空が青い。 胸が苦しい。

快晴の空の下、仰向けに倒れながら私はそんな事を考えていた。
私の水に濡れた体は冷たいコンクリートに包み込まれ、このまま凍ってしまうかのよう。
にしても、私はどうしてこんな所で寝ているんだっけ……?

(,,゚Д゚)「……なんだ、もう終わりか?」

ξ゚听)ξ「―――ッ!!」

声を耳に入れると共に慌てて飛び起きた。
未だ、背中を中心に痛みが駆け巡っている。失われていた酸素がようやく肺に供給される。
ダメージは抜け切れないが、寝転んでいる場合でもない。

―――脳裏に焼きついた光景を振り返る。

先制攻撃の意を込めて繰り出した右ストレート。
地を踏み砕くかのように踏み込み、顔面を狙い澄まし全力で打ち放ったつもりだ。

しかし、それをギリシアは首の位置をずらすという行為のみで回避した。

あまつさえ、私の伸びきった状態の右腕を掴み、背負い投げをしてみせだのだ。

背から思い切り体を打ちつけた私は、一時の記憶障害を伴ったらしい。
どうやらギリシア=コクーンステイツは噂に違わぬ実力者のようだ。





ξ゚听)ξ「私、これでも近接戦闘には自信があったつもりだったんですけど……」

(,,゚Д゚)「悪いな、俺は恐らくそれ以上に自信満々だ」

(*゚ー゚)「『自称』マス=ワカッテに勝てる唯一の男……だもんね」

(,,゚Д゚)「『自称』を強調するのは止めろ」

そのマス=ワカッテとも対戦した過去を持つ私だから言えることがある。
ギリシアは素手同士という条件を踏まえてならば、マスと同等か、もしくはそれ以上に―――。


ξ゚听)ξ「もし私に勝てたら、それに太鼓判を押してあげましょうか?」

(,,゚Д゚)「それは実に興味深い話……でもないか」

ξ゚听)ξ「あれ、興味なしですか?」

(,,゚Д゚)「だって、死んだ後じゃ口は聞けないだろ?」

しかし、それはあくまで『戦う』という行為ならばだ。
『殺し合い』やマスの言っていた『遊び』をやるのなら、恐らく私にも勝ち目はあるだろう。




ξ゚听)ξ「殺る気満々ですねぇ、いやん、ツン、怖くて震えちゃいます」

(*゚ー゚)「ギコ、どうすんだよ、なんか滅茶苦茶可愛いぞ」

(,,゚Д゚)「……知るか、俺はアイツを女とは思ってねぇ」

(*゚ー゚)「女に興味がないの間違いではなくて?」

(,,゚Д゚)「先にお前を殺すぞ」

(*゚ー゚)「いやん、しぃ、怖くて震えちゃいます」

自分でやっておいて何だが、なんという漫才だろうか。
ただしかし問題があるとするならば―――ギリシアの笑顔は、瞳以外の部位で行われているということだ。
その眼だけは変わりなく、冷たい殺気を放ったままなのだ。


ξ゚听)ξ「そんなに殺したいですか、私を」

(,,゚Д゚)「もちろん。 お前はあれだよ、俺にとっては極上のサーロインみたいなもんだ」

ξ゚听)ξ「……私はフィレの方が好みなんですけど」

(,,゚Д゚)「面倒くせぇ、だったらお前は極上のチキンステーキだ」

にしてもなんだこいつは、中々面白いやつじゃないか。
出来れば敵対する立場以外で会いたかったものだ。適度に狂っている所が、また、良い。

……と、話がずれた。




(,,゚Д゚)「さぁ、さっさと食らってやろう。
     熱々の内に食べるのが飯の醍醐味って奴だよな」

ξ゚听)ξ「冷めても美味しい料理の存在を全否定してますよね、それ」

ギリシアとマスとの違いの中で、最も大きく感じられるのが殺戮への貪欲性だ。
両者ともお喋りを好むのは共通しているようだが、マスの場合は『遊び』を行いながらの発言だった。
出会い頭には話をする為に猫を遣って興奮を鎮めていた。それほどまでに殺しに飢えている。

しかし、ギリシアは違う。
第一に相手の事を知ろうとする、常に余裕が垣間見えている。

発煙筒で逃げられたのも、その為だ。
興味が殺し一つに向いていないから、煙で視界を奪われただけで僅かな混乱が生まれる。
もしマス相手に逃亡を図ろうものなら、恐らく私は煙の中で絶命させられるだろう。

……まぁ、何が言いたいかって言うと、だ。


ξ゚听)ξ「それでも温かい料理が食べたいって言うなら……冷めないうちに捕まえてくださいね?」

(,,゚Д゚)「あ?」

今回も活躍なさるはスモークグレネード、所謂、発煙筒。

手榴弾に分類されるそれは当然―――耐水性もばっちりだった。





「さぁ、鬼ごっこ第二回戦の始まりです!」



立ち上る煙幕の中、私はそう叫んだ。


とはいえ、別に計画がある訳でもない。

死んだらそん時はそん時の考えは続行中で、まぁ、かと言って死にたい訳でもない。


手持ちで使えるのはダガーと安物のライターのみ。

とにかく走りながら対策を考えるしかないだろう。


追いつかれたら即死の鬼ごっこ、鬼さんの咆哮が背後で聞こえたような気がした。















   第十一話「逃亡は敗者にのみ与えられる特権ではなく、誰もが持ち得る選択肢の一つに過ぎない」












( ´_ゝ`)「オワタ=オワタッタは良い奴だったよ……限度を知らない不運な男だったけどな。
       フッサール=ストーンナビットも良い奴だったよ……限度を知らない馬鹿だったけどな」

(;^ω^)「はぁ……」

(´<_` )「だけどよ、ご存じの通り、二人とも死んじまったんだよな。
       アンタがやらかした限度を知らない爆発に巻き込まれて……全く、笑えるよな」

(;^ω^)「はぁ……」

笑える訳がなかった。

いや、そもそも今の現状が理解できない。
マフィアのアジトにでも連行されるつもりでいたのに、今この場所といえば酒場な訳である。
薄暗く、客が僕らしかいない点では不気味さも漂わせてはいるが、それは唯単に昼間だからだという理由だろう。

そして、僕を挟む形でカウンター席に座るユストピー兄弟、彼らには殺意どころか敵意すらなかった。

今現在語られている、例の爆破事件の話。
嫌味めいた話し方ではあるが、実際は死んだ仲間たちの達の話がしたいだけなのだと僕は感じ取っていた。

だからこそ、余計に困惑する。
マッドボマーである――と彼らが勘違いしている――僕と友好を深めるような真似をすることに、
何の意味があるのか、まるで意図を汲み取る事が出来なかった。





( ´_ゝ`)「どうやら、混乱しているようだな」

(´<_` )「それも当然、ついこの間まで命を狙っていた輩がこんなんではな……無理もない」

( ´_ゝ`)「……時にオトリス、『こんなん』と言った時に、俺をチラ見したのには何の意味が?」

(´<_` )「気にするなアニムル、今日も格好良いぞ」

( ´_ゝ`)「……ふっ、何を当然のことを」

と言いつつも、アニムルの頬は若干、赤らんでいた。決して酒に酔ったせいではない。
傍から見ても世辞だと分かる言葉を真に受けた様子を見ると、唯の間抜けなのではないかと不安になる。
これが、あのユストピー兄弟……凶悪犯というのは、どいつもこいつも癖のある奴ばっかり揃っているものだ。


( ´_ゝ`)「まぁそんな事はどうでもいい。
       とにかくあの爆破事件で俺達はアーラシファミリーを追い出された」

(´<_` )「そして、俺達はこれを転機と見た。
       新たにサスガファミリーという俺達の組も作った。
       でな、兄弟の命は尊い犠牲だったということにして、何か役立てないものかと考えた」

( ´_ゝ`)「そこで、どうせならば、この爆破事件をマッドボマーとの接点を持ったと考えることにした」

二人は淡々とした口調で語り続けていたが、その言葉の裏に狡猾な考えが隠されているのは確かだった。




( ´_ゝ`)「ちなみに、マッドボマーは怖いから復讐は無理……とか考えた訳では断じてない」

何故だろう、もの凄く本音っぽく聞こえるのは気のせいだろうか。
……と、それは置いといて、だ。


( ^ω^)「接点を持ったと考える……というのはどういうことだお?」

( ´_ゝ`)「つまりだ、お前は俺達に恨みを買ったが、それをチャラにしてやろうということだ。
       ……マッドボマーという名前を貸してくれれば、な」

( ^ω^)「……ああ、なるほど、そういうことかお」

(´<_` )「理解が早くて助かる、悪い話ではないだろ?」


裏の業界にとって、怖れられるということは一種の必須条件と言ってもいい。
新設の組織となれば尚更、周りに力を持っていることをアピール出来なければ、古参の組織に即刻潰されてしまう。
名の知れた凶悪犯であるマッドボマーと関係を持つ組織となれば、確かにその点で役に立つことだろう。

こちらが直接手助けする必要はない。
『マッドボマーと関係がある』という看板さえ背負えればいいのだから。

両者にこれといった損の湧きでない、悪くはない取引だなと思った。




( ^ω^)「確かに良い話なんだけど、一つ問題があるというか、何というか……」

(´<_` )「……何だ? 信用に足らないか?」

(;^ω^)「そういうことじゃなくて……その、実は僕、マッドボマーじゃないんだお」

( ´_ゝ`)「あ?」

(´<_` )「あ?」

兄弟は全く同時に、睨みを利かせながら、困惑に満ちた声を漏らした。
唯、その言葉の端っこに若干の怒りが込められていたような気もする。

( ´_ゝ`)「え、じゃあ何、アンタって意外と一般人?」

(;^ω^)「……そうなりますかお」

(´<_` )「うちのアジトを爆破したのは?」

(;^ω^)「それは……僕ですお」


( ´_ゝ`)「意味分かんねぇよ!」

(´<_` )「意味分かんねぇよ!」

兄弟ならば、こうも容易くシンクロして発言出来るものなのだろうか。
試してみたいものだが、一人っ子の自分が恨めしい。




ここで正直に話していいものか迷ったが、結局僕はツンがマッドボマーである事を正直に話した。
勝手に人の――ましてや追われる身の立場にいる人間の――情報を漏洩するのは良いことではない。

ただしかし、僕はユストピー兄弟が信頼に置ける人物だと判断した。
多少、変わりものであることは否定できないが、裏の業界を実力のみで這いあがった二人だ。
味方になるのならば、これ以上心強い存在はいないだろう。

噂や第一印象だけで、ここまで考えるのも利口とは言えないのも分かっている。
それでも、ユストピー兄弟からは、カリスマとも呼べる何かが感じられた。


(´<_` )「ふむ……まさかマッドボマーの正体が女とはな」

( ´_ゝ`)「凄いよな、新ジャンル過ぎて需要が無いな」

(´<_` )「そんなこと言って、少しは『有りだな』とか考えてるんだろ?」

( ´_ゝ`)「ほほう、やはり分かってしまうか」

(´<_` )「何年兄弟やってると思ってるんだ」


だから、いきなり不安になるような会話を始めないで欲しい。




( ^ω^)「とにかく、だから僕が取引する訳にはいかないんだお」

( ´_ゝ`)「む……だがこちらとしても、マッドボマーとの接点を失くすにはあまりに惜しい」

(´<_` )「だから、そうだな……何か知りたい情報はないか?」

( ^ω^)「……え?」

何故か唐突に話題を切り替えたことに、疑問が溢れる。
しかし、兄弟は同時に僕に詰め寄り、有無を言わさぬ雰囲気を醸し出した。


(;^ω^)「ええーと……じゃあ、その、ワタリカさんの詳しい情報を……」

(´<_` )「ナーベイン夫人か、俺達が知っている情報で言うなら、彼女はもうVIPにいないぞ」

( ^ω^)「……はい?」

( ´_ゝ`)「VIPどころか2ch国にすらいない、今は隣国のmixi国に行ってしまったはずだ。
       プギャー=ナーベインは過保護だからなぁ……奥さんが危険な目にあったのが我慢ならなかったんだろう」

ああ、これを絶望と言わずして、何と呼べばいいのだろうか。
唯一の手掛かりだったというのに……。




( ^ω^)「マジかお……折角、あと一歩のとこまで迫ったのに……」

( ´_ゝ`)「可哀想に……まぁ大丈夫、人生は長いんだからな!」

(;^ω^)「んなこと言われても、僕はかなり大急ぎで―――」


( ´_ゝ`)「―――さて、本題に入ろうか!」

(´<_` )「―――さて、本題に入ろうか!」


僕の両脇にいる兄弟は、僕の反論を遮り、やはり同時に言葉を繰り出した。
そしてこれまた同時に机に手の平を叩きつけ、店内に大袈裟な音を響かせる。
表情は至って笑顔、それがかえって余計に兄弟の不気味さを引き立てている。
カウンターの奥にいるマスターは慣れっこなのか、その様子をちらと見た後、含み笑いを零した。


( ´_ゝ`)「俺達は情報を渡した、これがどういうことなのかは分かるよな?」

(´<_` )「お前は俺達に貸しが出来たってことだ、つまりお前は俺達に恩返しをしなけりゃならない」

( ´_ゝ`)「当然だよなぁ、世の中何でもギブアンドテイク」

(´<_` )「良く出来た世界だよな、ああ、人に親切にするって素晴らしい!」




次々と紡がれる横暴な理論を、僕は呆けながら聞いていた。
脳が全てを把握するのには幾許かの時間を経た後だったが、声を荒げて異議を申し立てる。


(;^ω^)「んなっ、押しつけたようにした癖に何を言ってるんだお!」

( ´_ゝ`)「でも役に立っただろ」

(´<_` )「情報を知ってしまった時点で、俺達の契約は交わされたんだよ。
       NOとは言わせん、何故ならそっちの方が面白いからだ」

( ´_ゝ`)「ああ面白いな、弱者の権利を剥奪するというのは、実に快い」

(;^ω^)「…………」


しかし、その異議は見事に却下され、より無茶苦茶な理論で判決が下された。

即ち、ユストピー兄弟に絶対服従。

……兄弟が裏世界で名を轟かせている理由を垣間見たような気がした。




( ´_ゝ`)「まぁ俺達も鬼じゃない」

(´<_` )「マッドボマーと話をする場を設けてくれるだけでいいんだ」

( ´_ゝ`)「簡単なことだろ、丁度お前もマッドボマーと再会したがってるみたいだしな」

(;^ω^)「う……まぁその……」


どうせワタリカ=ナーベインに会うのは困難だ。
mixi国に今すぐ行くには金銭面や、行路の手配などで無理がある。

それに、諦めたとはいえ、ツンともう一度会いたいという気持ちが無くなった訳じゃない。
体面上の理由が出来たのだから、僕がその餌に飛びつくのは当然だ。

まぁ、つまり……正直言うなら、僕はツンに会いたくて仕方なかったのだ。

だから、この神様が悪戯したかのような運命の歯車に、見事に流されることにした。




( ^ω^)「分かったお、じゃあツンを探しに行くお」

( ´_ゝ`)「よし、じゃあ宜しくな……えーと……」

( ^ω^)「……あ、僕はブーン=マストレイだお」


(´<_` )「すまないな、俺達は昔っから相手の名を聞きそびれる事が多いんだ」

( ´_ゝ`)「そういえば、前にここで俺達から酒を飲み逃げしやがった奴がいたな。
       ……アイツの名前は聞いておけば良かったなぁ……」

( ^ω^)「その人の名前を名前を聞いていたら、どうするんだお?」


( ´_ゝ`)「探して、フルボッコ」

(´<_` )「んでもって、海に沈める」

(;^ω^)「…………」


腐ってもマフィアだなと思わざるを得なかった。




普段は人で賑わうその通りも、今はとある事情により閑散としている。
しかし、そこには一人の男が堂々たる風貌で立ち構えていた。

男――ギリシア=コクーンステイツは、腕を組んだ状態で仁王立ちになり、通路の一方を凝視し続けている。
暫くすると、その視線の先からぜいぜいと息を切らしながら走ってくる女の姿が現れた。


(;*゚ー゚)「死ぬ……アンタら早すぎるって、この寒いのに汗だくだって」

(,,゚Д゚)「そうか」

(;*゚ー゚)「そうか……ってそれだけかよ! もうちょい労えよ!」

(,,゚Д゚)「そうか」

(;*゚ー゚)「うっわ、むかつくなぁ……で、一体こんなとこでどうしたっていうのさ?」


女といっても、一見しただけでは恐らく男と見間違えるだろう。
その格好は近代の探偵を彷彿とさせ、深々と被った帽子で顔を見るのにも一苦労だ。
もっともよく見てみれば、華奢な体つきや、抜けきらない女性らしい仕草により、性別の判断は可能ではある。

シール=リアは、そんな身体を酷使させてようやくギリシアに追いついた。
ツン=デレイド=クヴァニルの逃亡劇は、彼らの時間を中々に浪費させていた。




(,,゚Д゚)「アイツはこの店に入った、意図は分からん」

(*゚ー゚)「この店って……あれ、なんで?」

(,,゚Д゚)「知るか、それを聞く為にお前を待っていたんだろうが」

(*゚ー゚)「やっぱり罠……とかじゃないのか?」

(,,゚Д゚)「この店にか? その可能性はかなり低いだろ」

(*゚ー゚)「だよねぇ……」

ツンが逃げ込んだ店は、以前にギリシアが軽機関銃を乱射した喫茶店だった。
この通りに人気がないのもその事件の所為である。

(*゚ー゚)「マッドボマーの行動の順番からいっても、そうなんだよなぁ」

(,,゚Д゚)「順番?」

(*゚ー゚)「前回は罠があるから、一番最初に逃げ出したんだと思うんだよね。
    でも、今回は罠が無いから、まずギコに戦闘で勝てるかを試した。
    ……安直な考えかもしれないけど、何となくこんな感じなんじゃないかな」

(,,゚Д゚)「なるほど、な」

シールはツンの行動における優先性について推測した。
つまり、第一に罠、次に戦闘、最後に逃亡を図ろうとするだろうという行動パターンの推測。
奥の手として罠を残しておく可能性も捨てきれなくはないが、シールの経験と勘はそう結論付けた。




(,,゚Д゚)「よし、じゃあお前は店外から見張ってろ、罠の危険性があったら知らせろ」

(*゚ー゚)「分かった、でも死なない程度の罠だったら無視した方が良い?」

(,,゚Д゚)「…………」

(;*゚ー゚)「あっ!うん! ちゃんと全部見破るからさ、拳骨は無し、アーユーオーケー?」


慌てふためくシールを尻目に、ギリシアは喫茶店の内部へと足を踏み入れた。
店内は未だ蜂の巣状態を保っており、ついこの間までの洒落た雰囲気など微塵も感じさせない。

どうやら現場の状態を保存しておいているらしい。
真っ二つに折れている丸型テーブル、砕け散ったコーヒーカップ、
足跡を無数につけられたテーブルクロスなどにギリシアは見覚えがあった。

あの事件の当事者なのだからそれは当然であるが、ギリシアは罪の意識などまるで感じなかった。
それどころか、『現場鑑定が遅い』とこの地区の警察に不満を覚えていた。




周囲に気を配っていると、店の奥の方――厨房の暗がり――で密かに音がする。
僅かに見える人影、確信を持って言えるのはそれがツンであるという事だった。


(,,゚Д゚)「ツン=デレイド=クヴァニル、そこにいるのは分かっているぞ」


声をかけると、人影は振り向き、ゆっくりと歩を進める。
店外から差し込む陽光に人影が触れると、その姿を明らかにした。


ξ゚听)ξ「ああ、思ったよりクチャ…早かったクチャ…ですねクチャ……」

(,,゚Д゚)「……何やってんだ、お前」

ξ゚听)ξ「いやお腹クチャ…空いててクチャ……一緒に食べます?」


ツンの手には乾パンのようなものが握られている。
また、それを食べながら話すものだから、口内で咀嚼される様子も鮮明に確認出来た。




(,,゚Д゚)「食べながら話すのは礼儀正しくない、よく覚えておけ」

ξ゚听)ξ「……ゴクン、正義の味方様はそういう指導もされるんですね、ご立派です」

(,,゚Д゚)「にしても、まさかお前こんなことの為に、この店に入った―――」


言葉を言い終えるのも待たず、ツンはギリシアに向かって突進する。
ツンは駆けながら腰元のダガーを引き抜き、逆手持ちの状態のまま弧を描く形で振りぬいた。
あまりに突然の出来事だったので、ギリシアは僅かに肝を冷やしたが、それでも対処するのは不可能ではない。
首筋へ向かっていた軌道を体勢を屈めてかわすと、二人はギリシアを点対象に位置を変えて再び対峙する。


(,,゚Д゚)「――のか……っと」

ξ゚听)ξ「あれですよ、お腹一杯で元気一杯みたいな」

(,,゚Д゚)「もう一つ指導してやろう、人の話は最後まで聞け」

ξ゚听)ξ「なるほど、覚えておいて、三秒で忘れます」


軽口を吐き捨てると、再び二人の攻防が始まる。




銀の曲線と直線が、ダガーの切っ先から描かれていく。
ダガーを操る女性は常に笑顔のままで、無限に軌道を生み出していく。
空間に紅が現れた時、きっと彼女は満足するのだろう。

対峙する男は、銀をかわしながら、空気との摩擦で火がつくかのような拳を繰り出す。
こちらは対称的に無表情で、しかし心中はその拳の勢いと同じく燃え盛っている。
女性の顔面を砕くことが出来た時、きっと彼は満足するのだろう。

どちらの攻撃も、疾風の如くと表現していい程、速かった。
しかし当たらない、皮一枚の距離を残して何もない空間を通り過ぎる。

それは命を賭して繰り広げられるダンスパーティー。
割れた食器を踏む音や、リズム良く地を蹴り出す音はBGM。

彼らは自らの欲求のまま踊り続ける。 

踊りを止めれば死が待ち受けている。

パートナーの死と、自らの死と、相反する未来を背景に、二人は最高の興奮を覚えながら踊る。




しかし、演舞は永遠には続かない。
体力の限界、または一方のテンポにもう一方が付いていけなくなれば、それで終いだ。



そして、その遅れる側がツンであることを、両者は互いに知っていた。



ξ゚听)ξ「……このままじゃ、私が負けるってこと、分かりますよね?」

ツンは距離をとった後、ギリシアにそう告げた。
水に濡れた体もすっかり火照り、汗ばむ体が不快に思えている。


(,,゚Д゚)「まぁ、なぁ……俺は強いからな」

ギリシアはようやくウォーミングアップを終えたと言わんばかりで、僅かに息を切らす程度。
疲労が表だって現れることはなく、むしろ早く続きを始めたいと目で訴えていた。




ξ゚听)ξ「確かに強いですよね、FOXってどいつもこんなんですか?」

(,,゚Д゚)「いや、大体は雑魚ばっかさ、俺が特別なんだ。
     強い奴がFOXにわんさかいるなら、俺は犯罪者やってる」

ξ゚听)ξ「あぁなるほど……それは納得かもしれません」

命のやりとりの最中で、二人は談笑する。
店外にいるシールはその様子を不思議そうに眺めていた。


(,,゚Д゚)「で、どうするよ、また逃げるのか」

ξ゚听)ξ「逃げたいんですけど、逃がしてくれなさそうなので……ちょっぴり博打に出ようと思います」

(,,゚Д゚)「……ほう?」

ξ゚听)ξ「という訳で……今週のビックリドッキリアイデア!」

ツンは軽く振りかぶると『ダガーを投げた』。
まるで空を裂くかのように、切っ先を前にして飛行するダガー。
賭けと称するには確かに突飛な行動であったが、ギリシアにとってその程度なら何の問題も無かった。




しかし、想定外の出来事が起きた。

投げられたダガーは、ギリシアの元へと向かわなかった。
軌道はギリシアの頭上、天井の梁の部分へと一直線に向かった。


(;,,゚Д゚)「なん―――だっ!?」


ギリシアはツンの行動に意表を突かれたのではない。
原因は天井の梁に隠れた死角部分から降り注いだ『何か』にある。
その『何か』は落ちる最中と、地面に着地する時、煙幕の様に姿を変え、辺りを白一色に染め上げた。
ギリシアは服の袖をマスク代わりして、口と鼻を覆いながら状況を把握しようと脳を働かせる。


「お仕置きだべぇ」


そして、『何か』の向こうから、茶目っ気に溢れる、そんな声が聞こえた。

同時に、ギリシアを正体不明の衝撃が襲った。


―――その場所で爆発が起きたのと同じタイミングの出来事だった。




フッサール=ストーンナビットは優雅に街を散歩していた。
マリアンヌ=クークルゥが外出した隙を見計らって、家を抜け出してきたのである。


ミ,,゚Д゚彡「外は良いね、太陽が眩しいね!」

ミ,,ーДー彡「でも良いのかなぁ、マリアンヌはなるべく外に行っちゃダメって言ってたけど……」

ミ*,,゚Д゚彡「でも一人っきりは寂しいもんね! 外に出ないとカビ生えちゃうしね! 
       マリアンヌは優しいから、きっと許してくれるよ!」


などと独り言を呟きながら歩き続ける。
基本的に能天気なフッサールは、マリンアンヌの都合などお構いなしだ。

別に悪意がある訳ではなく、唯単にお気楽思考がそうさせている。
もしかしたら、それは余計に性質が悪いのかもしれない。




その時、爆音が鳴り響いた。

と言っても、その原因となる爆発は小規模なもので、音自体も大したものではない。
またフッサールのいた地点はその爆発が起きた地点からは距離もあり、より音量を減らしている。



ミ,,;Д;彡「うわああああああああああああああ!!
       言うこと聞かなかったから罰が当たったんだぁああああああ!!」



それでもフッサールは驚き、泣き喚き、大粒の涙を零しながら走り去って行ってしまった。
この時ばっかりは、もう二度と外には出ないと心に誓っていた。

しかし、それからもフッサールは街を出歩くことを止めなかった。


何故かと言うと、やっぱり彼はお気楽思考の持ち主だからなのである。




ξ゚听)ξ「……どうですかねぇ?」


爆発から少し離れた地点、テーブルの陰から首を覗かせてツンはそう呟いた。

しかし、その時起きた爆発はあまりに小規模なものだった。
爆音と呼ぶには心許なく、それ以前に爆発としては威力が物足りない。

それでも、それなりの威力は引き出せたらしい。
爆発の起きた辺りでは、ちらほらと炎が立ち上っている。


その時起きた爆発は、粉塵爆発と言われるものだった。

空気中に存在する一定濃度の粉塵に引火し、爆発を引き起こす現状。

ツンは粉塵が舞ったのを確認した後、火のついたライターを投げ込んだのだ。


ギリシアが正体を掴めなかった『何か』とは小麦粉だった。
ツンはこの店に入ると小麦粉を探し出し、天井の梁に括りつけていた。
慎重になったギリシアがシールを待ち、すぐに店に踏み込まなかったのは運が良かった。
もっとも以前に仕掛けた罠が要因で慎重に成らざるを得なかったのだから、これもツンの作戦勝ちになる。




唯、粉塵爆発にあまり期待は寄せられない、あくまで苦し紛れの奇手に過ぎない。
ツンは逃げられる程度の時間が稼げれば良いと考えていた。

――しかし、だ。


ξ゚听)ξ「……まじですか、それはビックリです」

(,,゚Д゚)「だろうよ、俺も正直驚いてる」


目の前の光景にツンは軽くショックを受ける。
ギリシアは全くの無傷の状態で立ち上がったきたのだ。
重傷を与えるのは不可能にしても、何の変化も見られないその様子は流石に異常だった。


(,,゚Д゚)「全く驚きだよ、コイツの執念にはな」

ξ゚听)ξ「はい?」

どうやらギリシアとツンでは驚愕の対象が違うらしい。
ギリシアが目をやった場所には、地に倒れ込んでいるシール=リアの姿があった。




(,,゚Д゚)「どうあっても俺に怪我を負わせるつもりはなかったんだよ、何でか分かるか?」

ξ゚听)ξ「愛ってやつですか?」

(,,゚Д゚)「ちげぇよ、こいつはな、自分より俺の方が力があると知ってるんだ。
     だから、マッドボマー逮捕には俺が無事でいなければならないと思って、俺を庇った。
  
     ここで俺が倒れてしぃだけが残ったんなら、間違いなくお前に殺られてるだろうからな。
     一瞬の間に最適かつ合理的な方法を選びぬき、こなしやがったんだ、大した奴だよ」


シールは小麦粉が宙に舞った時点で、ツンの意図――即ち、粉塵爆発を起こすという考えを汲み取っていた。 
いや、ひょっとしたらそれより早く、喫茶店に何故入ったのかを考えた時から、対処すべき事態の選択肢に入れていたのかもしれない。

だからこそ、爆発が起きる直前、店内に駆け込むと同時にギリシアの体に覆い被さる事が出来た。
自らを犠牲にしてでもマッドボマーに勝利するというシールの意思は、叶ったのだ。

また、これはツンの敗北がほぼ完全に決定付けられた瞬間でもある。

逃げるのは不可能であり、何の小細工もなしにギリシアを倒すのはより困難と言えた。




(,,゚Д゚)「ま、それはそれとして、今回はお前の勝ちってことで」

ξ゚听)ξ「……は?」


だからこそ、ギリシアの言葉に、ツンは耳を疑った。


限りなく『GAMEOVER』に近い状況下で、『GAMECLEAR』という結果が下されたのだ。
ありとあらゆる行動の仕方を忘れたかのように棒立ちになり、隙だらけの状態で思考を働かせていた。

―――何故、そんな事を言う?

―――ここは敗者である私を甚振る場面ではないのか?

―――話が繋がっていない、そこから私の勝利にはどう考えてもならないだろう?

―――そもそも、これは現実なのか? まさか夢?

そのどれもに答えが導かれることはなく、余計に思考の迷宮で迷いこむハメになる。
ツンの呆然とする様子を見かねたのか、ギリシアが口を開く。




(,,゚Д゚)「さっさとこいつの手当をしてやらんとな、ちっこいからすぐオシャカになりそうだし。
      ……お前を逃がしたと知れたら、またこいつはゴチャゴチャ言うんだろうが」

ξ゚听)ξ「だったら何で!」

(,,゚Д゚)「色々あるんだよこっちにも、プライバシーって奴だな」

ξ゚听)ξ「……納得がいきません」

(,,゚Д゚)「ならそうだな……こいつは俺の所有物、そして『俺は物持ちが良い』……それが理由だ」


やはり理解することは出来ず、また納得のいく理由とは程遠い返答だった。
しかし、ギリシアは構うことなくシールを肩に担ぎ、その場を立ち去ろうとしてしまう。


それを止める事がツンには出来なかった。

認めてしまっているのだ、本当の敗者が自分であると。

最後に残されたプライドが、足を踏み出すことを許さなかった。


―――結局、ギリシアは全てを語らぬまま、ツンの前から消え去った。




この一連の流れは、ツンの心に深刻なダメージを与えていた。

そもそもマスから与えられた敗北に、ツンは大きくショックを受けていた。
本来ならばその時点で自暴自棄に陥っていただろうが、『逃げる』ことでそれを防いだ。
その時手にしていたものを投げ出し、自我を守り切ったのだ。

『死んだらそん時はそん時』という考えも嘘ではない。
戦いの中で死ねるのなら、逃げたという事実も帳消しに出来るような気がしていた。

しかし、そこに与えられた更なる敗北。

いや、それ以上に残酷な、譲られた勝利。

人生の中で、全く覚えの無い屈辱をツンは感じていた。
ナイフを首筋に突き付けられたにも関わらず、生きているようなもの。
最早、自分が生きているという事さえ、ツンには我慢ならないもののように思えてくる。

ツンの中にあったプライドは、自身が思っている以上に高かった。

それにも関わらず、二つの事件を通して、ズタボロに引き裂かれてしまった。


この耐えがたい現実の最中、彼女は―――





ξ゚∀゚)ξ「ヒ、ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒひひひひひっひひひひひひひ
      ヒヒヒヒヒヒヒヒヒひひひひひ、ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッヒヒ……ヒヒ♪」


―――嗤った。



悪魔よりも醜く、

鬼よりも激しく、


天使よりも優しく、

女神よりも美しく、


そして何よりも楽しそうに―――


ツン=デレイド=クヴァニルは、嗤った。


―――The story might continue




お疲れ様です。
ありがとうございます。
途中はしょったり。
無理やり詰め込んだり。
でもきっとばれてない。
多分。
今日は終わりです。
それでは。
また



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