「5話」





 昔の夢を見た。

 僕はとーちゃんに連れられてサッカー観戦に行っていた。
とーちゃんもスタジアムに足を運んだことなどなかったのだろう、
右往左往しながら自由席の区間に辿りついたころには
すっかり試合ははじまってしまっていて、
人に溢れた自由席に僕たちが腰を下ろせるスペースは残っていなかった。

 とーちゃんは背の小さかった僕を肩車して見させてくれて、
ハーフタイムには砂糖とミルクのたっぷりはいったミルクティを
買ってくれた。
僕はそれが嬉しくて、これを飲み干したら世界が終わってしまうと
恐怖しているかのようにチビチビと飲んだ。

 試合が終わるころになっても僕の握るカップには半分以上が残っていて、
とーちゃんは僕を肩車から降ろした後、
背の小さな僕より小さくかがみ、僕を見上げるように覗き込んだ。

「オレンジジュースの方が良かったかな」

 とーちゃんは苦笑いを浮かべながらそう言った。


 僕はそんなことを言われるとは思っておらず、いたく狼狽した。
必死になって否定したが、とーちゃんにうまく伝わっていただろうか。

 砂糖とミルクのたっぷりはいったミルクティはとても甘く、旨かった。

 僕はその後誕生日を迎え、サッカーボールを買ってもらった。
とーちゃんと観戦したサッカーの試合は僕にとって大切な思い出で、
幼心にそれに順じたものを欲しがったのかもしれない。
とーちゃんはサッカーボールを買ってくれた後
僕の足の形を丁寧に靴型に取ると、
サッカーシューズを一足作ってくれた。
とーちゃんの作ってくれたサッカーシューズは僕の足にピッタリだった。

 僕はそれをとても気に入って、毎日学校に履いていった。
家の小さな庭でボールを蹴り、
授業が終わった後のグラウンドで行われるサッカー遊びに参加した。
僕はボールを蹴るのが上手かった。


 サッカー遊びのメンバーの中にはサッカースクールに通う子が1人いて、
その子は得意げになって皆にボールの蹴り方を教えていた。

 自分でいうのもなんだけど、僕は彼の生徒の中でも飛び抜けて優秀だった。
彼は2つの基本的な蹴り方しか教えてくれなかったが、
僕はすぐにその2つを習得し、
誰よりも正確にボールを蹴られるようになっていた。

「この蹴り方をインサイド、こっちをインフロントキックって言うんだ」

 彼はそう教えてくれたけれど、僕は名前なんてどうでも良かった。
転がすやつと、飛ぶやつ。僕はそう認識していた。
僕は彼よりボールを蹴るのが上手かった。


 それが彼の気に障ったらしい。
彼は僕の上達に比例して僕に対して苛立つようになり、
やがて僕がドリブルを不得手とすることを知ると、
やっきになってドリブルの有効性を主張した。

「パスがどれだけ上手くても、ドリブルができないとそれまでなんだ。
 攻撃的な選手はドリブルができないといけない。
 ドクオはパスはまぁ下手じゃないけど、ドリブルができないからな。
 体も小さいしさ、だめだよ。使えない」

 彼は皆に、そして自分に信じ込ませるようにそう演説した。
僕は彼から露骨に向けられる悪意に困惑し、
また実際ドリブルが下手だったこともあり
次第に放課後グラウンドには残らなくなっていった。
僕はボールを蹴るのが上手かったが、蹴ることは少なくなった。


 ある日、僕の数少ない友達の1人が声をかけてきた。

「ドクオ、今日はあいついないからさ、帰りにサッカーしてこうぜ」

 僕は友達と一緒にグラウンドでボールを蹴って楽しんだ。

 その翌日、下校しようと上履きを持って下駄箱を開けると、
僕のサッカーシューズはカッターか何かでズタズタに切り裂かれていた。
よく見ると、傷は文字の体をなしていた。

『サッカーしねーやつがこんなのはいてんじゃねーよ』

 僕は誕生日にもらったサッカーボールを押入れの奥にしまいこみ、
サッカーシューズを作ってもらう前に履いていたスニーカーを
靴箱から引っ張り出した。
僕はボールを蹴るのが上手かったが、ボールを蹴るのが嫌いになった。


 今朝の太陽は憎たらしいほど輝いていて、
僕が二度寝をすることなど許してくれない。

('A`)「なんでこんな夢を見たんだろう」

 僕は窓を開けて空気の入れ替えを行いながら呟いた。

 つるむようになってからというもの、
ブーンは僕にやたらとサッカーの話を振ってくる。
不思議とブーンの行動がこの忌まわしい記憶を蘇らせることはなく、
サッカーの話題が身近にあることに僕は嫌悪感を感じなくなっていたし、
ブーンにサッカー観戦を勧められたときもあっさりと承諾できた。
てっきり僕はもうこの記憶に影響されることはないと思っていたのだ。

('A`)「この前ツンに昔話をしたからかな」

 僕はスタジアムで会った少女のことを思い起こした。
彼女はタイトなジーンズに足を包み、レモン色のシャツがよく似合っていた。
くりくりとした大きな目は愛らしく、
その小さな口からは思いのほか大きな声がでることを僕は知っている。
ウェーブがかった金髪が美しい。
その明るい色よりもさらに白い首は細く、汗に濡れて光っていた。

 僕はベッドの上で勃起した。


 小さく丸めたティッシュをゴミ箱に投げ捨てると、
僕は押入れの奥から古ぼけたサッカーボールを取り出した。
黒い五角形と白い六角形がちりばめられている。

('A`)「これ、皮製だったんだ」

 僕はボールの表面を撫でながら呟いた。
安物のサッカーボールはビニール製で、
小さなころは皮製のボールを蹴るのが夢だったと
ブーンが語るのを聞いたことがある。
どうやら僕の幼少期はブーンより恵まれていたらしい。

 かつて毎日のように蹴っていたボールはところどころが痛んでいて、
子供用だったのだろう、とても小さかった。
両手で押すと、それほど空気は失われていないことがわかる。
僕は小さなボールを持ってスニーカーをつっかけると、
僕の家の小さな庭に降りていった。


 僕はブロック塀に向かってボールを蹴ってみた。
ボールは小さく蹴りにくかったが、
思ったよりしっかりした速度で返ってきた。

 僕は足の内側を使って強く低いボールを蹴った。
ボールはブロック塀の僕の思い描いたところにぶつかり返ってくる。
返ってきたボールを丁寧に止めると、
僕は足の甲のやや内側の部分を使って少し浮くボールを蹴った。
ボールはブロック塀の僕の思い描いたところにぶつかり返ってくる。

('A`)「マグレじゃねーし」

 この場にいないブーンに向かって吐き捨てた。
僕はボールを蹴るのが上手いのだ。

「めずらしいな」

 しばらく無心にボールを蹴ってると、僕は声をかけられた。
僕の家の小さな庭は靴屋部分から見えるところにある。
声の主はとーちゃんだった。

('父`)「サッカーはやめたんじゃなかったのか?」


 ブロック塀とパス交換しながら僕はとーちゃんと会話した。
僕の蹴ったボールはブロック塀で跳ね返り、寸分たがわず僕の足元へ返ってくる。

('A`)「サッカーじゃないよ、これは。昔を懐かしんでるだけだ」

('父`)「そうか。相変わらず上手いもんだな」

('A`)「まーね。才能はないけどね」

('父`)「それは才能じゃないのか?」

('A`)「うん、そうだね。一説によると違うらしい」

 僕はボールを止めると、窓越しに話しているとーちゃんと向かい合った。

('A`)「靴屋って楽しい?」


 とーちゃんは虚をつかれたようで、考えこむように頭をかいた。
しばらく経って、「そうだな」と話しはじめる。

('父`)「俺は楽しい。お前がどうかは俺はわからない」

('A`)「そりゃそうだ。
   うーん、なんていうか、とーちゃんは毎日働いているよね。
   何より大変そうなのが、オーダーメイドだかなんだか知らないけど、
   靴型取って1足1足自分で作っているやつらだ。
   朝から晩まで金槌振って、
   それでもギリギリになって慌てたりしてる。
   なんであんなに注文受けるの?
   もうちょっとうまいことやってほどほどに遊ぼうとか思わないの?」

('父`)「そうだな、思わないな」

('A`)「なんで?」

('父`)「うーん、そうだなぁ」

 とーちゃんは言葉を探すようにあたりを見渡した。
靴屋部分の窓からは、僕の家の小さな庭と居住部分の壁くらいしか
見えないはずだ。
僕はもう1回足を振り、ブロック塀とパス交換した。


('父`)「靴屋はさ、目の前だけ見てりゃ良いんだよ」

('A`)「なにそれ。意味がわからない」

('父`)「だからさ、客が来るだろ。俺はそれに応対するわけだ。
   オーダーメイドが欲しいといわれたとき、
   俺はその客を見るわけだな。そして考える。
   『おい俺、お前はこいつの靴作りたいか?』ってな」

('A`)「自問自答するわけだ」

('父`)「そうだ。俺は自問自答する。
   そして作りたいと思ったら、作る。
   それまでにいくつ注文を受けていようが、そんなのは関係ねーよ」

('A`)「お客さんのためだから?」


('メ`)「そうじゃないな。客は関係ねーよ。いや、ないことはないけども。
   まず俺が作りたいのが第一だな。
   俺は俺が作りたい人の靴を作る。
   もちろん俺の作った靴を喜んで履いてくれる人がいるのは幸せで、
   だから俺は靴屋をやっていけるわけだけど、
   なんていうかな、だから、俺は目の前だけ見ようと思うんだ。
   もちろん客のことは考えないといけないし、
   満足のいくものを提供しなければならないんだけど、
   俺は別に客のためにがんばってんじゃねーよ」

('A`)「自分勝手だ」

('メ`)「そうだ。俺は自分勝手なんだ。
   この店は自分勝手な俺が作った自分勝手な店だ。
   俺がそう決めたんだ。文句あるか?」

('A`)「ないよ」

('メ`)「うん。だから、こんな店は俺の代で潰れても良いんだ。
   お前もやりたいことがあるならやれば良いさ」


 僕は2・3度とーちゃんに向かって頷くと、
ボールを持って部屋に戻った。
ボールを再び押入れに押し込み自問自答する。

('A`)「僕はツンを解放したいのか?」

 そうだ、と僕は思った。
解放したいと思うから、解放する。

('A`)「それをツンがどう思おうが、そんなのは関係ねーよ」

 呟いた。
僕が彼女に何かを期待するのは間違っている。
僕は自分にそう言い聞かせた。
目の前だけを見るんだ、と思った。
僕はツンのためにツンを解放するわけではない。
僕がそうしたいだけなんだ。

 僕はデスノートを持って家を出た。


 あたり一面の草原の中、ツンは僕を待っていた。
ツンは僕に大きなうまい棒(めんたい味)と足踏みスイッチを手渡すと、
いつものように僕を送り出す。

ξ゚听)ξ「じゃあがんばってね」

 ツンはそう締めくくる。
僕はそれには答えずツンの目を見つめる。
ツンは僕の視線をそらさず真正面から受け止める。
僕が解放してみせる、と、そう伝えた気になった。

 僕は暗く静かな階段を、1歩1歩踏みしめるように降りていった。


 地下1階。僕の両手は空いている。

 降りた先にはギコ猫が2匹いた。丸々とこちらの様子を伺っている。
その愛らしい表情に何か悪意のようなものが漂って見えるのは、
前回こいつらのうちの1匹に撲殺されたことによる
被害者意識が原因だろうか。

('A`)「相手どるのがギコ猫2匹なら、どうやっても僕の勝ちだな」

 そう思った。
僕に策を弄する必要はなく、ただ近づいて殴れば良い。
その間に殴られることがあろうとも、
彼らに僕の生命を脅かすほどのダメージを与えることは無理だろう。

('A`)「しかし、わざわざ痛い思いをすることもないだろう」

 スマートに行こうぜ、と僕は呟く。


 僕は2匹に同時に隣接されることのないように、
1匹を中心とした円を描くように近づいた。
彼らは単調な動きしかできないのだ。
おそらくそういう風にデザインされているのだろう。

 僕は1匹ずつ丁寧に殴り殺すと、
部屋の隅に落ちていた『ミミタブシールド』を拾った。

('A`)「変な名前の盾だな。今にはじまったことじゃないけれど」

 とりあえず装備するかどうかは保留して、僕はひとり呟いた。
この世界をデザインしたのがこれから僕が会いに行こうとしている
神様だとするならば、そのネーミングセンスはたかが知れている。

('A`)「全知全能にしてはダサいな」

 それだけは間違いない。


 装備品にはどんな説明がついているのだろう、とふと思った。

('A`)「これまで僕は当たり前のように装備品を扱ってきたけれど、
   ものによってはそれ特有の効果があっても
   おかしくないんじゃないだろうか」

 そう思った。
考えれば考えるほど、むしろその方が自然に思えてきた。

『-ミミタブシールド-

 地雷や爆弾、炎に強いよ!』

('A`)「なるほど、
   熱いものを触ってしまったときは耳たぶで癒すっていうもんな」

 僕は妙に納得した。

('A`)「えらい庶民的な神様なんだな」

 ちょっぴり親近感がわいた。
僕には熱いものを触ってしまったときに耳たぶで癒した記憶はないけれど。


('A`)「熱に強いっていうなら、ドラゴンシールドとかさ、
   そういうもうちょっとカッチブーな名前にすりゃ良いのにな」

 僕は呟き、ミミタブシールドを左手に握り締めた。

『ドクオはミミタブシールドを装備した!』

 そんな気がした。

 装備してわかったのだが、ミミタブシールドはえらく防御力が低い。
さすがにベニアシールドには劣らないけれど、
ブリキシールドと同じくらいだ。

('A`)「確かにこれじゃ、ドラゴンシールドだと名前負けかもな」

 ミミタブシールドは表面に耳たぶを模した装飾があしらわれている。
僕は地下1階の探索を開始した。


 僕は地下四階までしか経験していないのでその下のことはわからないが、
僕にとって困難なのは、地下3階までの敵と地下4階からの敵の強さに
大きな隔たりがあることだ。

 これまでの経験からして、
仮に地下三階までに何の装備品も拾えなかったとするならば、
よっぽどうまくやらない限り
あのフサギコやショボンヌの群れには敵わないことだろう。

('A`)「そして、まだ僕はよっぽどうまくはできないだろうな」

 地下1階の探索を続けながら僕は考えた。
地下3階までに装備品が他に見つからなかった場合、
安易に地下4階に降りる前に地下3階のやつらと戦い
よりムキムキになっておいた方が良いのかもしれない。

 しかし、と僕は結論づける。

('A`)「飢え死にだけはごめんだな」

 地下1階では他に救急草、活目草、そしてわかってますの巻物を
手に入れた。


 地下2階。僕の左手にはミミタブシールドが握られている。

 降りた先で、僕はひとり興奮していた。

('A`)「これは…!」

 僕の手には特製うまい棒(コーンポタージュ味)が握られている。
特製うまい棒(コーンポタージュ味)は
ホログラムに輝く特別仕様の包装がなされており、
僕の中の男の子の部分を刺激する。

('∀`)「すげぇ! すげぇよコレ!」

 僕はホログラムの輝きを様々な角度から眺めまわる。
ひとしきりはしゃぎまわった後急に恥ずかしくなり、
僕は特製うまい棒をそっと荷物にいれた。

 僕は地下2階でベニアシールドと1200チャンネルを入手した。


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