夏に恋するようです2

─ ( ´_ゝ`) ─



 俺が一人、教室で作業をしていると、女子が教室に入って来た。

 その女子は、クラスや学年全体から人気のある小柄な女子。

 名前は確か、河合デレ。
 そう言った事にあまり興味のない俺でも、名前くらいは知っていた。

 小柄で、顔はまあ、人気があるくらいだからきっと可愛いのだろう。よく分からないが。
 上の方で二つに結ってある、長くて色の薄い癖っ毛が特徴的だ。

 ふわふわの癖っ毛は、細くて柔らかそうだと見ていて思う。

 高くて細い声は、赤い紐を結わえた小さい鈴みたいに綺麗で。
 俺とは正反対の、よく通る綺麗に透き通った声。

 高くてもうるさくはない、耳に心地好い声。

 彼女の容姿にはあまり興味はないが、
 教室の隅に座っているだけでもよく耳にするその声は、実は、結構好きだ。




ζ(゚ー゚*ζ「さ……流石くんは、好きな事とかありますか?」

( ´_ゝ`)

( ´_ゝ`)゙

ζ(゚ー゚*ζ「そ、それは何ですか? 私はその、お掃除とか好きで、その、あの」


 河合は、机を挟んで俺の前に座っている。
 そして困った様な顔をして、俺に話し掛けてくる。

 俺は、身内以外と話すのが苦手だ。
 口下手と言うか、人付き合いがうまくはない。

 だから学校ではいつも喋らず、教室の隅っこで俯いている。
 隣のクラスには双子の弟が居るが、学校ではあまり関わりがない。

 家族が同じ学校に居ても、一緒に居る事がなかなか無いのは
 きっと、よくある事なのではないだろうか。




 俺は河合に話しかけられても、なかなか返事が出来ない。
 首を縦や横に振って、意思表示をするだけ。

 だがそれをすると、河合は余計に困った顔をする。
 こんな喋らない俺に、戸惑いながらも言葉を差し出す河合。
 その言葉を受け取っていながらも、言葉を返す事が出来ない。

 無性に申し訳ない気持ちになって、なんとか声を捻り出そうとする。
 けれど口から溢れるのは、低くこもった、我ながら聞き取りづらい声。

 ああ、申し訳ない。
 気をつかって話しかけてくれているだろうに。


 俺が俯いて黒いホッチキスを握りしめていると、
 視界の端でふわふわ揺れる薄茶の髪が、くんにゃりと項垂れるのが分かった。


ζ(。 。`*ζ「…………ご……ごめんなさい、変な事を聞いてしまって……」

(;´_ゝ`)!

"(;´_ゝ`)"


 ええい、喋らんか俺。




 河合が困り果てた顔で俯き、ぱちぱちとホッチキスを動かしている。
 俺が返事をしないから参ってしまったのだろう、ああどうしよう、どうしよう。

 俺は変な汗をかきながら、何とか返事をするために言葉を探す。

 家庭的じゃないか、綺麗好きなんだな、とても良い趣味だ。
 そんな言葉が浮かびはするが、それを口にする事は出来ない。

 だいたいこんな言葉は、思っていても口下手の俺に言える訳がない。
 弟ならきっと、へらっと笑って軽く返すだろう。

 でも俺にそんなスキルはない。
 なぜか弟に僅かな殺意が芽生えた。


(;´_ゝ`)「あ……そ…………あの……」

゙ζ(。 。`*ζ そ

(;´_ゝ`)「……? あ、か、かわ、い、?」

:ζ( △ `*ζ: ビクッ

(;´_ゝ`)? ? ?




 必死こいて話しかけると、河合は小さな体をびくりと跳ねさせる。
 そしてプルプルと小刻みに震えて、拳をぎゅっと強く握った。

 さっきから思っていたが、なぜ俺が話しかけると河合は震えるのだろうか。
 ビビりと言う感じではないし、驚いているのとは様子が違う。

 いつも、誰かに話しかけられても、河合はへんにゃり笑って返事をする。
 それなのに、俺が話しかけると震える。

 俺の時だけ。


( ´_ゝ`)「…………」


 俺の声が、そんなに、何か、アレなのか?

 気持ち悪いとか、虫みたいだとか、そんな感じなのだろうか。

 そう思ったら、余計に口を閉ざしてしまう。

 理由を聞いてみたいが、
 クラスメイトと言う事以外に関わりのない河合に、そんな事を聞くのも、アレだし。




 だが俺は自分の好奇心を蹴っ飛ばして、いつのまにか口を開いていた。


( ´_ゝ`)「…………かわい、は……何で、」

゙ζ(゚△゚*;ζ「はひっ!?」

( ´_ゝ`)「……震えるん……だ?」

:ζ(゚△゚*;ζ:「はひ、へ、ひへっ? あ、ご、ごめんなはいっ!?」


 噛んだ。


( ´_ゝ`)「…………謝ら、なくて……良い」

:ζ(゚−゚*;ζ:「ひゃ、え、は、はひぃっ」

( ´_ゝ`)「…………」


 河合は、変だ。




 ひゅ、と身を引いて体をびくびく震わせる河合。
 綺麗に切り揃えられた前髪が、汗に濡れて額に張り付いていた。

 なんとなくその前髪が気になって、ホッチキスを置いて、そっと手を伸ばした。
 がた、と椅子から腰を浮かせた俺は河合に近付いて前髪をつまむ。


( ´_ゝ`)「河合…………汗……」

::ζ(/△//;ζ::「はびゃいぇうっ!?」


 河合の前髪を指先で横に流して、呟いた。
 その瞬間、河合が一際大きく跳ねて変な悲鳴を上げた。


 …………そうだ、俺は気持ちの良い外見や声をしているわけじゃない。
 普段ほとんど喋らず、教室の隅で俯いている様な人間なんだ。
 面倒だからと前髪は伸ばしっぱなしで、ガリガリに痩せてて猫背で。

 失念していた。
 俺に近付かれたら、嫌な思いをする人間なんて、ごまんと居るだろうに。

 俺は、何をナチュラルに女子に近付いて前髪に触って、何をしてるんだ。

 アホか俺は、すごいアホか俺は。

 う、うわ、うわああああああああああああああ



(; _ゝ )「…………悪、い……あの、あ、の」

ζ( ヮ *;ζ

(; _ゝ )「……かわ、い、?」

ζ(゚△゚*;ζ「はひゃい! は、はい? はいっ!?」

(; _ゝ )「…………そ、の……近付いて、ごめ……ん」

ζ(゚ー゚*;ζ「のぇ?」

(; _ゝ )「ごめ……あの…………俺、あの……」

ζ(゚ー゚*ζ「……どうしたんですか? 流石くん」


 それはこっちのセリフでもあるんだが。


(; _ゝ )「俺……近付いたら、……気持ち、悪い……だろ」

ζ(゚−゚*ζ「へ?」




(; _ゝ )「声とか、も、あの…………気持ち……悪い、し」
   ,_
ζ(゚- ゚*ζ"

(; _ゝ )「…………ごめ、ん」
  ,,_
ζ(゚- ゚*ζ"


 俺が根性を絞り出して謝罪をすると、河合はなぜか不機嫌そうな顔をし始めた。

 眉間に皺を寄せて、口を尖らせる河合。
 その顔を見ると、俺はどんどん追い込まれて行く。

 そんなに不快だったのか、そんなに嫌だったのか。
 どうしよう、どうしよう、

  ,,_
ζ(゚- ゚*ζ「…………流石くん?」

(;´_ゝ`)「っ」
  ,,_
ζ(゚- ゚*ζ「何をいってるんですか?」

(;´_ゝ`)「ぇ……あ、…………え……?」
  ,,_
ζ(゚- ゚*ζ「流石くんは気持ち悪くなんかありませんよ」




(;´_ゝ`)「え……」
  ,,_
ζ(゚- ゚*ζ「変なこと言わないで下さい、流石くんの声は気持ち良いです」

(;´_ゝ`)
  ,,_
ζ(゚- ゚*ζ

(;´_ゝ`)
  ,,_
ζ(゚- ゚;ζ

(;´_ゝ`)「…………え?」
  ,,_
ζ(゚△゚;ζ「あ……いえ、その……あの……」

(;´_ゝ`)「………………気持ち……良、い……?」
  ,,_
ζ( △ ;ζそ

(;´_ゝ`)「…………」


 河合が、更に変だ。



  ,,_
ζ(゚△゚;ζ「いえあのあのそのあの今のはあのあのあのその」

(;´_ゝ`)「か、……河合」
  ,,_
ζ( △ ;ζ「ちがあのいまのはそのええとそのあのあのあのあのあのあばばばばばばば」

(;´_ゝ`)「と…………時に落ち着け……河合……」
  ,,_
ζ( △ ;ζ「うびゃふっ」

(;´_ゝ`)「……」
   ,,_
ζ(∩-∩;ζ


 河合は顔を手で覆い、俯いてしまった。

 俺はそんな河合の奇声や行動よりも、さっきの言葉が耳から離れないでいた。
 ついさっき、俺が自分を気持ち悪いと言った時の、河合の反論。

 俺の声は気持ち良いと言う、奇妙な言葉。

 俺の、声が、気持ち良い?


 いや、ないない。




 河合がやっちまったと言わんばかりの顔を隠している。
 椅子に腰をおろして、俺はそれを見る。

 きっと、さっきのは何かの間違いだ。
 そうに違いない。
 と言うか、気持ち良いって何だ。
 色々とおかしいだろう。


 そう勝手に自分を納得させようとしていると、
 河合が勢い良く顔をあげて、俺を見上げた。

  ,,_
ζ(゚△゚*;ζ「流石くんっ!」

(;´_ゝ`)「!?」
  ,,_
ζ(゚△゚*;ζ「私、流石くん好きですっ!」

(; _ゝ )「!!?」


 ぅゎぁ。




(; _ゝ )「………………は、?」
  ,,_
ζ(゚△゚*;ζ「好きですっ!」

(; _ゝ )「ぁ…………や……お、落ち着、」
  ,,_
ζ(゚△゚*;ζ「流石くんの声がっ!」

(  _ゝ )
  ,,_
ζ(゚△゚*;ζ「流石くんの声が、好きですっ!」


 何だろうか、この奇妙な騙された感は。

 いや別にいやあの俺が好きはないとは思っていたがいや待て落ち着け

  ,,_
ζ(゚△゚*;ζ「だから流石くんっ!」

(; _ゝ )
  ,,_
ζ(゚△゚*;ζ「流石くんの声、録音させて下さいっ!!」


 なんたるちあ。



  ,,_
ζ(゚△゚*;ζ「駄目ですかっ!?」

(; _ゝ )「………………ぁ……や……別に……」
  ,,_
ζ(゚△゚*;ζ「良いですかっ!?」

(; _ゝ )「………………はい」
  ,,_
ζ(゚△゚*;ζ「ありがとうござひまふっ!」


 噛んでる噛んでる。


 自棄になったと言う言葉がぴったりな、河合の顔と言葉。
 俺はその妙に力強い言葉に負けて、頷いてしまうのだった。

  ,,_
ζ(゚△゚*;ζ「じゃ、じゃあ明日かりゃっ! 放課後っ! 待っててきゅだひぃっ!!」

(; _ゝ )「わ…………わかっ……た……」


 そして、奇妙な約束までしてしまうのだった。

 しかも河合、すごい噛んでる。



─ ζ(゚ー゚*ζ ─


 昨日、私は自棄っぱちで流石くんと約束をしました。
 その約束は、放課後に声を録音させて貰うと言う約束。
 流石くんの声にびくんびくんしながら、それでも約束をもぎ取った私。

 そんな昨日の私を誉めたい様な、叱りたい様な気持ちに陥りながら
 買ったばかりのボイスレコーダーを、そっと指先で撫でていました。

ζ(゚ー゚*ζ「…………えへ」

 恥ずかしいしぞくぞくしたし、ちょっぴり後悔もしています。
 けどそれと同時に、私は今、すごく嬉しいんです。

ζ(^ー^*ζ「えへへ……うふふふふぅ……」

 これで、いつでも流石くんの声が聞けます。
 寝る前だってお勉強中だって、いつだって。
 そう思ったら、嬉しくて嬉しくてしょうがなくて、顔が緩みます。


ζ(^ヮ^*ζ「うへへー……」

o川;゚ー゚)o「デレちゃん……キモいで……」

ζ(゚△゚;ζ「ぱしへろんだすっ!?」

o川;゚ー゚)o「あうあうあー……」



 いつの間にか私の前に座っていたキューちゃんが、
 頬杖をつきながら、私に呆れた様な顔を向けていました。

 私は慌ててボイスレコーダーをポケットにしまって、頬を押さえます。
 うわあうわあ見られた見られました恥ずかしい顔。


ζ(゚ー゚;ζ「いい、い、いつのまにそこに座ってっ!?」

o川;゚ー゚)o「いつの間にもクソも……うちの席ここやでー……」

ζ(゚△゚;ζ「まっぷるっ!」

o川;゚ー゚)o「……るるぶ」


 そう言えば廊下側から三番目で後ろから二番目の席、
 つまり私の席の前がキューちゃんの席でした。
 二年になった時からそうなのに、私は何をいってるんでしょうか。あうあうあ。

 キューちゃんが後ろを、私の方を向いてため息。
 そのため息を長い癖っ毛が受け止めて、ふわ、と揺れた。




o川;--)o「デレちゃん……取り敢えず、放課後までは顔しゃっきりさせとき」

ζ(゚△゚;ζ「何で放課後とっ!?」

o川;--)o「ユー独り言おっきいでー……」

ζ( △ ;ζ「なんとぉっ!?」
  _,、
o川 ;Д;)o(心の底からアホやこの子は……)


 なぜかキューちゃんに頭を撫でられながら、私は自分の頬を撫でて俯きます。
 うわうわうわ恥ずかしいです、恥ずかしいですもうやだあ。

 でもキューちゃんのほそっこい手は少し気持ち良くて、嬉しいです。


 嬉しいや恥ずかしいを抱えた私のそばを流れる時間は、あっと言う間に過ぎる。


 気が付けば待ち望んでいた放課後で、私と流石くんは向かい合って座っています。
 昨日よりやや暗いめの流石くんは、
 肩を落としたまま、私が言った通りの言葉をボイスレコーダーに乗せています。

 私はそれを、きっと端から見ても幸せそうな顔で見ていました。






( ´_ゝ`)「……こんにちは、かわ、い」

ぴっ

( ´_ゝ`)「……こんばん、は……かわい」

ぴっ

( ´_ゝ`)「あさー……あさーだよー……おは、よう…………かわい……」

ぴっ

( ´_ゝ`)「…………いい天気、ですね……かわい」

ぴっ

( ´_ゝ`)「……かわ、い…………お元気、ですか」

ぴっ




( ´_ゝ`)「…………河合、もう、無理」

ぴっ

( ´_ゝ`)「……かわ、い」

ぴっ

( ´_ゝ`)「………………もう、止めてくれ」

ぴっ

( ´_ゝ`)「……………………かわい……」

ぴっ  かち

ζ(゚ー゚*ζ「流石くん、」

( ´_ゝ`)「……」

ζ(゚ー゚*ζ「もう、止めたいですか?」

( ´_ゝ`)゙




ζ(^ー^*ζ「じゃあ、今日はこれで最後にしますねっ!」

( ´_ゝ`)「今日は……」

ぴっ  かち

( ´_ゝ`)「……」

ζ(゚ー゚*ζ「んじゃ、えっと流石君、これ読んでください」

( ´_ゝ`)「…………」

( ´_ゝ`)

ζ(゚ー゚*ζ「お願いしますっ」

(  _ゝ )「………………べ……別に、あんたのためじゃ……ないんだから……」

ぴっ  かち

ζ(^ー^*ζ「ありがとうございました流石君! それじゃあ、また明日!」

(  _ゝ )「……あ、ぁ」


ぴっ  かち




 彼の言葉を、吐息一つも逃さないように録音しよう。
 彼が吐き出すあいうえおの繋がりが、そのまま幸せになるから。

 放課後の録音会が終わると、流石くんは疲れきった顔で帰って行きました。
 その広い背中にありがとうございますをいっぱいぶつけて、頭を下げる。

 そして、引っかける形のイヤホンを耳につけて、ボイスレコーダーに繋ぎます。


  『「…………いい天気、ですね……かわい」』


 ぞわぞわぞわ。

 たまらなく甘ったるくて猫じゃらしみたいなぞわぞわが、
 耳から頭の中を、さわさわさわと優しく撫でて行く。

 狭い肩をぎゅうと抱いて、そのぞわぞわに酔いしれた。


  『「……かわ、い…………お元気、ですか」』


 あああ、元気じゃないですあなたの声で、いえ元気なんでしょうか、ああ。ああ。



 砂糖を奥歯で噛み締めるよりも甘い。
 子猫の毛を撫でる指先よりも優しい。

 耳から私を犯す彼の声に、肌が粟立ちます。
 何かを孕んでしまいそうなくらいの気持ち良さが、私を壊そうとします。
 壊そうとするんです。

 お腹の奥が熱くて、瞳孔がきゅうとなる。
 熱を持つ頬に、身を抱いたまま、私は廊下で崩れ落ちる。

 今までどうしてこの声を、気にもとめなかったの。
 どうしてこんなに愛しくて気持ち良い声に気付かなかったの。
 何で私はこの声をこうまでも快感として受け取ってしまうの。

 ああわからない、わからないんです、でも気持ち良いんです。
 はしたないまでの気持ち良さ。
 私は緩みきった顔を赤くして、座り込んだままで宙を見つめます。

 端から見れば、頭がおかしく見られるでしょう。私自身、そう思うんですから。
 でもこの身を包む、そう、恍惚。

 それには全くあらがえず、ただただ純粋に、ひたすらに気持ち良さを貪る。


  『「……………………かわい……」』


 もっと呼んで、もっとちょうだい、もっと、もっと、私を、私に、感じさせて下さい。




─ ( ´_ゝ`) ─



 あの約束から、一週間が経った。

 河合は飽きもせず、俺の声を録音しては嬉しそうに笑う。
 放課後の録音会は、半分が苦痛で、半分がよくわからないもやもや。

 よくネタが尽きないものだと思いながら、
 俺はいろんな言葉が書かれた紙を握りしめ、それをぽつぽつと口にしていた。

 おはようだの、こんにちはだの、ツンデレだのクーデレだの。
 様々な言葉を、様々な言い方で口に出す。
 俺の声は一つも欠けずに、小さな機械に録音されて行く。

 それはどうにも奇妙で、少し、いや、結構、苦痛だ。
 この声を録音される事が、色々話さねばいけない事が。


 しかしそれが一週間も続けば、流石に諦めと言う言葉を持ち始めるもの。

 俺は録音すべき言葉を吐き出し終わると、そそくさと教室を後にする。




 昨日も、今日も、明日も変わらず録音される。
 一週間経つのだから、そろそろ慣れても良いものだろうに。

 一週間と言っても、土日の二日があるから実質は五日なのだが。


( ´_ゝ`)「…………ただいま」

(´<_` )「お帰り、今日も遅いな」

( ´_ゝ`)「……ああ」


 肩を落として玄関のドアを開ければ、俺を出迎えたのは双子の弟。

 俺と同じ顔なのに、何故だかイケてるメンズ感が漂う弟。
 なぜか無性に腹が立つ。

 しかしそれも無理はない。

 伸ばしっぱなしの放ったらかしの俺と違い、弟の髪は綺麗に整えられている。
 服装だって、常にジャージで過ごす俺と違って、家の中でも小綺麗な格好。

 持ち上げた前髪に清潔そうな格好、そして良い愛想。

 俺と一緒にするには、少し、無理があるんだ。




 余計に気分が落ち込んだ状態で、ジャージに着替えて夕飯を食う。
 おかずの唐揚げを妹に根こそぎ持って行かれたが、怒る気にもなれなかった。

 もそもそと米粒を口に押し込んで、味噌汁で流し込む。
 それを数回繰り返し、茶碗が空っぽになると、ごちそうさまを転がした。

 自分が使った食器を洗い、頭をわしわし掻きながらダイニングを出て行く。


 自室に戻った俺は、ベッドにどさりと倒れ込んで目を瞑った。

 瞼に浮かぶのは、薄茶のふわふわ。

 ここ数日、なぜだか河合の姿が目に焼き付いて、離れないでいた。


 何日も間近で見ていると、今まで気付かなかった事が分かったりもする。


 例えば、河合は身長のわりに意外と肉付きが良かったり。
 あの髪の毛がコンプレックスらしかったり。
 優等生だと思っていたが、実は言うほどでもなかったり。
 ひたすら変だったり。




( ´_ゝ`)「…………」

( ∩_ゝ∩゙


 気が付けば河合の事を考えていると気付いた俺は、寝転がったまま頭を抱えた。

 変だから気になる、頭に残る、それだけだ。
 色恋沙汰は、面倒だから好きじゃないんだ。

 ああ、疲れる。
 頭の中にティーカップ咲きのまんまるい薔薇みたいな笑顔が満ちて、疲れる。
 オレンジがかったピンク色が、
 噎せかえるほどの甘い匂いを撒き散らしている気がして、俺は息を吐いた。


 きっつい。

 手をどけて、枕を握りしめながらその端を噛んだ。
 閉じた瞼に浮かぶのは癖っ毛、握って撫でてみたい長い髪。

 耳あたりから頭の中のピンク色がこぼれ出しそうになった時、
 こんこん、とノックの音が部屋に転がった。




( ´_ゝ`)「……んー」

(´<_` )「俺だ、入るぞ兄者」

( ´_ゝ`)「おー……」

(´<_` )「何だ、何を溶けてるんだ兄者」

( ´_ゝ`)「…………あー……」

(´<_` )「喋れ」

( ´_ゝ`)「……どうしたんだ弟者、突然」

(´<_` )「……いやなに、最近兄者の様子がおかしく見えて」

( ´_ゝ`)「…………」

(´<_` )「何かあったのか?」

( ´_ゝ`)「……いや……別に」

(´<_` )「…………」

( ´_ゝ`)「…………」




(´<_` )「そうだ、こないだの課外授業なんだが、見事に人が来なくてな」

( ´_ゝ`)「あー……」

(´<_` )「俺と兄者のクラスの女子を除けば、あとは委員長達と教師だけ」

( ´_ゝ`)「……楽しかった、か?」

(´<_` )「全然」

( ´_ゝ`)「だろうな……」

(´<_` )「まあ兄者のクラスの女子、直野さんの妹は可愛いかったのが救いだ」

( ´_ゝ`)「…………あー……」

(´<_` )「直野さんは美人だからな、あの家系は美人揃いだ」

( ´_ゝ`)「直野……シュール……だっけな」

(´<_` )「ああ、卒業したがもう一つ姉が居るらしい」

( ´_ゝ`)「…………女系だな」

(´<_` )「ああ、少し婿に行きたい」



(´<_` )「…………兄者」

( ´_ゝ`)「……ん?」

(´<_` )「最近、河合デレになつかれてるみたいだな」

( ´_ゝ`)「…………まあ……」

(´<_` )「ほう……」

( ´_ゝ`)「…………」

(´<_` )「ファッキン」

(;´_ゝ`)「!?」

(´<_` )「ファッキン」

(;´_ゝ`)「……に、二回……言うなよ」

(´<_` )「ファントムキングダム」

(;´_ゝ`)「変な略し方……するなよ」

(´<_` )「喰世王ルートって良いよな」

(;´_ゝ`)「ゲーム変わってるから……」




(´<_` )「首根っこへし折るぞ」

(;´_ゝ`)「こえぇよ……」

(´<_` )「そこはダメット乙だろ」

(;´_ゝ`)「…………」

(´<_` )「女主人公は俺の嫁」

(;´_ゝ`)「いや……そんな事、言われても……」

(´<_` )「…………」

(;´_ゝ`)「…………」

(´<_` )「……何で俺じゃなくて兄者なんだ、顔一緒なのに」

(;´_ゝ`)「え……あ、や……その……」

(´<_` )「俺のが明るくて社交的でイケメン的で成績も運動も優秀なのに」

(;´_ゝ`)「……それが、じゃ……ない、かな」

(´<_` )「え?」




(;´_ゝ`)「河合が好きなのは……俺の、声……らしいから」

(´<_` )

(´<_` )「余計むかつくわ」

(;´_ゝ`)「えぇぇ……」

(´<_` )「何だよ声が好きって、一緒じゃないのか俺と」

(;´_ゝ`)「……知らん」

(´<_` )「俺さ」

(;´_ゝ`)?

(´<_` )「河合が、好きなんだが」

(;´_ゝ`)そ

(´<_` )「だから兄者、死ね」

(;´_ゝ`)「……そんな事で、死にたくない」

(´<_` )「そんな事だとてめぇ」




(;´_ゝ`)「そんな事、言われても……なぁ……」

(´<_` )「言っておくぞ兄者」

(;´_ゝ`)「え?」

(´<_` )「河合はやらん」

(;´_ゝ`)「……や、だから……そう言われても……」

(´<_`#)「あああああだからそれがムカつくんだよファッキン!!
      ファッキンナウッ!!」

(;´_ゝ`)そ

(´<_`#)「河合に好かれて平然としてるその陰気な面がムカつくんだああああああああああ!!!!」

(;´_ゝ`)「ふ……双子に顔の事を言われた……」

(´<_`#)「だぁらっしゃあああああああッ!!
      河合はやらん! 分かったなッ!?」

(;´_ゝ`)「…………ど、どうぞ……」

(´<_`#)「あああああああああああああああガッデェエムッ!!!!」




(;´_ゝ`)「……そ、そんなに河合が好きなのか……」

(´<_`#)「一年の頃からなッ!!」

(;´_ゝ`)「ど……どこが、そんなに良いんだ……?」

(´<_` )「全部」

(;´_ゝ`)(弟者から……こんなアホな言葉を聞くとは……)

(´<_` )「性格は少し変わってるが素直で良い子だし」

(;´_ゝ`)(その……少し変わってるで、ちょっと迷惑してるんだけど……な)

(´<_` )「顔は文句無しに可愛いし、ふわふわの髪の毛は触り心地良さそうだし」

(;´_ゝ`)(それは確かに……そうだけど……)

(´<_` )「運動はそこそこだが成績は良いし、料理も裁縫も出来る家庭的さ」

(;´_ゝ`)(ボイスレコーダー……持ち歩いてる様なやつだけどな……)




(´<_` )「浮いた噂を今まで聞いた事もなかった」

(;´_ゝ`)(聞かないだけかも知れないぞ、それ……)

(´<_`#)「なのについに聞いた浮いた噂の相手が兄者ああああああああああッ!!!!」

(;´_ゝ`)(弟者こえぇ……恋とやらは人を変えるんだな……)

(´<_` )「それとな」

(;´_ゝ`)?

(´<_` )「胸が、良い」

(;´_ゝ`)「…………」

(´<_` )「授業中に見たスクール水着、はみ出さんばかりのボリューム
      張り、形、色、最高だと思わないか兄者」

(;´_ゝ`)「……俺、小さい方が……良いわ……」

(´<_`#)「この童貞があああああああああああああああ!!!!」

(;´_ゝ`)「…………いや、それは弟者も、だろ」



(´<_` )

(;´_ゝ`)

(´<_` )「ファッキンガッデムジャップイエローモンキー死ね死ね死ね死ね死ね死ね団」

(;´_ゝ`)「途中の二つは……お前もだろ……」

(´<_`#)「と! に!! か!!! く!!!!
      河合は!!!!! 俺が!!!!!! 貰う!!!!!!!」

(;´_ゝ`)(耳いてぇ……)

(´<_` )「何か言えよ、と言うか河合にときめかないお前は男じゃない」

(;´_ゝ`)(俺の趣味は……無視なのか……)

(´<_` )「このロリコン」

(;´_ゝ`)「いや……それは違う……」

(´<_` )「じゃあ何だ、二次元限定か」

(;´_ゝ`)「や……と言うか……アグレッシブな子は……」

(´<_` )「死ね、腹の底から死ね、ベリー死ね、アルケミスト死ね、アスキー大爆発」

(;´_ゝ`)「意味わからんぞ……」



(´<_` +)「全く、兄者がムカついてついこのクールなフェイスが壊れてしまった」

(;´_ゝ`)「それ、化けの皮……」

(´<_` )「鼻むしるぞ」

(;´_ゝ`)「これ、俺らのアイデンティティー……だろ……」

(´<_` )「黙れ、右向きは他にも居るんだよ」

(;´_ゝ`)「えぇ……」

(´<_` )「とにかくだ兄者、お前は敵な」

(;´_ゝ`)「……」

(´<_` )「文句あるのか」

(;´_ゝ`)「まあ……山盛り……」

(´<_` )「死ね」


 なぜ俺は、双子の弟に宣戦布告されなきゃいけないんだろうか。




前のページへ] 戻る [次のページへ