地下1階。僕の両手は空いている。

 降りた先には何もなかった。
敵もいなければアイテムも落ちていない。
いつも通り暗く冷えた部屋の中に、僕はひとり立っていた。

 荷物の中を見ると、ちゃんと大きなうまい棒(めんたい味)と
足踏みスイッチが入っていた。
ツンに手渡されなかったため、ひょっとしたら僕はこれらなしで
今回の探索を行わなければならないのではないのかと心配していたのだが、
どうやら杞憂に終わったらしい。

('A`)「それなら別にツンいなくてもいーじゃんな」

 僕は神様に向かって文句をつけてみたが、
天罰が僕に降り注ぐ気配はどこにもなかった。
僕は地下1階の探索を開始した。


 僕はすっかり手馴れたもので、注意深さを忘れるなと自戒しつつも
手早く探索をすませていく。

('A`)「これってもしかして、
   ある程度慣れてしまった後は運の勝負になるんじゃないのか?」

 そんなことを思ったが、
あまり運の要素を重要視してしまうと
かつてない幸運を無駄にした前回の探索のことが
頭にチラついてしまうので、
僕はなるべく考えないようにした。

 僕は地下1階でわかんないんですの巻物と『タングステンシールド』、
火ー吹き草を手に入れた。
タングステンシールドは装備してみるとずっしり重く、強いことがわかる。

『ドクオはタングステンシールド+2を装備した!』

 そんな気がした。


 地下2階。僕の左手にはタングステンシールド+2が握られている。

 タングステンシールドは確かにすごく守備力が大きいのだが、
やたらと重く、それは僕の腕に乳酸がたまっていくのがわかるほどだった。

('A`)「これは特別な装備品なのかもわからんね」

 僕は説明を見てみることにした。

『-タングステンシールド-

 タングステンというとフィラメントの原料として有名であるが、
 その比重の高さはダーツのバレル部分の材料として優れている。
 一度タングステンのダーツを握ると二度と真鍮製には戻れない。
 あ、そうそう。装備したらやたらとお腹空くよ!』

('A`)「そうそう、20グラムの太鼓型が僕のマイダーツなんですよ。
   って、ダーツはどうでも良いんだよ!」

 ダーツなんて握ったこともない筈なのに、
僕はありえないノリツッコミを敢行していた。
死にたくなった。


 なんにせよ、タングステンシールドを装備していると
お腹がすいていくらしい。
この階で装備しているのは賢くないな、と僕は思った。

('A`)「装備するなら4階以降だ。
   それまでは最悪素手でもなんとかなる」

 僕は迫りくるギコ猫やちんぽっぽを1匹1匹プチプチ倒し、
地下2階を探索してまわる。
この深さで怖いのはワナだけなので、
僕は部屋に入るとアイテムを探し、無ければ無いで固執せず、
さっさと次の部屋へと移動する。

 僕は地下2階で700チャンネルとお手当て草、
そしてガチムチ草を拾った。

 早速ガチムチ草を飲み込むと、僕の胸板はちょっぴり厚くなった。


 地下3階。僕の両手は空いている。

('A`)「そろそろ武器がないと困るな」

 僕はそう思った。
盾はタングステンシールドでまかなえる。
多少腹が減ろうが地下5階を抜けてしまえば樹海村で
宿屋に泊まれるし、
タングステンシールドの守備力自体は満足いくものである。

('A`)「だからネックは武器なんだ」

 願わくば前回と同様バツグンソードが欲しいところである。
武器、武器、歌舞伎、と唱えながら敵を殴っていると、
僕は武器が落ちている部屋に辿りついた。


('A`)「ヤター。言ってみるもんですな」

 僕はスイスイスピアを拾った。早速装備する。

『ドクオはスイスイスピアを装備した!』

 そんな気がした。

 スイスイスピアは僕にとって初見ではない。
忌まわしき餓死を体験した日に僕はこれを一度見ているが、
そのときはまったく余裕のない極限状態だったため
装備することはなかったのである。
僕はスイスイスピアの攻撃力の低さに肩を落とした。

 いやまてよ、と僕は気づく。

('A`)「タングステンシールドと同様、
   何か特別な効果があるのかもしれない」


『-スイスイスピア-

 オークションで話題になったあれには敵わないけど結構長い。
 ちょっぴり離れた敵にも攻撃が届くよ!』

('A`)「これはひょっとして、すごく良い武器なんじゃないのか?」

 僕は走りまわって敵を探すと、やっとこさでてきたビコーズに向かって
『行動』1回分ほど離れた位置から突いてみた。
普通なら僕の攻撃は空振りに終わり、近寄ってきたビコーズに対して
僕が先制攻撃の形となる場面である。

『ドクオの攻撃! ビコーズに8ポイントのダメージ!
 ビコーズをやっつけた!』

('A`)「やっぱりだ。こいつはすごいぞ!」

 僕はひとり興奮した。
間合いの取り方を誤らなければ、
僕は敵に向かって2回連続攻撃できるということである。


 僕の右手にはその特殊性から有用であること間違いなしの
スイスイスピアが光り、
僕の左手には使いどころを間違えなければ無双の守備力をもつ
タングステンシールドが装備の時を待っている。
これは、と僕は思った。

('A`)「ひょっとしたら前回より恵まれているのかもしれない…!」

 僕は地下3階で10本の木の矢を拾い、
拾ったうまい棒(キャラメル味)をその場で食べた。
敵が出てきても接近を許さずに駆逐できるのは快感で、
僕はすっかりスイスイスピアが気に入っている。

('A`)「矢でも鉄砲でももってこいってんだ!」

 僕は調子に乗っていた。


 地下4階。僕の右手にはスイスイスピアが握られている。

 フサギコの攻撃力に備えて盾を装備する。

『ドクオはタングステンシールド+2を装備した!』

('A`)「これで万全だな。
   あとはフサギコをやっつけるのに何回殴らなければならないのか
   確かめておくことだろう」

 そう思った。
僕は降りた先の部屋でうまい棒(キャラメル味)を拾うと、
地下4階を歩き回ることにした。


 幸運なことに、僕が移動した先の部屋にはフサギコが単身待っていた。
僕は盾を装備し忘れてないことを再確認すると、
『行動』1回分の距離を残してフサギコと対峙する。

『ドクオの攻撃! フサギコに15ポイントのダメージ!』

『ドクオの攻撃! フサギコに15ポイントのダメージ!』
『フサギコの攻撃! ドクオに7ポイントのダメージ!』

『ドクオの攻撃! フサギコに15ポイントのダメージ!
 フサギコをやっつけた!』

('A`)「どうやら3回殴ればやっつけられるらしいな」

 つまり、距離の取り方を誤らなければ
バツグンソードと遜色ない攻撃能力を発揮できるというわけだ。

('A`)「怖いのは、通路なんかでバッタリ遭遇することだな」

 僕は時折矢を前方に放ってソナーのように活用する。
できるだけ慎重に、僕は地下4階を探索してまわった。


 店だ、と僕は呟いた。

 僕の今いる小部屋は通路の突き当たりに位置していて、
そこには様々なアイテムが置かれている。
入り口脇に立つ男は僕が小部屋に入るとき挨拶してきた。

<ヽ`∀´>「いらっしゃいニダ」

 どうやら本当に店らしい。
置かれたアイテムにはすべて値がついていて、
お金を払えば買えるのだろう。
男に訊いてみたところ、どうやら僕の持つアイテムも
その価値に応じて買い取ってくれるらしい。

 僕の所持金は700チャンネル。
店のアイテム達はどれもそれなりの値段をしていて、
多くても1つか2つを買うのが精一杯という様子だった。


 並ぶアイテム群の中、飛びぬけて高価なアイテムがあった。
指輪だ。
好奇心にかられて手にとってみると、男は素早く移動し、
僕がそのまま出られないよう店の入り口に立ちふさがる。

『ドクオはダイアの指輪を拾った!』

('A`)「あ、そっか。
   泥棒されたらたいへんだもんな」

 何も言ってこないということは、
別に手にとって見るのは悪いことではないのだろう。
僕はその9500チャンネルもするダイアの指輪をしげしげと見つめた。

 男が入り口を塞いでいるので、この部屋にいる限り、
モンスターに襲われる危険性はまったくない。
はじめて入った店ということもあり、僕はちょっぴりはしゃいでいた。


 700チャンネルで買えるものといったらやっぱり制限がかかるようで、
僕は2つの案がある中揺れていた。

('A`)「1つはガチムチ草。
   もう1つはお手当て草+うまい棒(キャラメル味)だ」

 タングステンシールドを装備して進む以上、
飢えの心配は常につきまとう。
僕は現在大きなうまい棒(めんたい味)とうまいぼう(キャラメル味)を
1つずつ持っているとはいったものの、
食料はいくらあっても足りないと思っておいて損はない。

 しかし、右手に持つのは純粋な攻撃力を考えた場合心もとない
スイスイスピアである。
ガチムチ草で少しでも胸板を厚くしておくことは必須ともいえる。

('A`)「どっちだろう…」

 僕は悩んでいた。


 僕は考え事をする際に
手に持っているものをいじくりまわす癖がある。
数学で問題がなかなか解けないときは
鉛筆を手の上で回しながら考えるし、
電話で誰かと話し終わって見てみると
そのへんの紙に不思議な模様が描かれていることが少なくない。
オワタナイフを装備すべきか迷っていたときも、
僕はそれをいじくりまわしながら考えていた。

 そしてそれは今回も同じことで、僕はダイアの指輪で手遊びしていた。

 何の拍子だったのだろう。
ダイアの指輪をいじりながら考えているうちに、
それは僕の指にすっぽりハマってしまっていた。

『ドクオはダイアの指輪を装備した!
 なんと! ダイアの指輪は呪われていた!』

('A`)「!」

 思わず店の入り口に目をやると、男はじっと僕を見ている。

(;'A`)「やだな。すぐに外して返しますよ」

 しかし、僕がどれだけ万力のように力をこめて
指輪を外そうとしようとも、
ガッチリ食い込んだ指輪は僕の指から離れる気配を見せなかった。


<ヽ`∀´>「ダイアの指輪、9500チャンネルニダ」

 男は何故か嬉しそうに、僕に向かって言ってきた。

(;'A`)「いやいや、こんなの買いませんから。
    すぐに外して返しますから」

<ヽ`∀´>「それならそれで構わないニダ。
     買うなら、ダイアの指輪、9500チャンネルニダ」

 あれーおかしいなぁ、あれーおかしいなぁ。
吹き出る汗に指を滑らせながら、僕は指輪をなんとか外そうとする。

『呪われたダイアの指輪は外れない!』

(;'A`)「うるせーよ!」

 僕の指には血が滲んでいた。


 とりあえず、この場をなんとか収めなければならない。
僕はいったん指輪を外すことをあきらめ、
自分のもちものをすべて換金するといくらになるのか訊いてみた。

<ヽ`∀´>「しめて2850チャンネルニダ」

 全然足りなかった。

(;'A`)「えーと、あなたはずっと見てたわけですから、
    僕がどういう状況なのかわかりますよね。
    僕も悪気があってこうなっているわけではないのです。
    なんとか勘弁していただけないでしょうか」

<ヽ`∀´>「買うならダイアの指輪、9500チャンネルニダ」

 だめだこいつはやくなんとかしないと。


 僕はすっかり八方塞がりになっていた。
いったいこの状況はどうすれば打開されるというのだろう。

 僕の所持品をすべて売り払ったところで
指輪の代金には大きく届かない。
そして指輪は僕の指から外れない。
僕が途方に暮れていると、男が話しかけてきた。

<ヽ`∀´>「SAW」

 彼はソウ、と発音すると、僕に細い糸鋸を手渡した。

('A`)「ソウ?」

 『縫う』? 違う。おそらくは名詞でノコギリ。
あるいは動詞で、『ノコギリによって切る』。

 彼は僕の目を見ると、もう一度ソウ、と発音した。


 僕は何度も瞬きを繰り返しながら糸鋸を受け取った。

(;'A`)「これは…?」

 僕は男に問いかける。
わかっているくせに、と彼は微笑む。

<ヽ`∀´>「買うならダイアの指輪、9500チャンネルニダ」

 僕は糸鋸を握り締めると、
指輪のまとわりついている指の付け根にもっていく。

 ちょっと待てよ、と僕は自分に問いかける。
お前、自分が何をしようとしてるかわかってるのか?

 男はソウ、ソウ、と僕を煽るように繰り返す。

 僕は大きく1つ息を吐くと、心を決めた。


 僕は糸鋸を捨て去った。
男を睨みつけ、小部屋の奥に移動する。

<ヽ`∀´>「買うならダイアの指輪、9500チャンネルニダ」

('A`)「知るか!」

 僕が叫ぶと、男は意外そうな表情を向けてくる。
僕は火ー吹き草を飲み込んだ。

『ドクオは火ー吹き草を飲み込んだ! ニダーに25ポイントのダメージ!』

 男はニダーというらしい。
ニダーは炎を受けてもさして動じた態度は見せず、
大きく歪んだ笑みを見せた。

<ヽ`∀´>「アイゴー! 謝罪と賠償を要求するニダ!」


 離れた位置から僕が次々と投げつける木の矢をものともせず、
ニダーは1歩1歩、嬉々とした表情で僕に向かって近づいてくる。

<ヽ`∀´>「謝罪と賠償を要求するニダ。謝罪と賠償を要求するニダ」

 ニダーが『行動』1回分までの距離に接近してくると、
僕はスイスイスピアを握り締めた。

『ドクオの攻撃! ニダーに7ポイントのダメージ!』

('A`)「馬鹿な! ダメージが少なすぎる」

 僕が叫んだところで状況は変わらない。
ニダーはサドスティックな笑顔を顔に貼り付けたまま、
僕の隣まで近寄ってきた。


('A`)「くそッ」

 僕がスイスイスピアを突き出すと、
ニダーはそれを受け僕を殴りつけてきた。

『ドクオの攻撃! ニダーに7ポイントのダメージ!』
『ニダーの攻撃! ドクオに32ポイントのダメージ!』

 あまりの衝撃に、僕の体は吹っ飛ばされる。
できるだけ間合いを取ろうと壁際にいるのが災いしたのか、
僕は体をしたたかに壁に打ちつけてしまい、
しばらく呼吸ができなくなった。

 ようやく空気を吸い込めるようになると、
僕は咳を繰り返しながら声をもらした。

('A`)「強すぎる…」


<ヽ`∀´>「謝罪と賠償を要求するニダ」

 僕の目をしっかりと見据えながら、彼はそう繰り返す。

('A`)「謝罪と賠償とは何なんだ!」

 僕がそう訊くと、彼はコブシを握り、こう言った。

<ヽ`∀´>「ウリは知らん、そんなのはお前が考えればいいことニダ。
     謝罪と賠償を要求するニダ」

 僕は一縷の望みをかけ右手を振るい、
ニダーはそれに呼応するように振りかぶる。

『ドクオの攻撃! ニダーに7ポイントのダメージ!』
『ニダーの攻撃! ドクオに32ポイントのダメージ!』

 僕は死んだ。

          『ニダーに撲殺』第七話へつづく。

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