( ^ω^)の涙のようです2
しばらくすると母親がブーンを呼ぶ声がした。どうやら食事が出来たようだ。
( ^ω^)「ご飯が出来たみたいだから、行ってくるお」
(´・ω・`)「あぁ、じゃあ僕も行くよ」
(;^ω^)「ショボンもご飯とか食べるお?」
(´・ω・`)「食べるわけないじゃないか。涙にはご飯なんていらないよ。でもまぁ、
やることもないしね」
そう言ってショボンはブーンの手のひらに乗った。しかしどうもポジションが気
に入らないらしい。手から腕、腕から肩、肩から頭へと登っていった。どうやらブ
ーンの頭の上に居場所が落ち着いたらしい。
(;^ω^)「おっおっ、頭の上に乗るなお」
(´・ω・`)「別にいいじゃないか。さぁ行こうよ」
ブーンはショボンに促されしぶしぶと一階に降りる。
リビングには母が席に着いていた。テーブルには二人分の食事が用意されて
いる。
J( ‘-`)し「今日お父さんが遅くなるみたいだから先に食べちゃってってさ」
( ^ω^)「そうかお」
相槌を打ちながらブーンも自分の椅子に着席する。
夕飯は魚の煮物だった。あまり好きなメニューではない。気分が重い上、食事が
好物ではないとなると、自然と箸の進みも鈍くなる。
それでも3分の2程たいらげたところ、母が話しかけてきた。
J( ‘-`)し「明日は学校に行けそう?」
(;^ω^)「おっ、う、うん」
ブーンの返事も歯切れが悪い。正直、学校に行く気分になるかどうかは、その日の
朝次第なので今確約は出来ない。
J( ‘-`)し「じゃあ、お弁当作らなきゃね」
(;^ω^)「う、うん」
J( ‘-`)し「ところでさ」
母はずっと気になっていたことを訊いた。
J( ‘-`)し「あんた、頭の上に何乗っけてんの?」
(;^ω^)「えっ」
ブーンは慌てた。まさかショボンが自分以外に見えるとは思わなかったのだ。なんか良
い言い訳はないものか。
(;^ω^)「えっと、これは、ぬいぐるみだお!」
かなり苦しい言い訳になってしまった。これではなぜ頭に乗せてるのかの説
明を兼ねていない。ブーンもそこは失念していたようだ。
案の定、母は怪訝そうな顔でショボンを見ている。
(;^ω^)「ぼ、僕はもう部屋に戻るお」
そう言ってブーンはバタバタと自室に戻っていく。
部屋に入り、ドアを閉める。当たり前だがここには誰もいない。
(;^ω^)「ショボン、ショボン!」
(´・ω・`)「なんだい?」
( ^ω^)「おまえ、人にも見えるのかお!? 僕だけに見えるんじゃないのか
お!?」
(´・ω・`)「当たり前だろう?」
ショボンは何を当然の事を、といった感じで肩をすくめた。
(´・ω・`)「ブーンは僕を幽霊か何かと勘違いしてないかい? 最初に言ったけ
ど、僕はただの涙だぜ? 普通に見えるし触れるさ」
(;^ω^)「そういう事は先に言えお」
(´・ω・`)「言うまでもないと思ったんだけどね」
ショボンにとっては考えるまでもないことかもしれないが、あいにくブ
ーンには涙の常識なんてわからない。
というか存在自体が非常識なのに、それへの対応など知るはずもない。
(´・ω・`)「それよりあんまりお母さんに心配かけるなよ」
まるで他人事のように言うな、とブーンは思った。
( ^ω^)「誰のせいで心配かけたんだと思ってるお。頭に変なもの乗せてた
ら誰だって不審に思うお」
「そうじゃなくて」とショボン。
(´・ω・`)「さっきの話を聞いてる限り、あんまり学校に行ってないんだろ?」
そっちの話か、とブーンは苦笑した。
(´・ω・`)「ちゃんと学校行かなきゃダメだよ。なんで行きたくないんだい?」
言ってしまおうか、とブーンは思った。悩みは誰かに話してしまったほうが楽
になる場合もあるという。しかも親にも相談できなかった程ブーンの胸を痛ませ
ている悩みだ。誰かに言ってしまいたい気持ちはもちろん、ある。
だが、プライドが邪魔して言葉を詰まらせる。
(´・ω・`)「まぁ、言いたくなかったらいいけどさ」
そう言ってショボンはごろりとベッドに横になった。なんだか間抜
けな姿である。どうやらコイツはなかなかの怠け者のようだ。
(´・ω・`)「明日は学校に行くの?」
( ^ω^)「行けるかどうかは分からないけど、多分、行くお。母ちゃ
んとそう約束しちゃったし」
(´・ω・`)「うん、それがいいと思うよ。じゃあ今日は早く寝て、明日
に備えなきゃね」
正直、昼夜関係なく寝起きしていたので自分が眠いかどうかなん
て分からなかった。
しかしショボンの意見ももっともだったので、今日はもう寝ることに
した。
( ^ω^)「じゃあ、お風呂に入ってもう寝るお」
(´・ω・`)「お風呂に入るの? じゃあ僕もご一緒しようかな」
そういうとショボンは食事のときにそうしたように、ブーンの頭上へと登り始めた。
( ^ω^)「ショボンもお風呂に入るのかお?」
(´・ω・`)「まぁね。僕はこれでも綺麗好きなんだ」
涙の癖に生意気なことを言うやつだな、と苦笑しながらブーンは
浴室に向かった。
浴室に入るとショボンはててて、とブーンから降り、いきなり湯船
につかりだした。
(;^ω^)「あ、こら。いきなり湯船に入る奴があるか。ちゃんと体洗
えお」
(´・ω・`)「だって、面倒くさいんだもん。それに本当は僕、体なんか
洗わなくてもいいんだぜ?」
( ^ω^)「んだよもう」
気持ちよさそうに湯船につかる猫を見ていると、自分も入りたくなっ
てそわそわする。しかし、そこは人間様の尊厳がある。ちゃんと後に
入る人のことも考え、体を洗ってから風呂に入るべきなのだ。
そう思いながらもブーンは湯船に飛び込む。
(;´・ω・`)「うわわわ」
ブーンが入ったせいで風呂の湯があふれ出した。そしてそれに合わせ
てショボンも落ちてしまった。
浴室のタイルの上を滑るように流されていく。最後に排水溝の金具に引
っかかり、止まる。ショボンは怒るかと思いきや、きらきらした目でこちらを
見てきた。
(´・ω・`)「面白い」
どうやら湯と一緒に流れ落ちるのが気に入ったようだ。涙としての本能だ
ろうか。
ショボンはもう一度同じ事をするようにブーンにせがんだ。湯が目減りして
しまったので、足し湯をし、もう一度ブーンはお湯をあふれさせてやる。
先ほどと同じようにお湯と一緒にショボンが落ち、流れ、そして排水溝で止
まる。
ショボンはきゃっきゃと嬉しそうだ。もっとしょぼくれた奴かと思いきや、意外
にも子供みたいなことを喜ぶ奴だとブーンは思った。
さすがに3度目をねだられた時は、お湯がもったいないという理由で断った
が。
(´・ω・`)「いやー、お風呂って面白いね」
あんな楽しみ方をする奴なんておまえ以外にいない、という悪態が喉まで
出掛かって、ブーンはそれを飲み込んだ。風呂の楽しみ方なんてそれぞれ
でいいのである。
ショボンとブーンは十分に体が温まったことを確認して、湯船から出た。
今度は体を洗う番だ。
ブーンは頭から綺麗にしていくタイプだったので、まずシャンプーを手に取
り、頭皮をごしごしとやり始めた。硬くつむった目を緩め、薄っすらとショボン
を見てみる。
小さな手で器用に体を洗っている。どうやらショボンは体から洗っていくの
が好きなようだ。そして次に頭。そこでブーンは噴出してしまった。
手が頭に届いていないのである。自分を見てブーンが笑っている事に気付
いたショボンは、つまらなそうにブーンを咎めた。
(´・ω・`)「なんだよ」
( ^ω^)「だって、ショボン、頭に手が届いていないお」
(´・ω・`)「うるさいなぁ」
ショボンは心底うるさそうに言うと、頭を洗うことを諦め、それどころか体についた
石鹸を流そうともせずに湯船にむかった。
ブーンはひょい、とショボンを掴むと自分の足元のタイルにおいてやった。
( ^ω^)「せめて体ぐらいは流すお」
そう言ってショボンの体にシャワーを当ててやる。ついでに頭も洗ってやることに
した。
ごしごしと指の先で頭を揉んでやると、ショボンは気持ちよさそうに目をつぶった。
( ^ω^)「どうだお?」
(´‐ω‐`)「いいね」
そう言って目をつむり、されるがままになっているショボンは、どこからどう見ても
猫そのものだった。
ブーンがショボンを洗い終わり、今度こそ自分の番と体をごしごしやっていると、
それまで大人しく湯船につかっていたショボンが外に出たいとぐずりだした。
( ^ω^)「僕ももう終わるから、ちょっとだけ待つお」
(;´・ω・`)「だって、熱いんだよ」
うるさいやつだなぁ。
ブーンはうだうだ言われるのがいやだったので、シャワーで体を洗い流すの
もそこそこに、ショボンを掴み挙げると脱衣所に移動した。
ショボンはぶるぶると体を震わせ、水分を飛ばしている。
ブーンは人間様のほとんどがそうするように、タオルでしっかりと体を拭い
ていった。
安眠のコツは、風呂から上がったら体が冷え切らないうちに布団に入って
しまうことである。いわゆる湯冷めをしてしまうと、布団に入ってからもなかな
か温まらず、震える思いをしてしまう。ブーンは先人達のその教訓を忠実に守
り、風呂から出てすぐにベッドにもぐりこんだ。ショボンはその布団の上で丸く
なっている。
どうやらうまく眠れそうだ。リモコンで電灯を消す。
(´・ω・`)「おやすみ、ブーン」
( ^ω^)「おやすみだお、ショボン」
そう言って少しすると、ショボンから寝息が漏れてきた。すぐ眠れるなんて羨ま
しい奴だ。ブーンは素直に感心した。
それにしても、と思う。今日は随分驚くべき一日だった。なにしろ自称涙のマン
ガ猫が現れ、住み着き始めたのである。信じられないようなことだ。
しかしブーンが一番驚いたのは、そんな非現実を自分が思ったよりもすんなり
と受け入れたことだ。なにが涙だ、くだらない。そう思っていたが、“そんなこともあ
るかな”と変にその状況を享受してしまった自分にびっくりする。
まぁ、いい。別にショボンがいたからといって特に害があるわけではなさそうだし、
それに何だか憎めない奴だ。
何よりも、久しぶりに誰かと会話が出来たことが、ブーンは嬉しくてたまらなかっ
た。
目覚ましの音が聞こえる。そうだ、今日は学校に行くと母に言ってしまったんだ。
のそりと起き上がる。そのとき、ベッドから何かが落ちた。ショボンだ。
忘れていた。そういえば布団の上でショボンが寝ていたんだ。ブーンは慌ててショ
ボンに駆け寄った。しかし、ショボンは動かない。何事もなかったかのようにすやす
やと寝ている。
ブーンは呆れてしまった。この調子では今起こったことも覚えてないに相違ない。
それにしてもねぼすけの涙なんて聞いたことがない。いや、涙が活動するという話
自体聞いたことがないが。ショボンがねぼすけなのか、涙は皆こうなのか、判断し
かねた。
だが寝ていてくれるなら、それはそれで助かる。ブーンは体調を確かめてみる。良
くはない。けど、何とか学校には行けそうだ。これで母との約束を違えないですむ。
顔を洗って制服に着替える。荷物を持ち、扉の前で深呼吸する。よし、大丈夫。今日
一日寝て過ごせばいい。いつも通りだ。
ブーンが気持ちを落ち着かせ、ドアノブに手を掛けた瞬間。
(´・ω・`)「学校に行くのかい?」
背後からショボンに話しかけられる。
( ^ω^)「起きてたのかお?」
(´・ω・`)「ひどいなぁ」
よっこいしょ、と言いながらショボンは床から起き上がり、ブーンの足元まで来る。
(´・ω・`)「起こしてくれても良かったじゃないか。ブーンは、一人で学校に行くつもりだっ
たの? 僕を置いて?」
当たり前じゃないか、と喉まで出掛かって、その言葉を飲み込む。
この部屋で一人ブーンの帰りを待つのは寂しすぎる、そう思った。それに、
いきさつはどうあれブーンがショボンを生み出したのなら、しっかり面倒をみ
る義務がある、とも思った。
足元を見てみるとショボンはブーンの足をよじ登ろうとしている。頭に乗りた
いのだろう。そう察してブーンはショボンを優しく掴み、自分の頭の上に乗せて
やる。
( ^ω^)「悪かったお。置いていかないお」
(´・ω・`)「うん。そうしてくれると僕も嬉しいよ」
そんな会話をして外にでる。
玄関をでるブーンの足取りは、ショボンを乗せて少しは重くなっているはずな
のに、なぜだかいつもよりも軽い気がした。
おおよそ普通の生徒よりも早い登校時間。ブーンはいつもこの時間に学校に
向かう。いつだったかのようにそわそわして、ではない。登校途中の生徒達に会
いたくないのである。
いつだって孤独を感じるのは一人きりよりも群衆の中――。なるほど、確かに
真理だと思う。しかし、その真理を知るための対価としては、この孤独は過払い
に過ぎるのではないのかと思えた。
(´・ω・`)「ねぇねぇ、なんでこんな早くに登校するのさ?」
ショボンが他意なく聞いてくる。
( ^ω^)「人に会いたくないんだお」
ブーンも他意なく答える。
ショボンはふーん、と返事をするとブーンよりも高いであろう目線で景色
を眺め始めた。
興味がないのか、全てを察するにはその一言でよかったのか。どちらに
しろブーンにはありがたいことだった。もし根掘り葉掘り質問されていたら、
平常心を保ったまま答えられる自信はない。自分自身の心臓を、どうぞ、と
言ってさらけ出せるほどブーンは強くなかった。
学校が近付いてきた。心配はないと思うが、一応ブーンはショボンに声を掛
けた。
( ^ω^)「ショボン、学校にいるときは僕の内ポケットにでも隠れてて欲しいお」
(´・ω・`)「また昨日みたいに誰かに見られたら困る、ってことかい?」
ブーンは頷く。
(´・ω・`)「そうか。まぁ僕にとっては歓迎できる提案じゃないけど、そう言うなら
従うよ」
ショボンはブーンの頭から器用に降りてきて、制服である紺色のブレザーの内
ポケットに収まる。
(´・ω・`)「ぴったりだ。ぴったりすぎて窮屈だな」
無駄口を叩くショボンを嗜める意味で、ブーンはブレザーの襟を掴み軽く上下さ
せた。
教室に入ると、ブーンは一目散に自分の席へ向かい、いつもそうしているように
机に突っ伏した。“自分は寝ているぞ”というサインだ。
しかし今日はどうも眠れない日らしい。だからといって体を起こす理由にはなら
ず、息苦しい姿勢のままブーンは今日が早く終わることを祈った。
(´・ω・`)「ねぇ」
体勢のせいか、ショボンの声が近くから聞こえる。どうもショボンのいる内ポケッ
トを覗いている形になっているらしい。
(´・ω・`)「誰か教室に入ってきたよ。挨拶しないの?」
そう聞いてくる。
( ^ω^)「しないお」
とブーン。確かに人の気配がする。しかしそれを確かめるわけにも行かない。
顔を上げて確かめれば自分が寝ていないことがばれてしまうからだ。
(´・ω・`)「友達じゃないのかい?」
( ^ω^)「友達じゃないお」
“いないお”の間違いだろうと自嘲する。
(´・ω・`)「なんだよ。せっかくクラスメイトになったんだから仲良くしなきゃ」
ショボンの他意がない言葉に、しかしブーンは苛立ちを覚える。
( ^ω^)「人には合う合わないっていうのがあるんだお」
(´・ω・`)「へぇ、そうかい。じゃあさ、俯せになってるのは何でなんだい? 授業
中もそうしてるの?」
嫌味を言っているのか。触れられたくない箇所をまるで撫でるかの如く触れて
くるショボンに嫌気がさす。
( ^ω^)「うるさいな。もう放っておいてくれお」
そう言い放つと、昼休みになるまでブーンは机にへばりついたまま起き上がる
ことはなかった。
目を閉じていたからといって寝ていたわけじゃない。
いや、本当は寝てしまいたかったのだ。ただ単純に夢の中に入れる
ときとそうじゃないときがある。今回は後者だったというだけの話だ。
そして寝たふりというのは起きるときに一番神経を使う。自分が寝て
いなかったことを周りの人間に悟られてはいけない。
ブーンはあたかも周りの喧騒によって目を覚ましたかのような気怠い
所作で起き上がると、誰に気付かれることもなく弁当を持ち、彼専用の
“食堂”に向かった。
ブーンの住んでいる地域では、中学校にあがると給食がでない。今と
なってはそれが幸運だった。
この状況で人と机を突き合わせて食事をとるなんてとても耐えられそう
になかったから。
ブーンはいつも通り、使用されていないフロアの男子トイレに駆け込む
と、奥から2番目の個室に歩を進めた。ここがブーンの食堂だった。
ズボンを下げずに洋式トイレの便座に腰掛ける。初めはその妙な感覚
にむず痒さを感じたが、今はもう慣れてしまった。
(´・ω・`)「まさか本当にずっと寝たふりをしたままだとは思わなかったよ」
もう隠れている必要がなくなったショボンが、今や定位置になりつつあるブー
ンの頭上から話し掛けた。
( ^ω^)「ショボンがうるさいからだお」
そう言いながら弁当の蓋を開ける。中身はエビのフライ、コロッケ、一口カツ。
コールスローに煮物、鳥の炊き込みご飯だった。揚げ物ばかりだな、と苦笑し
た。
母の気持ちを考えると泣きそうになる。実際、今まで何度も泣きながらの昼食
になった。
今回涙が出なかったのは、ショボンがそばにいたからだろう。誰かがいると涙
は見せられない。
その点は感謝してもよかった――。
(´・ω・`)「ねぇ、なんでみんなと食べないの?」
――うるさい所がなければ。
ブーンはショボンのデリカシーのなさに辟易していた。いい加減質問責めにさ
れるのも面倒だ。もう全てを話してしまおうか。
しかし理由を話してしまえば自分の中にわずかに残った矜持を保てなくなって
しまう気がして、ブーンに二の足を踏ませた。
(´・ω・`)「友達、いないのかい?」
いきなり核心を突くショボン。その言葉に動悸が激しくなり、脳を揺さぶられる。
ショボンに気付かれてしまった。
自分から告げるのと相手に感付かれるのではその意味合いが違う。
( ^ω^)「……そういう事だお。だからクラスメイトと挨拶を交わさないし、寝たふ
りをしてるんだお」
なんとか表面上は平静を保てたと思う。
(´・ω・`)「そうか」
( ^ω^)「納得できたかお? できたんなら、もう余計なことは聞かないで欲しいお」
言ってしまった。
もうプライドはズタズタだ。まあ、いい。これでショボンも放っておいてくれるはず。も
う静かに暮らしていきたいんだ。質問されれば、言葉にだしてしまえば孤独を再確認
してしまう。それは凄く辛いことだ。だって、傷口だから。傷をまじまじと見てしまえば、
その痛みを忘れることが出来ない。
そしてブーンが再び弁当に箸をつけようとしたとき、
(´・ω・`)「待った」
ショボンの声。少し何かを考える素振りをして再び口を開いた。
(´・ω・`)「じゃあさ、せめて場所を変えようよ。いくらなんでもトイレで食べ
ちゃお母さんが可哀相だ」
( ^ω^)「どこに行くんだお? この学校にはどこにも僕の居場所なんか
ないお」
そう口答えするブーンに、「いいから」と言って顎をしゃくるショボン。仕方
なしに弁当に蓋をして、ショボンの指示する場所へ向かう。
着いたのは階段の最上階踊り場。なるほど、ここなら誰も来ないし、トイ
レよりは気分がいいだろう。
( ^ω^)「確かにここの方が気分がいいお。ありがとう、ショボン」
そう礼を言うブーンに、ショボンは首を振る。
(´・ω・`)「おいおい、ここはまだ目的地じゃないよ」
そしてブーンの頭から飛び降りると、トコトコと歩きだす。向かった先は、
踊り場の横にある屋上へと続く扉。
( ^ω^)「屋上で食べようって言うのかお? そこは立ち入り禁止だお。そ
れに、鍵がかかってるお」
そう制止するブーン。「任せとけ」と胸を叩くショボン。
器用に扉をよじ登ると施錠してある南京錠の鍵穴を覗く。どこから取り出したのか、
針金のような棒を二本持ち、鍵穴に挿すとカチャカチャといじくり回す。
そして。
カチャリ、という小気味良い音が聞こえた。
(´・ω・`)「開いたよ」
そう言ってまたブーンの頭に登るショボン。
(;^ω^)「どこでそんなこと覚えたんだお?」
(´・ω・`)「僕は君らより小さいから細かい作業が得意なのさ」
質問の答えになっていない。
(´・ω・`)「そんなことどうでもいいからさ、行こうぜ。さすがにこの扉を開ける
のは僕じゃ無理だよ」
そう促され恐る恐る扉に手を掛けるブーン。おい、いいのか? ここから先は立ち
入り禁止だぞ。見つかったら怒られるぞ。そんな自分の声が聞こえた気がした。
扉を開いてみると、澄み切った秋の青空が頭上に広がっていた。
地上5階。その高さから見上げる天空は、近づいたはずなのにいつもより高く感じた。
(´・ω・`)「な? こっちで食べたほうが絶対おいしいって」
空とブーンの間から、声が聞こえる。
( ^ω^)「そうだおね。ありがとう、ショボン」
ブーンは素直に感謝した。少し涼しい風が頬を撫でる。久しぶりに感じる
晴れやかさだった。
(´・ω・`)「お礼なんかいらないよ。その変わり、弁当少しよこせよ。一緒に
食べようぜ」
その言葉を聞いてブーンは昨日の事を思い出した。ショボンは確か、こう
言ったはずだ。“涙に食事なんか必要ない”と。
けれどブーンと一緒に昼食をとる、とショボンは言っているのだ。
そんなショボンの優しさに気付き、ブーンの胸にここ最近感じたことのない
熱が広がる。
( ^ω^)「ありがとう」
ブーンは鼻を赤らめながら礼を言った。
ショボンと二人で食べる弁当は、今まで食べたどんな食べ物よりおいしく感じた。
本当は飲み込むことに必死で味なんかよくわからなかったが、それでもブーン
はこれ以上なく美味に感じた。
(´・ω・`)「はぁ、美味かった。ごちそうさま。ブーンのお母さんは料理が上手だな」
そう言ってコンクリートの地面に寝転がるショボン。ブーンもそれに倣う。
屋上はそこら辺がすすけて汚かったが、それが些細に思えるほど心は晴れやか
だった。
(´・ω・`)「これからもここで弁当食べような、ブーン」
( ^ω^)「仕方ないお」
ブーンはわかっていた。ショボンが自分に気を遣ってくれたことを。自分が寂しくし
ていた事をわかってくれて、そしてそれを助けてくれようとしている事を。
そのことに感謝していたが、素直になるのも恥ずかしいのでわざとぶっきらぼうに
返事をする。
そして、やおらにむくりと起きだすと、ショボンは口を開いた。
(´・ω・`)「そういえば自己紹介がまだだったね」
( ^ω^)「え」
ブーンは一瞬困惑した。自己紹介なら昨日したではないか。しかしその言葉を飲み
込む。
(´・ω・`)「僕はショボン」
ショボンが手を伸ばす。
(´・ω・`)「ブーン、君の友達だ」
ブーンは親指と人差し指で差し出されたショボンの手を握る。
ショボンの手は、ふわふわしていて、そして温かかった。
それからブーンは、ブーンの生活は変わった。
毎日ちゃんと学校に通うようになった。もう机に伏せて寝たふりをすることもない。
内ポケットには、いつもショボンがいてくれたから。
ショボンは大抵ぐうぐう眠っていたが、たまに起きだすと小声で他愛もない会話を
してきた。
本当になんでもない、世間話とも呼べないような会話だったが、ブーンはそれさえ
もがたまらなく嬉しかった。
もう、一人ではない。
ブーンはその喜びをひしひしと感じていた。
二人はいつも一緒だった。登校時も下校時も、食事時だって眠る時だって一緒だ
った。
ブーンはショボンの提案通り屋上で昼食をとるようになっていた。
幸いにも誰にも見咎められる事はなく、以前に使っていた“食堂”は、もう立ち寄る
事もなくなっていた。
母親も喜んでくれた。ブーンが明るくなったと、以前のようなブーンに戻ったと快哉を叫んだ。
何もかもが充実しているように思えた。
半ば色褪せて見えた景色に色が着いた。鮮やかな色彩を帯びた。
いつまでもこんな日々が続けばいいと思ったし、続くと思っていた。
季節の変わり目が訪れたある日。
少し肌寒くなって身を縮める人を多く見かけるようになった頃。
その日もショボンはブーンの頭の上に乗っていた。
もうお決まりになっていたショボンの専用席だ。
この時期になると、ブーンは一層ショボンに感謝した。
何しろショボンは猫である。身を裂くような寒い朝は、そのふわふわの毛
皮で暖を取るのが何より心地よかった。
ショボンは「気持ち悪いからやめろ」と苦言を呈したが、ブーンが嫌がるショ
ボンを無理矢理布団の中に引きずりこむ事も度々あった。
そんなショボンだから、頭に乗っていてくれるだけでも多少のぬくもりは感じ
られるように思えた。
( ^ω^)「いっそ首にまいておきたいぐらいだお」
ブーンが楽しげに提案する。
(´・ω・`)「やめてくれよ。僕はここが気に入ってるんだ」
心底迷惑そうに答えるショボン。
いつもと同じ帰り道。ショボンと出会ってから色が着いた帰り道。いつものよう
になんでもないことを話し、そしてそれが心地よい帰り道。
二人で、もうお馴染みになった通学路を帰っていると、空き地のそばでブーン
は突然足を止めた。
(´・ω・`)「おい、なんだよ。行こうぜ」
ショボンが怪訝そうに話し掛ける。
どうやらブーンは何かに目を奪われているようだ。
ショボンもブーンの視線の先に目を向ける。
ブーンと同い年ぐらいの少年たちが3人、空き地で野球をしている。
(´・ω・`)「ははぁ、わかった。ブーン、君、あれに混ざりたいんだろう」
( ^ω^)「そんな事ないお」
そんな事ない事なかった。その証拠に、ブーンの目線は彼らから動かない。
ショボンは知っていた。自分は、ブーンの遊び相手としては力不足だということを。
なにしろ体高15センチ。ブーンの身長の10分の1以下である。その体格差でできる
遊びなどあろうはずもない。
そしてブーンが気を遣ってその事を自分に言わないことも。
実際、ブーンは同年代の子たちと走り回って遊びたいのだろう。無理もない。
(´・ω・`)「遊びたいのなら声をかければいいのに」
( ^ω^)「いいんだお。僕にはショボンがいるし……。それに……」
(´・ω・`)「それに?」
( ^ω^)「声のかけ方が、わかんないお」
なるほど、とショボンは納得した。
確かにブーンの心は自分と関わったことで多少救われたかもしれない。しかし、抜本
的な解決になってはいないのだ。
ショボンは何とかしてあげたい、と思った。
この口下手な大きい友人に、自分以外の友人を作ってあげたいと思った。
(´・ω・`)「じゃあ、僕がきっかけを作ってやるよ」
( ^ω^)「え?」
“どういう意味だ?”とブーンが尋ねるより早く、ショボンは大きく息を吸い込む
と少年たちに怒声を浴びせた。
(´・ω・`)「オルァァー! このド下手糞共! 特にバッター! ブンブンブンブン
空振りばっかしやがって! 扇風機かテメーは!」
ピクリ、と彼らの動きが止まった。そしてブーンを睨み付ける。明らかな敵意を
込めた視線をうけて、ブーンは竦み上がった。
やがて彼らの一人がこちらにゆっくりと近づいてきた。
(;^ω^)「ショ、ショボン! 何してるんだお!」
(´・ω・`)「何って、“きっかけ”だよ。“きっかけ”」
きっかけもクソもない。これではブーンが彼らに喧嘩を売った形になってしまう。
いや、彼らの中ではもうそういうことになってしまっただろう。
名指しで罵声を浴びせられた少年がブーンのすぐそばまで歩みを進めていた。
半眼になっている目には隠すことなく怒りが宿されている。それでブーンを殴る
つもりだろうか、手にはショボンが扇風機のようだと揶揄した金属バットが握られ
ている。
中肉中背、決して体格に恵まれているとは言えなさそうだが、なんというか、
いわゆる“悪”のオーラを身にまとった少年だった。
その目つきはギラギラとしていて、とても自分と同年代ぐらいとは思わせな
い迫力があった。
(;^ω^)「あわ、あわわ」
恐怖に焦るブーン。
(´・ω・`)「じゃあ、後は自分で仲良くなってね」
そう言ってするりとブーンのブレザーの内ポケットに入ってしまったショボン。
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