【プロローグ】




 きぃん、という音が鳴って、続けて葉の焼ける音が辺りに散らばる。

「幸せに、なりたくない?」

 凍てつく様な寒さの真夜中。冷たい風が辺りを舞う駅のホームに響いた、声。

('A`)「……さぁ、ね」

 ふっと吐かれた言葉と共に、空へと溶ける柔らかい煙。

「そのままで、いいとでも?」

('A`)「さぁて、ね」

 高く澄んだ声に耳を貸さず、そう呟く。

「今、幸せ?」

 その言葉には何も返さず、星の無い真っ暗な空を見上げて、また一つ、ふっと煙を吐く。

 何も見えない空がある。そうさせているのは言葉か、表情か、心根か。
 黒に染まる世界の中、きぃん、と鳴らすそれだけが、白く輝いていた。











   ('A`)幸せになりたいと願わない人はいないから、のようです
【第一話】




 十一月が去って、冬の風が駆け足で舞い込んできた、寒い寒いある日の朝。

「鬱田ドクオ君、だね?」

('A`)「……はい」

 都心に位置するも、そこには似つかわしくない程に小さなスーパーの、薄暗い控え室。

 一人はスーツを着て、一人はワイシャツに赤いエプロン。二人の男が、向かい合って座る。

「高校卒業後、地方の工場に就職するもすぐに辞めて、今は27歳、か。工場辞めてからさ、何してたの?」

('A`)「アルバイトを、色々と」

「ふぅん」

 赤いエプロンの男は、眼鏡の奥に潜ませた鋭い目で、ドクオを睨む。

「スーパーの仕事、ナメてるでしょ?」

('A`)「え?」




「シワだらけのスーツ着て、シャツは黄ばんでるし、声は小さい表情は暗い。やる気あるの?」

('A`)「……」

 はぁ、と溜め息を零して、立ち上がった赤いエプロンの男。

「こっちはね、野菜一つ売る為に必死になって走り回ってるんだ……帰っていいよ」

 吐き捨てて、そのまま部屋から出ていった。

('A`)「また、ダメだったかぁ」

 投げた言葉は壁に当たって、地面へと落ちた。

('A`)「ハナから雇う気なんか無いくせにさ。ほっとけよ」

 頭を掻いて、溜め息を吐く。そして立ち上がったドクオは早足で、店から出る。




('A`)「さっみー」

 一歩、外の風を浴びただけで、文句を言わずにはいられない程に、寒かった。

('A`)「コート、買うかな」

 呟いて、スーツの内ポケットから取り出した、煙草。くしゃくしゃになった、赤いマルボロのソフト。もう残り少ないのか、ひん曲がった一本を口にくわえる。

 そして、ドクオの手には、宝物。白銀の輝きを放つ、デュポンライター。
 きぃん、と音を鳴らして、火を点ける。

('A`)「ほんっとに良い音だな、これ」

 ドクオの手の中にあるのは、おおよそ安月給のサラリーマンには手が出ない様な、高級品。
 中でもホワイトゴールドで、ダイヤモンドが散らばるそれは、最高級と呼ぶに相応しい品。

('A`)「大事にしよう」

 なぜ、そんな物がドクオの手の中にあるのか?
 それは、ドクオの性格が余りに極端なものだったから。








('A`)「あー、疲れた」

 薄汚くて、狭いアパートの中。スーツをさっさと脱いで辺りに散らかし、ベッドに飛び込むドクオ。

('A`)「ねみー」

 ドクオは決して、下らないニートなどではない。

('A`)「明日は工事現場で単発の仕事だなぁ。疲れるなぁ」

 家賃を払って税金を納め、充てにならないと罵声される年金だって、きちんと払う。必要最低限は、働く。だけど、それ以上の事はしない。

('A`)「煙草煙草っ、と」

 そんなドクオが極端な性格を見せる一つの材料が、ライター。

('A`)「へへへ」

 必死になって働いて、貯金をして買ったデュポンライター。車で例えるならば、新車の軽なら一括、それを頭金にすれば高級車だって買える程の値段。




 たかがライターにそれだけのお金をかける、それがドクオ。

('A`)「さて、と」

 きぃん、と鳴らして、火を点ける。吐いた煙がすっかり黄ばんだ壁にぶつかり、溶ける。

 金持ちが自分のステータスを見せびらかす為に買うそれとは違って、狭いアパートでも、黄ばんだシャツでも、周りから薄汚いと言われても、ドクオはただ、それが欲しかった。

 そして、ドクオが嫌うものがある。

 それは――

('A`)「あー、嫌な予感」

 突如、部屋に響いた携帯の着信音。手にとり、開いて、溜め息。

('A`)「なんなんだよ、コイツ」

 ドクオが嫌いなもの。

 それは、友人。友人の振りをした、誰かさん。



【彼は普通に、生きているだけ】




【第二話】


 夜、冷たい風が頬を打つ寒空の下。暗闇を照らす赤提灯。
 居酒屋『よつば』の入り口に掲げられた暖簾を潜る、ドクオの姿。

('A`)「こんばんは」

( ´∀`)「お、来たモナね」

 目尻の垂れた、人の良さそうな大将の顔。

('A`)「大将。熱燗貰える?」

 ドクオはここの常連で、大将とは昔からの知り合い。モナーという名前らしいが、それが本名なのかはドクオも知らない。

( ´∀`)「了解モナ。それより上下真っ黒なスウェット姿はやめるモナ。みっともないモナよ」

('A`)「うっせ。相変わらず変な語尾してる大将に言われたくない」

( ´∀`)「モナモナ」




('A`)「……アイツ、いる?」

( ´∀`)「いるモナよ、ほら」

 顎先で示された方を見ると、ドクオの言う、アイツの姿があった。

( ^ω^)「お、ドクオおいすー。こっち来るお」

('A`)「……おう。久し振りだな、ブーン」

 座敷に置かれた紫の座布団の上で胡座を組んで、ドクオを手招きして呼ぶ、ブーンと呼ばれた男がいる。

( ^ω^)「いやー、毎日寒いおね」

('A`)「そうだなぁ」

 言いながら、ドクオはブーンの姿を見る。
 シワ一つ無い綺麗なジャケットを壁に掛け、同じく綺麗な真っ黒のスラックスと、真っ白なシャツ。

 対して、ドクオは汚ならしいスウェット姿。




( ^ω^)「今日は仕事が大変だったお」

('A`)「そっか」

 生きている世界が違うと、ドクオは思う。

 そもそもドクオとブーンは中学からの同級生だが、ブーンは明るくて、優しくて、大学を出て大手企業に勤めている。対するドクオは暗くて、地味で、高校を出て就職するもすぐに退職。何一つ、同じだと誇れるものが無い。

( ´∀`)「はい、熱燗モナ」

( ^ω^)「え、ドクオもう頼んだのかお?」

('A`)「うん」

 ずるいお、と叫ぶブーンを無視して、ドクオはポケットから煙草とライターを取り出して、音を鳴らす。 きぃん、と。その音を聴けば誰もが振り返ると比喩されるが、それに従う様に、ブーンも言葉を止めた。

( ^ω^)「ほんと良い音だおね、それ」

('A`)「だろ? この音を聴く為に煙草吸ってる様なもんだ」

 天井に付けられた換気扇目掛けて煙を吐くドクオ。



( ´∀`)「煙草は身体に悪いモナ」

('A`)「いいんだよ」

( ^ω^)「値上がりもしてるお」

('A`)「いいんだよ」

 ドクオと向かい合って座るブーンの隣に、何故かモナーがいる。

( ´∀`)「控え目にするモナよ」

('A`)「ありがとう。で、なんで大将ここにいんの?」

( ´∀`)「いや、注文」

( ^ω^)「あ、ブーンはビールだお。後は適当につまめる物を頼むお」

( ´∀`)「了解モナ」


 言って、モナーは引っ込む。それから少しして、お酒を片手にドクオとブーンは色々な事を話し出す。

 ブーンにとっては楽しい時間。そして、ドクオにとっては不快な時間ではあったが。








 騒がしかった時間も落ち着いて、人がぽつりぽつりと見えるだけになった店内。

( *^ω^)「ドクオは熱燗ばかりだお、ビール呑むおビール!!」

('A`)「いらねぇよ。寒いんだよ」

 頬を朱に染めるブーンと、何杯呑んでも変わらないドクオ。

( *^ω^)「ブーンはまだまだビールだお」

('A`)「デブだから寒さがわかんねぇんだろ」

( *^ω^)「失礼な!! ぽっちゃりさんだお」

('A`)「デブだろ、紛れもないデブ」

( *^ω^)「ンッフフフ」

 何が面白いのか笑い出したブーン。

('A`)「そろそろ帰るか」

 ドクオはそれを無視して、言う。




( *^ω^)「もうかお?」

('A`)「ああ、明日早いんだ」

( *^ω^)「じゃ、お開きだお」

 二人同時に立ち上がり、勘定を済ませて、店を出る。

( *^ω^)「じゃあ、またね、だお」

('A`)「……ああ」

 店の前で手を振って、二人は別々の道を歩き出す。

('A`)「アイツ、まじでなんなんだ」

 ドクオの中でブーンという男は、とても不思議な存在で。どうして自分なんかに会いたがるのか、わからなかった。

 推測で示せる答えは一つ。ドクオが何より嫌う、優越感と、劣等感。



【友人みたいな顔で笑わないでと、言いたくて】




【第三話】


 次の日、朝早くから工事現場へと足を運ぶドクオ。

('A`)「よろしくお願いします」

「え? 大丈夫かお前。チビだしヒョロヒョロじゃん。木材運んだりとか、出来る?」

('A`)「できます」

「まぁいいけどさ、もうちょっと考えてほしいよな派遣元さんはよ」

 言葉を投げ付けるのは、明らかにドクオより年下の男。

('A`)「よろしく、お願いします」

 黄色いヘルメットを被り、似合わない作業着に身を包んだドクオ。
 ただ黙々と、手を動かす。

「あいつ、なんか気持ち悪くね?」

「人とか殺しそうな顔してるよな」

('A`)「……」

 うっすらと聞こえる罵声の言葉。ドクオは無視して、木材を運ぶ。




('A`)「お疲れ様でした」

 夕方になり仕事を終え、日当を貰って帰る。

「まじであいつさ〜〜」

「ほんとに〜〜」

 汚い言葉達はずっと、ドクオの耳の周りを蠢いていた。





('A`)「あー、疲れた」

 家に着き、ベッドに飛び込む。

('A`)「飯と、シャワー。めんどくせぇなぁ」

 少しの間唸って、立ち上がり、シャワーを浴びる。



 普段から独り言の多いドクオだが、そうさせるのは寂しさか、苛立ちか。

('A`)「明日から三日間、休みだな」

 誰も聞いてはいないのに、やたらに言葉を溢す。

('A`)「久し振りだし、行くかな」

 言って、布団に潜る。あっという間に寝息をたてて、独り言は無くなった。

 ドクオは毎日、こんな生活を繰り返す。淡々と、繰り返す。
 理解が無い人々は、不気味なドクオを言葉で殴る。悪い事をしているわけではないのに、罵声される。

 しかし、その原因となっているのは、やはりドクオの性格で。
 就職した先の工場でも、笑わない、喋らない、暗い。だから、執拗なまでに責められる。

 ドクオはただ、放っておいて欲しかった。何も悪い事はしないからと、これが自分の性格だからと、放っておいて欲しかった。
 だけど、それは決して叶わない。
 どうしても周りに嫌がられてしまう。それは短所であって、そして個性でもある。

 だからこそ、独りで生きさせて欲しいと、ドクオは願い続けた。



【異常だと言われても、彼にとってはこれが普通】




【第四話】


 暖かい陽の光が降り注ぐも、やはり頬を打つ風は冷たい午後。

('A`)「久し振り」

 ドクオは一人、石に向かって声を投げる。

('A`)「今日は良い天気だよ。寒いけど」

 水をかけ、掃除をして、、腰を下ろして、手を合わせる。
 そこは、今は亡き両親の墓。

――誰? 医者? 病院? 父さんは? 母さんは?

 中学校の入学式の前日。両親は事故で亡くなった。

――なに? 重傷? え? 重……体?

 入学祝いのプレゼントを買いに行く途中の、交通事故だった。

('A`)「未だにさ、思うんだ」

――遺品? 時計? いら……ないよ。ねぇ、父さんはどこ? 母さんは? どこ?

('A`)「こんなもんが無けりゃあ、死ななかったって」




 真っ黒でシワくちゃなスーツと黄ばんだシャツから伸びる左手首に、銀色の時計。
 高級なものではないが、安い風にも見えない。

('A`)「こんなもんいらねぇから帰ってきてほしいって、何度も思った」

 時計の針は、動かない。

('A`)「どうしたらいい? 俺は、どうするべき?」

――わからないな。俺のせいだよ。ごめん、ごめんな。

 両親が亡くなった日からずっと、ドクオの胸に残る感情は、懺悔。

 手を合わせて俯くドクオの袖口を、慰めるつもりか、嘲笑うつもりか、冷たい風が泳ぎ回っているだけだった。








('A`)「こんばんは」

( ´∀`)「いらっしゃいモナ」

 夜、墓参りを終えたドクオは、居酒屋『よつば』に顔を出す。

('A`)「今日、行ってきたんだ、墓参り」

( ´∀`)「そうモナ。カウンターに座るモナ。熱燗でいいモナね?」

('A`)「うん。ありがとう、大将」

 せわしなく動くモナーが、ふっと手を止める。

( ´∀`)「……墓参りに行った日は『モナーさん』って、呼ぶモナ」

('A`)「そう、だね」

 しばらくの間、ドクオは黙ってお酒を呑む。
 客が去り、モナーが暖簾を片付けても、ドクオはまだそこに座っていた。




( ´∀`)「お待たせモナ」

('A`)「うん。待った」

( ´∀`)「それは悪かったモナ。今日のお代はいらないモナ」

('A`)「いや、冗談だよ」

( ´∀`)「そうモナか」

 人の良さそうな顔が示す通り、モナーは極度のお人好し。
 困っている人を放ってはおけないモナ、それが口癖。その優しさにつけこんで、お金を払わず店を出る常連客は沢山いる。

('A`)「もうちょっと厳しくならないとダメだよ」

( ´∀`)「難しいモナ」

('A`)「ま、俺からは強く言えないけど、さ」




 日本酒を美味しそうに呑むモナーの顔を、ドクオはじっと見つめる。

('A`)「老けたね、モナーさん」

( ´∀`)「そりゃそうモナ。君が中学生だった頃から、随分と長い時間が流れたモナ」

 両親が亡くなってから、ドクオの面倒を見てきたのはモナーである。
 家族でもない、親戚でもない、ドクオの父親の友人だったモナーが、ドクオを育てた。

('A`)「その……学費とかさ、迷惑だったろうに、本当に感謝してる。モナーさん」

( ´∀`)「やめるモナ。僕は結婚してないし、子どもだっていないモナ。迷惑だなんて思った事は無いモナよ」

('A`)「俺さ、もう人生の半分以上がモナーさんの息子みたいなものだか――」

( ´∀`)「やめるモナ!!」




 温厚から産まれてきた様なモナーが、突然大声をあげる。

('A`)「……悪かったよ」

( ´∀`)「モナモナ。親不孝な事を言っちゃ駄目モナ。君の父親は本当に素晴らしい人だったモナ。僕とは大違いモナ。君に、父親は一人モナよ」

('A`)「モナーさんはどうして結婚しなかったの? 優しいのに」

( ´∀`)「こんな性格だから、モナね」

('A`)「……そっか」

 その一言で、ドクオはなんとなく理解ができた。自分よりずっと長い時間を生きているモナーには、その分だけ沢山の辛さや苦しみがあったのだろうと、理解した。

('A`)「とにかく、モナーさんには感謝してるんだよ。感謝するのはいいよね?」

( ´∀`)「もちろんモナよ。感謝の証として、僕のお酒代は君にツケとくモナ」

('A`)「……まじか」




 それからしばし、沈黙があった。
 次にモナーが口を開いた時、ドクオは不思議な感情に襲われる。

( ´∀`)「ねぇドクオ君? またここで働いてみないモナ?」

('A`)「え?」

( ´∀`)「君がいると、助かるモナ」

('A`)「冗談だろ? 俺が昔ここで働いた時、お客さん減ったじゃん。俺のせいでさ」

( ´∀`)「たしかに君は暗いし愛想も無いけど、それでも僕は――」

('A`)「無理無理。今日は帰るよ。また来るねモナーさん」

( ´∀`)「……モナ」

 お金を置いて、早足で店を出たドクオ。ぽつんと一人、モナーを残して。

( ´∀`)「ドクオ君がいると、助かるモナよ」




――ねぇ、モナーさん?

――大将、モナ。

――めんどくさいなぁ。ねぇ、大将?

――どうしたモナ?

――店の名前、さ。『四ツ葉』ってやつ。ひらがなの方がよくない?

――ひらがな? どうしてモナ?

――なんとなく。子どもでも読めるし。

――子どもは居酒屋に来ちゃ駄目モナ。




――あー、なんかさ。ひらがなの優しい雰囲気が、モナーさ……大将の優しさにピッタリなんだよ。

――優しさ?

――うん。優しいよ、大将は。

――そうモナか。考えとくモナ。

――絶対だよ!! 絶対!!

( ´∀`)「お人好しな僕を利用する人は沢山いるけど、僕を誉める、ドクオ君みたいな子は少ないモナよ」

 嬉しかったモナ、その言葉をテーブルに置いて、居酒屋『よつば』の灯りは消えた。








('A`)「まいったね」

 帰り道、ドクオは思う。自分みたいな暗い奴を誘うのはきっと、同情なんだろうと。

――すみませんモナ。彼はこういう顔なんだモナ。

――ごめんなさいモナ。彼が暗いのは生まれつきモナ。

――ドクオ君は何も悪くないモナよ。ただちょっと顔面が散らかってるだけモナ。

 思い出すのは、自分の為にモナーが頭を下げる姿と、その他。

('A`)「今気付いたけど、モナーさんも俺に酷い事言ってる。いや、しかしなぁ」

 歩きながら、うーん、と唸るその背後。

川 ゚ -゚)「……」

 パンツスーツ姿の美しい女性が、ドクオの背中をじっと見ていた。



【不幸だったからこそ、優しい人に出会えた】




【第五話】


 それは、高校二年生だった暑い暑い夏の日の夕方。

( ;ω;)「どうしてだお? どうしてなんだお?」

 病で突然亡くなったのは、ブーンの父親。

( ;ω;)「ねぇ、父ちゃん!! どうして病気を隠していたんだお? ブーンは、ブーンは!!」

 病室の中、もう二度と動かない父親に対し、言葉をぶつける。

「やめなさい。お父さんは頑張ったのよ」

( ;ω;)「母ちゃん、知ってたのかお!? なんで黙ってたお!? 信じられないお!! ブーンは家族じゃないのかお!? 頑張ったってなんだお!! ふざけるなお!!」

「だったらブーンに、何が出来たの? 高い医療費を払えたの? 学校辞める? そんなの、お父さん一番悲しむわ」

( ;ω;)「うるさい!! うるさい!!」

 叫び散らして、ブーンは病室から、そして病院から、逃げるように走る。

 溢れ出る涙を堪える事もせずに、ブーンはひたすらに走った。
 すれ違う誰かさんが、泣きじゃくるブーンを見て笑った。




( ;ω;)「ひどいお……ひどいお」

 家にも帰らず、暗くなった公園のブランコに座って、ただ涙を流す。

('A`)「どう……したの?」

 そんなブーンに声をかける、笑っていない誰かさん。

( ;ω;)「誰だお」

('A`)「鬱田……ドクオ。あー、たぶんお前と、同じクラス」

( ;ω;)「そうかお。ほっといてくれお」

('A`)「わかった。ほっとく」

 言って、ドクオはブーンの隣のブランコに腰をかける。

( ;ω;)「何、してるお?」

('A`)「え?」




( ;ω;)「どっか、行ってくれお。ブーンは泣きたいんだお」

('A`)「ならお前がどっか行けよ。お前の座ってるそのブランコは、俺の特等席だ。お前みたいなデブに座られたら、木が駄目になるからやめてくれ」

( ;ω;)「無茶苦茶だお。ブーンはこんなに泣いてるのに、優しくするのが普通だお!?」

('A`)「鬱陶しいなぁお前。ちょっと待ってろ」

 立ち上がって、どこかへと行く。すぐに戻ってきたドクオの両手には、缶コーヒー。

('A`)「飲め」

( ;ω;)「ブラック、飲めないお」

('A`)「……知らね」

 文句を言いながらも、弾んだ音を鳴らしてプルタブを開け、勢いよくコーヒーを流し込むブーン。

( ;ω;)「にがい」

('A`)「知らねって」




 ブーンの嗚咽だけが響く時間が少しあって、落ち着いたのか、ゆっくりと話始める。

( ;ω;)「父ちゃんが死んだお」

('A`)「……ふぅん」

( ;ω;)「病気だったお。隠してたんだお。悔しいお」

('A`)「そうなんだ」

( ;ω;)「何も、思わない?」

('A`)「は?」

( ;ω;)「ドクオ君は、冷たい人だお」

('A`)「さぁね」

 ドクオから投げられる言葉が痛いのか、悔しいのか、拳をギュッと握るブーン。




('A`)「母さんは?」

( ;ω;)「え?」

('A`)「お前の母さんはどうなんだよ? お前より長い間一緒に居た人がいなくなって、辛いんじゃないのか?」

( ;ω;)「病院に、置いてきたお」

('A`)「お前はいつもガキ臭いこと言ってるけど、男だろ? 母さんは女だ。男が女を守るのは当たり前だ。父親がいなくなったんなら、尚更」

――こんな時だからこそ、大人にならないといけないんじゃないのか?

( ;ω;)「……」

 強く握った拳は、次第にほどかれて。

( ´ω`)「そう、だおね」

 ブーンは、泣くのをやめた。

('A`)「おいデブ。足、付いてんだろ? 会えるんだろ? 母さんに。手遅れにならないうちに、会って優しくしとけ」

( ´ω`)「どういう、意味だお?」

('A`)「さぁね。いいから行けよ、走れよデブ」

( ´ω`)「……わかったお」




 立ち上がって、疲れているのか転びそうな足取りで駆け出したブーン。
 が、公園の入口ではたと気付いて、足を止める。

( ´ω`)「いつも? ドクオ君と話したのは今日が初めて、だお?」

 振り返って、ブランコの方を見てみると――

('A`)「……うめぇな」

 ブーンが座っていたブランコに座って、えらく満足そうな顔をしてコーヒーを飲むドクオが居る。

( ´ω`)「不思議な人、だお」

 言って、また駆け出した。今度は振り返ったりはせずに。

('A`)「うめぇ」

 ブーンに会った事など忘れてしまったかの様に、ドクオはずっと、そこに居た。








 都心部に位置する、大きなビルの会議室。

( ^ω^)(眠いお)

 眠そうな顔をして会議に挑む、ブーンがいる。

( ^ω^)(今度はいつ、ドクオと呑めるかお?)

 頭の中は、誰かさんの事ばかり。

( ^ω^)(あー、呑みたいお)

 ドクオが抱くブーンへの感情と、ブーンが抱くドクオへのそれは、大きく大きく違ったもので。

――ドクオはブーンの、救世主だお。

 酷く子ども地味た発想ではあるが、ブーンは心の底から、ドクオの事を慕っていた。



【あの日まで誰かさんだった君は、今では僕の救世主】




【第六話】


川 ゚ -゚)「こんにちは」

('A`)「え?」

 まだ寒いある日の午後、煙草を買いに出掛けたドクオは、街中で不意に声をかけられた。

('A`)「えっと……誰?」

 パンツスーツ姿の、知らない人。それだけで背中に冷たい汗が走る。まるで精神病みたいだなと、下手な自虐がドクオの脳裏を過った。

川 ゚ -゚)「素直クー」

('A`)「は?」

川 ゚ -゚)「クーと、呼べ」

('A`)「え? は、え?」



 えらく美人な知らない女が目の前に現れて、突然名乗った。それに足して、ドクオは御世辞で言っても、不細工。
 そこから導き出せる答えは、一つ。

('A`)「宗教の勧誘?」

川 ゚ -゚)「違う」

 即座の、不正解。

('A`)「じゃあ、なに?」

川 ゚ -゚)「私は、貴方に会いに来た」

('A`)「は?」

川 ゚ -゚)「とりあえず、来い」

 途端、クーはドクオの腕を引っ張り歩き出す。

('A`)「ちょ、どこ行くの? え、何? 誰?」

川 ゚ -゚)「行けばわかる」

('A`)「わかった、わかったからさ。手、離して。人が見てる」

 パンツスーツの美しい女が、スウェットを着た不細工の手を引く。街行く人々が、何事かと二人の姿を見る。




川 ゚ -゚)「気にするな」

('A`)「いや、笑われるよ? いいから離せよ」

川 ゚ -゚)「笑う? わかった」

 ようやっと自由を取り戻した手。ドクオは手を宙に泳がせて、一度頷く。

('A`)「あんまり俺に関わらない方がいいよ」

川 ゚ -゚)「??」

('A`)「まぁいいや、さっさと行こう」

川 ゚ -゚)「わかった」

 それからは黙って、並んで歩く二人。
 クーはドクオより背が高く、綺麗な長い黒髪に、胸も大きくて美しい。
 すれ違う男のほぼ全てが、鼻の下を伸ばして振り返る。

 そして、辿り着いた場所。

('A`)「おい、ここ――」

川 ゚ -゚)「いいから」

 からから、と鳴らして扉を開いて、中に入る二人。



( ´∀`)「いらっしゃいモナ」

 ドクオが通い慣れた、居酒屋。

川 ゚ -゚)「こんにちは」

( ´∀`)「こんにちは、クーちゃん」

('A`)「……」

( ´∀`)「どうしたモナ?」

('A`)「なにがなんだか、わからない」

 無表情が笑顔の様なモナーが、目を線にして笑う。

( ´∀`)「クーちゃんモナよ」

('A`)「いや、知らないよ」

川 ゚ -゚)「やっぱりか」

( ´∀`)「やっぱりモナね」

('A`)「??」

 知らない女性のはずだと、ドクオは思う。




川 ゚ -゚)「五年前、駅で」

( ´∀`)「線路に落ちた女性を、君が助けたモナ」

('A`)「え? あー、うん。あったね、そんな事。忘れてた」

 ドクオにとっては、ちっぽけな思い出。キッカケがなければ思い出せない様な、小さな小さな思い出。

川 ゚ -゚)「あの女性は、私の母だ」

('A`)「あー、そうなんだ」

川 ゚ -゚)「ありがとう。あの時、母を助けてくれて」

('A`)「うん……いや、どうも」

( ´∀`)「とりあえず、座るモナ。僕は店の準備があるし、まだ開店してないから客は来ないモナ。ゆっくりと話すモナ。お酒持ってくモナ」

川 ゚ -゚)「ありがとう」

 いつかの日、友人の振りをした誰かさんと呑んだ時と同じ席に、向かい合って座る二人。




川 ゚ -゚)「本当に、感謝してる」

('A`)「いや、そんな大した事じゃない」

川 ゚ -゚)「貴方にとってはそうだったかもしれない。でも、私や母にとっては、違う」

('A`)「そっか」

川 ゚ -゚)「母は、先日亡くなった」

('A`)「え?」

川 ゚ -゚)「元々病弱だった。だけど、安らかな最期だった」

('A`)「そうなんだ」

川 ゚ -゚)「貴方がいなければ、母はとっくに死んでいた。父親のいない私にとって、母の存在はとても大きかったから」

('A`)「んー、あー」




川 ゚ -゚)「本当にありがとう」

('A`)「よし、止めよう」

川 ゚ -゚)「え?」

('A`)「こういうの、慣れてない」

川 ゚ -゚)「そう」

('A`)「うん」

 それから静かに、静かに静かに、二人は様々な事を話した。

 ドクオがとにかく暗い性格だということ、不細工だということ、フリーターだということ。彼女なんていたことがないということ。
 クーが今、23歳だということ、大学を出て、ブライダル関係の仕事をしているということ、男の人と付き合ったことはないということ。




('A`)「絶対嘘だ」

川 ゚ -゚)「なにが?」

('A`)「その顔で、その胸で、そのスタイルで、付き合った事がないわけがない」

川 ゚ -゚)「変態か」

('A`)「うっさい黙れ」

川 ゚ -゚)

('A`)「まぁ、あれだ」

川 ゚ -゚)

('A`)「いや、うん」

川 ゚ -゚)

('A`)「ごめん、黙るな」

川 ゚ -゚)「わかった」

 ドクオは不思議と、クーと話すのが楽しいと、感じた。なぜかは、わからない。




川 ゚ -゚)「貴方は、珍しい」

('A`)「なにが?」

川 ゚ -゚)「他人に対して、自分の短所をさらけ出せる人は、少ない」

('A`)「普通だろ」

川 ゚ -゚)「私とは、正反対だな」

('A`)「そう?」

川 ゚ -゚)「うん」

('A`)「そっか」

 ゆっくりと、穏やかに流れる時間。だけど楽しい時間はあっという間に過ぎるもので。

('A`)「ちょっと煙草吸ってくる」

川 ゚ -゚)「吸ってもいいぞ?」

('A`)「いや、いいんだ」



 ぼちぼちと客が入り始めた店の中、ドクオは横目でそれを見ながら、店を出る。

 居酒屋の壁に背中を預け、ポケットから煙草と宝物を取り出す。
 きぃん、と一つ、響いた音。

川 ゚ -゚)「ん?」

 店の中でその音を微かに聴いた、クーが不思議そうな顔でいる。

('A`)「……まいったね」

 薄暗い空を見上げて、一言溢す。
 言葉と共に空に投げた、芽生えてしまった小さな小さな――

('A`)「ほんと、まいった」

 恋心。



【宝物の音を聴きながら、考えるのは君のこと】




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