( ゚∀゚)ジョルジュと麦わら帽子のようです 六日目


空は少し曇っていた。

それでも、戻ってきた夏の暑さに、ビーチは賑わっていた。

今までと何も変わらない。

モララーさんは出前に行ってるし、マスターは旧知の水着ちゃんとじゃれあってるし。

誰か仕事してくれ。

「あのー」

( ゚∀゚)「あ、今行きます」

ほんの少し、思いを巡らす時間もない。

新しい客が来て、注文を受けて、商品を渡し、金を受け取る。

その繰り返し。

いつもと何も変わらない。

( ゚∀゚)「……」

ただ一つ、彼女が現れなかったことをのぞいては。






――…<



夜が来た。

怠慢な店長と同僚のせいで疲れた身体を横たえ、ぼーっと天井を見つめる。

こうしてこの場所で寝るのも、今日で最後になる。

明日は定時まで働いて……そして、俺がここにいる意味は、無くなる。

( ゚∀゚)「弱音……か。それは難しいですよ、モララーさん」

今は夏の間違い制作中のモララーさんに語りかける。

あの頃の俺は、自分があのチームの核だと信じていた。

自分が頑張ればまわりもついて来てくれると信じていた。

でも……そうじゃなかったって、言うんですか、モララーさん。

悲鳴を上げて泣きつけばよかったって……他のみんなに歩調を合わせればって……、





( ゚∀゚)「……そうかもしれない」

限界がある、それが一人ということだとしたら。

隣に立つべき人は、同じだけの力を持つ誰かじゃなく。

躓いたときに後ろから支えてくれる……そんな誰か。

そんな存在を、彼女が求めていたのだとしたら。

( ゚∀゚)「……だからマスターじゃダメなのか」

マスターはきっと強い。

長く生きてる分、長く生きただけの強さを持ってるだろう。

でもマスターは知っていた。

強さは引っ張ることは出来ても、支えることは出来ない。





彼女のまわりには、引っ張ってくれる人間は、たくさん存在する。

大会社のお偉いさんだという父親だって、娘のためだ、出来ることがあればなんだってするだろう。

いや……きっと、なんだってしてきた。

そして、そんな想いが重荷になった時。

――――『てめーだったらよー、一番弱音きーて欲しー相手は誰だ?』

( ゚∀゚)「……あー、バカ。俺のバカ」

呟いて体を起こす。

部屋の隅に置いてあるスポーツバックをたぐり寄せ、その一番奥から、茶色い固まりを取り出す。

( ゚∀゚)「これだけは……捨てられなかったんだよな」

野球部を抜けて以来、野球を思い出させるものは全て処分してきた。

ユニフォーム、スパイク、帽子、スコアブック、雑誌、ルールブック、好きな選手のポスター……。

全て捨てたけど。

このグローブだけは、捨てられなかった。

それは――





( ゚∀゚)「……ん?」

部屋の外で音がした。

コンクリートの階段を、誰かが上ってくる足音。

( ゚∀゚)「モララーさんか? ……あの人早い方なのか?」

呟きながら立ち上がる。

部屋のドアを開けると、

( ゚∀゚)「あ……」

ξ゚听)ξ「ご、ごめん……来ちゃった」

夜なのに、麦わら帽子。





――…


展開が急すぎる……こんなの、頭がついていかない。

状況が理解できない。

慌てて下着を片づけている俺はなんなんだ。

早くしろ。

布団をたたむかどうか悩んでる俺はなんなんだ。

阿呆だ。

目の前に座っているのは……彼女。

決まってるじゃないか。





( ゚∀゚)「あの、ごめん……飲み物とか、何も無くて」

ξ゚听)ξ「あ、いっ、いいのっ。こちらこそお構いなくっ」

( ゚∀゚)「……うん」

ξ゚听)ξ「えっと……」

( ゚∀゚)「……」

ξ゚听)ξ「……」

気まずい沈黙。

その間、約五分。

ξ゚听)ξ「……ごめんなさい」

沈黙を破ったのは、彼女の方だった。

彼女は麦わら帽子を胸に抱え、上目遣いでこっちを見ながら、

ξ゚听)ξ「あの……昨日は、ごめんなさい」

( ゚∀゚)「……いや」

謝るのは、こっちだ。





( ゚∀゚)「俺こそ。いきなり、叫んだりして……」

ξ゚听)ξ「でも……わたし、詳しい事情も知らないくせに、偉そうなこと言って……」

こんな所にいてもいいの?……と、涙目で言って立ち去った彼女。

当然のことながら、昨日モララーさんにしたような話を彼女に聞いてもらう時間はなかった。

話すつもりも……本当は、叫ぶつもりも。

無かったに決まってる。

昨日までは。

( ゚∀゚)「聞いてもらっていいですか」

ξ゚听)ξ「――えっ?」

( ゚∀゚)「俺の懺悔」





ξ゚听)ξ「……」

彼女の目が俺の目を捉える。

口は開かない。

その沈黙を、勝手に肯定と受け取って。

( ゚∀゚)「まずは俺の……自分勝手な俺の、昔の話から」

自分一人でベストを尽くした気になっていた俺の……今度は俺の愚痴を。

聞いて欲しい。





――…


ξ゚听)ξ「スポーツ見るのがね、好きだったの」

夜の浜辺を歩きながら、彼女が呟く。

あれから俺達は、部屋を出、波打ち際を並んで歩いていた。

ξ゚听)ξ「高校野球とか、特に大好きで……ほら、わたし、去年の秋は、入院してたから……」

( ゚∀゚)「あ、そっか」

ξ゚听)ξ「うん。……見てたんだ、テレビ。すごく一生懸命に投げる……ジョルジュ君の姿」

東京の大会だから、もちろん東京限定の放送ではあるけど。

それでも……あの日、母親が言っていた。

テレビに出るとは思わなかったと。

ξ゚听)ξ「……気になってたんだ。負けてたけど、いい試合だったから、余計に……。
     九回で交代した、一年生エースのこと。ずっと、気になってて」





そう言ってから、彼女は足を止める。

俺の方を振り向き、

ξ゚听)ξ「こんなトコで会えるとは思ってなかった」

( ゚∀゚)「実物見て幻滅したでしょ」

ξ゚听)ξ「どうかな……どうだと思う?」

( ゚∀゚)「惚れた?」

ξ゚听)ξ「残念でしたー」

ふられた。

ちょっと泣きそう。

ξ゚听)ξ「でも……うん。会えてよかった」

( ゚∀゚)「そう言ってくれると嬉しい」

ξ゚听)ξ「理由、わかったからね。それだけでもよかったよ」

( ゚∀゚)「……」

それだけだったら……俺は、辛いな。





ξ゚听)ξ「ありがとう」

( ゚∀゚)「……ん?」

ξ゚听)ξ「バイト、明日まででしょ?」

( ゚∀゚)「あぁ」

ξ゚听)ξ「だから……最後に」

最後……それは、バイト期間の、最後?
これで、最後?

ξ゚听)ξ「今日は……ありがとう、言いたくて」

( ゚∀゚)「別に大したことしてないと思うけど」

ξ゚听)ξ「わたしは弱音聞いてくれただけで、嬉しかったから」

( ゚∀゚)「それは俺も同じ。だいぶすっきりした」

ξ゚听)ξ「うん……」

うなずいて、彼女はそのまま、うつむく。

もう用は済んだはずなのに……歩き出すことが出来ず。

始まって、終わるだけなんて――これが最後なんて。





( ゚∀゚)「あの埠頭の先端って、入れ食いスポットなの、知ってた?」

ξ゚听)ξ「――えっ?」

( ゚∀゚)「マスターからの情報でね」

戸惑った表情で、彼女が顔を上げる。

それからわざと目を逸らし、

( ゚∀゚)「加えて言うならガセネタなんだけどね」

ξ゚听)ξ「……ダメじゃん、それ」

( ゚∀゚)「まぁ、そうなんだけど。でもほら、あのマスター、大ざっぱじゃない?
     だからさ、検証してみようと思って」

ξ゚听)ξ「……えっ?」

それは約束と言ってしまうにはあまりにも間接的で。

意志と言ってしまうにはあまりにも脆弱だったけど。





( ゚∀゚)「明日の朝、もう一回チャレンジしようと思ってる。これで釣れなかったら、あのマスター嘘つき決定」

ξ゚听)ξ「あの、ジョルジュ君――」

( ゚∀゚)「明日の朝……バイトの前だから、せいぜい六時半くらいまでしか時間はないけど」

ξ゚听)ξ「……」

( ゚∀゚)「俺はあそこで、釣り竿垂れながらのんびりやってるから」

彼女の顔を見つめ、それから勢いよく頭を下げる。

ξ゚听)ξ「えっ……ジョルジュ君?」

( ゚∀゚)「……」

バカみたいだ……回りくどくてガキっぽい。

でも……今の俺に出来るのは、支えることじゃなくて。

証明すること。

その道が、まだ残されている。

求めれば奇跡だってつかめると。

証明できたなら――





( ゚∀゚)「さて」

頭を上げる。

そして、尋ねる。

( ゚∀゚)「釣れるかな?」

ξ゚听)ξ「えっ――あ、どうだろ。わたし、釣りってやったことないから……」

( ゚∀゚)「前回の朝飯は磯風味の水草だったんだよね」

ξ゚听)ξ「……水草?」

( ゚∀゚)「あぁ……別名、海草」

ξ゚听)ξ「それは釣れたことにならないなぁ」

困ったように彼女が笑う。

マスターは物理的な距離は関係ないと言ったけど……その笑顔は、手が届きそうなほど近くて。

耐えるのが、辛くて。





ξ゚听)ξ「わたし、そろそろ帰るね」

( ゚∀゚)「うん。送ってこうか?」

ξ゚听)ξ「いいよ。……明日、早いんでしょ? 入れ食いの検証」

( ゚∀゚)「あ、確かに」

柔らかい微笑みに、誘われるように苦笑する。

これからもこうして……彼女は笑っていくのだろう。

あの日、瞳の奥に見た羨望や憧憬を抱えながら。

目の前の誰かに、笑顔を与え続けていくのだろう。

俺の知らない場所で。





( ゚∀゚)「あぁ……」

ξ゚听)ξ「えっ? どうしたの?」

( ゚∀゚)「いや……なんかちょっと泣きそう」

ξ゚听)ξ「えっ?」

( ゚∀゚)「あ、なんでもない」

後ろ髪引かれる思いを断ち切る。

別れ際くらい鮮やかに……こんなことを言ったら、モララーさんは怒るだろう。

でも、もう少しだけ、時間を下さい。

甘ったるい夢や理想を、素面で語れるようになるまで。

全てを、思い出に変えて。





( ゚∀゚)「それじゃ、俺はこれで」

ξ゚听)ξ「あ……うん。そうだね……」

――その、名残惜しむような呟きも。

( ゚∀゚)「やっぱ送ってく?」

ξ゚听)ξ「大丈夫っ」

――強がりみたいな笑顔も。

( ゚∀゚)「道路渡るときは手上げるんだよ?」

ξ゚听)ξ「わたしは小学生じゃないっ」

――すぐに本気になる子供っぽさも。

( ゚∀゚)「じゃあね」

ξ゚听)ξ「……う、ん」

――微かに滲んだ呟きも。






今は全部、胸に納めて。


もう一度、歩き出す。


……そして、


『さよなら』


重なった別れの言葉は、波音に紛れ、消えていった。




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