(´・ω・`)朝焼けディミヌエンドのようです




  2-3



『おまえは歌うべきだ。だが、後ろ向きのいじけた考え方で歌うことは許さねえ』

モララーの言葉が頭に浮かんだ。ようやく理解できた。
ショボンはかつて、自分の事がすきだった。だからこそ、自分を表現することに
喜びを感じていた。ショボンの歌は始めから、誰かに聴かせる為の自己表現だった。

表現を伝えたい相手は限られていた。極少数の友人、シャキンに、なによりつーだった。
だからショボンにとって、つーの来ない発表会に意味はなかった。ショボンはつーに、
自分はこんなにすごいのだと、立派なのだと、そしてそれが、つーのおかげだということを、
表現して見せたかったのだ。

『ショボンはもっと、自分を晒すべきだよ』

当時のショボンは、一から百まですべて自分のために歌っていた。
過去の栄光や、他人のためという不純を交えず、ただ“今の”自分を表現するために歌う。
ショボンの声が澄んでいたのは、声変わりしていないからではなかった。
純粋に利己的だったからなのだと、ついに気づくことができた。


『自分が何をしたいのか、どうしてこだわるのかは、自分で気づかないと、だめだ』

夜闇で写真が見えなくなっていた。いまにも、自分を呼ぶ声が聴こえてきそうだった。
気づくのが遅すぎた。ショボンののどはもう、歌を響かせることを許さない。
胸苦しさが、ピークに達していた。

この苦しさの正体も、いまやもう判然としていた。歌いたい、表現したいという欲求。
胸をかきむしり裂けた部分からでも、声をふるわせたい。
いま持てる我がすべてを、表現しつくしたい。

ショボンが廃屋へ逃げ込んだ理由は、つーが来てくれなかったから、
だけでは正解にならない。当時のショボンにとって、表現することはイコール姉に
見てもらうことだった。ショボンは単純に、歌いたかっただけなのだ。

なんとわがままで、身勝手で、純真なのだろう。
ショボンはいま、自分のことがすきだと、自信を持っていうことはできない。
しかし、表現したいという欲動は、かつてと同じか、それ以上に沸き上がっていた。



ショボンは階段を登った。のどの奥が痙攣している。
歌いたい。声を上げたい。

(;´ ω `)「――っ――」

声がでない。詰まった吐息だけがもれる。

(;´ ω `)「――っ――ぁ、ぁ――ぁ、っぁ――」

崩れた床に足を突っ込んだ。
体が落ちそうになるのを、這いつくばって堪える。

(;´ ω `)「ぁ――ぁぁっ――ぁぁああああ――」

立ち上がって、立ち上がって、あの日のふたりに、ぼくはここにいるよと叫ぶ。

(#´;ω;`)「あああああああああああああああああああああああ!!」

赤く意識が途切れた。
ベッドで眼が覚めるのは久しぶりな気がした。
テーブルに置かれたアルバムは、アラマキくんが持って帰ってきたのだろう。
起ったことはかろうじて覚えている。あれは、夢ではなかった。唾液を飲み込んだ。

枕の上で、頭を動かした。アラマキくんのぬいぐるみが見当たらなかった。
寝起きと共に視界へ飛び込んでいたのが当り前になっていったので、違和感があった。
ショボンは立ち上がり、部屋の中を見回した。見つからない。

アラマキくんは居間にいた。そこにあったのは、アラマキくんだけではなかった。
仰向けに寝転がったアラマキくんが、携帯を抱きしめていた。
隣には白色で装飾のない皿の上に、楕円形をしたオムライスが乗っていた。
半熟卵の割れ目からは、まだ湯気が立ち昇っている。

アラマキくんから携帯を受け取り、ボタンを押した。
当り前に、アラマキくんからのメッセージが表示されると思った。
予想に反する画面が映った。



録音した音声データが並んでいる。その一番上に、覚えのないタイトルが付いている。
『歌ってみた』と書かれたそのデータを、ショボンは再生してみた。
文化祭で歌った曲が、ショボンの声で流れ出した。

しばらく聴いていて気づいた。流れる声は、たしかにショボンの体を使っている。
だがそれは、ショボンの歌とは隔絶していた。細かなテクニックの差異ではない。
芯や根本のところで、表れが異なっていた。

オムライスを乗せた皿の影に、保護色をした紙片が折りたたまれて隠れていた。
拡げると、そこには肉筆の文章が書かれていた。差出人はアラマキくん。
ショボン宛の、手紙だった。



『私からショボンへの、初めてのお手紙です。携帯ではいっぱいお話したから、
 なんだか変な感じ。ちょっと照れちゃうね。

 歌、聴いてくれてるかな? 合唱については門外漢だから、
 あんまり自信はないんだけど、どうだろ?
 ちょっとでもいいところが見つかったなら、うれしいな。

 歌ってみて、よくわかったよ。ショボンは歌に対して、本当に真剣なんだね。
 おんなじ体でも、やっぱりぜんぜん違う。私じゃショボンみたいに歌えない。

 きみが昔どんなにすごかったのか、私は知らない。だけど安心していい。
 きみの歌、今だってとても素敵だよ。私が保証する。ショボンの歌声、私はすきだよ。

 本当はずっと、歌ってって、いいたかったんだ。だけど、いわなかった。
 だって、それよりもずっと、自覚してほしかったからさ。
 きみがどんなに素敵なのかって、きみ自身に知ってほしかったんだ。

 だから、これは私のわがまま。気づいてくれて、ありがとうね。うれしい。

 私が作ったオムライス、いま、たべてくれてるのかな?
 ショボンの歌ほどじゃないけど、私のオムライスもいろんな人にほめられた、自慢の一品なんだ。

 おいしくて、お腹が膨れたら、ね、勇気をだして、やりたいことと向き合いにいこ?』



音楽の再生が終わった。ショボンはもう一度リピートすると、
曲が流れている間にオムライスを平らげた。


 






事故に遭った日のことを思い出していた。
あの日も授業が終わってから、人目に付かないよう気をつけて校舎に侵入した。
階段を登った辺りから、威勢の良い歌声が届いてくるのも同じ。
あの日はそうして、扉を開けるのをためらっていた。

だが今日は、違う。ショボンは取っ手に手をかけると、一気に横へスライドさせた。
部屋の中が静まった。次第にざわめいた。暖かく迎え入れてくれる空気はない。
仕方のないことだ。それも、覚悟の上だ。

デレ、ペニサス、渡辺、ヒートやヒッキー。渋澤に、モララーもいる。
願ってもない状況だった。ショボンは全員が見渡せる場所まで歩を進めると、
腰を折り、頭を下げた。

(´・ω・`)「すみませんでした。ぼくに、歌を歌わせてください」

頭を上げた。みな、距離を取って成り行きをうかがっている。
すべての視線がショボンへと向いていた。多様な表情の中心に晒されている。
しかしそれは、真正面から受け止めなければいけない。
頭を、顔を、心を下げて、自虐の愉悦へ逃げようとするのはもうやめだ。



だれも動かなかった。受け入れがたいのだろう。文化祭での失敗よりも、
無断で欠席したことが引っかかっているに違いない。ショボンが何を考え、
どう苦しんだとしても、そんなことは関係ない。
厚顔無恥と受け取られるのが、むしろ当然だと思えた。

だがその中でひとり、デレだけは何か声をかけようとしている様子を見せていた。
ただ頭の中で言葉がまとまらないのか、実際に何かを口にすることはなく、
ゆるやかな足取りで近づいてきた。しかし、それを遮る者がいた。

( ・∀・)「ダメだな。おまえのパートは、いまは俺が担当している」

モララーが不敵な笑みを浮かべながら、ショボンの前に立ちはだかった。

( ・∀・)「歌わせてほしいだと? おまえのヘマでこいつらがどれだけ
      恥ずかしい思いをしたか、わかってていっているんだろうな。
      おまえがほったらかしにしていた間、どれだけの混乱があったかも知らないだろうが」

モララーの言葉は、部員全員の代弁といえた。ぐうの音もでないほどの正論だ。
しかしだからといって退くつもりはない。ショボンは精一杯、モララーをにらみつけた。
モララーは、うれしそうに口角を吊り上げた。



( ・∀・)「練習もせずに塞ぎこんでいたやつが、いまさら歌えるかどうかも疑問だ」

(´・ω・`)「証明してみせるよ」

ショボンはモララーから視線を外し、ある人物へと方向転換した。

(´・ω・`)「渋澤先生。先生は、実力主義者なんですよね?」

静観を決め込んでいた渋澤を、話の中心に引きずり出す。
渋澤は動じた様子もなく、切れ長の鋭い目を鈍く光らせていた。

(´・ω・`)「ぼくがいま、実力で結果を示します。モララーよりもぼくの方が有能だと、
      証明してみせます。ですから、ぼくに歌わせてください」

大それた発言に、周囲がどよめいている。
だが、渋澤は普段どおりの不機嫌な表情を崩さない。
  _、_
( ,_ノ` )「あんなみっともない真似は二度とごめんだ。俺は慈善家じゃない」

(´・ω・`)「ですが、ぼくと同じ音楽を愛する者です」
 
渋澤の鋭い目が拡がった。真っ直ぐにショボンの目を捉えてきた。
ショボンも、視線を逸らさない。

先に折れたのは、渋澤だった。



  _、_
( ,_ノ` )「これで最後だ。もうチャンスもやらんぞ」

(´・ω・`)「それで結構です。このまま手を拱いていたって、何も変わらない」

渋澤が課したテストは、最後までひとりで歌いきるというものだった。
もちろん可否は出来で決定する。ごまかしは利かない。
ショボンは衆人環視の中、準備運動を始めた。歌詞は頭に入っている。
音譜も思い出せる。のどをふるわせれば、声もでる。

ほほ、背中、腹筋、すべて異常はない。準備は万端――ではない。
ひとつだけ、絶対にやっておかなければならないことがあった。

(´・ω・`)「ちょっとだけ、待ってもらえますか」

ショボンは息を吸い、吐く行動を繰り返した。一呼吸ごとに、肺が拡がる。
溜められる保有量が増えていく。供給過多で視界が白んだ。
息を止めた。限界まで肺が拡がった。

ショボンは思いきり――のどを通過する風圧は、原始的で暴力的だった――
オムライス――部員たちが耳を塞いでいるのが、閉まった窓が振動しているのが見えた――
と叫んだ。

(´・ω・`)「……よし、いきます!」


 






ショボンは歌い始めた。むつかしいことはない。
今まで練習してきたことを信じて、その上で自分を表せばいい。
歌いながら、自分の声に耳を傾けた。比較ではない、自分本来の歌声。

ぼくの声はこんな音色だったろうか。携帯に録音した歌なら、何度も聴き返していた。
しかしいままでは、かつての自分といかに異なっているかという点にしか
意識が向いていなかった。初めて、自分自身と向き合えた気がした。

合唱団に所属していたころ、ショボンは歌うことを求めてやまなかった。
それはたのしいようでも、苦しいようでもある、形容しがたい感覚だった。
胸が締め付けられるようで、身悶えすることもあった。

けれど離れられなかった。もっともっと、触れていたくて仕方がなかった。
だからこそ、持てるすべてを出し切れた。だからこそ、それでも物足りなかった。
全力の枠を拡げるために、いくらでも自分を鍛えられた。



いまもそうだった。歌っても歌っても、まるで満たされない。もっと歌いたい、
もっと表現したい。見習うべきは、天使と比喩される澄んだ歌声などではなかった。
この欲求、飢餓感こそが、何よりも大切で、愛おしいものだったのだ。

問題のソロパートが迫っていた。ここから難易度が跳ね上がる。けれど大丈夫。
アラマキくんが、ぼくの代わりに弛んだ体を叩き直してくれたのだから。
全身に堆積していた熱と痛みは、必要なトレーニングの名残だということが、
携帯に録音された歌を聴いていてわかった。

それに、アラマキくんはいってくれた。ぼくの歌がすきだと。
他人に認められるという出来事は、自分では手の届かない箇所を活性化させる。
自分が、全力が、可能性を振り切って拡大していく。

だから、ほら、こんなにもぼくは歌えている。
ソロパートだろうと、なんだろうと、どこまででも、表現できる。そして――


 






体が熱い。呼吸も荒い。持てるすべては出し切った。
どのような結果になろうと、受け入れる覚悟はできている。

渋澤はロダンの“考える人”のような格好をして、沈黙していた。
固唾を呑む。それはショボンだけでない。部室の人間全員が、
渋澤の動向に注目していた。たっぷりと間を置いてから、渋澤が静かに口を開いた。
  _、_
( ,_ノ` )「……どうして本番でそれができなかったのかね」

('、`*川「ということは」

ペニサスの合いの手が入った。
渋澤は一度ペニサスの方へ視線を寄こしてから、片手を上げた。
  _、_
( ,_ノ` )「後は部長に任せる。好きにしてくれ」

話の主導が、渋澤からペニサスに移った。
渋澤からの許しは得たも同然だったが、一向に気が休まることはなかった。
渋澤は実力主義者だ。本人も言っていたとおり、結果を示せれば多少の
無理でも融通してくれる。感情よりも、実利を重んじているといってよかった。





だがペニサスは違う。ペニサスは多くの人と同じように、もっと人間的だ。
判断の決め手は、個人的な好悪に依存するだろう。なにより――
『私にとって明日が、文等中でやる最後の合唱だからな』――
ショボン自身が、強気になれそうになかった。

(´・ω・`)「部長、最後の文化祭をぶち壊しにしてしまって、本当にすいません。
      だけど、ぼくは歌いたいんです。お願いです、ぼくに、歌わせてください」

早口にそれだけいうと、ショボンは唇を強くかみ締めた。
体が強張っているのがわかる。渋澤と相対していたときよりも、はるかに逃げ出したい。

ペニサスはむつかしい顔をしている。何を考えているのか、
表情からでは推し量れない。黒く張りのある髪が、目元にかかっていた。
それがゆれた。

('、`*川「あの日、親父とお袋が見に来てたんだ。娘の晴れ舞台だとか言って、
     年甲斐もなくはしゃいでたよ。面目丸つぶれになっちゃったけどな」



口内に鉄臭い味が拡がった。真綿で首を絞めるようなやり方だった。
きっとペニサスは、自分を恨んでいるのだろう。
そう思われても仕方ないと、ショボンは思った。

だがペニサスは、ショボンの想像を裏切って、わらった。
格好良い笑顔で、両指をショボンの顔へと近づけてきた。

('ー`*川「だから、次の大会で名誉挽回せにゃならんのだ。
     今度こそしっかり頼むぜ、ショボくれくんよ」

ペニサスのゆびがショボンの眉を吊り上げた。まぶたが引っ張られる。
相当おかしな顔となっているに違いない。ただそれは、
眉を持ち上げられているからだけではなかった。

('ー`*川「返事」

(´・ω・`)「……はい!」

今回は、自信を持って返事をすることができた。



ノハ*゚听)「せんぱーいっ!」

空気を割って、ヒートが突進してきた。
ヒートはショボンの手を握ると、しっちゃかめっちゃかに振り回してきた。

ノハ*゚听)「ずっと待ってましたっ! うれしいですっ、あたしうれしいですっ!」

抑えきれない感情が爆発しているようだった。
ヒートが自分のことをこんなに慕ってくれていたとは、知らなかった。
ショボンは腕をあちこちに引っ張られながら、自分も姉のように、
人に頼られても揺るがない、立派な人間になれるだろうかと思った。

ノハ*゚听)「あ、すいませんっ。あたし、興奮しちゃってっ」

ヒートは手を離すと、素早く背中に隠した。
困ったようでいて、それでも笑顔は崩れていない。かわいい子だと思う。
容姿だけでなく、性格的にも。だからこそ、ヒッキーも惚れているのだろう。

そのヒッキーが、ヒートの前で両手を突き出していた。



(-_-)「ぼくなら、いつでも、オッケー」

ショボンの代わりに、ヒートの衝動を受け止めようというのだろう。
意図があからさま過ぎて、もはやほほえましかった。いつもどおりの日常だ。
そしてその意図を理解しない者がたったひとり――。

ノハ*゚听)「なにがっ?」

ヒッキーの手が、むなしく空を握っていた。これもまたいつもどおりだ。
泣きたくなるくらいの日常だ。部室の中に、緊張した空気はもうない。
哄笑の響く第二音楽室へ、ぼくは帰ってくることができた。ところが――。

ζ(゚、゚*ζ「ちょっと、モララー!」

デレの声が、笑い声を突き破った。帰り支度を済ませていたモララーが、
いつの間にか扉を開けて出て行こうとしていた。再び静まりかえった部屋の中で、
モララーはごく自然に振り返ってみせた。



( ・∀・)「俺は代理だからな。本人が戻ってきたなら、いても意味がない。シブ先、構わんだろう?」
  _、_
( ,_ノ` )「やる気のないやつはいらん。好きにすればいい」

( ・∀・)「と、いうわけだ」

ζ( 、 *ζ「でも、せっかく一緒に歌ってきたのに……」

デレの声はふるえている。
モララーも気づいたのか、目を拡げて意外そうな顔をしていた。

( ・∀・)「……まあ、なんだ。やることがあるんだよ。……おまえら!」



モララーの号令に、モララーの部下たちが一斉に背筋を伸ばした。
ヒートの気を惹こうとしていたヒッキーすらも、直立姿勢で引き締まった表情に変貌した。

( ・∀・)「俺がいない間も、手ぇ抜いたりすんじゃねえぞ。おいショボン、
      今度へたれてみろ。俺が直々に首絞めてやる。それとな――」

部下へ、そしてショボンへ、それぞれの言葉を言い残したモララーは、
もう一度デレの方へ向き直った。ショボンは少なからず驚いた。
モララーはいままでにない、角の取れた、やわらかな笑みを浮かべていた。

( ・∀・)「結構たのしかったからな。じゃあな、デレ」

扉が閉まった。


 






ノハ*゚听)「さっきのあれっ! 『相克』のジョルジュがやってたやつですよねっ!?」

部活が終わった直後に、ヒートが詰め寄ってきた。
“あれ”がなんのことを示しているのかわからず訊いてみると、
アラマキくんが教えてくれたおまじないのことだと判明した。
ショボンは知らなかったが、思ったよりもポピュラーなげん担ぎなのかもしれない。

ノハ*゚听)「でも、最近はやってないみたいなんですよっ。劇団員時代は、
     公演のたびに『わー』って叫んでたそうなんですけどねっ」

ヒートは情報を披露するのがたのしくて仕方ないといった様子で、
いまにも飛び跳ねてしまいそうに見えた。こちらまで感化されて、元気になりそうだ。

まるで去年のデレみたいだなと、ショボンは思った。
自然に振舞っているだけで、周りを明るくしてしまう。何度助けられたか知れなかった。
できるなら、これからも関係を保ち続けたかった。

ζ(゚、゚*ζ「それじゃ、お疲れ様です……」

デレはひとり、談笑を外れて部室を出て行った。
ショボンはデレが完全に見えなくなっても、目で追うことをやめなかった。



ノハ*゚听)「一緒に帰らなくていいんですかっ?」

ヒートは不満そうな顔をして質問してきた。答えに窮した。
部員のみんなとは打ち解けることができたが、デレとの垣根はまだ残ったままだった。
ショボンとしては、情けない姿を見られた負い目があって近づきづらい。
デレにも、何らかの引け目が残っているのかもしれない。

ノハ*゚听)「先輩がいない間大変だったんですよっ!
     デレ先輩、モララー先輩と口論ばっかりしててっ」

从'ー'从「おかげでお通夜にはならないですんだけどね〜」

どこかから割り込んできた渡辺が、意味ありげな笑みを寄こしてきた。
ショボンにもある程度、意図するところは理解できた。

しかし、ヒートにはまったく伝わらなかったようだ。
渡辺を押しのけかねない勢いで、ショボンに迫ってきた。

ノハ*゚听)「それもこれも先輩のせいですっ! 今すぐ追ってってあげてくださいっ!
     だってその、先輩とデレ先輩って、その……そういう関係なんですよねっ!?」

ヒートの顔は真剣そのものだ。うっすらとほほに赤みが差している。
どうやらヒートは、根本的なところで勘違いしているようだった。
そう知って思い返してみると、ヒートの見せてきた不可解な態度に対する疑問が、一気に氷解した。



(´・ω・`)「いや、ぼくとデレは付き合ってるとか、そういうのではまったくないよ?」

なんともまぬけな顔になった。女の子なんだから、人前でその顔はまずい。
後ろでは渡辺が口を隠してわらっている。わかってたなら、教えてあげればいいのに。

ノハ;゚听)「あの、あれっ? え、あたしてっきり……」

从'ー'从「そうだね〜。デレちゃんの気持はいま、
     見当違いの方向へぐーるぐる回ってるからね〜。でも――」

渡辺がショボンの手をにぎってきた。小さくて、やわらかい。
首をかしげてわらいかけている。だがそこに、渡辺特有のおちゃらけた印象はなかった。

从'ー'从「フォローはしてあげてね、気に病んでたのは事実だから。
     あの子基本的に素直で、おばかなのよ」

渡辺はにぎっていた手を離すと、宙に浮いたショボンの手を素早くはたいた。
さっさと行きなさいという、渡辺なりの合図なのだと受け取った。
ショボンは押し出されるようにして、デレの後を追った。



学校を出てすぐのところで、デレを発見した。歩調が遅い。
追いつけたのは、そのためらしかった。ショボンはデレに並んだ。
デレは反応しなかった。視界には入っている。
しばらくの間、ふたりして無言のまま歩き続けた。

ζ(゚、゚*ζ「モララーのやったことって、ショボのためだったのかな」
 
何か話しかけなければ。しかし何といえばいいのかわからない。
そう思って黙り込んでいたショボンより先に、デレの方が話しかけてきた。
デレの視線は下を向いて、ショボンを見ようとはしてこない。

デレの言葉が今日のことを指しているなら、それはおそらく正しい。
モララーが突っかかってこなかったならば、部員たちも、
ショボンをあそこまですんなりと受け入れることはできなかっただろう。
禍根は残っていた。それはきっと、ペニサスを含む正規部員も変わらない。

モララーはショボンのために、悪役を買ってでてくれたのだ。
たぶんそれは、モララー自身における清算という意味合いもあったのだろう。
モララーは、信念どおり自分の勝手を貫いた。そして、ショボンはそれに感謝をした。
それだけの、単純な図式だった。



ζ(゚、゚*ζ「私、そんなの全然気づかないで、当り散らしてた」

けれど、デレにはそう、簡単に捉えることができないようだった。
デレは責任感が強い。ちょっとお節介なところもあるが、基本的には面倒見がいい。
曲がったことも嫌いなのだと思う。だからこそ、真実を知ったいま、
自分の身勝手な行動が許せなくなったのだろう。

ζ( 、 *ζ「モララーだけじゃない。シブ先のことにしたって、
      よく知りもしないのに一方的に嫌って。ショボにも偉そうなこといったくせに、
      自分はぜんぜんしっかりしてないで。私って、ダメなやつなんだなあ……」

悲痛な面持ちでそう語りかけるデレの姿は、
たしかにダメなやつにしか見えなかった。

(´・ω・`)「モララーってさ」

それでも、引きこもっていたときのショボンほどではない。
あのときのショボンは、本当にダメな、情けない姿をしていただろう。
それは自覚している。それでも、こうして変化することができた。
デレに、できないわけがない。



(´・ω・`)「わかりづらいんだよ、昔っから。周りに相談しないで、
      全部自分だけで納得してるから。他人がやきもきしてても知らんぷり。
      ひとりで澄ましてたりしてね。いやなやつだよ。でも、すごいやつだと思う」

だけど、ぼくらはそうじゃない。モララーのように強く、自己完結しては生きていけない。
仕方のないことだ。しかし、それは決して不幸なことではない。

(´・ω・`)「『なんでもかんでも溜め込まないで。迷惑だと思っても
      周りに打ち明けて。もっと友達を、私たちを頼って』」

以前デレからぶつけられた言葉を、そっくりそのまま返した。
この言葉をぶつけられる痛さは身をもって知っていたが、その効果も同様に知っていた。
いまのデレにとって、なにより必要な言葉だと思った。

(´・ω・`)「ひとりで出来ることなんて高が知れてる。間違いだっていっぱい犯すよ。
      些細なことで気が沈んだりする、そういうのが“ぼくら”だ。けれど、
      ひとりじゃないから支えあえる。もっと頼っていいんだよ。自慢じゃないけど、
      ぼくの器もそれなりの広さがあると思うよ。デレほどじゃないにしても、さ」



デレはもう、うつむいてはいなかった。
夕陽を浴びて中空を見つめている姿は、デレ本来の表情ではないにしろ、きれいだった。

ζ(゚、゚*ζ「……いまは、自分でもまとめられないの。自分の感じてることが
      どういう意味を持ってるのか、よくわからない。だからいえない。でも――」

デレがこちらを向いた。

ζ(゚ー゚*ζ「そのうち、相談すると思う。そのときは、いやだっていっても頼りに行くからね」

はにかんだ笑みを浮かべたデレのほほは、夕焼けのためか、赤く染まっていた。

分かれ道の十字路までやってきた。言葉少なな帰り道ではあったが、
それはけして苦痛な沈黙ではなかった。だから、気分良く別れることができる。
それじゃあね、また明日。簡単な挨拶をして、ふたりはそれぞれの帰路へとついた。

そこでふと、ショボンはやり残していたことを思い出した。



(´・ω・`)「そうだデレ、いい忘れてることがあった」

デレが振り向いた。何事かと、疑問に思っているだろう。いまさら口にするのは、
実は恥ずかしい。けれど、『伝えたいことがあるなら、直接口でいって』と
釘を刺されているのだ。たまには、恥ずかしいのも、いい。

(*´・ω・`)「ありがとう」

きょとんとした顔をしている。ついで、ひたいを指でいじり始めた。
ショボンも恥ずかしい。しかし、面と向っていわれる方も照れくさいものだ。
デレは、ひたいいじりをやめて、ショボンのことを真正面に捉えた。

ζ(^ー^*ζ「どういたしまして!」

やはりデレには、笑顔が似合う。


 






家に帰ったショボンは、散らかし放題のシャキンの部屋に着手した。
アルバムの他には、特に興味を惹く物はなかった。しかし、
作業は一向にはかどらなかった。時計を見上げた。七時を少し回っていた。

張っておいた湯に浸かった。目をつむって、眠ろうとした。
結局眠ることはできず、ただ瞳を休めることに終始した。体を洗い、上がった。
一時間は経過していると思ったが、実際は三十分も経っていなかった。
時計を見るのはやめようと思った。

練習する気にもなれず、ショボンは携帯に書かれた文章を読み返した。
デレたちからもらったメールも、素直に読むことができる。気恥ずかしさはあった。
だがそれよりも、合唱部に入ってよかったと思う、感謝の気持が勝った。

当然、それはデレたちだけへの感謝ではなかった。



雑誌も、本も、集中して読めなかった。何かおもしろい番組がやっていないかと、
ショボンはテレビをつけた。画面に『相克のハルカタ』のジョルジュが映った。
そうか、今日は『相克』の日か。いまのいままで忘れていた。

(´・ω・`)「……え?」

走り去っていくジョルジュがフェードアウトするのと同時に、
女性ボーカルの歌声が流れ出した。久しく聴くことのなかった、
『相克のハルカタ』エンディングテーマ曲だった。

ショボンは時計を確認しようとした。
だがそれよりも前に、意識が薄く赤に溶けた。


 






「部活に没頭するのもいいが、学生の本分は勉強だ。もういい、座りなさい」

数学教師の叱責が終わり、ショボンは着席した。数学はけして不得手ではない。
方程式や関数はパズルのようですきだ。理路整然とした証明問題を解くのはたのしい。
ただ、いまはそれどころではなかった。

あの日から数日が経過していた。あの日、入れ替わりの時間が普段よりも遅れた日――
そしてその翌朝。待ち望んでいたアラマキくんからのメッセージは、なかった。
そのときにはすでに、いやな予感がしていた。

疑いが深まったのは、その日の夜と翌朝だった。
入れ替わる時間はさらに遅れ、眼が覚めたのは夜中だった。
ショボンは急いで携帯を確認した。昨日とは異なり、携帯は開きっぱなしで置かれていた。



『ごめんね、寝ぼけてたんだ』

異変が起っているのだと確信した。アラマキくんは尊大で、自分勝手で、
なにをしたって自分から謝ることはなかった。それを裏付けるように、
アラマキくんの時間は日に日に短くなっていった。
アラマキくんにそのことを尋ねても、はぐらかして、答えてくれなかった。

兆候は他にもあった。入れ替わりの際に生じる赤色が、徐々に暗く、薄く、
弱まっていくのを感じた。強い生命力を感じた鼓動感も、薄ぼんやりと
周囲に溶けてしまっているようだった。

なぜこうなってしまったのか。
何度も、何時間も、何日間も考え続けた。それは必要のない時間だった。
ショボンの頭の中では始めから、ひとつの結論が占められていた。
認めたくないために、時間を引き延ばしていただけだった。

けれど、もう、猶予がない。



(´・ω・`)「すいません、トイレに行ってきてもいいですか!」

教室を抜け出して、人気のない場所を探した。
屋上前の踊り場が、その条件に適っていた。
ショボンは階段の一番上の段に座ると、携帯を取り出し、
弾き飛ばすようにして二つ折りの部分を開けた。

(´ ω `)「アラマキくん、答えて」

携帯を操作して、メモ帳の画面を開いた。
まっさらな画面が映し出される。ボタンを押せば、そこに文字が入力される。
しかし、とてもそんな感じはしなかった。

(´ ω `)「全部、ぼくのせい?」



ショボンが自分の首を絞めたとき、そしてそれ以降、アラマキくんは
本来ではありえない時間に表へ出て来た。特にショボンを叱咤してからは、
半日以上使って体を鍛えてくれていた。

これ以外に、原因は考えられなかった。どういう仕組みに
なっているのかはわからない。しかし現実に、アラマキくんの時間は
減ってしまっている。そしてそれは、ショボンが始めからしっかりしてさえいれば、
防げたはずの事態だということを意味していた。

(´ ω `)「違うのなら、出てきて」

このままときが経ち、あの赤色が完全に消滅したら――。
考えたくはなかった。だが、想像せざるをえなかった。
すべてが杞憂であったならば。一縷の望みを胸に、ショボンは懇願した。

(´ ω `)「一瞬でもいい。お願いだよ。勘違いだって、笑い飛ばしてよ……」

画面は真白いままだった。





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