从'ー'从 オトナの階段を上るようです(-_-)4日目-2
それを見て、ほっと胸を撫で下ろすと、
从;ー;从「ヒッキー!」
(;メ-_-)「わっ!」
渡辺が甲高い声を上げながら、彼の身体に向かって飛び込んできた。
背中に手が回されて、彼女はこれ以上ないほど、ヒッキーに身体を密着させる。
(*メ-_-)「わ……渡辺さん」
同じように、彼も渡辺の華奢な身体を抱き締めた。
みぞおちの辺りに、丸く柔らかい、女性特有の膨らみを感じる。
役得だ。
そう思いながら、その感触を楽しんでいた彼だったが、
そのうちになんとも言えない激しい欲望のようなものに掻き立てられたので、
それを必死に抑えつつ、泣く泣く身体を離した。
从;ー;从「もう……ムリ、しないでよ、ね?」
渡辺は、涙で塗れた顔をヒッキーの胸に埋めたまま、
涙声でそう、途切れ途切れに言った。
それを聞いて少し頬を紅潮させながら、彼は答えた。
(メ-_-)「大丈夫ですよ、このくらいの傷」
渡辺の柔らかな頬が、鎖骨のあたりに当てられる。
彼女の頬を伝って、涙が肌に触れた。
お互いに、感情が昂ぶってる。
今なら、言えるかもしれない。
彼は決意を固めて口を開き、言葉を紡ぎだそうとした。
しかし、次の瞬間。
(;-_-)「――!」
油断していた。
反応が遅れてしまった。気付けなかった。
こちらに向かって飛んでくる、一本の太い弦。
从;'ー'从「ひゃう!?」
それは渡辺が声を上げる間に、彼女の括れたウェストを、二本の細腕を巻き込んできつく締め上げた。
从;'ー'从「ひぃやっ……たすけ……」
(;-_-)「渡辺さん!」
肩に当てていた手が、無理矢理離され、渡辺の身体が宙ぶらりんの状態になる。
从;ー;从「嫌、イヤぁっ! 助けて、ヒッキー!」
劈くような高い声を上げて泣き叫び、彼女は両脚を激しくばたつかせるが、
新たに何本か伸びて来た触手が両方の足首に巻き付き、その自由さえも奪った。
(;-_-)「くっ!」
ヒッキーは渡辺を助けるべく、先程と同じように、弦の本体と思しき”花”を探す。
やがて天井近く、渡辺のちょうど背後に、先程とは違う青色のそれが見えた。
(-_-)「そこかっ!」
彼は先程の箒を手にすると、花を目指して勢いよく駆け出した。
しかし、彼の行く手を阻むように、一本の弦が彼に向かって水平に打たれた。
(;-_-)「わっ!」
思わず足を止め、屈む。
彼の額の上、僅か数センチのところを、弦は掠めて通り過ぎて行き、
そのまま勢い余って、ロッカーを幾つか吹き飛ばした。
見れば、倒れたロッカーを上下に裂くように、金属製品独特の、鋭い凹みが現れていた。
彼は、背筋に強烈な寒気が走るのを感じた。
紙一重だった。
あれをまともに食らったなら、どうなっていただろう。
後ろに思い切り吹き飛んで、もしかしたら肋骨の二本や三本くらい折れていたかもしれない。
安堵の直後に襲ってきたさらなる恐怖に、ヒッキーの足が竦む。
一瞬の隙を突くかのように、また弦が彼に襲い掛かってきた。
彼はすぐさまそれを察知し、殆ど反射的に床を蹴って飛び上がった。
風を切るような音とともに、彼の足元を弦が通り過ぎていく。
しかし、
(;-_-)「ぐわああぁぁぁ!」
遅れて高めにもう一本打たれた弦が、彼の腹部を直撃する。
彼の身体はそのまま勢いよく吹っ飛ばされ、無数のロッカーの残骸の上に倒れ込み、金属板に頭をぶつけた。
あまりの痛みに後頭部を押さえ、そして、手の平にべっとりとした感触を覚える。
どうやら傷口が開き、多量の血液が噴き出しているようだった。
彼の身体は、すでに満身創痍であった。
目を開ければ、視界がくらむ。
殴られたときの鈍痛とは別に、鋭く激しい痛みが絶え間なく腹部を襲う。
それでもなんとか、彼は上体を起こす。
渡辺を助けたいというその思いが、気力だけが、彼にそうさせた。
しかし、そこから立ち上がって戦うだけの力は、彼には最早残っておらず、
ただ歪む視界の中に、水平に引かれた緑色の直線を捉えるのが精一杯であった。
――ああ、これまでか。
心の中でぼんやりと呟きながら、彼は恐怖から逃れるように、その目を強く閉じた。
そうして、どのくらいの時間が経っただろう。
いや、大した時間は経過していないのだろうが、それにしても、あまりにも長すぎやしないか。
予測し、恐れ慄いたあの強烈な痛み。
いつまで経っても襲ってこないそれに対し、彼は著しい違和感を覚える。
いったい、何が起きたというのだ。
(;-_-)「どうなって……」
現状を確かめるべく、彼は薄く目を開けた。
しかし、彼が目にしたのは、左右に伸びた緑の直線でもなければ、その身代わりとなった何かでもなく、
川 ゚ -゚)「……間に合ったか」
本体から切り離され、床の上で死ぬ間際の蛇のように力無くうねる弦と、
一本の日本刀を構え、この殺伐とした場の中において、あまりにも凛とした雰囲気を保っている、
黒髪の少女の姿であった。
―― ―― ――
少女は向かってくる弦を、片っ端から薙ぎ払った。
その一連の動作は、一つ一つに一切の無駄が無く、それ故とても美しく、
もともとの彼女の容姿とも相まって、見るもの全てを魅了せんばかりの雰囲気を醸し出している。
ヒッキーもつい、その様子に思わず魅入ってしまっていた。
力ではない。
何か別の、もっと凄まじいものを以って、襲い来る弦を断ち切っている。
彼女の舞いを見ながら、ぼんやりと直感的に、彼はそんなことを思った。
やがて、彼女は弦の密集した部分への突入を試みた。
それまでとは比べ物にならない、無数の弦が彼女に襲い掛かるが、
その猛攻が身に届くよりも早く、剣先が花を捉え、真っ二つに割いた。
途端に弦の動きが止み、それと同時に、縛り上げられていた渡辺の身体も解放された。
从'ー'从「ふえぇ……あ、ありがとう……」
へたりと床に膝を着きながら、いつものように間の抜けた声を上げ、渡辺は少女の方を覗いた。
末広がりの二重目蓋、すっと通った鼻筋に、シャープな顎のラインが印象的な整った顔立ち。
それは、女の渡辺の目から見ても充分過ぎるほどの美しさを持っていたが、
同時に、まるで作り物のような冷たさも感じられた。
川 ゚ -゚)「二人とも、怪我は……」
言いかけて、少女は言葉を止めた。
それは、顔を血塗れにしてぐったりと座りこんでいるヒッキーの姿が目に入ったからに他ならない。
すぐさま彼女はポケットからハンカチと包帯を取り出し、ヒッキーに傷の手当てを施した。
(;-_-)「あ……ありがとう」
川 ゚ -゚)「よし、ひとまずこれで大丈夫だ」
表情一つ変えないままに手当てを終えた彼女に、ヒッキーはどもりながら訊ねる。
(-_-)「あ……あの、君は?」
川 ゚ -゚)「……それはどちらかといえば、私の台詞だと思うのだが」
(;-_-)「あっ……ご、ごめん」
川 ゚ -゚)「構わない。私の名前は、砂尾空。この学校の生徒会長だ。
ところで君たちは、ここで何をしていたんだ? 見たところ、うちの生徒ではないようだが」
少女――クーは極めて簡潔に自己紹介を済ませると、自らが持っていた疑問を口にした。
その問にヒッキーが口をもごもごと動かして答えようとしたが、それより先に、渡辺が話し始めた。
从'ー'从「えっと……こんなことを言っても、信じてもらえないかもしれないけど……
私たちは、別世界から来たんだよお」
川 ゚ -゚)「別世界?」
幾分調子を上げて、クーが聞き返した。
渡辺はこの世界に至るまでの経緯を大まかに説明した。
datという装置を探している事。それによって、この異変は起きたということ。
それらを聞きながらクーは、口に手を当てて顔を小さく伏せていた。
渡辺の説明が終わった所で、ふん、と呟きクーが顔を上げた。
川 ゚ -゚)「君たちは、別世界から来たのだな?」
从'ー'从「そうだよぉ」
川 ゚ -゚)「実はな、私もその『別世界』というものには心当たりがある」
突拍子も無い、発言。
渡辺は思わず声を漏らして驚くき、あわてて口を塞いだ。
一方でヒッキーは一瞬驚愕の表情を見せながらも、何も言わずに黙ってクーの言うことを聞いていた。
川 ゚ -゚)「普通なら、誰に言っても信じないだろうが、君たちなら信じてくれるだろう。
この世界の裏側には、もう一つ『魔界』と呼ばれる別世界が存在する」
从;'ー'从「ま……まかい?」
川 ゚ -゚)「その世界の住人……私たちは俗に『淫魔』と呼んでいるが、
奴らは読んで字の如く、自らが放出する煩悩をエネルギーに換えて生きている。
まあ、あっちの世界だけで収まっていればよかったんだが……」
クーは一旦喋るのをやめて、唾を飲み込んだ。
渡辺が、急かすように言った。
从'ー'从「何か、あったんですか?」
川 ゚ -゚)「所謂『魔王』の出現さ。数年前に出現した魔王は、通常の淫魔とは比べ物にならないパワーを持って、
この世界と『魔界』を繋ぐゲートを世界のあちこちに作り出した。
その結果、こんなことが今、世界中で頻発している」
(-_-)「エネルギーを得るために……ですか?」
川 ゚ -゚)「その通りだ。後は察しが着くと思うが……、
私の一族は、こちら側に来た淫魔を追い返し、ゲートを塞ぐ仕事を行っているわけだ」
从'ー'从「ふぇぇ〜……なんだか、日曜朝のテレ朝のアニメみたいな話だねぇ……」
もし、あのまま自分の世界に居て、何事も無く平和に過ごしていけば、こんな話はハナから信じなかっただろう。
そうでなくなったのは、やはりこの異世界の旅に慣れてしまったからか。
まるで他人事のように暢気なことを言いながら、渡辺はそんなことを考えた。
川 ゚ -゚)「前置きが長くなったが……話を戻そう。基本的に淫魔は、この世界では大した力を発揮しない。
せいぜい、卑猥な悪戯をする程度さ。さほど戦闘能力も持たない。
なのに今回は、こうも大規模なものが学校を襲っている。
それが私はどうも納得が行かなかった。
けれど、もし君たちが言う『dat』というものが一枚噛んでいるとすれば、それも合点が行く」
クーは何か急ぐように早口でそう説明した。そして一度口を止めると、少し間を置いて、言った。
川 ゚ -゚)「単刀直入に言う。協力して欲しい」
渡辺は頷いた。
从'ー'从「いいよ! こっちからお願いしたいくらいだよ。ね、ヒッキー」
ヒッキーは頭を押さえながら、しかし嫌そうな表情は微塵にも見せず、答えた。
(-_-)「勿論です」
それを聞いて、クーの口元が綻んだ。
しかしすぐに表情を戻し、彼女は言った。
ありがとう、と。
クーと渡辺、ヒッキーの二手に分かれて、ジェネレーターの捜索が始まった。
窓の外では、無数の弦が地面で蠢いている。
川 ゚ -゚)「恐らく、この触手の本体とdatとかいう装置は、校舎の外にある。
しかし、この中を通っていくのは流石に無謀だ。
だが、どうやら校舎の内部には、まだそれほど侵攻が進んでいないらしい」
二階に上って内側から様子を見よう。
そう、クーは提案した。
渡辺は不安に肩を震わせながら、クーに渡されたペンダントを、両手で固く握った。
紐の先には、赤色の宝石のようなものが付いている。
これには魔法が込められており、いざというとき、淫魔の攻撃から身を守ってくれる優れものだと、クーは言っていた。
二手に分かれてから、なぜか渡辺は恐くなった。恐くなったから、ペンダントを握っている。
彼女自身は、そのことを不思議に思っていた。
先程まではある程度、精神的に余裕があったのに。
川 ゚ -゚)「そう怯えるな。安心しろ、君に手出しはさせない」
言いながら、クーは渡辺の肩に手を当てた。
それでもなお、渡辺の不安は消えなかった。
この類の気持ちを、何度か経験したことがあるような気がする。
なぜだろう、と彼女は考えた。
クーは強い。それは先程の戦闘で明確なことだ。
それに、信憑性はともかくとして、お守りのようなものも持っている。
危害を加えられることに対しての恐さは、さほどでもない。
ならば、もっと違うところに原因があるのだろう。
先程と違う点。
それを考えた時、渡辺は何かがわかった気がした。
ヒッキーがいないのだ。
見知った人が傍に居ること。その安心感が先程まであった。そして、今は無い。
いくらクーが強くとも、これだけは賄えなかったのだ。
彼女はそう、自分を納得させた。
おかげで、恐怖心が少しだけ薄まった気がした。
川 ゚ -゚)「……居るぞ!」
突然、クーが呟いた。
その視線の先を、渡辺も追ってみた。
角の向こう。そこからなにやら、不気味な気配がするような気がした。
川 ゚ -゚)「離れていろ」
クーは鞘から刀を抜き、駆け出した。
途端に彼女の身体は、見えないオーラを纏ったかのように、強い気配を発する。
渡辺は、曲がり角の隅のほうへ移動した。
窓から伸びる、おぞましい程の数の弦の集合が、まるで海底の磯巾着のように不気味に蠢めき、
そのうちの幾つかが、一人のセミロングの少女の身体に、貪るように絡み付いていた。
川 ゚ -゚)「!」
途端に、五、六本の弦が素早く動き、クーの制服に絡み付く。
しかし彼女は冷静にそれを元から刀で断ち切り、振り払う。
そしてその勢いを殺さず、弦の根本へ向かって飛び込む。
絶え間なく襲い掛かる弦。
しかし彼女はそれらを一本一本確実に、しかも素早く処理していく。
彼女の刀に込められた魔力は、その威力を何倍にもさせると彼女は言っていた。
自分が強いのは、だからだと。
しかし、それだけではない。彼女は間違いなく、強かった。
流れるように、次から次へと、襲い来る弦を危なげもなく刈っていく。
一つの動作から次の動作に移るまで、隙が無い。
無駄の無い洗練されたその動きはある種の美しささえ感じさせ、
戦っている彼女は、まるで蝶のようであった。
渡辺は何もできず、口をあんぐりと開けている自分にも気付かずに、
その様子に、ただただ見惚れていた。
あっという間に、彼女は本体である花を真っ二つに切り裂いた。
触手の動きは止んで、表面から徐々に色を失い萎れていく。
支えを失って、掴まっていた少女がばたりと床に倒れた。
川 ゚ -゚)「気を失っているようだな……」
クーはそれだけ言うと、「行くぞ」と渡辺に移動を促した。
一瞬、夢見心地だった渡辺は、その一言ですぐにはっと我に返り、
そしてふと、あることに気付いた。
从'ー'从「放っておくの?」
川 ゚ -゚)「ああ。断言は出来ないが、おそらくここはもう安全だろう。気付いたら逃げ出すだろうし。
それに生憎、私はあまり人に正体を見られたくないのでな」
少ししこりが残る感じを覚えつつも、渡辺は彼女に従って進んだ。
窓の外の弦のせいか、相変わらず、辺りには不穏な空気が漂っている。
この空気に慣れていない渡辺には、踏み出す一歩一歩がとても重く感じられた。
どこか宙ぶらりんな気持ちを抑えるように額に手を当てると、僅かに熱を帯びていた。
向こうの角を曲がれば、もうすぐ、校舎の裏側に到着しようとしていた。
―― ―― ――
「うわあ、乳でっかい。牛みたいwwww」
「マジックでおっぱいに『メス牛』って書いてやればいいんじゃね?」
「鬼才あらわる」
「洗濯バサミ胸に付けていくつまで耐えられるか実験してみない?」
「お、面白そうwwwwやれやれーwwwwww」
「うわ、コイツ下の毛まで茶髪じゃんwwwwwマジで混血なんだwwwww」
「こいつ処女じゃんwwwwww遊びまくってるのかと思ってたwwwwww」
やめろ、やめろ、やめろ。
思い出す感触。屈辱、羞恥、そして恐怖。
頭の中に深く刻み込まれた傷が、じくじく痛む。
ハインは必死の抵抗を試みるが、所詮彼女の腕力では抵抗のしようが無く、
もがけばもがくほど、弦の拘束はキツくなっていく。
从 ;∀从「痛ッ!」
右肘を、捻じ切られるような激痛が襲った。
もう、力が入らない。彼女の右手がだらんと垂れ下がり、触手に弄ばれる。
抵抗したら、本当に腕を持っていかれる。
ハインは恐怖のあまり抵抗をやめ、自由を得ることを放棄した。
もともと恐がりな性分である。
一度抑圧の恐怖を覚えてしまうと、もうそれ以上の抵抗ができないのだ。
触手が伸びる。
白衣の袖からゆっくりと、絶妙なタッチで彼女の身体を這って進んだ。
やがてそれは鎖骨のあたりに到達すると、ハインの豊満な左右の膨らみを割って、
さらにその中へと侵入していく。
从 ;∀从「やめ……やめ、ろ……う……」
まだ太陽が沈まないうちから、学校で、触手に襲われている。
あまりにも非日常が過ぎる自体。わけがわからない状況への恐怖。
助けを呼びたいが、もう声が上がらない。
戦慄に身体が震え、短い言葉を発するのにも、ぶつぶつと途切れ途切れになる。
ぷちん、という何かが切れる音と同時に、胸のあたりがすっと自由になった気がした。
袖から触手がするりと抜けていった。
横目に見れば、一枚のレース生地が、フックのように曲がった先端に掛かっている。
ああ、剥かれていく。あの時と同じだ。
絶望に身体を強張らせ、見構える。
目の前にさらに二本、触手が現れた。
不意に、身体に緩く巻き付いていた触手が蠢き、ハインの乳房の上下で激しく食い込んだ。
それにつられるようにして、少し余裕のあった白衣がぴっちりと乳房に張り付き、
その綺麗な半球形を強調した。
从 ;∀从「うぅぅ……ひっくっ」
声を抑えようとしても、嗚咽が漏れる。それが耳に届くたび、ますます自分が惨めに思える。
自分は無力なんだ、自分はこうやって理不尽に突き付けられた状況に従うしかないんだ。
クーは優しかった。賢しかった。けれどそれ以上に強かった。精神的にも、体力的にも。
自分はどうだ?
他人のことなんか考える余裕もない。勉強はできても、こんな状態になると機転が効かない。おまけに体力も皆無だ。
さらに、この期に及んで諦めることも覚悟することもできず、誰かが助けに来てくれることをまだ願っている。
愚かだ。どこまでも愚かだ。
こんな愚かな私は、いっそこの変な怪物に食われてしまえばいいんじゃないか。
止まらない嗚咽、涙、動かない四肢。
シャツの上から胸の先端が撫でられ、それに合わせて背筋に弱い電流が流されたような感覚を覚える。
水滴が熱を帯びた頬を、冷たく伝っていく。
とてつもなく気持ち悪いのに、悔しいのに、でも感じさせられている。
生理的反応だ、仕方ないんだ。
いくら言い聞かせても、自己嫌悪が止まらない。
自然と、声が出た。
从 ;∀从「クー……助けて……くぅ……」
弱々しい声。弱々しい表情。でも確かな、助かりたいと思う気持ち。その現れ。
「……誰か、いるのかい?」
声は、届いた。
―― ―― ――
クーは窓から外の様子を見渡した。
彼女が睨んだ通り、やはり多くの弦の根本は裏庭に繋がっているようであった。
慎重に階段を降りて行き、手すりから顔を覗かせて一階の様子を確認する。
裏口は閉ざされ、一枚の厚いガラスが弦の侵入を拒んでいた。
淫魔の気配も、強くは無い。
ほっと一息ついて、彼女は渡辺を手で招いた。
川 ゚ -゚)「降りてこい、下は安全だぞ、渡辺」
渡辺は相変わらず、どこか覚束無い足取りで階段を降りて来た。
そんな渡辺の様子を見て、クーの頭にある疑問が浮かぶ。
川 ゚ -゚)「まだ恐いのか?」
从;'ー'从「……」
否定はしなかった。否定しなかったと言うことは、多少なりとも肯定の意を孕んでいるということだ。
いったい、彼女は自分に何の不満があるというのだろう?
それを考えたとき、クーはふと、あの細身の少年の存在を思い出した。
川 ゚ -゚)「そういえば、彼はまだ来ていないが……まあ、心配するほどのことはない。
いざと言うときのために武器も渡してあるし、淫魔にも好き嫌いがある。
自ら男にも女にも手を出す奴はいないよ」
彼女を安心させるために、言葉を並び立てた。けれど、表情は曇ったまま変わらない。
川 ゚ -゚)「彼はそれなりに有能さ。きっと大丈夫。
それは、君が一番よくわかっていることだろう?」
从;'ー'从「……うん」
力無く、渡辺は答えた。
なんとなくクーは、自分は信頼されていないのだな、と思った。
そして、こうも彼女に心配されているあの少年のことが、少し羨ましく思えた。
川 ゚ -゚)「彼とは、どういう仲だい?」
从;'ー'从「ふぇぇ?! ど、どういう仲って……」
突然のクーの問いに、渡辺はうろたえる。しかし構わず、クーは続ける。
川 ゚ -゚)「露骨に顔に出ているぞ。いくら私が彼より強いと言っても、本当は彼と居たほうが良いのだろう?」
从;'ー'从「そ……そんなことないよ! だいいち、彼とはただの友達で……」
川 ゚ -゚)「……まあ、ただの友達でもそこまで思われているのなら、きっと彼は幸せ者だな。
そして彼も君のことを、いざとなれば身を呈して守ったって構わないくらいに、大切に思っている」
何か自嘲的な表情を浮かべながら、クーは返した。
自分でもなぜそうしたのか、わからない。
ただ、何か強い嫉妬のようなものが自分の中で渦巻いているのを、彼女は感じていた。
そしてやがて、感情は不意に、言葉となって現れる。
川 ゚ -゚)「私も、君に対する彼のような友達が欲しかったよ」
やめろ、馬鹿な真似は止せ。
自分の中でそう言い聞かせても、どうしても、抑えが効かない。
きょとんとする渡辺を前にして、なおも思考は止まらない。
唇が、震えだす。たまらず、彼女は何かを言い出しそうになった。
けれど、必死に言葉を飲み込んだ。
ちょうどそれは、幼い頃に経験した、涙を堪えるときの感覚に似ていた。
クーは感情の正体にようやく気付く。
自分は、渡辺に嫉妬している。
もっと言えば、渡辺と彼女の相棒が、互いに互いを意識し合っていることに。
今言うべきことではない。彼女に言うべきことでも無い。
自分の中で、処理すべきことだ。
クーは黙り込んで階段に腰掛け、考え事を始めた。
つまるところ、自分は彼女のように、誰かともっと深い関係になりたいのだ。
では、その誰かとは、誰だろう。
不意に彼女の脳裏に、ある人物の像が現れる。
小柄で華奢な、まるで西洋人形が動き出したかのような風貌。
それに不似合いな、自己主張の激しい胸。
少し上に目を向ければ、色素の薄い、しかし綺麗な長髪。
睫毛の長いぱっちりした瞳と高めの鼻は、垢抜けない童顔にアクセントを加えている。
その姿は鮮明に、はっきり見えた。
なぜならば、その像の彼女は、例え遠く離れても決して忘れまいというくらい、
クーには馴染んだ存在だったからである。
飽きるくらい見てきた。
飽きるくらい一緒に居た。
なのに私は、君に対してまだ何かを望んでいるというのだろうか。
まったく、私という人間は全くもって貪欲だ。
なあ、ハイン。
クーがそんなふうに思索に耽っていると、突然、ガラスの向こう側に動く影が現れた。
川;゚ -゚)「!」
嫌な予感がした。
思わず、影に焦点を合わせる。手元ばかり見てぼやけていた視界がはっきりしていき、
やがて、その輪郭が徐々に浮かび上がってきた。
その姿は、ちょうど先程、彼女が網膜に結んだ像と一致した。
川;゚ -゚)「ハイン!」
彼女は柄にも無く、大声を張り上げた。
冷静になることを一瞬だけ忘れ、無我夢中で扉を開き、裏庭へと飛び出していった。
ようやく自由になった四肢を揺らし、ハインは確認する。
助かった。まだ純潔だ。
下着を失った胸元が心もとなく、思わず抱くようにして押さえた。
固くなりかけた乳首とシャツが擦れて、思わず身体がびくっと震える。
よくわからないが、見ず知らずの少年が現れ、自分を助けてくれた。
小刀で弦を断ち切って、四肢の拘束を解いた。
彼は「逃げて」と言ったが、ハインはそれに応じず、急いで戸棚に手を伸ばし、それを取った。
無茶な実験の副産物。
つまり、簡易的な爆弾を。
爆風が収まったあと、ハインはひょっこり顔を覗かせた。
窓ガラスが何枚か割れ、火の点いた触手が力なくうねっている。
紙が燃えるときの様子に似ているな、とハインは妙に冷静にそんな感想を持った。
辺りに目を向けると、遮蔽物として利用した実験机が少し焦げている。
また、とりあえず慌てて隠れたはいいが、衝撃で吹き飛ばされ、頭を打って気絶している少年も目に入った。
下手したら警察沙汰になるかもしれないな、なんて考え、けれど気持ちはどこか高揚していた。
从 ゚∀从「さーて……」
从#゚∀从「絶対許さねえ! ぶっ殺す!」
拳を振り上げ、火炎瓶を片手に、ハインは走り出した。
身体の上下運動に合わせて、自己主張の激しい胸が揺れるのも気にせずに。
怒りが冷めれば、また恐くなりそうだったから。
―― ―― ――
突然の疾走。
半狂乱になって飛び出したクーに、渡辺は驚きが隠せない様子だった。
从;'ー'从「く、クー?」
川;゚ -゚)「そこで待っていろ! すぐ戻る!」
クーは一瞬だけ振り向いてそう告げると、再び、庭の奥へ向かって走り出す。
駆ける、駆ける、駆ける。
階段を三段飛ばしで上り、林の間を抜ける。
躓いた、転んだ、かまうもんか。
弦が左右から二本、飛んでくる。しかし動じず、一振りで片付ける。
彼女の目は、常に一点を向いていた。
ビール瓶のようなものを片手に走る、親友の姿。
それは突然、ふっと動きを止める。
あれを投げる気か。無茶だ。倒せるわけが無い。
彼女が瓶を投げようと構えに入る。
しかし、それを待つはずも無く、弦は彼女の身体を襲う、襲う、襲う――。
――間に合え!
歯切れの良い音とともに、ブツッと弦が弾け跳んだ。
目を固く瞑ったまま、身体を縮めて身構える白衣の彼女。
少し時間を置いた後、おどろおどろしく辺りを確認するように、震えながら目を開く。
从;゚∀从「……クー」
川;゚ -゚)「間に合ったか」
クーは息を荒げながら一言そう言うと、次の攻撃に備える。
前に向き直った。
樹齢何百年もあろうかという大木、にもかかわらず身体のあちこちから弦をうじゃうじゃと伸ばし、
その中心には、赤くぎらりと光る目玉を備えている。
川 ゚ -゚)「あの赤い目玉……やはり淫魔か」
クーはいつものように妖気を感じようと探る。
異常に強い妖気が、やはりあの大木から発せられている。
从;゚∀从「い……淫魔?」
川 ゚ -゚)「……君には知られたくなかったのだがな。私の正体は」
少女は真ん丸い目をさらに丸くして、ぽかんとしながらオウムのように、耳慣れない単語を繰り返す。
飛び込んできた情報の多さに困惑しているのだろう。
しかし彼女に構っている時間は無い。
迫り来る無数の弦をすべて確実になぎ払う。
一本たりとも、ハインに触れさせはしない。
从;゚∀从「つ……強っ……」
弦の数は減らない。二本三本が一度に飛んでくる。
けれどクーは負けない。彼女の前では、二本三本の弦など二束三文ほどにしかならない。
押されてなるものか。後ろにあるものの違いを見せてやる。
鬼気迫る勢いで太刀を振るうクー。しかし。
川;゚ -゚)「むっ……」
徐々に、徐々にだが弦の数は増している。
拙い、このままでは埒が空かない。
碌な考えも無しに飛び出したことを悔やむ。
汗を拭う暇すらなく、もう一度刀を振り下ろした、その瞬間。
川;゚ -゚)「くっ……後ろ!」
虚を突かれた。
普通ならなんてことのない一撃。しかし、隠した珠玉が弱点になる。
体勢が、完全に崩れた。
从;゚∀从「クーッ!」
切っ先に弦が当たらない。斜めに入ってしまった。
痛手を免れた弦は、蛇が木の枝に巻きつくように刀身を巻いて滑る。
川;゚ -゚)「ぐっ!」
耐えろ、耐えてくれ。
前進の力を集中させ、思い切り刀を引くクー。
しかし無常にも、これ幸いと次から次へ弦が刀身へ巻き、その力は鼠算式に肥大化する。
川;゚ -゚)「うわぁっ!」
瞬間、辺りに火花のようなものが飛び散り、クーの身体が、真後ろに飛んで二転、三転した。
慌てて起き上がり、手元を確認する。
泥に汚れる手、そこには確かに柄の感触があった。
刀は、クーの手の中にあった。
そう、鍔から上を除いて。
川;゚ -゚)「そんな……そんなバカな……」
幼少より携えてきた、退魔の力を持った剣。
何年経っても、血を浴びても錆びず、どれだけ魔物を切っても切れ味が落ちることはなかった。
ましてや、折れることなど。
けれど今、確かに折れた。
原因は、そうだ、きっと魔力に刀身が耐えられなかったのだ。
赤く変色した折れ口、熱を帯びた柄。それらからクーは結論付けた。
自然とぼんやりする頭。定まらなくなる視点。
私は、どうすればいいのだ。
剣を失った私は、彼女と同じように、狼に突け狙われた赤頭巾に過ぎないのか。
勝てると思った。変な確信があった。
しかし、その正体は慢心に過ぎなかった。
これが、datというものの力だというのか。
刀身を持っていった弦は、標的をハインへと変更した。
川 ; -;)「やめろ! やめろ! やめろぉぉ!」
クーは半狂乱になりながら、ハインの右手を掴み、身体に纏わり付く弦を手で引き剥がそうとする。
その姿に最早、先程の凛とした面影はどこにも見当たらない。
泣き、叫び、もがき、転び……。
彼女は自分でも驚くほど、無力になっていた。
蝶のように舞っていた身体はただ華奢で、蜂のように刺していた腕はただ細かった。
川 ; -;)「うわあぁぁぁあああぁぁ!!」
ただ慟哭を響かせる、頼り無い、なんでもない、か弱い少女。
わけがわからないというような様子で、泣き狂う親友を見詰めている小柄な少女。
掴んだ手、指は解け、二人は引き離された。
―― ―― ――
頭が働かない。
目の前には依然として、弦に巻き突かれ目を白黒させる親友と、
表情こそないが、してやったりとでも言いたげにクーをぎょろりと睨み付ける、
不気味な巨大植物の姿がある。
クーは退魔家の家庭に生まれ、幼少から特別な教育を受けて育った。
いわば退魔の為に生まれ、退魔の為に生きる人間である。
才も努力も、兄弟、いや一族の誰と比べても劣らなかった。
それ故に、物心着いたころから淫魔との戦いには、一度として負けた事はない。
もちろん、このように窮地に立たされたことも。
敗北。
考えたこともなかった。
常に勝ってきたから。誰にも負けなかったから。
負けたらどうなるかなんてことは、頭の片隅にも置いておく必要はなかったから。
敗北、それが意味する事は即ち、喪失。
今ひとつだけ、彼女は知った。
从;゚∀从「クー……」
淫魔は淫行によりエネルギーを得る。
捕縛した女にコイツが何をするか。そんなことはもう、火を見るよりも明らかだった。
ぼとっ、と土の上に何かが落ちる。
泥に塗れた、学校指定の内履き。遅れてその上にひらりと、紺色の生地が乗りかかる。
ややあって、クーは何が起きたのかをようやく理解した。
ハインは大股を晒していた。
西から射す夕陽に照らされて、真白い肌はほんのりと赤く染まっている。
从;゚∀从「ちくしょう、やめろっ、やめやがれぇ!」
ハインは身を激しく捩じらせ、左右の膝を交差させるようにして合わせている。
必死の抵抗だ。
しかしその姿はあられもなく、動きもどこか艶めかしく見えてしまう。
彼女はついに見ていられなくなり、目を閉じて、悔しさに歯を食いしばった。
ハインが犯されようとしているのに、私は何も出来ないのか。
握り拳を土に埋め、幾度も幾度も自らを謗る。
何が退魔家だ。何が天才少女だ。剣がなければ無能じゃないか。
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