( ゚∀゚)ジョルジュと麦わら帽子のようです 四日目



午前十一時をすぎる頃、海沿いの国道を歩いていた。

仕事をさぼったわけじゃない。

これも立派な仕事だ。

その立派な仕事の内容。

――買い出し。

(;゚∀゚)「あのマスターそのうちぶっ飛ばしてやる」

自分が焼きそば用のキャベツ買い忘れたからって、立場の弱いバイトに責任を押しつけるとは。

しかも、すぐそこにあると言われたスーパーが実は五キロ離れた場所にあるという驚愕の新事実。

周辺住民に尋ねてその事実が判明したとき、思わずエスケープしたくなった。

(;゚∀゚)「ふぃー。重いな、これ」

右手に提げたビニール袋には、キャベツだけで五玉入っている。

さらには青のりやらソースやらまで頼まれたから、両手がふさがって走ることもままならない。





出来るだけ急げと言われたのだが、これは正当な理由になるだろうか。

(;゚∀゚)「……暑い」

空を見上げると、ここ数日と同じく、容赦なく照りつける太陽が目に入った。

せめて帽子でもかぶるべきだったと思ったが、後の祭り。

ビーチまであと三キロ、汗水垂らして歩くしかない。

そんなことを考えていた俺の目の前に、見たことのある背中が現れた。

ξ゚听)ξ「……」

白いワンピに麦わら帽子といういつも通りの格好をした彼女は、波の音を体全体で感じるように、ゆっくりと歩いていた。

このまま黙って後ろを歩くのも、無言で追い越すのも気まずいと思ったから、その後ろ姿に声をかけた。

( ゚∀゚)「こんちわ」

ξ゚听)ξ「え……」




彼女が振り向く。

そして、驚いたように目を見開く。

その瞳に負の感情が混ざっていなかったことに……胸をなで下ろす。

( ゚∀゚)「散歩?」

足を止めた彼女にあわせ、立ち止まって尋ねる。

彼女はゆっくりと驚きの感情を咀嚼し、

ξ゚听)ξ「……そう」

( ゚∀゚)「暑いけど、大丈夫?」

ξ゚听)ξ「なにが?」

( ゚∀゚)「身体の方」

ξ゚听)ξ「……」

睨まれる。

敵意と言うより、そこにあったのは恐れの感情。





ξ゚听)ξ「……どうして知ってるの?」

( ゚∀゚)「マスターに無理言って教えてもらった」

ξ゚听)ξ「……」

(;゚∀゚)「ごめんなさい」

頭を下げていた。

あぁ……そう言えば昨日もこんなことしたな。

ξ゚听)ξ「……謝るようなことじゃないわよ」

呟いて、彼女は歩き出した。

俺もスーパーの袋を持ち直し、その隣に並ぶ。

ξ゚听)ξ「そっちは買い出し?」

視線を前に向けたまま、彼女がそう尋ねてくる。

その言葉からは、ついさっきの話題を避けたいという思いがありありと感じられた。

だから単純にその言葉にうなずいた。




( ゚∀゚)「そう。どうやらあの海の男は、責任転嫁が趣味らしくて」

ξ゚听)ξ「……マスターが?」

( ゚∀゚)「バイトだから文句言える立場じゃないけどね」

ξ゚听)ξ「当たり前じゃない」

( ゚∀゚)「だよね。でもまぁ……アバウトだよ、海の男は。特にマスターは。
     よく言えば器が大きいってことなんだろうけど、あの人の器は大きすぎる上にサビ付いて穴開いてる」

ξ゚听)ξ「……」

神妙な面もちで睨まれる。

あぁ、そうか。

知り合って長いって、マスターも言ってたな。

怒られるのかもしれない……そう思っていた俺の横で、意外な声が響く。

ξ゚听)ξ「……ふふっ」

( ゚∀゚)「……えっ?」




ξ゚听)ξ「面白いわ、今の」

( ゚∀゚)「はぁ?」

ξ゚听)ξ「マスターの話。確かにそうかもね。マスターはたまに、ビックリするくらい大ざっぱだから」

( ゚∀゚)「……」

どうやら同意してくれたらしい。

これには驚いた。

ξ゚听)ξ「こき使われてるの?」

( ゚∀゚)「まぁ、ね。今度何かしたら、問答無用でクビだから」

ξ゚听)ξ「あんなコトしたら、普通は即クビよ」

( ゚∀゚)「申し訳ないとは思っているけど謝りたくはない」

水着フェチは俺に残された最後の牙城だ。





ξ゚听)ξ「いいんじゃない、それで」

( ゚∀゚)「……」

ξ゚听)ξ「ちょっと……その顔はなによ」

( ゚∀゚)「いや、認めてもらえるとは思ってなかった」

ξ゚听)ξ「そりゃ……認めるわよ。……わたしだって、着れるなら着たいんだから」

( ゚∀゚)「……」

そう彼女が呟いたときに表れた感情は――憧れ。

精一杯手を伸ばし、それでも届かなかった物に対する、純粋で僅かに諦念の混ざった憧れ。

それは掛け値なしに尊く、尊いからこそ悲しい……言ってみれば、叶わなかった夢。

明確すぎる壁。





( ゚∀゚)「……軽率だった」

ξ゚听)ξ「えっ?」

( ゚∀゚)「猛省してる」

言いながら頭を下げる。

マスターの言葉を思い出した。


――居場所になってやれりゃ、いいんだけどな。


確かにその通りだ。

この感情を前にして、半端な良心や同情は意味を成さない。

そんなものは、ただの偽善に終わる。

隣に並んで共に終わりを見る覚悟がなければ。

始まって終わるだけ……その言葉の意味が、今ならよくわかる。

結果に追随することしかできないことの哀しみ。

それを望まれないものの虚しさ。




ξ゚听)ξ「……やっぱり悪い物でも食べたんじゃないの?」

バットが飛んできた。

ξ゚听)ξ「ねぇ、急にどうしたの?」

( ゚∀゚)「俺はいつでも素直だ」

ξ゚听)ξ「あ、なるほど」

納得された。

ξ゚听)ξ「わかりやすいね……いいよね、そういう生き方」

( ゚∀゚)「そんなに大した物じゃないぞ」

ξ゚听)ξ「そうね……“持ってる人”はみんなそう言うよね」

( ゚∀゚)「……」

ξ゚听)ξ「あっ――」

彼女の足が止まった。

そして、慌ててこっちを振り向く。






ξ゚听)ξ「ご、ごめんっ。今のはそういうつもりじゃなくて――」

( ゚∀゚)「誤魔化さなくたっていい」

ξ゚听)ξ「……えっ?」

( ゚∀゚)「羨望や憧憬は、別に悪い物じゃない。純粋に望むことが……悪いことであるはずがない」

ξ゚听)ξ「……」

それはほとんど自分に向けて言った言葉だった。

それを否定されたら、俺がそこにいる意味はなくなってしまうから……もう、その場所はなくなってしまったけど。

ただ、全力投球をしたかった。

( ゚∀゚)「……ずっと同じ場所から悲鳴を上げてるだけなら、それはただの無い物ねだりだけど」

ξ゚听)ξ「……えっ?」

( ゚∀゚)「でも……全力で求めたことのある人間には、そういう言葉を口に出す権利が、あると思う」

そうやって、俺は、傷つけた言い訳を探すのか。

……クソ野郎。




ξ゚听)ξ「なんか、人が変わったみたい」

( ゚∀゚)「はぁ」

ξ゚听)ξ「名前は?」

笑顔で尋ねられる。

彼女は自分の顔を指さし、

ξ゚听)ξ「わたし、ツン。あなたは?」

( ゚∀゚)「あぁ……」

自己紹介か。

そういえば、まだだったな。

( ゚∀゚)「俺は――」

言って、自分の顔を指さそうとして、指せないことに気付いた。

( ゚∀゚)「……ジョルジュです」






ξ゚听)ξ「あれ? どうしたの?」

( ゚∀゚)「理不尽な上司の命令を思い出した」

ついでに全速力という要求も思い出したけど、こんなクォーターマラソンみたいな距離を伏せたまま買い出しに行かせたマスターが悪い。

忘れることにしよう。

ξ゚听)ξ「……意味、わからないんだけど」

( ゚∀゚)「理解してしまうとやるせなくなるから、知らない方がいいと俺は思う」

ξ゚听)ξ「……?」

( ゚∀゚)「行こう」

言って、歩き出す。

全速力は無理としても、わざわざ遅らせるようなことをして、怒るきっかけを与えなくてもいいだろう。





ξ゚听)ξ「わたしね、心臓が弱いの」

隣に並んだ彼女が、何気ない口調で話し始めた。

その言葉は突然のようで、当然のようでもあった。

ξ゚听)ξ「生まれ持った体質って言うのかな……薬で治るものじゃないんだよね。
     だから、出来ることは待つことくらいしかないの」

( ゚∀゚)「……こんな暑い中、出歩いてていいのか?」

ξ゚听)ξ「太陽の光を浴びることは、悪いことじゃないんだって。だから、散歩は毎日してる」

( ゚∀゚)「あぁ……それで、あの店に」

ξ゚听)ξ「そっ」

彼女が無邪気に微笑む。

潮風が麦わら帽子を揺らした。





ξ゚听)ξ「ここに来るようになったのは、五年くらい前から。避暑にね……ここ、朝と夜は涼しいでしょ?」

( ゚∀゚)「言われてみれば」

昼間は夏らしい暑さだが、それにしたってカラッとした爽やかな暑さだ。

朝晩も、クーラー無しの部屋で普通に寝られるのだから、俺が思うよりずっと、都心よりは涼しいのだろう。

ξ゚听)ξ「マスターとは五年来の付き合い。
     いい人だから、細かい事情を説明したことはないけど……気にかけてくれて」

( ゚∀゚)「あの……一つ、聞いていい?」

ξ゚听)ξ「あ、なに?」

少し引っかかっていたことを口に出す。

( ゚∀゚)「高校生?」

ξ゚听)ξ「うん」

( ゚∀゚)「じゃあ、今学校は?」

ξ゚听)ξ「テスト休み」





間髪入れずに返ってきた返事は、予想していたいくつかの答の中で、一番安心させられるものだった。

だが、

ξ゚听)ξ「でもね、テストは受けてない」

( ゚∀゚)「……えっ?」

ξ゚听)ξ「学校……行ってないんだ、今年」

( ゚∀゚)「……」

その時初めて、彼女の表情に明確な影が落ちた。

ξ゚听)ξ「去年の秋にね……倒れちゃって。しばらく入院してて。それ以来、親が気にしちゃってさ」

( ゚∀゚)「……」

ξ゚听)ξ「昔から心配性だったんだけど、最近はそれがひどくなっちゃって。困るよねー、この学歴社会の時代にさー。
     ただでさえ置いてかれるのが怖いのにさー」

( ゚∀゚)「……」





ξ゚听)ξ「心配して治るものじゃないんだから、学校くらい行かせてくれてもいいと思わない? ねぇ?」

( ゚∀゚)「……」

ξ゚听)ξ「……ずるいな、その沈黙」

彼女は困ったように笑いながら呟いた。


ξ゚听)ξ「ホントはね……恥ずかしいんだって。こんな病弱な娘を人前に出すのが」

( ゚∀゚)「……」

ξ゚听)ξ「うちの親、結構大きな会社のお偉いさんなんだよね……だから」

だから……なんだというんだ?

そんなことが理由になるとも思えなかった。

弱いから諦めるという理屈が、一番、嫌いだった。

ξ゚听)ξ「着いたよ」

( ゚∀゚)「……えっ?」

気付くと、すぐ目の前にビーチがあった。

今さらのように、楽しそうな声が耳に届き始める。




ξ゚听)ξ「ほら。早く行かないとマスターに怒られるよ?」

( ゚∀゚)「あぁ……それはイヤだな」

ξ゚听)ξ「でしょ? だから……ほらっ」

( ゚∀゚)「うわっ……」

背中を押される。

重い荷物のせいで二・三歩よろけてから、振り返る。

彼女は麦わら帽子を目深にかぶり直すと、

ξ゚听)ξ「……わたし、今日はこれで帰るから」

( ゚∀゚)「寄ってかないの?」



支援



ξ゚听)ξ「いい……なんか、疲れたし」

( ゚∀゚)「飲み物くらいなら奢るけど」

ξ゚听)ξ「ダメだよ。せっかく働いて得たお金を、無駄なことに使ったら」

( ゚∀゚)「……」

無駄なことではないと言おうとして……言葉が出てこなかった。

無駄ではないその意味を聞かれたときの言い訳を考えてしまった。

ξ゚听)ξ「じゃあね」

小さく手をあげて、彼女が歩き出す。

しばらくその背中を見送っていたが……追いかけるには、覚悟が足りなかった。






――…<



一日の仕事を終えて、従業員宿舎に戻ってくる。

宿舎と言っても打ちっ放しのコンクリの粗末なアパートで、部屋は全て六畳一間。風呂トイレ洗濯機は全て共用。

脱衣場の隣に置かれている黒電話を初めて見たときは、思わず「なめてるのかっ!」とつっこんでしまった。

( ・∀・)「ジョルジュ、いるかー?」

( ゚∀゚)「……はい?」

午後八時をすぎる頃。

支給された晩飯『焼きそばの余り』を食っていたところに、モララーさんが現れた。

モララーさんは一日の疲れなど微塵も感じさせない顔で、

( ・∀・)「ちょっとさー、頼みたいことあるんだよね」

( ゚∀゚)「なんですか?」

( ・∀・)「実はさー、俺、これから一夏の思い出作りに赴かなければならんのよね」

( ゚∀゚)「……」

ホントにあんたはなにしてるんだ。




( ・∀・)「んで、しばらく部屋空けるんだけど……もしマスター来たらさ、言い訳しといてくれねぇ?」

( ゚∀゚)「言い訳ですか」

( ・∀・)「そっ。散歩に行ってるとかさ」

( ゚∀゚)「別に正直に言っても怒られないんじゃないですか?」

五十代にしてまだ水着が好きだとか豪語してる人だし。

むしろ怒られたら、それはそれで腹立つだろう。

( ・∀・)「一応だよ、一応。万全には万全を期してってな」

( ゚∀゚)「はぁ……まぁ、いいですけど」

( ・∀・)「サンキュ。……あ、それと」

立ち去ろうとしたモララーさんが、立ち止まる。

( ・∀・)「今日は洗濯、しない方がいいぞ」

( ゚∀゚)「……はい?」




( ・∀・)「明日は朝方から、雨降りそうだから」

( ゚∀゚)「……ホントですか?」

( ・∀・)「別に十割当たる予想じゃねぇけどさ。
     これでも俺、海に来た回数だけは多いから、わかるんだよな。夕方の空見れば」

( ゚∀゚)「すごいですね」

( ・∀・)「使えねぇ特技だよ。……んじゃ、あとよろしく」

ヒラヒラと手を振りながら、モララーさんが部屋を出る。

晩飯を抱えながら、部屋の隅に積まれた汗まみれの服を見る。

( ゚∀゚)「……まぁ、いいか」

確かあと一枚、換えがあったはずだ。

下着だけ昨日洗っておいたのが、こんな所で生きてくるとは。






( ゚∀゚)「さっ、飯」

気を取り直して焼きそばを食べ始める。

冷めていて美味くもなんともないが、問題は明日の朝食だ。

雨が降って“不漁”だった日には、目も当てられない惨劇が……。

( ゚∀゚)「海の神様お願いだから僕のために尊い命を分けてください」

その日は窓の外に向かって何度も願を掛けてから布団に入った。

ほとんど野生だった。


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