第二十七話 「Destiny」
嵐の空。
吹き付ける風は厳しく、中にいる者を弄ぶかのように荒れ狂う。
風に舞う雨粒が肌を針のように刺激し、ゴーグル無しではとても眼を開けていられない。
しかし、そんな空を、クーとツンは確固たる足取りで進む。
ξ゚ー゚)ξ「さすがは『蒼風』ですね!嵐にも全然揺られていませんよ!?」
川 ゚ー゚)「私はもう『蒼風』ではない。
ただの『空の郵便屋』にすぎん。
戦いの空の『蒼風』は、エデンの空に堕ちたのだよ」
設置されていた前後座席の通信用のスピーカーから響くクーの声。
その声に、バックミラーから彼女の顔を確認したツン。
雨に濡れたゴーグルでその瞳は見えないが、クーの口の端はわずかに上がっていた。
川 ゚ -゚)「覚悟はいいか?雲海に入るぞ?」
クーのその言葉に、ツンは視覚に最大限の意識を集めた。
ξ゚听)ξ「いつでもどうぞ!!」
彼女の瞳は、ただ雲海だけを注視する。
届けるべき宛先。
目指すべき光。
それさえあれば、人はどこまでも進んでいける。
川 ゚ -゚)「行くぞ!!」
クーの気合の声とともに、
機体は斜めに傾き、雲海の中へとダイブしていった。
突如視界を覆ったどす黒く分厚い雲の塊に、ツンは一瞬だけ瞳を閉じた。
情けない自分の行動に歯噛みをしていると、
分厚い雲のクッションで機体がわずかに上昇し、すぐに下降へと転じる。
雲海の中は、先ほど以上に強烈な嵐。
まるで体内に入った異物のすべてを吐き出すかのように吹き荒れる風と雨。
終幕の黙示録。
狂気に歪んだその中で、飛行機械は激しく振動を起こす。
不意に走る稲妻。
直後に、腹の底に響いてくるほどの強烈な雷鳴。
かつてのツンなら、
ここで「人生オワタ――!!」なんて叫びながら眼を閉じていただろう。
だけど、ツンは瞳を閉じない。
たとえ強烈な稲光にこの眼を焼かれようとも、あたしは眼を開け続ける。
硬く胸に刻んだ想いは、どんな鋼鉄の柱よりも強く、彼女の意識を支えていた。
川 ゚ -゚)「ブーンは見えるか、ツン?」
ξ;゚听)ξ「ダメ!影も形も無い!!」
川;゚ -゚)「ならば、もっと下か……」
「チッ」と舌打ちする音がスピーカーから響く。
直後に吹き荒れた風に、機体が大きく流されていく。
川 ゚ -゚)「いい風だ。このまま雲海の底ギリギリまで下降する」
ξ゚听)ξ「了解!!」
まるでビッグウェーブに乗るサーファーのように風の中を渡る飛行機械。
ピンチをチャンスに変え、クーはペロリと唇を舐める。
そして、その感触に彼女は違和感を覚えた。
……雨粒が、しょっぱくない。
どういうことだ?
ここに吹き荒れているのは酸の雨ではなかったのか?
脳裏をよぎった疑問に一瞬とらわれた彼女だが、
間髪いれずに襲来した風の魔物にすぐに意識を移し、その波に乗る続けるクー。
そして、ひたすらに下降を続けた彼女の眼下に、わずかな雲間が姿を現す。
ついに、雲海の底へとたどり着いたのだ。
しかし、突如に機体の内側から響く鈍い音。
川;゚ -゚)「くそっ。限界か?」
悲鳴を上げる機体の振動を知覚した彼女は
直後にメーターのすぐ側に設置したタイマーに視線を移す。
タイムリミットまであと五分。
帰りの時間を考えると、残された時間は最高であと二分。
川;゚ -゚)「ツン!ブーンはどこだ!?」
ξ;゚听)ξ「ダメ!見つからないよ!!」
涙声の混じった必死な悲鳴が、スピーカーからクーの耳へと届く。
眼下に広がるわずかな雲間。
考えられるのはもうここだけ。
必死に眼球を動かすクー。
しかし、雲間から見える地上には、灰色の水溜りのようなものがあるだけ。
そこに響く、アラーム音。
……絶望へのタイムリミットは訪れた。
機体に鳴り響くアラーム音。
それはスピーカーを通して後部座席のツンにも届いていたはずだが、
彼女はそれにまったく気が付かなかった。
彼女の眼は、捉えていた。
眼下に広がる雲海の底。
その雲間を駆けていく、銀色の空の舟を。
見下ろして伸ばしたツンの指先をすり抜けて、それは雲海の下に小さく消えた。
ξ;゚听)ξ「ブ――――ン!!」
彼女の叫びは、近距離から轟いてきた雷鳴にかき消されて、
ブーンに届くことは無かった。
川 - )「……すまない、ツン。タイムリミットだ」
スピーカーから響いてくる口惜しそうな声とともに、機体は急激に上昇を始める。
猛スピードで雲海の上へ出ようとするその圧力に、ツンの身体は座席へと押し付けられた。
ツンは必死の抗議をしてみるが、回線は切られているようで、その声はクーには届かない。
クーの時も、ジョルジュの時も、しぃの時も、
自分は後部座席でその光景を見つめるか、命令に従ってただ為すがままになるだけだった。
……また自分は、誰も助けられなかった。
……結局自分には、何も出来ないのか。
悔しさに唇を噛んでいると、そこから流れ落ちる赤い液体。
その味が、彼女の心を奮い立たせた。
あたしは生きている。
そして彼もまた、生きている。
ほんの少しだけ足を踏み出せば、彼はあたしの手の届く場所にいる。
それならば、あたしはこの足を踏み出そう。
誰にも流されること無く、自分の意思で、この空に向かって一歩を踏み出そう。
彼女は静かにシートベルトを外した。
片手には毒男に渡された『エデン』用のキット。
もう片方には、自分の意思を知らせる発光信号機。
あたしの思いよ、彼に届け。
あたしは、眼下に広がるこの絶望の空を行く。
わずかに見えた、希望の灯を探して。
失われた世界を渡る、幼馴染の背中を目指して。
そして、彼女は飛んだ。
ξ;゚听)ξ「 I CAN FLY !! 」
(^ξ゚听)^)
) /
(_ノ_ノ
窪塚 洋介
[ I CAN FLY 1979〜2006 ]
(神奈川県)
川;゚ -゚)「ツ――――ン!!」
雲海の中を猛スピードで落下して行くツン。
見上げたその瞳には、こちらに向けて手を伸ばすクーの姿が映っていた。
……ごめんなさい。
一言そう呟いて、彼女は視線を眼下に移す。
迫り来るどす黒い雷雲の塊は、やわらかいクッションを彼女に連想させた。
しかしそれは、彼女の身体を受け止めることはなく、
信じられないスピードで、ただ上空へと過ぎ去っていくだけ。
やがて、その雲が視界から消えた。
代わりに映るのは、灰色の波打つ広大な水溜り。
目の前に広がるその光景に自分が雲海を抜けたことを知覚すると、
その水溜りに向かって、じわじわと落下していく見慣れた飛行機械の姿を彼女は捉える。
ξ;゚听)ξ「ブーン!操縦桿を引きなさい!!」
届くはずも無いその声を、堕ちていく飛行機械に向かって投げかけると、
ツンは片手に握った発光信号機のトリガーをでたらめに引いたり離したりする。
ξ;゚听)ξ「ブ―――ン!あたしはここよ――――――――!!」
明滅する光。
想いが詰まった光線は、どこまでも続く失われた世界を照らしてゆく。
彼女の放ったその光は、灰色の世界に長らくさすことの無かった、生命の灯火だ。
第二十七話 おしまい
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