( ^ω^)の涙のようです4



――そういえば。

( ^ω^)「そういえばショボン、もし僕がドクオの球を打てなかったらどうする気
だったお?」

(´・ω・`)「ん? あぁ、多分ジョルジュに殴られていただろうな」

(;^ω^)「マジかお」

(´・ω・`)「結果オーライ結果オーライ。結局いい方向に転がったんだからそれで
いいじゃないか。あっはっは」

カラカラと笑うショボン。戦慄するブーン。

ぼそりと、

(;^ω^)「ショボン……恐ろしい子……」

そう呟いた。



 翌日の四時限目。ブーンは自分の机に伏せていた。

以前の様に寝たふりをしているわけではない。

ブレザーの内ポケットに隠れたショボンと会話をするために姿勢を低くしているのだ。

( ^ω^)「だからおね? “前提1:A=Bである。前提2:B=Cである。結論:A=Cで
ある”つまり、論理的にこうなるんだお」

(´・ω・`)「んー、わからないよ」

( ^ω^)「論理的に考えたら間違いなくこうなるお」

(´・ω・`)「なんで間違いなく言えるの? 僕もそんなに馬鹿じゃない。A=Bはわかった。
B=Cもわかった。でも、A=B、B=CだったらどうしてA=Cになるの? 何の必然性も
ないじゃない。ちゃんと説明してよ」

( ^ω^)「だから、A=B、B=Cが正しければ、A=Cが成り立つんだってばお!」

(´・ω・`)「そんなこと言ってないじゃないか。そんな前提があるんなら、それをちゃんと追
加してよ」

(;^ω^)「わかったお。仕方ないおね。“前提1:A=Bである。前提2:B=Cである。前提3:
前提1、前提2が正しいとき、A=Cが成り立つ。結論:A=Cである”どうだお? これでわ
かったお?」


(´・ω・`)「んー、やっぱりさっきと同じだよ。前提1,2,3はそれぞれ理解したよ。でも、
それでなんでA=Cになるのかわからないよ。どうして?」

(#^ω^)「だ・か・ら! 論理的に考えればそうなるお?」

(´・ω・`)「どうして? 論理的だからとかそんなお題目はいいからさ、ちゃんと説明してよ」

(#^ω^)「よく聞けお! “前提1、前提2が正しいとき、A=Cが成り立つ”って、前提3で
言っているだろ!」

(´・ω・`)「なるほどね。前提1と前提2が正しいという条件が付けば、A=Cになるんだね」

( ^ω^)「そうだお」

(´・ω・`)「じゃあそうするとさ、前提1と2と3の全部が正しく成り立つときに、初めてA=Cに
なるって言えるんじゃないの?」

(;^ω^)「う……。ま、まあその通りだお」

(´・ω・`)「さっきと同じだね。そんなこと言ってないじゃないか。ちゃんと厳密にやってよ。そ
れが論理的ということじゃないの?」

そこまで話して――


キーンコーンカーンコーン。

――四時限目の終了を告げる鐘が鳴り響く。それは同時に昼休みの始まりを報せる
鐘でもあった。

起立、礼! と学級委員が号令をかけて、昼休みに突入する。

さて、また屋上で弁当を食べるか。今日は天気がいいから気持ち良さそうだ、とブー
ンが伸びをした時。
 _
( ゚∀゚)「おー、いたいた! ブーン!」

聞き覚えのある声。声のした方に振り向いてみると、ドアの所にジョルジュが立っていた。

( ^ω^)「ジョルジュ」
 _
( ゚∀゚)「弁当一緒に食おうぜ。ドクオとビコーズもいるからよ」

 ブーンは頷くと席を立った。

 机の間を縫うようにして歩いていると、クラスメイトからの視線を感じた。昨日まで友達もい
なくて机に伏せてた奴が、何でいきなりジョルジュたちと仲良くなってるんだ? とでも言いた
げな視線だった。

 ブーンはその視線が気まずくてジョルジュの元へと急ぐ。

 廊下に出ると、ジョルジュたちが弁当を持って待っていてくれた。






 _
( ゚∀゚)「おー、来たか。じゃあ食いに行こうぜ」

( ^ω^)「どこで食べるお?」
 _
( ゚∀゚)「いつもは俺らのクラスで食ってたんだが、それも微妙だしなぁ」

 食べる場所はまだ決めあぐねているらしい。

( ^ω^)「じゃあ僕がいい場所を教えるお」

 そう言ってブーンは彼らを“食堂”に案内することにした。




(‘A`)「おい、ここって立ち入り禁止じゃないのか?」

 屋上への扉を前に、ドクオが言った。

(∵)「鍵もかかってる」

( ^ω^)「大丈夫なんだお。ちょっと待ってて欲しいお」

 くるりと身を翻し、ドアの前に立つ。3人には見えないように、

( ^ω^)「ショボン、みんなからは見えないように鍵を開けて欲しいお」

 そう懇願する。

(´・ω・`)「えー? しょうがないなぁ」

 しぶしぶ、といった体でショボンは了承する。ブーンが自分の体でショボンを覆って
やる。こうすれば3人にはショボンが見えないはずだ。


 カチャリ。


 ブーンにとっては聞きなれたその音――開錠の音がした。

 得意げに鉄の扉を開く。眼前に広々とした青空が広がっている。
_
( ゚∀゚)「おぉ! いいじゃねぇか!」

( ^ω^)「これからはみんなここで弁当を食べようお」

(‘A`)「でも大丈夫なのか? 先生とか」

( ^ω^)「おっおっお。僕は今まで誰にも見つかったことがないお。安心するお」


 じゃあこれからはここで食べるか、と言いながらジョルジュは床に座り、ドクオと
ビコーズもそれに倣う。4人での昼餐だ。ブーンの顔にも笑みが絶えない。


 昼食をとっていると、ドクオがぼんやりと景色を眺めていた。

( ^ω^)「ドクオ、何を見ているお?」

(‘A`)「あ? あぁ、ここからだと俺らの小学校が見えるな、と思ってさ」

 なるほど、確かに小学校らしきものが見える。やや高台にあるが、この中学校の
屋上のほうが高さがあるので良く見える。

( ^ω^)「3人共同じ小学校なのかお?」

(∵)「僕は違う」

 口数の少ないビコーズが短く答える。

(∵)「ドクオとジョルジュは同じ小学校。初対面で喧嘩したらしい」

( ^ω^)「え? 何で喧嘩したんだお?」

 ブーンも二人の出会いに興味が沸く。


 _ 
( ゚∀゚)「くだらねぇ事だよ」

('A`)「コイツが俺に喧嘩を売ってきたんだよ」

 ドクオが忌々しげに口を開いた。
 _
( ゚∀゚)「喧嘩なんて売ってねぇよ」

('A`)「初対面で『おぉ、不細工な面だな』って言うのは喧嘩売ってんのと同義なんだよ」

(;^ω^)「初対面でそんなこと言うのも凄いお」
 _
( ゚∀゚)「そしたらこの馬鹿いきなり殴ってきやがってさ」

('A`)「当たり前だろ。突然そんな事を言われてみろ。殴り合いになるのも当然だ」

( ^ω^)「それで、結局どうなったんだお?」

 ジョルジュがフフン、と鼻を鳴らし口の端を持ち上げる。
 _
( ゚∀゚)「勝った」

('A`)「悪口は言われるわぼこぼこにされるわで、もう俺涙目ですわ」
 _
( ゚∀゚)「不細工の癖に俺に勝とうなんてデボン紀から白亜紀の間ぐらい早ぇ」

(‘A`)「おい、待て。……今なんて言った? 昨日の“不細工協定”を忘れたのか? もう俺の不細工のことは言わない約束だっただろ?」


 _
( ゚∀゚)「んなもんは忘れたわ」

('A`)「あぁ? なんだとこら、ちょっと屋上来いや」
 _
( ゚∀゚)「もう屋上だわボケが」

('A`)「屁理屈とか聞きたくないわ。あの時のケリ着けてやるからかかって来いや」
 _
( ゚∀゚)「もうとっくに着いてるわ」

 あぁ? あんだ? コラ。と睨み合うジョルジュとドクオ。それを見てビコーズがポツリ。

( ∵)「まるでチンピラ」

(;^ω^)「止めなくていいのかお?」

( ∵)「放っておけばいい。それより」

 ビコーズはブーンの方を向く。



( ∵)「君の語尾はかなり特殊。なんでそんな語尾になる?」

(;^ω^)「お? なんだお突然。気がついたらこうなってたお」

( ∵)「普通は『お』は付けない。なんでそうなる?」

(;^ω^)「いや、何でって言われても……。『〜じゃん』って言うのと同じなんじゃないかお?」

( ∵)「よくわからない。変」

 変なのはお前だろ、とブーンは苦笑いをする。ドクオとジョルジュは相変わらず睨み合っていた。
そこで昼休み終了のチャイムが鳴る。

どうやらジョルジュとドクオは放課後に野球で決着をつける、と言う事で話がまとまったようだ。
  _
(#゚∀゚)「てめー首洗って待ってろよ!」

(#'A`)「てめーこそ味噌汁用意しとけコラァ!」

口々にそんな事を言いながら教室に戻って行った。ブーンはやれやれ、と嘆息した。
ビコーズは……やはり無表情だった。


そして放課後、昨日の空き地で――。

(#'A`)「おい、準備はいいか!? ちゃんとケツ拭いたか!?」
  _
(#゚∀゚)「いつでもいいわ! さっさとかかってこい!」

ジョルジュとドクオが真っ向から向き合っていた。龍虎相打つ、というやつだ。

ピッチャーはもちろんドクオ。振りかぶり、そして投げる。


ブオン。


空振るジョルジュ。

( ∵)「ストライク」

静かに響き渡るビコーズのジャッジ。

('A`)「へっへっへ。だからおまえじゃ打てないって。いい加減わかれよ」
  _
(#゚∀゚)「うっせー! 今のはフェイントだ!」

どうやら今の空振りはフェイントらしい。

しかし次球も見事な空振り。続け様にカウントをとられ早くもツーストライク。


('A`)「おい、手加減してやろうか?」
  _
(#゚∀゚)「余計なお世話だ! 今からが本番の世界なんだよ!」

なるほど、どうやらジョルジュは本気だ――そう判断し、ドクオの顔も引き締まる。

ギリリ、と歯を食い縛る音が聞こえてきそうな緊迫感の中、ドクオが最後の球を放る。

ジョルジュが足と腕でリズムを取る。地面を強く蹴り、完璧なタイミングでバットを振り抜く――。

――ジョルジュがバットから手を離し、右腕を高く突き上げる――。

( ∵)「ストライク。バッターアウト」

そして響くゲームセットの声。

ジョルジュは三振した。
  _
(#゚∀゚)「クソがっ!」

 地団駄を踏みながら悔しがるジョルジュ。

('A`)「うへっへ。わかったろ? これでもう俺の不細工を悪く言うなよ?」
  _
(#゚∀゚)「待て! 待ってくれ! 最後に一勝負!」

('A`)「まだ無駄だって分からないかね。代打を立てても俺は別に構わんよ」
  _
(#゚∀゚)「よし! 代打だ! いけ、ブーン!」


 え? 僕? 突然の指名に困惑するブーン。
  _
(#゚∀゚)「昨日やったみたいにあの不細工の面を更に歪ませてやれ!」

(;^ω^)「いやいや、無理だお。昨日は本当にたまたまなんだお。ドクオの球なんて
速すぎて打てないお」

 そう、昨日の快打はショボンのアドバイスがあってのこと。それですらも打てたのは
奇跡のようなものだったのだ。もう一度再現しろと言われても困る。
  _
(#゚∀゚)「何で!? できるでしょ!? っていうか、やれよ!」

 ダメだ。ジョルジュは興奮している。ブーンは一縷の望みを掛けてドクオをちらと見る。

 “そんな代打は認められない”と言って欲しいのだ。だが。

('A`)「ブーンか。いいぜ。昨日のはまぐれだって事をきっちり教えてやるよ」

 ドクオはやる気満々だ。仕方無しにブーンは代打を受ける。バッターボックスに立ち、
ジョルジュに、

(;^ω^)「打てなくても責めないで欲しいお」

 と保険をかけておく。


 _
( ゚∀゚)「大丈夫、お前はカブレラだ。カブレラになるんだ!」

(;^ω^)「何でカブレラ……」

 まぁ、いいだろう。所詮お遊びみたいなものだ。それに、またショボンのアドバイス
を受ければ、ひょっとしたら打てるかもしれない。
 ブーンはショボンにアドバイスを求めようと内ポケットに目をやり……。

(´‐ω‐`)「ぐぅ……ぐぅ……」

 寝てる。ダメだこりゃ。

('A`)「ブーン知ってるか? 奇跡は二度と起きないから奇跡って言うんだぜ?」

 マウンド上のドクオが何だかかっこいい、しかしよく考えてみると意味の分からない
ことを口走っている。

 そしてもうお馴染み、ドクオは大きく振りかぶるとその腕を目いっぱいしならせて球
を投げる。


 キン。


 と小気味良い音。

 白球は昨日よりも高い孤を描きながら青空に吸い込まれていった。



(;^ω^)「あらら……」

( ∵)「ホームラン」

 なんと適当に振り回したはずのバットは、奇跡の所業と思われた昨日のそれよりも大きな弧を
描きながら遥か彼方へと飛んでいった。しかもビコーズからのホームラン宣告のお墨付きだ。

(;'A`)「な、何で……」
  _
(*゚∀゚)「うはははは! バーカバーカ! 何が『奇跡は二度と起きないから奇跡』だ、クズが! 
キモいキモい! ほれ、ブーン! お前も言ってやれ、不細工って!」

 ジョルジュはドクオに一泡吹かせたことが余程嬉しかったのか、テンションをヒートアップさせ、
ドクオを罵倒する。あまつさえブーンにもドクオへの暴言を勧めてきた。

(;'A`)「お、お前に負けたわけじゃないんだからね!」

 そう苦し紛れに反論するドクオに対し、ジョルジュは眉を思い切り上げ、目を見開き、あごを
しゃくれさせそして右手を右耳にあて屈みえぐり込むように、
 _
( ゚∀゚)「はぁ?」

 そう言った。憎たらしさ100倍だった。

(;'A`)「ム、ムカつく……」

 げはげはと笑うジョルジュを尻目に、ブーンは自分の掌を見つめていた。



( ^ω^)「僕があの球を打った……」

 信じられない、という様子で掌を見つめるブーンにビコーズが駆け寄る。

( ∵)「ブーン、凄かった。君はもっと練習するべき。才能が、ある」




 それからのブーンは幸せだった。

 大好きな友達が出来ただけではなく、自分が打ち込めるものを見つけた。

 野球。

 ジョルジュの野球ブームがいつまで続くかは分からないが、しばらくは付き合ってもらおう。
そう決めた。

 それだけではない。家に帰ってもショボンがいてくれる。自分を理解し、助けてくれる小さな
友人がいる。

 およそ数ヶ月前までは想像すら出来なかった満ち足りた日々。それがすぐそばまで来ている
ことを、ブーンは実感していた。


 ――放課後に。
 _
( ゚∀゚)「おーい、ブーン! 野球やろうぜ!」

( ^ω^)「うん、やるお! 行こう行こう!」

 ――授業中に。

( ^ω^)「だからね、“多世界解釈”というのがあってだお? この世界は唯一ではなく、絶えず色々な
可能性を秘めた沢山の世界へと分岐していてだお」

(;´・ω・`)「もう、君の話はわけわかんないよ」

 ジョルジュたちと遊ぶようになって、昔の明るさを取り戻したブーンはクラスにも友人が出来て――。

     l;:;:;:;:l:;:;:;:;:;:;:、;:;l
     /;:;___l____:;:;:;:;.ヽ!
.    'y'‐_ _ィ‐ヾ=ミ、_〉
.    lfィ。ッ rf。ッ〈:::::ミ|
      l! ´7_,! ´ ,.;!:::ミ,!
     | ィrュ,ヽ ' {::7〃       「ブーン、麻呂と班を組まぬでおじゃるか?」
     ヽ  ̄ _,..ノソv′
      ,ハ三 =彡'く
    ,∠ニ ⊥ ニニム、_
. ,. -‐'7   /     / ̄`ヽ


( ^ω^)「うん、麻呂、組むお」


 自宅でも――。

J( ‘-`)し「ブーン、ご飯のときぐらいぬいぐるみを取りなさい」

(;^ω^)「べ、別にいいお!」

(´・ω・`)「……」


 またある日の放課後――。
 _
( ゚∀゚)「ブーン、カラオケ行こうぜ!」

(;^ω^)「え? 今日は野球じゃないのかお?」

('A`)「コイツ今はカラオケにはまってるんだと。しばらくしたら飽きるだろうから、
そしたらまた野球やろうぜ」

( ∵)「僕はカラオケは……苦手」



 ブーンの表情からは笑顔が絶えなかった。

 全てがうまくいっているように思えたし、実際そうだった。世の中が自分を
祝福してくれているように感じられた。

 ショボンの暖かさに勇気付けられたし、ジョルジュの豪快さに救われた。
ドクオが作り出す空気は居心地が良かったし、ビコーズの無表情に安心できた。

 クラスにももうブーンを拒絶するものはいない。みな、ブーンが転校生だった
ことなど忘れてしまったかのように、友情を与えてくれた。特に麻呂のZIPには
何度もお世話になった。

 ブーンの表情からは、笑顔が絶えない。まるで、悲しいことなど世界には存在
しないと錯覚してしまうかのように――。


 ある、朝だった。

 その日のブーンは中々起きる事が出来ずに、寝坊してしまった。前日にまた新たなブームを
見つけてしまったジョルジュに付き合わされていたのだ。今度はボーリングだった。

 さすがに6ゲームもやると腕もパンパンになり、最早頭を掻くことさえ苦痛を伴うほどだった。

 なのに、夜に素振りをしてしまった。いや、本心を言うとボーリングではなく野球がしたかった。
なにしろブーンが今一番打ち込んでいることが野球なのだ。

 だが、わがままを言うのは自分の役割ではない。ブーンはその熱意をぐっとしまいこんだ。まぁ、
すぐにまた野球が始まるさ、と楽観的だったし、野球好きのドクオがいる以上その読みもあながち
外れているとは思えない。

 しかし、どうにもむずむずしてしまう。バットを振りたくなってしまう。だから、振った。夜に500本。
しかし、どうもそれはやりすぎたらしい。既に動かすことさえ億劫だった両腕は更なる倦怠感を纏い、
結果として寝坊してしまうという結果になってしまった。

 時計に目をやると、それまでまどろんでいたブーンの脳が急激に目覚めた。

(;^ω^)「もうこんな時間なのかお!?」

 慌てて布団をはがし、飛び起きる。朝の空気は凍りつくような冷たさだったが、そんなことは瑣末な
ことだった。なにしろ遅刻をしてしまうかどうかの瀬戸際なのだ。

 顔を洗う時間さえもったいない、急いで制服に着替えるためにクローゼットに向かう。

 ――そこで、違和感に気付いた。



( ^ω^)「……ショボン?」

 ショボンが、いない。

( ^ω^)「ショボン?」


もう一度呼び掛けてみる。

しかしやはり返事はなかった。

ブーンは混乱した。なぜショボンはいないのだ?

いつも自分の布団の上で丸くなって寝ていたじゃないか。自分が布団を勢い良くはがすとコロコロと
下に転げ落ちてそれでも寝ていたじゃないか。

そのショボンが、なぜいない?

ブーンは心臓の鼓動が早くなるのを感じた。

慌ててショボンを探す。

布団をめくり、クローゼットを開け、カーテンの陰に目をやる。

机の下を覗き、本棚の上を見て、タンスを開けてみる。

しかし、どこにもショボンはいなかった。



ブーンは狼狽した。なぜショボンがいない? なぜ?

もしかして自分に愛想を尽かせて出ていってしまったとか?

まさか。

 昨日もいつも通り二人で仲良く暮らしていた。

問題などあろうはずもない。

今まで一度もこんなことはなかった。大体、ショボンがいなくなってしまうなど考えた事さえなかった。

J( ‘-`)し「ブーン? もう学校いく時間でしょ? 遅刻しちゃうわよ?」

息子がいつまで経っても階下にこないことを心配し、母が様子を見に来た。

(;^ω^)「母ちゃん、母ちゃん! ショボン知らないかお!?」

ブーンは母に詰め寄った。

ただ事ではない息子の形相に母は少したじろぐ。


J( ‘-`)し「ショボンって何?」

(;^ω^)「僕がいつも頭に乗せてた猫のぬいぐるみだお! まさか捨てたんじゃないおね!?」

J( ‘-`)し「捨てるわけないじゃない」

(;^ω^)「だって、いないんだお! ショボンがどこにもいなくなっちゃったんだお!」

J( ‘-`)し「失くしちゃったんじゃないの?」

(;^ω^)「いなくなるわけないお! 昨日までは確かにいたんだお!」

母は少し怪訝そうな顔をする。

J( ‘-`)し「そんな事言っても、なくなっちゃったんでしょ? しょうがないじゃない」

(;^ω^)「でも……」

J( ‘-`)し「そんな事より早く学校に行きなさい? ぬいぐるみはまた買えばいいじゃない」

そうブーンを促すと、母は1階に降りていった。



( ^ω^)「ショボンの代わりなんていないお……」

ブーンはショボンのいない自室で、そう一人ごちた。


 “ひょっとすると学校にいるかもしれない”ブーンにとって天啓にも思えたその考えは、
いつもの通学路を歩いているときに閃いた。

そう思うと居ても立ってもいられず、弾かれたように走りだす。

頬を撫でる風が切り付けるかの様に冷たい。

 ――クソッ、こんなに寒いのはショボンがいないからだ。あいつがいれば温かかった
のに――。

心の中でショボンへの悪態をつきながらも、学校へと逸る気持ちを抑えられずにいた。



教室に入ってみると、すでに自分以外の生徒は全員いた。




     l;:;:;:;:l:;:;:;:;:;:;:、;:;l
     /;:;___l____:;:;:;:;.ヽ!
.    'y'‐_ _ィ‐ヾ=ミ、_〉
.    lfィ。ッ rf。ッ〈:::::ミ|
      l! ´7_,! ´ ,.;!:::ミ,!
     | ィrュ,ヽ ' {::7〃   「ブーンおはようでおじゃる」
     ヽ  ̄ _,..ノソv′
      ,ハ三 =彡'く
    ,∠ニ ⊥ ニニム、_
. ,. -‐'7   /     / ̄`ヽ


 麻呂が挨拶をしてきた。いつもならZIP談義に花を咲かせるところだが、ブーンの心境はそれ
どころではない。

 麻呂に浅く会釈すると、自分の席に着いた。



 ――頼む、ここにいてくれ。

 神に祈るような気持ちで、自分の席を見渡す。引き出しの中を覗き込んで――。


 ――いない。

 ここにも、いない。

 ブーンは深くため息をついたが、すぐに顔を上げ考え直す。

 まだ、まだ探すべきところはあるはずだ。そう、例えば屋上とか。

 二人が友達になれたあの場所にショボンがいる可能性は低くないはずだ。今日もジョルジュたちと
昼食をとるはずだから、そのときに確認してみよう。



 そう一人決意した。



 授業とはこんなにも退屈なものだったのか。

 教師がなんだかよくわからないことを喋っているように思える。ショボンがいた時はそんなふう
に感じなかったのに。


 そうか、とブーンは得心がいく。


 ショボンがいた時はショボンと話していたから。二人で授業内容の確認と各々の解釈についての
談義を自然としていたのだ。だから退屈じゃなかったし、より深く理解が出来たのだ。

 なんだよ、こんなとこでもショボンのいない弊害があるなんて。

 ブーンは心中穏やかではなかった。

 あぁ、つまらない。いっそ、寝てしまおうか。
 そんなの無理だ、わかっている。

 寝ようとしてもそわそわして眠れないだろう、とブーンは理解していた。早く授業が終わって欲しかった。
普段の2倍は長く感じられたのではないだろうか。

 苦痛の授業が終わり、昼休みに突入する。それを報せるチャイムとほぼ同時に、ジョルジュたちがブーン
の教室に顔を見せる。


 _
( ゚∀゚)「おーすブーン。飯行こうぜ。飯飯!」

(;^ω^)「うん、行こう行こう」

 本当は走り出したいのだ。走って、一刻も早くショボンがいるかどうかを確かめたいのだ。

 しかし、ジョルジュたちと一緒に向かっている以上それはできない。もどかしい気持ちを抑えつつ、ブーンは
いつもの“食堂”へと歩を進めた。

 途中にしたジョルジュたちとの会話なんて頭に入ってこなかった。



 階段の最上階踊り場。そこにブーンたちの“食堂”へと通じる鉄扉がある。

 その扉の前で、ブーンは立ち尽くしていた。

 ――失念していた。

 ショボンがいないということは鍵を開けられないということだ。

 なんといううかつ。馬鹿め。おまえはショボンがいなければ満足に食事の場所も確保できないんじゃないか。

 そして、
 _
( ゚∀゚)「ブーン? 早く開けてくれよ」

 ジョルジュの催促の声。


 そう言われてもブーンにはこの扉を開けることが出来ない。

 ――ということは。

 もしこの扉が開いていれば、ショボンがここにいる可能性が高い、という事になるのではないか? 
この鍵はショボンにしか開けられないのだから。

 ブーンは若干緊張した面持ちで扉に手を掛ける。

 徐々に力を込めると、やがてガラガラと低い音を立て扉が開く――。

 ――はずだった。いつもならば。

 でも、今日はそうじゃない。鍵はしっかりとかかっているし、扉も開くことはない。

 思えばショボンはこの扉を一人で開けられないじゃないか。扉が開き放しでもない限り、ショボンは
一人で屋上に行けない。閉まっているということは、つまりそういうことだ。少し考えれば分かる。自明
の理じゃないか。

 ショボンがいない、という動揺と、ここにいて欲しい、という希望がブーンの思考を鈍くさせていた。
 _
( ゚∀゚)「ブーン? どうしたんだよ? 大丈夫か?」

(;^ω^)「え? あ、あぁ」

 ジョルジュの声で現実に引き戻される。



(;^ω^)「ごめん、悪いけど今日は鍵を開けるための針金を忘れちゃったんだお。
だから屋上にはいけない。ごめんだお」

 そう言うとしぶしぶ、といった体でジョルジュたちも了承した。
 _
( ゚∀゚)「じゃあ今日はどこで飯食おうか?」

('A`)「ここでいいんじゃね? 今から移動してもなぁ」

( ∵)「賛成」
 _
( ゚∀゚)「じゃあここで食うか。ブーン、明日は頼むぜ?」

(;^ω^)「う、うん。ごめんだお」

 そうして階段の踊り場で昼餐となった。なんだかコンクリートの地面が冷たく感じる。風がある分、
おそらく屋上のほうが寒いだろう。なのに、ここはとても寒い。まるで極寒の土地に裸でいるみたいだ。

 食べる場所とショボンがいない、という相違があるだけでなんだかその日の弁当はやけに味気なく思えた。


 午後の授業中、ブーンは深く深く咨嗟した。自宅にも教室にも屋上にもショボンはいなかった。
あとどこを探せばいいのだ。

 頭を抱える思いだった。

 頼む、ショボン。今なら許す。冗談だと言ってひょっこり顔を出してくれ。

 ブーンがあと探すべき場所など限られている。さしあたって考えられるのは空き地だろうか。

 よし、学校が終わったら空き地に行ってみよう。諦めるのはまだ、全然早い。

 あと何分で授業は終わりだ? 20分? 長い、早く終われ。



 ブーンは一日千秋の思いで授業の終わりを待ち、クラスは帰りのホームルームへと突入する。
ほんのわずかな時間だったが、ブーンは憤りを感じる。

 早く、早く終われ。




 そして待ち望んだ時が来た。

 よし、早く空き地に急ごう。

 ブーンは荷物を詰め込んだカバンを荒っぽく持ち上げて、机の乱れもそのままに教室の出口
へと駆け出す。


 _
( ゚∀゚)「よぉ、ブーン。ボーリング行こうぜ」

 やはりいたジョルジュたち。

 普段なら歓迎すべき彼らも、今はブーンの行く手を阻む障害にしか見えない。

('A`)「ブーン、今日もボーリングだってよ。まぁ明日は俺の権限で野球にするから今日は我慢しようぜ」

( ∵)「君にそんな権限があったなんて初耳」

 そんなブーンの様子に気付くわけもなく、3人はいつも通りの呑気な会話をしてくる。

(;^ω^)「ごめん! 今日は用事があるから行けないお! じゃあ!」

 説明もそこそこにブーンは3人を後にする。

('A`)「なんだぁ? あいつ」
 _
( ゚∀゚)「おい、じゃあボーリングどうすんだよ? 3人だとチーム戦できないぞ?」

( ∵)「僕対君たち二人でいい」

('A`)「!?」

( ∵)「かかってこい」
 _
( ゚∀゚)「おもしれぇ……」



ビコーズが二人を挑発するという意外な一面を見せていた頃、ブーンは風の様に疾走していた。

――早く、早く! 昨日の運動がたたって腕が重い。足だって思うように動かない。しかし、そんな
事は今のブーンにとっては些細なことだった。

 とにかくショボンの所在を確かめたかったし、そして安心したかった。

僕は心配したんだぞ、と文句の一つでも言ってやりたかった。

空き地が見えた。あと50メートル程だ。

徐々に速度を緩める。肩で息をしながら空き地の敷地内に入る。

( ^ω^)「ショボン!」

ありったけの声で叫ぶ。自分からこんな大声が出るのか、と驚くほどだ。

( ^ω^)「ショボン!」

辺りを見回しながらもう一度。

( ^ω^)「ショボン! いるのかお!? 出てきて欲しいお!」

しかし、ショボンからの返事はない。


周囲はしん、と静まり返るのみで、生き物のいる音はおろか気配さえしない。

ブーンは返事を諦めると、辺りに僅かに残った草むらを掻き分けショボンの姿を探した。

( ^ω^)「ショボン……ショボン。どこにいるんだお。……絶対見つけるお」

ブーンも半ば意地になっていた。『ショボンはもう帰ってこないかも』という疑念が頭をよぎるが、
首を振り、無理矢理払拭した。

気が付けば西の空はすでに暗くなっている。空き地はあらかた探してしまったし、この暗さでは
あちらから呼び掛けてでも来ない限り見つけるのは難しいだろう。

断腸の思いで、ブーンは空き地を後にする。

あとどこを探せばいいのだろう。可能性の話をすればそれこそ無限にある。そしてそれを全て行う
のは、事実上不可能だ。これでは見つけるのはもう……少なくとも、今日は……。


――なんだ、諦めるのか。

自分を叱責する声が聞こえる。


――違うんだ。決して諦めたわけじゃない。ただ、今日はもう探すのは困難だと思って――。

誰にするでもなく、そんな言い訳が頭に浮かぶ。いや、恐らく自分自信に対する言い訳なのだろう。

実際、ブーンの心は折れそうだった。


寒さと寂しさと不安で、もう泣いてしまいたい気分だった。

どこを探せばいいかわからない。

今日、ショボンと所縁のありそうな場所は見てしまった。可能性でいえば、もうめぼしい所は
思い浮かばない。見つけられない。

しかし、ショボンと離れたくない。

自分を助けてくれ、全てを良い方向に導いてくれた友人だ。そんな友人と別れの挨拶もせずに
離れられるわけがない。

そんな相反する感情が、ブーンの中をぐるぐると回り混沌を作る。

ブーンは膝や腹部についた汚れを払うと、家に向かって歩きだした。

心身共に疲れてしまった。だからといってショボンの捜索をやめたわけではない。

無闇に思い浮かんだところを探すのではなく、ちゃんと色々な要素を考慮したうえで捜したほうが
効率がいいと思ったのだ。

帰路の途中にあるゴミ捨て場を、ちらと見てみる。

いない。当たり前だ。母はショボンを捨てていないと言っていたし、仮に捨てていたとしてもショボンは
本物のぬいぐるみとは違う。――帰ってこようと思えば、帰ってこられる。どこからでも。

つまり、ショボンが帰ってこようとしないのは――。



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