま振り向かず、クーは真っ直ぐ化学実験室の出口へと向かって行き、
そして、ぴしゃりと扉を閉めました。




―― ―― ――

 生徒会室の中央に据えられた会議テーブル。
その奥の方に位置する『生徒会長』の席に、彼女、砂尾空(すなお くう)はため息をつきながら腰掛けた。

 九月で三年生が生徒会を引退し、そのまま繰上げ的に生徒会長の役割を任された。
成績優秀、運動神経も抜群で、クラスメイトからの信頼も厚い彼女がそうなるのは当然のことだったし、
彼女もそれをそれなりに誇らしく思って居たのだが、
毎日のように問題を起こす幼馴染の処理には、ほとほと悩まされていた。

 本来、もっときつく言っても構わないのだろうが、
彼女に対する情がそうさせるのか、どうしても詰めを甘くしてしまう。
お互いのためにならないとわかっていても、そうしてしまう。

(*゚ー゚)「会長、また彼女の世話ですか?」

 傍らに立っていた生徒が、窓のカーテンを開けながら言った。
胸に付けたスカーフは緑色で、それは赤色のスカーフを身に付けた二年生のクーよりは下級生であることを示している。




川 ゚ -゚)「ああ。困った奴だよ」

(*゚ー゚)「毎回同じようなことを繰り返して……放って置けばいいのに」

川 ゚ -゚)「そうもいかんだろう。あんなに頻繁に壊されるんじゃ、こっちとしては無視できない」

 少女はクーの傍らに立つと、
感心したような、それでいてどこか呆れたように言った。

(*゚ー゚)「……会長も、好きですねえ」

川 ゚ -゚)「……好き、か。違いないかもな」

 クーは口元を僅かに緩ませて、少し軽い口調でそう言いった。




―― ―― ――

 騒がしくも穏やかに、秋の昼下がりは過ぎて行く。
世知辛い世の中にあって、学園内の彼女らの日常は、
まるで塀一枚を隔てて離されたように、平和である。

 クーは平和なこの日常を、たまらなく愛しく思って居た。
だから、生徒会長という面倒な役割も引き受けたし、こうして精力的に動いてもいる。

 彼女が書類の整理をしていると、
先程の後輩が、部屋の片隅に立てかけられた「それ」に目をやりながら、
怪訝そうにクーに訊ねた。

(*゚ー゚)「そういえば、会長って別に剣道部に所属してるわけでもないのに、
    どうしてそんなものを持ってるんです?」

川 ゚ -゚)「護身用さ」

 それを聞いて、少女がくすくすと笑った。

(*゚ー゚)「そんなに大げさなものを使わなくても、もっといいものがありますよ」

川 ゚ -゚)「まあ、それは私の趣味だよ」

 どこか、何かを誤魔化すように、彼女はそう返した。




―― ―― ――

 ――校舎の裏庭、レンガで綺麗に縁取られた花壇の中、
何種類もの木々が植えられている。
庭師によって手入れされたそれらは、一見乱雑ながらも、
しかしよく見れば、どこか生き生きとした雰囲気を醸し出している。

 そんな庭園の真ん中で、ブラウンのコートに身を包んだ一人の女性が、
鼻歌混じりにホースで植物に水をやっていた。

('、`*川「肴は炙った烏賊でいい〜♪」

 ヘリカル女学園の理科教師、ペニサス伊藤。
二十五歳と若く、ほどけたくだけた感じの性格で生徒たちからは慕われている。
特に部活動を受け持つでもない彼女は、自身が担当する環境委員会の活動の一環として、
一週間のうち三日、放課後の空いた時間に植物の世話をしている。

('、`*川「あー、最近寒いわねぇ。もうマフラーの季節かしら」

 長いスカートを履いたり、それなりに努力はしてるんだけどね。と。
そんなことを考えながらノズルのトリガーを引いて、花々にシャワーを浴びせていると。

('、`*川「ん?」

 ふと、あるものの存在に気が付いた。



 場違いに置かれた、見慣れないプランター。
その隣には、自然の森をそのまま切り取って整備したようなこの空間にはまるで不似合いな、
銀色の独特の光沢を放つ、おそらく金属性の箱のようなもの。

('、`*川「……こんなもの、置いてあったかしら?」

 怪訝そうにそれを見ながら、ペニサスは呟いた。
それから少し思考時間を置いて、まあいいか、結論付けると、プランターに近づいて、ノズルを向けた。

 トリガーを引くと、豪雨のように勢い良く水が飛び出す。
それを浴びるとプランターの中の土が濡れ、やがて淀んだ水が淵まで溜まり……。

('、`*川「……あら?」

 突然、ことんと小さく音を立ててプランターが倒れ、その中身を溢した。
すぐにそれを直そうとして、彼女は駆け寄る。

 身体を屈めつつ、彼女は頭に小さな疑問を浮かべた。
果たして、プランターとはこうも簡単に倒れてしまうものだっただろうか。
こうも簡単に、中の土が零れてしまうものだっただろうか。



 手を伸ばして初めて、彼女ははっと気付く。
零れた中身が、異様なまでの広がりを見せていることに。

 それは、土と呼ぶにはあまりにどす黒く、また粘性がなかった。
例えて言うならば、B級映画か何かで工場のシーンによく見られる、タンクから染み出すオイルのように。

 やがて”それ”は一箇所に集まって、
まるで意志を持ったかのように、重力に逆らうようにして膨れ上がり。

(゚、゚*;川「い……」

 突然、そこから飛び出した無数の触手のようなものが、ペニサスの身体を捉えた。

(゚、゚*;川「い……いやあぁぁあああぁ!」

 大きな、ぎょろりと怪しく光る目玉を視界いっぱいに見たのを最後に、
彼女の意識は、そこで途切れた。



―― ―― ――

(*゚ー゚)「それじゃあ、私は部活だから行きますね」

川 ゚ -゚)「ああ、またな」

 そう言って生徒会室を出て行く後輩を見送ると、
クーは悪く言えばごちゃごちゃと、良く言えば生活的なその部屋に、ひとり残された。


 しばらくして、ひとしきり仕事を終えると、徐に席を立ち、窓を開けて外の景色を見た。

 秋の空はどこまでも高く青く、どこか暗く冷たい。
少し肌寒い外気は、ストーブで熱された部屋の空気に比べるとずいぶん新鮮で、
煮詰まってしまいそうだったクーの頭を癒した。

 クーは、平和で穏やかな、人によれば「刺激が足りない」とも言われるこの日常が好きだった。

 そしてそれ故に、自らに課せられた使命を呪うことも、決して無かった。

川 ゚ -゚)「……今日はどうも、胸騒ぎがする。何も起こらなければいいが……」

 壁に立てかけてあった竹刀入れを手にとりながら、誰に言うでもなく、そう呟いた。



川 ゚ -゚)「……?」

 不意に彼女の耳に、かすかな物音が届いて来た。
それはある程度規則的で、小さいながらも、少しずつその大きさを増していっている。

 耳慣れた、廊下を蹴る音だった。

(*;゚ー゚)「会長!」

 声とともに、ばたんと乱暴にドアが開かれた。

(;*゚ー゚)「大変です、学校が――」

 すべてを聞く前に、彼女は刀を携え、駆け出した。

 直感は不運にも、見事に当たったようだった。



―― ―― ――

 化学実験室。
大抵どの高校にでも存在し、大抵なんらかの科学系のクラブが利用している特別教室。

 このヘリカル女学園のそれも勿論、例外ではない。
どこにでもあるような設備を擁し、放課後はありふれた「科学部」というクラブの活動場所になっている。

 強いて違いを挙げるとすれば、今年度になってから大規模な実験失敗が連発されており、
また、それが放課後に集中していることくらいであろうか。

 その多数の失敗の最大の原因……少女、ハインリッヒ高岡は、
この日もいつものように実験室で器具を破壊し、”生徒会長”の役職に座る幼馴染から、
毎度のようにお灸を据えられたところであった。

从;゚∀从「はぁ……あいつ、昔はもっと優しかったのになあ」

 そう漏らす彼女であるが、別にそれは、クーに対しての文句でもなければ、
自らの責任の重さを計り違えての見当違いな言い分でもなかった。
言うなれば、経ってしまった歳月への皮肉と言うか。

彼女の心にあるのは、もっとわけのわからない、抽象的なものである。

 彼女は言いながら、頭ではわかっていた。
なぜ自分が怒られたのかも、どうして自分が怒られるようなことをしたのかも。
もとより頭の回転は速いほうなので、行動の際になぜそうしたかという理由を、いちいち知っているのである。



 地面に落としていた腰を上げ、スカートを両手で払う。
小さく伸びをしてふと体勢を戻すと、数人いる後輩のうち一人が傍に寄って来ていた。

(゚、゚トソン「部長は、会長と本当に仲がいいんですね」

 あのクーの凄まじい無言の迫力も、週一、二回のペースで見れば慣れてしまうのか、
いたって普通な様子で、後輩は言った。

从 ゚∀从「仲良く見えるか?」

(゚、゚トソン「だって、こんなに問題ばっかり起こす人間、愛想を尽かしますよ。普通」

从#゚∀从「ぶち殺すぞ」

 ハインは顔を顰めて頬を膨らませ、都村の顔を睨んだ。
しかし、童顔な上に身丈の小さい彼女がいくら凄みを効かせて睨んだところで、
頭一つ背の高い都村にはなんの威力も発揮しない。

 都村はただ笑った。ハインはそれを見て、とてもやるせなく、また情けない気持ちになった。



从  -从「……俺って、そんなに迫力無いかな」

(゚、゚トソン「無いですね。ついでに言うと、威厳もないし畏敬の念もびっくりするくらい沸きません」

从 ;∀从「そんなハッキリ言うなよ……余計悲しくなるだろ」

 ハインは割と本気で落ち込み、顔を伏せた。

(゚、゚トソン「まあ、気にすることじゃありませんよ。
     今更部長が更生して完璧超人になっても気持ち悪いだけですし」

从 ゚∀从「……はぁ」

 会話が終わると、都村たちほかの部員は、荷物を片付け帰り支度を始めた。
その一方でハインはというと、ロッカーから掃除用具を出し、
飛び散ったガラス片や液体、化学物質などの片付けにあたった。
全部、自業自得である。

从 ゚∀从「……はぁ、あーあ」

 彼女は深く溜息をついて、掃除を始めた。
気付けば部屋には、誰も居なくなっていた。




 ハインは特別不器用なわけでも、科学の知識に乏しいわけでもない。
実験の失敗は、ほとんど故意的なものである。
頭では駄目だとわかっているのに、ついやってしまう。それはなぜか。

 ハインは自分の中で、なんとなくその結論を得ていた。
要するに、クーに構って欲しいのである。

 なぜそんな風に思うのかも、少し考えれば簡単に分かることだった。
自分の知らない間に、クーが自分から離れて行くのが、恐くてたまらないのである。
そう思うのはやはり、心のどこかで彼女を別格に捉えているから。




 ハインは中学校の頃、虐められていた時期があった。
理由は何れも単純かつ幼稚で、非常にどうでもいいものである。

曰く、「生意気だから」。
曰く、「運動ができないから」。
曰く、「体が小さいから」。
曰く、「胸がデカイから」。
曰く、「混血だから」。

 こじつけである。もっとも、虐めの理由など大抵そんなものだが。
しかも、それらを解消したからといって虐めが終わるとは限らないし、
本人の努力では解消できないものを理由にされていることも多い。

 ハインの場合は、後者が多かった。
また、中途半端なプライド故に前者を解消することも芳とせず、そのスタンスも対象となった。
生意気、巨乳、チビ、混血、運動音痴。
歩くコンプレックスの塊である。
蔑みにしても嫉妬にしても、格好の的であった。



 友人たちは、徐々に彼女から離れて行った。
いや、離れて行った、と言うと語弊があるかもしれない。
正確には、彼女に味方するものが居なかったのだ。

 それなりに会話をしたり、そういったことはするのだが、ひとたび彼女に対する攻撃が始まれば、
彼女らは皆、そっと気付かれぬよう彼女から距離を取る。
そんなこともハインは承知の上だったので、咎めはしなかった。
むしろ一人でも戦ってやると、ここでも変なプライドが働いた。

 結果として半年ほど経った後には、虐めは最高潮までエスカレートしていた。


 ある日、ハインは一人の女子生徒から呼び出しを受けた。
ハインはその生徒のことをよく知っていた。
クラスの不良グループの一員だったからである。

 シカトして家に帰ろうとすると、腕を引っ掴まれ、成す術もなくトイレに連れていかれた。




 その後のことは、今思い出しても反吐が出そうだ。
彼女は三人がかりで羽交い絞めにされたあと、身包みを剥がされ、
乙女としての心を、何より自らのプライドをズタズタにされた。

 けれど、そこで彼女を助けたのがクーだった。

 ハインは泣きついた。
おいおいと情けないくらいに大きな声を上げ、クーの腕の中で。
クーはそんな彼女を見て、笑うでもなく、泣くでもなく、
いつもの無表情のまま、ただすこし目を細めて、彼女の背中を摩って言った。

 私がずっと傍に居る、私はずっと君の味方だ。
だから、あんな卑劣な奴らになど、決して負けるな、と。

 クーとはずっと仲が良かった。
どこか曲がった性格のハイン、思ったことは包み隠さないクー。
これは現在に至る話だが、ハインはそんな二人が友達であることが、不思議でならなかった。

 だから、なんとなく思ったのだ。
ちょっとしたきっかけで、クーは自分から離れて行ってしまうのではないかと。
だから虐めを告白することが出来ず、彼女の前では作った笑顔で居たのだ。



 しかし、実際はそうではなかった。
彼女は律儀で実直だった。
言葉どおり、彼女はハインのことを決して裏切ろうとはせず、むしろ以前よりもずっと、ハインに親しく接してくれた。

(後に聞いた話だが、どちらかと言えばドライで現金な性格のクーがそういった態度を取るのは、とても珍しいことだったらしい)

 やがて虐めは収束し、跡にはクーとの、少しだけ強くなった絆が残っていた。


 胸に付けた、赤いペンダントを握る。
いつかの誕生日に、クーがプレゼントしてくれた。
彼女が持つ、唯一のクーとの物的な繋がりだ。

 クーは決して裏切らない。
感覚的には理解している。
けれど、やはりどうしても不安になるのだ。特に、お互い時間を取られ、会う機会が減ると。
それ故にこうして、時に間接的にちょっかいを出し、クーとの絆が終わっていないことを確認するのだ。



 それを知れば、クーはどう思うだろう。
愚かだと呆れるかもしれない。気持ち悪いと思われるかもしれない。
もしかしたら、すでに内心ではそう思われているのかもしれない。
そんなことを考えると、不安でたまらない。

 最近は少し明るくなってきたと、みんなに言われるけれど、
それは研究して作った明るさであり、決して彼女の素ではない。
こうやって不安になっている自分を確認しては、彼女は自分を余計に咎めている。

 ネガティブである。
ネガティブゆえに歪み、歪んだ針金はもとの真っ直ぐな状態には戻らないのである。
そして、その歪みを受け止めている相手はクーである。

 つまり、思考は堂々巡りでパターン化しており、終わらないのだ。




 頭を振り払って、無限ループを打ち切った。
ほとんど無意識のうちに、掃除は終わっていた。
あとはいつものようにバッグを片付けて、いつものように家に帰るだけだ。
いつものように、いつものように、いつものように――。

Σ从;゚∀从「うおっ!」

 不意に、腕を掴まれた。
慌てて振り返ると、そこには誰も居らず。
ただ一本の太く長い触手のようなものが、窓の隙間から伸びていた。




(-_-)「やあっ」

从'ー'从「とうっ」

 二人は視界が切り替わるとすぐ、空中で体勢を整えて、気の抜けた掛け声とともに地上に降り立った。

从;'ー'从「ひゃっ!」

 しかし直後、バランスを崩して少女――渡辺は、尻餅をついた。

从;ー;从「いったあ……」

(-_-)「大丈夫ですか?」

 その様子を見て、少年――ヒッキーは素早く屈んで、手を伸ばそうとし、

(*-_-)(……あ)

 不意に視界に、少女の細く、しかしなめらかな曲線を描く白い腿が露わになるのを捉えた。

(*-_-)(ふ……太腿……渡辺さんの太腿、綺麗だな……)

 一瞬煩悩に惑い、完全に思考が停止する少年。
しかしすぐに我に返ると、雑念を振り払うようにして頭を左右に揺らし、
本来の目的通り、彼女の眼前へと手を伸ばした。



从'ー'从「あ……ありがとぉ……」

 差し伸べられた少年の掌に自らの細い指を絡ませ、彼の腕と自らの足の支えで彼女は立ち上がる。
足元を見ると、感触からもわかった通り、茶色い砂が一面を埋め尽くしていた。
お尻のあたりに付着したと思われる砂を、両手でパンと、何度も払った。

从'ー'从「ねえ、もう着いてない?」

 渡辺は顔だけヒッキーのほうを覗いたまま、首から下を半回転させ、
お尻のあたりを強調するようにして突き出し、訊ねる。

(*-_-)「だ……大丈夫……ですよっ!」

 幾分どもり、頬を俄かに桃色に染めながら、しかし平静を装ってヒッキーは答えた。
一方の渡辺は、そんなことには気付く様子もなく、ただいつもと同じ調子で笑顔を見せながら、

从'ー'从「そっかぁ、よかったぁ」

 と言っただけだった。




 渡辺はきょろきょろと小鳥のように頭を動かしながら、あたりを見渡した。
体操服に身を包んだ女性とが数十人、グラウンドを走ったり、
或いは隔離されたスペースで球技の練習をしたりしている。
また、遠くに洒落た西洋風の小奇麗な建物が見えた。

从'ー'从「ここは……学校かな?」

(-_-)「そうみたいですね」

 同じように額に手を当てながら目を凝らし、ヒッキーが答えた。

从'ー'从「でも、生徒が全裸でランニングしてたりするわけじゃないし、
     見たところ、大したことはないような気がするよぉ」

 米神に手を当て、頭を捻りながら、そう漏らす渡辺。
もしかすると、まだここではdatの影響は出ていないのかもしれない。

(;-_-)「これじゃあ、逆にやりにくいですね」

 少し口元を歪めながら、ヒッキーが言った。
何か事件が起きる前に解決できれば、それに越したことはないのだろうが、
何も起きていないということは即ち、何も手がかりが無いと言うことでもある。
そして、切欠となるものも無いため、どうしてもアクションが取りづらい。



(-_-)「何か起きるまで、待ってみます?」

从'ー'从「ダメだよぉ。いつも後手に回ってるんじゃ……そんなんだから彼女もできないんだよぉ?」

 渡辺が毒づくように言った。

(;-_-)「……すいません」

 いつもと同じ可愛い笑顔。いつもと同じ可愛い声。
そこから放たれた、二重の辛辣な言葉に、ヒッキーは胸に針を突き刺されたような感覚を覚え、
そしてなんともやりきれない気持ちになり、がっくりと肩を落とした。

从'ー'从「まあいいや、とりあえず、何か起きてないか探ってみよう」

 二人は、人目につかないようにグラウンドの端の草むらを塀伝いに歩いて、校舎のほうへと向かった。

 肉付きのいい生徒を目にする度、ヒッキーが頬を緩ませ、
それをその都度渡辺が咎めたりしながらも、
ほどなくして二人は校舎の前へとたどり着いた。

(-_-)「ここまで、見事に何もありませんでしたね」

从;'ー'从「うーん……なんだか、拍子抜けするなぁ」

 時空の旅を繰り返す中、動くたび何か事件が起きていた二人にとって、
もはやこうも何も起きないことは、不自然にすら感じられた。



 周りの人々が、ただいつもと変わらぬ日常を過ごしているのに、
事情を知っている自分たちだけが、浮き足立っている。
その様子に何か、不穏なものを感じずにはいられなかった。

 そして違和感はやがて、現実となって正体を表す。


『キャアアァァアアァァ!』

 突然、耳を劈くような甲高く、鋭い叫びが、辺りに響き渡った。

 玄関の前で、いつものように姦しく、お喋りに勤しんでいた数人の女生徒たちが、
一瞬、まるでその間だけ時間が止まったかのように、固まった。



Σ从;'ー'从「!」

(;-_-)「い……今、誰かの声が……」

从;'ー'从「あ……あっちのほうから聞こえたよぉ」

 渡辺はシンメトリーに造られた華やかな校舎の外観を二分するように、
その玄関の真ん中を指差した。
遠かったが、小さかったが、けれど確かに聞こえた、恐怖に染まったあの声。
あの向こう側で、いったい何が起きたというのか。

(;-_-)「行きましょう!」

从;'ー'从「うんっ!」

 事情を確認すべく、すぐに二人は駆け出した。



 ヒッキーは玄関の扉に手を掛け左右に大きく開いた。
がたん、と大きな音を立て、端に置かれていた傘立てが揺れる。

(;-_-)「うわっ!?」

 ヒッキーは玄関の光景を目にし、思わず立ち止まる。
一瞬、何が起きているのか理解できなかった。

(;-_-)「しょ……触手?」

 倒れたロッカー、散乱する無数の靴。その中央。
どこからか、機械のコードのように何十本もの緑色の植物の弦のようなものが伸び、
その先は何れも、一人のか弱い少女の痩躯にきつく巻き着いていた。

ξ;゚听)ξ「た……たすけっ……」

 少女は搾り出すように、小さく声を上げる。
四肢をばたつかせて弦を引き払おうとしているが、抵抗むなしく、
胴に巻き着いていた弦が何本か手足に移り、その動きを止めた。



 少女の身体が、歪なXを描くように固定されたかと思うと

ξ///)ξ「ひゃうっ?!」

 新たに現れた弦が二本、少女の胸元から衣服の中へと侵入して行き、
彼女の身体を弄る様に、くねくねと動き回った。

ξ///)ξ「やめっ……やっ……」

 微妙なタッチで撫でられる身体。
四肢を拘束された羞恥からか、その感触からか、
少女の頬は徐々に紅潮し始め、掠れた声に興奮の色が混じり始める。
その得体の知れない感触から逃れるように、彼女は必死に上半身を左右に捩じらせる。

ξ///)ξ「……っく」

 やがて、弦の動きは収まり、彼女へのタッチは止まった。
しかし弦は、今度はその先端をフックのようにして曲げ、襟に引っ掛けたかと思うと、

ξ;゚听)ξ「きゃあっ!」

 ブレザーごと、白いワイシャツを思い切り左右に引き裂いた。



 ピンク色の、可愛らしいブラジャー。
それに守られた、小振りながらも形の良さそうなお椀型の膨らみが露わになる。

(;-_-)「わっ!」

 それを目にして、殆ど反射的にヒッキーは目を伏せた。

从;'ー'从「ど……どうしよう!?」

(/;-_-)「どどど、どうしようと言われましてももも」

从;'ー'从「でも、このままじゃあの子は裸に剥かれて、めくるめく禁断の触手ワールドにフォーリンダウンだよ?
      なんとかしなきゃ!」

(/;-_-)「わ……わかってます、わかってますけど!」

 狼狽しながらも、ヒッキーはその場にあった掃除用具入れから自在箒を一本取り出し、
見よう見まねで、剣道のように下段の構えを作り、

(;-_-)「い……行くぞ!」

 少しだけ躊躇ったあと、決意を固めるようにそう呟いて、床を蹴って飛び込んでいった。



(#-_-)「う……うおおぉぉぉぉぉおお!」

 体力派と言うには貧相すぎるその身体、身軽さだけが頼りである。
しかしもとより、反射神経と瞬発力だけには自信があった。

 一瞬だ。
一瞬だけ、彼女が逃げる隙を作ればいい。

 自在箒の先端が、右足に巻き付いた弦へヒットする。
そして、

ξ;゚听)ξ「ああっ?!」

 少女に巻き付いた弦が、突如としてその力を緩めた。

(;-_-)「あれ?」

 あまりに手ごたえのない一撃。
こんなもので弦に対抗できるはずがない。
しかし弦は先程までの元気を失ったかのように、少女から手を引いていく。

 ヒッキーは怪訝そうにあたりを見渡した。
嘘だ。
こんなに弱いはずが……。



 その瞬間、背後に気配を感じた。

(;-_-)「……っ!」

 慌てて箒を上段に構え直し、振り向いた。
先端に、一本の弦が巻き付く。
弦はそこから螺旋を描くように、柄を張ってヒッキーの手元へと素早く動く。

(;-_-)「くっ!」

 思わず彼は、箒を投げ出した。
そしてまた背後より感じる、殺気。

(#-_-)「逃げて!」

 叫ぶように強く、彼は少女に促した。

ξ;゚听)ξ「あ……あ、うんっ!」

 ぎこちない足取りで、少女が玄関から外へ出て行くのを見届けた。

 息つく暇は、一秒たりとも無い。
二本、四本、八本……。
無数の弦がヒッキーに、四方八方から雨霰のように降りかかってくる。



(;-_-)「くっ! このっ!」

 すべて紙一重で何とかかわしながら、彼は弦の動きを分析する。
人間と同様、素早く動くときは複雑に曲がることができないようである。
だからこそ、彼は攻撃をかわせている。

 しかし彼はすでに、自分の体力の限界も感じ始めていた。
普段から運動は殆どしないのだから、当然と言えば当然である。
心臓がばくばくと早く脈打ち、息も荒くなる。
それに併せて動きが鈍り、足がもつれ、

(;-_-)「うわぁっ!」

 とうとう、右足を捉えられた。

(;-_-)「は、離せっ!」

 網に掛かった魚のように、バタバタともがくヒッキー。
しかし片足だけではバランスを保つことは出来ず、
ようやく立ち上がりかけたところで、右足が引っ張られる方向へと豪快に倒れこんだ。

(;メ-_-)「くっ……」

 膝に鈍痛が走る。
どうやら、体が捩れたときの衝撃で強く捻ったようだった。



 抵抗も出来ず、そのまま強い力で足が引っ張られ、
ヒッキーは背中を床に付けたまま、勢いよく引き摺り回される。
そして、不意に身体が宙に浮いたかと思うと。

(;メ-_-)「うわぁぁああ!」

 そのまま思い切り、地面に叩き付けられた。

从;ー;从「ヒッキー!」

 渡辺の、悲鳴にも似た叫びが耳に響く。

 聞こえる。
見えないけれど、わかる。
恐らく、泣いているのだろう。あの美しい瞳を、涙に滲ませて。

(;メ-_-)「ぐ……」

 ヒッキーはなんとか両手で上体を起こす。
身体に力を入れると、頭皮の裂けた部分からドクドクと血が溢れ始める。
額から鼻筋を伝って、血液が一滴落ち、床に跳ねた。

 彼女と組み初めて、もうどれだけの時間が流れただろう?
自分の力不足で彼女を傷つけたり、呆れさせたり、
もうそんなことにはさせまいと、この旅が始まる前に誓ったんじゃなかったのか?

 頭の中で、自問自答を繰り返す。
状況は絶望的だ。しかし、諦めは即ち、死に直結する。



 自分なんかどうでもいい。いつ死んだって、構わない。
彼はそう思っていた。
ただ、それは彼女に会う前の話だ。

 負けられない。

(;メ-_-)「……っ!」

 ふと、視界に見慣れない何かが飛び込んでくる。
弦の先を辿れば行きつく、がらんと大開になった窓。
その付近にぽつんと存在する、毒々しいほどに紅い、大きな花。

(;メ-_-)「イチか……バチかだ!」

 ヒッキーは、床に転がっていた箒を一本拾い上げると、
上体の力を上手く使い、それをめがけて思い切り放り投げる。

 見事な放物線を描きながら飛んでいったそれは、花弁に囲まれた中央部へ、ぐさりと突き刺さった。

 左足に巻き付いた弦がその力を緩め、周りの他の弦たちも、次々にその動きを鈍らせていく。

(;メ-_-)「やったか?!」

 立ち上がり、花びらの内側を覗いた。
なにやらどす黒い、固体とも液体ともつかないようなもので満たされた空間に、
自在箒の先端が突き刺さっていた。



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