彼女は自身がセクサロイドだと言う。



「……はぁ」

「はぁ、とはなかなか面白い反応をするね」

「いや、だって、ねぇ?」

平然と事実らしきことを述べてくる女性に彼は困惑していた。
彼の目の前の彼女はアンドロイドとは思えないほど"人間"である。
長い黒髪、座っていてもわかる長身、そしてスレンダーな体。

彼の好みとしてはド直球だった。

しかし球体間接や接続部、その他もろもろのアンドロイド部分を見せつけられ、
さらに所持していた文書により彼女がアンドロイド、
そしてセクサロイドであることを認識させられた。

「ちょちょちょ裸にならないでください!!」

「む?セクサロイドの裸を見て、何故お前が困る?」

「いや、だって」



「それにこれは証明だ」

「私が私であるという、な」

裸になるな、とは言ったが男の視線は肌蹴られた服から覗く、
その独特の身体に釘づけだった。

セクサロイド。
セックスをするためのアンドロイド。

ゴクリ、と生唾を飲み込む。
男としての本能が否応なく反応する。
彼女は彼の理想をそのまま形にしたような女性なのだから。

「……君はセクサロイドだ」

「ああ」

「だけど僕にはそうは思えない」

「なら、何だ?」


彼女は妖艶な笑みを浮かべた。
その仕草が、彼をどうしようもなく昂ぶらせた。

「いい機会だから、ゆっくりと考えていくことにする」

彼には彼女をただのセクサロイドとして見れなかった。
しかし人間とも思えなかった。

故に興味を持ったのだ。

「ただこれも経験だと僕は思う」

彼女と同じような無機質に近い瞳を向ける。

「セックスしようか」

男は腹を括った。
"初めて"が人間ではないが、これから自分が何か変わる予感がした。

ただ、今は。
今だけは何も考えず、ただ彼女に溺れようと、そう決めた。





 ※ ※ ※



携帯のアラーム音。

( -A-)「……ぬ」

コタツの稼働音。

('A`)「ふあああ……」

やはりコタツで眠るのはなんだか体に良くない。
聞き慣れた音に混じり、微かな寝息が聞こえる。
ベッドの方からだ。

ζ(- -*ζ ...zZZ

あらあら可愛らしい寝顔だこと。
寝顔というか、スリープモード中の顔というか。
寝息も実装されていて無駄に高性能だ。

何故俺がコタツで眠っていたか。
昨日から俺の家にはデレという名のセクサロイドがいるからだ。









('A`)はセクサロイドを愛するようです

  ふつかめ「俺とあの子」
 









適当に菓子パンをかじり、ちゃちゃっと身支度を済ませる。

('A`)「じゃ、俺夕方ぐらいまでバイトに行ってくるから」

ζ(- -*ζ「ふぁい……」

寝ぼけ眼をこすり、コタツ虫となって曖昧に返事をするデレ。可愛い。
アンドロイドでも眠いのか。
随分人間に近いように作られているらしい。

('A`)「あ、買い物とか何かあったら自由に行っていいから」

そういってコタツの上に合鍵と少々のお金を置く。

ζ(- -*ζ「へぇい」

('A`)「まあ汚い部屋だけど好きに過ごしてくれ」

男の一人暮らしらしく、部屋はごちゃごちゃだ。
まあ俺からすれば実に合理的に物が配置された部屋なのだけど。

ζ(- -*ζ「……んむぅ」

彼女は夢を見るのだろうか、なんてことをふと思った。




 ※ ※ ※



前のバイト先で休憩室に置かれていた私物が盗まれたらしい。
たまたま盗まれた人と同じシフトに入っていた俺が真っ先に疑われた。
もちろん俺は盗んでなんかいなかったが、
あまりにも疑われ、無駄に居心地が悪くなり、そして辞めた。

今は自宅から割と近いコンビニでバイトしている。
本当は溜めた金でニート生活を満喫したかったが、
どうにも無職でいることが恐ろしくなって働くことを止められなかった。

やはり俺はヘタレなのだ。

俺はなんだか知らんが怒られやすい、絡まれやすい雰囲気というか、
他人から格下に見られやすいらしい。
小さなミスでもよく怒鳴られ、何か不始末があればとりあえず俺のせい。
例の数週間前に辞めたバイトでも残念ながらその特性を発揮したのだ。
もちろんこのバイトでも。

(#゚Д゚)「おい!この肉まんちっこいぞどういうことだゴルァ!!!」

('A`)「お取り換えします」

こんな風に。


だがしかし悪いことばかりではない。

例えば、

(*゚ー゚)「ドクオさんお疲れさまでーす!」

(*'A`)「お疲れ様でーす」

この子だ。

彼女の名前はしぃ。
大学生で年齢的には歳下だが、ここでは俺の先輩だ。
そして数少ない俺の話し相手でもある。

あの時、彼女という偶像が俺のデレへの性欲を雲散霧消させた。

(*゚ー゚)「?どうしました?」

('A`)「あ、いや、何でもないです」

思わずその可愛らしい顔に見とれてしまった。
相変わらずショートヘアの似合う童顔だ。



(*゚ー゚)「バイト道は長く険しいんです!」

ビッ!と指を突きつけられる。
しぃちゃんの方が身長が低いため、
威圧感というより生意気な子どもを相手にしているみたいだ。

(*゚ー゚)「ぼーっとしてるようじゃ極められませんよ!」

('A`)「……極めたらどうなるんです?」

(;゚ー゚)「え?……て、テンチョーになれます、多分!」

視線を宙に泳がせながらそう答えた。
どうやら極めた先は真っ暗だったようだ。

('A`)「店長か、それもいいですね」

(*゚ー゚)「ですよね!だからテンチョーになりましょう……」

(;゚ー゚)「あれ?何の話でしたっけ?」

あはは、と笑う。
つられて俺も笑う。


こんな俺にも優しくしてくれて、
こんな俺に普通の人にするみたいに接してくれて、
こんな俺に笑みを零させてくれて、
こんな俺にも笑みを向けてくれる。

しぃちゃんの前では俺の特性も効果を発揮しないらしい。
そしてそんなこの子を、俺は好きになってしまった。

"童貞はすぐ相手も自分を好きなんじゃないかと勘違いする"

そんな言葉は百も承知である。
しぃちゃんが俺を好きなはずはない。
そんなことも百も承知。

だから俺からの静かな、一方通行の恋である。

('A`)「じゃ、俺先に上がります、お疲れさまです」

(*゚ー゚)「あ、お疲れ様ですー!」

少し立ち止まった。
しかしデレの顔が頭を過り、シフトを確認してそのまま帰路につく。




 ※ ※ ※



('A`)「あれ?」

時は夕暮れ。
女性用小物店の前でぴょんこぴょんこ背伸びをしている女性がいた。
金髪に夕陽が淡く反射し、なんとも綺麗な色合いになっている。
昨日、家で俺を待ってた時の服を着ているから紛れもなくデレだ。
そっと背後に近付き、ぽんと肩を叩いてみる。

('A`)「どうしたの?」

ζ(゚ー゚;ζ「わひゃあ!」

ζ(゚ー゚;ζ「も、もー!どっくん!おどかさないでよ!!」

ぷんすか怒っている。可愛い。
両脇に持ったスーパーの袋から考えてどうやら食糧を買って帰る途中らしい。
……学習機能実装済みだ。
多分毎日異様な味の飯を食わされることにはならないだろう。



ζ(゚ー゚*ζ「ちょっとね、こういうの可愛いなぁ、と思って」

そう言って店の中に並べられている髪飾りを指さした。

('A`)「へー。というか中入ればいいのに」

ζ(゚ー゚*ζ「あ、ううん、別にいいの、本当に見てただけだからさ!」

否定の意を示してぶんぶんぶんと手を振るデレ。
ここまでされるとじゃあ買おうか、なんてイケメンな行動を取りづらいのが俺である。

('A`)「じゃあ帰るか?」

ζ(゚ー゚*ζ「うん」

('A`)「ところで夕飯何にするつもりなの」

ζ(゚ー゚*ζ「てんぷら」

('A`)「……俺がやるわ」

火事を未然に防ぐために。





 ※ ※ ※



('A`)「お、おおおおお……!!」

なんだこの部屋は!
本当に俺の部屋かと疑うほど綺麗になっている!

ζ(゚ー゚*ζ「あまりにゴミが多かったから掃除したんだ」

うふ、とデレが笑う。可愛い。

('A`)「すげえな、掃除は完璧じゃん」

ζ(゚ー゚*ζ「……その言い方、何か引っかかるね」

ジトっと俺を見てくる。

('A`)「さぁ?」

ζ(゚ー゚#ζ「料理は練習すればいいんだもん!!」

むきーっと歯を剥いて怒られた。


ふと本棚を見る。

(;'A`)「あ、あれ?」

な、ない。
男の必需品、剥き出しで並べられていたエロ本エロ漫画エロ同人が。

ζ(゚ー゚*ζ「どうしたの?」

ζ(゚- ゚*ζ「ああ、そこにあったやつ?」

(;'A`)「そうだよ!ど、どこに……?」

ぴっとデレが指をさした先にはビニールテープで縛られたブツ達が。

( ゚A゚)「OH!!!」

ζ(゚- ゚*ζ「……」

こ、この、嫉妬機能搭載かチクショウ!!!




 ※ ※ ※



指導しながら夕飯を作り終え、おいしく頂いた。
ほとんど俺の手柄のような気もするが、まあいい。
学習の末の成長を楽しみにしておこう。

改めてデレに付属していた文書を読む。

('A`)「ふーむ……」

がちゃんがちゃんと台所からデレが食器を洗っている音が聞こえる。
割れないか少し心配になった。
……今の彼女はセクサロイドというかメイドロボのような。
いやまあそれは俺の意向でもあるんだけども。

ばたりと仰向けに寝っ転がり、頭の中で文書を整理する。

まず、この状況を作りだしたのは誰か。

答え、国。



何の目的があるかは書かれていないが、とにかくセクサロイドと過ごせと言う。
他人に見つかったら彼女とでも言っておけという頼もしい助言もあった。
ちなみに、世話費は俺持ち。
食費は要らないから生活費が圧迫されないから構わないけど。

秘密の実験故に、実験対象者に理由を知られては意味はないらしい。

"秘密"。

通りでネットにも何も書かれていないわけだ。
検索して出てくるセクサロイドはどいつもこいつも
デレのような人間のようなそれではなく、一目見ただけで作り物と分かる。
この実験の噂すらどこにも書かれていない。

しかしいくら秘密でも、一般人が体験している秘密なんて
すぐにネットに流れそうなものなのに。
口の軽い二次元好きの長岡なんかはすぐに流しそうだ。


そして対象者。
これも詳しいことは秘密らしいが、
25歳以上30歳未満のある条件の男性が選ばれていると書かれてる。

ピンときた。
童貞か。
だからセクサロイドを送りつけてきたんだ。

と、ここまで考えて目的が分からないことに気がついた。
セクサロイドとセックスするのを推奨するような文があったが、
セックスして何になると言うのだろうか。
少子高齢化が進みに進みまくったのが今のご時世だし。

それにどうやって俺が童貞だと知る機会がある。
……いや、そりゃあ内藤とかとの会話を聞いてたらすぐ分かるけども。
しかしそこまで国の手が及ぶとは思えない。
個人情報保護法とかプライバシーがうんたらだ。
というか童貞が国にばれるってめちゃくちゃ恥ずかしい気分になるな。

('A`)「……んー、わっかんねぇなぁ」


ふと気になった。
デレは自身をどれだけ知っているんだろうか?

('A`)「なあ、デレ」

ζ(゚ー゚*ζ「ん?なあにドックン」

皿を洗いながらのんびり答えた。

('A`)「お前は自分の役目を知っているのか?」

ζ(゚- ゚*ζ「私はあなたの好きな""であり、あなたの全てを受け入れる存在」

ζ(゚ー゚*ζ「……だって」

一瞬、デレのアンドロイドとしての側面が見えた。
やはり今の"デレ"は俺に好かれるための、
俺をセックスへと導くための仮初の人格なのだろうか。

正直言って、少しこいつが恐くなった。



ζ(゚ー゚*ζ「?どうしたのどっくん」

話を振っておいて固まった俺を見てデレが心配そうな顔をする。可愛い。

いや、そんなことを考えても仕方がない。
俺は昨日セックスしないと決めた。
愛なきセックスなど言語道断。
デレはセクサロイドであり、人格はニセモノ、故にセックスに愛はない。

ただ、デレが俺と過ごしている間は、例えニセモノの人間だとしても
俺も彼女も楽しく過ごしてほしいとは思う。

('A`)「いや、ちょっと気になってな」

('A`)「自分をメイドロボと勘違いしてないか」

ζ(゚ー゚*ζ「メイド服が着てたら勘違いしてたかもね」

メイド服姿のデレを想像した。可愛い。




 ※ ※ ※



スリープモード兼充電に入ったデレの寝顔を眺める。

出会ったときから頭の中に引っ掛かっていた。
どこかの誰かに似ている、と。

そして今日、その違和感が姿を現した。

(*゚ー゚)

ζ(゚ー゚*ζ

似ている。

顔だけではない、体格、性格もだ。
デレはまるでしぃちゃんを模倣したかのようなセクサロイドだ。

('A`)「……おかしなこともあるもんだ」

そう呟いてからもそもそとコタツに入った。


ふつかめ「俺とあの子」 おわり


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