(´・ω・`)ようこそバーボンハウスヘ、のようです 5話



薄暗くもどこか柔らかい灯りと、重厚感に溢れる木製のカウンター。
その向こう側に、僕はいる。

背後には酒棚を。
お世辞にも広いとは言えない空間で、ただ黙々と、グラスを磨く。

ここはバー、バーボンハウス。

多くの――とは言えないかも知れないが、それでも日々疲れたお客様がやってくる。

僕の仕事はそんなお客様に、癒しを感じるお酒を提供する事だ。


さて、そろそろ開店時間だ。
今日はどんなお客様が来るのだろう。


……開店直後、最初に訪れてきたのは、やはりあの人だった。


( ´ー`)「やぁ、こんにちは」

(´・ω・`)「いらっしゃいませ、シラネーヨ様」

バーボンハウスで一番の上得意。
殆ど毎日のように、開店直後に来て下さるお客様だ。
こういう人がいてくれるのは、やはりとても嬉しい事だ。

彼が座る席は、いつも通りの端の席。
だけど、

( ´ー`)「今日は……何でもいいや。君に任せるよ」

頼むカクテルは、最近はイエスタディじゃ無くなってきている。
たまに思い出したように頼む事はあるが、
最近は専ら僕に任せるか、どこかで聞いたカクテルを頼んでくる。

話題も、趣味に関する事ばかりだ。

どうやら順調に、第二の人生を謳歌されているらしい。


開店から暫くすると、バーの扉が微かな軋みを立てた。
僕は顔をそちらに向け、口を開く。

(´・ω・`)「いらっしゃいませ。ようこそバーボンハウスへ」

ドアを開けてこられたのは、一人の女性だった。

从'ー'从「わぁー、こんな所にバーなんかあったんだー」

きょろきょろと、あちらこちらを見回しながら、女性はカウンターへ向かってくる。
その足取りは、とても危なっかしい。

从;'ー'从「ふぇ!?」

と、思っている傍から、お客様はテーブル席の椅子に向こう脛を打ちつけた。

(;´・ω・`)「大丈夫ですか? お客様」

僕の問いに、お客様は無言で数回頷いた。
とは言え相当痛かったらしく、蹲って脛をさすっている。
しっかり十秒程そうして、お客様はようやく立ち上がり、

从;'ー'从「ふぇぇ!?」

今度はテーブル席に、頭を強かに打ちつけた。



(;´・ω・`)「だ、大丈夫ですか? お客様」

从;'ー'从「だ、大丈夫ですー……」

少し掠れた声で返事をして、頭を押さえながら、お客様はゆっくりと立ち上がる。

それからふらふらと、カウンター席に着いた。
とても可愛らしい女性だ。
仄かに、爽やかな蜜花の香りが鼻腔に届く。

(´・ω・`)「えっと……何になさいますか?」

从'ー'从「えーっと、えーっと……メニューとかありますかぁ?」

(;´・ω・`)「いえ、すいません。メニューはございませんね……」

从'ー'从「ふぇ? じゃ、じゃぁ何頼めばいいか分かんないよぉ〜?」

どうにも、のんびりとしたお客様だ。
これが所謂、天然と呼ばれるような人なのだろうか。


(;´ー`)「……相変わらずだねぇ、渡辺君は」

不意に、シラネーヨさんがそう言った。


从'ー'从「……? あ、シラネーヨ部長じゃないですかー。お久しぶりですー」

(;´ー`)「いや、もう部長じゃないんだけどね。
      とりあえず、君アルコールは強かったよね。味の好みはどんなだい?」

どうやら、お二人は知り合い同士だったらしい。
ここはシラネーヨさんにお任せしようと、僕は口を噤んだ。

从'ー'从「えっとー、甘いのが飲みたいですー」

甘口で強いカクテル。
となると、定番なのはやはりアレキサンダーか。

(´・ω・`)「じゃぁ、アレキサンダーを……」

僕はボトルを用意しようとして、

从つー'从「うー……」

不意に、お客様がごしごしと目を擦った。

( ´ー`)「どうしたんだい?」

从つー'从「……寝不足ですぅ。ここんとこ泊り込みで仕事してたんで。今日はちょっと会社抜けだしておサボリですー」

(;´ー`)「えっと……幾ら僕がもう上司じゃないって言ってもさ、流石にそれはカミングアウトしちゃ駄目なんじゃないかな?」

……少し、気が変わった。

(´・ω・`)「と思いましたが、やはりアイオープナーにしましょう」


从'ー'从「アイオープナー?」

(´・ω・`)「はい、目覚ましの事ですね」

从'ー'从「あー、わざわざ変えてくれたんですねー。ありがとうございますー」

(´・ω・`)「いえいえ、お客様に必要な一杯をお出しする。それがバーですから」

お客様の言葉に応対しながら、僕はボトルを用意していく。

ラムをベースにペルノとオレンジキュラソーを二振り。
更にアーモンド風味のリキュールを二振りに、砂糖を小さじ一杯。
最後に卵を割り、卵黄だけを使う。

(´・ω・`)「折角ですので、オレンジのフレッシュを加えて……」

これらをシェイク。
卵黄が入っているので、少し強めにシェイクしなければいけない。

その動作を、お客様はじっと見つめていた。

(´・ω・`)「どうぞ、アイオープナーです」

流れるような手つきでグラスをお出しした。


こくりと、小さく喉を鳴らして、お客様はグラスを傾けた。

从'ー'从「ん、オレンジの甘味と、うにゃうにゃしててコクのある味わいですねー。
     ……喉に優しく染み込んでくるみたいで。確かに目が覚める感じですー」

(´・ω・`)「うにゃうにゃ……、確かに三種類のリキュールを使ってますから、複雑な味わいになりますね」

お客様が、二回ほど頷く。

从'ー'从「……でも、もうちょっと強くてもよかったかなー」

グラスの液面を見つめながら、お客様がぽつりと呟いた。

( ´ー`)「あれ? でもアイオープナーって、度数30度近かった気が……」

シラネーヨさんが、疑問を零す。
確かにアイオープナーの度数は、通常28度。
人によっては物足りないかもしれないが、低いとは言えない。

(´・ω・`)「そうでしたか。……それならもう一杯、お任せ頂けますか?」

顔を上げて、それからお客様は首を立てに振った。


(´・ω・`)「ありがとうございます」

材料を用意しながら、僕は口を開く。

(´・ω・`)「今から作るカクテルは、アイオープナーと同じく、リバイバー・カクテルです」

从'ー'从「リバイバー?」

(´・ω・`)「生き返らせる、回復させる、元気付ける。そんな意味ですね」

必要なのは、たった一本の二本のボトルだけ。
背の高いシャンパングラスにビールを注ぎ、そこに良く冷やしたトマトジュースを注ぐ。
塩や胡椒を加えたら、後は軽くステアするだけだ。

たったそれだけのレシピだ。

(´・ω・`)「どうぞ」

目の前に出された赤い液体を、お客様は少し目を細め、じっと見つめている。
だがすぐにグラスを手に取ると、一気に1/3ほどを喉に流し込んだ。

从'ー'从「わぁ……、2つのコクと微かな甘味と……それから胡椒の風味。
     あまり飲んだ事のない味だけど、とても美味しいと思いますー」

僕は礼を言って、小さく頭を下げた。


从'ー'从「これ、なんて言うカクテルなんですか?」

(´・ω・`)「レッドアイと言います」

从*'ー'从「レッドアイ……赤い目……ウサギさん!?」

自信満々な様子で人差し指をびしっと上に向け、お客様はそう言った。
何とも反応に困る。
ひとまず苦笑いを浮かべて、答えを言う事にした。

(´・ω・`)「残念ながら……。レッドアイは、充血した目の事を言います」

なーんだと、お客様は詰まらなさそうに言った。
だったら、少しだけ楽しげな事をしよう。

(´・ω・`)「では、ひとつナゾナゾです。ここで言う充血した目とは、一体どんな目の事でしょう」

从'ー'从「え? ……プール入った後、目を洗うの忘れちゃったりとか?」

(;´・ω・`)「ま、まぁそれもありますね……」

……間違ってはいないのだが、どこかズレている。
何とも、お客様らしい答えだ。


(´・ω・`)「元々は、二日酔いの目。そこから派生して、寝不足の目」

从'ー'从「あーなるほどー。私の事だねー」

さっきから寝不足に纏わるカクテルばっかだねー、すごーい。

そう、お客様は笑っている。
だけど違う。
もう一つ、充血した目がある。



(´・ω・`)「他にも……」

けたけた笑っていたお客様が、不意に笑い止んだ。
少しだけ目を見開いて、僕を見る。

(´・ω・`)「泣き腫らした目、とか」

从'ー'从「……っ!」

より一層、お客様の目が見開かれる。
視界の端で、シラネーヨさんが驚きうろたえているのが見えた。


沈黙が、バーを包む。
渡辺さんは僕の様子を伺うように、僕はいつも通りに俯き目を瞑り。
お互いに口を噤んでいる。

大切なのは沈黙だ。
今、お客様は僕を見ているようで、自分自身を見ているのだから。

从'ー'从「……どうして、私が泣いていたって、思うんですか?」

そうすれば、このように。
僕は何も言っていないのに、お客様は自分から答えを口にしてくれる。

(´・ω・`)「目が充血していた。それだけでは寝不足なのか泣き腫らしたのか、はたまた二日酔いなのか。それを判別する事は出来ません」

ですが、と、僕は言葉を繋ぐ。

(´・ω・`)「 泊り込みで寝不足なら、蜜花の……シャンプーの香りがするのはおかしいです。
      それに、ただ徹夜をしただけなら、オレンジが染み入るように喉が掠れたりしません」

从'ー'从「だから、私が家で散々泣いてたって分かったんだねー。バーテンダーさんって凄いやぁ。
     ……大正解です。私フラれちゃってー、家で泣き明かした挙句、会社まで休んじゃって。馬鹿みたいですよねー」

殊更に明るく笑いながら、お客様はあっけらかんと言った。
あっさりと言ってのける事で、自分は気にしてなんていないと言いたそうに。

从'ー'从「……でも、だからって何でこれなんですかー?」

目の前のグラス2つを指差して、お客様は問う。


从'ー'从「人間、どうしても酔ってしまいたい時が、あると思いませんか?」

(´・ω・`)「……嬉しい時に酔っ払うと、もっと嬉しくなれます」

目を瞑り、僕は言う。

(´・ω・`)「でも悲しい時に酔っ払うと、酔いが醒めた時もっと悲しくなる事があります」

バーで出されるお酒はどれも、お客様の汚れを濯ぎ落とす物でなくてはならない。
だから、先程のアイオープナーにも、オレンジを加える事でアルコール度数を落としていたのだ。

从'ー'从「……だったら、私はどうすればいいんですか?」

お客様が小さく呟いた。
俯いたまま、僕を見上げて。

(´・ω・`)「……私の答えなら、既にお出ししてありますよ」

言いながら、僕は指を指す。
お客様の目の前に並ぶ、2つのグラス。
まだ微かにオレンジ色の液体が残った、カクテルグラスを。


从'ー'从「……アイオープナー?」

(´・ω・`)「はい、目を見開いて周りを見てみれば。
      きっと今とはまた違った世界が見えますよ」

人間の目は、とても簡単な事で曇ってしまう。

だから、お客様が諦めて、霧の中で眠ってしまわないように。
しっかりと目を覚まして、道を見つけて頂く為に。
バーテンダーはお酒を出すのだ。

そしてお客様はずっと、空のグラスを見つめていた。
だがやがて目を瞑り――暫くの後に目を見開いて顔を上げた。

从'ー'从「……そうですよね」

小さく、お客様が呟く。



从*'ー'从「男なんて他にも腐るほどいますよねーっ! ほらー、目の前にもー!」

(;´・ω・`)「へ? あ、……ハイ。確かにそうですねぇ」

とても嬉しそうに、お客様は声を上げた。
……やっぱり、どこかズレていらっしゃる。


まぁ、とにかく渡辺さんに立ち直ってもらえたなら、僕はそれで満足だ。
事実渡辺さんの目には、見違える程に力が宿って見える。

从'ー'从「さーて、それじゃ気分も晴れた所で飲みまくるよー」

少し訂正しよう。
力が宿り過ぎるのも、問題かもしれない。

从'ー'从「強いのいっぱい頂戴ねー」

(´・ω・`)「分かりました。……それじゃ、今度こそアレキサンダーを」



結局、渡辺さんは夥しい程の酒量を流し込んで帰っていった。
うわばみとは、まさしくあの事だとさえ思わされた。

しかも当の本人はまだまだ行ける口で、
むしろ勢いで付き合わされたシラネーヨさんが、完全にグロッキーになってしまった位だ。


(´・ω・`)「……とんでもないなぁ」

ずらりならんだグラスの山を、僕は一つ一つ洗っていく。

暫くすると、また新たなお客様がやってくる。



ここはバー、バーボンハウス。
多くの――とは言えないかも知れないが、それでも日々疲れたお客様がやってくる。

僕の仕事はそんなお客様に、癒しを感じるお酒を提供する事だ。


入り口のドアがまた、軋みと共に開かれる。

僕は笑顔を作り、入り口の方を向いて言う。

(´・ω・`)「いらっしゃいませ、ようこそバーボンハウスへ」







出てきたカクテルとそのレシピ。
今回はどちらもリバイバーカクテルでございます。

『アイオープナー』

ダーク・ラム 45ml
アニス酒 2ダッシュ(1ダッシュは役1ml)
オレンジ・キュラソー 2ダッシュ
クレム・ド・ノワヨー 2ダッシュ
シュガー・シロップ 小さじ1
卵黄 1個分

これらをシェイク。卵が使われていて混ざりにくいので、強めにシェイクする必要があります。
目覚ましと言う名ではありますが、実際目覚めの一杯や迎え酒として飲むには強い気がしますです。

『レッドアイ』

ビール1/2・トマトジュース1/2
お好みで塩や胡椒、ウスターソースなどを

これを同一のグラスに注ぎ、一度だけかき混ぜる。いやぁ簡単。
「トマトが赤くなると医者が青くなる」なんて言葉がある位です。
きっとトマトには人を元気にする力があるのです。
味の大部分がトマトジュースによって左右しますので、もしお作りになるなら美味しいトマトジュースを探してみるのもいいかもしてません。





前のページへ] 戻る [次のページへ