( ^ω^)ブーンがトライアスロンに挑戦するようです 1日常



今から思い出しても懐かしいあの頃。

水泳教室に行きながらコーチの話を聞かない厄介者だった。
なまじ速かったから余計だったんだろう、特に順位や速さを求めてなんていなかった。
強いて言うなら自分勝手に振舞うことで困る相手を見るのが好きだった。

水泳教室で自分は2番目に速かった。
でも所詮二番手は二番手だ、それが納得いかなかったのかもしれない。


いや、当時はそこまで深くなんて考えやしなかったが。


中学校で部活に入り、好きな人ができたくらいから水泳に対する思いは強くなった。

自分にはそれしか誇れるものがなかったから。
だからこそひたすらに自分は水泳だけを磨いた。

県で何番までいくと、他の学校の人間も自分を知ってくれるようになる。
それでようやく自分に自信を持てるようになった。


ああ、初恋の話は忘れてくれ。
失敗に終わったんだ。


恋という物は一度すると幾度と繰り返すものなんだとわかった。
高校時代には何度と恋した。
告白をすることは無かったが、そのもどかしさは全て水泳にぶつけていた気がする。

しかし高校で水泳のタイムは伸びなかった。
練習をしているのにタイムは縮まない。


噛ませ犬。
自分に対する自信がなくなっていった。


  「お前には期待している」


誰もが自分にそう言った。
そう言えば良いと思われている自分が嫌になった。
記録なんてもう出ない、悔しくて一層頑張ったが自分はこれ以上伸びなかった。


いつからだったろう、泳ぐのが好きでなくなったのは。


大学ではそれなりに名の知れ渡った大学に行った。
それが運の尽きだったろう。

全国何番目というバケモノがそこにはいた。
自分がまったく及ばない選手達。
そして「それなりに」速く泳げる自分は未経験者の世話係。


自分は決して水泳が好きじゃなかった。
それでもやるからには真面目にやってきたし、相応の努力もしてきた。


そんな自分が入れられたのは、部活の『不真面目組』だ。


初心者とお遊び気分の人間、プールという遊技場。

嫌気が刺した。
ただでさえ泳ぐのは嫌いだというのに……わだかまりばかりが募った。


さて、そんな自分はただ怒りに任せて泳いだ。
泳ぐことでしか胸のつかえを取る事が出来なかった自分は、
休みの日には町民プールでひたすらに泳いでイライラを解消していた。

皮肉な話だと自分でも思う、水泳が嫌いなのにその水泳のわだかまりを解消する方法が水泳しかないのだから。



そこで彼女と出会ったのだ。

温水プールの綺麗な水にも負けないほど透き通った目に、柔らかな流れの髪の毛。
黄色がかったその髪の毛にひたすら目を奪われた。


ξ*゚ー゚)ξ


今から思うとその人に会うことこそがストレスの発散になっていたのだろう。

美術館に行って芸術に触れて心を安らげる。
うん、そんな感じだ。


その人はプールの監視員をやっていた。
息継ぎをしながらチラチラと伺っていた自分の視線にはまったく気付いていないようだった。

でもそのほほんとしたその笑顔が愛くるしかった。


始めて話をしたのはいつ頃だったか、調子に乗っていい所を見せようと泳いでいた時のことだ。
突然彼女に止められたのだ。


ξ*^ー^)ξ「連続しての水泳は体に悪いですよ、少し休みましょう」


なんて真面目なんだと思った、部活の不真面目に嫌気がさしていた自分には天使の様に映った。
同時にバカな事をしたないという思いに、はじめて話が出来た感動。


それからだった、行く度に挨拶をし、次第に世間話が出来、デートに誘った。
はれてカップルになったのは彼女を見てから1年以上後のこと、既に水泳部は止めていた。


ξ*゚ー゚)ξ「どうかしたの、ブーン?」

( ^ω^)「いや、ちょっと考え事だお」

ξ*゚ー゚)ξ「お仕事?」

( ^ω^)「そんな所だお」

目の前にはデレの出してくれた夕食があるが、それを超える勢いで眠気が襲ってきた。
それはそうだ、初トライアスロンが終わったこの日、どれだけの疲労が自分に襲いかかってきている事か。

ウトウトとしながらご飯を口に入れた。

ξ*゚ー゚)ξ「今日は検診日で、大会見に行けなくてごめんね」

(;^ω^)「別にいいお、何より見られたら恥ずかしいくらいの結果だったお……」

言うと、ふふっと笑われた。

ξ*^ー^)ξ「今日は疲れただろうから、しっかりと食べてお風呂入ってちゃちゃっと寝てね。
     また明日からお仕事があるんだから」

( ^ω^)「はーいだお」

口の中にご飯を運んでいくと、思ったよりもお腹は空いていたようだ、ご飯を何杯といける。
デレは嬉しそうだった。

そのままお風呂に入ろうとして、鏡に写った自分に驚愕した。

(;^ω^)「デレッ!!」


ξ*゚ー゚)ξ「ブーン、どうしたの?」

ゆっくりと脱衣所に来たデレに、背中をバッと見せた。
陽に焼けてユニフォーム後が綺麗に残っていた。
そう、まるで天使の翼のような焼け跡。

ξ*^ー^)ξ「まぁ、なんだかちょっとセクシーね」

(;^ω^)「トライスーツ焼けがこうもすごいものとは……」

ξ*゚ー゚)ξ「トライスーツ?」

( ^ω^)「ああ、トライアスロン専用の泳いでバイクこいで走れるスーツの事だお。
     確かに露出多くてセクシーだお」

ξ*^ー^)ξ「そのお腹の肉を落としたらもっとセクシーなのにね」

(;^ω^)「余計な事言わなくてもいいお、それじゃお風呂入るからさっさと出て行って欲しいお」

ξ*^ー^)ξ「はいはい」

デレは車椅子を器用に回転させて方向転換すると、脱衣所から出て行った。
それを確認してから服を脱いでお風呂場に行った。

蒸気が日焼けにしみる、シャワーを浴びる事が怖くて仕方なかった。


ためしにお風呂のお湯を水でぬるま湯にして足にかけてみる。

(;^ω^)「きゃうんッ!」

その反応はないな、自分で言って自分で引く、ちょっと恥ずかしい。
しかしと言うかやはりと言うか……爆発的な痛みが体を通り抜けた。

(;^ω^)「……」

と言う事は、お風呂のお湯を足だけでなく体全体に掛けたらどうなるだろう?
今世紀最大級のエクスタシーが我を待っているに違いない。

ああ、イエスよ、アナタの元にいざ行かん。







  「きゃうんッ!!」


ξ*^ー^)ξ「あらあら、可愛いワンちゃんがお風呂から出てきましたよ」

(;´ω`)「うう……かなりヘビーな拷問だったお……。
     今日はもう早々に寝るお」

ξ*^ー^)ξ「布団は引いてありますよ、どうぞどうぞごゆるりと」

( ^ω^)「サントスだお、おやすみなさいお」

ξ*^ー^)ξ「おやすみ」

乾かない髪の毛のままブーンは布団へと倒れこんだ。
寝転ぶと体の隅々が気持ちよく痛む。
うん、これはぐっすりと寝れそうだ。

そしてブーンはそのまますぐにも夢の世界に入った。


付き合い始めはどこに行こうかというつまらないことで何度と悩んだ。
変な選択して彼女に嫌われないか、変に格好つけて逆効果にならないか、色々な苦悩があった。

全てが意味の無い悩みだった、そう気付いたのはすぐだった。


彼女は今まで自分の出会った女性の中で、最高の女性だった。

どこに連れて行っても喜んでくれたし、どんな事を言っても笑ってくれた。
格好つけてみたって、ちょっとふざけてみたって、それは意味の無いことなんだ。
普段通りの自分でいいんだ、だって彼女はそれでも笑ってくれるのだから。


デートは川が多かった、川でのんびりと泳いだり話したりするのだ。

そんな事で良かったのだ、傍から聞いていればつまらない事だろう。
でも自分はそれで満足してくれる彼女が大好きだ。


その日は台風が近づいているにも拘らずいつもの調子で川に行った。
いつもより少し流れが強かったが気にするほどではない、
デレが陸からほほえむ傍ら自分は思う存分泳いでいた。

ξ*゚ー゚)ξ「ブーン、気をつけてね」

( ^ω^)「大丈夫だお、僕をなめてもらっちゃ困るお」

ξ*^ー^)ξ「うん、そうだね」

いつも通りの笑顔、何がそんなに楽しいのだろうか僕でも分からない。
ただ自分が何をしても彼女は楽しそうに笑ってくれて、自分も幸せな気持ちになれるんだ。

他人の幸せ話ほど聞いていて不愉快なものは無いだろう、ただ聞いてくれ。
決してハッピーエンドな物語で無いから。


しばらく泳いでいたけど、次第に流れが強くなってきたんだ。
急いで陸に戻ろうとしたとき……自分の足が攣った。


川底までどれだけ深いか分からない、潜って流されながらも筋肉を伸ばす事は出来たが、
それは見ているデレからとったら自分が沈んでいくのだから心配なばかりだろう。

このままだと溺れる。
足を伸ばせば川底の水流に流されてデレに心配をかける。

そんな葛藤があった。


しかし自分の異変に気付いたか、デレが突然服を脱いで川のほうへと駆け寄ってくる。

ξ;゚ー゚)ξ「ブーン、大丈夫? 今行くからね」

(;^ω^)「や……、くる……ッ!」

否定しようとするが一気に強くなっていく川の流れにそれははばかられる。
自分は大丈夫だ、来たらデレの方こそ危険だ。


来るな。


来るな。


来るな。


デレが自分だけを見ながら川に足をつける。
流れに負けないよう、一歩一歩前に進んでくる。

今からでもいい、戻るんだ。


言葉に出ない。


デレはどんどん歩いてくる。
それでも自分たちはまだ十数メートルの距離があった。



直後、川の水面が急激に下がった。


ξ;゚ー゚)ξ「?」

疑問符を上げながらもこれがチャンスだとデレはこちらに駆け出した。


彼女は僕だけしか見ていなかった。

これ見よがしげに駆け出す彼女、急激な水面の変化に恐怖を覚えた自分。


(;^ω^)「来るな!」


彼女は聞こえない振りをして走って来る。


直後振動する地面、さらに急激に水面が一瞬下がる。




そして上流から一気に押し出されてくる水流。

その勢いに僕たちは流された。


結論から言うなら自分たちは助かった。
今こうしているのだから当然だろう、数日の間入院したが。


水に飲み込まれ、水の中でなすすべなく川底に押し流される。
耳鳴り、水圧、焦り。

気付けば太陽の光も届かない様な暗い川の底を激しいスピードで流されていた。
上へ泳ごうとしたが、すぐに流れによって底へ押し戻される。


水という恐怖、水泳をやっていたとはいえ人間が抗えぬ自然の恐怖。

(;´ω`)(さようなら、デレ……)

その時は本当にそう思った。


気付けば病院で点滴をうたれていた。
激しい頭痛、体の疲労感に骨の痛み。
ああ、本当にこんな事はあるんだなと思った。

ナースコールをするとすぐに来てくれて、自分がどうなったかを説明してくれた。


突然の水流に飲み込まれたこと、ボロボロの体で下流で発見された事。
既に2日近く寝ていたこと。

そしてデレも発見されたがまだ目覚めていない事、自分よりも重体なこと。


それからさらに2日して自分は退院した。
しかし錠剤を約2週間の間は摂取しなくてはならない、病人のような生活だったが。


さて、デレが目覚めたのは丁度その日になる。


下半身不随だったが。


にっこりとほほえんでくれる彼女。

良かったと一言。



なんていい子なんだ、気丈な彼女の横で泣いてしまったのは不覚にも自分だった。
彼女の方がもっと辛いだろうのに、なのに……彼女は笑顔でずっといてくれた。






その日から自分は泳ぐのを止めた。


さて、デレは一人暮らしだったのでこの時から自分は良くデレの家へ入り浸っていた。
バイトが続けられなくなったデレの分までと、学業と供にバイトにも精を出した。
デレは車椅子にも係わらず家事全般はちゃんとこなしてくれていた。

この頃からほぼ同居生活だった。


しかし忙しくなる学生生活、お金はあっても使っている余裕の無い生活に次第に我慢ができなくなる。


デレに悪いと思いながら、隠れてプールに通い出だした。
自分には昔からそれしかなかったのだから。


デレをあんな体にしてしまったのは自分のおごりであり、水泳なのだ。
なのにそれでしか自分は自己を確立できない人間なのだ。

隠れるように、そしてひたすらに泳いでいた。


水泳自体は前以上に嫌いになっていた。

泳ぐ事でしか発散できない自分、その一方で泳いでいる自分にも腹が立ったのだ。
がむしゃらに泳いだし、昔のように泳げない自分に憤りを感じた。

すぐに乱れる息、こんなじゃダメだと自分に言い聞かせながらひたすらに泳ぎ続けた。



何をやっていたのだろうか。


本当につまらない人間だ。


さてさて、デレは車椅子での生活を余儀なくされていたために一人で出歩く事はほとんど無かった。
だから自分も安心しきっていた。
泳いでいる事がばれるなどとは思ってもいなかった。


ξ*゚ー゚)ξ「……それで、何で隠していたの?」


いつもながら、そして本当にどうしてか分かっていない顔だった。
彼女に気遣いは無用だとは知っていた、それでも……そんな彼女をいいことに泳いでいる自分を認めたくなかったのに。

ξ*゚ー゚)ξ「しぃちゃんに聞いたよ、毎日行っているみたいだね。
     なんでゲーセンとかそんな嘘つくの?」

( ´ω`)「……」

彼女の元同僚に見られていたらしい。
修羅場だな、そんな事を思いながら自分の思いを全て語った。


未だに自分がデレの下半身を動かなくしたんだと考えている事。

だからこそもう泳がないと決めた事。
そんな決意が無かったかのように毎日泳いでいる矛盾。

認めたくない自分。
何も言わない、出歩けないデレを良いことに嘘をついて泳いでいる自分。


また泣いた。


ゴメンと何度も謝った。


自分勝手に振る舞って……何をしているんだろうか自分は。


ξ*^ー^)ξ「私はね、ブーン」

やっぱり彼女は笑顔だった。
同時、僕だけを心配してくれるかのようなその言葉。

ξ*^ー^)ξ「泳いでる、楽しんでいるブーンが好き。
     泳いでいるブーンは私が初めて見たブーンだから。
     いつか、もう一度泳いでいる姿を見たいな」


それから自分は楽しく泳ごうと決めたんだ。


大学を卒業し、小さな印刷会社に勤めた。

地味な作業を繰り返しながら、デレと本格的に同棲を始めた。


そして半年前――


( ゚∀゚) 「ブーン、トライアスロン……やらないか?」


( ^ω^)「はいですお、ぜひ泳げる場が欲しかった所ですお」


頑張っている自分を、デレに見せれるこのチャンスを待っていたのだ。


( ゚∀゚) 「ウェットスーツをつけて泳いだ方が楽だぜ?」

( ^ω^)「トランジットの時間が長くなるだけですお、僕は大丈夫ですお」



(;^ω^)「バイク……テラタカス……」

( ゚∀゚) 「それだけの価値はあるぜ、覚悟決めちまえ!」

(;^ω^)「お金はありますお……買いますお……」

( ゚∀゚) 「おkおk、男は度胸だぜ?」



( ^ω^)「ドクオも一緒に出るお!」

(;'A`)「オレはいいよ、運動経験無いし……」

( ^ω^)「関係ないお、一緒に出たいんだお!」

('A`)「……そうだな、考えてみるよ」


( ^ω^)「デレ、この五月に大会に出るお!」

ξ*^ー^)ξ「ようやくね、楽しみだわ……5月の何日?」

( ^ω^)「第三日曜だお」

ξ;゚ー゚)ξ「あ……その日は検診が……」



('A`)「オレは今回はパスするけど、応援は行くし次の大会は出るぜ!」

( ^ω^)「そう来なくっちゃいけないお、一歩お先にデビューしてくるお」

('A`)「ああ、しっかり応援してやるからな」



ξ*゚ー゚)ξ「ゴメンね、行けなくて……」

( ^ω^)「別にいいお、また夏に出るから、その時こそは来て欲しいお」

ξ*^ー^)ξ「うん、次こそは絶対行くね。頑張って」

( ^ω^)「任せとけだお!」



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