妙な格好の女が部屋に居る。



「誰だお前」

男の声は低く、誰が聴いても彼が不信感を抱いているとわかる。
それも当然である。

誰もいないはずの自分の部屋に見知らぬ女性が座っているのだから。

その姿は女児向けアニメ、「マジカル☆ラブラリーデ」の主人公、愛(ラブ)そっくりだった。
ピンク色でフリフリの、しかし子どもが馴染みやすいよう洗練されたデザインで、
あちこちに星マークが散りばめられたコスチューム。
彼女はいわゆるコスプレをしているのだ。

そして彼はそのアニメの大ファンだ。

「昨日も今もこれからも!私は世界を愛するにゃん☆」

これは決め台詞である。

「おい!」

眉間にしわを寄せ、男は汚物を見る目で愛(仮名)を睨む。



「だから誰だお前は?」

「誰って、愛にゃん☆」

画面の中の愛そっくりの声を出す目の前の三次元女性に対して嫌悪感を露わにした。

「やめろ!」

「何をだにゃん?☆」

男はギリ、と奥歯を強く噛んだ。
それに伴い顔も歪む。
握った拳は怒りでぶるぶると震えている。

もはや嫌悪感は殺意にまで変貌していた。

「だから!!」

怒り全てをその声に託した。


始まりは中学生。
仲間内の一人から女の子たちがただ会話しているだけの漫画を読ませられた。
始めこそ無感情だったが次第に少女達に心惹かれ、
全て読み終わり、気がつくと書店で新刊を買っていた。

そこから彼は二次元に傾倒した。
二次元の少女達は穢れがないことに気がついたのだ。
例えおっさんが創りだした存在であろうと、何者かの陰謀に踊らされていようが
何も関係なかった。

彼は二次元の全ての彼女達を愛していたのだ。

現実の女性をゴミか虫を見る目で見るようになるまでそう時間はかからなかった。
それを自覚しても外れた道へ戻る気はさらさらなかった。

彼が「マジカル☆ラブラリーデ」と出会ったのは今年の4月である。
道徳的内容でありながら道徳臭くない、
そして絶対的な悪を置きながら単なる勧善懲悪に終わらない、大人も楽しめるストーリー。
実績ある制作会社、安定した作画、実力のある声優。
彼はこのアニメを心底愛するようになった。



―――彼は二次元しか愛せない、偏愛者。

それ故に、彼が感動を覚えた「マジカル☆ラブラリーデ」に登場する少女達も"愛した"。

何も躊躇いはなかった。
むしろそのような目で見ないことは彼にとって、彼女らに対する冒涜だった。

これが彼の愛なのだ。

「お前は!ただの!ゴミクズで!!」

ツバが飛ぶのも気にせず彼は目の前の女性に怒鳴る。

「ここでその格好をしているのが間違いだ!!!」

指を突きつけ、詰め寄る。

「今すぐ、ここから、出ていけ!!!!」

そうして彼は女性を追いだした。
彼女の正体がセクサロイドだと知ったのは、
部屋に置かれた付属文書を読む、数時間後のことだった。



 ※ ※ ※




('A`)「じゃ、行ってくるわ」

今日は世間的には休日。
だから最近なかなか会えなかった友達と会う約束をしている。
二日連続で夕方頃までデレを一人で家に残してしまうが、

ζ(゚ー゚*ζ「はーい」

ベッドに寝そべって脚をパタパタさせながら、
本棚にあったドラゴンボール完全版を読むその姿を見ると
別に大丈夫かなという気分にさせてくれる。
きっと彼女なりの気遣い方なのだろう。きっと。

('A`)「……どこまで読んだ?」

ζ(゚ー゚*ζ「ナッパがベジータにやられたところー」

( 'A`)+「悟空はベジータに勝てないよ」

ζ(゚ー゚#ζ「もーっ!なんでそういうこと言っちゃうかなぁ!!」

脚をばたばたさせ、ぷうっと頬を膨らませて睨んでくる。可愛い。









('A`)はセクサロイドを愛するようです

  みっかめ「俺と友達」
 












 ※ ※ ※




('A`)「ういっす」

( ^ω^)「おっおっ」

既に喫茶店の席に座っていた小太りの男、内藤ホライゾンに声をかける。

( ^ω^)「最近スカイプにインしてないけど、どうしたんだお?」

('A`)「あー、ちょっと忙しくてな」

(*^ω^)「エロゲかお?俺にも貸せお」

内藤がぐへへと下品な顔をする。

('A`)「ちげーよ」

コーラを注文し、俺も席に着く。


内藤は持ち前の飄々とした態度で会社でもそれなりにうまくやっているらしい。
世渡りはうまいやつだからなんとなく合点がいく。
しかし俺の友人だと言うことは、つまり非リア充・童貞である。

( ^ω^)「ま、俺は最近エロゲやる余裕も必要もないお」

(;'A`)「え?な、なんだって?」

素っ頓狂な声を上げて聞き返す。
あの雑種内藤がエロゲをやる必要がないだと?

( ^ω^)「ああ別に彼女が出来たとかそういうんじゃないお」

微笑みデブが否定した。

('A`)「ふーん……まあいいや、で、あいつらは?」

( ^ω^)「もうちっとで来るはずだお」

ずず、と内藤がカップに口をつけてコーヒーを飲む。
そして皿に置かれたサンドイッチを掴んだ。


まだあいつらが来ていないのに、内藤はガツガツとサンドイッチを口に運ぶ。
レタスと卵を挟んだものと、ツナとトマトを挟んだごく一般的なサンドイッチだ。
朝に菓子パンしか食ってない腹が鳴る。

( ^ω^)「やらんお」

('A`)「いらねーよ」

俺は飯はあまり食わない。
食うスピードが遅く、それに伴ってあまり食わなくなってしまった。
後天的に小食になったのだ。
最もそれで特に苦労したことがないから正そうとも思わないんだけども。

( ^ω^)「新しいバイトはどうだお?」

('A`)「労働厨になってこき使われる毎日っすわ」

そこまで言ってふっとしぃちゃんの顔が浮かんだ。

('∀`)「良いこともあるけどな」

たっぷりと含みを持たせた笑みを内藤に見せつける。



( ^ω^)「良いこと、か」

そう呟くとまたガツガツとサンドイッチを食い始めた。
しかしまあ、うまそうに食う男である。
常に笑顔なのも関係しているかもしれない。

(´・ω・`)「やあ」
  _
( ゚∀゚)「よお!」

( ^ω^)「もいす」

(;'A`)「うわきたねぇ、食ったまま喋るな」

しょぼくれた顔の面食い童貞、ショボンと
眉の印象的な二次元オタ童貞、ジョルジュ長岡。
ショボンは俺と同じくフリーター、ジョルジュはサラリーマン。

彼らと出会ったのは高校の時やネット上、それに同じバイト先。
元々考えや境遇の似ているせいか妙にウマが合って今日に至るわけだ。



('A`)「で、だ」

空になったコーラのコップに入っていた氷をストローでつつく。

('A`)「今日は何の用だ、内藤?」

昨日、内藤から話したいことがあるという旨のメールが来た。
ここ1、2ヶ月ほど予定が合わず、こいつらと集まる機会がなかったため
デレには悪いがこっちを優先させてもらったのだ。

( ^ω^)「実はな」

そこまで言ってぐいっと体をテーブルの中央に寄せる。
腹がテーブルに食い込んで見るに耐えない。
内藤が内緒話をしたいのだと分かり、俺達も身を寄せる。
  _,
( ^ω^)「俺の家にセクサロイドっつーもんが来たんだお」

同時に三人が声を上げ、同様の反応を示した。

後に、全員が同じ境遇になっていたからだと知った。



(;^ω^)「え、お前らもなのかお!?」

(;´・ω・)「ああ、でもこれは秘密なんじゃ……」

('A`)「まああれだ、秘密は守るためにあるんじゃない」
  _
( ゚∀゚)「共有するためにあるってやつだな!」

うんうんとジョルジュと内藤が頷く。

( ^ω^)「俺んとこに来たのはツンって名前のセクサロイドなんだけど」

早速内藤が秘密を共有し始める。

(*^ω^)「それがもーうすっげえ可愛くてお!」

目じりが垂れ下がり、大仏みたいになった。

(*^ω^)「しかもヤってみたら超気持ちいいんだお!!」

('A`)「え」


思わず声が出た。
いやまあ、セクサロイドなんだけど、え?

(;'A`)「なに、内藤、セックスしたの?セクサロイドと?」

( ^ω^)「ん?説明書見たお?あからさまにヤれって書いてあったお?」

(;'A`)「そりゃそうだけど……」

( ^ω^)「セクサロイド相手とはいえこれで俺も童貞卒業だおね!」

浮かれている内藤が俺には信じられなかった。
てっきりこいつも俺と同じタイプかと思っていたが違っていた。
そこに愛はなくともセックスは出来るらしい。

(´・ω・`)「僕も良い経験だと思ってね」

(;'A`)「お、お前もか!?」

(´・ω・`)「クーって言うんだけどさ、外見が僕の好みドストライクだったんだよね」

照れくさそうにぽりぽりと頭をかいている。



(´・ω・`)「性格も、まあロボットなんだけど、好きな感じだったし……」

( ^ω^)「おっ!ショボンもかお!」

言い方からするにブーンも同様だったらしい。

つまり二人は好みのセクサロイドが現れ、即断でセックスしたという。

(;'A`)「お、お前ら、童貞のくせにそんな……」
  _
( ゚∀゚)「その通りだな。いくらセクサロイドとはいえ三次元とヤるなんて……」

('A`)「いやお前はなんか色んな意味で次元が違うだろ」

二次元スキーめ。

(´・ω・`)「まあ相手は機械だ、感情もクソもない」

それに、とショボンが続ける。

(´・ω・`)「相手もそれを望んでる風だったからね」

そうだおそれだお!と内藤が相槌を打つ。



途端に、自分の純愛観が揺らいだ。
友人と意見を違えることは、こうも思考の地盤を緩めるものなのか。

同じものを追い求めていたはずのこいつらは、俺を置いて別の方向へと進んでいった。
童貞を拗らせ、俺は先に進めないでいるのか?立ち止まっているのか?

果たして俺は正しいのか?
そもそも何が正しいのだ?
どうなれば正しいのだ?
  _
( ゚∀゚)「聞いてくれよー、家に帰ったら愛ちゃんのコスプレしたセクサロイドがいてさー」

(´・ω・`)「ぶふふっ」

( ^ω^)「なんだおそれwwwwww流石ジョルジュのセクサロイドwwwwww」
  _
( ゚∀゚)「もう腹が立って追い出しちゃったよー、あれ以来会ってないしー」

笑い合う三人。
笑い合えない俺。



(;'A`)「だ、だってよ!あんな怪しいこと書いてあって、セックスするか!?普通!」

笑い声をかき消すように声を荒げる。

( ^ω^)「まあ怪しいっちゃあ怪しいけど、せっかくだしねぇ」

(´・ω・`)「さしずめ僕達二人は素人童貞ってトコだね」
  _
( ゚∀゚)「俺に至っては素人ですらない」

笑う。

(;'A`)「笑うな!」
 _
(;゚∀゚)「ど、どうしたんだよドクオ、そんなにマジになっちゃって」

( ^ω^)「そうだお?何そんなに突っかかって来るお?」

(;'A`)「あいつは人間じゃないけど、ただの空気嫁でもないんだぞ!?」

(;'A`)「それなのに都合のいいように設定されてて、セックスするよう書いてあるってだけで」

(;'A`)「それだけでセックスしちまうのか、お前らは!?」



返ってきたのは、苦笑。

 人間でない、人権もない、法律も何もかも適用されない。
 それなのに何故相手のことを思う必要があるのか?
 国はセックスをさせる意図で俺達の元へ送り込んだ。
 セクサロイドはセックスを望んでいる。
 だからヤった。それだけじゃないか。

返ってきたのは、正論。

俺はガキだ。
ガキがそのまま大人になった。
性愛は神聖なもので、俺なんかには関係なくて、触れてはいけなくて。

それ故に意固地になって、正論を受け入れられない。
同じ考えだと思っていたこいつらに裏切られたような虚しさ。

(´・ω・`)「まあ何だ、あと4日後くらいに検診とやらがあるらしいね?」

何も言えなくなった俺にショボンが話しかける。



(´・ω・`)「一応これは国の実験らしいし、このままセックスしなかったら」

(´・ω・`)「何らかの通達はされるだろうさ」
  _
( ゚∀゚)「こいつらはバッチリヤったみたいだけど、ヤらなかったらどうなるか」
  _
( ゚∀゚)「ちょっと気になるからお前はお前でいいさー」
  _
( ゚∀゚)「俺は追い出しちゃったし」

こいつらは俺の性格をよく知っている。
性の話をしていると知らず知らずのうちに人の奥底を覗き覗かれなのだ。

('A`)「そう、だよな……」

( ^ω^)「ドクオのヘタレを加速させるセクサロイドがどんなもんか」

( ^ω^)「ちょっと気になるから近いうちに家に遊びに行くかお」

(´・ω・`)「……色々吹っ切れた内藤が強姦とかしそうだな」

( ^ω^)「しねーお」



 ※ ※ ※




夕方。
斜陽を背に受け俺は歩く。
結局そのままあいつらは馬鹿な話をしていたが、俺はいまいち話に乗れなかった。

考えはまとまらないままで、俺はデレとどうすればいいのかわからなくなっていたからだ。

内藤は言った。
あからさまにヤれって書いてあったじゃないかと。

ショボンは言った。
相手もセックスを望んでる風だったからと。

ジョルジュは言った。
お前はお前でいいと。

('A`)「……わっかんねーや」

こんがらがった思考を自分の影へ溶け込ませる。



ふと気がつけば、バイト先のコンビニの近くまで来ていた。

思考停止していた頭が動きだす。

腕時計を確認する。

今は昨日確認した通り、しぃちゃんがバイトから帰宅する時間帯。

よかった、すっかり忘れていたけど間に合ったみたいだ。

彼女がバイトから家に帰る、その僅かな間に何かがあってはいけない。

しぃちゃんを見守ることしかできないけど、それだけは確実にできる。

だからそれをするのだ。

俺のささやかな"日課"が始まる。



俺なんかをしぃちゃんが好くはずはない。
しかし俺はしぃちゃんが好きだ。

だからこそ俺はしぃちゃんを守らなければならない。
もはや使命すら感じている。
これが俺のやるべきことなのだと。

裏口からしぃちゃんが出て来た。
今日はマフラーを首に巻いていて、口元が隠れている。
いつものショートヘアが小さな背丈に見合った歩行速度で歩くたびに跳ねる。
その様子を俺は物陰から見つめている。

ああ、しぃちゃんは可愛いなぁ。

彼女は好奇心旺盛だ。
いつもふらふらと色んな店を覗いては歩き、覗いては歩きを繰り返している。
たまに何か買い食いしていて、寒さが本格的になってきた最近では
コンビニの肉まんを持って帰宅するときもある。

こんなことを分析できるほど、俺はこの行為を短期間で繰り返している。


風にふわりと流れる黒髪、歩くたびに揺れる明るい色のマフラー。
タイツに包まれ健康的に伸びる脚、寒さに赤くなる頬、耳。
袖の先から見える小さく細い指先。
時折寒さのためか、ぎゅっと握る動作をする手のひら。
信号待ちの時の所在なさ気な首の動き。
友達らしき女の子と出会った時の無邪気な反応。
驚いた時に振るわせる肩。
漏れる白い吐息。
リズミカルに地面の模様を踏んでいく姿。

その全てが愛らしい。

道を歩くしぃちゃんの後姿を一定の距離で追い、見守る。
俺はそれだけで十分だった。
例え恋仲になれなくとも、例え話せなくとも。
まさか僅か数週間でこんなにも人を好きになるとは思いもしなかった。

デレもセクサロイドも何もかも忘れて、ただ"日課"に没頭していた。







俺はただ、しぃちゃんを見守っているだけでいい。








 ※ ※ ※




ζ(゚ー゚*ζ「お帰りなさい、どっくん」

('A`)「ただいま」

家に帰るとデレが台所で野菜を炒めていた。
学習機能とやらの応用力も馬鹿に出来ないらしい。

ζ(゚ー゚*ζ「お友達とのランチは楽しかった?」

('A`)「ああ。みんな相変わらずだった」

ζ(^ー^*ζ「ご飯食べながら、お話聞かせてね!」

屈託のない笑顔を俺に向ける。
本当にしぃちゃんみたいだ。

('A`)「あ、デレ、玉ねぎ焦げてる」

ζ(゚ー゚;ζ「あ、わひゃあ!」

こういうところも似ている。


みっかめ おわり


前の日へ】 戻る 【次の日へ】 【3話雑談へ