( ^ω^)ブーンがトライアスロンに挑戦するようです 2日常
昔から何事にも無関心に振舞っていた。
決して無関心なわけじゃない、ただそう振舞わざるを得なかったのだ。
母親と父親は職場結婚したそうだ。
父親は大手会社の部長、母親はその秘書だった。
だからだろうか、人一倍自分の教育に熱を入れていた。
自分には妹がいる。
2つ下だが、自分とは違い甘やかされて育ったために酷く我が侭だ。
自分が男で長男だったからいけなかったのだろうな。
小学校では塾ばかりだった。
学校の友達と遊ぶのは許されない、塾の友達としか遊べなかった。
塾の友達は常に勉強ばかり、高学年の頃には中学の勉強をほとんど終わらせているような人間だ。
正直気持ち悪かった。
自分には不相応な場所だった。
塾では落ちぶれだったが、嫌々行っていたのだから当然だ。
あの場所にいる人間と友達になりたいとは思わなかった。
中学は県内でも数少ない私立中学校に行った。
塾の人間も何人といて、係わりあいたいと思わなかった。
その頃から引きこもりがちだった。
友達が欲しいなんて思わなかったから結果的に一人になるのは必然だろう。
妹が中学校に上がると同時に荒れだした。
気持ち悪いと罵られ、二人称はオマエになった。
それは今も続いている。
妹はいつも22時を回ってから家に帰ってきた。
無言で友達の家に泊まったりもした。
親の言葉に傾ける耳なんて持っていない。
甘えて育てられた結果だ、こうなる事くらい目に見えていただろう。
もっともそのしがらみを全て受けるのは自分だが。
自分が勉強しているといつも親が勝手に部屋に入ってきて妹についての愚痴を聞かされた。
そのくせテストでケアレスミスをすると「バカ」だの「勉強が足りない」だの言われた。
食事の時間だって愚痴ばかりだ、これが引き篭もりに拍車をかけたのは言うまでもない。
家の中で顔を合わせたらまず妹についての愚痴、これはいつものありふれた日常の1コマだった。
自分が少しでも門限を遅れようものならひどく怒られた。
なのに内容は妹の事がほとんどだ、説教にかこつけて妹の勝手さを全てぶつけられたのは自分だ。
自分は悪くないのに、妹が何をしようと自分いは関係ないはずなのに。
「もっと努力しろ、人のせいにするな」
親の口癖だ。
妹のようになるといけないからとおこずかいを減らされた。
携帯電話をもたされたのは監視のためだった。
家にいないと「早く帰って勉強しろ」と電話が何度もかかってきた。
かごの中の鳥だったんだ自分は。
高校は県内で最もレベルの高い高校に補欠で合格した。
補欠という事だけで怒られもしたが、この頃から感情が無くなっていく。
腹を立てるだけ無意味だと気付き出したのだ。
怒りや悔しいという感情が薄くなった。
そうしないと自分は生きていけなかったんだと思う。
自殺しようと何度と思ったがそんな勇気の持てなかった自分が生きるための術。
妹が家で暴力を使うようになった。
その対象は主に親だ。
それに乗じて親も暴力を使うようになった。
当然その対象は自分だ。
そんな自分だ、学校でもビクビクとしていて挙動不審だといわれた。
いじめられることは無かったが、ほとんど無視され空気のような存在だった。
当然大学受験になるともっと酷くなった。
何故か親がピリピリとしだし、勉強していないというだけでご飯を抜かれた。
水をかけられた。
妹はただ隣で笑っていた。
それをもう誰も言い咎めなかった。
親は自分に期待を全て寄せ、同時にストレスや憂さまでも全て寄せていたんだ。
自分は何なんだ?
大学は国内有数の大学に入った。
同時、その場所に違和感を覚える。
そう、小学校の頃の塾だ。
自分だけが場違いなその空間だ。
決して自分は勉強が好きじゃない。
遊びに興味を持つといけないから、何事にも興味を持たない振りをして生きてきた。
だから……勉強や世の事象に興味を持って勉学に励む人間は気持ち悪かったし、その中に入り込めなかった。
大学でも当然のように孤立した。
しかし大学では一人暮らしだったので正直言うとすごく楽しかった。
友達もいない。
勉強も好きじゃない。
毎日学校と家だけの往復の繰り返し、バイトも部活もしない。
でもすごく楽しかった。
どれだけつまらない人生なんだ。
そして大学4年生、就職活動。
自分は見事なまでに大手を全て落ちた。
成績は十分よかった。
資格も沢山あった。
自信だってあった。
社交性だけが無かったのだ。
結局受かったのは誰でも内定のもらえるような小さな企業だけだ。
中堅の企業にさえ自分はいらないと豪語された。
どんな仕事でも活躍できる自身はあった。
どんな環境でも直向に頑張る力はあった。
社交性が無かった。
家では勘当だと言われるほど怒られた。
二度と帰ってくるなとまで言われた。
実際大学を出てから一度も帰っていないのはまた別の話だ。
会社は小さな印刷会社に決めた。
初めての親への反抗だったのかもしれない。
どうせ嫌がられるなら、他の人に言いにくいような変な所に入ってやろうと思った結果がこれだった。
印刷業の方には申し訳ない、ただ本音でないと意味が無いだろうから許して欲しい。
小さなビルの2階。
辺りにビルはあるが、5階建てでも高いくらいだ。
そんな都会とは程遠い地域で、今までに無い環境で新しい仕事は始まった。
その2階への階段を上がろうとするが、一段一段が体に鞭を打たれるかのようだ。
手すりがなぜないのだろうか。
普通手すりくらいあるだろう手すりくらい。
(;'A`)「つぁぁぁー……!!」
体中が悲鳴を上げるんだ。
トライアスロンを完走した代償だった。
いや、比喩でなく涙が出そうなんだが……。
脹脛の正面と後ろ、膝の後ろ、モモの正面と後ろ、腰、横っ腹、腹筋、肩、首、上腕二等筋……
痛く無い部位なんて存在しない。
そのまま何とか2階に上がると、会社のドアを開けてゆっくりと椅子に座った。
椅子に座るのでさえ一苦労だ、正直座っていても全然体勢は楽じゃない。
('A`)「マジで俺……トライアスロンなんて良くやったよな」
会社へは一番乗りだ。
いつもはロードバイクで通勤しているが、今日はあまりに体の節々が悲鳴を上げるので車で来た。
トライアスロンを目指してきて、車を使ったのは今日が初めてだ。
会社に入りたての頃、ブーンという変な男と良く話をした。
同期だったし、何よりこんな自分の事を気にいって話しかけてくれるのはアイツくらいだった。
はじめの方はウザイと思って適当に相槌を打っていた。
どこかにあった「自分は出来る」というプライドが係わり合いを邪魔していたのだ。
オマエみたいなバカと話すか、そんなオーラが出ていたと思う。
( ^ω^)『ドクオ、この休みにカラオケ行くお!』
初めての友人との遊ぶ行動。
そのことだけで自分は不覚にもブーンという男を信頼してしまったのだ。
今から思うと、ここでもうちょっと警戒しておけばトライアスロンなんて狂った競技に挑戦しなくてよかったんだろうなと思う。
まったく、とんだ間違いをしてしまったもんだ。
ブーンのお陰で性格が前向きになってきたのは言うまでも無いだろう。
なにせ放っておくとアイツはある事ない事言いやがる。
子供のおもりってヤツだ。
( ^ω^)『ドクオはこうやって暗いけど、家ではセクロス三昧だお』
『マジかよー』
『卑猥ー』
(;'A`)『ちげーってオマ、そういう否定すると余計怪しくなる嘘は言うなっつってるだろ!』
( ^ω^)『真面目になる所がなお怪しいお』
『今度紹介してくれよ』
『何股?』
(;'A`)『あー、だから違うって!』
そして季節は冬。
( ^ω^)『ドクオ、トライアスロン出るお。ジョルジュさんも一緒だお』
(;'A`)『……は?』
耳を疑ったさ初めは。
何を言い出すのかと思ったさ、とうとう狂ったかと思ったさ。
サルに東大の問題を解かすようなものだ。
( ^ω^)『ドクオも一緒に出るお!』
(;'A`)『オレはいいよ、運動経験無いし……』
( ^ω^)『関係ないお、一緒に出たいんだお!』
('A`)『……そうだな、考えてみるよ』
バカだよな、『一緒に』という言葉にこうも弱いんだもんな自分。
次の日にバイクショップに行っている自分がいた。
いや、でもこれは自分のプライドの問題だったんだ、決してブーンに誘われたからとか関係ない。
ブーンですら頑張ろうとしているのに、自分だけ逃げたくなかったんだ。
次の日から会社にはロードバイクで通った。
帰りも当然ロードバイクだ。
家に帰ったらご飯を食べて、運動の準備をした。
会員になった温水プールに走って行き、毎日泳いだ。
勉強だって自分には才能があったわけじゃない。
努力が足りないんだと常に言い聞かされ育ってきた。
努力だけでは負けたくなかった。
初めの方はあまりの疲労に毎日が辛かった。
夜はすぐ寝て朝も寝坊する事が多かった。
休みの日にはバイクを4時間は当然のようにこいだ。
慣れないものだから疲労はすごい、家に帰ったあと半日寝た事も何度とあった。
それでも……何故か楽しいと思っていたんだ。
運動中はそんなばかりじゃなかったさ、何やってんだ自分と思った。
バカバカしいとも思った、柄にも無いと思った。
もう明日から止めようと思いながらずっとやっていた。
でも……終わるといつも楽しいと思っていたんだ。
( ^ω^)『僕昨日90分も走ったんだお』
自分はその日、90分以上走った。
( ゚∀゚)『水泳合計4kmも泳いでさ、今日は眠いわ』
自分はその日、4km以上泳いだ。
その上でちゃんと他の種目も練習をした。
そう、毎日だ。
('A`)(俺なんてもっとやったぜ?
でもオレは他の人に言ったりなんてしないぜ。
せいぜい大会の時に驚くがいいさ)
何故か楽しいと思っていたんだ。
卑しい人間だ。
扉の開く音でハッとした。
椅子に座りながらついつい寝てしまったようだ。
(;^ω^)「ど、ドクオ……おはようだお……」
('A`)「おはよう」
全自動ロボットダンス、そんな良く分からない言葉が出てきた。
こんなたどたどしいブーンと同じ歩き方なんだろうな、自分も。
ふと思いたって、歩くブーンに足をかけたら見事転んでのた打ち回った。
あまりにいいリアクションをしてくれるものだからつい笑ってしまう。
(;^ω^)「ドクオ、やってもいいことと悪い事があるお!」
('A`)「違う違う、オレの足にブーンが勝手に引っ掛かったんだって」
(;^ω^)「ふん、僕に負けたからって恥ずかしいヤツだお」
(#'A`)「なんだと?」
言い合っていると、他の人達もどんどんと出社してくる。
その内の一人が突然自分の肩を叩いた。
(;'A`)「〜〜〜……ッ!!」
('、`;川 「あ、ごめんなさい……」
肩を叩かれた瞬間、一気に体中を駆け巡る痛み。
雷が落ちたのではないだろうかという衝撃が体を貫く。
のけぞる自分を見て叩いた本人は酷く驚いていた。
( ^ω^)「ふひひ、天罰だお」
(;'A`)「筋肉痛が……つッ!! ……で、一体、何用だ……」
相手は同じ会社の女の子だった。
あまり話したことはない、何度かブーン繋がりで一緒に食事をしたことはあるが。
後は毎朝の挨拶くらいだな。
('、`*川 「あの、ドクオ君も昨日のトライアスロンって出たんだよね……?」
('A`)「ああ、一応な」
( ^ω^)「ブーンに見事玉砕されましたお」
(#'A`)「うるさい」
口を挟むブーンをしっしっと追っ払う。
('、`*川 「いや、どうだったかなぁ〜と思って……」
どうだったかなんて……見事完敗しましたよ玉砕しましたよ。
どう言おうかと言葉を考えていると、他の人も自分に声を掛けてくる。
「マジ、ドクオも出たのかよ?」
「ジョルジュさんの犠牲者が……」
「ドクオでも出来るのかよ、そういわれると体格ががっしりしたような……」
突然自分に数人が詰め寄ってきた。
あまりの出来事に困惑してくる。
( ^ω^)「ふひひ、9月の大会も出るおドクオ。またギッタギッタにしてやるお」
(#'A`)「いい度胸だな……次こそ負かしてやるからな」
ブーンが出ろと言うなら仕方ない、自分も付き合ってやることにするか。
( ^ω^)「ドクオも一緒に出るお!」
(;'A`)「オレはいいよ、運動経験無いし……」
( ^ω^)「関係ないお、一緒に出たいんだお!」
('A`)「……そうだな、考えてみるよ」
('A`)「オレは今回はパスするけど、応援は行くし次の大会は出るぜ!」
( ^ω^)「そう来なくっちゃいけないお、一歩お先にデビューしてくるお」
('A`)「ああ、しっかり応援してやるからな」
( ゚∀゚)「それよりもドクオ、トライアスロンを見た感想は……どうだ?
次はお前も加わるんだぜ?」
(;'A`)「ちょっと恐怖の方が大きくなったっていうのが本音ですね」
( ゚∀゚)「大丈夫、記録さえ狙わなければもっとまったりと楽しめるよ」
( ^ω^)「次の大会は絶対ドクオも出るお、出てくれないとつまらないお」
('A`)「ああ、今度は俺も出るから、負けてもいじけるなよ?」
( ^ω^)「余計な心配は無用ですお」
(;'A`)「あー、えれぇッ!! もうぜってートライアスロンなんて出ねぇえええッ!!」
( ゚∀゚)「はじめは皆そう言うんだよ」
('、`*川 「9月の大会はみんなの応援……行ってもいいかな?」
('A`)「いいんじゃね?」
('、`*川 「うん、だったら行くから……頑張ってね」
('A`)「言われなくても頑張るよ、サンキュ」
[前のページへ] 戻る [次のページへ]