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  第三幕




ノハ*゚听)「今度近所で『相克』のロケがあるそうなんですよっ!
     一緒に見学しにいってくれませんかっ!?」

ヒートが目を輝かせながら訊いてきた。
ヒートもジョルジュのファンなのだろう、とてもうれしそうだ。
『相克のハルカタ』。アラマキくんから送られてきた最初のコンタクトも、
『相克のハルカタ』だったなと、ショボンは思い出していた。

アラマキくんは依然、快復する兆しを見せなかった。むしろ、
症状は悪化の一途をたどっていた。ショボンが一縷の望みをかけて懇願した
あの日以来、返事がくることもなくなった。家の中からも、
生活している痕跡が見当たらなくなった。

消えてしまったわけではない。わずかとはいえ、入れ替わりはいまも続いている。
しかしそれも、時間の問題に思えた。赤色から、生命力が失われていた。
赤色は、もはや赤色と呼ぶこともためらうような、淡い、粒子的な感触へと変質していた。

否が応にも予感させられた。希望とは裏腹に、おそらくは、間違っていない。
きっとこれは、寿命のように、人の手ではどうすることもできない現象なのだろう。
そしてその先に導かれる結果もまた――。

ショボンは曖昧な返事で、ヒートとの会話を打ち切った。



家に戻っても落ち着かず、夜になってから外へでた。
息が白くなるのも、そう遠くはないと感じた。
そのときまで、アラマキくんはぼくの中にいてくれるだろうか。自信がなかった。

歩きながらも、アラマキくんのことばかり考えていた。
そうして延々と考え続けて、今更ながらに思い知った。
ショボンは驚くほど、アラマキくんのことを知らなかった。

やむをえないところもある。ショボンが何度質問しても、
アラマキくんは自分の話題を避けた。非協力的な相手から
話を引き出すのは、むつかしい。それでも強引に問い詰めるべきだったのだ。
いまとなっては、それもできない。もっと、知っておくべきだった。

無意識に静かに思考できる場所を求めていたのかもしれない。
ショボンはあの廃屋の前までやってきていた。相変わらずの、
風が吹けば崩れ飛んでいってしまいそうな外観をしている。
だが、不思議と頼もしさを感じた。

廃屋前には、ショボンより先に人が立っていた。暗くてよく見えない。
向こうも気が付いたのか、人影がショボンの方へ振り向いた。街灯が顔を照らした。



(´・ω・`)「デレ?」

そこにいたのはデレだった。
デレは困ったような顔をして、廃屋とショボンを交互に見返した。

ζ(゚、゚*ζ「モララーがよく、ここに来てるって聴いて……」

ショボンも廃屋二階の崩れた壁を見上げた。モララーがいる気配はなかった。
念のためといって、デレを促し廃屋の中に入った。案の定モララーの姿はなかった。
ふたりは壁を背にして、並んで座った。かすかな月明かりが、窓から差し込んでいた。

モララーがいなくなった。ショボンが復帰したのとちょうど入れ替わりに、
姿を現さなくなった。学校はおろか、家にもいないらしい。
携帯で連絡を取ろうとしても、一切反応がないのだという。

(´・ω・`)「モララーなら大丈夫だよ。あいつの突発的な行動は、いまに始まったことじゃないから」

ショボンはそういって、デレをなぐさめた。デレはうなづきこそしたものの、
納得していないことは明白だった。デレの気持もわからないではない。
しかしショボンは、モララーについては然程心配していなかった。



モララーの部下も同様で、焦った様子などはない。
モララーという人格をよく理解しているのだろう。
そのうち何事もなかったかのように帰ってくると、当り前のように考えている。
それは信じるという言葉よりも、もっと普遍的で、日常的な感覚だった。

だが、デレにそんな感覚がわかるはずもない。

(´・ω・`)「やっぱり心配?」

ζ(゚、゚*ζ「心配だよ。だって……」

背中の壁から異音が響いた。デレが強くよっかかったことによって、
古い板が歪に曲がっていた。ショボンは何もいわなかった。

ζ(゚、゚*ζ「私は次期部長だから。部長が部員の心配をするのは当り前だよ」

渡辺のいっていたことは、案外的外れなんじゃないかと思った。



デレはそれきりしゃべらなくなった。ときおり家が軋む以外、何の音も聴こえない。
静かな夜だった。こう静かだと、隣にデレがいても、考えてしまう。
といって、何の進展もない。思考は堂々巡りで、答など見つからなかった。

ショボンはデレの顔を盗み見た。デレはぼくと話して、何か救いを得れただろうか。
ひとりでは行き詰ってしまうことでも、ふたりなら活路を見出せるのだろうか。

デレが、ショボンの視線に気がついた。目と目が合う。
どちらも、離そうとはしなかった。

(´・ω・`)「次期部長、ぼく、悩んでることがあるんだ」

ζ(゚ー゚*ζ「うん、なんとなく、気づいてた」

話すことに決めた。テストを受けたときと同じだ。
このまま手を拱いていても、何も変わりはしない。
無為でも何でも、やれることはやり尽くしておくべきなのだ。



(´・ω・`)「大切な人がいるんだ」

話しながら、自分の中でも整理した。
自分を救ってくれた大切な人がいる。その人が自分の前から消える。
それはきっと寿命のようなもので、自分ではどうしようもない。

けれど指をくわえて、ただ待つことなどできない。
自分にできることならなんでもいい、何かをしたい。
しかし、その何かですら、ショボンには判然しなかった。

ショボンは、その大切な人のことを何も知らなかった。
何をすれば喜ぶのか、何を望んでいるのか、好きなことは、嫌いなものは。
何もわからない。ショボンが何かをするためには、それを知らなければならなかった。
知って、そして――。

そこで止まった。知って、ぼくは何をしたいんだろう。
アラマキくんが消えないための行動をしたいというのなら、話は違う。
けれどそうではない。それはもう、どうにもならないものだと思っている。



ζ(゚ー゚*ζ「それで?」

(´・ω・`)「それで……」

デレの声はあくまでやさしい。それで。
それでの先は、ショボンにも、アラマキくんにも、もうない。
それなのに、自分は何をしようというのか。アラマキくんはどうだったのだろう。
何を考えて、ぼくのことを助けてくれたのだろう。

アラマキくんとの生活を思い出す。始めは、迷惑な共棲者にすぎなかった。
モララーとの確執で疲弊している中、新たに増えた悩みの種のひとつだった。
それが間違いだったと知ったと同時に、アラマキくんという名前を教えてもらった。

だが、それは、ショボンが頼んだわけではない。
首を絞めたときも、オムライスを作ってくれたことも、アラマキくんが勝手に行ったことだ。
アラマキくんは基本的に、人の話を聴かず、思いついたままに行動する人だった。けれど――。

頭の中で、考えがひとつにまとまった。



(´・ω・`)「それで……それでぼくは、自分勝手な恩返しがしたい」

そうだ、けれど、ぼくはうれしかった。アラマキくんがショボンを助けた理由。
その背景には、何らかの思惑があったのだろう。しかし枝葉を排せば、物事は単純化する。
アラマキくんには、ショボンを助けたいと思う欲望があった。
端的に、これだけで言い表せることだった。

そして今度は、ショボンがそれを敢行する番だった。
一方的に恩を売ったまま消えてしまうなんて、許せない。
もらった分だけ、こちらも返さないと気がすまない。論理がつながった。
そのために、ショボンはアラマキくんのことを知らなければならない。

(´・ω・`)「大切な人のことをどうしても知りたい。知らなければならない。
      そういうとき、デレならどうする?」

ショボンが質問すると、デレは視線を外して、
顔をひざの間にはさんだ。どこか憮然としているように見えた。
デレは答えにくそうにしていたが、やがて口を開いた。



ζ(゚、゚*ζ「大切な人のことをよく知ってる人、大切に思っている人から、
      聴いてみようとするんじゃないかな」

デレの顔が、ひざの間に完全にうずまって隠れた。
ショボンは丸まったデレの姿を見ながら、凝り固まった思考がほぐれていくのを感じた。
ショボンの中で、アラマキくんとは、アラマキくんという一個の存在として完結していた。

前後のない、唐突に発生した人格。そんなはずはないのだ。
よく思い返せば、情報はいたるところに拡散していた。
ショボンはかつて棄却した考えを、もう一度真剣に考え直す必要性を感じた。
情報の少なかった当時は荒唐無稽に思えたが、いまは違う。

ショボンは立ち上がった。やれることを見つけた。成否は後回しだ。
いまはとにかく行動しよう。しかし、その前に――。

とつぜん立ち上がったショボンに驚いたのか、デレは目を丸くして見上げていた。



(´・ω・`)「気休めかもしれないけど」

ショボンは自分の知る、モララーのエピソードを語って聴かせることにした。
それはショボンが合唱団にいたころの話で、つーが中学に上がって直後のことだった。
合唱団に、ニダーという小学校低学年の男の子が入団してきた。

ニダーはわがままで我慢を知らず、練習中でも好き放題に悪さをした。
このような問題児は、毎年何人か入ってくる。通例どおりならば、
団長を中心とした上級生や先生の躾によって、少しずつ矯正することになっていた。
しかしニダーの場合、そうはいかなかった。

ニダーの父親は市のお偉いさんだった。ただし、彼自身に問題があるわけではない。
問題は、彼の妻――ニダーの母親にあった。ニダーの母親は夫の権力を笠に、
無理を通すことで有名だった。その強権は、とうぜんのように合唱団まで及んだ。

若く経験の少なかった先生には、彼女の横暴に反発する力はなかった。
ニダーの母親は、ショボンたち団員が見ている前でも構わず、先生を罵倒した。
それらの光景を見ていたニダーは、まずます増長して、手が付けられなくなっていた。



その日も、ニダーの母親が先生にいちゃもんを付けていた。
聴いているだけで気分が悪くなる言葉が羅列されていたが、
ショボンたちには何もできなかった。大人に逆らうということが、単純に恐ろしかったのだ。

『これは警告だ。これより先、我々の方針に口出しするのは一切やめてもらう』

ただひとり、モララーだけは違った。モララーは臆することなく、
毅然としてそう言い放った。ショボンは端から見ていただけだったが、
ニダーの母親が怒り出すのではないかと冷や冷やしていた。
結局のところそうはならず、ニダーの母親は鼻で笑って取り合わなかった。

『警告はしたからな』

 侮蔑的な視線を投げかけるニダーの母親にたいし、モララーはそういっていた。
それからしばらくの間、モララーは顔を見せなくなった。そして数日後。

前触れなく戻ってきたモララーは、暴れるニダーを練習所の外れ、
普段は使わない場所にある倉庫に閉じ込めて、鍵をかけた。
ニダーは母親が黙っていないぞと脅してきたが、モララーは事もなさげに返答した。



『おまえのかーちゃんから言われたことなんだよ』

喚き散らすニダーとは対照的に、モララーは冷静だった。
そして教えさとすような口調で『悪いことばかりする子どもは、
もういらないってさ』などといった、子どもには酷な言葉を付け加えていた。
ニダーは泣きながら、けして開かない扉を叩いていた。

先生を筆頭に、モララーの行為を歓迎するものはいなかった。
モララーの言葉が真実だとは思えない。ニダーの母親にどんな仕打ちをされることか。
モララー以外の全員が、ニダーの母親を恐れていた。
どうにかして隠蔽しないとと、言い出す者までいた。

『もう少ししたら、あのおばさんも来るよ。俺が呼んでおいた』

モララーはしれっとしていた。その言葉通り、ニダーの母親は程なくして現れた。
案の定、烈火のごとく怒り出した。しかしモララーは気にした様子もなく、
怒り狂うニダーの母に倉庫の鍵を投げて寄こした。鍵を受け取りそこなった
ニダーの母親に侮蔑的な笑みを向けて、モララーはこういった。



『この倉庫には、あんたの秘密が詰まってるよ』

ニダーの母の顔が、見る間に青ざめた。
それとほぼ同時に、ひとりの男性がこの場に現れた。
その男性は、ニダーの父親――彼女の夫だった。

倉庫の中からは依然、扉を叩く音と、助けを求める
ニダーの泣き叫ぶ声が聴こえてきた。だが、彼女は倉庫を開けることができない。
夫と息子の間に挟まれて、右往左往していた。

『“すべて”俺に任せてもらえるなら、どうにかしますよ?』

彼女はその言葉に応じた。応じざるを得なかったのだろう。
秘密と降伏とを天秤にかけて、屈辱の方を選んだのだ。
モララーは侮蔑的な笑みを崩さぬまま、倉庫内のニダーにやさしく語りかけた。



『かーちゃんに許してほしいか?』

どんなに泣き叫んでも母は助けてくれなかった。
その事実が、ニダーにモララーの言葉を信じさせたのだろう。
ニダーは声にならない声で、モララーの言葉にすがっていた。

『そこにペンキがあるだろう。そいつを床一面にぶちまけろ』

倉庫内からニダーの泣き声と、液体の跳ねる音が聴こえてきた。
それらに加え、空の缶が床を転がる音も響いた。倉庫内で行われていることが、
容易に想像できた。いくつの缶が空になったことだろうか。
ニダーの泣き声を除いて、音が止まった。

『大きな声でかーちゃんに謝るんだ。もう悪いことはしません、ごめんなさいってな』

ニダーは絶叫していた。何といっているのかは聴き取れなかったが、
一心不乱に謝っている姿勢は伝わってきた。モララーはニダーの母に、
鍵を開けるよう促した。扉が開いた瞬間、色とりどりのペンキを纏ったニダーが、
母親にしがみついた。状況を飲み込めないニダーの父は、ひとり茫然とつっ立っていた。



ニダーの母親がどんな弱みを持っていたのかはわからない。
ただ噂では、高級品を買いあさっていた彼女が、
一切その手のものに手を出さなくなったということだった。

(´・ω・`)「事前の相談もなにもなかったからね。気が気じゃなかったよ。こういうことが、
      モララーの周りではたびたびあったんだ。だけど結果的には、いつも最良の結果を
      導いてくるんだよね。今回もそうだよ。後から振り返れば、
      考えて行動してたんだってわかるようになる。だから大丈夫」

ショボンの話を聴いたデレは、先程よりも不機嫌そうな顔をしていた。
不機嫌の正体は、ショボンにも何となく理解できた。

ζ(゚、゚*ζ「はた迷惑だよ、人の気も知らないで」

(´・ω・`)「そうだね」

それは本当にそうだと思う。ショボン自身、話していてそう思った。



ζ( 、 *ζ「だから――」

デレは座ったまま、両腕を前に突き出した。
両腕の先端、十のゆびでわっかを作り、それを瞬時に狭めた。
何もない空間が、デレの両手で収縮した。

ζ(゚ー゚*ζ「帰ってきたら首根っこひっ掴まえて、“ぼくら”の輪の中に引きずり込んでやる」

ひた隠しにしてる恥ずかしい過去だって、洗いざらい吐き出させてみせるわ。
デレはそういって、わらった。



ショボンは家に戻ってすぐ、携帯に残ったアラマキくんの文章を読み返した。
一通だけもらった肉筆の手紙にも目を通した。おぼろげだった想像が、
現実味を帯びてきた。先程の思い付きを煎じ詰めた。
そしてそれを真とした場合、どう行動すればよいのかも同時に練った。

一時半に一度、意識が途切れた。数分ほどで快復した。すぐに思考へ戻る。
頭がこんがらがって、どうにかなってしまうそうだった。
だがそれでも、ある程度の筋道を立てることは出来た。

ショボンは机に仕舞った写真を、何枚か取り出した。父の持つアルバムとは違う。
運動会や修学旅行で撮られたものだ。写っているのは、ショボンだけではない。
いくつか選別して、かばんに入れた。

準備は終わった。不安はある。
前提から間違えて、論理を組み立てているような気もする。

しかしもう、四の五のいっている場合ではない。
後は信じて行動するしかない。

ショボンはベッドに転がった。しばらく頭を休ませたかった。
しかしそうはいかない。窓の外では、朝陽がまばゆく光り輝いていた。


 






給食の時間、食欲はなかったが、無理にでも流し込んだ。
急いで廊下へ出る。ほとんどの人がまだ食べている最中なのだろう。
廊下にはだれもいなかった。先生にばれないよう、隠れて電話をした。
目的の人がいることを確認できて、ひとまず胸を撫で下ろした。

部活が終わった後、すぐさま学校を出た。約束は取り付けたが、時間が時間だ。
もしかしたらもう閉まっているかもしれない。何度も確認したのだから、
大丈夫だとはわかっている。けれど、どうにも治まらなかった。

心配は案の定杞憂に終わった。目的の建物は開いていた。
ショボンは乱れた呼吸を整えて、建物の中へ入っていった。

(´・ω・`)「すみません、今日連絡しておいたショボンという者ですが……」



建物を出ると、外は街灯に照らされていた。次は本屋へ向う。
周辺地域が大きく載った地図を買って、自宅と、もう一点に赤丸をした。
その二点間を、道沿いに線を引いてつなげた。

やるべきことは終わった。後はもう、明日へ持ち越しだった。
ただ、やっておきたいことがひとつできていた。携帯を確認した。
急げば間に合うかもしれない。ショボンはひざをほぐして、花屋へと駆けて行った。

花屋は閉店ぎりぎりで、外に陳列されていた花も片付けられ始めていた。
どんな花を買えばよいのかわからない上に、ゆっくりと選んでいる暇もない。
ショボンはざっと店内を見回して、赤い花弁が印象的な、
こじんまりと整った花を包んでもらった。

後はもう、急ぐ必要はない。花束を持って、ゆっくりと歩いていった。



住宅街を抜け、坂を登り、下った。他の店がシャッターを下ろしている中、
二十四時間営業のコンビニだけが、煌々と光を放っていた。
踏み切りの前でショボンは立ち止まった。遮断機が下りている。
甲高い警報の音に合わせて、ふたつのランプが交互に点滅している。

電車からは仕事帰りと一目でわかる人々が、列をなして降りてきた。
くたびれた姿ばかりが目に入る。きっとそれは、無意識に峻別して
視界へ映しているのだろうと、ショボンは思った。遮断機が上がった。

杣矢川を横断する杣矢川橋へと到着した。もう深夜過ぎだというのに、
何台かの車はいまだに走行している。ショボンは用心深く辺りを見回しながら、
歩道を進んだ。吹き上がる川の風が、花束を包むセロファンを鳴らした。



(´・ω・`)「ぼくは今日、きみの住んでいたところへ行く」

空気の澄んだ、星のよく見える夜だった。弦月が異様に大きく感じる。
隠れた半分の陰も、容易に想像できた。

(´・ω・`)「十中八九正しいと思ってる。でも、最後の最後でやっぱり不安なんだ」

セロファンが鳴った。今度は風のせいではない。

(´ ω `)「……実のところ、自信なんてぜんぜんない。一から全部間違ってる気がする。
      それでもぼくは行くよ。けど、できれば――」

携帯を開いた。時刻はもうすぐ、一時半を越えようとしていた。

(´・ω・`)「きみの手で教えてほしい。きみが本当はだれなのか。きみの、本当の名前を――」

暗い夜空に、赤い星が瞬いた。

それは一瞬のことで、いまはもう、赤い星など消えてなくなってしまっていた。
ただ、赤い星がきらめいた跡だけは、たしかに手元に残されていた。
ショボンは携帯を閉じた。

水面に浮かぶ月に向って、花束を放り投げた。


 










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