(´・ω・`)ようこそバーボンハウスヘ、のようです 3話
薄暗くもどこか柔らかい灯りと、重厚感に溢れる木製のカウンター。
その向こう側に、僕はいる。
背後には酒棚を。
お世辞にも広いとは言えない空間で、ただ黙々と、グラスを磨く。
ここはバー、バーボンハウス。
多くの――とは言えないかも知れないが、それでも日々疲れたお客様がやってくる。
僕の仕事はそんなお客様に、癒しを感じるお酒を提供する事だ。
さて、そろそろ開店時間だ。
……さて、今日も開店時間きっかりに、馴染みのお客様がおいでになられた。
(´・ω・`)「いらっしゃいませ、ようこそバーボンハウスへ」
ドアを潜って顔を見せられたのは、シラネーヨさんだ。
あれ以来毎日、開店時間と共に来店してくれている。
もうすっかり、ウチの常連様だ。
(´・ω・`)「……どうぞ」
カウンターの、一番奥の席。
彼はいつもそこに座る。
最早、指定席にもなりつつある。
( ´ー`)「ありがとう」
最初にお出しするグラスも、もう決まっている。
『イエスタディ』だ。
( ´ー`)「はは、何だか過去にしがみついているみたいで、カッコ悪いかな」
(´・ω・`)「いえ、確かにビートルズの『イエスタディ』は昨日を憧憬する歌ですが……。
カクテルのイエスタディには『今日を、そして明日を大切にしたい』。
そんな思いも込められていますから」
にこりを笑いながら、僕はそう言った。
その言葉に安心したのか、彼は一気にグラスを傾けた。
(´・ω・`)「二杯目は、何に致しましょう」
空いたグラスを下げ、僕は聞く。
( ´ー`)「また君のお勧めで頼むよ。……そう言えば最近は、色々と娯楽に挑戦してみてるんだ。
ここもいいけど、やっぱり他にも健康的な趣味がないとね」
(´・ω・`)「それはそれは。例えば、何に挑戦なさったんですか?」
何をお出しするか考えながら、僕はシラネーヨさんに問い掛ける。
彼も、またそれを望んでいるだろう。
( ´ー`)「在り来たりだけど、社交ダンスとかね。
他にも読書に盆栽、ボーリングとか……」
(´・ω・`)「それはまた……随分と手広く手を伸ばしましたね」
( ´ー`)「はは、まぁ幾つ続くか分からないんだけどね」
話を聞きながらも、手は休めない。
ジンとトニックウォーターをタンブラーに注ぎ、
氷を浮かべ、ソーダでグラス一杯にまで満たす。
ちなみにトニックは甘みや苦味、柑橘系の風味がある炭酸水だ。
タンブラーは普通の寸胴型グラス。
飾りにライムスライスを浮かべ、僕はそれをシラネーヨさんに差し出した。
(´・ω・`)「はい、こちらジントニックです」
( ´ー`)「ジントニック……、どこかで聞いた名前だな」
(´・ω・`)「えぇ、ジントニックは『とりあえずの一杯』と言われる程ポピュラーなカクテルですから。
本当なら、これが一杯目にくる筈なんですよね」
最後に少し笑いながら、僕はそう説明した。
ジントニックは材料が二つだけだから、単純な美味しさが味わえるカクテルだ。
とは言っても、シンプルだからこそバーテンダーによって微妙に味が変わってくる。
ある意味では、とても奥が深いカクテルでもあった。
( ´ー`)「なるほど……、確かにシンプルな味わいながら美味しいですね」
(´・ω・`)「ありがとうございます」
それから更にシラネーヨさんは、何杯かのカクテルを飲み干した。
彼の来店から、そろそろ一時間が経つくらいだろうか。
( ´ー`)「……さて、そろそろお暇しよう。
次来た時は、また何か別のカクテルを飲ませてもらおうかな」
シラネーヨさんは席を立ち、サイフを取り出した。
それを見て僕は代金が書かれた紙切れを、そっとカウンターに差し出す。
(´・ω・`)「わかりました。お待ちしております」
精一杯の笑顔で、僕は彼を見送った。
開店から大体一時間。
彼が去るのと入れ替わりに、他の客がちらほらと入ってくる。
ξ゚听)ξ「やっほー」
( ^ω^)「こんばんはですおー」
時刻にして8時頃だろうか。
ツンさんとブーンさんがやってきた。
(´・ω・`)「何にしましょう?」
( ^ω^)「お任せしますお」
いつも通りのオーダーだ。
丁度今日話題にした、ジントニックが頭に浮かんだ。
おあつらえ向きに、ジントニックは味に微妙な変化を加えられる。
材料を揃えると、僕はそれらをグラスにビルドして、二人に差し出した。
(´・ω・`)「……どうぞ、ジントニックです」
( ^ω^)「おっおっ、どうもですお」
ξ゚听)ξ「やっぱり、私とブーンじゃ味が違うんですか?」
流石ツンさんだ。
勘がいい。
とは言っても、普通に答えては面白みが無い。
(´・ω・`)「どうぞ、交換して飲んでみて下さい」
笑いながら、僕は提案する。
( ^ω^)「お……僕の方が甘みが抑えてありますかお?」
(´・ω・`)「正解です。ブーンさんのは、正確にはジンソニックと言います。
あまり甘いものばかりと言うのも、なんだなと思いまして」
ξ゚听)ξ「ブーンに似合わない名前ね、ソニックって」
相変わらず、ツンさんは僕が反応のし辛い事を言ってくださる。
とりあえずは先日と同じよう、苦笑いを浮かべて誤魔化しておいた。
(;^ω^)「ひっでぇお……。てか僕が元陸上部だって、ツン知ってて言ってるおね?」
ξ゚听)ξ「今はただの脂肪の塊でしょ」
(;´・ω・`)「お客様……あまり他のお客様に失礼な事は……。
と、ところでジンソニックのソニックは、音速を意味するソニックではありませんよ。
ソーダとトニックを使っている事から、ソニックと言われているんです」
慌ててフォローを入れながら、僕はカクテル名の由来を説明した。
ξ゚听)ξ「なーんだ。良かったわね、ブーン」
( ´ω`)「もう何とでも言ってくれお……」
不意に、店内に軋みが響いた。
反射的に、僕はドアの方へと顔を向ける。
(-_-)「……」
(´・ω・`)「いらっしゃませ、ようこそバーボンハウスへ」
(-_-)「……何か、キツいのをお願いするよ」
少し暗めの、どこか憂いを抱えたようなお客様だ。
殆ど無音のままに席に着くと、お客様はそう言った。
キツめと言うならば、オーソドックスにマティーニでいいだろう。
ベルモットを減らし、ジンを多目にする事で辛口に仕上げてみた。
(´・ω・`)「どうぞ。マティーニです」
(-_-)「どうも。……うん、美味しいよ」
一口飲んで、お客様はそう言ってくれた。
その後は一言も発せずに、ちびちびとグラスを傾けていく。
(-_-)「次は……そうだな。サザンカンフォートをロックで頼めるかい?」
(´・ω・`)「畏まりました」
サザンカンフォートは桃やレモンなどの果実と、
ハーブを原材料に作られた香り高いお酒だ。
氷を入れたグラスに橙色の液体を注ぎ、お客様に差し出した。
(-_-)「どうも……」
それだけ言って、お客様はやはり無言のままに酒を飲んでいった。
……しかし、丁度グラスのお酒が半分ほどに減った時だった。
突然、お客様はグラスをカウンターに置いて、
俯き加減だった顔をこちらに向けた。
(-_-)「このサザンカンフォート、昔はもっとアルコールのキツいお酒だったんだよね」
(´・ω・`)「あ、はい。良くご存知ですね」
サザンカンフォートは元々は50度近い、とても強いお酒だったと言われている。
(-_-)「……やっぱり、売れる為には大衆に迎合しなきゃ駄目なんだよな」
ぽつりと、お客様が呟いた。
(´・ω・`)「売れる……と言いますと?」
僕の問いに、お客様は少し迷っている様子だった。
ばつが悪そうに顔を歪め、視線をカウンターに向けている。
だが、ようやく顔を上げるとぽつぽつと、言葉を紡ぎ始めた。
(-_-)「僕はさ……アルバイトをしながら専門学校に通ってるんだ。
……あ、心配しなくても飲酒年齢には達してるよ」
幸いな事に、お客様は今のところ三名しかいない。
お客様の話を、しっかりと聞いて差し上げる事が出来そうだ。
(-_-)「もう結構長い事やってるんだけど、未だに当たりは出ないんだ。
この前親から電話が来たよ。いつまで夢を見ているつもりだってね」
(´・ω・`)「……私は、夢を追う事は素晴らしい事だと思いますよ」
(-_-)「ありがとう。……で、専門学校の講師が言うんだ。
『君は今受ける作品が何かを考える力』が欠けているってね。
簡単に言えば、僕の作品はニーズに合っていないらしいんだ」
そこで彼は一旦目を瞑り、下を向いて小さな溜息を吐いた。
お客様は迷い、疲れていらっしゃる。
(-_-)「だけどさ、それじゃつまらないと僕は思った。
僕は小説の中に、自分の世界を作りたいんだ。
自分じゃ出来ない事が出来る世界、それに憧れて作家を目指したのに……」
やっぱり、そんな甘いもんじゃないか。
そう、お客様はぽつりと呟く。
それから半ば投げやりな様子で、グラスの酒を一気に呷った。
(´・ω・`)「お客様、次のグラスですが……。もし良かったら、私のお勧めでもよろしいでしょうか?
気に入らなかった場合は、その分のお代は結構ですから」
小さな微笑みを作り、僕は提案する。
夢を捨て、現実に生きる事。
夢を追い続ける事。
夢を追う事が素晴らしいと、僕は言った。
だけどどちらが正しいのかは、僕には分からない。
どちらを選べだなんて口出しする事もない。
でも、お客様の迷いを払って差し上げるのは、僕の仕事だ。
ウォッカとパイナップルジュースで半分。
残りの半分はキイチゴのリキュールで。
キイチゴのリキュールは酸味と香りが淡く、甘みの割合が大きい物を選んだ。
最後にレモンジュースを一さじ加えて、これをシェイク。
(´・ω・`)「どうぞ」
少し濁りを帯びた朱色のグラスを、僕はお客様に差し出す。
お客様は一瞬戸惑ったようにグラスを眺め、それからそっと口に運んだ。
(-_-)「……口の中に広がるふくよかな甘みと、微かに舌をくすぐる酸味。
いいね、何てカクテルなんだい?」
お客様の問いに、僕は答える。
(´・ω・`)「……『ユメヒトヨ』です」
お客様のグラスを持つ手がぴくりと震え、止まった。
(-_-)「夢一夜、か……。所詮は一夜の夢なんだから、きっぱりと諦めろ、かい?」
(´・ω・`)「グラスをどのように解釈するかは、お客様の自由です。ですが……」
僕は新たに一本のビンを取り出した。
グレナデンシロップ、ザクロの赤色が美しいシロップだ。
新たに作ったユメヒトヨに、このシロップを二さじ加える。
そしてシェイク。
(´・ω・`)「このユメヒトヨに、ほんの少しの要素を加えてやるだけで……」
ユメヒトヨよりも澄んだ、更に濃い赤が映える液体。
ワイングラスに注いで、差し出した。
(´・ω・`)「バルーションと言う、また別のカクテルが出来上がります」
(-_-)「バルーション、どう言う意味なんだい?」
目の前に出されたグラスを眺めたまま、お客様が問うた。
(´・ω・`)「……旅立ち、です。『夢と希望を抱き、いざ旅立つ』。
そんな意味が、このカクテルには込められています」
お客様の目が、微かにだが見開かれた。
そうしてすぐ、細められる。
目の前に並んだ二つのグラスを、じっと見つめている。
(´・ω・`)「お客様は、どちらのグラスがお気に召したでしょうか」
そっと背中を押すように、僕は問い掛ける。
押した先がどちらの道なのか、僕には分からない。
それでも、これは僕の仕事だ。
(-_-)「……バーテンダーさん」
(´・ω・`)「何でしょう?」
(-_-)「バーテンダーってのは、皆君みたいにお節介なのかい?」
痛い所を突かれたなと、僕は苦笑いを浮かべた。
(´・ω・`)「そうでもありませんよ。寡黙で、全ての言葉はグラスで語ろうってバーテンダーさんだっています」
ですが、と僕は言葉を繋ぐ。
(´・ω・`)「多分バーテンダーも、あなたが言った事と同じだと私は思います。
カウンターには、いつもと違う自分がいる。
言葉には出来ない思いだって、グラスに込めて差し出す事は出来る」
(-_-)「……そっか」
小さく、お客様が零した。
そして直後に、小刻みに二回頷いた。
(-_-)「まったく、こっちはそれが出来なくて悩んでるってのにさ、
自慢とはやってくれるよね。バーテンダーさん」
(´・ω・`)「え? あ、いえ、私はそう言うつもりでは……」
しかし慌てふためく僕に、お客さんは少しだけにやけながら、口を開いた。
(-_-)「……そんな風に自慢されたらさ。僕だって、なってみたくなっちゃうじゃないか」
言うや否や、お客様は僕から目を逸らしてグラスを掴んだ。
背の高いワイングラスを、彼は仰け反るようにして一気に呷った。
(-_-)「バルーションか。これ気に入ったよ。幾つもの果物が溶け合って、とても華やかな味わいだ」
(´・ω・`)「……お気に召されたようで、何よりです」
(-_-)「うん、ありがとう。今度またさ、新しく物語を書いてみるよ。
……お節介なバーテンダーが、バーを舞台に悩める人々を救っていく。
どうだい? 面白そうだろう?」
ニヤリと笑いながら、お客様は僕を見た。
釣られるように、僕も少し苦々しい笑いが零れた。
(´・ω・`)「そうですね。とても、面白いと思います」
(-_-)「だろう? もし当たったなら、真っ先に読ませてあげるよ。それと……」
そこで一旦、お客様は口ごもって言葉を止めた。
(´・ω・`)「……それと?」
(-_-)「……書くからにはお酒の知識が必要だからね。
またちょくちょく、ここに来させてもらうからさ」
少しだけ目を逸らして、お客様はそう言った。
思いがけず、僕は最高の笑顔でこう返す。
(´・ω・`)「はい、お待ちしております。お客様」
(-_-)「……それじゃ、僕はこれで」
お勘定を済ませて、お客様は席を立った。
(´・ω・`)「ありがとうございました。ヒッキー様」
さっき聞いた所、お客様の名前はヒッキーと言うらしい。
本名なのかペンネームなのかを聞きそびれたが、
それはいつかきっと分かる事だろうと思う。
ヒッキーさんがドアを潜り、店外へと出て行った。
ξ゚听)ξ「もしもーし、お節介なバーテンダーさーん。私達もそろそろお暇するわー」
まったくひどい言われようだ。
僕は本日何度目かの苦笑いを浮かべながら、
お二人に代金が書かれた紙切れを差し出した。
お客様が飲み終わったグラスを、僕は片付ける。
ふと、ヒッキーさんのグラスが目に付いた。
『ユメヒトヨ』と『バルーション』。
実は、僕が今日お出ししたバルーションは、正確にはレシピと異なった物だった。
本当はキイチゴではなく、イチゴのリキュールを使うのだ。
だがそこは酸味と香りが優しく、甘みの大きいリキュールを選ぶ事で、補わせてもらった。
バルーションは元々、ウォッカに溶けた4種類のフルーツの華やかな味わいを楽しむカクテルだ。
レシピとは違っていても、味わい自体の主旨は間違っていない。
まぁそう言う事で許してもらえるだろう。
それともう一つ。
(-_-)『このサザンカンフォート、昔はもっとアルコールのキツいお酒だったんだよね』
(-_-)『……やっぱり、売れる為には大衆に迎合しなきゃ駄目なんだよな』
ヒッキーさんはそう言ったが、実は最初にお出ししたマティーニにも、似たような話があるのだ。
とは言っても、サザンカンフォートとは正反対のお話だが。
時代が流れるにつれて、マティーニのレシピは甘口から辛口へと移っていった。
昔はスイートベルモットが使われていたが、
今ではドライベルモットが主流だ。
飲みやすい甘口から、飲みにくい辛口へと。
人々のニーズから離れていても、本当に優れた物は変わらず愛されるのだ。
だから彼もきっと、マティーニのようになれるといいなと思う。
『カクテルの王様』と呼ばれた、マティーニのように。
このお話、今度来られた時に、教えて差し上げよう。
きっと、物語のネタになるだろう。
今回出てきたカクテルとそのレシピ
『ユメヒトヨ』
キイチゴのリキュール1/2
ウォッカ 1/4
パイナップルジュース 1/4
レモンジュース 小さじ一杯(5ml)
これらをシェイクすれば出来上がりです。
一般の家にシェイカーなんてあるかよ! って方は、ステンレスの水筒やタッパーでも一応代用出来るかなーと。
パインの甘みが結構効いてます。レモンジュースを気持ち多目にしたらいいかなーと。
『バルーション』
ストロベリーリキュール 30ml
ウォッカ 30ml
グレープフルーツ・ジュース 30ml
グレナデン・シロップ 小さじ2杯
レモン・ジュース 小さじ2杯
これらをシェイクすれば出来上がりです。作中ではイチゴを木苺に変えてしまいました。
フルーティな味わいを楽しむ、所謂トロピカルカクテルですね。
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