『第三話』

 ベッドの上で目が覚めた。僕は制服のまま横になっていて、
両手にノートを握り締めている。
よほど強く握っていたのだろう。手の指には感覚がなく、
なんとかノートから引き離した後もしばらくしびれていた。

 僕はノートを開いた。

『第1回:何者かに撲殺
 第2回:空腹のあまり死亡』

 これで僕は2度死んだわけである。
明らかに非現実的なことながら、僕はそれを自然に受け入れていた。

 枕元にある目覚まし時計に目をやると、午前6時半を指している。
状況を把握しなければならない。僕は部屋を出た。

 台所にはかーちゃんが立っていた。朝飯と弁当の用意をしている。

J( 'ー`)し「あらおはようドクオ。早いわね」

('A`)「なんか目が覚めて。
   何か食い物ない? 腹減っててさ」

J( 'ー`)し「今朝ごはん作ってるでしょ。昨日食べないで寝るからよ。
     服もそれ着替えたの? あんたお風呂も入ってないでしょ」

('A`)「そーだっけ。じゃあシャワー浴びてくるよ。
   でもその前に何か食わせて。飢え死にしそうなんだ」

J( 'ー`)し「なによ大げさね。
     1日くらい食べなくたって死にゃしないわよ」

 したんだよ、と精神状態を疑われるようなことは口にしない。
かーちゃんは文句をいいながらもおにぎりを1つ作ってくれて、
僕はそれを受け取り風呂へと歩いた。

('A`)「あたたかだな 惇」

 脱衣所兼洗面所で僕は呟いた。
手の中のおにぎりはホカホカだ。
白米特有の匂いが食欲を刺激し、僕の喉はゴクリと音を鳴らす。

 1口食べる。とてつもなく旨かった。

 大雑把に噛み飲み込むと、
精液が尿道を通る時に似た快感が僕の喉を走り抜ける。
夢中で半分ほどをかっ食らったところで喉がつまり、
僕は洗面台に向かって咳き込んだ。

 蛇口をひねり、水を飲む。水も旨かった。
僕の両目からは涙が溢れていた。

 残りのおにぎりを流し込むと、僕は服を脱ぎシャワーを浴びた。
全てを流してしまいたかった。
熱いシャワーを頭から浴び、冷たいシャワーを浴びなおすと
少しはまともになった気がする。

 服を着、学校の支度をした。
デスノートを持っていこうか迷ったが、やめておくことにした。
普通の人間に見られたらイタいだけだろう。

 鞄を玄関に放って食卓につくと、
かーちゃんが僕の前に朝飯を並べてくれた。
白いご飯と味噌汁とベーコンエッグ。
それにひじきやカボチャの煮物類。
いつもはたいして嬉しくない朝飯だけど、
今日の僕にはごちそうに見える。

 かーちゃんの作ってくれた弁当を持って家を出る。
久しぶりに見た太陽はとてもまぶしかった。

 死を体験したからといって学校が面白くなるわけではなかった。
やはり授業はつまらない。
しかし、つまらない授業も日常の中の1コマだと思えば
そんなに悪いものではないんじゃないだろうか。
そんなことを考えて過ごした。
夏休みの宿題は提出しない。

 昼休みになったので
僕がかーちゃんの作ってくれた弁当を机の上に広げていると、

「おいドクオ。オマエちょっとどっかでパンかってこいよ」

 遠くの席からDQNの人が声をかけてきた。

 僕は彼にかまわず弁当を口にする。玉子焼きが甘かった。

DQN「おいドークーオ。きこえねぇのか」

 僕は答えない。俵型のコロッケはソースが染みこんでいて旨い。

 僕がそのまま放っていると、DQNの人は僕に近づいてきた。
僕の弁当に消しゴムのカスをばらまく。

DQN「んなのくってねーでさ、それよりオレのメシだよ。
   ヤキソバパンとコロッケパンな。さっさといけ」

 僕は席を立ち上がった。

 クラスが遠巻きにざわめくが、誰も僕たちを止めようとはしない。
これから僕が殴られることになり、
その後謝ると誰もが思っているのだろう。
僕はパンを買いに走り、自分の飯は食えないというわけだ。
DQNの人が僕を見下ろす。
いつもと違い、あまり怖くはなかった。

DQN「たってないでさ、いけよ。なくなっちまうだろ」

 僕は返事をしない。
彼の顎に不細工に蓄えられた髭を眺め、考える。
どうすれば良いのだろう。
立ち上がったは良いものの、僕は後先を考えていなかった。

 思考をめぐらせる。
僕は別に彼が嫌いなわけではない。
ちょっとはムカつくけれど、仲良くとはいわないまでも
普通にやっていきたいと思っている。
しかし彼はそうは思っていない。
何故だか彼は僕が彼のいうことをきくと思っていて、
そうしないと彼は怒るのだ。

DQN「おいドクオ。きーてんのかよ」

 何か言っていたらしい。申し訳ないことに聞いていなかった。
今までの僕だとこんなことを考える余裕はなく、
パニックを起こし、彼のいいなりになってしまうところなのだろう。
何度か死んだせいなのどうかはわからないが、
僕にそうなる気配はなかった。

 つまり、僕はこの状況を自身の意思によって
打破しなければならないのである。
『樹海』に似ているな、とチラリと思った。
違うのは、敵側が僕が行動するまで待ってくれないことと、
何をしようがここでは僕は死ぬことはないだろうということだ。

('A`)「だから余裕があるのかな、僕は」

 そう思った。
あるいは、『樹海』での体験によって
思考癖のようなものが身についてしまったのかもしれない。

 DQNの人がいらついている。
それはいつものことだけれど、今回はちょっぴり様子が違う。
焦りのようなものが見受けられるのだ。
ひょっとしたら、いつもと違う僕の様子に
調子が狂っているのかもしれない。

 彼は声を荒げ、制服の襟首を掴んできた。
恐怖を思い出させればまた従順な僕に戻るとでも思ったのかもしれない。
少し驚きはしたけれど、
どうやら僕は彼の期待には応えられそうにない。
残念ながらあまり恐怖を感じないのだ。
僕は彼に対してちょっぴり申し訳なさのようなものさえ感じていた。

 僕が何かしらの反応をしない限り、彼も引っ込みはつかなくなっている。
彼と殴り合いをすればひょっとして勝てるかもしれないけれど、
今回それで切り抜けられたとして、今後彼の行動が陰湿になったのでは
それはやっぱり困りものである。
彼の口は何かを僕にまくしたてているが、
僕は水を噴出す噴水を眺めるようにそれを眺めるだけだった。

 1つアイデアを思いついた。

('A`)「そういえば、あんた推薦で大学に行くんじゃなかったっけ」

 やっと口を開いた僕の言葉にDQNの人は面食らったようだった。
いきなり大学の話をされるのは想定外の事態だったのだろう、
「なんとかいえよ、シメぉぉん?」みたいなことをいっていた口が
不思議な形で固まった。

 僕の襟首を掴む腕から力が抜けるのがわかったので、
僕はそれを振りほどいた。
彼はオナニーの最中に声をかけられた少年のように
気まずさと、それを覆い隠すための怒りを表情に帯びている。

DQN「そーだよ、そのつもりだよ。だからどうかしたのかよ」

('A`)「別に僕はあんたがどうなろうがどうでも良いんだけどさ。
   僕はね、チクるよ。
   担任にチクるし、PTAにチクるし、推薦先の大学にチクるし、
   あとはなんだろーな、教育委員会とか?
   どこにあるのか知らないけどさ、思いつくとこ全部にチクるよ。
   アズスーンナズポッシブルで、アズオフンアズポッシブルでさ」

DQN「なにゆってんだよてめぇ。
  そんなことしたらどうなるかわかってんだろーな」

('A`)「そこだよね。それが正直わからない。
   そんなに真に受けられたりはしないだろうけど、
   まぁプラスに働くことはないんじゃないかな」

DQN「ふざけんな!」

 DQNの人は僕を殴ろうと大きくふりかぶる。

('A`)「待った!」

 声をかけてみると、彼は見事にピタリと止まった。
待つのかよ、と驚いた。
待てといわれて待ったやつがいるぞ! と叫びたい気分である。
ちょっぴり楽しくなってきた。

('A`)「今のは言っただけでさ、もちろんそんなことはしないよ。
   これから僕を殴るんだったら話は別だけどさ。
   僕はこれから弁当を食べなきゃならないし、
   あんたもパン買わなきゃ無くなっちゃうんだからさ、
   このへんでやめよーよ。な。勘弁しろって」

 馬鹿にしているように聞こえないように注意しながら、
僕は最後まで噛まずに言いのけられた。
台詞なんて意外と出てくるもんだな、と思った。

 DQNの人はしばらくそのままでいたけれど、
僕が席に座って箸を持って消しゴムのカスを丁寧に除きはじめ、
クラスの外から
「おい皆聞け! 内藤が1軍デビューするってよ!」
とニュースが飛び入りクラスの注意がそちらに向くと、
いつのまにかいなくなっていた。

 午後の授業も面白くはなかったが、気分は悪いものではなかった。
英語の宿題は教師が厳しいのでサボることはできず、
忘れると居残りを課せられるものなのでやってきている。
そんなこんなで本日の授業が終了すると、
校門を出るところでブーンが同級生たちに取り囲まれていた。

 ブーンは僕を見つけると、取り囲んでいた同級生たちに二言三言告げ、
構わず帰ろうとしている僕に走り寄ってきた。

( ^ω^)「おいすー。一緒に帰るお」

 僕は小さく頷き、ブーンと並んで歩くことにした。

( ^ω^)「聞いたお。なんかカッコよかったらしいじゃん」

('A`)「僕も聞いたよ。上の試合出るんだって?」

( ^ω^)「それは嘘だお。
      ぽっぽさんが怪我して人数が足りなくなったから
      練習に参加させてもらえるだけで、うまいこといけば
      そのままベンチ入りできるってだけだお」

('A`)「それは十分すごいって」

 本心だった。
小太りのくせにこいつはサッカーがとても上手く、
地元チーム、ユナイテッドヴィッパーズのBチームに
高校生ながら登録されているのだ。
ブーンとは中学から一緒なのだけれど、
何故僕と一緒にいたがるのか皆不思議に思うところである。
それもそうだろう。僕だって不思議でしょうがない。

('A`)「なあブーンよ。
   なんでお前は僕とつるんでるんだ?」

 だから訊いてみた。

( ^ω^)「なんでそんなこと訊くんだお?」

('A`)「前から不思議だったんだ。
   僕は別にお前に特別そうなわけじゃないけど無愛想だし、
   これといった長所もない。
   お前はサッカーをはじめ野球やバスケや何でもできるし
   皆に囲まれて、誰とだってつるめるじゃないか。
   テレフォン使ったらきっちり4人に対応されるタイプだ。
   僕はテレフォン使ったらせいぜい1人しか来てなくて、
   しかもその意見を聞き入れずに失敗するタイプだ。
   どう考えてもおかしい。そうじゃないか?」

( ^ω^)「自虐厨キメェ」

('A`)「真面目に答えろよ」

( ^ω^)「そうだなー。
      ドクオは僕といつからの付き合いか覚えてる?」

('A`)「中学からだろ」

( ^ω^)「正確には中1の冬からだお。
      僕は既にUVのユースチームにはいってたけど
      今と違ってスポーツ科とかに分けられてなくて、
      ドクオと同じクラスで同じ授業を受けていたお」

('A`)「そーだっけ」

( ^ω^)「僕は今でも覚えているお。
      僕がはじめてドクオに話しかけたのは、
      体育の授業がサッカーになって2回目の
      とても寒い日だったお」

 思い出した。

 僕はこんな寒い日にサッカーなんて気が狂っていると毒づきながら、
体が冷めないように試合中ずっと右サイドを上がり下がりしていた。
皆中央からドリブルをしたがるからだ。
ゴール前でディフェンダーをしているよりもボールに触れる機会がなく、
また寒くもならないため僕はその動きを好んでいた。
たまにくるパスはすぐにそのへんの人に渡し、
息が切れない程度にジョギングしていたのだ。

 たまたま僕がライン際の深い位置でボールを受けたときだった。
中央を見ると、手を振りながらペナルティエリア内に走りこむ人影が見えた。
まわりに人がいなかったのでどうしようと嫌になっていた僕には
渡りに船だった。
彼に蹴り上げてしまえば後はどうなろうが知ったことではない。
僕が思い切ってボールを蹴るとボールは大きな弧を描き、
彼の頭に向かって吸い込まれていった。

 その男はゴールした後大きく手を広げて走って喜びを表現し、
僕はその日の昼休みから彼に付きまとわれるようになったのだ。

('A`)「あれはただのマグレだぞ。何回も言ったけど」

( ^ω^)「僕もあれはただのマグレだと思うお。何回も言ったけど。
      ただ、あの位置から僕の動きをきちんと見て、
      僕の飛び出すタイミングでボールを蹴られるのは才能だお。
      ドクオにはサッカーの才能あるお」

('A`)「ねーよ」

( ^ω^)「あるって。ドクオは3枚先が見えるんだお」

('A`)「なんだそれ。意味わかんねーよ」

 ブーンは僕にやたらとサッカーの話をする。
僕はサッカーに興味などなく、いつもうざいなぁと思いながら
ブーンがサッカーの話をやめるのを待つ。
今日はそれほど悪い気はしなかった。

('A`)「ちょっと駅行かね? 確かめたいことがあるんだ」

 だからこんなことが口をついたのだ。気の迷いというやつだ。

('A`)「『樹海』について話したほうが良いのだろうか」

 僕は迷っていた。
そして迷っているうちに駅についてしまった。蝉の鳴く声が聞こえる。

 ブーンが怪訝そうにしているのに構わず
僕はクモの巣状の路線図を見上げた。
睨みつけるようにして駅名を辿っていくが、
しかし『樹海』駅は見当たらない。

( ^ω^)「もういいのかお?」

 意味がわからない。僕は家に急ぎ帰った。

 乱暴に靴を脱ぎ捨て自分の部屋へと飛び込む。
机の引き出しの中には黒いノートが入っていた。

『第1回:何者かに撲殺
 第2回:空腹のあまり死亡』

 夢ではない。『樹海』はどこに行ったのだ。

('A`)「ひょっとして…」

 考える。
ひょっとして、『樹海』に行くには何か条件がいるのかもしれない。
それは1人で行くことであったり、
あるいはノートを持っていくことだったりするのかもしれない。

 翌日学校帰りにノートを持って駅に行くと、
はたして『樹海』は路線図に乗っていた。

ξ゚听)ξ「あらいらっしゃい。もう来ないのかと思ったわ」

 あたり一面の草原の中、赤いワンピースの少女が立っていた。

ξ゚听)ξ「はいこれ、大きなうまい棒と足踏みスイッチね。
      じゃあレッツゴー」

('A`)「じゃなくて!」

 なんか、いっつもこれだ。

('A`)「訊きたいことがあるんですけど」

ξ゚听)ξ「何よ」

('A`)「ここに来るのに条件のようなものはあるんですか」

ξ゚听)ξ「あるわよ。なんだったっけ。
      あたしも初回時の条件はよく知らないんだけど、
      たぶん絶望していたり、
      すごい願っていることがあることじゃないかしら。
      だってクリアしたら願い事叶うでしょ。
      そんな感じに決まってるって」

(;'A`)「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。
    クリアとかあるんですか?」

ξ゚听)ξ「えー! あんた知らないの?
      それでよく何度も来る気になるわね。
      こないだなんて餓死してたじゃない」

('A`)「あ。内容って把握されてるんですか」

ξ゚听)ξ「死に様だけね。中で何してるのかは知らないわ」

('A`)「へー」

ξ゚听)ξ「あとはそうねぇ、
     2回目以降はノート持ってこないと入れないわよ。
     来たってことは持ってんでしょ」

('A`)「持ってますよ。
   あとついでに訊いときますけど、
   クリアしたら他に何か良いことあるんですか?」

ξ゚听)ξ「うーん、あたしがここから解放されるくらいかな」

('A`)「え! 閉じ込められてるんですか」

ξ゚听)ξ「そーよ。あんたは死んだら帰れるんでしょうけど、
     あたしはずっとここ」

('A`)「そうだったんだ…」

 急にこの女の子がかわいそうに思えてきた。
いったいいつからここにいるのだろう。

ξ゚听)ξ「まぁここの生活は悪くないわよ。
      あたしの立場は神様の使いっぱみたいなもんだから、
      たいていなんでもできるしね。
      解放されたらここに来た日に目覚めるらしいし」

('A`)「あ。戻るんだ」

ξ゚听)ξ「そうそう。時空とか歪んでるらしくてね。
      ただ、あたしは未来的な位置にいるわけだから、
      あんたたちと話す内容は結構制限されてるの。
      あまり具体的な話はできないからそのつもりでね」

('A`)「へえ。で、そもそもどうなったらクリアなんですか」

ξ゚听)ξ「10か15忘れたけど、
      そんくらいまで進んだら神様がいて、
      願い叶えておしまいよ。じゃあがんばってね」

 僕が助けてみせる、とは言えなかった。
僕は大きなうまい棒と足踏みスイッチを荷物に入れる。

('A`)「あ。そういえば」

ξ゚听)ξ「なによ」

('A`)「アイテムの意味がわからなすぎるんですが、
   どうにかならんのですかこれ」

ξ゚听)ξ「なるわよ。説明見よう、って思ったらわかるわよ」

 わかるんだ。それなら先に言えよ。
これももちろん口には出せない。
僕は暗く静かな階段を降りた。

 地下1階。僕の両手は空いている。

 降りた先にはさっそく敵がいた。
ちんぽっぽが2匹とギコ猫が1匹だ。
位置的に1匹ずつと戦うのは無理そうで、
先制攻撃の形はとれたものの、僕はちんぽっぽとギコ猫に挟まれてしまう。
あまり時間をかけたらもう1匹のちんぽっぽも来てしまうことだろう。
早くも危機なのかもしれない。

('A`)「とりあえずは落ち着くことだな」

 僕はその場に座り込んでみた。
どうせ僕が何かするまでこいつらは何もできないのだ。
こいつらが悪意をプンプンに漂わせていたなら
僕もこうしてはいられないのだろうが、
あいにく攻撃してこないときのこいつらは平和そのもの、
ギコ猫なんてサイズが小さければ飼いたいくらいだ。

 地面にあぐらをかき、頬杖ついて考えた。
これまでの経験からして、ギコ猫は1回殴ればやっつけられる。
ちんぽっぽは2回必要だ。
ギコ猫から受けるダメージはちんぽっぽのそれより小さい。
つまり、ギコ猫は弱くちんぽっぽは強い。
あっちにいるちんぽっぽと対するまでの猶予は
『行動』3回分ほどだろうか。
それまでにこの2匹はやっつけられそうだ。

 それならこの2匹に限って考えれば良い。
僕は指折り数えて計算した。
先にギコ猫を殴るなら、ちんぽっぽに2回殴られてしまう。
先にちんぽっぽを殴るなら、
ギコ猫から2回ちんぽっぽに1回殴られることになるだろう。
つまり、ギコ猫から殴るべきだ。
1対多数になったときはまず1番弱いやつを瞬殺しろ的なことを
漫画で読んだことがあるけれど、どうやらそれは本当らしい。

('A`)「よし決めた!」

 僕は立ち上がり、コブシをしかと握り締めた。

『ドクオの攻撃! ギコ猫に5ポイントのダメージ!
 ギコ猫をやっつけた!』
『ちんぽっぽの攻撃! ドクオに4ポイントのダメージ!』

『ドクオの攻撃! ちんぽっぽに5ポイントのダメージ!』
『ちんぽっぽの攻撃! ドクオに4ポイントのダメージ!』

『ドクオの攻撃! ちんぽっぽに5ポイントのダメージ!
 ちんぽっぽをやっつけた!』

 計8ポイントのダメージ。
一応覚悟の上で慣れてきているとはいえ、痛いことは痛かった。
どこかでファンファーレが鳴り、筋肉が少しムキムキになる。

 痛がってる暇はあるが、痛がっても痛いままなので意味がない。
僕は推測通りに隣接しているちんぽっぽに向かった。

『ドクオの攻撃! ちんぽっぽに7ポイントのダメージ!
 ちんぽっぽをやっつけた!』

 少しムキムキになった後だとどちらも一撃で倒せるらしい。
まだ地下4階までしか行ったことのない僕には
クリアまでの道のりはまるで天竺。
知識やノウハウはできるだけ集め、
セオリーのようなものを築かなければならない。

('A`)「これじゃ死ぬ気マンマンみたいだな」

 呟いた。自虐的な笑みが僕の口を歪めるが、
僕は死にたくないし、死ぬつもりもない。
それでも死んだらそれはそれでいいじゃないか。
そんな考えが頭を走る。
いつもネガティブな僕らしい考えではないな、と思った。
そういう考え方も悪くない。


 『行動』と共に傷が癒えることは知っている。
ちょうど広い部屋に僕1人。
ずっと気になっていた足踏みスイッチとやらを取り出した。

('A`)「そもそもこれは何のためにあるんだ?
   足踏みなんて良いイメージはさらさらないし、
   むしろワナかなんかでありそうなもんだ」

 そう思った。
百聞は一見に如かず。シーイングイズビリービング。
僕はスイッチを押してみた。

 ポチっとな。

((('A`)))「うおお…! うおおおおお…!」

 ものすごい回転数で僕の足が足踏みをはじめた。
スポーツマンがウォームアップで行う腿上げ運動だ。
それにしてもこれは速すぎる。

((('A`)))「やッやばい! 足がつるゥー」

 僕の足は止まらない。
いまだかつて経験したことのない種類の運動に
太ももの筋肉が悲鳴をあげる。
思い至って、すぐにスイッチから指を離した。

 太ももの筋肉が痙攣している。ふくらはぎがパンパンだ。
なんだこれ、やっぱりワナじゃなかったのか。
僕の頭の中ではツンが「ひっかかってやんのー」と笑っている。
くそ、むかつく。むかつくことに、彼女はとてもかわいいのだ。

 体の疲労はじきに収まり、
僕は自分の体が癒えていることに気がついた。

('A`)「…なるほどね。『行動』を早送りでやるわけね」

 理解した。
そういえば説明見られるんじゃなかったっけ、
と思い出したので、そうすることにした。

『-足踏みスイッチ-

 足踏みするよ!ε=ε=ε=(┌ ^ω^)┘シュタシュタシュタ...』

(#'A`)「情報が増えてねーよ!」

 嫌になった。

 地下1階ではわからないんですの巻物、『照美の巻物』の他に
『エメラルドの指輪』、そして『うまい棒(キャラメル味)』を拾った。

('A`)「落ちてんだ。普通に落ちてんだ…」

 うまい棒(キャラメル味)を握り締め、僕は少しだけ泣いた。

 そういえば、僕は結構な確率で巻物を拾っているのに
いまだ巻物を使ったことがない。
説明を見たところ、わからないんですの巻物は何が起こるかわからない、
照美の巻物を読めばその階に光あらんとのことだった。
中途半端に抽象的な説明で、やはり腹が立つ。

 指輪を拾ったのははじめてだ。

『-エメラルドの指輪-

 色がね、エメラルドグリーン。別にエメラルド製じゃないよ。
 未識別だから効果はわからない!』

 とのことだった。
今のところこの機能はほとんど役にたってない。

 地下2階。僕の両手は空いている。

 3回目となると僕も慣れたもので、
こんなところで死ぬ筈がないじゃないかとさえ思えてくる。
ギコ猫やちんぽっぽを殴り飛ばし、
途中木の矢がぶっ刺さったり頭上から岩石が落ちてきたりしながらも
オワタナイフ、わかってますの巻物と『救急草』を拾い、探索を行った。

 オワタナイフには嫌な思い出しかない。装備するのはやめておいた。
わかってますの巻物は未識別のアイテムの識別をするためのものらしい。
救急草はお手当て草をグレードアップさせたもののようだ。

 早速指輪を識別してみた。

『ドクオはわかってますの巻物を読んだ!
 なんと! エメラルドの指輪は夢が広がリングだった!』

 とのことである。

『-夢が広がリング-

 うはー夢が広がるわー』

(#'A`)「だから情報を増やせっつってんだろーが!
    あんまりナメてっとそのアトムみてーな頭も刈り上げっど!」

 僕の叫びは部屋の壁に反射しエコーがかって聞こえるが、
誰にも届かないものだった。
僕はその場で少し泣いた。

地下3階。僕の両手は空いている。

 小腹がすいてきたのでうまい棒(キャラメル味)を食べてみた。

『ドクオはうまい棒(キャラメル味)を食べた!
 ちょっぴりお腹がふくれた!』

 なかなか旨かった。
ちょっぴりとはいったものの、満腹度にして50%は満たされている。
しかも今回はまだ大きなうまい棒(めんたい味)も残っているので
当分飢える心配はない。
ギコ猫やちんぽっぽ、ビコーズに僕を止める術はなく、
僕はどこまでも行けるような気がしていた。

 それも噴水の罠を踏むまでだったけれど。

 かつて大きなうまい棒(めんたい味)だったものを眺め、
僕はしばらく呆然とした。

('A`)「なんで…包装されてるじゃん」

 僕の呟きはやはり誰にも届かない。
僕の右手には湿気たうまい棒(サラダ味)が握られている。

('A`)「なんで味まで変わるんだよ。おかしいだろ、常識的に考えて」

 いくら嘆いたところで結果は変わらない。どうしようもない。
頭ではわかっているものの僕の気持ちは整理がつかず、
いつまでも1人佇んでいた。

 さっきまでの無敵感はどこかへ消え去ってしまったらしい。
僕はオワタナイフ以外に武器防具の類をまったく持たないことに
急に心細さを感じはじめた。

('A`)「オワタナイフ。名前も嫌なんだよなぁ」

 僕は階段のある部屋の中央付近に腰をおろし、
装備しないように気をつけながらオワタナイフを弄んでいる。
装備すべきかやめとくべきか。
地下3階の探索を終えた時点で僕は他の武器を拾えていなかった。

 地下3階で拾えたものは、
『くびれた壷』に『活目草』、
そして爆発の巻物と『700チャンネル』だった。
『チャンネル』がこの世界の通貨らしい。
通貨があるということはそれを利用する場もあるわけだ。
どういう仕組みになっているのだろう。

 どうやら壷類と指輪類が識別を必要とするらしい。
活目草はつぶれた目を癒すのだとか。
地下4階からは忌まわしきフサギコをはじめとして
一段強い敵がでてくることがわかっているので
僕はさっきからオワタナイフについて悩んでいるのだ。

 悩んでもしょうがない、ということに気づくまで僕は悩んだ。

('A`)「ええい、ままよ!」

 オワタナイフを握りしめる。

『ドクオはオワタナイフ+3を装備した!』

 そんな気がした。
いつまで経っても二行目は現れない。

('A`)「呪われて…ない? 呪われてない!
   呪われてないぜ! イヤッホォォォォイ!」

 僕はオワタナイフを握った右手を大きく突き上げ立ち上がった。
ちょうどオワタナイフを装備したターンでギコ猫が部屋に現れたので、
僕は走り近づき抱きしめた。
頬擦りしてやりたいところだったが、

『ドクオの攻撃! ギコ猫に0ポイントのダメージ!』
『ギコ猫の攻撃! ドクオに1ポイントのダメージ!』

 殴られた。
僕はオワタナイフでギコ猫を突き、階段を降りた。

 地下4階。僕の右手にはオワタナイフ+3が握られている。

 降りた先、僕の隣にはフサギコがいた。
突然のことにちょっぴり焦ったが、
僕はオワタナイフを握り締めた。

('A`)「ここで会ったが百年目!」

『ドクオの攻撃! フサギコに12ポイントのダメージ!』
『フサギコの攻撃! ドクオに14ポイントのダメージ!』

('A`)「痛ぇー!」

 これまでの3階では受けなかった量のダメージに悶絶する。
僕のHPは残り28。あと2回殴られると死んでしまう計算になる。

('A`)「そうか。この間とは装備が違うんだ」

 前回の装備はソコソコソード+1とブリキシールドだった。
今回はオワタナイフ+3のみ。
攻撃力で2、防御力で4の違いがあるのだ。
しかも前回僕はガチムチ草で胸板が厚くなっていた。

('A`)「これは、ひょっとして、すごくやばいんじゃないのか?」

 そう思った。

 前回の状態でさえ、僕はフサギコを倒すのに
3回の攻撃を必要としている。
今回の状態で倒すのに4回かかるとすると、
僕はその間に3回殴られて死んでしまうことになる。
同じく3回で倒せるならばそれで良いのだが、

('A`)「賭けはしないに越したことはない」

 とりあえず頭を冷やすことにした。

 僕の荷物にはいっているのは

『Eオワタナイフ+3
 ・夢が広がリング
 ・くさったうまい棒(サラダ味)
 ・お手当て草
 ・救急草
 ・活目草
 ・照美の巻物
 ・爆発の巻物
 ・くびれた壷
 ・足踏みスイッチ』

 以上の品々である。
どうやらこのフサギコで死ぬことはなさそうだな、と思った。

『ドクオの攻撃! フサギコに12ポイントのダメージ!』
『フサギコの攻撃! ドクオに14ポイントのダメージ!』

('A`)「ここで回復すれば良いッ」

『ドクオはお手当て草を飲んだ! 25ポイント回復した!』
『フサギコの攻撃! ドクオに14ポイントのダメージ!』

『ドクオの攻撃! フサギコに12ポイントのダメージ!』
『フサギコの攻撃! ドクオに14ポイントのダメージ!』

『ドクオの攻撃! フサギコに12ポイントのダメージ!
 フサギコをやっつけた!』

('A`)「いたた…なんとかこの場はしのいだな」

 どこかでファンファーレが鳴るのが聞こる。
これで僕のレベルは7になったわけだが、
依然として僕の残りHPは16ポイントを残すばかり。
ピンチである。
足踏みをして回復しなければならないので、
僕は部屋の中央付近に移動した。

 スイッチを荷物から取り出し押すが、

僕の足踏みは自動的にゆるやかになる。
僕はスイッチを荷物に戻し、ショボンヌに向き合った。

 ショボンヌとは前回も戦っている。
4階になってでてくるようになった類の敵なのにもかかわらず、
フサギコと違ってそれほど強くはない。
前回は1回殴れば昇天してくれた。今回も多くて2回かかる程度だろう。
僕とショボンヌの間に空いたスペースは『行動』2回分ほどで、
お互い近づきあえば僕は先制攻撃の機会を得られるというわけである。
僕がショボンヌにまっすぐ近づいたところで
ショボンヌの後ろからフサギコが現れるのが目に入った。

 この2匹を一度に相手どるのは今の僕には自殺行為である。
ここは一旦部屋から出、
通路の狭さを利用して1対1の形を作るべきだろう。
僕はそう判断したが、体が動かない。

('A`)「何故だ…!」

 唸ったところで体は動かない。
僕とショボンヌの間にまだ『行動』1回分のスペースが空いているのに
僕は気づいた。
ショボンヌはまだ行動を終えていない!

 ショボンヌはゆったりとした動きでふりかぶると、
何かを僕に投げてきた。

『ションボリ草はドクオに当たった!
 ドクオはHPが5ポイント下がった! ちからが1ポイント下がった!
 動きが遅くなってしまった!』

('A`)「なッ こいつらもアイテム使うのかよ!」

 僕の胸板が薄くなる。ちからの低下を実感した。
動きが遅くなる、とは一体どういう状態なのだろう。
僕はとりあえず彼らに背を向け、この部屋からの脱出を試みた。
いずれにせよ、2匹同時に相手はできないのである。

 ショボンヌとの距離は『行動』1回分、
そしてショボンヌの後ろにはフサギコがいる。
一番近い通路までの距離は『行動』2回分である。
僕が通路に向かって一歩あるくと、彼らは僕の隣まで距離を縮めた。

('A`)「僕の2倍の速さで動いているッ」

 違う。僕が彼らの2倍の遅さでしか動けないのだ。

 こういうときこそ落ち着かなければならない。
僕は自分にそう言い聞かせた。

('A`)「考えろ考えろマクガイバー。
   僕には考える権利がある。まだ生き残る道はある筈だ」

 自分の持ち物を確認する。

『Eオワタナイフ+3
 ・夢が広がリング
 ・くさったうまい棒(サラダ味)
 ・救急草
 ・活目草
 ・照美の巻物
 ・爆発の巻物
 ・くびれた壷
 ・足踏みスイッチ』

('A`)「ここは救急草で回復すべきなのだろうか?」

 僕のHPは現在25ポイント。最大HPは47だ。
半分以上のHPが残っているのに救急草はおいしくない。
しかし背に腹は変えられない。死んだらそこで終わりなのだ。
僕は救急草を取り出した。

『ドクオは救急草を飲んだ! 22ポイント回復した!』
『ショボンヌの攻撃! ドクオに7ポイントのダメージ!』

『ショボンヌの攻撃! ドクオに7ポイントのダメージ!』
『フサギコの攻撃! ドクオに12ポイントのダメージ!』

 22ポイント回復して26ポイントのダメージ。

('A`)「赤字じゃねーか!」

 僕は残り21ポイントで死んでしまう。
このまま死を待つのか? そんなの嫌だ!

('A`)「じゃあどうすれば良いんだ!」

 僕の叫びは壁に反射しエコーががって聞こえるが、
僕自身にしか届かないものである。
ゆえに誰からも助言はもらえない。筈だった。

「戦えば良いお」

 誰かからそういわれた気がした。

「ドクオはいつもそうだお。
 何か理由を探してはそれにこじつけて戦うことを避けようとする。
 それじゃあ何も解決はしないお。
 自分の足で立ち、戦うんだお。
 思い出すお、それができたときは負けなかった筈だお」

 こいつの口調はいつも僕を苛立たせる。
本当はわかっていた。それは僕の方に原因があり、
つまり僕が彼に劣等感を抱いているだけなのだ。

 僕は彼らに向かい合った。

 僕は持ち物を確認した。爆発の巻物がはいっている。

('A`)「食らえ!」

『ドクオは爆発の巻物を読んだ!
 ショボンヌに20ポイントのダメージ! ショボンヌをやっつけた!
 フサギコに20ポイントのダメージ!』
『フサギコの攻撃! ドクオに12ポイントのダメージ!』

 これで僕のHPは9。あと一度フサギコに殴られたら死ぬだろう。
次の攻撃でやっつけられるか?

「やっつけられるさ」

 そんな気がした。

 僕はオワタナイフを握り締め、フサギコに向かってふりかぶる。
しかし僕の体はそれ以上動かない。何故だ!

(;'A`)「…ションボリ草のせいだ」

『フサギコの攻撃! ドクオに12ポイントのダメージ!』

「ま、毎回勝てるとは限らんお」

 僕は死んだ。

『フサギコに撲殺』第四話につづく
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