その時、それまでは決して離れることのなかった距離が、唐突に開かれた。

バックステップを用いたのはツンだった。
まるで意図を掴めないマスは少しばかりの混乱を覚え、追従せずその場に佇む。

ツンは先程までとは一転して、か細い声で語り始めた。


ξ ∀ )ξ「一度は投げ捨てました、いいえ逃げました、それで何とか私は私を守りました。
      でも、それは一時的なものでした、みんな私を馬鹿にするんです、逃げた逃げたと嘲笑うんです」

( <●><●>)「……あー?」

ξ ∀ )ξ「これ以上一人でいると私は壊れてしまう、そんなのは絶対に嫌だ。
      けど私と一緒にいて大丈夫なのはあの玩具だけなんです、他の物では脆過ぎる。
    
      そして私は言ってしまった『貴方を守る』と、私は強くないと玩具と一緒にいることを許されない。
      だから貴方を倒さないといけない、お前は邪魔だ、屑は消え失せろ、死ね死ね死ね死ね死ね……!!」

( <●><●>)「何だそりゃ、しかし随分と人間っぽく見えるぜ。
       かぁいいなぁ、おい! 恋する乙女みたいな顔しやがって!」


実際は怨念渦巻く瞳をツンは携えていたが、マスには全く違うものに見えていたらしい。
理解不明の讃辞を送りながら、軽口を叩いていた。






ξ゚∀゚)ξ「もう一度強くある事を証明するために!! 
      私は貴方を殺す、バラバラに引き裂いてもまだ殺す!!
   
      火薬と混ぜ合わせて、マス爆弾にでもしまょうか!?
      貴方と私のブランドが混ざり合って、良い値で売れるでしょうよ!!」


ふざけた言葉を吐き捨てると同時、ツンは再び前に出る。
力の籠ったダガーの威力は健在で、更に鋭さを増しているかのようにすら思える。


(*<●><●>)「良いなぁそれ、俺達の子供って感じじゃん、それって素敵やん?
       なぁんてどうでもいい、よく分からんかったが、さっきのはお前の身の上話ってやつだったんだな?」


しかし、マスはそれらの斬撃を容易く捌いていく。
紙一重の所で避けられているのは、決して惜しいからではない。
常人ならば目で追う事の出来ないナイフでさえも、完璧に見切っているのだ。

更に回避だけではない、ククリを用いて防御されたかと思えば、ダガーは刃上を滑らされる。
これはツンの見せた『受け流し』である。

驚くべきは、マスはそれを今初めてやってみせたということなのである。
吸収したのだ、他人の技術を、この生と死の狭間の真っ只中で。

―――かつて神童と呼ばれた男は、その類稀なる才能を十分に発揮していた。






( <●><●>)「それなら今度は俺の番か……そうだな、俺は親に褒められたことがなかった」

ツンは言葉を耳に入れるだけで、ほぼ聞き流す状態にあった。
集中していたこともある、僅かなミスも許されない場なのだから当然。


( <●><●>)「これはもちろん自慢だが、俺は超が付く程の天才だった。
       だけども親父は俺を褒めない、母さんは俺が生まれた時に死んでた」

ただ、それ以上にマスの考えに僅かな恐怖を抱いていたのが大きな要因だった。
油断している訳でもないのに軽口を吐き続ける意図を汲み取れなかったのだ。


( <●><●>) 「んでだ、10歳の頃、俺は親父を殺した。
       殺せるものなら殺してみろって言われたからな、ちょっとムッとして殺してやった。
   
       俺はその頃から無敵だった、親父も強かったけど、俺はあまりにも強過ぎた。
       それまで絶対的な強者として存在していた親父を殺したらな、最高の快感が訪れたもんだよ」


また、その意図を知り、理解してしまった時、深い闇に飲み込まれるかのような怖れを抱いていた。

本質的な部分で似通った存在であるツンとマス。
しかし、その上に積み重なった人生経験による差が、今ようやく浮き出ようとしていた。






( <●><●>) 「それから暫く経ったある日のこと、俺は親父からの手紙を見付けた。
       その内容にはえらく感動したもんだよ……聞きたいか、聞きたかったら返事を頂戴な?」

マスは、無視されていることに気付いていたようだった。
知らない方が良いとは思いつつも、好奇心には逆らえず、ツンは攻防の間に首を縦に振る動作を加えた。


( <●><●>) 「『よくやったなマス、流石俺の息子だ。
        これからも殺して殺して殺しまくれ、お前にはそれしかない』
    
        ……手紙にはそう書いてあった、たったそれだけ、殆ど空白の手紙だったさ」


全くもって淡白な内容である
結局その親すらも狂人だったのだろう、まるで息子に殺されたがっていたみたいだ。

一通りの感想を心中で終えると、ツンはまた更なる斬撃を生み出していく。
自らの過去を語るマスはどこか神妙になり、先ほどまでの威勢を感じさせない。

いける、と思った。

集中しきれていない、手に込められた力が僅かに緩められている。
この瞬間、全力の一打を放てばククリを吹っ飛ばすことが出来ると、確信した。

そして放つ、正真正銘、一撃必殺の不可視の刃―――






( <●><●>)「だが、俺は初めて親父に褒められたんだ!!」


その時鳴り響いた金属音は、この戦闘中最大のものだった。
だからといって意味はなく、もしあるとするならば、ツンのダガーが受け止められたと示すくらいのものだった。


( <●><●>)「嬉しかった……嬉しくて……嬉しくて、嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて嬉しくて
       
       嬉しくて嬉しくてウレシクテウレシクテウレシクテウレシクテウレシクテウレシクテ
       
       ウレシクテウレシクテウレシクテウレシクテウレシクテウレシクテェエエェえええええええ――――!!」


驚愕に目を見開くツンを余所に、マスは数歩分の距離を広げる。
何故その様な行為をしたのか分からず、更に混乱していくツン。


(#<●><●>)「この世界の人間全員ッ!! 
      
       ぶっ殺してやるって決めたんだよォォおおおオオオオォヲヲヲヲヲヲッッ!!」


雄叫びと共に、横薙ぎの一線を描こうとするマス。
ククリの射程圏内からは遠く外れていて、それは間違いなく空振りに終わるはずだった。

しかし、その意図をツンが把握した時―――全ては手遅れだった。
  





時が、酷くスロウなものへと変貌する。


………ッ!!


ツンの瞳に映ったものは、回転しながら飛来するククリの姿。

湾曲した刀身を持ったククリが回る。
それはつまり、切れ味の良い鋼鉄製のブーメランが放たれたのと同義だった。


伏せる――間に合わない。

サイドステップ――避けきれない。

バックステップ――逃げ切れない。


回避不可の状況、確実に距離を縮めていくククリ。


どうする?

……信じろ、自分自身を。


振り上げろ―――手に持ったダガーを。






右手に持った大型のダガーを、飛来するククリに向って下方から振り上げる。

衝撃、同時に金属音。
右手から全身が麻痺するかのような痺れが伝わる。

弾かれたククリ、そして同じく手元から離れるダガー。


やった……か?


……いや、まだだ!!


視線の先には、疾風の如く駆け抜けるマス=ワカッテの姿。
手には当然何も握られていない、どうやら素手での戦いを挑むらしい。

身体は、未だ今の衝撃と恐怖で硬直している。

早く解放されろ、動け!

でも、どうする、こちらには何も――


そこでふと思い出す。
今まで戦闘に使っていたダガーとは別に、もう一本携えていたダガーの存在。

ブーン=マストレイの、ダガー。






ようやく呪縛から解放された体。
しかし寸前にまで迫っているマス=ワカッテ。

その危機的状況下で、ツン=デレイド=クヴァニルの体は目的を遂行するよう迅速に働く。

一切無駄のない滑らかな動きで左の腰元のダガーを抜き取った。


マスはその動きを確認するも、既に攻撃動作に入った体は止められない。
それに合わせるかのようにツンは腕をしならせる。


左手に持ったダガーから描かれる、弧を描く曲線。

マスの首筋へと向かう軌道。

これまでと一線を画した、速さに重点を置いた斬撃。


……勝った!


―――そして、見事に『それ』は切り裂かれたのだ。






……え?


ダガーに切り付けられた『それ』は無残な姿となり、空へと浮かびあがった。

『それ』とは、マスに着衣されるパーカーの『フード』。


―――マスは顔を伏せることで回避に成功していた。


ならば、次はどうなる。

マス=ワカッテは今、眼前にいるではないか。

私は、私は……?


世界は尚もゆっくりと回っていた。

そのスローモーションな世界で、ツンは左側に強烈な気配を感じた。

視線すらも鈍くなっていたが、ようやく見えたその先には――



無情にも、マスの右手の拳が迫ってきていたのだ。






ツンの頬に拳が触れると同時、世界は本来の速度を取り戻した。
衝撃に体は数メートル吹き飛ばされ、激痛に思考を奪い取られる。


(*<●><●>)「俺すげぇえええ!! 自画自賛? いやいや、今のは褒められないとマズイっしょー!!」


マスが自賛する通り、確かにその光景を第三者が目にしたのならば、感嘆に体を震わせるのは間違いなかった。
ツンの繰り出した左手のダガーに対し、マスは右拳を突き出し―――見事、クロスカウンターをかましてみせたのだ。
芸術の一打であったと言っても良い、それはこの常軌を逸した戦いの締め括りには相応しかった。


(*<●><●>)「HAPPYENDだぜぃ、これだから人生っていうゲームは面白い!
       ていうか俺ってチート? ていうかバグぅ!? 最早世界というシステムを俺は超えたね!!」


マスは倒れ込んだツンに近付きながら、自らを讃えるコメントを並べていく。
しかしそのどれもが、実力に裏付けされたものであり、世迷い言であるとも言えなかった。

ξ;  )ξ「………あッ……くぅ……」

ツンは近付いてくる男を前に、絶対的な恐怖に襲われていた。
逃げろ逃げろと全細胞に命令を出すも、軽い脳振盪に動きを封じられている。
マスの影がツンの体に落ちた時、恐怖はピークに達した。






ξ;  )ξ「……助け……てッ……」

( <●><●>) 「おおう? それなら助けてやろうかい?」

助けを懇願する言葉に対し、マスは優しくそう答えた。
しかし、ツンにはそれがどうしても慈悲の言葉には聞こえず、恐怖が加速するばかりだった。

そして―――


( <●><●>)「おらぁッ!!」

がん。

マスは、ツンの髪に手を掛け引き上げると、勢いよく地面に降下させた。
鈍い音を響かせ、コンクリートに打ちつけられた額は割れ、だらだらと血液が滴り始める。


( <●><●>)「おらッ! オラッ! オラおらおらおらおらおらおらおらッッ!!」

がん、がん、がんがんがんがんがんがんがんがんがんがん。


マスの怒声に合わせ、規則的な間隔を空けて音は鳴り続ける。
赤い斑点が辺りに飛び散り始め、ツンの顔も、既に赤く塗り替えられている。

それでも、マスは一向にその残虐な行いを止めようとはしなかった。






( <●><●>)「死ねばさぁ、助かるんだよ!!
       全てから解放される、良かったなぁ、人生の鎖から解放されて!!
   
       でも、俺は羨ましくない、何でか分かるか、分からない? え、おい!?
       俺はよぉ、鎖を体に巻きつけて、それでも止まらねぇ自分が大好きなんだよ!!」

その言葉の最中にも、マスは餅でも搗くかのように、ツンの頭を振り下ろす。
衝突音に混じって、ぬちゃりと糸を引く音が聞こえ始めている。
ツンの意識は既に無い。 皮肉にもそれに伴って恐怖を抱く心は失われていた。


( <●><●>)「お前と俺との違いは、男と女、そして生き様だ。
       俺の人生は伝説だ、毎日がスリリングでハッピーライフなんだよ!
       確かにお前は惜しい存在だったが、やはり俺が最強であるという事実は誰にも覆せん!!」

 
マスがそうしてその場から離れたのは、ツンを解放したからではない。
終わりにしようとしているのだ―――投げられ、路上に落ちたククリを拾いに行ったのだ。

言った通り、ツンを人生という鎖から『解放』しようとしているのだ。






( <●><●>)「―――あ?」


そして、嬉々としてククリを拾ったマスは、違和感に襲われた。


気配。

折角の楽しみに水を差され、苛立ちを覚えながら振り返る。


暴行に夢中になっていたせいか、すぐ傍にまでやって来ていた人影に気づかなかった。
影はツンをその腕に抱き抱え、こちらに視線を送っているように思える。

太陽の逆光に眩み、ほんの僅かに影が何者であるかを判断できなかった。
光に目が慣れるにつれ、徐々に、そして確実に露わになっていく正体。



ツンを抱きかかえていた影とは―――






ヒートの熱が冷めたのは、それから一週間ほど経ってからのことだった。


その日、カーテンの隙間から差し込む陽光に目を覚ました俺は、隣で眠るヒートの額に手をかざす。
すると、それまでの高熱が嘘のようであり、むしろひんやりと感じるほどだった。
体調が良くなったのだなと安堵した俺は、微笑みを浮かべながらベッドを後にした。


('A`)「まぁ、病み上がりだし、暫くはこの街でだらだらしてよっかなぁー」


眠気覚ましの意を込めて体中あちこちを伸ばし、今後の予定を脳内で組み立てる。
ヒートが完全に調子を取り戻すまでは、のんびりとするのが良いだろう、どうせ行く当てもない。

それに、この安宿も過ごし続けていたせいか、愛着が湧いてしまっている。
そんな気分に陥ってしまうのは、きっと、帰る家を持たない俺のホームシックのせいなのだろう。

しかし慣れきったここでの生活を捨てるのは、確かに億劫に感じざるを得なかった。






('A`)「ああ、腹減ったなぁ」

普段通りの朝は、窓際の椅子に腰掛け、ラジオを聞くことから始まる。
宿屋の主人の決めた朝食の時間よりも早く目が覚めてしまう為、良い暇潰しになるのだ。
また、茶色くゴツゴツしたラジオが受け取る電波は、滅多に外に出ない俺の、唯一の情報源になるのだった。


('A`)「……後で、ヒートの好きなメロンでも買ってきてやろうかな」

ささやかな復帰祝いをしてやろう。
俺もメロン好きだし、ちょっとぐらい奮発したって誰も文句は言わないさ。


そんな浮かれた考えに心を奪われ、俺は大事なことを見落としていた。

それに気付いたのは、取り返しがつかなくなってからだった。

過去に戻れるのだとしたら、俺はその時の自分をぶん殴ってやりたい。
そうした所で無駄なのは分かっているが、理屈じゃない憎しみがある、行き場のない怒りがある。


―――なぁドクオ=サンライズ、熟睡しているヒートが静かなのは、一体どうしてなのか分かるか?

―――いつもの様な、五月蠅いくらいの寝言が聞こえないのは、一体どうしてなのか分かるか?






その答えを当時の俺は知る由もなかった。



しかし、直後に気付かされる。


そして、後悔と絶望の海に沈む。




ヒートの熱は無くなった―――と同時に、二度と目を覚ます事もなかった。




ラジオからは、街を騒がす流行病の情報が、延々と流れ続けていた。



―――The story might continue






ツン=デレイド=クヴァニルは初めて恐怖を体感する。
マス=ワカッテはお気に入りのパーカのフードが破れたのが少しショック。
ドクオ=サンライズの笑顔は絶望によって蝕まれた。



お疲れ様です。
ありがとうございます。
ここさえ終われば
ここさえ終われば!
今日は終わりです。
それでは。
また。


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