『第六話』





 ベッドの上で跳ね起きた。僕は不快感にまみれている。

 顔中が汗にまみれて気持ち悪い。
濡れたシャツが肌に貼りついて気持ち悪い。
そして何より、下半身がぬめりついていた。

('A`)「中出し義母レイプ…!?」

 自分の尻に手をまわすと
アナルがヌルヌルになっているのが感じられる。
僕はそのヌルヌル成分を指に取ると、
浅い呼吸を繰り返しながらズボンから手を引っ張り出した。

('A`)「ペロ…苦!」

 どう見ても精子です。本当にありがとうございました。


 僕は惨めな気持ちにどっぷりと浸かりながら、
ティッシュで指の1本1本を拭き清めた。
床に落ちているデスノートを拾いあげ、表紙をめくる。

『第1回:何者かに撲殺
 第2回:空腹のあまり死亡
 第3回:フサギコに撲殺
 第4回:ギコ猫に撲殺
 第5回:クックルーに撲殺』

 僕は昨夜のことを思い出す。

 クーにレイプされた後も僕の視力は回復せず、
その上金縛りのような状態にあっていて、僕はしばらく動けなかった。
そして、その間に近づいていたらしい敵に、僕はタコ殴りにされていた。

 ようやく開いた目に飛び込んできたのは屈強な鳥の怪物で、
すっかり気が動転していた僕は真っ向勝負を挑み、
そのまま殴り殺されたわけである。


('A`)「今考えればいくらでもやりようはあったな」

 そう思った。
たとえば目ー潰し草を投げつけてやっても良かったし、
もっと単純に救急草を飲んでも良かった。
こちらが『行動』するのに時間制限はないのにもかかわらず、
僕は何も考えていなかった。

('A`)「くそ、くそ。
   はじめて地下4階より下に行けたのに。
   装備も良くて胸板も厚くなってたし、
   何より追い風のようなものを感じてたのに!」

 悔しいのとむかつくのと惨めなのとで僕の目には涙がにじんでいる。
泣いたら負けだ、と僕は思った。
鼻水をすすりあげコブシを握り、
唇を噛んで感情が過ぎ去るのを待っていると、
唐突に、まだ下半身がヌルヌルであることを思い出した。


('A`)「痔になってたりするのかな」

 僕はおそるおそるズボンを脱いだ。
幸いなことにズボンはあまりヌメっていない。

('A`)「む」

 そして気づいた。僕のパンツ。

('A`)「アナルまわりよりフロント周辺の方がヌメっている…!」

 つまり、と僕は考える。脳内から声がした。

「どういうことだね毛利君」

 チョビヒゲピザだ。蝶ネクタイのガキもいる。
僕は声を作って応答した。

('A`)「つまりこういうことですよ目暮警部。
   これはやつの精液ではないのです…!」


「何ィ! 本当かね毛利君! では誰のザーメンだというのだね!」

 ザーメンて。僕はうろたえた。

('A`)「あ、いや、それはその…」

「あれれー?
 おじちゃん、ホモセクシャルとのオーラルセックスで
 射精した形跡があるよー?」

 うわー直球だなぁ、と僕は開いた口が塞がらなかった。
小学生ぶるならもうちょっと語彙レベルを落とせよ。

「どういうことだね毛利君!」

 てめーもうるせーよ。

('A`)「だから、夢精していたのですよ犯人は!
   そして、その犯人とは、他ならぬ私だったのです!」

「なんてことだ。それでは…それでは…」

 共食いじゃないか、とチョビヒゲピザはその場に崩れ落ちる。
僕がパンツを脱ぐと、幻覚たちは去っていった。


 皆さんは夢精の経験がおありだろうか。

 僕は『NO』だ。正確には、だった。
そのため、僕は夢精後のパンツの処理方法が皆目検討つかない。
いったい夢精人たちはこのパンツをどうやっているのだろう。

('A`)「洗面所に持っていって洗うか?」

 NO! と僕の危機管理能力が警鐘を鳴らす。

「そんなことをしたら、お前さん、死ぬぜ」

 腰にタオルを巻いてパンツを洗っているところを両親に見つかり、
何故か頬を赤らめながら挨拶する僕の姿が頭に浮かぶ。
想像の中の僕は穴だからという理由で排水溝に入ろうとして、
とーちゃんにぶん殴って止められていた。

 洗面所で洗うのはよろしくない。


('A`)「そうだ風呂場! あそこなら確実に1人になれるし、
   シャワーで洗い流した後は洗濯機に投げ入れておけば良い」

 NO! 僕の危機管理能力が再び警鐘を鳴らす。何故だ。

「私が授業でタンパク質の変性について話したことを忘れたのですか?
 風呂の湯の温度は容易に変性を引き起こす。
 そして精液はタンパク質だ。
 風呂場オナニーは死に直結する、私はそう教えました。
 これであなたに同じことをいうのは二度目です。
 三度目はいわせないでくださいよ無駄無駄…」

 僕の脳内では化学の教師が
髪の毛をコロネ状に巻きながら演説している。
彼はいわゆる頭髪に不自由な人なので、
すべてをかき集めてもコロネは1つしかできなかった。

 風呂場で洗うのもよろしくない。
いったいどうすれば良いのだろう。


 端的に話すと、僕は散々悩んだ挙句、
パンツをビニール袋に入れて捨てることにした。
考え得る最もシンプルな方法だった。

('A`)「1度や2度の射精量で大変なことになるとも思えんがな」

 シャワーで下半身を洗い流しながらそう思ったが、
わざわざごみ箱からビニール袋を取り出して
パンツの救出を行おうという気にはならなかった。
そんなことをしてまた惨めな気持ちになるのはごめんだったし、
今後そのパンツとどんな付き合い方をしていけば良いのか
僕にはわからない。

('A`)「パンツに罪はないんだけどな」

 僕はごみ箱に向かって合掌した。
パンツの神様は僕を許してくれるだろうか。


 日曜日の太陽は誰の上にも等しく降り注ぐ。
それはホモセクシャルにレイプされた高校生にもいえることだし、
前節での活躍を見込まれスターティングメンバーに名を連ねた
サッカー選手にもいえることだった。

 ブーンはその72分間のプレイの中で数回惜しいシュートを放ち、
チームのために数個のフリーキックをゲットし、
何本かの鋭いパスを通したらしい。
彼は2対0とリードを広げた局面で守備的な選手と交代させられ、
ピッチを退く際にはスタンドから拍手で迎えられたとのことである。

 僕は新聞を食卓に置くと、自分の部屋に戻って着替えた。

('A`)「僕には気分転換が必要だ」

 出かけよう、と思ったのだ。
どんな不慮の事態が起きるかもしれない。
出かけるついでに夢精パンツ入りのビニール袋を
コンビニかどこかで捨ててしまうのが賢明だろう。


 ひとり歩く僕の右手にはくたびれたビニール袋。
そしてその中には乾燥した精液でカピカピになっているトランクス。
こんな状況を誰かに見られるわけにはいかない。

('A`)「これは、単独のスニーキングミッションなのだ」

 奥歯に致死性のある毒薬の詰まったカプセルでも
装備したいところだった。
誰かに見つかったら舌を噛み切って死ぬより他にない。

 いや、と僕は否定する。

('A`)「そんなのはだめだ。
   死人に口無し、僕がこのパンツを元に
   どんな変態さんに仕立て上げられるかわかったもんじゃない!」

 自爆だ、自爆。餃子を見習え。やってできないことはない筈だ。
そんなことを呟きながらなんとかコンビニに辿りつき、
僕はスニーキングミッションをコンプリートさせた。
実に爽快な気分だったので、僕はそのまま街にくりだした。


 僕は都会が好きではない。
人がたくさんいる場所が苦手なのだ。
空気は汚く雑音にあふれ、誰もが何かに急かされている。

 しかし、都会のすべてが嫌いというわけではない。
やはり都会は便利であって、
それは石を投げればコンビニに当たるほどである。
散在するジャンクフード店は大好きだし、
何より僕は都会の大型書店が好きだった。

 僕は備え付けの椅子に腰掛けお気に入りの作家の本を読んでいる。
この長めの短編小説、あるいは短めの中編小説といった長さが、
そして翻訳家も兼ねていることに由来する独特のリズムの文体が
僕は好きなのだ。

 この本屋ではずらりと10席程度の読書スペースが提供されている。
名目としてはそこは本の内容を確認するところで
1時間以上の占領は認められないのだけれど、
まだ空席が残っていることをいいことに、僕はすっかり熱中していた。


 本を読むときの姿勢が悪いのだろう。
僕は読書時首に疲労がたまりやすい性質の人間で、
何時間も続けて本を読むことができない。
数十分ごとかに顔を上げ、首をまわしてマッサージしないと
気が狂いそうになるのだ。

 数回首をまわしたところで
僕の2コ隣の席に女の子が座っていることに気がついた。

 彼女は文庫本を開いていた。
ピンと伸びた背筋が姿勢の良さを物語っている。
グリーンのワンピースを品良く着こなし、
ウェーブがかった金髪は今日は縛られていないらしい。

 ツンだった。


(;'A`)「うおーなんだよこれ。どうすりゃいいんだよ」

 僕はすっかりパニックに陥っていた。
先日の痴態を知られているような気がして猛烈に恥ずかしい。

('A`)「落ち着けドクオ、そんなことはない。
   ツンは『樹海』内で行われていることについて
   認知していないといっていたし、
   だいたい現実にいる方のツンはその記憶を失っている筈だ」

 というより、と僕は考えた。

('A`)「シカトしてればいーんだよな」

 そりゃそうだ。
触らぬ神に祟りなし。恐怖には関わらないに越したことはない。
僕は再び本に目を落とす。

ξ゚听)ξ「あら、ドクオじゃない?」

 僕の目論見は2秒で潰えた。


 ツンは昼からブーンと会うらしい。
この本屋に来たのは友人に薦められた本をつまみ食いするためで、
そろそろ行こうと思っていたところなのだと言っていた。

ξ゚听)ξ「だから、結構な偶然ね」

('A`)「そうだね。運命を感じる?」

ξ゚听)ξ「なにそれ。ナンパしてんの?」

 少し考え、そうだ、と僕は言ってみた。
一瞬驚いたような顔を見せた後、ツンはにっこり微笑んだ。

ξ゚ー゚)ξ「ふーん、じゃあ、ご飯でも食べよっか」

 今度は僕の驚く番だった。
ツンは僕の次の言葉を待たずに携帯電話を取り出すと、
僕から2・3歩遠ざかって背を向け、誰かに電話をかけだした。


 ツンの電話はすぐに済んだ。

ξ゚听)ξ「じゃ、向かいでしばらく時間を潰しましょ」

 有無を言わせず本を棚に戻させると、
ツンは僕を連れてチェーン展開をしている喫茶店に入った。

 慣れた様子で呪文のような注文をサラサラと告げるツンとは対照的に、
僕は各駅停車で注文する。
なんでコーヒー1つ頼むのにこんなに手順が必要なのだろうか。
なんとかカップ1杯ののアイスコーヒーを手に入れた頃には
僕はほとんど店員を呪っていた。

 僕たちは道路に向かったオープンテラスに腰掛けた。

ξ゚ー゚)ξ「あんた、ここ来るのはじめてでしょ」

 座るやツンはそう僕をからかった。
僕はデジャヴのようなものを感じ、何も言葉が出てこない。


('A`)「えっと、なんだって?」

ξ゚ー゚)ξ「だから、ここ来るのはじめてかって。あんた耳ついてんの?」

('A`)「ついてるよ」

ξ゚ー゚)ξ「聞きたいのはそこじゃないの。そんなの見りゃわかるって。
     ここに来たのははじめて?
     だよねー。あんなにオタオタしてたもんねー」

 間違いない、と僕は確信をもった。
ここにいるグリーンのワンピースの女の子と、
あの『樹海』にいる赤いワンピースの女の子は同一人物だ。

 僕はコーヒーを飲んで喉を潤すと、唇を舐め、
思い切って口を開いた。

('A`)「僕はこれまでに『樹海』で5度死んでいる」

 僕はひどく緊張している。
ツンは何か言おうとしたその口の形のままで固まった。


ξ;゚听)ξ「え、なに、あんた、なんで、
     あんたなんであそこ知ってんの?」

 ツンはすっかり狼狽しきっていて、
その慌てぶりはかえって僕を落ち着かせた。

('A`)「落ち着けって。
   まず、落とすといけないから、
   その呪文コーヒーを一口飲んでテーブルに置くんだ」

 ツンは僕の言う通りにコーヒーを一口飲み、テーブルに置いた。
僕はツンに何をどう話すべきか頭の中でまとめる。
あまり良くはまとまらなかったが、ツンが落ち着いてきた様子だったので、
とにかく話を続けることにした。
いくら時間をかけたところでまとまるものとも思えない。


('A`)「まず確認したい。
   ツンは『樹海』の存在を知ってるな?」

ξ゚听)ξ「ええ、知ってるわ」

('A`)「僕は今月の頭くらいからあそこに行くようになっている。
   そして、僕が樹海行きの切符を買うと、
   いつもそこにはツンがいる。
   そのことについて心当たりはある?」

 ツンはしばらく黙って思考をめぐらせていたが、
やがて合点がいった様子で口を開いた。

ξ゚听)ξ「うん、たぶん、あたしは全部わかる。
     それはあんたにとってショッキングな話になるかもしれないけど、
     それでも聞きたい?」

 もちろん、と僕はうなずいた。
ツンは呪文コーヒーを一口飲むと、再び話しだす。


ξ゚听)ξ「まず、あたしに『樹海』であんたを迎えてた記憶はないわ。
     それは解放されたときに消されるの」

('A`)「うん、それは知っている。
   というか、そうじゃなかったらこんなリアクションにはならないよね」

ξ゚听)ξ「そうね。
     で、それでもあたしは『樹海』については知っている。
     なんでだと思う?」

('A`)「さっぱりわからない。
   というより、まず、なんでツンがあそこにいるのかわからない。
   自分の意志でいるわけじゃあないのか?」

ξ゚听)ξ「それは、半分はそうね。
     もう半分は義理みたいなもんかな」

('A`)「義理?」

ξ゚听)ξ「そう、義理。
     『樹海』をクリアして願い事を叶えてもらい、
     前任者を解放した人は、次の人に解放されるまで
     あそこで神様の使いっ走りをしなきゃいけないの。
     クリアする前までの記憶はいじられないから、
     あたしはこうして『樹海』のことを覚えてるわけ」


('A`)「つまり、ツンは願い事を叶えてもらったんだ。
   そして誰かに解放されるのを待っている」

ξ゚听)ξ「そういうこと」

('A`)「それがどうして僕にとってショッキングな話になるのかな」

ξ゚听)ξ「だから、クリアして願い事を叶えてもらったとしても、
     しばらく経たないと効果が得られないのよ」

 ツンは一区切りついた様子でコーヒーを口に運んだ。
僕にはあまり実感がわかなかった。
何故それがショッキングな話になるのだろう。

('A`)「どうも納得がいかないな。
   だって記憶が消されて願い事した日に戻るんだろ?
   夢を見て起きるみたいなもんだ。
   いくら待たさることになろうとも、
   覚めてしまえば一瞬で、そんなにつらくはないんじゃないか?」


 そうね、とツンは考え込む。

ξ゚听)ξ「ドクオは自分の思い通りになる世界に生きてみたいと思う?」

('A`)「そりゃ、思うんじゃないかな。
   だいたい願い事を叶えてもらうってのもそれに近いことじゃないか」

ξ゚听)ξ「それはそうかもね。
      でも、自分の思い通りになる世界では、
      自分の思う通りにしかならないの」

('A`)「うーん。それは、刺激のようなものが少なすぎるといいたいのかな」

ξ゚听)ξ「刺激。そうね、そうかもね。
      たとえばあたしの思い通りになる世界にあたしがいるとして、
      あたしは内藤に会いたいなと思うわけよ」

('A`)「だろうね」

 僕はツンから目をそらしたが、彼女はそれに気づかず話し続けた。
僕はコーヒーを飲み干した。


ξ゚听)ξ「その内藤はあたしが考えた内藤で、
      それはあたしのイメージした内藤かもしれないし、
      あたしの理想とする内藤なのかもしれないけれど、
      とにかく実際の内藤とは違うわけよ」

('A`)「だろうね。それの何が嫌なのかな」

ξ゚听)ξ「だから、その内藤はあたしの想定の範囲内でしか動かないの。
      あたしの思った通りにしか動かない。
      突然走りだすこともなければ
      唐突に旅行に行こうと言い出さないし、
      絶対サッカーの才能があるんだけど
      何故かサッカーを避けている友達の話もしない。
      あたしがそいつの名前を知りたがっても、
      あたしが知らないんだから、当然教えてもらえないの。
      それも、教えたくないから教えないんじゃなくて、
      知らないから教えられないという態度なのね」

('A`)「リアリティのなさに苛立ってくるわけだ」

ξ゚听)ξ「その先にあるのはすごい孤独感よ。
      次第にさっさと死にたくなって、それでも自分では死ねないの」


 ツンは呪文コーヒーを飲み干すと、大きく1つ息を吐いた。

ξ゚听)ξ「だから、あたしがあんただったなら、
      もう『樹海』に行くのはやめとくわね」

 だろうね、と僕は頷いた。
沈黙が二人を包む中、僕たちは人々の歩く様を眺めて時間を潰した。

 やがて汗だくのブーンがやってきた。
鬼気迫る表情だった。

(;`ω´)「やっと着いたお! ドクオだったのか!
      今日、僕は、ドクオを殺すお!」

(;'A`)「落ち着けブーン。何があったんだ」

(;`ω´)「それはドクオの胸に訊いてみるといいお!
      そこになおれ!」


 僕はブーンに引き起こされた。すごい力だった。
困ってツンの方に目を向けると、彼女はカウンターで水をもらっている。

ξ゚听)ξ「はい内藤お疲れさま。
      とりあえず水でも飲みなさい」

 ブーンは僕を掴んでいた手を離すと、
一気に水を飲み干した。

( `ω´)「うおつめたっ! 頭! 頭痛いお!
      これもドクオのせいか!」

('A`)「その理屈はおかしいだろ。落ち着けよ。
   素数を数えろ」

( `ω´)「1・2・3・4・5…」

('A`)「それは自然数だ」

( ^ω^)「落ち着いたお」


『もしもし内藤? あたしリカちゃん。じゃなくて、ツン。
 今本屋にいるんだけど、うん、そうそうあの本屋、
 あの本屋にいるんだけど、なんか知らない男にずっとつきまとわれてるの。
 このままだとレイプもしくはSATSUGAIされそうで怖いからすぐ来て!
 でも車に乗って来たらもう二度とあんたと一緒に歩いてあげないから、
 公共の交通機関でお誘いあわせの上早く来て!
 あんたが来るまで誘いに乗るふりして向かいでコーヒー飲んでるからね!』

 ブーンは電話でそんなことを云われたらしい。
脳みそまで筋肉でできてることでおなじみの彼は
いてもたってもいられず、先日試合をこなしたばかりの
プロフェッショナルなスポーツ選手であるにもかかわらず、
家からここまで走って来たとのことだった。

( ^ω^)「いやーすまんこ。
      思えばドクオのことをツンは知ってるはずだお」

('A`)「あ、別に僕に信頼があるわけじゃないのね」

 乱暴したお詫びに、ということで僕はブーンに焼肉を奢られている。
旨い飯を食えれば僕はそれなりに幸せだった。


 僕は焼肉を奢られた後彼らと別れた。
一緒に遊ぶか、と形式上訊かれたが、
ブーンの表情は明らかにそれを嫌がっている。

('A`)「ツンは何か好きな食べ物あるの?」

 別れ際にそう訊くと、
ツンは生クリームのたっぷり詰まったエクレアだと答えた。

 僕はデパートの地下2階で
生クリームのたっぷり詰まったエクレアを3つ買うと、
いったん家に帰ってスポーツバッグにデスノート、
そして僕が小さい頃よく蹴っていた小さなサッカーボールを詰め込んだ。

 僕は樹海行きの切符を買った。


 あたり一面の草原の中、やはり彼女はそこにいた。

ξ゚听)ξ「あらこんにちは。連続で来るのなんて久しぶりじゃない」

 風を受け、赤いワンピースの裾がゆらゆら揺れている。
僕はスポーツバッグからサッカーボールを取り出した。

('A`)「こんにちは。今日は改めて自己紹介しようと思って来たんだ。
   僕はドクオ。
   ブーンの友達で、サッカーを生活から遠ざけている」

 僕がボールをツンの足元に蹴ると、彼女はそれを器用に受け止めた。
ツンはいつの間にか上下ともに白を基調とした
ユナイテッドヴィッパーズのユニフォーム姿になっている。
ツンが意外なほど本格的なフォームでボールを蹴ると、
ボールは僕の立っているところに飛んできた。

 僕はそれを胸で受け、自分の足元に丁寧に落とす。
穏やかな風が吹いていた。


 しばらくボールを蹴りあった後、
ツンはボールを取りあげ僕の方に近づいてきた。
彼女はもはやUVのユニフォームは着ておらず、
いつも通りの赤いワンピースにその身を包んでいる。

ξ゚听)ξ「またあたしと会ったわけ?」

 ツンは僕にそう訊いてきた。
僕は答えず、
生クリームのたっぷり詰まったエクレアが3つ並べられている箱を
ツンに手渡す。

('A`)「お茶でもしない?」

 僕がそう誘うと、ツンは口元を緩めて訊き返す。

ξ゚ー゚)ξ「なにそれ。ナンパしてんの?」

 そうだ、と僕は頷いた。


 あたり一面の草原の中、気がつくとテーブルと椅子が存在していた。
僕とツンはそこに腰をおろすと箱を広げ、
これもいつの間にかテーブルの上に存在していたコーヒーポットから
ティーカップにコーヒーを注ぎ込んだ。

ξ゚听)ξ「そこまで知っててまたここに来るなんて、
      あんた、ひょっとすると馬鹿なんじゃないの?」

 エクレアを平らげコーヒーをすすり、ツンは僕にそう言った。
もっともだ、と僕は頷く。

('A`)「うん。僕は、ひょっとすると馬鹿なのかもしれない」

ξ゚听)ξ「それか、この生活を軽く見てるのよ。
      どうせ大したことないや、実際やってみたら
      なんだこんなもんかって思うに違いないと思ってんのよ」

('A`)「そうかもしれない」

 実際ここの生活はどうなのか、と僕は訊く。


 そうね、とツンは遠い目をした。

ξ゚听)ξ「ここで生活をしていると、無限等比級数について考えるわ」

('A`)「数学の?」

ξ゚听)ξ「そう、数学の」

('A`)「僕が勉強不足だからなのかもしれないけれど、
   ちっとも意味がわからない」

 でしょうね、とツンは微笑んだ。
彼女はいつの間にか黒いマジックペンを持っていて、
それでテーブルの上に正方形を描いた。


 ツンは正方形を真っ二つに割るように、
二つの対応する辺の中点を結ぶ線を引いた。

ξ゚听)ξ「これで半分」

 彼女はそう言い、長方形の内1つをマジックペンで塗りつぶした。

 ツンは引き続き、残った長方形を半分に割った。
最初の正方形の4分の1の大きさの正方形が2つ並ぶ。

ξ゚听)ξ「これで残りの半分」

 彼女はそう言い、正方形の内1つをマジックペンで塗りつぶした。

ξ゚听)ξ「これを続けていったとして、
     いつか正方形が完全に塗りつぶされるときがくると思う?」

('A`)「こないんじゃないかな。
   線の太さを考えに入れなければの話だけれど」

ξ゚听)ξ「そう。こないのよ」

 彼女はそう言った。そして大きく1つ息を吐いた。


ξ゚听)ξ「あらゆるものには終わりがあると思うじゃない?」

('A`)「そうだね。僕もいつかは本当に死ぬんだろう」

ξ゚听)ξ「ということは、はじめと終わりの中点がある筈なのよ。
      40歳で死ぬ人は20歳が中点なんだし、
      シーズン10得点するフォアードは5点が中点なわけ」

 ツンは自分のティーカップにコーヒーのお代わりを注ぐと、
僕に要るかと訊いてきた。
僕がそれを断ると、彼女は再び話しはじめる。

ξ゚听)ξ「ここで生活をしていると、こう思うの。
     『そろそろ半分過ぎたかな』って」

('A`)「そろそろ半分過ぎたかな?」

ξ゚听)ξ「そう。いつかあたしが解放される日が来るとして、
      それが早いか遅いかはわからないけれど、
      いつか来ると思うわけじゃない。
      それで、そこから数えてそろそろ半分は経ったんじゃないかな、
      と思うわけ」


('A`)「そうじゃなかったんだ?」

ξ゚听)ξ「そう。違うの。
      あたしはこれまでに4回そう思ったわ。
      そろそろ半分済んだかな、
      そろそろ解放されても良いんじゃないかな、って」

 そして4回こう思ったの、と彼女は締めくくる。

ξ゚ー゚)ξ「きっと永遠にあたしはここに居るんだわ。
      半分が過ぎて、そのまた半分が過ぎても、
      それは永遠に続いていくの」

 見渡す限りあたり一面の草原の中、僕とツンは2人だけだった。

 大丈夫だ、と、僕は彼女にそう云った。

('A`)「僕は外でツンに会っている。
   つまり、ツンがいずれ解放されることは確定しているんだ」

 それに、と僕は付け加える。

('A`)「僕が解放してみせる」


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