3-2


思ったよりも大きな家だった。表札を確認する。間違いない。
ショボンはインターホンを押そうとして、一度間を置いた。
傘を叩く雨音が耳障りでしかたない。水分の大量に混じった空気を吸い込み、
意を決した。しばらくして、マイクからくぐもった音が響いてきた。

『どなたでしょうか?』

男性の低い声が聴こえた。父と同じくらいの年齢だろうか。
抑揚のない、生真面目さを感じさせる声だった。
この人が、ミルナさんで間違いないだろう。

(´・ω・`)「ショボンといいます。ハインさんの――娘さんの事故現場に居合わせたものです」



デレとの会話によって考え直した可能性。
それは、アラマキくんというショボンとは別の人生が、
何らかの形でショボンの体に宿ったのではないか、というものだった。

アラマキくんのことが発覚した当初も、この可能性については一度検討していた。
ただ情報が少なかったことと、荒唐無稽な感じがしたために、
二重人格になってしまったのだという比較的信憑性のある
結論の方へ落ち着いてしまったのだった。

いまは違う。発声法、あらすじの構成術、おまじない。
アラマキくんはショボンの知らない知識、技能を持ちすぎている。
性格、好み、筆跡といった細かな違いを挙げていくと、枚挙にいとまがなかった。

しかしこれだけでは証明できない。二重人格者のAとBは、まったく違う
知識を持っていることもあるのだと、どこかで読んだことがある。
乖離した人格が、無意識に取り込んだ記憶を覚えているためなのだという。

先に思い浮かべた種々諸々も、そういった類の記憶なのかもしれない。
アラマキくんがショボンとは異なる背景を持っていると証明するには、
もっと根本的な違いを見つける必要があった。



その手掛かりは、手紙の文面にあった。手紙には
『いろんな人にほめられた自慢の一品』として、
オムライスの名が挙げられている。

ショボンとアラマキくんが同じ記憶を共有する
別人格だと仮定した場合、これはありえない。

ショボンは卵料理を作れない。
なぜなら、つーが卵アレルギーだったからだ。ショボンは料理法のすべてを、
つーから教わっていた。つーが卵アレルギーだと知らなかったモララーは、
悪気なく卵サンドイッチを食べさせてしまい、大変なことになった。

これにより、アラマキくんがショボンより乖離した人格であるという説は否定される。
ではアラマキくんがショボンとは異なる背景を持った人格だと仮定した場合、
それはいったいだれで、どうやってショボンの所へ来たのかという疑問が新たに沸いてくる。



思考材料となったのは、発生時期とぬいぐるみ、赤い印象、
そして『相克のハルカタ』だった。アラマキくんが初めて現れたのは、
交通事故にあった日の夜。

その日に会ったのは父と医者、モララーやデレといった部活の仲間。
そして――交通事故の際に遭遇した女性だけだった。

交通事故にあった日のことを何度も思い返しているうち、あることに気が付いた。
デレに連れられて入ったゲームセンターで、ショボンは既視感を覚えた。
それはアラマキくんのぬいぐるみに対してのものだった。

あのときはうやむやのまま流してしまったが、いまは思い当たる節がある。
交通事故の女性が持っていたかばんに、何かのキャラクターが垂れ下がっていた。
確証はないが、あれは、アラマキくんだったように思う。

思考の輪は連続してつながった。
アラマキくんの代名詞ともいえる入れ替わり時の赤色。あれとよく似た色を、
ショボンは交通事故のときにみていた。それは、空を燃やす朝焼けの色だった。
女性が虚ろな様子で、陽を眺めていたことも思い出せた。



アラマキくんの正体は、この女性だとしか考えられなかった。
新たに生じたふたつの疑問のうち、
『いったいだれなのか』についてはこれを結論とした。

そして残った疑問、『どうやってショボンの所へ来たのか』について。
これは想像の域を越えない、科学的根拠も何もないただの推測になる。

『相克のハルカタ』というドラマがある。
ふたりの対照的な男性が、それぞれの目的に向って邁進するドラマだ。
その作品の導入部で、話の根幹を成す重要な出来事が起る。
主人公のふたりは“激しく衝突することによって、精神が入れ替わってしまう”のである。

ショボンが最初、別の人格がやってきたのではないかと考えた理由も、
このドラマの影響だった。ショボンは自分の身にも、これと似たような
現象が起ったのではないかと考えた。ただしまったく同じというわけではない。
向こうから一方的に、ショボンの所へやってきたのだ。



相当無理のある、ファンタジックな理屈だと思う。
しかし煎じ詰めれば詰めるほど、思考はここで停止した。
これ以上の考えは、もはや思い浮かばなかった。
ショボンはこの結論を前提として、どう行動すべきかを計画した。

ショボンの目的は自分勝手な恩返しをすることだ。
そのためには、アラマキくんのことをよく知っている人物を探し出さなければならない。
アラマキくんがあの交通事故の女性だとした場合、
さて、彼女のことをよく知っている人物とはだれになるのだろうか。

逆説的だが、そのためには彼女が何者であるかを知る必要があった。
彼女と自分をつなぐ要素を列挙する。
食べ物の好みから何から、くだらないことまですべて。

連想の果てにショボンは、事故、病院、医者という点に到達する。
自分を担当してくれた医者は、彼女のことを知っていた。
医者の名前はドクオ。梶岡病院に勤める、まだ若い先生だった。



梶岡病院に勤める若い先生。
アラマキくんのこととは別に、記憶のどこかを刺激した。
それが何かに気づいた瞬間、机の中をあさっていた。
ドクオ先生と会うとき、役に立つかもしれない。ショボンはそう思った。

その日の昼、ショボンは学校から病院に電話した。
早朝にかけなかったのは、その時間に病院が開いているのか確信が持てなかったからだ。
受付の女性に、ドクオ先生が来ているか尋ねた。
もしいないようだったら、自宅にでも押しかけていくつもりだった。

幸いドクオは平常勤務で出てきていると聴き、
夕方に診察を受けたいと予約した。



('∀`)「何かあったのかい? ぜんぜん来てくれないから、心配してたんだよ」

ドクオはショボンのことを覚えていた。
ショボンが来た理由を、事故がらみのことだと思っているらしかった。

そしてそれは、ある意味では正しい。
ショボンは単刀直入に、事故のとき一緒に運ばれた女性のことを尋ねた。

ドクオは渋い顔をして、答えてくれなかった。守秘義務というやつなのだろう。
悪用するつもりはない、お線香をあげに行きたいだけだと懇願しても、口を割らなかった。
ただ、無碍に断ろうとしないぶん、付け入る隙はあるように思えた。

(´・ω・`)「先生の知り合いに、渡辺さんという方がいませんか?」

('A`)「いるけど……それがどうかしたのかい?」

ドクオは怪訝な顔をしている。
反してショボンは、心の中で指を鳴らしていた。

(´・ω・`)「その渡辺さんには、ぼくと同い年の妹さんがいませんか?」



怪訝な様子を示していたドクオの顔が、にわかに変化した。
内心の動揺が、すべて顔色に表れている。
他人事ながら、この人はあまり医者に向いていないなと思った。

いつだったか渡辺が、兄の友人に、自分のことを好意的に
思ってくれている男性がいると話していた。渡辺の口ぶりではどうも、
その人は渡辺へご執心なように聴こえた。そしてその男性は、
若くして、近所の病院に勤めているそうだった。

(´・ω・`)「ぼく、彼女とは同じ部に所属しているんですよ。
      わりと仲良くしてて、写真とかも一緒にとることがあるんです」

('∀`;)「へ、へえ〜。そうなのかい」

ビンゴだった。というより、想像以上だった。目の色が変わっている。

(´・ω・`)「そうだ、いまも何枚か持ってるんです。ちょっと見てみませんか?」



良心の呵責はある。渡辺さんにはもちろん、この行為自体、卑劣な感じがする。
しかしアラマキくんだって、ぼくのために――そして自分のために、
裏工作に手を染めてくれたのだ。やれることがあるのに、自分だけ
いい子ちゃんぶっているわけにはいかない。

ショボンは意気込み、かばんの中の写真をつかんだ。
だが、それは必要のない意気込みとなった。

('A`)「茶番は終わりにしよう」

どこか締まりのなかったドクオの顔が、唐突に真剣味を帯びた。

('A`)「きみは始めから、写真をえさに、私を懐柔するつもりでここへ来た。違うかな?」

(;´・ω・`)ん「それは……」

見抜かれていた。必死になって言い訳の言葉を探るが、
頭の中でうまく文章をかたどることができない。
ショボンがしどろもどろになっているのにも構わず、ドクオは話を続けた。



('A`)「自覚しているとは思うけど、あまり褒められたことではないよね。
    子どものうちからこういう手段に頼っていると、
    ずるいことばかりに眼が向いて、かえって見識を狭めてしまう。
    年長者としては、きみのことをたしなめたいと思う。しかし――」

返す言葉もない。
ショボンがそう思いかけていると、ドクオは柔和なほほえみを見せてきた。

('∀`)「一個人の私として、きみの熱意に心打たれたのも事実だ。
    だから、ちょっとした質問になら答えようと思う」

ころころと表情の変わる、変な人だと思った。しかし、ありがたかった。
ショボンは取り出しかけた写真を、再びかばんの中に戻した。

('A`)「……いや、写真はもらうけどね? その、参考までに」

やっぱり、どこか締まらない。


 






('A`)「彼女の名前はハイン。十七歳で、高校生だった」

ドクオは名前や住所、彼女について知っている情報を端的に教えてくれた。
豊富な情報とは言いがたかったが、前進するには充分だった。
ただひとつ、気にかかることがあった。

('A`)「父親の――ミルナさんとふたりで暮らしていたそうだよ」

病院を出ると、外は街灯に照らされていた。手がかりは得た。住所もわかった。
後は感覚的に、目的地がどこにあるか把握できればよかった。
地図さえあればことは済む。ショボンは本屋へ向った。

地図を購入して、一目でわかるように印を付けた。
携帯よりも、こうして紙に印刷された地図を見ているほうが、信頼できるような気がする。
自宅と目的地の二点間を、線でつないだ。目的地は隣県にある。
どうやら杣矢川橋を渡る必要があるようだった。

作業は大した時間もかからずに終わった。今日やるべきことは終わった。
後は明日、ミルナさんのところへ話をうかがいに行けばよかった。しかし――。



『私が言い渋っていたのは、規則だからってだけじゃない。わかるね?』

ショボンが病院からでようとした際、ドクオはこういっていた。
想像力の欠如していた自分を恥じた。よく知っているということは、
それだけ親しくしていたということだ。親しい人を失ったとき、
彼は、あるいは彼女は、何を思うだろうか。ましてや肉親なら。

真っ先に思い浮かべて然るべきだった。姉をうしなったときの、
父の姿を知っているのだから。不安がぶり返してきた。
自己満足のために、人の深刻な傷を無思慮に抉り返すような
真似をして、はたして許されるだろうか。

それ以前に、組み立てた論理は本当に正しかったのだろうか。
もしアラマキくんとハインという女性が、まったくの別人だとしたら。
ショボンが行おうとしていることは、いたずらにミルナ氏を
苦しめるだけとなってしまうのではないか。

引くつもりはない。かといって、押し進めていいものかも判然しない。
ショボンは両論を秤にかけて、どっちつかずに傾きかねていた。
その間、地図に描いた経路を、力なく眼でなぞった。



そのときふと気が付いた。杣矢川橋。
そういえば、事故に遭ってから一度も行っていなかったな。
おそらくはすべての始まりとなった場所。
何かしら思いつくかもしれないと、ショボンは思った。

こういう場合、何を用意すればよいのだろう。
道端に花が添えられているのを見たことがある。
やはり自分も、そういうものを持っていった方がよいのだろうか。
深く考えての行動ではなかった。しかし、他に理由を見つけられなかった。

朝焼けの色をした花束を持って、杣矢川橋へと到着した。
もう深夜過ぎだというのに、何台かの車はいまだに走行している。
ショボンは事故の痕跡を探しながら、歩道を進んだ。
吹き上がる川の風が、花束を包むセロファンを鳴らした。

杣矢川橋に変化はなかった。事故以前から、何も変わってはいない。
もう補修されてしまったのか、あるいは事故の痕など元々なかったのか。
花束が置いてあるようなこともなかった。目印になるようなものはなかった。


(´・ω・`)「ぼくは今日、きみの住んでいたところへ行く」

ショボンは隣県まで渡り切った後、橋の中ほどまで戻ってきた。
自分の耳へ、すなわちアラマキくんの耳へ届くように、決意をあらわにした。
言葉にすれば、意思が固まるのではないかと思えた。

(´・ω・`)「十中八九正しいと思ってる。でも、最後の最後でやっぱり不安なんだ」

確信を持てない以上、不安を払拭することはできない。
けれど、自分の行ないたいことは決まっている。花束を握る手に、力がこもった。

(´ ω `)「……実のところ、自信なんてぜんぜんない。一から全部
      間違ってる気がする。それでもぼくは行くよ。けど、できれば――」



欲しいのは、最後の一押しだった。
証明に対する答が得られれば、迷いも振り切れるはずだった。
携帯を開いた。時刻はもうすぐ、一時半を越えようとしている。
昨日の入れ替わりも、この時刻に起こっていた。

(´・ω・`)「きみの手で教えてほしい。きみが本当はだれなのか。きみの、本当の名前を――」

恩返しをしたい相手に助けてもらおうとするのは、あべこべで、情けない気もする。
それでも構わない。情けなくて結構。ショボンは空を見上げながら、そのときを待った。

透過した赤色が、空に浮かぶ星々を塗り直した。

ショボンは花束を放り投げた。もう必要がなかった。
彼女――ハインは、ここにいる。決心は付いた。


 





( ゚д゚ )「わざわざお越しいただき、大変申し訳ありません。
     本来なら私の方からご連絡するべきだったのでしょうが」

ショボンが弔問に訪れた旨を伝えると、ミルナは慇懃に家の中へと案内してきた。
声の印象どおり、ミルナは謹厳そうな壮年の男性だった。
目こそ落ち窪んではいるが、思ったよりもしっかりとした様子をしている。

( ゚д゚ )「無作法なもので、正式な手段ではないのですが」

通された日本間にて、持参した線香にライターで火を灯してもらった。
線香を香炉に差し込み、手を合わせる。香炉の前には、簡素な写真立てが置かれていた。
女性が写っている。若いというより、まだ幼い。
活発そうな、明るい雰囲気が滲み出ていた。この人が、ハインさん。



菓子折りを持ってきたことを伝えると、ミルナはお茶を入れてくるといって引っ込んだ。
ショボンはひとり残されている間に、部屋の中を見回した。
線香の香りに混じって、畳と、ほこりっぽい臭いがする。
長い間掃除されていないことがうかがえた。

写真に写ったハインは、杣矢川橋でのハインよりもいくぶんか若いように見える。
そのためか、記憶と写真の人物がうまくつながらなかった。
事故に遭ったときのハインは、もっと表情のない、虚無的な顔をしていた。
ただアラマキくんなら、きっとこのように笑うだろうと思えた。

ミルナが戻ってきた。ミルナは運んできたお茶を置くと、
ちゃぶ台をはさんで向かい合わせに座った。ショボンは渡されたお茶に口をつけた。
火傷しそうな熱がのどを通った。味はほとんどわからなかった。

( д )「ありがとうございます。娘を助けていただいたそうで」

ミルナが深々と、ちゃぶ台へぶつかるくらいに頭を下げてきた。



(;´・ω・`)「そんな、頭を上げてください。ぼくは結局、何もできなかったのですから」

( д )「いえ、私は行動の結果に感謝しているのではありません。
     見ず知らずの娘のために危険を冒してくれたお気持が、ただただありがたいのです」

ミルナの顔は下がっていて見えない。
まるで、目を合わせることを嫌っているかのような姿勢だった。
落ち着き払った口調からは、むしろ拒絶の感情が見え隠れしている。
それはきっと、ショボンだけに向けられたものではないのだろう。

大粒の雨が勢いよく地面を叩いている。
それは、廃屋で聴いた雨音に酷似していた。

(´・ω・`)「ハインさんと出会ったのは、事故のときが初めてではないんです」

ミルナの肩がわずかにゆれた。顔が上がった。
目に、いままでとは異なる色があった。ショボンはうそをついた。
合唱をやっていること、挫折したこと、そこでハインに助けてもらったこと。
でっちあげたエピソードに、真実を織り交ぜて話した。



本当のことをいっても、信じてもらえないかもしれない。
それにハインがショボンの中にいると信じることができたとしても、
ハインはもうすぐ消えてしまうのだ。
娘が二度死ぬという事実を突きつけるのは、あまりに酷な気がした。

(´・ω・`)「いまの自分があるのは、ハインさんのおかげなんです」

話はうそでも、気持は本当だ。ハインがいなければ、ショボンは
再び合唱に立ち向かうことはできなかった。下手をすれば、あのときに
窒息して死んでしまっていただろう。返せる恩なら、いくらでも返したい。

(´・ω・`)「けれど、ハインさんは亡くなってしまいました」

ハインは、もうすぐ消えてしまう。

(´・ω・`)「今更であること、自分勝手であることは承知しています」

もう間に合わないかもしれないこと、自分勝手であることは承知している。

(´・ω・`)「それでも何か、何かぼくにできる形で恩を返したいのです」

ショボンはもう一飲み、お茶を口に含んだ。
湯呑みを置くとき、不必要に大きな音が鳴った。



(´・ω・`)「ミルナさんの口から、ハインさんのことをお教え願えませんか」

言ってしまった。もう後には引けない。
ショボンは口をつぐんで、ミルナの出方をうかがった。
ミルナの表情に、一見して変化は見られない。
ただ膝の上に置かれた手が、強く握られているだけだった。

沈黙の間も、雨は降り続けていた。耳障りな、嫌な雨音だった。
そこに、湯飲みが机とこすれる音が割って聴こえた。
ミルナは目をつむり、長い時間をかけて一杯の茶を飲んだ。

ミルナの手は硬く大きく、節くれだっていた。
置かれた湯飲みは、ショボンのとき同様、不必要に大きな音が鳴った。

( ゚д゚ )「あなたは、ハインとはその、男女の仲だったのでしょうか」

想定外の質問だった。否定すればいいだけの話だったが、
突然のことでショボンは言葉に詰まった。ミルナにはそれだけで充分だったのか、
たしなめるようにして、ショボンをなだめてきた。



( ゚д゚ )「いえ、ばかなことを訊きました。お忘れください。それと――」

かすかな間が、心臓に痛い。
ミルナはあくまでも屹然とした様子を崩さず、口を開いた。

( ゚д゚ )「今日はこのまま、帰っていただけないでしょうか」

はからずも、予感は的中してしまった。

( ゚д゚ )「非礼であることはお詫びします。ですが、お話できることはないのです。
     ……お話したく、ないのです。あなたには、きっとわからない気持でしょうが」

言葉にも表れた、きっぱりとした否定だった。とりつくしまもない。
ショボンは座ったまま動けなかった。そのショボンの様子を見てか、ミルナの方が
立ち上がろうとした。もうここにいる必要はないと、そういいたげな動作だった。

(´・ω・`)「待ってください!」

ショボンの声に、ミルナは止まった。
しかしそれは一時的なもので、何もなければいまにでも
去っていってしまいそうだった。実際ミルナはもう、完全に立ち上がっていた。



頭上から下ろされるミルナの視線を受けながら、ショボンはミルナの
否定の言葉について考えていた。ミルナは話したくない、帰ってほしいといっていた。
そしてその気持が、ショボンにはわからないだろうと。

ミルナがいま抱いている気持を理解することはできない。
けれど、類推することはできると思った。それはただの想像任せではない。なぜなら――。

(´ ω `)「わかります。……わかると、思います。ぼくも、姉を失っていますから」

肉親を失ったのは、ミルナだけではないから。
ショボンはかつてアラマキくんへ話したように、ミルナにも自分の過去を語った。
自分がいかに姉に頼りきっていたか、その姉を自らの過失で
失ってしまったとき何を思ったか、すべて隠さずに語りつくした。

失意の中で、アラマキくん――ハインの存在にどれだけ助けられたかも話した。
やさしいだけではない。厳しくもあった。けれどそれが、ありがたかった。
怠惰に流れそうになる自分を戒めてくれた。

ショボンにとってハインは、文字通り同じ血を
共有した、大切な人だった。そう、それはまるで――。



(´ ω `)「ハインさんはぼくにとって、姉のような人でした」

もう躊躇はない。ミルナの落ち窪んだ目を、ショボンは見据えた。

(´・ω・`)「残酷なことを訊いている。自覚はあります。
      それでも教えて欲しいんです。ハインさんのことを、知りたいんです」

これが精一杯だった。自分の言葉が、ミルナの心を動かせたと信じるほかなかった。
ミルナは立ったままの格好で、ショボンを見下ろし続けていた。
いつの間にか、雨は止んでいた。

( ゚д゚ )「娘とは、どのようないきさつで知り合ったのでしょうか」

知り合ったいきさつ。そう聴いたとき、真っ先にあるものが思い浮かんだ。
これがなければ、ショボンはハインという女性の真相にたどりつくことはなかっただろう。
偶然目にして、偶然覚えていて、偶然手に取ることができた。
奇跡の確立に支えられた、これ以上ない“いきさつ”だった。

(´・ω・`)「ぼくも、アラマキくんがすきなんです」






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