「七話」
人間は大きく二種類に分けられる。
学校のない日も平日と同じ時間に目を覚ます勤勉な人間と、
学校のない日は昼過ぎまで寝てやろうという怠惰な人間だ。
僕はもちろん後者であって、
休日の朝から活動していることは極めてまれである。
しかし、最近は『樹海』の影響なのか、朝に目覚めることも少なくない。
今日はその少なくない日のうちの1日である。
僕はブーンからかかってきた電話に叩き起こされていた。
( ^ω^)「いいから来るお」
何があるのかと何度訊いても、ブーンはそうとしか答えなかった。
絶対来い、と念を押し、ブーンは一方的に電話を切った。
わざわざ電話をかけなおすほどの気力は僕にはなく、
また一方的に取り付けられたものとはいえ約束のようなものを
すっぽかす度胸も僕にはなかったため、
僕は古びたスニーカーをつっかけると、
指定された場所に向かって出発することにした。
土曜日の太陽は相変わらず僕を睨みつけてくるけれど、
季節の変化がそうさせるのか、以前ほどの凶暴さは持ち合わせていなかった。
女の子たちがブーツを履くような季節になってきたにもかかわらず、
僕はいまだにツンを解放させられていない。
緑豊かなVIP市立公園には
無料で入れるかわりに常に子供にあふれるレジャー区間と、
4面のテニスコートと2面のサッカーコート、
そして2面のフットサルコートを有料の予約式で利用できる
スポーツ区間がある。
僕が指定された場所に着くと、
新聞に写真付き記事を載せられたことがある程度に
有名であるにもかかわらず、
ブーンが変装ひとつすることなく立っていた。
( ^ω^)「おいすー」
('A`)「おはよう。大胆だな」
サインとかねだられないの、と訊いてみる。
( ^ω^)「僕くらいの知名度だと、
土曜の午前中に子供を公園に連れてくるような
お母さんたちには声をかけられたりしないお」
ブーンはそう言って笑うと、僕をスポーツ区間へと導いた。
スポーツ区間に入るのは僕にとってはじめてのことだった。
ブーンは慣れた様子でテニスコートの脇を通り、
フットサルコートの方へと足を進める。
テニスに興じる女の子たちの
ミニスカートから伸びる足に目を奪われながら、
僕はなんとかそれについていった。
ブーンはジャージにその小太りの体を包んでいる。
ひとり普段着丸出しの僕の格好は、ひどく場違いな心地がした。
ブーンが予約していたらしいフットサルコートでは、
ジャージ姿の女の子がひとり、2本に縛った金髪を振り回しながら
ボールを蹴っていた。
ツンだった。
ツンが大きくふりかぶってゴールに向かってボールを蹴ると、
ボールは惜しくもバーに当たり、
跳ね返されて彼女の足元に戻ってきた。
彼女はそれを受け止めると、こちらに気づき、振り返る。
ξ゚听)ξ「遅かったじゃない。おはようドクオ」
('A`)「おはよう、ツン」
僕がブーンの方を見ると、彼は申し訳なさそうにこう言った。
( ^ω^)「今日はちょっぴり付き合って欲しいんだお」
僕と体型がまったく違うブーンのジャージは
僕のサイズではなかったが、
動きにくいほど違ってはいなかった。
彼の用意したスパイクは僕の足とほとんど同じ大きさである。
僕は全身着替えさせられ、彼らとボールを蹴ることになった。
( ^ω^)「本当は、こんな形にはしたくなかったお」
僕に着替えを渡しながら、ブーンは僕にそう言った。
( ^ω^)「僕はこんな無理やりじゃなくて、
ドクオが自分からボールを蹴るようになって欲しかったお」
僕はそれに答えず着替えを済ませると、
靴紐を結びながらブーンに言った。
('A`)「この間、久しぶりにボールを蹴ったんだ」
え、とブーンが訊き返す。
('A`)「意外と悪くなかったよ」
お前は奥手なんだな、と冷やかすと、ブーンは頭を掻いて笑っていた。
ξ゚听)ξ「ようやくドクオとわかったから、
あたしが無理やり誘わせたの。
あまり内藤を責めないでね」
ま、あくまで実行犯はこいつだけどね、とツンは白い歯を見せる。
('A`)「かまわないよ。
最近はあまりボールを蹴るのが嫌いじゃないんだ」
ドリブルは嫌いだけど、と僕は心の中で条件付ける。
僕とツンが早速パス交換をはじめようとすると、
ブーンが手を叩いて注意を引いた。
( ^ω^)「その前に、ドクオもちゃんと準備運動するお」
有無を言わせぬ響きだった。
僕はブーンの言うとおりの手順で筋肉をほぐしていく。
('A`)「意外とちゃんとしてんだな」
プロだもんな、と僕は呟いた。
僕たちは一辺が20メートルほどの大きな正三角形の頂点に立っていた。
ブーンが蹴ったボールをツンが受ける。
ツンが蹴ったボールを僕が受け、僕が蹴ったボールをブーンが受ける。
ブーン、ツン、僕、とボールが回る。
ブーンは僕に見せつけるように、足の様々な部分でボールを蹴る。
ブーンの蹴ったボールはツンの足元にスッポリと納まり、
ツンの蹴ったボールは
多くとも2・3歩動けば受けられる位置に飛んでくる。
僕は転がるボールと飛んでいくボールを織り交ぜながら、
ブーンの色々な部分を狙って蹴っていた。
ブーンはとても器用に胸や太もも、足の内側外側を
使って僕のボールを受け止める。
僕はそのテクニックに驚嘆していた。
ξ゚听)ξ「強いの蹴るわよ!」
そう言うと、ツンは大きく振りかぶってボールを蹴ってきた。
ツンの右足に弾かれたボールはやや変化しながら僕の左足を襲ってきた。
僕の技術ではそのボールをピタリと止めることはできず、
僕の左足からこぼれたボールは転々と転がる。
そのボールに追いつくと、僕も大きく振りかぶって蹴ることにした。
1ステップ分の距離、ボールから離れる。
僕は大きく1つ息を吐くと、ブーンの位置を確認し、
左足を大きく踏み込んだ。
両手でバランスを取りながら体全体を使って右足をしならせる。
「この蹴り方がインフロントキックだ」
かつてそう教えられた通り、親指に力を込め足首を固定する。
ボールの芯を強く意識し、はするように蹴り上げる。
インパクト音が高く響いた。
僕がインフロントで弾いたボールは大きく弧を描き、
ブーンの右足に寸分違わず吸い込まれていく。
ブーンが驚いたような顔をしてこっちを見ていた。
('A`)「僕は嘘をついていた。あれはマグレじゃないんだ」
20メートルを隔てたブーンに僕の呟きは届かない。
プロのサッカー選手を驚かすボールが蹴られて、
僕はちょっぴり鼻が高かった。
僕たちはしばらくボールを蹴りつづけ、休憩をとることにした。
だいぶ涼しくなってきたとはいえ、運動すれば暑くなる。
ブーンたちが持ってきていたスポーツドリンクを1本もらい、
僕は緑の芝の上に座り込んだ。
ξ゚听)ξ「ドクオはそんなに上手なのに、
なんでサッカーするのが嫌いなの?」
遠慮する様子も見せずに訊いてきた。
ツンの話し方には憤りのようなものさえ感じられる。
('A`)「小さい頃は好きだったんだけどね。
つまらないことがあったんだ」
何があったの、と詮索するツンをブーンがたしなめる。
( ^ω^)「やめるお、ツン。
誰にでも話したくないことはあるもんだお」
ξ゚听)ξ「あたしはね、フットボールを愛してるの。
でもあたしは女だし、
第一あまり才能がないのが自分でわかってるから、
こういう、才能があるくせに
勝手にサッカー嫌ってるやつ見るとむかつくのよ」
('A`)「僕にサッカーの才能なんてないよ、残念ながら」
( ^ω^)「あるお。残念ながら。
誰にでも話したくないことがあるとはいったけど、
なんでそんなに自分を悪く言うかは不思議だお。
普通、あんなボール蹴れたら自慢しだおすお」
('A`)「それなら僕は普通じゃないんだ」
第一あのくらいのボール蹴る奴はごまんといるんだろ、と
僕は目を逸らす。
( ^ω^)「あの球質を出せる人はそうはいないお」
ブーンが僕の目を見て言うのが感じられた。
( ^ω^)「ま、僕はドクオが自分に才能があると思ってても
思ってなくてもどうでもいいお。
僕はサッカーが好きだしドクオのボールが好きだから、
ドクオがボール蹴るのが好きになってくれたら嬉しいお」
もうちょっと遊ぼうか、と僕たちは腰を上げた。
僕はブーンに頼んでボールの蹴り方を教えてもらうことにした。
ブーンは僕が2種類の蹴り方しか知らないことに驚いていたが、
喜んで引き受けてくれた。
ただ、ブーンは人にものを教えるのが明らかに下手だった。
( ^ω^)「えーと、ドクオが知ってるのは
インサイドとインフロントだお。
ボールの蹴り方には5つあって、
インサイド・インフロント・インステップ、
それからアウトフロント・アウトサイド、
ヒールとトゥだお」
('A`)「僕には7つあるように聞こえたけど」
( ^ω^)「あれれー?」
('A`)「だいたい、そんな名前羅列されても覚えらんねーよ」
ξ゚听)ξ「あーもー面倒くさい。
あたしが教えるから内藤はあっちでボール受けなさい」
業を煮やしたツンが教育係を買って出、
僕たちは彼女に従うことにした。
ツンは僕に蹴って見せながら足の使い方を説明した。
彼女は足の甲の中央で蹴ってインステップキックを説明し、
足の甲の外側付近で蹴ってアウトフロントキックを説明した。
足の外側で蹴ってアウトサイドキックを説明し、
つま先と踵で蹴ってトゥキックとヒールキックを説明する。
ξ゚听)ξ「一応全部見せたけどね、
あの精度であんなボールが蹴られるなら、
蹴り方なんて全部同じでも良いくらいよ」
彼女はそう締めくくる。
('A`)「え。そうなの?」
ξ゚听)ξ「そうよ。蹴り方なんておまけみたいなもんでしょ。
パスは通れば良いんだし、シュートは入れば良いんだから、
ぶっちゃけテクニックなんて二の次よ」
トラップは上手い方が良いけどね、とツンは言う。
恥ずかしいことに、僕は彼女が日常会話上の単語のように使った
『トラップ』が何を意味するのかわからなかった。
まさか罠ではないだろう。
('A`)「馬鹿な質問をしても良いかな」
トラップって何、と僕が訊くと、
トラパットーニというイタリア人のことよ、とツンは答えた。
('A`)「おそらく冗談を言ったんだと思うけど、
何が面白いのかまったくわからない」
僕がそう言うと、彼女はボールを僕の足元に蹴ってきた。
僕は右足でそれを受け止める。
ξ゚听)ξ「それがトラップ。何、って訊かれても困るわ」
ボールを受ける技術のことか。僕はなんとなく納得した。
('A`)「ついでに訊くけど、ブーンは今日試合じゃないの?」
ξ゚听)ξ「UVは本日アウェイで遠征よ。
あいつはベンチ入りできずにお留守番。
明日リザーブリーグの試合に出るんじゃないかしら」
そうなんだ、と僕は呟く。
僕たちはその後もしばらくボールを蹴って遊び続けた。
ξ゚听)ξ「今ならまだ、間に合うかもしれないわよ」
ツンは別れ際にそう言った。
何に、と僕は訊き返す。
ξ゚听)ξ「その才能を伸ばすのによ」
('A`)「伸ばしてどうなるほどの才能じゃないよ」
ξ゚听)ξ「ふーん。だと良いけど」
神に愛された才能かもしれないのにね、と彼女は言う。
( ^ω^)「気が向いたら戦術の勉強をしてみるといいお」
僕はブーンの口から『勉強』などという単語が発せられるのを
驚きの眼差しで見守った。
気が向いたらな、とようやく言うと、僕は彼らと別れ、駅に向かった。
もちろん樹海行きの切符を買うためだ。
僕がツンの前に姿を見せると、
彼女は「懲りないのね」と微笑んだ。
('A`)「どうやら僕は、思ったよりもしつこいみたいだ」
ξ゚听)ξ「後悔するわよ」
('A`)「うん。ひょっとしたら、後悔したいのかもしれない」
考えたんだ、と僕は言う。
('A`)「僕はどっちにしても後悔するんだと思う。
それならこっちの方がマシかな、と思ったんだ」
彼女はしばらく遠くを見つめ、
ウェーブがかった金髪を指の先でいじっていた。
ξ゚听)ξ「それならがんばって。
知り合いを犠牲にするのは気が引けるもんだけど、
それでもあたしは解放されたら幸せよ」
記憶もなくなっちゃうしね、と彼女は笑う。
気がつくと僕は訊いていた。
('A`)「ツンは何を願ったんだ?」
少し迷うような素振りを見せた後、
ツンは僕の目を見て口を開いた。
ξ゚听)ξ「あんたはブーンの友達よね」
('A`)「そうだよ」
ξ゚听)ξ「とすると、あたしの友達にもなるわけだ」
('A`)「みたいだね」
ξ゚听)ξ「うん。それなら、
あんたに知っていてもらうのも悪くないのかもしれない」
ツンは自分を納得させるようにそう言った。
ξ゚听)ξ「まず知っておいて欲しいのは、
あたしはサッカーが好きなのね。フットボールを愛しているの」
('A`)「知ってるよ」
ξ゚听)ξ「だから、それを汚すような真似っていうか、
ズルいことをするのはすごく嫌なの」
だから、とツンは言いにくそうに話を続ける。
負い目のようなものを感じているのかもしれないな、と僕は思った。
それは何に対する負い目なのだろう。
ξ゚听)ξ「だから、あたしの願い事は、
すごく回りくどいやりかたなのかもしれない。
それでもあたしはなんとか自分が満足できる方法を考えて、
これ以上のものは思いつかなかったの」
('A`)「わかるよ。納得は必要だ。
納得はすべてに優先するってあの人も言っている」
ξ゚听)ξ「そうね。あたしは納得を必要としていた。
なんせ願い事は一つしかできないし、
それは二度と取り消せないからね」
('A`)「おまけに途方もない待ち時間を課せられるし?」
ξ゚听)ξ「おまけに途方もない待ち時間を課せられるし」
結論からいうと、と彼女は言った。
ξ゚听)ξ「あたしは過去に戻ってきたの」
ツンの答えは僕にとって割と意外な部類にはいるもので、
僕は咄嗟に何を言えば良いのかわからなくなった。
('A`)「未来から来たんだ?」
ようやく僕の口をついた質問は、我ながら間抜けなものに感じられる。
そうよ、とツンは頷いた。
ξ゚听)ξ「あたしは未来から来たの。
といっても、そんなに遠い未来じゃないけどね」
('A`)「何しに?」
ξ゚听)ξ「未来を変えに」
('A`)「かっこいい。ファンタジーだ」
僕がそう茶化すと、ツンはその場に座り込んだ。
促され、僕もツンに対峙する形で座り込む。
ワンピースからこぼれた膝元が白かった。
ξ゚听)ξ「あたしが元々いた時点を既にあんた達は追い越している。
だから、未来から来たっていうのもなんだか違和感あるけどね。
『来た』っていう過去形だから良いのかな」
('A`)「そうなんだ。未来は変えられた?」
ξ゚听)ξ「おかげさまでね」
('A`)「わかるんだ?」
おかげさまでね、とツンは僕がかつて渡したスポーツ新聞を取り出した。
ブーンの得点の場面が大きく見出しになっている。
ξ゚听)ξ「あたしのいた未来では、便宜上未来っていうけど、
そこでは、内藤がサッカー選手として
ピッチに立つことはなかったわ」
スポーツ新聞の上には『小型飛行機鮮烈デビュー!』と字が踊っている。
ブーンは両手を大きく広げて走るパフォーマンスと身長の低さから、
早くもメディアから『小型飛行機』と呼び名をもらっていた。
交通事故に遭ったの、とツンは言う。
ξ゚听)ξ「内藤の運転する車でね。
あたしはその車には乗ってなかったけど、
ずいぶんひどい事故だったって聞いたわ」
ブーンは一命を取り留めたものの、
片方の足の膝から下を失うことになったらしい。
義足を付ければ日常生活に差し支えない程度の運動は
可能になるとのことだったが、
もちろんサッカー選手としてはほぼ再起不能である。
ξ゚听)ξ「当初は命があればもうけもんだって
嬉しがりもしたんだけどね」
('A`)「もっと手っ取り早く、
たとえばその足を治してもらうようにとかは考えなかったの?」
ξ゚听)ξ「考えたわ。でも、
なんだかその後を考えるとどうなるかわからなくてね。
たとえばあんたが内藤の立場になったとして、
いきなり生えてきた足でボールを蹴ろうと思うと思う?」
('A`)「想像もつかないな。
ショックで死んでしまうかもしれない」
ξ゚听)ξ「でしょ。
他にも色々考えたんだけど、結局すべてやり直すのが一番かな
って思ったのよ」
後悔してるんじゃないのか、と僕は訊いてみた。
しているかもしれない、とツンは答える。
ξ゚听)ξ「怪我で選手生命が絶たれるサッカー選手は
ごまんといるからね。
やっぱりズルいのかな、という気もする。
でもこの記事を見ると、そんなものは吹っ飛んじゃうわ」
ツンはスポーツ新聞を指さしながらそう言った。
('A`)「じゃあ、後はさっさとここから出るだけだ」
そうね、と彼女は微笑んだ。
ξ゚ー゚)ξ「あんたが出してくれるんだっけ?」
('A`)「そうだよ。楽しみ?」
ξ゚ー゚)ξ「とてもね。
この目で内藤がデビューするところを見ちゃったら、
きっとあたしは泣いちゃうだろうな」
大丈夫だよ、と僕は言った。
('A`)「点取るまでは耐えられるさ」
地下1階。僕の両手は空いている。
降りた先ではちんぽっぽが大きく跳ねていた。
僕はしばらくその様子を眺め、
やがてそれに飽きると近寄り、殴ることにした。
『ドクオの攻撃! ちんぽっぽに5ポイントのダメージ!』
『ちんぽっぽの攻撃! ドクオに4ポイントのダメージ!』
『ドクオの攻撃! ちんぽっぽに5ポイントのダメージ!
ちんぽっぽをやっつけた!』
いつも通りの『樹海』である。
僕はその場で足踏みをしてちんぽっぽに与えられたダメージを癒すと、
早速地下1階の探索をはじめることにした。
当然のことながら僕は地下1階を歩いた経験が最も豊富であり、
レベル1からレベル2へと少しムキムキになる経験が最も豊富である。
そのため、レベル1からレベル2になるタイミングや
レベル2からレベル3になるタイミングを大まかに把握できていて、
さらには「そろそろ敵が出てきそうだな」という予感のものさえ
感じられるようになっていた。
('A`)「こんな浅い階にばかり熟達しているのはちょっぴり情けないけどな」
僕はほとんどダメージを受けることなく
ギコ猫やちんぽっぽを倒し、進んでいく。
地下1階ではお手当て草・わかってますの巻物、
そして500チャンネルを拾った。
('A`)「それでも拾った瞬間500チャンネルとわかるのはすごく不思議だな」
僕はそう思ったが、わかるものはわかるのだ。
それを拾った右手を開けたり閉じたりしながら眺めてみたが、
何の変哲もない僕の右手だった。
地下2階。僕の両手は空いている。
地下1階と地下2階の間にはほとんど差といえるようなものがない。
地下3階も似たようなもので、
僕はこの3フロアを準備期間のようなものだと思っていた。
('A`)「やはり『樹海』は運の要素が大きく関わっている」
そう思った。
たとえばバツグンソード+3を拾った場合と
ナマクラソード−1を拾った場合では
クリアできる確率に大きな隔たりが生まれるだろう。
('A`)「少し人生に似ているな」
人間、ひとりで過ごす時間を与えられるとエセ哲学的になるものである。
僕は『樹海』での冒険をひとつの人生のようなものと考えていた。
('A`)「運の要素は歴然として存在する。
ただ、それを活かせるかどうかは僕次第なんだ」
それなら活かしてしまえば良い、と僕は考えた。
どのような運を与えられようとも、活かしてクリアしたもの勝ちだ。
何もバツグンソードがなければクリアできないわけではないし、
ドリブルができなければボールを蹴られないわけではないだろう。
('A`)「きっと、これは当たり前のことなんだ」
そう思った。
オワタナイフを拾った僕は、
地下2階の探索が終わった後装備することにした。
『ドクオはオワタナイフを装備した!』
バツグンソードでもナマクラソードでもなくオワタナイフ。
そしてプラスマイナスゼロ。
これが今回の僕の運であり、
それに文句をつけたところで何も変わりはしないのだ。
('A`)「そういえば森林で人生オワタという敵がでてきたな」
僕は以前の冒険を思い出していた。
人生オワタとオワタナイフ。
そこには何か関連性があるのだろうか。
『-オワタナイフ-
人生オワタを確実に殺せるよ! キルモア!』
('A`)「確実に殺せるよ?」
それじゃあオワタナイフでなければ
確実に殺せないといっているようなものだ。
僕は以前の冒険で人生オワタを一撃で倒している。
これはどういうことなのだろう。
('A`)「ま、考えてわかることでもないけどな」
人生オワタと対峙するときはオワタナイフを装備した方が良いのだろう。
僕はその程度に受け止めていた。
僕は地下2階で700チャンネル・火ー吹き草・歪んだ壷、
そして爆発の巻物を拾った。
早速壷にわかってますの巻物を読むと、タッパー(4)だった。
地下3階。僕の右手にはオワタナイフが握られている。
僕が地下3階でまずやったことは何かというと、
タッパーの中に大きなうまい棒(めんたい味)を入れることだった。
名前を判明させたことに満足してすっかり忘れていたのだ。
('A`)「危なかったな」
僕はその直後に噴水の罠を踏んだ。
入れ忘れたままだったら僕はいったいどうなってしまっただろうかと
背筋が凍る。
('A`)「やはり不注意は何より恐ろしい」
身の回りを確認し、おそらく大丈夫だろうと検討づけると
僕は地下3階の探索を開始した。
僕はタングステンシールドを拾っていた。
まだ装備するのはためらっている。
装備していたらお腹が減るというデメリットがあることを知っているので
呪われていたらどうしようとふんぎりがつかないのだ。
('A`)「おまけに今回僕はうまい棒類を拾えていない」
それが問題なのだった。
もっとデメリットのないまっとうな盾が手に入らないだろうかと
地下3階を入念に探索したが、
それはまったくの徒労に終わった。
タングステンシールド、あるいは素手。
('A`)「一縷の望みを抱いて地下4階に突っ込むのは
悪くない考えだと思うけれど、
いきなりフサギコ2匹とかに対峙したら即死だな」
僕は迷っていた。
そして迷っていてもしかたないと、いずれは気づくものである。
『ドクオはタングステンシールド+1を装備した!』
僕は地下3階で10本の木の矢とルビーの指輪、
目ー潰し草を拾った。
地下4階。僕の右手にはオワタナイフ、
左手にはタングステンシールド+1が握られている。
僕はショボンヌ2匹に囲まれていた。
('A`)「まずいな」
相当まずかった。
便宜上、上下左右という表現で状況を説明すると、
僕の下に1匹、そして僕の右に1匹ショボンヌがいるのである。
僕は頭の中で簡単なシミュレーションを行った。
僕が動けるのは6方向だ。
そのうち5方向は彼らにションボリ草を投げられ得る位置関係にある。
つまり、ションボリ草を投げられないことを第一に考えるならば、
僕は左上に向かって進まざるをえない。
('A`)「しかし、それでは何の解決にもならない」
僕たちのいる小部屋の広さは当然制限されている。
左上に左上にと逃げたとしても、壁まで追い立てられたところで
詰みとなるのだ。
('A`)「つまり、僕にできることは大きく2つに分けられる」
アイテムを使って状況を打破するか、
それともションボリ草を投げられないことを祈りながら
1匹1匹と対応するかだ。
('A`)「僕の持ち物の中で対複に効果が現れるのは
爆発の巻物くらいだな」
火ー吹き草は確かに強力だし目ー潰し草は有能なのだろうが、
どちらも1匹のショボンヌにしか効果は現れない。
それなら殴れば良いのである。
僕は1コしかもっていない爆発の巻物を
こんなところで読んでしまって良いものかと悩んでいた。
ショボンヌたちの顔色を伺うと、
どちらもしょんぼりとした表情で僕の行動を見守っていた。
「好きにすれば? 俺は俺のやることやるだけだからさ。
別に死んでも恨みはしねーよ」
そんな覚悟やスゴ味さえ感じられるような気がする。
僕は大きくひとつ息を吐いた。
『ドクオは爆発の巻物を読んだ!
ショボンヌに20ポイントのダメージ! ショボンヌをやっつけた!
ショボンヌに20ポイントのダメージ! ショボンヌをやっつけた!』
どこかでファンファーレが鳴るのが聞こえ、
それに伴って僕は少しムキムキになる。
('A`)「これで良いんだ」
そう思った。
万一ここで死ぬようなことがあっては僕に次の展開はない。
もちろん先のことは考えなければならないが、
その場その場をないがしろにしてはいけないのである。
それに、と僕は呟いた。
('A`)「これでこれからは悩まずに済むじゃないか」
なんせ僕にはもう選択肢がない。
開き直った僕を祝福してくれているのだろうか、
僕の進んだ先には見たことのない武器が落ちていた。
僕は地面に横たわる黒い鉄の棒を眺めている。
('A`)「何なんだこれは?」
バールのようなものだ、と僕は認識している。
『ドクオはバールのようなものを拾った!』
そのままだった。
('A`)「どうやら本当に武器らしいな」
ナイフ、ソード、それにスピアと
それっぽい武器にあふれる『樹海』において、
バールのようなものの存在感は圧倒的だった。
僕は吸い込まれるようにバールのようなものを右手に握る。
『ドクオはバールのようなものを装備した!』
そんな気がした。
バールのようなものはその存在感と共に、
武器としても圧倒的な攻撃力をもっていた。
『-バールのようなもの-
やっぱ凶器といえばこれよね。
いけいけ! おせおせ! SATSUGAIせよ!』
バツグンソードより強いのだ。
僕は喜んで良いのか複雑な心境だった。
('A`)「なんだか不謹慎な感じだな」
戦う対象が人じゃないから良いのかな。
僕はそんなことを呟きながら地下4階を探索する。
僕は地下4階でわかってますの巻物、500チャンネル、
そしてうまい棒(キャラメル味)を拾った。
うまい棒(キャラメル味)はその場で頬張り、
巻物はルビーの指輪に読んだ。
夢が広がリングであることが判明した。
地下5階。僕の右手にはバールのようなもの、
左手にはタングステンシールド+1が握られている。
偶然ではなかったらしい。
僕の前には大きく出口が待っていた。
('A`)「樹海村か。それならうまい棒を食わずに
飢えかけて到着した後宿屋に泊まれば良かったかな」
一応出口の他に何かないか簡単に探索し、
僕は出口をくぐることにした。
前回ここに来たときの装備はバツグンソードとミミタブシールドだった。
今回の僕はバールのようなものとタングステンシールドだ。
攻撃力を考えても守備力を考えても今回の方がめぐまれている。
('A`)「これはなかなか良い感じなんじゃないのかな」
そう思った。
何より、僕はレイプの恐怖を熟知している。
新記録達成できるかな、と僕は呟いた。
樹海村。僕の右手にはバールのようなもの、
左手にはタングステンシールド+1が握られている。
ちょっぴり期待して探したのだが、
渡辺さんは樹海村のどこにもいなかった。
('A`)「何か会うための条件のようなものでもあるのかな」
だとするとやっぱり活目草かな、と僕は呟いた。
驚いたことに、バールのようなものは鍛冶屋で頼むと
強化することができた。
僕は強化されて戻ってきたバールのようなものを右手に握る。
いくら眺めても強化前との違いがわからなかったが、
確かにそれは『バールのようなもの+1』へと変貌を遂げていた。
('A`)「もう何でもありだな」
僕は呟きアイテム屋へ入る。
アイテム屋には僕のトラウマとなっている男がいた。
<ヽ`∀´>「いらっしゃいニダ」
彼は僕にそう声をかけた。
これからニダーに殴られ僕はこの場で死ぬんじゃないだろうか。
そんなことを考えていた時期が僕にもあったけれど、
彼はいつまで経っても僕に襲いかかる気配を見せなかった。
<ヽ`∀´>「いらっしゃいニダ」
僕と目が合うと、再びニダーはそう言った。
どうやら敵ではないらしい。僕はそう結論づけた。
('A`)「まだ、だけどな」
アイテムについて質問をしてみると、
1つにつき500チャンネル払えば答えてくれるとのことだった。
('A`)「高くね?」
<ヽ`∀´>「じゃあ帰れニダ」
僕は500チャンネル払い、夢が広がリングの説明を要求した。
効果がまったく検討つかないにもかかわらず
<ヽ`∀´>「効果は特に無いニダ」
ニダーは僕にそう言った。
僕は何度も彼の発言の内容を吟味する。
('A`)「本当に?」
<ヽ`∀´>「本当ニダ」
('A`)「じゃあなんでこんなに高いんだよ。おかしいだろ」
そこがミソニダ、とニダーは言った。
僕は一瞬遅れて『ミソニダ』が1単語でないことを認識すると、
彼に説明の続行を求めた。
<ヽ`∀´>「だから、この値段の高さ。
そしてロマン溢れるネーミング。
それらによって、お前らは勝手に期待するわけニダ」
実際は何も無いのにニダ、と彼は愉快そうに笑った。
ぶん殴ってやりたくなった。
<ヽ`∀´>「装備するだけでレベルが上がるんじゃなかろうか。
ひょっとしたら与えるダメージが増えてるんじゃ。
いやいや、階が変わるごとに何かあるに違いない。
夢が広がるリングニダ」
('A`)「それは詐欺じゃないのか?」
<ヽ`∀´>「ウリたちが何かあると言って何もなかったら、
それは詐欺かもしれないニダ。
しかしウリたちは何も言ってないニダ。
説明読んでもそうニダ。
お前たちが勝手に期待して、勝手に裏切られて
勝手に腹立てるだけニダ」
なんでそんなに上から目線なんだ。
僕に不満が溜まっていく。
ニダーは嬉しそうに笑っていた。
僕がなおも文句を言おうとすると、ニダーは手でそれを制す。
<ヽ`∀´>「これ以上何か言うなら追加料金、
あるいはウリたちを詐欺師呼ばわりしたことに対する
謝罪と賠償を要求するニダ」
僕は黙らざるを得なかった。
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